【ぬけがら】
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小春は駅前のファミレスに駆け込んだ。
賑わう店内で繭は小さくなっていた。
テーブルに頭を突っ伏し固まったままでいる。
「遅くなってごめんね」
「……」
繭の前にはドリンクバーのグラスが一つだけだ。
琥珀色のお茶は、完全に分離しぎこちない水滴を流していた。
「……繭、泣いてるの?」
「……泣いては、ない」
繭の顔が半分くらい上がった。
声も表情も、小春が思ったよりは気丈に見えた。
額の真ん中は赤くなり、前髪がまだらに張り付いている。
あとは、鼻の頭にほんのりとだけ色があった。
小春は注文パネルを手に取った。
「何か食べる?糖分とろっか」
「……」
「季節のおすすめ“マンゴーフェア”だって」
「……いらない」
「アボカドソースの唐揚げも美味しそう」
「……いい」
「……そっか」
繭は泣き顔ではなかったけれど。
小春が思うに、多分これは泣かないようにしている顔だ。
繭がうつむきながら、話し出した。
沈んだ気配がそのまま声に出ていた。
「……凛が」
「うん」
「ガッてしてきた」
「……襲われたの?」
「足が」
「え?」
「前」
「……意味がわかんない」
「……私も、意味、わかんなかった」
「……チョット順を追って話して?」
小春は急ぎ注文パネルを操作した。
季節のパンケーキを選び「半分こね!」と声を出した。
「私の部屋、出禁にした……」
「マジっ 思い切ったね……」
小春は「話の前に」とドリンクバーに急ぐ。
グラス二つに飲み物を入れて、あっという間に戻ってきた。
「……部屋、もうダメって言ったら」
「うん」
「“お前が来い”って言い出して」
「……いや、そう来る?」
「“意味わかんない”とか“知らない”とかばっかで」
「……あのビジュと身長でそーゆー感じなの?」
「何言ってるのか全然わかんないし」
「……今までどう会話してたの」
小春は顔をしかめながら、ストローの薄紙を剥がした。
「あと、もう普通に戻したいって言ったら」
「うん。言ったんだ」
「“戻す原型ない”って」
「……一瞬止まって、は?ってなってから、いや正論?ってなる感じどーしたらいい?」
「……うまく反論出来なかった」
「糸師クン頭いいのか違うのかどっちなの?」
「あと、距離感バグってるって言ったら」
「それも言ったんだ……勇者」
「“言ってるヤツがバグ”って」
「コラ!糸師!お前!」
「最後、足でガッてした」
「……穏便じゃなかったコトはわかった」
小春は大きく息をついた。
「怖かったね」と静かな声をかけると、その瞬間だけ繭は子供みたいに安心した顔をした。
繭はしばらく黙ってから新しいグラスを取った。
そこに一度だけ口を付け、小声で言った。
「……うまくいかないの」
「……」
「……私が悪いのかな?」
「……」
繭の声は、ずいぶん弱気だ。
顔にかかる髪が繭の表情を隠している。
「悪い、じゃなくてさ」
「……」
「下手なんじゃない?」
「……」
「多分、お互い」
「……」
小春の頼んだパンケーキが届いた。
ついでに注文した唐揚げも一緒だ。
「いる?」の問いかけに、繭は首を横に振っていた。
「……私はどーすれば良かったの?」
「ん~ 繭さあ」
小春はナイフとフォークを取る。
パンケーキを切り分ける合間から、甘い匂いが漂った。
臆した雰囲気の繭の内側からは、納得出来ない気持ちもひしひし伝わるようだった。
「いきなり100点取ろうとしてる?」
「……え?」
「こーゆーの不慣れなクセに」
「……」
「無理でしょ」
小春はクリームもフルーツも1/3程度だけ、綺麗にパンケーキを分けていた。
それを取り皿に移し唐揚げも添えて、スペシャルプレートを完成させる。
「まだ途中なんだし」
「……途中?」
「そ。だから結論今じゃない」
「……」
「これでも食べて、励め!!」
小春はフォークも付けて、繭の前に出来たてセットを差し出した。
繭はそれを無言で見つめた後、ぎこちなく両手を合わせた。
小さな「いただきます」の後、フォークを手に取った。
舌に乗る味が美味しいかと言われると、今は正直よくわからないけれど。
クリームは溶けるみたいに軽くて甘かった。
プレートの上が半分くらいになった頃、繭はぽつんとだけ言った。
「…………ちょっと、連絡してみようかな」
さっきまで沈んでいた繭の顔が、ふわんとゆるくなる。
それらしく気の抜ける所を小春はよく見ていた。
「……玲王クン?」
「……うん」
「今はやめとけ」
あまりの即答に、繭のまばたきが増えた。
繭にとっては、深い意味はなかったつもりだけれど。
小春にはその名前が出る理由は分かりやすかった。
「……なんで今はダメなの?」
「今のメンタルで頼ると変な方向行きそう」
一拍だけ、繭が止まった。
小春は頬杖を付き、繭を真正面から見る。
繭の頬が店内の照明を受けて、かすかにぷくんと丸くなっていた。
「……変な方向行かないもん。私はそーゆーあるあるの、流されないし」
「女子こーゆー時みんなそう言う」
「……玲王はつけ込むみたいなの、しないと思うし」
「まあ、しないかもね」
「うん、そう。だから」
「最後まで聞け」
小春は食べ終えたお皿を横に寄せて、身を乗り出した。
いつになく目元には真面目なトーンが乗る。
「でも今」
「……」
「繭はされたら弱い」
「……」
「“自分が優しくされて安心したい気持ち”と」
「……」
「“相手をちゃんと好きな気持ち”は別だから」
「……」
小春は席に座り直して、スマホを取り出した。
そのまま食後の自分チェック、ついでに前髪も二本指で完璧にする。
そんな小春をちらちら見ながら、繭はまた、歯切れの悪い声を出した。
「……小春、今日すごくまともじゃない?」
「はぁ!?何言ってんの」
小春がスマホから顔を上げる。
整う瞳が大きくなっていた。
「私がいつも一番まともだから!」
「……」
「繭の周りが濃すぎてるだけ!」
「……」
「てか繭も足突っ込んでるからね!?」
小春はまた、スマホに視線を戻した。
その瞬間はめちゃくちゃ可愛い顔をするのは相変わらずだ。
「分かったの!?」
「……うん」
「ホントに!?」
「……たぶん」
今日の小春は先生みたい、繭は密やかにそんな事を思った。
繭の前にある小春のスペシャルプレートは、いつの間にかあと少しになっていた。
fin
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