【ぬけがら】
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今日は、なんとなく普段と違う道を選んだ。
この道は静かだと繭は思っていたけれど、想像よりは音が多かった。
自転車の往来や、学生達の話し声が混ざっている。
日が伸びているから、小学生くらいの子がはしゃぐ姿もあった。
繭の目に映るのは、普通のありふれた景色だ。
「……」
なのに。
口がゆるく開いた。
理解が追いつかない沈黙が繭の中に落ちる。
前方に見えるのは、凛だ。
この道を選んだことを今更1人で後悔する。
凛はジャージ姿に大きめのリュックを背負い、歩幅も姿勢も、何もおかしい所はなかった。
繭がこの道を選んだことを除いては、周りは変わらずいつもの通りだ。
長くもない道では、距離が埋まるのはすぐだ。
凛と目が合った気はしたけれど、流れ作業みたいに凛の視界に入っただけかもしれないとも思った。
浮かんでくるのは、最後に会った日の出来事だ。
自分から声をかけようか、かけるなら何て言うか。
そんなことを無自覚に考え出している自分がいた。
繭の歩幅がずるずる縮む。
その場で完全に止まってしまう。
もう、凛は目の前だ。
「どけ」
「……」
凛は譲る隙なんて持っていない。
場の密度を一方的に決めている。
だから、繭が数歩横にそれた。
横を過ぎる時に、物が小さく揺れる音がした。
飲み物なのかスパイクなのか、この距離で何度も聞いた事がある。
凛の横顔の先にあるのは、前だ。
繭には怒っているようには見えなかった。
本当に、ただ普通なだけだった。
凛の残す音が、1つづつ小さくなる。
それを今も、拾っている自分が繭の中にいた。
本当は、自分が何か言いたかったのではなく、何か言われるかも、と期待したような気もした。
一言は言われたけれど、想定とは違うもの。
これでは言われなかったのと同じことだ。
繭はその場で鈍く振り返った。
「……り」
自分にも聞こえないくらいの声だ。
凛の歩調が、ずいぶん早く見える。
近くでは大きい背中が今はもう小さかった。
たいした事のない距離が、今日はやけに遠い。
小走りで追いつくのは簡単なのに、その選択が抜け落ちたみたいにする気になれなかった。
外の空気は湿気っぽくじわりとするのに、繭の周りだけが冷えている。
中学生くらいの子達が横を通り過ぎた。
部活がどうとか、些細な文句を言う声がする。
ぬるい風が流れて、木の葉が揺れている。
周りはちゃんと、前に流れ続けている。
なのに、繭が視線を向ける先は変わらなかった。
凛は振り返りもしないまま、角を過ぎて完全に消えた。
もう、ここに留まる意味はないのに繭の足は止まっている。
「……」
凛が前しか見ていない事は、今更だ。
遠くない未来にどういう方向に行くのか。
想像するまでもなく知っているつもりだ。
先日、自分が取った選択を間違いとは思わないけれど。
「どうせ離れるのなら、少し急ぎすぎた気もする」
今更になってぷつんとだけそんな思いが走る。
ちゃんとしようと思っただけなのに、ちゃんと進められていないのは繭の方だ。
考えても答えはわからないのに。
それでも、あの時の続きを繭は1人で考えてしまっていた。
Fin
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