【ぬけがら】
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ガラスケースの向こうに並ぶぬいぐるみの中で、ひとつだけが目についた。
この前亡くした愛猫に、どことなく似ていたからだ。
繭は数歩、そのクレーンゲームに近づき前後左右からケースの中を見た。
置かれた位置は悪くない。
耳下の商品タグに上手くアームが引っかかり傾きが出来ればあとは重力が仕事をしてくれるヤツだ。
どの道今は待ちぼうけ、繭は財布を開けてみた。
一回300円といいお値段ではあったが、百円玉がちょうど3枚あった。
「……」
けれど、引っかけまではあと数ミリが合わずだ。
一度ゲーセン内を見回した。
小春はまだ帰ってくる様子がない。
財布には、十円と一円、あとは千円札が数枚ある。
あと一度だけ、あと300円だけ、そう決めて両替機に向かった。
「…………」
3回分が過ぎるのは、あっという間だ。
角度が甘かったり、位置わずかに合わなかったりでアームがもてあそばれる。
これは、引き際を失うと散在してしまうヤツだ。
今日はご縁がなかっただけ、もうお終い、そう心で唱えてもう一度財布を握った時だった。
「欲しいの?」
急に、斜め後ろから声がかかり振り返った。
自然と、顔が上がる。
そこにいるのは、紫髪の知らない男子だ。
「あの白い猫だろ」
「……うん」
一歩で横に並んでくるから、繭は知らぬ間にその場を譲っていた。
あっさり、一発だ。
落ちたぬいぐるみを取る時に、横顔には長めの髪が流れていた。
「はい」
「あ、ありがと」
片手で渡されたぬいぐるみを、繭は両手で受け取った。
手にしたぬいぐるみは想像よりも、うんと柔らかく軽かった。
「あ、お金」
「いいよ。それくらい」
「でも」
「高いモンでもないし」
「……でも」
「じゃあ……」
丸い目がくるりと返り、左右に動いた。
すぐに上がる腕が指差す先は、ゲームセンターの隅の方だ。
「ジュース」
「……」
「それでいい」
「……うん。わかった」
歩幅が浮くみたいに、歩き出す後ろに付いて行った。
賑わうスペースの先、自動販売機が並ぶエリアは他よりも少しだけ静かだ。
「じゃあこれ」と選ぶものはジュースではなくコーヒーだった。
買ったコーヒーをお礼と共に受け取り、白制服の男子は横にあるベンチに座った。
「あ」
「……」
「立って話す?」
「……ううん。じゃあ、座る」
繭は空いているスペースに座った。
膝には軽く抱えるくらいのぬいぐるみが乗る。
「ダチが当たり出たとかで、全然終わんねーの。待ちぼうけ」
「私も、友達待ちだった」
「はは、一緒」
「うん」
横を見れば、気取らない笑いが見える。
空気を一段、明るくするみたいだ。
「なんでそのぬいぐるみ欲しかったの?」
「え」
「どうしてもソレって感じだった」
「それは、…………内緒」
繭はぬいぐるみを見下ろし、手に触れるふわふわを、きゅ、と握った。
何となく、今は深く話さなくてもいいような気がしたからだ。
「じゃ、今度教えて」
「……今度?」
「そ」
これは、“そーゆーヤツ”なのかと思わなくもないが。
「楽しみ」
「……」
無邪気さの方が、先に場を軽くしていく。
残る警戒心の影をもう一段照らすみたいだ。
「レオ、こんな所いた」
「おう」
別の声がして、繭は前を向いた。
同じ制服のまた別の男子だ。
「帰ろ」
重さのない声につられて、隣の男子はその場を立った。
数歩進み振り返る仕草も、ふわりと軽い。
「じゃ、ありがと!」
「ううん、こちらこそ。あ、コレもありがと、ホントに」
「いいって」
屈託なく楽しげな顔を最後に、背格好に変わった。
白いブレザーは、目立つ。
つい理由なく、真っ直ぐ伸びた立ち姿を見た。
ざわざわする人並みに近づきそうな時、もう一度だけ、声がした。
「凪」
「なに?」
「ちょい待て」
「…………また?」
一度こちらに、振り返る。
それを、繭は当たり前に見ている。
「友達、来そう?」
「あ、うん。一回連絡してみる」
ぬいぐるみを片手で支えて、スマホを出した。
LINE画面を開いて小春へ文字を打ち始めた所で、視界の上に同じ形が並んだ。
「……」
思わず手を止め、顔を上げる。
「友達」
「え?」
「俺らもなろうぜ」
「……」
「今から」
「…………」
迷いなく相手の顔を見る人だ。
繭には断る理由がわからなかった。
すぐに、ごめんねポーズで小走りしてくる小春が視界の横に入った。
けれど、繭の瞳のピントは白いブレザーの背中1つだ。
後ろ姿は、さっきよりもどこか安定して見えた。
「わあ……今の人たち、背ぇ高」
「うん、そうだね」
「てか話してなかった?」
「うん、少しだけ」
「ずる!最近イケメン遭遇率高くない!?」
きゃいきゃい盛り上がる小春の声は聞こえているけれど。
繭の頭の中は、意外と白くて静かだ。
夜。
入浴を終えて部屋に戻ると、例のぬいぐるみがテーブルから迎えてくれた。
生乾きの髪を耳にかけ、繭はぬいぐるみを膝に乗せてみた。
「……似てる」
フェイクファーが使われていて、品があり白が明るく綺麗なぬいぐるみだ。
ふと、テーブルの上のスマホが揺れた。
現れるのは初めて見る知らない名前だ。
“御影玲王”
けれど、誰なのかはすぐにわかった。
“今日はありがと!
ぬいぐるみ名前つけた?”
「……」
その発想は全くなかったけれど。
思いつくのは、たった一つだ。
顎を落とせば撫でるみたいな感触が首元にも触れてくる。
くすぐったくて、勝手に顔がゆるんでしまう。
繭は両手でスマホを構えた。
そして、さっきは言わなかった理由を名前と一緒に返信した。
Fin
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