【ぬけがら】
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帰宅路は、ほぼほぼいつも通りだ。
空は晴れで、青と白のコントラストが映え、横を通り過ぎる自転車からの流れる風があたる。
帰宅路が同じだから、繭の隣に凛がいる。
騒ぐ学生やダンプカーみたいな車両が通ると、会話が終わってしまうのは、言い直しも、聞き返しもほとんどないからだ。
時折、繭だけが早足になるのもいつもの事。
コンビニの入り口が開くタイミングには温度差が走るし、近くの公園からは子供の甲高い声がする。
景色も、音も、肌に触れる気配もいつも通りで、不思議と静けさがある気がした。
横断歩道に差し掛かった。
繭よりも3歩前に、凛は止まっている。
視界を通り抜けるのは、結構な速度の車の往来だ。
繭はもう一歩、足を後ろに引っ込めた。
ふと、繭の目に向かい側の赤い服が入った。
人の服なんて普段は見ないけれど、信号待ちの数秒だけなぜかそれが気になった。
信号が変わるギリギリのタイミングで凜はもう歩き出しているが、繭は青を見てから動いた。
「白いところ以外マグマ!」横からは小学生の声が入るが、繭の目先は服のままだ。
赤いTシャツにジーンズで、どこにでもいそうな中年女性だが、プリント文字が中々にハイセンスだ。
すれ違いざまに、繭の脚が遅くなる。
青点滅が見えたので、急いで横断歩道を過ぎた。
またも、首が回ってバックプリントにも何かを期待する自分がいた。
しかし、小さくなる背中は完全無地の赤だ。
視線を戻せば、凛は既に声が届かない位置にいた。
ポケットに手を突っ込んだ背中に駆け寄り、横顔に話しかけてみる。
「今の見た?」
「……」
凛は自分の空気を守ったままだ。
よくあることなので、繭はそこまで気にしていない。
「あの人のTシャツに “私は頑張らない。お前が頑張れ” って書いてあった」
「……終わってんだろその精神」
「でもなんかわかる。そういう時ある」
「余計終わってる」
繭が思うに、日本人向き、と言えばそう言えるのかもしれない。
人間ならば共感出来る部分はある。
だから、ああいうものが売れたり目を奪われたりするのだ。
それにしても、面白Tシャツを堂々と着られるレベルになるには、繭にはメンタル修行が足りない なんて謎の自分評価が頭をよぎった。
もう一度振り返ってみたが、視界の中に赤は入ってこなかった。
それでも、繭は後ろを見たままだ。
「……ちょっとだけ、欲しい」
「いらねぇ」
否定に遮られて、繭は足を動かした。
欲しいとの感覚は「心のエール」多分こんなイメージが近い。
時には自分を甘やかすことだって必要であるし、人を頼ることも理にかなうものだったりするからだ。
繭は耳にかけた髪をそのまま指先に滑らせた。
それは風に従い、軽く肩に流れてゆく。
今更になって、かすかな笑いがこみ上げてきた。
「なんか、元気出た」
「……安」
「省エネと思えば褒め言葉」今日はそう受け取っておきたい気分になった。
凛の声は、表面だけをかすめて逆から抜けてゆくようだ。
わずかに凛の進行方向がずれた。
その直線上には、自動販売機が見えた。
繭が追いつく頃には、凜は既に下方の取り出し口からスポーツドリンクみたいなものを取り出す最中だった。
真似て、繭は自動販売機を見た。
並ぶ飲み物は色々だが、結局目がいくのは自分が慣れているものになるから不思議だ。
凛に視線を投げれば、半透明の飲み物の減りが早いしペットボトル越しに半端に顔が見えてくる。
「ずるっ」
「……」
「まあいいや。私もここで休憩にしよー」
キャップを閉める音を隣に、繭は財布の中を探った。
見えるのは、大小の銀色の小銭ばかりだ。
繭としては、こういう時に限って十円玉がないこの法則に名前があっても良いと無意味に思ったりする。
今の財布は小銭入れが小さいから、これ以上増やしたくないのが繭としては正直な所だ。
「……あ~千円崩したくないなぁ」
「じゃあ飲むな」
日頃、話しかけても拾わないのに、独り言の方はなぜか拾われた。
しかも、意向に合わない形で。
繭は小さな溜息をついてから、わずかな期待を声にした。
「20円、貸して」
「返す気あんのか」
「ある」
「嘘くせぇ」
「……」
顔の重心が、勝手に真ん中に寄る感じだ。
口や眉が位置を決めて動かなくなる。
咄嗟に出るのは先ほどもらったエールで、繭の目元だけは静かに力を蓄えていた。
「いや、“お前が頑張れ!!”」
「なんでお前の20円のために労力使わなきゃなんねぇんだ」
凛の目からは、わずかに温度が引いた感じがした。
ケチ、話のスケールのみみっちさよ、正論、人の心、期待していた訳じゃないがこの言葉使えない……
色んな視点が繭の頭を回るが、固まったまま、肩頬にだけ空間が出来ていった。
繭は財布を持つ手を、一度握りなおした。
ペットボトルを脇に挟んで、凛の顔が下がった。
腕の動きは、若干大きく雑さが見える。
出てくるのは財布で、思ったよりも普通にいったのは繭には意外だった。
繭は最短で算数をして、必要硬化を握った。
買うものは、もう決まっているからだ。
「……ねぇ」
「え?今、すごく期待にしたのに?」
「お前が勝手にしただけだろ」
「いや、期待させる動きだったよ!?」
ないものはないし、事実はただそれだけだ。
次の瞬間には、凛はもう歩き出していた。
結局は、千円投入となってしまい、繭の財布は硬貨天国だ。
繭は速足になりながら、今日はいつも以上に時間をかけてペットボトルの蓋をやたら開けたり閉めたりしている。
そのたびに、甘さが少しづつ広がってきた。
またも横断歩道に差し掛かった。
止まる位置も歩き出すタイミングもさっきと同じで、ここまではまたいつもの通りだ。
信号が変わると凜は普通に歩き出している。
けれど、繭の足は自然と白を拾ってしまっていた。
「…………」
繭の口元は少しだけ、勝手にゆるくなる。
繭にすれば、ここだけはなんだか満足出来た所だと思った。
Fin
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