小ネタ
刀さに:太郎太刀が修行から帰る話
2026/07/16 12:44実家で飼ってた老黒柴"タロ"に似てるからという理由で何となく太郎太刀を近侍にした審神者。
実家にいた頃に毎日つけてたタロの観察日記を、こっそり太郎太刀でまた始めて、彼が人間の姿に戸惑ったり刀として力を振るうことに喜びを見出したり次郎ちゃんたちとお月見酒嗜んだりと日々の記録を残した。
そしてめでたく極になる条件を満たした太郎太刀の修行道具の中に、審神者が毎日つけていた日記が入っていることに気づく。
最後のページには「ここから先は太郎太刀が」とだけ書かれている。
戸惑いつつ手紙を出した後に筆を取ったものの、初めの一言が浮かばない。
仕方なく後回しにして修行先へ急ぐ。
修行先に着き時たま主の日記を少しづつ読み始めた太郎太刀。
顕現したてのころや、次郎と再開した時のこと、隊長になって誉をとったこと、庭の水仙の花を踏んでしまったことまで書かれていて顔から火が出るかと思った。
主は、私をいつも見てくれていた。この日記でよく分かる。
最後のページに差し掛かり、もう一度筆をとる。しかし今度は言葉が次から次へと溢れて何から書けばいいか分からない。
顕現した日 主が小さくて実は落胆したとか、次郎と酒を酌み交わした時 主とも飲みたかったが言い出せなかったこと、万屋で買った新しい水仙はバレてないと思っていたとか。
あの時言えずにいたこと、あの日言えなかったこと、あの人に言いたかったこと。
たくさん、たくさんあった。かつての主を、私は思い出せない。いるはずがないのに、身に覚えのない言い伝えがある。
この身を、人ならざるものにしか振るえぬ刀を。
しかし、私には戦さ場の記憶は、ない。
焼けて記憶が抜けているわけでも、長きにわたり記憶が朧げになったわけでもなく、ただ、ただ人を斬った覚えがない。
それがどう言う意味か、何度も考え、何度もその答えを打ち消した。
結局、答えはひとつに行き着くからだ。
それは、私では、ない。私を扱える者はいなかった、それだけなのだ。
私ではない私が戦場で名を残し、私は永き時を宮内で過ごした。
奉納されたことによって俗世から離れざる終えなかったが、それで良かったのかもしれない。
人が振るえぬ刀と嘆かれるより畏れられる方がよほど……そう、ずっと、思っていた。逃避でしかないと分かっていても。
初めて人の姿を得て主を見下ろした時、なんと小さく弱い生き物なのだろうと嘆息した。
新たな主は、私を振るうことはないだろう。
ならばせめて、実践刀本来の在り方を、私に示して欲しい。
「主よ、あなたに私が扱えますか?」そう言うと、小さき人は「タロみたいな溜め息の仕方だなあ」と笑った。
タロとは誰だと問うと、実家で飼ってた黒柴だと言う。
その犬は大きいのかと聞くと中型犬だと答えた。
実家にいた時から年寄りでいつも億劫そうに散歩するのだと。
犬と一緒にされたなら本来は怒るか戸惑うかするのだろう。
だが、永く俗世と離れた場所にいた身は「左様ですか」と吐くのが精一杯だった。
主は少し困ったような顔をして明日からよろしくと言った後、本丸の案内を近侍である初期刀に任せた。
しばらく人の身と現世と本丸に慣れるため畑仕事や馬の世話などをして過ごしたある日、初期刀から近侍を交代するよう言われた。
主とは、ここのところ話どころか顔を合わせてもいなかった。
何故と戸惑うものの拝命されたからにはきちんとしなければ。
引継ぎが終わったことを伝えるため主の部屋に行く。
主は待ってたよと笑って縁側に腰掛けていた。
お花見しようよとトンと隣を叩く。
言われるがまま後に控えると「そうじゃなくて」と苦笑される。
首を傾げるとさらにクスクス笑われる。
だいぶ前に書いて力尽きたやつ。
