【ぬけがら】
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“今日暇?”
つい、繭はまばたきをする。
午後なら大丈夫、と返したら玲王からはすぐに次のメッセージが届いた。
“じゃあ14時”
そこに返信をしているうちに、もう次の通知が来る。
“駅ね!”
あっという間に、予定が決まってしまった。
待ち合わせの駅にいたのは玲王と凪だ。
凪の話も、玲王とのやり取りに時々出てきていたから驚きも少なかった。
向かう先は、大型のショッピングモールだった。
玲王のテンポは弾むみたいに一つの店に長居はせずに移動してゆく。
凪は「はいはい」の顔でそこに従っていた。
けれど、玲王はただの自分勝手とは少し違った。
他人の興味にも、ちゃんと関心が見えるからだ。
「繭は見たい店ある?」
「じゃあ、あの雑貨屋さん見たい」
「いいね 行こ。凪―置いてくぞー」
「……はーい」
小声の凪は、ベンチスマホか歩きスマホだ。
「欲しいものあんの?」
「新しいシャーペン欲しい」
「どんなの?」
「機能性重視でシンプルなヤツ。でもちゃんと可愛いもあるのがいい、勉強頑張れる」
「お、欲張りか」
「いいの。……あ、コレとか」
繭は1つ、気になるものを指差した。
それを先に取るのは玲王だった。
動きは素早いのに、どこか丁寧だ。
「このペン1本で何点上がんの?」
「え」
「ちゃんと元取れんのかぁ?」
「急に意地悪っ」
玲王は二本指でそれを転がした後、ペンを差し出してくる。
「ん」
「ん?」
「持ってみ」
「うん?」
「いいじゃん!」
余韻のまま笑う後は「時々粗悪品あるからチェックしとけ」と、落書きだらけの試し書き用紙を指定してくる。
その落差に、繭は目元の力が抜けてしまう感じだ。
少し歩いた先には本屋があった。
何となく、繭は店の中を見た。
「ここも寄ってく?」
「じゃあ、行く」
雑誌コーナーを抜けて、奥の方に歩いた。
休日だから そこそこに人は多い。
ふと、玲王の足が緩んた所で繭から声をかけてみた。
「玲王はいつもどんな本読むの?」
「んー。何でも」
棚に並ぶタイトルを追いかける目の動きは、繭とはどこか違う気はした。
「でも最近は経済かな」
「……けいざい」
「あとは、投資、起業、マーケティング」
「……」
「時々、小説」
「……すご」
研がれた何かがふと滲むみたいな。
横顔に話し掛けてみる。
「……そういうの、好きなの?」
「好きっつーか、必要かな」
「なんだか難しそう」
「簡単じゃつまんねえだろ」
人差し指で背表紙を起こし、手元で開き、それをまた返す。
玲王の所作には、周囲を引き込むなめらかさみたいなものが見える感じだ。
「繭は?どんなの読む?」
「ん、私は……」
ふと言葉を止めた。
視点の先に「ネコ」の文字が見えたからだ。
「それ気になる?ネコノミクスか、へぇ」
玲王の顔が、ふと横に並んでくる。
繭の視線が小さく揺れた。
「……私は猫経済に貢献してた方だけどね」
「猫好きだもんな。リティも猫だし」
「そう、だから面白いかもって」
「じゃあ買うわ。今日のお礼」
玲王はもう、その本に指をかけている。
「えっ いいよ。そんな!」
「じゃあ、今から買って貸す」
「……」
「感想教えろよー 俺も気になる」
かすかな悪巧みが光るみたいな顔をして、玲王が向かう先はレジだ。
「あ、終わったのー?」
本屋を出るとぽやぽや眠そうな凪が頭を掻いていた。
いよいよスマホの充電が切れたらしい。
玲王は数歩早い。
繭は書店のカバーが掛けられた手元の本を見つめた。
「……ねえ凪」
「なんですかー」
「玲王って、猫かな?犬かな?」
「なにそれ」
「自由な感じで猫かなって思ったけど、懐こさはワンちゃんぽいし……」
凪は欠伸、それを待ってからの答えが返ってきた。
「レオは」
「うん」
「犬も猫も、拾う方なんじゃない?」
「……もしかして、人も拾っちゃう?」
「気に入ったもの好きに拾う」
「……凪も拾われたの?」
「繭もでしょ」
否定は出来ないから、つい笑いがこみ上げた。
「あははっ 確かに拾われちゃってた」
「犬でも猫でも、あれは首輪つけられないよね」
「あー2人で盛り上がんな!俺も混ぜろ」
玲王は迷いなく、凪の肩に腕を回してぶら下がるみたいな距離を作る。
それを見ながら、繭は一歩身を乗り出した。
「今、玲王の話してただけ」
「そーそー 機嫌直してー」
「おっ マジ?」
肩越しに、大きな目を向けてくる所は猫みたいだ。
一通りを終えてから、フードコートで休憩をした。
クレープをご馳走してくれるのも、スマホを取り出しこれからの案出しも玲王だ。
沢山歩いた身体には甘い物がほわんと沁みる。
苺の酸味も絶妙だ。
まくまく味わっていると、急にスマホがこちらに向いた。
同時に即、シャッター音がくる。
「お、うまく撮れた」
「えっ いきなり撮る!?しかも食べてるトコ!」
「イイ感じ。見ろ凪」
「……ハムスターぽい」
「めちゃくちゃ頬ばってるトコ!!」
撮られた瞬間、肩がひゅんと強張ったけれど。
そんな繭の反応すら溶かすみたいに、玲王の視線は澄んでいた。
「心配すんな。ちゃんとかわいい」
「……」
「送っとく」
「……」
スマホが震えて確認したら、意外と普通だったのは救いだ。
一瞬で撮った割りには繭に焦点が合っていて、周りの人や店は良い具合にぼけていた。
ノーマークで撮られる自分はこんな感じなのか、と妙にそわそわする気分になった。
帰り道、いつの間にか玲王は繭の隣にいた。
「今日は何が一番楽しかった?」
「ん、ええと……」
思い出すだけでも、半日の中で様々な事があった。
「答えまでが長」
「だって、色々あったしっ」
「いっぱいあったってコト?」
「うん。……あ、本は新ジャンルで楽しみ」
「おっけ。じゃあ次はそれを更新しにいく」
玲王の口元には、得意げなゆるみが浮かぶ。
そして、聞き落としてしまうほど当たり前に出た言葉を繭の方から拾ってみた。
「……次?」
「ないと思った?」
玲王には「断られる」という前提がないみたいだ。
不思議と、繭もそれを嫌だとは思わなかった。
fin
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