【ぬけがら】
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夏休み中、夕方に入る時間だ。
神社の雰囲気は懐かしく落ち着く感じがした。
木漏れ日が多く、ヒグラシの音がする。
うだる暑さをふわんと溶かしてくれるみたいだ。
そこから聞こえてくるのは似合わないボールの音だった。
動きに合わせるように砂利の擦れも混ざっている。
繭は思わず脚を止め、音の方に向かって行った。
「……」
音の主は、堂々と神社の境内の前にいた。
澄んだまま止まるこの空気の中で、足元だけが別のリズムで動いていた。
インサイド、アウトサイドにヒールまで、流れるように移動し続けるボールには羽根が生えているみたいだ。
均一に揃う前髪が、動きに合わせてぽんぽん跳ねている。
こういう所でそういう事をしていいのか、ふと疑問には思った。
人はいないから迷惑にはならないけれど神様が見ているかもしれない、なんて考えてもみる。
それでもつい、見入ってしまった。
視線が勝手に根を張るようだった。
サッカーは凛も上手だ。
けれど、それとは何かが違って見えた。
収束と発散というか、固い論文と自由な物語というか。
例えに自信はないけれど、多分、正誤の観点ではない何かだ。
あっという間に、バチ当たりリフティング男子は“夏の一場面”として絵になっていた。
その足元からボールがてんてん、と転がってきた。
「……あ」
繭は爪先でそれを止めた。
キックミスかと思い、軽く蹴り返した。
男子はボールを足の甲で浮かせ、数回のボールタッチを披露する。
するとまた、繭の方にボールが転がってきた。
もう一度爪先で止めた所で、繭から声をかけてみた。
「……えっと……」
「ん。コッチ見てたから」
「…………」
「やりたいのかなーって」
「別に、そういう訳じゃ……」
「そっか!じゃあもう一回、パス」
人差し指をくねらせて、続きを要求してくる。
巻き込むみたいに流れに乗せられてしまった。
会話もないまま、パス交換が続く。
「うまいじゃん」
その評価は嬉しいけれど事実は違う。
うまいのは、バチ当たり男子の方だ。
繭が取れる位置に、繭が止めやすい回転で、繭が返した下手クソすらも、綺麗に修正してくれているだけだ。
「んじゃレベルアーップ!」
「え……!?」
「右に強めにいく、がんばれ」
「ん……!……あれっ左じゃん」
「ああ~俺から見ての右だった」
「もお!」
「次はダイレクトにチャレンジどーぞ!」
「ダイレクト……、うあっ変なトコ行っちゃった」
「うまいうまい、ホラ!」
「全然、私は、うまくないでしょっ」
「ちゃんと取れてるし返せてるじゃん」
「私に“取らせてる”でしょ!?」
「うん♪」
前後左右に動きながら「次は浮き球いくよ!」そう指示が飛んできた。
ボールが膝くらいまで上がるだけで迫力が増す。
繭の肩に力が乗った。
足の甲か脛か、微妙な所に何とか当てた。
顔を前に向けたら急にそこはがらんとしてしまっていた。
「あれ、……っ」
左に逸れたへろりんボールを、繭は自分で追いかける事になる。
見渡せば、男子は境内近くの御神木のような木の側でしゃがみ込んでいた。
ボールを手にして、繭はそこに近づいた。
「見て見てっ」
「……見てる、けど」
「セミ、出てきた」
「……これ脱皮?羽化?」
「爆誕!」
「……」
「したね」
「ぽいね」
蝉が背をメリメリ破るさまは、中々にグロテスクだ。
柔らかそうな身体も羽根も、どろりと溶けて見え眉をひそめたくなる。
まだ色が薄いせいで、目だけが飛び出しギラギラに目立っていた。
「……私、この瞬間はじめて見たけど、キモい」
「えー かわいーじゃーん」
「……どの辺が?」
「うにょにょーんって」
「……そこがキモチワルイ」
バチ当たり男子が上を向く。
雰囲気から勝手に年下だと思っていたが。
首元や喉のあたりは表情の割りにはしっかりしていた。
