【ぬけがら】
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受付で指示された部屋番号を繭は今一度確認した。
ドアを開け、先に部屋に入ったのは凛だ。
「……」
まず部屋が青っぽく薄暗いのと、窓がないから実際より狭い感じがするのと。
あとは、えらく空調が効いている。
繭は入り口で身体を反転させた。
「……明るくしてもいい?」
返事を待たずに、ドア横の照明調整つまみを回した。
「そのままでいいだろ」
「……」
後ろに戻る凛に、上からつまみを返された。
大雑把な動きを取るから最初よりも暗くなった気がして、そっと微調整をした。
部屋の雰囲気を気にした事はあまりなかったが、2人利用のカラオケルームにしてはまあ広い方だ。
凛は奥の長い方の席に座るなり荷物を枕にして横になっていた。
「……寝る」
「歌わないの?」
「歌わねえ」
「私、歌うよ。暇だし」
「勝手にしろ」
繭は取り出したハンドタオルで、雨に濡れた所を簡単に拭いた。
「飲み物取ってくる」
「……」
「何か飲む?」
「任す」
「地味に困るヤツ」
部屋からそう遠くない所にあるドリンクバーを、ぐるりと見渡した。
「……」
自分はいつもの、凛に選ぶのは前に飲んでいる所を見たことのあるものだ。
ドリンクバー横にあった貸し出し用のブランケットも1つ持って行った。
壁側を向いて寝る体勢にある凛の前にコーラを置いて、繭はデンモクとマイクを取った。
これはもう、ある意味の1人カラオケだ。
履歴を何度かたどって、知っている最近の曲をとりあえず2曲入れて歌ってみた。
その後、同じく履歴の中にあった親世代の曲も1つ歌ってみる。
合間に流れるカラオケ店独特のCMも何度か繰り返し見た。
「んー……」
元々、カラオケ狂でもないから飽きは想像よりも早い。
検索画面を開いてみたら、アニソンのカテゴリが目に入ってきた。
そう言えば、カラオケに来ると小春はとろとろに可愛い歌詞のアニソンをよく歌っている。
聞いた事があるものの中からわりかし普通そうな歌を1曲だけ入れてみた。
爽やかな曲調で、初夏にあったワードが歌詞に入っていたような記憶はある。
「……、……」
しかし。
歌いながら最初のサビ部分で「今日選ぶ曲じゃなかった」とは思った。
内容やテイストまでちゃんと聞いていなかった自分を何となく責めたくなる。
丸々歌いきるまでがやたら長く感じた。
ようやく終わった所で、繭は一旦マイクを置いた。
「……音痴か」
「……だって、これ今日、はじめて歌ったし」
一度、目の前のアイスティーを半分ほど飲んだ。
「……今の曲、知ってる?」
「知らねぇ」
「……」
わずかに、肩が下がった。
歌っている時はあまり気にならないけれど、終わると部屋が寒い。
そういえば持ってきたはずのブランケットが行方不明になっている。
「あれ……」
首を回して探したら、サイズ感がおかしいまま凛が勝手に使っていた。
「返して」
「使ってねぇだろ」
「今使うの」
その場を立って、片手で奪い返した。
そのまま戻って自分の膝にかけてみた。
「あったか」
つい、手のひらで足ごと撫でた。
エアコンが直接当たり冷たくなった部分がじんわりする。
いつの間にか首を回している凛と、ふいに目が合った。
「……なに」
「……さむ」
「……」
二回目のドリンクバーの時は、もう一度ブランケットを取った。
戻ればやはり、使っていたはずのブランケットは奪われている。
角の揃った二つ目を広げると、一回目よりはひんやりだ。
またも無難なものを一曲歌い、一度スマホを確認した。
この場のタイムリミットまでに、止まった電車の復旧を祈るばかりだ。
飽き飽きしてきた1人カラオケも、ようやく終盤になる。
結局一度も凛はマイクに触れないままだ。
「もうすぐ時間だし一曲くらい歌う?」
「……」
「せっかくだし歌えば?」
「……歌わねぇ」
「勝手に選ぶね。何がイイかなぁ……」
とりあえず、デンモクを操作した。
とは言え、よくわからないから有名所が並ぶ履歴をトントンめくってみるばかりだ。
急に、繭の指先が止まった。
「……あっ」
「……」
「めちゃくちゃピッタリなの思いついちゃった」
というかむしろ、これしかない。
アーティスト名は知られていないのに、曲名も歌詞も全国民が熟知するアレだ。
検索画面から5秒で入曲すると、荘厳なイントロがゆるやかにはじまる。
凛が頭だけを上げて、こちらを見てきた。
口元が半端に開いていた。
「……」
「これ、サッカー選手が試合の前に歌う」
「……」
「ワールドカップ、練習!ピッタリ」
「……消せ」
「なんで?」
「消せ」
「歌ってないよ」
「歌わねぇだろ」
曲が短く、押し問答のBGMにしても一瞬だった。
時間になると凛はすぐに動き出した。
一つしかないドアが開く。
「早くしろ」
外側とこの部屋との明るさの違いが、逆光のようで眩しかった。
繭の目が細くなる。
凛の影の隙間から流れてくる空気は、あったかくて少し安心する。
繭は、指に触れるふんわりに視線を戻した。
「今、畳んでる」
「店の仕事だろ」
「畳みなよ」
「やらねぇ」
畳み終えてようやく、大きな長方形の外の光がはっきり入ってきた。
Fin
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