【ぬけがら】
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時期が変わると、雰囲気は変化する。
駅前カフェのフェアメニューはチョコレートと苺が使われたものになっていた。
空調のあったかさが心地よく、珈琲の匂いにも厚みが出た気もする。
普段の繭なら苺ショートだが、せっかくなので今日は苺のチョコショートを選んでみた。
窓際席からは通りがよく見えた。
上着を着込む人の数もちらほら増えてきた印象だ。
そろそろ、インフルエンザワクチンの季節でもある。
春先とは違う理由で、マスク人口が一定数 視界に入り続けていた。
ひそひそと、意識を店内に戻す声がしてくる。
繭は澄んだガラス窓から、そちらにこそっと目を向けた。
(アレ前もいたイケメンじゃん!?)
(オンナ変わってね?現実エグ)
(いや同じコっしょ、よく見ろ)
(女子見てないしわからん)
派手めの女子高生が3人、はっきりとは覚えていないが“この感じ”自体は何となく覚えがある。
人の記憶も関心も、お互いに曖昧なものみたいだ。
繭はフォークを手に取った。
白いクリームに色が付いただけで、何だか特別な気分になる。
視界の上の方に、見慣れた四角がいきなり入り込んできた。
「オイ」
「え?」
「何だコレ」
顔を上げるとそこには凛のスマホがある。
問題は写っているものだ。
繭の目も口も、一気に力を無くしてしまった。
「……何コレ」
「俺が聞いてんだよ」
「……え?何コレ!?」
「コレのどこが猫カフェだ」
もちろん、それが“何か”の理解は出来る。
文化祭2日目の日曜日、ホットドリンクをこぼして急遽保健室に行ったキャストの代打で、短時間だけ猫役をやった時だ。
予備の服まで用意していなかったので繭が着たものは試作品、尻尾をはじめ猫装飾はほぼ付いていない。
よくあるメイド服に猫耳カチューシャが乗っているだけだった。
後ろ斜めからのアングルで横顔は素に近い、撮った人間に悪意を感じざるを得なかった。
「……え?なんで写真持ってるの?」
「知らねぇよ。勝手に来た」
「……実はこっそり来て盗撮してたとか?」
「この距離で気付かねえ程目腐ってんのか」
こっそり盗撮、は繭とてさすがに冗談だったが。
繭は即、自分のスマホを取り出した。
迷わず開くのは画像アプリだ。
「コレは、アレだけど!……ホントはもっとちゃんと猫カフェだから。見て、ホラ」
テーブル中央に出したスマホをスワイプしながら、撮りためた写メを順々に披露した。
凛は細目で数秒それを見たあと、スンと顔をそらせてしまった。
「……いねぇじゃねえか、猫」
「そりゃ本物の猫はいないけど!でもいるの、色々」
(……え?何の話!?)
(イケメン真顔で猫の話してる)
(なにここ、空間平和過ぎん?)
はっと思い出し、繭はバッグを漁った。
今はちょうどいいタイミングとシチュエーションだ。
お目当ての小さなビニール袋を取り出した。
その中には文化祭時の猫ピックの余りがある。
「…………何してんだ」
「ん?今流行ってるの」
猫ピックをケーキの真ん中にさした。
今日はケーキがチョコレート色だからか、余計に映える感じだ。
目の前からは、何となく冷えた視線が直線で飛んでくる。
そこに自分の目線をぶつけて、まばたきをした。
「やる?」
「やるか」
「まだあるよ」
「バカくせぇ」
繭はもう1本、ピックを取り出した。
文化祭から数日経っているけれど、未だに「余り猫ピックの共有会」がクラスのグループLINE内で続いていた。
王道映え派、面白ネタ派、もはや食べ物ではない自由型、個性が出るのも見ていて飽きなかった。
つい、出してしまった方もケーキに戻した。
豪華2本にして改めての微調整をする。
お皿とフォーク、アイスティーの位置も一緒に整え直した。
「んー……」
スマホを斜めに持ってみた。
角度の問題か、位置の問題か、凛の身体の一部が入ったりピントが半端にぶれたり、イマイチ収まりが悪かった。
匂わせみたいな写メよりは一層のこと、全部ちゃんと入れてしまおうかとも思う。
繭は真正面から堂々とスマホを構えてみた。
凛を丸ごと、カメラ内に入れてみる。
「……」
画面越しに見る凛は頬杖で崩れた姿勢のまま。
目元だけ、短く裂くみたいにこちらに飛ばしてきた。
「なんだよ」
「……ポーズとか、ない?」
「あるワケねえだろ」
「……撮っちゃうよ?」
「勝手にやってろ」
「……それもなんか、な」
凛は普通に、お皿に残るものをしらりと食べだした。
カメラを向けられていても気にする様子もないから、何とも言えず拍子抜けだ。
結局、繭は手元にスマホを戻した。
ほぼ真上のアングルは少し格好悪いが、今日はこれで良しと言うことにしておく。
(今「勝手に撮れ」って言った?)
(え?ウチらも撮っていい流れ?)
(キメ顔いらない世界線ナニ)
繭は猫ピックを横に避け、ようやくケーキをつつきだした。
「人気猫種のアンケートもやったんだけど……1位何だと思う?」
「猫」
「正解。1位はスコ、2位ラグドール、ここは王道。3位がまさかのサビちゃん。意外」
フォークとは逆の手で、スマホのアンケート画面を開いた。
スクロールで選択肢の所まで移動をする。
「何に投票する?」
「……」
「無視?……サッカーぽい猫?」
「……どこにいんだよ」
「わかんない……じゃあ、ウチの猫でいっか」
「勝手過ぎんだろ」
もう文化祭は終わっているのに、前回確認した時よりも何故か2、3件回答が増えていた。
アンケートに、今の一票も追加をしておく。
「あ、あとね。」
もう1つだけ、凛に伝えておく事があった。
繭は適当に力の抜けた背筋をちょい、とだけ伸ばした。
「文化祭で、凛に渡してって連絡先とか何か持ってくる女子が何人かいたけど」
「……それが何だよ」
「断っちゃったよ。全部」
繭はアイスティーを手に取った。
そこまで時間も経っていないのに、グラスは既にゆるい汗をかいていた。
ストローでちょこちょこ、氷をつついてみる。
「なんか、色々……『今日、凛くん来ないの?』とか」
「来ねぇよ」
「『どこいるの?』とか」
「テメエのいねぇトコだよ」
「『なんで?』とか」
「関係ねーだろ」
「……私に言わないで」
「お前が話してんだろ」
(モテネタ、前もなかった?)
(あった!デジャブきた)
(毎度エピソード強ぇえ)
言いたいことは言った、あとはケーキに集中だ。
チョコ味の生クリームは普通のものよりほろ苦い。
口の中から消えてもなお、余韻を残すみたいな濃さがあった。
翌日、小春が早口でケーキ写メへの言及をしてきた。
「あの匂わせなに!?
グラスに反射して人っぽいシルエットが映ってなくもないし、撮る角度が明らかに不自然!!
てか、ピックあえての2本て、もはや完全に嗅がせにきてるでしょ!!?」
「…………」
繭としては、配慮が裏目に出たのならば何だか複雑だとは思った。
Fin
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