クラピカと教祖
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私が恋と呼ぶあの熱の広がりを 人はなんと呼ぶのだろう
本当の熱というものは 私にどんな幸福をもたらすのだろう
私にとって幸福とは 受難でしかないのに
※※※
祝詞を上げ、「今年も素敵な年になりますように」てなことを小難しくこねくり回した言い方で締めくくった後、壇上から降りたら本日の私の仕事は終了だ。
次の進行がしめやかに進み、聖歌隊の美しく荘厳な讃唱が舞台袖からでも細く聴こえてくる。明日はゴスペル隊を招くそうだが聴けないのが少し残念だ。
「お疲れ様でございました、お嬢様」
奥では今日も修道服を隙なく着こなしたルゥインが、これもまた完璧な角度で恭しく頭を下げて待っていた。
私が前を通り過ぎてようやく顔を上げ、ピッタリ後ろに付いてくるのも、いつものことながらロボットみたいでちょっと怖いものがある。
本来、修道長はそのような役回りではないが、メイド紛いのこれは本人が好きで始めたことで、割と私も助かっているから口出ししたことはない。
ただ⋯⋯「しかし、」あぁ彼女のアレが始まる滑り出しが出た。
「メサイア、最後は少々巻きすぎでございます。ご自身の聖誕祭がそれほどお嫌で?」
小言を言いながらも私に上着を羽織らせる所が彼女らしい。
心内で舌打ちしそうになったが今日というめでたい日に、そういうことをするのはやめておいた方が良いと踏みとどまる。
「気のせいよ、気のせい。そもそも聖誕祭なんて大仰なのよ。うちで預かってる孤児の子はみーんな新年にお祝いするじゃない。私だけこんなに仰々しいのは可笑しいでしょ」
「全く⋯⋯私たちの代表ともあろう方が。これでは信者たちに示しがつきません。立場を考えてくださいませ」
「大丈夫でしょ。みんな私のこと大好きだし」
「ええ、ええ、そうですとも。好きで好きで仕方がない私たちの教祖様が、ただでさえお身体が弱いのにすぐに引っ込まれてはどうされたのかと心配して聞きにくるのですよ。全て、私に」
しまった、おかしなところに被弾してスイッチが入ってしまった。
その後も部屋に戻るまでやれ壇上に立つ時の姿勢が数ミリ前屈みになっていたとか、杯を運ぶ足運びが雑でドレスを踏みそうになっていたでしょうとか、だから正しい姿勢のレッスンを追加しますとか(全力で阻止したが却下された)、また杯のワインを少し飲みましたね?そうすると思って水に変えておきましたとか(我慢していたのにここでつい舌打ちしてしまい、また彼女の小言の火種となった)、でるわでるわ。
のらりくらりと躱していたら、本当に部屋の前まで続いたお小言の数々に、今日は一段と多かったのだなと思わせられる。
心当たりは、ある。
「当たり前です。2週間分前借りですもの」
「ようやく認めてくれたの?」
「それとこれとは別です。おひとりで着替えもまともに出来ない方を安心して送り出すことが出来ましょうか」
「ちょっと、着替えくらいひとりで出来るわよ!」
おかしい。ルゥインだって私を信奉する信者の1人のはずなのに。私、舐められすぎじゃない?
モヤついたまま力任せに自室の扉を乱暴に開ければ案の定チクチク小言が飛んできたが、知らんぷりだ。
ベットまで行く間に着飾らせられた物を適当にぽいぽい落としていく。服も装飾も重たくて嫌になる。
柔らかい絨毯が受け止めてくれるのでアクセサリーも床も傷つくことはないが、神経質で仕事熱心なルゥインは私が落とした物を文句を言いながら拾い集めていく。
やっとキャミソールとベールだけの身軽な格好になると、たまらず真っ白なシーツにダイブした。
一部の信者以外にこんな格好は見せられないなぁなんて思いつつ、年末からの準備期間も合わせて早朝から動きっぱなしだったのだ、多めに見て欲しい。
ゴロンと仰向けになって、近場の手触りの良いクッションをひとつ引き寄せる。
私の好きな柔軟剤の、花の匂いを肺一杯に吸い込む。そうして吐き出す力を利用して勢いよく起き上がった。
「とにかく、私、行くから。絶対」
最後に落とした耳飾りを拾い上げた側仕えにビシッといってやる。
このやりとりも何度目だろうか。ルゥインは無表情のまま「私の意見は変わりません」と、腰をかがめ私の履いていた靴を脱がしてベットの下に揃えた。
軽くなった足をパタパタ動かしながらこの後の話の組み立て方を考える。どうにかしてこの私第一主義の信者を言いくるめてからじゃないと、私の気がすまない。前へ進めないのだ。
「残念ね。私の意見も変わらないわ」
小さく息を吐くと、私はサイドテーブルに置いてあった一枚の用紙を摘み上げ、我らが偉大な修道長に突き出す。
私が切れる手札は少ない。
だからここは先手必勝。
「ここに書いてあることが本当ならアレを回収しに行かなくちゃいけない。あくまでも彼のことはついでよ。何が違うと言うの」
「大いに違います。そんなもの⋯⋯」
「そんなもの?あなたが必ず当たる占い師がいるって教えてくれたのよ?」
効果はあったようで、納得のいかないルゥインは器用に伏目で睨み付ける。
占いを信じていないのではなく単純に気に食わないのだろう。
去年同様色々難癖つけて先送りし、ハンター試験なんて危ないところへ行かせないようにすることが今年は出来なくなってしまったのだから。
ましてや、自分がポロッと言ってしまった世間話に私が気紛れで食いついてしまった結果となれば、忸怩たる思いだろう。いやでも、的中率100%の占いなんてそんなの気になっちゃうでしょ?
