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(なんで恵まれているお前の方が、被害者面をしている)
たったの一度も確認したことはないけれど、これは繭と繭の双子の兄・氷織羊との共通認識であると繭は勝手に思っていた。
羊は両親の期待を一身に受け、いつも期待され関心を集め、親の時間も心も永遠に縛り続けているのに、本人はそれをどこか受け取りきらずに熱を低くし“当たり障りなく”生きている。
繭から見ればこんなにも多くの愛を受けているのに、そこに感謝もなければ、一歩引いてものを見ているように感じる所も気に食わなかった。
この事に、気付けるようになれたのは中学に上がった頃からだ。
羊は子供の頃からサッカーもうまいし、人当たりも良い。
外見だって整っているし頭もいい、言葉も優しい。
いつだって注目の的で、期待されて愛されている。
友達にも知り合いにも“あんな双子のお兄さんがいてうらやましい”ともう100回も200回も300回も言われてきた。
羊を通じて自分が褒められているように思えて、嬉しかった時期もほんの少しだけあったのも事実だ。
けれど、今にして思えば、小さな頃からずっと違和感の方が強かった。
子供の幼い心と身体では、感覚も知覚も言語化も拙いばかりで整理が出来なかっただけだ。
今になってようやく、真実が見えてきたということだ。
やっとここまで耐えて、大人になれてきたということだ。
そんな惨めな自分を少し褒めてあげたいのに。
なのに、羊はもっとうんと、ずっと先にいる。
“比べてしまうと”それすら許されないではないか。
繭は羊みたいに衝突を避けて当たり障りない良い子にはなれないし、愛想もなければ話術もない。
大人に近づけたはずなのに、いつまでたっての被害者意識の固まりで頭でっかちな拗ねた子供のままだ。
そしてきっと、羊本人は「親の呪縛を受けずに自由を許されている」繭を許していない。
更に「親の呪縛を受けずに自由を許されているのに、自由に生きようとしない」繭を心底軽減している。
二つの罪で、静かに繭を裁いているはずだ。
===
興味もないから詳しくは知らないが、サッカーの選抜だか養成所だかの施設に抜擢されたとか何とかで、ここ連日親たちはお祭り騒ぎだ。
そう思うとざわりと右腕が熱くなる。
明日はいよいよ出発だという前夜に、張り詰めた何が切れた気がした。
「あの人達」がいるとちゃんと兄とは話せない。
なぜなら、自分達が兄と話すことしか頭にないからだ。
だからあえて、寝入る直前の時間を狙った。
静かな部屋に伝わる隣の部屋のドアを開ける音、廊下を歩く音、微かな軋みが伝わった。
繭は音を殺してベッドを抜け出し、自室のドアを静かに開けた。
「……お兄ちゃん」
「……そう呼ばれるの何年ぶりやろ」
それはそうだ。
もうしばらく、繭は羊を避けているし、そちらも同じく空気を読んでいるからだ。
相変わらず柔らかい、声も、顔も、雰囲気も。
こちらに情もなんて1mmもないくせに、落ちこぼれの妹にまで貼り付けた“当たり障りない”適応を見せるところは本当に気持ちが悪いと思う。
「……いよいよだね」
「……せやな」
こういう時、何を言えばいいのかわからない。
羊ならば多分、気の利いた一言を自然に出せるのだろう。
「頑張ってね?」
微塵もそんなこと思っていないから言いたくない。
「家のことは心配しないでね?」
自分だけゴミを捨てて逃げようなんて許せないから言いたくない。
「もう二度と帰ってこなくていいよ?」
重いこの家を捨てたくて仕方ない羊を喜ばせるだけだから言いたくない。
当てつけ、いじけ。
これは下手で惨めな感情のサンドバッグだ。
本当はわかっている。
羊だって被害者だ。
子供は親を選べないのだから、全責任を羊に乗せるのは違う。それくらいの分別はある。
繭自身が湾曲した愛を今でも親に求めているから、自分の正当性を許すために、羊を悪の元凶に置くしか方法がないだけだ。
でも、たまらなく期待している。
二度と帰って来なければ、サッカーの何とかとやらで親友でも出来て、あのモンスター達を捨てて、繭のことも忘れてくれれば、いよいよ親も目が覚めるのかもしれない。あの人達は繭を見てくれるかもしれない。
そして何よりも、本当は怖くてたまらない。
物理的に生活の中から羊が消えて、あの人達が羊に時間や関心を使う間は確かになくなるはずなのに。
それでもなお、目に見えないはずの羊に対して、あの人達の心や愛を羊が遠くから縛り続けるのだとしたら、いよいよ希望が潰されて壊れてしまいそうになる。
自分て、なんなのか。
なんで、生まれてきたのか。
