【ぬけがら】
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放課後。
季節は彩り華やぐけれど、この時期はマスク人口が一気に増える。
粘膜を狂わせるテロ粒子が暴れ出すからだ。
駅前のカフェはサラリーマンや学生、買い物終わりの主婦等で賑やかだ。
時間のせいか、いつもの珈琲の香りの他に焼き菓子の匂いも混ざっていた。
今日はこの後に凛はサッカーの練習があるし、繭にも飼い猫のグッズを買いに行く予定がある。
約束をしていた訳でもないが、通り道にあたるこの場所で何となく時間を潰すこととなる。
幸運にも窓際の4人席が空いていた。
荷物の多い凛に席の確保を任せるのはいつもの事だ。
先にレジの列に並び、繭は顔を上げる。
メニュー板に大きく打ち出しされているのは、新発売のさくらんぼスムージーだ。
そのまま視線をずらし、文字のみで表示される通常メニューに集中した。
ふと、横を通るのは別の高校の制服を着た男子生徒2名だった。
彼らはゆっくり脚を止めると、遠慮がちに繭に声をかけてくる。
「あの、すみません。」
「え?はい」
「あ、その、前もこの駅で見かけて……」
繭の視線がメニューから彼らに移った。
見上げるほどではないが身長は繭より15センチは高いだろうか。
もう一人は横から無言で(頑張れ!)のエールを送る顔をしている。
上から目線で偉そうなナンパを仕掛けてくる男子に比べたら、遠慮がちな姿勢は好感が持てた。
とはいえ、彼らの目的が繭にはわかるし、それに応えるつもりもない。
ここでのせめてもの誠意は、丁重に断ることだろう。
「よかったら連絡先――」
「あー……」
宙を仰ぎなんと言うかを一瞬考えるうちに、淡さの乗るこの空気感を一気に摘み取る声がする。
「無理」
遮ったのは凛だ。
この返事に深い理由はないし説明も不要、凛の顔にはそう書いてある。
男子達は既に気まずそうに言葉を選んでいるのに、凛は男子校生に見えない排除の空気を送り続けている。
「え、あ……」
「必要ねえから」
男子校生はすぐに引き下がり、そのまま店を出てしまった。
店内のBGMが急に軽快に聞こえてくる。
目くじらを立てるほどの事はないが、少しだけ呆れを覚える。
繭は小さく息を吐き、緩く眉間を寄せ凛を見た。
「自分で断れたけど」
「時間の無駄」
「感じ悪」
一瞬いがみ合う時を裂くように、注文の順番が来た。
繭は財布一つで注文を終えた。
繭はケーキとアイスティー、凛は軽食、これもいつものパターンだ。
繭はテーブルに付き一度だけ息をつく。
ふと回りからの視線を感じ、そちらに目を向けた。
向かいの席にはやや派手さのある女子高生が3人、学校がどこかは制服からではわからなかった。
明らかに挙動が上ずっているし、その声色は落としていてもこちらに聞こえるくらいに高いものがある。
原因は、凛だ。
中身はともかく容姿は人目を引くのだから、ある意味致し方ないともわかるのだが。
(イケメン!?)
(顔面偏差値バグっ)
隠す気もないのか彼女達のテンションは明らかに上がっている。
繭は小さく肩をすくめ、ほんのり眉を上げる。
「また見られてる」
「慣れた」
悪気なく言ってのける凛には、優越も不快もなかった。
他者からの賞賛も評価も、本気でどうでもいいのだろう。
本人の意識の先は、真っ直ぐに食べ物の方だ。
繭はアイスティーを口に含んだ。
この冷たさがちょうどいいと思う。
そしてふと、顔を上げた。
「あ、そうだ」
繭は通学バッグを漁り、一封の封筒を取り出した。
折れ目一つない白い封筒の端をつまんで、凛へ差し出した。
「4組の一条さんから。どうしても渡してほしいって」
凛の眉がわずかに寄る。
それでも食事の手は全く止まらないままだ。
「余計なことすんな」
「10回くらい断った。でもあまりに頼み込んでくるから」
こういう事は初めてではない。
凛はどうせ受け取らないとわかっている。
とはいえ、預かってしまった以上は繭が持ち続けている訳にもいかない。
繭は封筒をテーブルの中央に置いて、指先で少しだけ凛の方に差し出した。
凛はそこに目すらも向けない。
「いらねぇ」
「……だと思った」
(彼女経由?!)
