【ぬけがら】
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
浴衣の柄が視界の端で揺れるたび、わくわくが跳ねる気がした。
まとめ髪の涼しさが首筋に触れて、歩幅も自然としとやかになる。
夕方を過ぎても引かない暑ささえ、特別な日の温度として心地よいくらいだ。
盆踊りのBGMがその場に溶けていた。
金魚帯の女児がくるんと振り向く仕草が、昔の記憶を引き寄せるみたいで繭の頬は緩んでしまう。
屋台の灯りが風に揺れて、通り全体が光の川のようになっていた。
「あ!あれ」
リンゴ飴が夜の色を受けてキラキラ艶を増している。
惹かれるように繭の足が止まった。
「私リンゴ飴、欲しい」
「繭のチョイス最高じゃん!私も買う」
「あ、やっぱりイチゴ飴にする」
「私は絶対リンゴ、映えるし」
小春は飴を買うと、スマホのインカメラを近づけてくる。
「撮るよ~こっち向いて~」
「ん」
「超かわいい!うちら!」
「私にも送っといて」
繭は大ぶりな1つ目のイチゴを半分かじった。
甘いパリパリとジューシーな酸味が心まで喜ばせにくる。
小春が大きなリンゴ飴をどう食べるのか気になったが、家でカットして食べるのが賢いらしい。
何パターンかの撮影ごっこを終えた後、小春は巾着型のバッグに飴をしまっていた。
ちょうど、クラスの男子3人とすれ違った。
その場で数分の立ち話をする流れだ。
一緒に回るか、の誘いを小春は「イケメンのナンパ待ち!」と愛想良く断っている。
後ろにいた一人が「馬子にも衣装」と、いかにもな言葉を控え目に伝えてきた。
「……アイツ、繭見過ぎー」
「制服じゃないの珍しいんじゃない?」
「気持ちはわかる。繭は雰囲気的に浴衣似合うし」
「そお?」
次は何を食べようか映えが優先か、ころんと迷ってから、小春はまた話題を戻してきた。
「せっかく儚げでかわいいのにー」
「浴衣?ありがと」
「見せなくていいの?」
「え?」
「糸師クン」
「……」
繭は一度、視線を上げた。
想像だけは巡らせてみる。
何だか面白くて、素直な笑いが顔に出た。
「興味なさそう」
「もったいな。糸師クンこういうの来ないの?」
「享楽を切ってる感じする」
「うおぃ!ストイック過ぎ」
「そうそう」
「……でも」
探るみたいな目を続ける小春は、妙に真剣だ。
「繭が誘ったら、来るんじゃない?」
「……」
「繭が、本気で誘ったら」
「……微妙かな」
呆れ半分のゆるい声が出た。
そう思うと、何も考えないで当たり前に「行く理由」しか見ていなかった子供の頃は懐かしい。
粉とソースの香ばしい匂いが前方から漂ってきた。
繭はそこに目を向けた。
「でも。小春と来る方が私は楽しい」
「繭ちゃん♡しゅき♡」
「お好み焼き食べない?美味しそう」
「よし!食べよう!」
小春がふんわり腕を組んできた。
横からスマホを構えて、1つしか残っていない苺飴とのツーショットを撮ってくれる。
お好み焼きを食べてから、しばらく歩いた。
飲食の出店にはない透明な雰囲気を見つけて、繭の関心が引き寄せられた。
赤や黒、数種類の金魚がゆるく泳いでいた。
エアーとポイの動きに合わせて水面が揺れ、華やかな波が出来ている。
小学生が真剣な顔で金魚を追いかける姿を見て、「がんばれ」と心でエールを送った。
「繭金魚すくいやりたいの?」
「……私、やったことないんだよね」
「嘘、レア人種」
「リティがいたから。“取ったら絶対飼うって言うしダメ!”って、これだけはやらせてもらえなかった」
「そういう理由かぁ」
繭は金魚すくいに近づいた。
浴衣の裾を押さえてその場にしゃがみ込んでから、振り返り小春の顔を見る。
「やってみていい?」
「いいよ。頑張れ!動画撮る」
「1回お願いします」
「はい!400円ね」
渡された憧れのポイは、軽くておもちゃみたいだった。
横の子供を真似て沈めてみると、水中では意外と重たく金魚も速い。
思うようには進まなかった。
朱色が目立つ三角尾びれの丸っこいコを狙ったのも、良くなかったのかもしれない。
「……一瞬で穴空いちゃった」
「……安定の初心者」
後から、母親と一緒に来た5歳くらいのコの方が上手にすくっていたので、さすがに複雑にはなった。
「ママぁ!あのコ!あのコも取りたい!!」
「あのコは大きいから難しそうねー」
「……」
親子の会話を聞きながら、繭は濡れそうな袖を小さく押さえた。
ここ最近は見ないようにしていたものが、急に滲むみたいに戻ってくる。
「……」
白いぬいぐるみをふとした理由から取りたくて。
自分なりに頑張ってみても、どうしてもうまく取れなくて。
はじまりは、諦めかけたその時だ。
もしも、もしもこの場で隣にいたら。
たった1回で、狙った金魚を軽やかにすくってしまうんじゃないか。
眩しい表情を見せながら、注目を攫う言葉を言うんじゃないか。