(お前のせいで、私が愛されない)
羊がいなくなったら、もうこの言い訳がなくなる。
幾層にも重なる感情が叫びみたいにどろどろに渦巻いている。
「餞別?に、いいもの見せてあげる」
「…………」
繭は右手の袖をそっとまくって見せた。
ここで言う「いいもの」とは、完全に自分の主観の話だ。
羊の大きな目がほんの少しだけ見開かれるのが伝わり、微かにゾクリとする。
切る時は利き手を使う。
集中のいる作業だからだ。
肌に刃が入り、血がつ、と伝う瞬間に痛みが凝縮されて自分の中から流れるような感じになれる。
その瞬間を思い出すと、弱く醜く無価値な自分が可哀想で、救われそうで、恍惚として笑いが出そうになる。
薄暗い廊下の中で、右腕に不規則に刻まれる肉を割る歪な膨らみ達は、繭の苦しみと生きた証だ。
色も形もとりどりで愛おしい、繭だけの大切な宝物たち。
全てを受け入れ肌の色に同化しているコ、まだ茶色く抵抗しているコ、最初の痛みを残した赤いままのコ。
美しい曲線のコ、汚いざらつきのコ、腫れた笑えるひょうきんなコ……
同時に、何の意味もない自虐行為に生きる希望を見出している愚かな自分が滑稽で、もうひとりの自分が内側から自分を笑い蔑んでいる。
「引く?」
「……いや。見せるんやなって」
これはどこか、無垢な子供に暴力的なものを見せつける時の快感に近い。
あの人達がこの世の希望だと信じて病まない羊に、苦しみのお裾分けと罪の共有意識の贈りものを渡したかった。
(だってお前は、何も知らないくせに。)
自分の内側からはいつもうるさく、こんな声が聞こえてくるのだ。
繭の部屋には普通は使わないような大きめの絆創膏が用意されていること。
切れ味の違いを味わうためにいくつも種類のカミソリがあること。
この世の誰も知らない秘密を羊にだけは教えてあげることに、むしろ感謝して欲しいくらいだ。
一番新入りのコからは、まだ洗礼の痛みが新しかった。
じわりと滲む血の赤は、一番弱くて、一番暖かくて、一番綺麗だ。
「ここ、さっき切った」
「……生きたいから、切ったんやろ」
その一言が、重い。
見ないように蓋をしているものを、勝手に撫でられるようでざわりとする。
それと同じくらい、どうしてなのか、油まみれの心を溶かすような気もする。
一番奥底にしまっているものを見つけてもらえたような。
気付いて欲しい相手は羊じゃないのに、なんでお前がそれをするんだと思うとたまらなく腹が立つ。
「ママには言わないでね」
「……別に言わへんよ」
本気で妹を心配するなら言うはずだ。
本気でこの家を改善したいなら言うはずだ。
でもそれをしないのは、汚いものには蓋をして自分だけは逃げて自由に綺麗になるつもりだからだ。それが答えなだけ、それもわかる。
肯定しているようで、味方に見せかけて、拒否をしない思いやりのメッキで固め、その貼り付けた仮面みたいな優しさが、本当に気持ち悪いと思う。
繭は手元を隠した。
これ以上、ここにいたくないからだ。
どれだけ勝手に罵っていても、結局は同じ穴の狢だ。
羊は物理的に自分が逃避をする形で、繭は心の痛さを身体に変換する形で、それぞれ必死に、あのモンスター達から自分を守っているだけの話だ。
同志であり敵。
味方であり憎悪対象。
兄妹でありこんなの家族じゃない。
未だに微かな期待を捨てられない弱い自分を、自分で消してしまいたい衝動に駆られる。
繭は静かに振り返り、部屋に戻ろうとする。
「繭」
お兄ちゃんと呼んだのも久しぶりだが、名前を呼ばれるのも久しぶりだった。
繭に届くのは淡く、ゆるい、柔らかさ。声も、雰囲気も、仕草までも。
すがりつきたくなる甘さをまき散らす売女みたいで怖気が立つほどだ。
「死ぬ気ないなら、せめて上手く壊れてな」
「……」
「安心しい。壊れてもどうせこの家何も変わらへん」
「…………っ」
それは希望なのか、それとも絶望なのか。
繭にはわからない現実を、やんわりじんわり見せつけてくる。
自分はうまく壊れているつもりなの?
繭はちゃんと出来ないダメなコなの?
自分は親に愛されているからその余裕?
有能で期待される人間だから自己顕示?
繭の中の自分が、知らない誰かが、うるさい声を出してくる。
体温の乗らない言葉なのに、何故か救いに聞こえるキモチワルサ。
希望の死骸だけが残る胸中に、ぬくもりだと錯覚させる麻薬のような。
これは羊がおかしいのか、繭の感覚がおかしいのか。
もう何もわからないのだ。
たった一つだけ、明確にわかることは、今からおおよそ30秒後に新しいコが仲間入りをする。
Fin
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