目元だけはあちこちくるりと動き回り、映すものを集め直している。
「あそこも」
「……なに?」
「こっちも」
「……ぬけがら」
「いっぱいある」
「……ひやぁ」
「アガる♪」
男子は立ち上がり、ぽこぽこ見える蝉の抜け殻に手を伸ばしていた。
一個ならず、二個も三個も、あっという間に片手の上はいっぱいになっていた。
「持って帰ろっと」
「嘘でしょ!?」
「ガチ」
「しかもポケットに入れる!?」
「ほい」
「え?」
「一個あげる」
「っいらない!」
「パスの参加賞」
「参加賞って……」
足を一本ちょんと摘まんで、蝉の抜け殻を差し出された。
判断よりも先に、ためらいながらも片手を出してしまった。
「……コレ、動かないよね」
「動くに決まってる〜」
「えっ?!ヤダ!!」
「持ち主は今もどっかで暴れてる」
ちょっとした意地悪なのかと思ったけれど、どうも違うみたいだ。
陽だまりのような顔をするから、何だか毒気を抜かれてしまう。
近づいてくる手つきは軽やかだった。
「……」
繭は、手のひらに置かれた抜け殻を見た。
イカつい顔をしているのに重さがなかった。
尖る足先が針みたいで肌をきゅ、と痛く引っ掻いてくる。
このぬけがらの主はどこにいるかなんて、考える余地もないけれど。
外側だけの精巧なガラス細工みたいで、ちょっとだけカッコ良く見えた。
「ヘイヘーイ!投げて~!」
「あ、ボール?……ちょっと待って!ティッシュにくるんで潰さないようにするから!」
あっという間に、蝉タイムは終わったようだ。
繭は抜け殻を包んでバッグの上にふんわり置いた。
ボールを両手で持って、バチ当たり男子を見る。
つい、少しの出来心がくる。
わざと男子の頭上を超えて、左側に投げてみた。
「おわっと!3Dスキャン!」
「……ウソっ取るんだ今のを」
背中に回るボールを後ろ足で拾い、数回のトラップで元の位置に簡単に戻してしまった。
「余裕のよよよい、っと」
「……ホントにうまいねサッカー」
「当然なり!」
「……私がもっと、下手な方が都合いい?」
「にゃは 言うね」
繭の足元に、また蹴りやすい球を返してくる。
「……さっきから」
「なにー?」
「華麗なボール捌きの連続で!ぬけがら!もう粉になっちゃったと思う!」
「粉?セミのぬけがら粉?」
「そう!想像したくないケド」
「粉でラーメン作りたい♪セミラーメン」
「え!?出来るの!?まとまるの!?」
「生まれ変わる!」
「何それ!?」
突拍子もない返事が来て、変な所にボールが飛んでしまった。
けれど、それすら楽しみに塗り替えていた。
後日。
繭は久しぶりに会った小春の前にいた。
「……ねえ」
「なにー?」
「セミのぬけがらをひいて粉にして、それでラーメンて作れると思う?」
「……は?」
絶対に不可能!とも断言出来ない微妙さが、繭としては歯痒い所だ。
「セミ1匹から取れる粉が小指の爪先くらい?一人前のラーメン作るのにセミ何匹分いるのかな」
「……またお得意の哲学?いや小学生の自由研究?」
「えっと、先週に従姉妹の家行ってたんだけど。イイ雰囲気の神社に寄ったら、そこで、……」
短い時間の出来事だったけれど、意外と要点がまとまっていなかった。
「境内でバチ当たりな事してる男子がいて」
「……その人が神社の境内で勝手にラーメン作ってたの?」
「違うって!……あ、でもそれ言ったら私もバチ当たりか……結局一緒にやっちゃったし」
小春が前のめりになる。
顔はやたらと真剣だった。
「夏の神社の境内で??知らん男子と??一緒にバチ当たりなコトを??ヤっちゃった??」
「……小春の想像してるコト絶対違う」
「逆にナニを想像しろと!?!?」
「サッカー。上手だった」
「…………で?何がどうなってそこからぬけがらのラーメンなの?」
小春の眉間がどんどん寄ってくる。
この関心は、多分人生最初で最後。
夏の不思議な体験だった。
Fin
【ぬけがら】へ戻る