【ぬけがら】
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「ただいま」
帰宅時、少しだけ声を張る癖が残っていた。
親は仕事でこの時間の結城家は無人だ。
繭はまず、洗面所で手を洗う。
かけられたタオルで指の間まで拭く方法も、経験で知っているけれど。
今日はざっくり途中までで、一旦手を止めた。
次にするのは、制服を脱ぐことだ。
普段は脱いだ制服を即ハンガーにかけるのに、わずかに遅れた。
「……」
繭の視界に入るのは、ベッドだ。
何となく、棚の上にあるコロコロを手に取った。
落ちないはずの白い綿がしばらくはなぜか落ちていたのに、ここ最近は見なくなった。
頭の中から「コロコロ代がかさむ!」とふざけていた自分の声が返ってくる。
ハンガーにかけた制服を近くで見てみたら、小さな埃は意外と付いていると気づいた。
いつも通り右袖から、素早くコロコロをかけておく。
「……」
全然、足りないと思った。
少し前までは、「もう諦めるか」と感じる事もあったのに。
ついでに、ベッドもコロコロしておく。
粘着力がいつまでも消えない感覚の方が、繭にはまだ慣れない。
カーペットにまで範囲を広げたらようやくコロコロがさらさらになってきた。
一枚、剥がした。
いつも、ゴミ箱にはコロコロの成果があったのに今は見当たらない。
クローゼットを開けた。
何となく、黒いパーカーを引っ張り出した。
買った割に、全然着ていなかったものだ。
少し止まって考えて、そのまま袖を通した。
部屋は静かだ。
静かなのは、今日だけじゃない。
明日も、明後日も、この先もだ。
時計は勝手に進むから学校はあるし、課題も出る。
お腹も空くし汗もかく、理由なくしんどい時もある。
黒い服のまま、思い切りベッドに仰向けになった。
背中側は見えないから面倒なのに、前ならためらった所だ。
思っていたよりも、現実は消えていない。
生活は案外、ちゃんと続いていくらしい。
事実、今日も普通に家を出て帰ってきた。
繭はパーカーのポケットに突っ込んだスマホを出した。
片手で画面を開いてみる。
「…………」
けれど、そのまま閉じた。
Fin
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