【ぬけがら】
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公園にいた大型犬と目が合って、つい足を止めてしまった。
繭の視界は、見慣れた凛の背中からリードをピンピンにする犬の姿に切り替わった。
「……挨拶しにいこっかな」
口が自由に言葉を落として、繭は歩き出した。
気まず顔で向かってくる飼い主は比較的若い女性だ。
その人と同じ速度で、繭からも犬に近づいた。
真ん中地点に着くと、犬は狙った来訪者に輝きの目を向け回ったり足を伸ばしたりますます一生懸命になる。
まだ、リードが綺麗だ。
それを締める飼い主からは命令の言葉がずっと続いているが、半分くらいしか入らないみたいに見えた。
賢い本能を内側に温めたまま、記憶より一回り小柄な身体を全面に使い、座っては立って、伏せては座って、時々太めの声で吠えていた。
「……触ってもいいですか?」
「……あ、はい!大丈夫ですっ」
飼い主も来訪者も何やらかしこまっていても、本人は関係なさそうだ。
繭からその場にしゃがみ、手のひらを出すとすぐに鼻を押しつけてくる。
冷たく湿る感覚の次には、膝にチクチクする爪の重みが乗った。
舌がつるつると絶え間なく、指の間までを舐めてくれている。
気付いたら両手が前に出て、顔から垂れた耳を抜け、首の後ろまでも豪快にシャンプーのそれだ。
「わしゃわしゃしちゃお~」
犬はじっとしていないから、あちこちぶんぶんひっきりなしだ。
ハッハッする息も届いてくるし、覗く歯も白くピカピカのまま。
油断すると飛びつく勢いで顔を狙ってくるので、繭から頭を引っ込めた。
「顔はダメ!日焼け止め食べちゃうぞ!」
きつめに頬を包んでから、またわしゃわしゃにする。
指の間を抜ける毛は、艶々で引っかかりもなく滑らかだ。
砂を勝手に掃き掃除している左右の動きが人に元気をくれる。
「犬、お好きなんですか?」
「……そうですね」
身体ごと喜びでぶつかってくるから、その無邪気さに口が開くほどの笑みが溢れてしまうまでだ。
犬はさらに胸を張り、もっと撫でろと頭を押しつけてくる。
「そんな笑うか」
繭としては自覚はなかったけれど。
一度だけ振り返り見上げれば、凛とただ目が合った。
「楽しいもん」
「猫じゃねえ」
「……」
それはそうだけれど。
使うセンサーが違うというか、味わい方の違いというか、多分そんな感じだ。
「……猫って……笑う前に、見ちゃうのかな……?」
その間も、考える隙をくれないくらいに歓喜の歓迎は続く。
「犬は、全部前に出てるけど」
「……」
「猫は、全部が奥にある感じ?」
「あぁ……それ、分かる気がします!」
犬の飼い主も、いつの間にかにこやかだ。
飼い主にお礼を言って、軽く手を振った。
何度も振り返るあのコの時間を邪魔しないように、繭から後ろを向いて歩き出した。
数歩遅れて動き出す凛は、あっという間に追いついてきて繭の影まで追い越してゆく。
手のペタペタも、膝に薄く残る赤い痕も、猫にはない置き土産だと思う。
だからこそ、帰宅してまずするべきは、いつもより丁寧に手を洗い臭いを消すことだ。
Fin
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