小話の集め
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今更ではあるが。
繭が思うに、前日に友人とカラオケに行っていて課題を忘れたのを言い訳にして、後ろの席のオタク男子に声をかけ何とかしようと目論んだのもがそもそもの間違いだったのかもしれない。
繭は世に言う一軍女子だ。
校則ギリギリを攻めている染めた髪も磨かれた爪も、ピアスも、化粧も、日々完璧に決め込んでいる自負はある。
そんな自分からのオファーを女子との接点がなさそうなオタク男子が断るなんてことは、繭の思い至る所ではまずあり得ないという訳だ。
繭は、後ろの席にいる前髪で顔が見えない冴えない男子の方を向いた。
日頃は話をする事なぞ全くもって皆無であるが、今日はここぞとばかりに可愛らしい声を出して髪を耳にかけてみる。
オタク男子の机に思い切り頬杖をついて、わざとらしい程にじっと顔を見つめて言った。
「ねぇ~」
「……はい」
声は小さいしぼそぼそして聞こえる、何より本当に華がない。
相手のさまを勝手に自分の自信の材料にして、繭はますます身を乗り出してみる。
「今日提出の課題、写させて!お願い♡」
漫画なんか本なのか、何かを読んでいた真っ黒い髪の頭がこちらに向いた。
ぼさぼさに乱れる前髪が長すぎて“いかにも”過ぎるが、繭としては課題さえ手には入れたどうでもいいことだ。
「…………別にいいですけど」
「マジ!?神♡ 助かりすぎっ」
あっさり了承をくれるのだから、案外良いヤツなのかもしれない、なんて都合の良い解釈をしたくなる。
二子は机を漁りながら課題のノートを取り出した。
「字が汚いって言わないで下さいね」
「平気!全然OK!むしろ好き!」
「……今、適当に言いましたよね」
「バレた?」
「……そういうノリ困るんですよね」
「あははっ ウケる」
いかにもオタクらしい固さと丁寧さだ。
予想よりも会話のテンポは悪くはないが、噛み合うとは言えない。
受け取ったノートをパラパラ見れば、言うほど文字は汚くない印象はあった。
「5時間目までには返して下さい。6時間目に提出なので」
「ん、わかってる~」
借りたノートを一旦しまい、繭は友人の元へ行く。
次の授業かその次の授業あたりの時に、内職をして写せばいいだけだ。
===
放課後。
別のクラスの遊び仲間と話していて自室に戻るのが遅くなったせいか、既に教室は人が半分ほどだった。
ちょうど後ろの席のオタクも片付けの途中、そんな雰囲気だ。
今日はこのオタクのおかげでコトなきを得る事は出来た。
繭は一旦自分の席に座り足を組む、そして、身体を後ろの席に向けて軽口で二子に声をかけた。
「さっきはありがとっ、助かった!」
「……いえ」
相変わらず目も合わせないし、声も人に届ける意思が乗っているとは思えなかった。
「……ねえ」
「なんですか」
そもそも前髪が長すぎて後ろの席なのに顔もよくわからないことに今更気付いた。
最近では雰囲気イケメン狙いで前髪をやたら伸ばす男子は多いが、このオタクの場合その意図とも思えなかった。
繭は片付けを続ける二子の前に身を乗り出して、目のあたりをじっと見つめてみる。
「前見えてんの?」
「見えてますよ。当たり前でしょ」
それはそうだが、今はそういう意図で聞いていない。
二子は一度だけ手を止めてそう返してくるが、それ以降の会話は続かなかった。
もう一度、繭の方から話題を広げてみる。
「なんで前髪そんな長いの?雰囲気狙い?」
「それ、結城さんに関係あります?」
「いや、ないケド」
「じゃあ、結城さんはなんで髪伸ばしてるんですか?」
「え?別に、特には……まぁ長い方がオンナっぽいかなーとか」
「なるほど。参考になりました」
「……っておい!ナチュラルに話そらすな」
「バレましたか」
「いいから顔見せろよ」
「……やめて下さい」
「さすがにこれは長過ぎだっつーの!」
席を立って、無理矢理オタクの前髪を片手でたくし上げてみた。
オタク男子は勝手にどこか乾いている印象だったが、触れる指先に乗る体温が意外と高い感じがしてそれは新鮮だった。
「……離してください……っ」
ものすごく不愉快そうな表情を全面に滲ませているのに。
想像以上にまん丸い目をいびつに歪める所が不本意にも愛らしく見えてしまった。
つられて繭の目も、ぽかんと丸くなってしまう。
