【ぬけがら】
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「…………時々、何考えてるかわからない」
繭からは、口調が固まる声が出た。
「わかる必要あるか」
凛は、すぐに線を引く。
こうなる事はわかっているから、深追いはしないつもりだが繭にだって神経が逆立つ瞬間はある。
「……だって納得出来ない」
繭の目頭に力が乗り、握った拳に爪が入る。
「勝手に考えてろ」
凛はそう言いながら、決定事項みたいにその場を去って行った。
「…………そういう所だよ」
結局、繭の目先は背中を睨むだけで、声はかろうじて自分で聞き取れるくらいだ。
後味の悪いムカつきが繭の中に引っかかる感じがした。
===
翌日、休み時間に小春からの声がかかった。
「繭~」
「なに?」
「ちょっと付・き・合・っ・て♡」
「……」
両手まで合わせている小春の声は、変に可愛らしい。
繭は教室を出て行く小春の後ろ姿を追った。
廊下も教室も自由時間を謳歌する生徒でわいわいしているが、小春の背中はそれを避けるように人が減る方向に進んでゆく。
向かう先は校舎北側の上階で、ここには専門教科の教室や準備室しかない記憶だ。
階段に一番近い音楽室からは、上手いとは言えないピアノの音色がした。
小春は更に、奥へ向かっていった。
「……小春、どこ行くの?」
「理科準備室」
「え?なんで?」
「リトマス紙?取って来いって。でもさぁ理科準備室って1人で行くの怖いじゃん」
「小春理科委員だったの?初耳」
「そう、一番楽だと思って。繭は?」
「図書委員、楽かなと思って」
「理由かぶってる」
振り返る小春は、ニシシと嬉しそうだ。
目的地まで来ると、小春はポケットから鍵を取り出した。
多分、どの学校も一貫して理科準備室には独特の色味があると思う。
晴れ渡る昼間にもかかわらず電気をつけても何故か薄暗い気がするし、薬品棚や実験用具、人体模型は不必要な雰囲気まで乗せて否応無しに目に入ってくる。
「棚の辺りにあるらしいんだけど……」
小春について、繭も中に入った。
保健室とはまた違う薬っぽい臭いがした。
「棚ってどれ!?いっぱいあるし!」
あーだこーだ言いながら、目の前で棚や引き出しを物色する小春の隣で、繭の目がやや横にそれた。
出しっぱなしにされているのは、少し黄ばんだ昆虫図鑑だ。
種類は知らない青い蝶が表紙で、理由なく手に取ると砂か埃か、ざらついた感触があった。
「……うわっ……」
気分が冷えるのが自分でもわかった。
甲虫や蝶類はギリギリだとしても、それ以外はむしろ嫌悪対象の方だ。
親指で圧をかけ荒くパラパラはじいてしまおうと思った時に、手のひらがあるページを保持した。
真っ白の中に真っ黒が2つだけの、見慣れない昆虫が見えたからだ。
「カイコ……成虫こんななんだ」
体はふわふわ柔らかく見えるのに、白でありながら沈んでいるような重たい質感は妙だ。
触角は櫛みたいに整っていて、その規則性が、躍動を殺す無機物の気配を強める気がした。
絵の具の黒を絞り落としたかのごとく光のない黒い目は、感情の気配がしないせいか可愛さと不気味さが同居している。
翅のある昆虫でありながら蝶に似た華奢さも優雅さもないのに、異彩な何かを放って見えた。
繭は、隣でガタガタ音を出す小春の肩を叩いた。
「ねえ小春、コレ見て」
「は?何遊んでんの……!?」
「カイコの成虫だって」
「え、キモ……」
「ちょっと可愛くない?」
「いや、キモいでしょ……」
蛾の大きなフォーカス写真から、繭の目は文字に移っている。
「もお〜!変なの見てないで繭も探してよ~」
説明文の内容は、見た目以上に痛烈だ。
「…………飛べないらしい」
「え?そうなの?なんで?」
「…………食事もしないらしい」
「えぇ?じゃあ何すんの?」
「…………子孫残すだけらしい」
「うわぁ、なんかヤだなそれ」
「…………ポケモンみたいで可愛いのに」
「いた気がしないでもないケド。それよりどこなのリトマス紙!?」
成虫という完成体でありながら。
古い魔導書から抜け出してきたような浮世めく儚さを持ちつつ、特異性の代わりに埋まらない欠落があるとは何だか皮肉なものだ。
「ちょっと凛に似てる」
「……………なんて?」
横目に、小春の動きが止まったのは見えた。
「普通に飛べないのに迷わないし完成してる。何かを捨ててる強さっていうか」
「……それディスり?それとも可愛いがみんな糸師クンに見えちゃう病なの?」
小春の声は、横から半分抜けてゆく感じだ。
繭が頭の中から引っ張り出すのは、昨日を含めた記憶ややり取りだった。
口元がほんのり斜めになる。
「……カイコ蛾の画像、スタ連しようかな」
「はあ!?小学生過ぎる嫌がらせやめなよ!」
「半分は褒めてるつもりだけど。なかなか貫けるものでもないし」
「好意の方向性も小学生なの!?なんか繭に問題ある気がしてきた!」
繭は図鑑を潔く閉じ、ようやく小春を手伝った。
単純に、不自然で可愛かった。
Fin
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