【ぬけがら】
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図書室は音が少なく、教室よりもエアコンが効いている。
眠くなりそうなのに締まる感じがあるのは、学校の中でも特異だ。
繭の隣には同じ図書委員の男子生徒がいる。
「俺、返却ポストから本回収してくる」
「じゃあ私こっちやってるね」
繭は受付カウンターに入り、積まれている本を手に取った。
必要な所にだけ目を走らせ記録を取ってゆく。
3冊処理した頃、男子生徒が戻ってきた。
両手にあるのは10冊前後、大量と言える程でもないのは救いだ。
2人で片付ければ記録付けは時間もかからなかった。
後は返却された本を正しい位置に戻してゆくだけだ。
繭は図書室を見渡しながら言った。
「今人少ないし、手分けしてやっちゃお」
「じゃあ俺こっちの方やるね」
男子生徒は大きめの本のブロックを持ってくれた。
繭は一回り小さい固まりだ。
文庫本は主に窓際に並んでいる。
繭は本ごと移動した。
図書室の真ん中に置かれる机では、いかにも頭の良さそうな生徒が数人だけ、勉強なのか何かをしていた。
カーテン越しでも外が眩しいのがわかった。
窓は閉まっているから、空気だけはぴたりと遮断されているのがちぐはぐな感じだ。
繭は視線を本棚に移した。
要所に本が抜かれ、穴が目立っていた。
背表紙に張られた番号の流れを上下左右に探し、正しい位置に戻してゆく。
「……」
作業の合間に、耳が意識を向けるのはグラウンドだ。
瞳はくるくる動くのに、繭の手元が徐々に遅くなる。
ボールを蹴る時の短く硬く、弾む音。
指示や檄、時々ホイッスルも混ざっている。
この学校のサッカー部だ。
「……」
繭の視界の先はいつの間にか、棚の隙間の1つになった。
その横で斜めになっている本の真ん中あたりに、紙の栞の頭が見える。
「暑そうだねー サッカー部」
「……ん、……ね」
「こっち終わったから手伝うよ」
「ありがと」
後ろから声をかけられて、残り半分を男子生徒に渡した。
そしてまた、数字を追いかけた。
本を戻す作業が終わったら、後は貸出カウンターで待機だ。
「あ」
「あ」
「……結城さん図書委員だったんだ」
「……うん、そう……今日は、当番で……」
暗黙の了解で気まずいヤツだとは思った。
目の前に来たのは、春頃に凛宛ての手紙を預かり翌日に即返却する事になった他クラスの女子だ。
一度目が合って以降、繭はそのコの手元の本に視線を固めた。
落ち着いた声が絡んでくる。
「……糸師君、最近元気?」
「……さあ、わかんない」
元気も何も、凛は止まる間もなく1人で戦っているのが事実だ。
少なくとも彼女よりはそれを知っている。
なのに変に、曖昧な言い方をしてしまったかとは思った。
「結城さんやっぱりよく、一緒にいたりしてるし」
「……それは。……でも私だって、何でも知ってるワケじゃないし」
「あの時はしつこくお願いしてごめんね」
「ううん。……こっちこそ、ごめんね」
口から出たのが何に対する謝罪なのか、繭にはよくわからなかった。
普段、ここに来る人がどんな本を読むのか、殆ど気にしていなかったけれど。
今は目の前に渡された本を、真っ直ぐ見ている自分がいた。
女の子らしい外見の割りには、ハードなサスペンスものだ。
新たな貸出の本はその続編だった。
一覧リストに綴られる記名文字が可愛らしかった。
あの時の手紙もそうだったのかも、と、残っていない記憶を少しだけ追いかけてみる。
その後、会話はなかった。
最後だけ「じゃあね」と言われ、繭は控え目に手を振った。
横から男子の声が入る。
「今の4組の一条さんだよね」
「うん……知ってるの?」
「ちょこちょこウチのクラス来てたから。糸師目当てか」
「……そうだったんだ」
返却された本を両手でパラパラめくってみた。
挿絵は殆どなく文字は細かい、紐状の栞はきちんと最初に戻されていた。
「あーあクソ」
「なに?」
「女子はみんな糸師狙いか」
「みんなって言うのはないでしょ」
「えー結城さんがそれ言う?」
一瞬、手元が遅れる。
「……そういうセットみたいの、……今はもう、ちょっと違う、って言うか」
「そうなの?」
本をとんとんする音に乗っかる返事は軽かった。
ラスト一冊を片付けた所で、業務終了の時間になった。
図書室を出る頃には、夏の匂いが濃くなったみたいだ。
それも含めて特に変わらない一日、繭はそう思うことにした。
fin
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