「……なんだ」
「……なんですかっ」
「……意外と顔、可愛いじゃん」
「余計なお世話です」
「前髪切りなよ。ていうか切れ」
「ほっといて下さい。見られるの嫌いなので」
雑に払いのけられた繭の手だけが、取り残された。
二子は椅子の音まで立てて席を立つと、さっさとその場を離れてしまう。
「僕はこれからサッカーの練習があるので」
「……サッカー?」
「そうです」
「え?漫研とかオカ研じゃなくて?」
「……一応全国レベルなんですけど」
斜め上の返答をしてくるのだから、繭の方が今度は口が開いてしまう。
「は?なんかさっきからギャップ強すぎん?」
「……そんな変ですか」
「変。完全に“課題写させてくれる便利オタク君”だったし」
「さすがにカテゴリ失礼すぎません?」
会話をしながらも二子はさっさと足を進めている。
繭はその後ろ姿をポカンとした顔で見るしかなかった。
教室を出ようとするドアのあたりから、二子が静かな声を投げてくる。
「……意外と言えば」
「……んー?」
「結城さんも意外と、……」
「……なに」
「……いえ。何でもないです」
繭は歯切れの悪い言い方を残し、そのまま去ろうとする二子に向かって足を急がせた。
横から回り込む勢いで、二子の進路を妨害して声を大きくする。
「気になるじゃん!言えよ」
「……何も、ないです」
「コラっ!ふざけんな!」
「……別に、いいです」
「絶対別にじゃないヤツだろ!」
さっきまでは淡々と敬語で斬り込んできたくせに、急に口ごもっているからますますその先の言葉が気になるではないか。
繭は必死の表情のまま、ずんずん二子に距離を詰めてゆく。
「……近くないですか」
「お前が言わないからだろっ!」
少しだけ顔を左右に泳がせ、二子は一旦肩を落とす。
そして、一番最初のような小声で話し出した。
「この前の雨の日」
「それが?」
「見えてました」
「何が?」
「結城さん、透けてましたよ」
「…………は?」
雨、見える、透ける。
そして相手は後ろの席だ。
この言葉から連想出来るものはシンプルだった。
前の前の日にどんなものを選んだかは覚えていないが、派手ギャルのくせに下着は意外と王道清楚系、だとでも言いたいのだろうか。
だとしたら、これは許しがたいことだ。
繭自身、自分の顔が一気に熱を持つ感じはしたが、それは羞恥なのか何なのかがまだわからなかった。
二子は一呼吸だけ置いてから、またもその場を去ろうとする。
「待て、お前……っ」
「まだ何か?」
ひとつだけ、確認しておかなければならないことがある。
「……なんで今日、あっさり課題写させてくれた?」
「……つまり、罪悪感の払拭というか、ほんのフォローというか。まぁ色々です」
「……最っ悪じゃん」
前々からそんなことが後ろの席のオタクにバレていたとは。
そう思うだけで波の立つ複雑な気持ちに整理が付かないではないか。
またも先にその場を離れようとする二子に向けて、繭は大きな声を出す。
「待てコラ!!」
「なんですか。時間ないんですけど」
「お前……むっつりオタクかよ変態!」
「僕が見たくて見た、みたいな言い方やめて下さい。そちらが僕の視界に入ってきたんですから」
「言い訳すんな!」
「今日は見えてなかったので大丈夫ですよ」
「……マジでぶっ飛ばすぞ」
「冗談です」
さくさく足を進める二子に、またも追いついて食いついてみる。
繭の中の気持ちの落とし所が、未だに見つからないからだ。
「オタクのくせに調子乗るな!」
「急に属性攻撃ですか」
「属性ってなんだよ!?オタク語知らないから!」
「顔真っ赤ですよ」
「……!これは、だから……」
廊下の横からは、不似合いなツーショットを不思議がる声がヒソヒソ聞こえてきた。
しどろもどろになっては、言葉に詰まってしまう。
二子は急に、しおらしい小声で話しかけてくる。
「……すみません。別にからかった訳じゃないです」
「……コラっ!勝手に謝って勝った感出すな!」
「まあ、誰にも言わないんで安心してください」
「今更安心出来ないだろ!?」
釈然としない気分のまま、繭はオタクの後ろ姿を見ながら考えた。
あの席にいる以上、しばらく安心は出来そうもない。
だが、もしかしたら良いからかい相手が出来て退屈しなくて済むかもしれない。
「……なんかムカツク!!」
そんな勝手な予感はあった。
Fin
小話の集めへ戻る
1/5ページ