【ぬけがら】
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今日は制服のままでも、特別な気分になれた。
駅前からやや離れた公園は、夕方を過ぎると比較的静かだ。
噴水の音が、街の現実を遠ざけていた。
ベンチに座り、繭はわずかばかり身を乗り出した。
「制服、似合うね」
「そう?」
「うん」
「スーツなら言われることあるけど」
「……それ、高校生のセリフじゃない」
「いや高校生だから!」
ふと目にとまるのは、玲王の胸元だ。
繭にはあまり見慣れないものがある。
「ネクタイ、新鮮」
「繭んトコ、違うの?」
「違う」
「好き?」
「……玲王は、似合う」
「回答完璧じゃん」
「ネクタイ、朝結ぶの大変?」
「ん、やって」
「やってある」
「届かない」
「すぐ届く」
「じゃあほどく」
「……」
「いい?」
「だめ」
他愛のなさが、増えてゆく。
玲王は足を組み替えた。
横から視界に入ってくるのは、一羽の蝶だ。
繭の膝辺りに触れそうだった。
「あ、黒と水色のコが来た!」
「花じゃねえのに」
「……え、そういうコト言うの?」
自分でもわかるくらい、繭はふと真顔になった。
玲王が眉を上げて顔を覗き込んでくる。
「怒った?」
「違う。だって“キミが花より綺麗だから”とかさらっと言っちゃいそうなのに」
「そっち!?お前の中の俺のキャラ設定どうなってんだよ」
「そうなってるよ」
今日の玲王はよく目元がほころぶ。
繭も、気持ちが表情に乗る時間が多くなる。
辺りが暗くなってきた。
繭は一度スマホを見た。
体内時計が、ずれている感じだ。
「もうこんな時間……」
「まだこんな時間」
「まだ……?」
「まだ」
「じゃあ、まだ」
目が合うと、笑うか、話すか。
何もなくても それだけで十分だ。
さわさわする水の音が一段大きくなった。
噴水は光の流れがゆるやかに移り、飛沫に反射していた。
「あの噴水、見てくる」
「落ちるなよ」
「落ちないでしょ!」
「いや、わかんない」
前よりも、後ろを向いて歩いた。
繭は澄んだ水に、手のひらを半分入れてみた。
後ろからは、当たり前に声がする。
「どう?」
「ぬるいか冷たいか、どっちでしょう」
「正解は?」
「正解は “自分で確認しましょう” でした」
「たはっ 何だよ、それ」
玲王は自分の手を入れると同時に「普通に冷たいだけ」と崩れた文句を言っていた。
向かい側には、原っぱもある。
繭の足がそちらに向いた。
「この中に四つ葉のクローバーあるかな」
「探す?」
「じゃあ3分チャレンジする」
「リアルな数字きた」
「計って?」
「ん」
半分は冗談だったけれど。
玲王が本当にスマホを出すから、繭も本気でその場にしゃがみ込んだ。
少し見えにくいけれど、手で緑を撫でる感じは久しぶりだった。
「コレ、あったら繭の勝ち、なかったら俺の勝ちでいい?」
「それはフェアプレーじゃなさ過ぎる」
「さすがに引っかからねえか」
「さすがにね」
「もしホントにあったらどーすんの?」
「持って帰るよ」
「それかわいい」
「ん……」
「玲王は“幸せ草に任せない”って言いそう」
「半分」
「半分?」
「繭やるなら一緒に願掛けする」
3分はあっという間だ。
現実はそこまで甘くなかったけれど。
手よりも、口の方が動いていた気もした。
駅までの帰り道。
それすらも、忘れさせるみたいだ。
「繭」
「なに?」
「今日何点?」
「なにが?」
「今日」
「じゃあ85点」
「いや、低くね?」
「85が低い!?」
「低い!」
「じゃあ、玲王は?」
「97点」
「たか!」
「あと3点欲しかった」
「んーどこで埋まるんだろ」
「まだ時間残ってる」
「せめてヒントがないと、難し……」
一瞬、繭が止まる。
前から来るのは見覚えのある歩き姿勢だ。
「お、凛!偶然じゃん」
