【ぬけがら】
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小春の部屋は、今日も清潔な良い匂いがしていた。
テレビがついていて小さな音でワイドショーが流れている。
小春は、繭が「お土産」と机の端に置いたお菓子を見た。
スーパーやコンビニではまず並ばない外国産ぽい洒落たパッケージだ。
最近、繭の周りには知らないものが増えた。
でも本人はその意味にちゃんと気付いていないみたい、小春はそんな風に思った。
「それ、どこのお菓子?」
「わからない。玲王がくれたやつ」
小春の薄い予想は的中みたいだ。
突如現れたゲーセンの王子とうまくいっているならば小春としては、微笑ましいとは思う。
当の繭は、概ねはいつも通りだ。
いつも通りに話して、いつも通りに生活している。
ただ、ここ最近は話題だけが明らかに違っていた。
「その後はどうなの?王子サマと」
小春は、両手にあるペットボトルのお茶の1本を繭に渡した。
「王子、は」
「てゆうか繭が玲王クンを王子認定してるの今でも面白い」
「なんか、キラキラしてるんだもん」
「真顔で言ってる自覚ある?」
「ある」
「余計面白い」
小春はベッドに腰掛け足を組んだ。
繭はもらったお茶を一口飲んでから話し出した。
「玲王はこの前も遊んで、最近は楽しくて」
「うん」
「ただ話すだけとか、そーゆーのも楽しくて」
「うん。楽しい2回言ったね」
「公園とか帰り道とか、何にもない場所でも楽しくて」
「まさかの3回目。なんだか繭がかわいい♡」
「で、凛に会った」
「……え?」
「凛に会った」
「鉢合わせ?」
「うん」
「マジ」
情報量のわりに、繭は淡々として見えた。
小春の方が顔が苦々しくなり、まつ毛のカーブがくるんと揺れた。
「修羅場じゃん!」
「ん……ちょっと気まずい、とは思ったけど」
「糸師クンてキレたら超~怖そうだし!王子はあらゆる裏ルート使って社会的抹消とかやってこない?」
「……玲王はそんな陰湿っぽいコトはしないよ」
「真面目か。今のツッコむところだったんだけど」
「…………」
「いや、なんかごめん」
小春は、テレビリモコンの電源ボタンを押した。
部屋が一段、静かになる。
「えっとね」
「うん」
「向こう2人が実は知り合いで。最初はずっと2人で、というか玲王が1人で話してて」
「は!?そこバチバチの取り合いイベントが勃発するんじゃないの!?」
「サッカーネタ?どっちも状況の説明してくれないし。え?みたいな」
「紅一点の姫なのにいきなり放置プレー?!」
「そしたら、凛が急にキモいって言って帰って」
「うわぁ語彙力の容赦なさ過ぎ」
「玲王はずっといつも通りな感じのままで」
「王族の余裕ヤバイな」
「でもなんか、玲王最後はちょっとだけ、違ったかも」
「もしや王子、怒らせるとタチの悪い方のタイプか?」
「で。……いちおは、玲王と帰ってはきた」
「想像とは違う修羅場だった」
小春は「大変だったね、よしよし」と、繭の頭を撫でた。
繭はほんのり頭を下げて小春の手に従っていた。
繭は自分が何を言っているのか気にする様子もなく、話しを続けた。
「あれから、LINEは今までみたいに普通なんだけど」
「玲王?」
「うん」
「ほお」
「今までは、最後に次の話してたけど、それしてなかったなーとか」
「うん」
「玲王話しやすいから、普通に聞いてみていいのかなとも思うけど」
「うん」
「モテるでしょって聞いたら否定しなかったのは少しは気になるし」
「うん」
「でも結構ちゃんとしてる所もあるのかなとは思うしなんて言うか」
「うん」
繭の話を聞きながら、小春はどこか的を得ないとは思った。
それなのに、それだから、なぜかふわふわと話が途切れないのだ。
「……繭さあ」
「ん?」
「玲王クンの話ばっかりするね」
「……そう、かな」
「そうだよ」
「……」
繭の顔が、半分下がった。
そのまま口が止まってしゅんと大人しくなる。
繭の指先はペットボトルの蓋の上で、くるくる動いてばかりだ。
「糸師クンは?」
「え?」
「こう、事案後のフォローとか和解とかみたいな」
「別に。この前ウチ来た時に軽く聞かれたくらい」
「それだけ?」
「うん」
小春としては、本人に言うほどではないと思っていたけれど。
言っても本人に自覚がないなら届かないかもしれないからだ。
けれど、今日は違った。
小春は、改まっての咳払いをした。
小さくなる繭が下手な上目遣いで、小春を見返した。
「あのさ、繭ってさぁ」
「なに?」
「糸師クンのこと特別扱いしてないよね」
「うん、してないかな。前からっていうか」
「そこなんだよ!!!」
小春は目元を強めて身を乗り出した。
繭の顔が、うにゅにゅと寄っている。
「特別な枠にいるのに!」
「……」
「そのことに気付いてない!」
「……」
「前から何度も言っているケド」
「……」
「繭にとってはそれ普通なのかもしれないケド」
「……」
「繭は自分で思ってるより、距離感バグってるから」
「…………」
ここ最近、毒が抜けたみたいな顔が多かった繭が、以前のように硬い顔をした。
小春は息をつく。
髪を軽くかき上げてから、手元のお茶を飲んだ。
そして「王家のお菓子いただこう」と外装を開け始めた。
「でも、面白いよね~」
「なにが?」
「繭って、私よりもうんと 観察?俯瞰?色々見て考えてるのに」
「……うん」
「自分のことはわかってない」
「……自分のこと?」
繭の眉間に、キツさが乗った。
「自覚薄いっていうか、他人事でいるっていうか」
「……」
「今もめちゃくちゃド真ん中にいるのに」
「……」
小春は呆れたように笑った。
けれど、その目の奥には真面目な色がある。
「罪」
「……」
「ギルティ♡」
「………………」
部屋に舞うのは、小春のイタズラな声とスパイスが囁くみたいな甘い香りだった。
Fin
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