【ぬけがら】
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昼休み、繭の耳に友人の小春からの声が入ってきた。
「繭―」
「なにー」
「ちょっと付き合って!」
「何に?」
「1組」
時計を見ればあと10分強で休み時間は終わりだというのに、用事の内容も言わずに小春は既に背中を見せていた。
昼休みは教室も廊下も、人や音が多い。
繭は足を動かしながら、左右に目を配った。
授業中に一人で通る廊下は先生のこもる声が響いてやたら長く感じるが、休み時間には一気に狭くなってしまう。
お昼後は匂いも少し違うし、気温だけではなく温度自体も上がっている気がした。
1組は渡り廊下のその先にある。
時折、廊下で顔見知りの友達に挨拶程度の言葉を投げながら、繭は前を急ぐ小春の後頭部を追いかけた。
着くなりすぐに、小春は教室の中に入りお目当ての相手の所に向かった。
そこには女子が二人と男子が一人、顔は見た事あるくらいで繭は仲が良い訳ではない。
小春に手招きされたが、繭はここではおまけのつもりだ。
軽く首を振ってから、そのまま教室には足をいれないでいた。
繭は後ろドアの外から中に顔を向ける。
他のクラスは何だか不思議に見えるものだ。
色合いも、様式も、黒板からロッカーの配置まで、どこも同じなのに自分の教室とは景色が一段階ずれて感じられる。
それは、壁に貼られた掲示物の違いや、いる人間そのものが違うからかもしれないが、こうも違って見えるものかと改めて思ってしまう。
休み時間だから、このクラスもとにかく音が多い。
もしかしたら、繭のクラスより騒がしい気すらした。
人の声はもちろん、何かを投げたり落としたり、スマホ、バッグ、シール帳、制汗スプレー、あらゆるものが動く時にも色々な音が混ざってくる。
繭は、ぐるりと中を見渡した。
一番目立っているのは教室の後ろの方で、何やら盛りあっている女子達だ。
テーブルに座っているコもいれば、椅子に座っているコ、立っているコもいて、時折上がる肯定の勢いがそのまま音になったような軽快な響きが続いていた。
前側の入り口近くの席では、カードゲームで盛り上がる男子たちがいて、レアカードが、次のターンでは、そのデッキが……時折聞こえる言葉は耳には馴染みのある言葉だった。
繭はあまり詳しくないが、繭のクラスにも似たような事をやっている生徒は確かいる、とふと思ったりする。
やたら散らかっている机もあれば、人も物も何もなく置き去りにされたみたいな机もある。
賑やか過ぎるクラスの中で、1人だけ、頭を突っ伏して寝ているつわものがいて心で拍手を送ってみた。
最後に目が行くのは窓際だ。
ここだけはなぜか、繭のクラスとさほど変わらなく見えた。
窓が開いていて淡色のカーテンが揺れる所や、ほけっとした顔で風にあたる生徒は、繭のクラスとよく似ている。
急に、後ろにいた女子達グループに繭の視線が戻った。
繭のいる後ろドアから、出て行こうとする様子が見えたからだ。
この中に知り合いは一人もいないから、少しだけ横に寄り、誰とも何のコンタクトもせずに終わった。
視界がわずかに変わって、ふと、入ってくるのは凛だ。
サッカー都合で学校には来たり来なかったりがあるのは知っているけれど「普通に席があるのか」なんて当たり前の事を思った。
「…………」
後ろから近づくクラスメイトがいる。
話しかけられて顔をあげる凛と、一瞬だけ目が合って、すぐにそれた。
そのまま何かを話していたけれど、数秒くらいで会話は終わり凛の手元にはスマホが見えた。
背中の広さは少々規格外だが、こうして見ると凛も意外と普通に馴染んでいる。
「あ、結城さん?」
後ろから声がかかって振り返ったら、同じ委員会の男子生徒がいた。
数歩で近寄って来る姿と、気さくな声が繭に届いてくる。
「この前の資料、ありがとうね!」
「ううん。大丈夫」
他愛ない話をいくつかしてから、軽くだけ手を振った。
そろそろ昼休みも終わるというのに、小春はまだ話に夢中だ。
時々、繭の方を見て手招きしたり、アイコンタクトを投げてきたりしている。
繭は時計を見た。
時計は繭のクラスと全く同じだ。
いよいよチャイムが鳴りそうだから、少しだけ、小春に文句を言いたくもなった。
Fin
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