(エグすぎるっ)
形だけを見れば彼女達の言う通りだ。
ただ、彼女という点は訂正が必要にはなる。
こういう事は誰が悪い訳でもないが、手紙の送り主を少し気の毒には思う。
繭が思うに多分凛は、一部の人間には美化されすぎている。
繭はフォークを取る。
それを苺ケーキの先端に差し込みながら言った。
「ねえ、英語の課題やった?学年で出てるヤツ」
「……」
「無視?」
「……やるだろ普通に」
こういう事には本当に卒がない。
繭からすると、凛はサッカーしかしていないように見えるのに、どうやってその他の事に時間を捻出しているのか本気でわからない時がある。
繭は英語が苦手だ、当然やっていない。
だから聞いたのもある。
つい、大きなため息が出る。
ダメ元ではあるが、一旦フォークを置いた。
改まって背筋を伸ばし、真顔で凛に視線をぶつけてみる。
「写させて」
「自分でやれ」
「何卒」
繭が前に身を乗り出すと、凛はその分後ろに背を引いてしまう。
「近寄んな」
「冷た」
繭はイチゴショートの上の苺を摘む。
クリームが要所についた苺を凛の前に差し出した。
「あげる。賄賂」
凛はそれを見もせずに、頬杖をついている。
「ビタミンたっぷり」
「……ゴミか」
「苺?私が?ならソッチはクズじゃん」
「言ってろ」
繭は苺を自分の口に回収する。
苺ショートは、甘さと酸味の混ざる感じがいいのだ。
そして今度はクリームが多めの所をもう一口、この瞬間を至福に思う。
先方を見れば確認する間もなく、サンドイッチが消えていた。
「はや。いつの間に食べた?」
「開始5秒」
「それはさすがにウソ」
時間はまだあるし凛に合わせる必要はない。
こちらは自分のペースで味わいたいものである。
繭はアイスティーを間に挟んで、もう一度フォークを動かした。
カロリー摂取なのか、丁寧に味覚を働かせることなのか、今の目的が各々違うだけだ。
店はざわざわしているが、この空間だけは少し静かだ。
会話ややり取りが少ないからなのかもしれない。
ほんのり眠気すらやってくる気がする。
そのとき。
「え!凛!?」
横から明るい声がした。
そこには、驚きの表情をする男子が一人いた。
くっきりした目のその人物は、真っ直ぐに凛に話しかけてくる。
「偶然じゃん!地元この辺なんだっけ?つーかお前の制服姿めちゃ新鮮だわ」
「…………潔」
繭の視線が凛に移った。
凛の顔つきが少し変わったからだ。
日頃の凛は近寄りがたく怖くも見えるが実際はやや違う。
サッカー以外のことには興味がないだけ、繭は勝手にそう思っている。
逆に言えば、登場一つで波みたいなものを引き出したこの人物は、凛にとって意味深な人間な気はした。
例えば、兄の糸師冴にも似たような。
潔は繭の方に、ちらりとだけ視線を投げてくる。
「あ、ワリ……邪魔した?……お前、彼女とか、いたんだな」
「…………は?」
「あ、違います!」
潔の視線が、テーブルに置かれたままの封筒に落ちた。
丸みある文字で「糸師凛くんへ」と書いてあるのだから、これが何なのかは概ね明白だ。
潔はぎょっとしたり、はっとしたり、気まずそうに繭をちらちら見たり、表情は実に豊かだった。
「凛……お前……マジか……っ」
「ほら。受け取らないから私が書いたと思われてる」
「知らねぇ」
説明するとか、否定するとか、そういう動きをするならまだしも、凛が取るのは完全無関与の方みたいだ。
繭の方から、潔に話しかけてみる。
「もしかして、サッカーされてる方ですか?」
「はい。まあ……」
ほんのり照れたような潔の反応は、繭には新鮮だ。
つい、自然と笑顔が出る。
「ブルーロックの人?」
「あ、そうっす」
「じゃあサッカーうまいんだ」
「そんな、まだ全然」
潔が頭をかく。
その仕草も年齢相応に見えた。
潔からは人間味みたいなものを感じるので、繭の笑顔も深くなる。
「謙遜するんですね」
「いや、まあ、……凛よりは?」
「あはっ それは決定事項」
「…………」
凛は先ほどから無言が増えた。
目元の影が、かすかに深くなっている。
繭はわざと大きく瞬きをして、きょとんとした顔をした。
「なんで急に静かなの?」
「……別に」
ほんの一瞬だけ、睨まれた。
潔の方が、怖ず怖ずとフォローを回してくれる始末だ。
「お前は……女子の前でもそんな感じ?そんな感じなのに……ラブレターとかまで、もらうのかよ」
「ですよね。せめてちゃんと断るとか、誠意?マナーというか」
「いらねぇ」
「さすがにそれはいるだろ」
「じゃあお前が貰っとけ」
「いや……ありえねぇにも程があるだろ!?」
どこにも、誰にも、華やぐ雰囲気はないのに、内容が“ラブレター”だと思うとちぐはぐで少し面白くもある。
その後、「じゃあ」と言いながら潔はその場を去った。
多分、空気を読んだのだ。
凛は横を向いたまま完全無視で、繭は軽くだけ手を振ってみた。
再び二人に戻る。
繭はケーキの最後の一口を食べ終え、スマホで時間を確認した。
「そろそろ行こ。私のバッグ持ってて。これ片付ける」
繭はその場から立ち上がった。
スマホをポケットに入れ、例のラブレターも回収する。
明日に(だから言ったのに)を添えて送り主にお返しするだけだ。
通学バッグを凛に預け、2つのトレーをてきぱき片付けた。
混雑時の返却コーナーはトレーが既に5つは置かれている。
これもいつもの流れだ。
凛も同じく席を立った。
(イケメン背ぇ高すぎ!)
(てか並び強)
外は先ほどよりも少しだけ涼しくなっていた。
相変わらず、駅前は人が多いし忙しない。
既に、店の外にいる凛の元へ近づいた。
目の前を幼稚園児くらいのコがママを呼びながら横切ったので、一瞬だけ繭の脚がゆるくなる。
すぐに、凛の腕が伸びた。
同時に自分のバッグを下からキャッチする。
そして、繭は駅改札とは逆側に歩き出した。
fin
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