勝手に想像する。
「取れなかった人は2匹までは選べるよ!」
「……大丈夫です」
半端に薄紙が残るポイを返した。
一匹くらい連れて帰りたい意思はなくもなかったが。
子供の頃みたいに、一時の気持ちで決めるものでもないとは思えた。
知らないうちに、繭も幾分かは大人になっているみたいだ。
花火が見えるエリアに近づくと周りに人も増えてくる。
ちょうど目の前に、男女の2人組がいた。
手を繋いで見つめ合い、笑いながら話している。
男の子は女子の浴衣姿を何度も褒めたり、女の子はタオルで男子の汗を拭いてあげていた。
横の小春から、小声が聞こえてくる。
「熱すぎん?灼熱地獄、温暖化」
「謎の俳句きた」
「ああーイケメンのナンパ来ないー!」
「はじまった」
パステルのグラデーションになる綿あめをつつく小春は、子供みたいに口を尖らせていた。
目の前の男女は、ペットボトルのお茶を自然と交互に飲んでいる。
「最近さ」
「うんー?」
「幸せそうに見える人達も、水面下では色々あるんだろうなって思う」
「なんか、大人になったね」
「そう?」
「前なら “そーゆーの興味ない”とかだったんじゃない?」
「……そうかもね」
引っかかるものもなく、すんなり言えた。
小春は一回り、声のトーンを低くする。
「聞いてイイ?」
「……」
「玲王クン」
「……」
「話さなくなったじゃん」
「……」
「何かあったのかなーって」
「……」
そうしたい訳じゃないのに、顔がじわじわ下がってしまった。
目に映る地面は暗かった。
慣れない下駄もそろそろ疲れた。
カコンとだけ、小石を無意味につついてみる。
周りの人は花火を求めて上を向いている。
聞こえる声も音も、賑やかなものばかりだ。
「やっぱり好きだったの?」
「…………」
横から小春が、固まる指先にそっと自分の手を絡めてきたのはわかった。
「……多分、そう」
「そっか」
「……恋愛って、こーゆーコトなのかなって、思ったし」
「うん」
まだまだ入り口未満だった事もわかっている。
思う事も考える事も、止まってしまいそうになる事もある。
ちゃんと相手を見て好きだったのか。
一緒にいる時の楽しい時間やドキドキしている自分の事が好きだったのか。
それとも両方だったのか。
それだけは今も、わからないままだ。
小春の手の力が、強くなった。
伝わる温度が深くなる。
人の指先という、こんなに小さなものが大切に思えるんだと知ったことも、今はまだ簡単に思い出すことが出来る。
「……アリとキリギリスの話あるじゃん?」
「あるね」
「玲王いると私キリギリスになりそうで。実際課題溜めたりしてたし。でも玲王って自分は絶対アリなんだよね」
「なんかわかる、ソレ」
困ったように笑う小春の横顔を見た。
愛らしい目元が潤んで見えて、不思議と少しだけ安心する。
「玲王クンはさー恋愛偏差値が高すぎたね」
「……恋愛以外も。人柄も、外見も、育ちも、頭も。なんかもう全ての偏差値が高い」
「それ、ベタ惚れで言ってる?ちゃんと冷静?」
「……多分、冷静」
「ならいい」
今度は繭の方から、小春の指先をきゅう、と握りしめてみる。
「でも、あの時の繭はすごく楽しそうだった」
「……うん。楽しかった、めちゃくちゃ」
「じゃあ、それでよくない?」
「よくない。……多分」
「なんで?」
「玲王が欲しいものと、私が欲しいもの……違った、気がしてて」
いよいよ花火の時間だ。
場内のアナウンスが聞こえた。
ようやく、繭の顔が空を向く。
「……だから、……っ」
もう花火がはじまるのに、小春は上よりもこっちを見ていた。
それが伝わって、自分を支える力が抜けてしまいそうになる。
「一緒にいて楽しくて、ちゃんと話が通じて。こっちの事を分かってくれて、必要な時は動いてくれて」
「……贅沢言い出した。玲王クンでハードル上がりすぎてない?アレ基準にしたら今後が詰むよ?」
最初の一発が上がる。
花が開くみたいな赤色の花火だ。
明るさは一瞬で散りながら、後ろに抜けてゆく。
「同じもの共有しながら、」
「うん?」
「一緒に前向きなアリになれる人……とか」
「それもう、その人のコト相当好きじゃない?」
二発目以降は連続で続いた。
「そんな人、いるのかな」自重みたいに言った繭の声は、多分小春に届いていない。
もう一つ、懐かしい事を思い出した。
空いた方の手で口元を押さえて、繭は肩を揺らす。
「……急に笑い出した。どうした?」
「リティが花火の音が大嫌いで。毎年狭い所に隠れて1人でぷるぷるしてたなぁって」
「ソレ想像したらめちゃくちゃ可愛いけど。本人からしたら地獄だよね」
「……うん……、」
小春がはっきりと手を繋いできた。
繭もそれに応えた。
目に映る派手さより、胸の内側を叩く圧のほうが今日は残る気がした。
Fin
【ぬけがら】へ戻る