【ぬけがら】
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本日は久しぶりのオフだ。
凛は新しいゲームを購入して、その帰りの電車待ちにいた。
狙ったものが手に入るとその先の期待は増えるし、浮き足立ちもする。
今日は帰ったらどっぷりホラゲ三昧、これも久しぶりだ。
サッカーとはまた違うギリギリの所に没入出来る感じが叶う。
「えー大変申し訳ございません。人身事故での遅延が発生し、20分程度の遅れが……」
ホーム上に、よくあるアナウンスが流れた。
反射的に出るのは舌打ちだった。
20分とは微妙な長さだ。
前半が半分終わる。
今から路線変更しても移動だなんだで、トントンになる可能性もある。
凛は頭上の電光掲示板を睨んでいた。
ようやく映る文字は、アナウンスと同じ内容だった。
だりぃ、そう思いながらポケットに手を突っ込んだ。
そこには自身のスマホがある。
「……」
これがあればゲームの攻略サイトや有力情報を漁るのも容易、すぐにそう切り替えた。
ポケットから手を出した時に、スマホではない何かが滑った感触があった。
即、逆の手を伸ばしたけれど掴むまでには至らずだ。
凛の目元がわずかに歪んだ。
物が落ちる音がくる。
そこにはいつ入れたのかもわからないペンが一本、転がった。
確かに、見覚えはあるものだった。
ペンは誰かの足元のあたりだ。
一度視線を上げれば、そこには知らない制服の女子がいた。
そこかよ、と 何となくの悪態をついた。
別に普通に、一歩寄り屈めば難なく拾える位置だ。
「……」
遅れての小さな苛立ちがくる。
凛は女子の横顔を見下ろした。
どかす一言を出す手前で、先に声がした。
「あっ」
女子がその場で、しゃがみ込んだ。
膝まで曲げて子供のようなやり方で、ペンを拾って立ち上がる。
女子は縮んだ歩幅で、下からそれを渡してきた。
「これ……」
「……」
凛は差し出されたペンを受け取った。
それを最初とは逆側のポケットに押し込んだ。
凛は、スマホを出した。
ブラウザの検索バーにゲーム名を打ち込んだ。
個人サイトはゴミクズレベルの情報も多い。
そういうものは避けて、欲しいトコだけ探せばいい。
相変わらず、同じ内容のアナウンスがくどくど続いている。
あとは、元通りだ。
地元に着いてからの帰り道、向かいから歩いてくるのは繭だった。
凛の視線が繭の顔から下に落ちた。
足元から少し上がって、膝のあたりで目の動きが止まった。
「……汚え」
「え?」
繭は立ち止まり、顔を下げた。
左右に小さく頭を動かしたあと、また視線を戻してきた。
「ひど、いきなり失礼じゃない?」
そう言う割りには、繭はやたらヘラヘラしている。
若い大型犬にじゃれつかれたら誰でもこうなる、と勢いの乗る説明をはじめた。
黒い服にはまだらな砂埃、膝の薄い掻き傷は犬の爪の痕らしい。
繭は両手で腿のあたりをはたいていた。
「ちょっとヒリヒリするし、お風呂の時に滲みるかも」
「……騒ぐほどじゃねぇだろ」
「まぁ、そうなんだけど。楽しいと、つい」
猫好きを豪語する割りには、何でもいいのか とも見えてくる。
「わあ~ごめんなさい!追いかけて来ちゃって……!」
横から入った声の方に、凛は目を向けた。
アスファルトをしつこく擦り先頭を走るのは、茶色っぽいデカい犬だった。
「このコもう、匂い覚えちゃってるみたいで……っ」
「そっか、ありがと。おりこうさん」
目の前で、繭はその場にしゃがみ込んだ。
突進する犬は繭を押し倒す勢いで向かってくる。
繭は姿勢を崩さず、上着に埋まる犬の頭部を両手でいなして、ぐしゃぐしゃにしていた。
前より無駄吠えが減ったとか、やっぱり力が強いとか。
誰と話しているのかもわからない所で そんな事を言っていた。
「……あ、きみメンズだ。もうちょっと大っきくなる?」
「あと少しはなるかもしれません。よく食べるので」
「そっかぁ」
犬の前足は、今も繭の膝上にある。
「地面冷たいから、肉球が寒いねー」
「……」
結局はまた。
繭は更に、掻き傷を増やすようだ。
凛はそこから目をそらした。
見える帰路の方向に歩き出した。
控えめに、飼い主の声がした。
「お友達?……なんだかすみません、引き留めてしまって。大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫です」
凛の影が引いた方へ、繭は顔を向けた。
凛の背中は相変わらず、淡々としていて揺れがない。
振り返る気配すら落とさないのも普段通りに見えた。
ただ、完全なオフ、みたいな雰囲気だけは久しぶりだ。
「……」
ほんの少し見せた隙を、前から簡単に突かれてしまった。
ガツンと近づく勢いに乗せて、あと一歩で顔を舐められそうになる。
繭は滑る毛並みの頬を掴んで、何とかそれを阻止した。
伸ばした背筋に、力が入る。
「早っ 優秀くんだねー!」
「ホントに油断も隙もないんですよ」
ぷるぷるの黒い唇を両指で持ち上げると、イッと綺麗な歯が見えた。
下手に笑っているみたいな顔につられて、繭もますます表情が動いてしまう。
大きな前足はペタペタと、膝に乗ったり降りたりを続けている。
猫のそれより弾力があり固かった。
バイバイで手を振って1人になると、何だか急に静かになった。
繭はスマホを開いてみた。
「……」
日は短くなったけれど、外はまだ明るかった。
それもそのはず、時間はまだ早い。
Fin
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