【ぬけがら】
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繭が思うに、人間関係とは時に不思議に見える。
例えば、教室は毎日少しずつ人の動きも会話を変わり全く同じ日はありえないのに、結局は似た形に落ち着いてゆくように思う。
賑わう休み時間に何となく考えていると、小春の明るい声が降りてきた。
「繭!何ぼーっとしてるの?」
「……いや、席替え意味ないなって」
「え?急に何?」
「だってどうせ戻るし」
「いや変わってるでしょ、普通に」
「変わってるけど変わってないよ」
繭の声は抑揚がなく、繭自身も半分はよくわからない。
ムキになり理解を得るつもりもないし、自分の中での結論を求める気もない。
小春からは思い切り、呆れを含む声がする。
「……繭って時々、哲学なのか微妙なこと言い出すよね」
「そうかな。思ったコト言っただけなんだけど」
上手く説明が出来ないだけで、簡単なこと。
人にはなんとなく、収まりがあると思うだけだ。
その人の立ち位置、定位置みたいなものがある。
「属性」という言葉なら適切だろうか、デジタルに言うなら「タグ付け」が近い。
クラス一つを見てもそれがある。
中心にいる人間、周りにいる人間、いつも隣合う人間同士もいれば、殆ど接点を持たない人間同士もいる。
これは誰が決めたものでもないのに、勝手にそう決まってゆくように見える。
法則というほど仰々しくはないが、偶然で片付けるには型にはまり過ぎている。
単純に、そんな感じだ。
繭の視線の先を見ながら、小春が興味の顔を見せてくる。
「およっ まさかウチのクラスの委員長?……そーゆーコト!?」
「違う。そーゆーコトじゃない」
「えぇっ じゃあ香坂のほう?やめときなよ、女癖悪いって噂じゃん!」
「だからそうじゃなくて……」
繭からすれば、今、目の前で繰り広げられるやりとりがまさにソレなだけだ。
先生からの言付けか何かか、不良男子からのだる絡みなのか。
アンマッチな人間同士が今は一番近い位置にいる。
けれどこれは、ほんの一時的なことだ。
時間を置けばまた勝手に、収まりのいい場所に各々が戻ってゆく。
この事象をひっそり自分の頭の中で確かめているだけだ。
またも、小春の可愛らしい声が、横から勝手に意識を引っ張ってゆく。
「繭はやっぱり糸師凛クンかぁ♡」
「……かぁって」
「でも、最近見ないね」
「何が?」
「糸師クン。一緒にいる所も本人も」
「……」
言われて見れば、確かにそうだ。
通学路や近所の生活圏内、家も目と鼻の先、学校の廊下、グラウンド、校門、偶然が重なってもおかしくない所でもここ数日は会わないどころか、見ることもなかった。
「…………確かに、最近会わないや」
「喧嘩でもしちゃったの?避けられてるとか?」
「……いや、それはないよ。されるワケないと思う」
「……え?実はかなりの愛され自信がある感じ?」
「…………自意識過剰じゃないって話」
小春と繭の見ているものには、何かズレがある気はしたが。
喧嘩にしても、避けるにしても、“自然ではない動き”を取ること自体、その相手に対して快か負の重みを抱いている何よりの証拠だと思う。
凛との関わりの中では、その理由が見当たらないだけだ。
「寂しいの?」
「……なんか違う」
「強がり!?好きじゃん!」
「……そーゆーコトじゃなくて」
これは単純な感情面での違和感とはやや違う。
だからこそ、わからなくなる。
理由らしい理由がないなら、少しだけ奇妙すぎる気はした。
何故急に、ここまで見事に重ならなくなるものなのか。
繭が思う所の偶然とは、もっと雑で適当なものだと思っていたからだ。
「……でも確かに、出来すぎてるかも」
「何が?」
「最近、綺麗に会わなさすぎるっていうか」
「何それ」
「だって普通、もっとどっかで会うでしょ。今までもそうだったし」
「……繭メンヘラよりヤンデレ?地味に怖いコト言ってる」
「だから、いちいちそーゆーコトじゃなくて……」
目の前で、小春はあからさまな溜息をついている。
「……結局なに?何だかんだで好きなの?内緒で付き合ってるとか?」
「そーゆーコトじゃないって、もう何度も言った気がする」
「じゃあなんでそんな気にしてるの?」
「……」
腑に落ちないから頭の中で理由を探す。
繭がここで、思いつくのは一つだけだ。
「……配置、変わっちゃったのかな、って……」
「は?」
人間には、自然と収まる場所がある。
根拠も因果もわからないけれど、定位置が知らぬ間に変わっているのだとしたら。
いずれはそういう日が来るにしても、繭が思うにそれは今すぐではない。
「……繭さ」
「……なに?」
「この前、2年に告られたって言ったよね」
「言った。若干しつこくてちょっとヤダ」
「付き合ったら?一回俗世に戻れ」
「そーゆーコトじゃないから無理」
答えは出ていないが、今ここでは確定させようがない。
そして今はまだ、繭自身でも整理が追いついていないだけだ。
===
時間の流れはあっという間で、更に数日が過ぎた。
そして、久々に前方に見覚えのある凛の後ろ姿を見つけた。
「……」
最初に感じたのは、言うほど何も変わっていないという事だ。
久しぶりに見たけれど、そこまで久しぶりな感じもしない。
慣れた道も帰宅路の空気も、今まで通りだ。
“この感じ”
“やっぱり”
“ほら”
席替えの後、結局は慣れた位置や人に自然と寄るあの感覚に近い。
タイミングがまた繋がる瞬間値に居合わせた。
今が、そういう事なだけだ。
何を確認したいのかもわからないまま、繭の方から横に駆け寄って声をかけてみる。
「……ねえ」
凛は無言のまま、視線が一瞬飛んでくるだけだった。
不穏なものは何もないのに、微かに間が長い気はした。
「……最近、会わなかったね」
繭の言葉を真正面から受け取らないのも、受け取った上で返答を出さないのも、今に始まったことではない。
ただ、それを知っているからこそ、わざわざ言う必要はなかったのかと考え直しもする。
「……忙しいの?」
「別に」
繭からは、次の言葉が見つからなくなる。
「…………なんか、冷たくない?」
「元からだろ」
凛の声は今までと変わらない。
言い方も、言っている内容も、別におかしい事はない。
振り切るみたいに先に歩き出す背中も、歩幅も、振り返りもしない所も、変わらない。
繭には引き止める理由はないし、後ろから見送ることになる、これも今まで通りだ。
けれどひとつだけ、今までと違った事がある。
「ちょっと待って」
何故なのか、用も意味もないと知っていて、勝手にわずかな声が出た。
ほんの少しだけ、凛の足元の速度が落ちた気はした。
「……なんだ」
声だけが、返ってくる。
「…………いい。何でもない」
驚くほどに、繭自身の声も淡々として落ち着いていた。
別に無視をされる訳ではないし、何かが始まる訳でもない。
切れる訳でもないし、過剰に癒着する訳でもない。
ただこれだけだ。
前をゆく背格好を見ながら、繭の中に一つだけ通ったものがある。
「…………」
並び、位置、配列。
それは時に流動しても、また勝手に収束し戻る。戻される。戻ってゆく。
何故なのか、今日の生物基礎の教科書で見た遺伝子図が頭に浮かんだ。
Fin
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