声につられて、繭は固まる顔で玲王の横顔を見た。
玲王は普段の調子で、凛に話し掛けていた。
そのさまを瞳の表面に貼り付けてから、繭は顔を前に戻した。
「……」
数秒、凛と目が合った。
それから、凛の視線は繭の横を捉える。
そしてまた、貼り付くみたいに戻ってくる。
「……」
出てくるキーワードはわかりやすいものもちらほらだ。
横で、話の内容や温度を拾っていれば状況は無理にでも見えてきた。
玲王が時々出す問い掛けに、凛が1、2回だけ、愛想なく答えていたのもわかった。
「……」
玲王の声が途切れそうになる事を望まないのに知っているみたいな、変な気分になる。
いよいよ、その時が来る。
「お前」
「……」
「何してんだ」
「……何って、別に……」
久しぶりに、凛の声を聞いた気はした。
適切な返答は、わからないままだ。
割って入ってくるのは玲王だった。
「あれ、そこ知り合い?マジ?」
「ん。そう……」
「…………」
一気に、凛が動き出した。
「っ」
定まらなかった目先が、止まる。
凛の歩幅は広い。
数歩で目の前、ぶつかるくらい。
引かれる動線は空間の真ん中の位置だ。
繭だけは勝手に、足が一歩下がった。
「……キモ」
真横を過ぎる空気は早いのに、何故か遅いような。
意思の外側で、境界が濁るみたいだ。
凛が去ってからも、繭は動かないまま。
玲王は、今まで歩いて来た方向に振り返った。
「相変わらず、ブレねえのな」
「……なんか……え?なに」
「んー まあ」
玲王は背を返し、前を向く。
繭は何とか、それを目で追いかけた。
「考えても、本人しか知らねえだろ」
「……」
「凛だし」
「……」
玲王は、いつものペースで歩き出した。
「行こ」
繭は1つづつ足を動かした。
玲王の数歩後ろを歩いた。
「さっきの」
「……うん」
「繭 凛と知り合いだったんだ」
「……うん、そう。ビックリした、……ね」
玲王は歩速を落とす。
繭もすぐ、隣に並んだ。
「サッカーの話は聞いたけど、玲王もブルーロックにいたの、知らなかったから……」
「詳細は言ってねえしな」
「凛も、普段全然、その辺の話はしないし……」
「しなさそ」
玲王は足を止めた。
前を見れば先は信号で、ちょうど赤だ。
「どーゆー知り合い?」
「家が近いの。学校もずっと同じで……子供の頃から」
「へえ」
「でも、だから、それだけで。……帰りとか方向同じで、たまに」
「たまに?」
「たまに……」
「遊び行ったりすんの?」
信号が変わった。
玲王が先に歩き出す。
繭は足を急がせた。
「あ、遊んだりはしない」
「ウチ来たりとか?」
「それは……」
繭は、無自覚に通学バッグを握った。
「何すんの?」
「特に、何も」
「何も?」
「何も」
「それ」
「……」
「一番信用出来ないヤツ」
「……」
「何もない、って」
「……」
「だいたい何かある」
意識の隅っこで、青信号が点滅をはじめた。
足を急がせる周囲の人が、繭よりも先に過ぎてゆく。
「そんなトコで、噓つかないし……何もないって、言ってるのに……」
「まず 渡れ」
「っ」
急に片腕に軸が移った。
身体が前にずれたまま歩道に入ると、背中からはすぐに車の走る音がはじまった。
知らないうちに玲王は離れているし、表情も、距離も、今まで通りだった。
「そっか」
「……」
「じゃ、俺が気にしすぎか!」
「……」
また、隣に並んで歩き出した。
やたら生ぬるい風が過ぎてゆく。
玲王は少し、顔を上げた。
「ふーん」
繭の目線が、それを追った。
薄いゆるみが玲王の表情にはある。
何度か見てきたいつもの玲王だ。
「繭」
「……なに?」
「意外」
「……なにが?」
知らないものが、何かを冷やすみたいだ。
Fin
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