【ぬけがら】
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3回目に会う約束は、事前連絡の中で決まった。
待ち合わせ場所に行けば、既にそこには玲王がいた。
スマホを片手にした立ち姿に、繭は小走りで近づいた。
「お待たせ、待った?」
「全然。時間ちょうど」
玲王は今日も、格好も言動もさらりと整っている。
「行こ」
玲王に従い、隣に立った。
繭は数歩進んでから、玲王の横顔を見上げた。
「今日、凪は?」
「今日はふたり」
「……え」
繭の目元が、ふいに固まった。
つられて足元もやんわり遅くなる。
「……そういうのは、」
言い黙った後で、繭の顔が静かに下がった。
今日の自分がまとめて視界に入ってくる。
「先に言ってくれたら、もっと、ちゃんと……」
「ちゃんと?」
「……いい。なんでもない」
ふいに横を過ぎてゆく男女の声は、妙に楽しげだ。
「そーゆーの気にすんの?」
「それは、少しは……」
「んー……」
玲王は片手を輪郭に添え、数秒止まる。
繭だけは落ち着かない気分だ。
「今で十分だろ!」
「……」
「行くぞ」
光を含むみたいな笑顔が、また前に流れた。
気にした点は何も変わっていないのに、何かがほぐれる感じだ。
「今日、どこ行くの?」
「着いたらわかる」
今日は天気も良好。
足取りは、軽くなる。
やって来た場所は、猫カフェだった。
「わあ……」
「好きだろ」
「大好き!」
「知ってる」
さっそく足元でおやつねだりを始める猫に、繭の視線が惹かれた。
窓辺には、ゆったり寛ぐ白猫もいる。
「……実は、しばらく行けてなかったから」
「そっか」
「だから、なんか、……ありがと」
「ん」
玲王はその場にしゃがみ込む。
そのまま膝にじゃれつく猫に触れると、猫は二本足で立つ勢いで玲王の手にすりすりをはじめる。
やる気はバッチリみたいだ。
「おかしい……」
「どうした?」
「玲王は懐かれてるのに、私の方に猫来ない」
「人徳かもな」
こういう場の猫はとにかく懐こいはずなのに。
期待より猫と触れ合えないのは予想外だった。
「うぅ~っ ここの猫、みんなメスなの……?」
「紹介パネル見ろ、半分はちゃんとオス」
「なんで?おかしい!」
「必死過ぎるだろ、お前」
肩を揺らし笑う玲王は、膝で横座りする猫を両手でもにゅもにゅしている。
背中にはもう一匹、遊んでほしい顔をしたコもいた。
繭の眉が、しゅんと下がってゆく。
「猫カフェ来るって事前に言ってくれたら、もっとちゃんと……」
「それ、本日二度目じゃん」
「猫が喜ぶ紐付きとか、ヒラヒラとか仕込んだのに」
「ガチ勢かよ」
「ガチ勢だよ」
ふと、玲王が手招きをしてくる。
「こっち来いよ」
「……」
「ほら」
「……」
そろそろと、玲王に近づいた。
玲王は膝にいた猫を抱き上げ、こちらに渡してくる。
久しぶりに触る猫への感動も大きいけれど。
ふと触れた指先の感触を拾った自分がいた事に、細くだけ意識が向いた。
「……わあ……!」
「おわ、なんか逃げそう」
「久しぶりこの感じ」
「あ、逃げちった」
猫は早い。
ギリギリ掴まらない所で、じっとこちらを観察していた。
「……」
多分、ガツガツしている感じがダメ、そうわかっていても今日は調整が難しくもある。
また別の猫が、玲王の方にはするりとやって来た。
それから。
繭はキャットタワーの上で、毛繕いを楽しむ猫をじっと見つめた。
毛を整えるたび猫の顔がゆるんと上下し、その表情に目が釘付けになる。
「……かわい」
「お前さ」
「……んー?」
「今日、猫ばっか」
繭の溶けた目元が焦点を戻した。
“そこ?”と遅れて思うほど、あまりに自然に来た言葉だ。
振り返ると、側に玲王がいる。
気分がそのまま形になるみたいな顔をしていた。
「……だって、そーゆー場所でしょ?」
「そんな好きなんだ」
「うん」
「俺よりも?」
「……それ、比べるの?」
玲王の中に、ほんのりとだけ子どもみたいな丸さが出る。
繭はもう一度、猫に目を向けた。
さっきよりは、とろける感じがわずかに固まっている。
「……玲王」
「ん?」
「……さっきから」
「なに?」
「……猫、全然見てなくない?」
「だって俺は猫より繭見てる方が楽しいし」
玲王の距離が、今日は先日よりも一歩近い。
「……集中出来ない」
「へえー」
「……へえって」
「ドンマイ」
声の奥には余裕を残すみたいに、玲王は後ろから目の前の猫をするりと撫でてくる。
最後の方は少しだけ、注意がそれる気はした。
街を歩いて、小さなカフェで遅めの昼食を済ませた。
もう既に、話したことも何を食べたのかも、記憶の中に半分埋まっているみたいだ。
食事をする玲王の動きは何かを撫でるみたいに連続していて、やたら目で追いかけてしまった事はよく覚えていた。
時刻は夕方に差し掛かる。
通りかかったのは、先日のあのゲーセンだ。
「ここ、寄ってく?」
「ゲーセンに?」
「俺らはじまりの場所」
「……出会った場所」
「思い出の場所」
「……えっと」
「ネタ切れ?」
あの日から、そこまで日が経っている訳でもないのに、自分の中の時間感覚が変わっているみたいに思えた。
同じクレーンゲーム機が並ぶ中でも、あの時のマシンがどれなのかを繭の目元はちゃんと覚えている。
「見ろ、繭」
「……あ!」
「リティの兄弟生まれてる」
「ホントだ、双子ちゃんだ」
何もおかしい事ではないのに、その単純さが理由なく弾むものを呼ぶ。
「もう1人いっとく?」
「ううん。リティは一人っ子で十分」
「ここで養子にすると、もう1人生まれる可能性あるしな」
「それありそう」
「じゃあよし、今日はコイツにするか!」
「なんで?」
「コイツ取って欲しいって顔してる」
「何それっ」
今日は、先日のコよりも一回り小さい黒猫だ。
「すごい、ありがと。うまいね!」
「その顔」
「……顔?」
「見れたし十分」
「……」
ざわざわするゲームセンター内の音を背景にして。
自分が今、どんな顔をしているのかが気になってしまう。
帰り道。
信号待ちで止まった。
駅までも、あと少しだ。
一度だけ、玲王の横顔を見てから、繭は信号機に視線を戻した。
「今日は、さ」
「ん?」
「なんか……」
言葉が、内側で止まって出て来なくなる。
「楽しかった?」
「うん。楽しかった」
「俺も」
「そっか」
「予想以上」
「……」
青信号で、玲王は先に歩き出す。
けれど、繭もすぐ隣に追いついた。
「じゃ、次」
「……次?」
「また誘う」
その言葉も、今はあまり驚かなかった。
ふわふわした笑いの方が先に来てしまう。
「……じゃあもし、もしもだけど断ったら?」
「それでもまた誘うし」
「……あははっ めちゃくちゃ」
「まだまだだろ」
考える前に、返事をしていることが増えた気がした。
Fin
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