前々からハンター試験を受けると言っては申し込みをし、その度に行けない理由が出来て断念していたが、今年は違う。
今年こそなんとしてでも行かなくてはいけない。占いのおかげで決意がより固まったともいえる。
ルゥインはそれが、自ら死地へ行こうとする大好きな私が、嫌で嫌で仕方がないのだ。
彼女の言い分は十二分に理解できる。
普段小言は多いが私のやることに従順な彼女がこれだけ頑固になるのは、結果が分かっているからだ。くしくも、気に入らない占いによって。
「貴女が、そこまでする必要などないでしょう。ましてや、傷つく事が分かっているのなら」
ルゥインはそう言って私から用紙を奪い机に伏せ、私が落とした服や装飾をクローゼットに仕舞うために背を向けた。
無駄な抵抗だと分かっていても、彼女は私を行かせたくないのだ。
背の高い彼女のピンと伸びた背筋が、今はほんの少し影が差しているように見えた。私の数少ない、美しいと思うもののひとつなのに、私がそうさせている。
私を大好きなのはルゥインだけでない。この話をすればきっと信者たち全員だって、会わせたくないと声を揃えて言うだろう。
会えば私もあの人も、より傷つく結末になるのなら。いく必要などない。
そう、なんだろう。普通なら。
すでにズタズタに引き攣れが出来ているものを、さらに深く抉る行為だ。
自傷と変わらない。とんだマゾヒズムだ。
占いのアドバイスの通り、行かないで他人のままなら、亀裂は浅く薄く残るだけで済むのだろう。
時間が癒やしてくれることもあるだろう。そんな結末もあるのだろう。
「それでもね、シスター・ルゥイン」
ゆったりと、子守唄を歌うような調子で私は言葉にする。
「それでも行きたいの。やり残しがないようにしたいの」
私はちゃんと見ておきたい。知っておきたい。
知らないままで終わらせたくない。
確かめたいのだ。
今の私が彼を見て、また同じ光景になるのかを。
「約束もしたしね。約束は、果たさなくてはいけない。そうでしょう?」
いつの間にかルゥインの手は止まっていた。返答はない。
聖堂から離れている私の部屋には聖歌隊の歌も届かず、私は天使が通りすぎるのをただ待った。
ずるいことをしている自覚はある。この教団に属する者たちにとって、約束はとても重要なことだ。
約束があるから私と信者たちは繋がっていられる。
約束は絶対に遂行しなくてはいけない。
私とずっと繋がっていたいから。
私が課したものであるのに、ある意味私も立ち入れぬ聖域となりつつある約束を引き合いにだすのは、相当ずるい。
けれど、それでも。
ずるくても、それでも私はあの日あの場所にいた当事者に表明する。
共犯者に宣誓する。
これが最初で最後のチャンスで、最初で最後の本当のワガママ。
「⋯⋯貴女がワガママじゃなかったことなんて、貴女にお仕えしてからありません」
でも、そんな方のお側にいたいから足を洗ったのです。
ひっそりと足元に落ちる声。数年ぶりに聞いた彼女の弱気な言葉を私は静かに耳を傾ける。
「もとより、私に拒否権などないでしょう。ご命令ならば私は従うまでです」
「あら、それは違うわ。私はお願いはするけど命令はしないの」
「⋯⋯尚更タチが悪うございます」
「そうかしら?そうかも?そんな気がしてきたわね。そういうことにして!」
「本当に、貴女と云う人は人が悪い⋯⋯」
いつもの調子に戻った彼女をからかうと、ルゥインは溜め息を吐いて、私に寝巻きを渡し抱え上げる。お姫様抱っこだ。
「今日はもうお風呂に入ってお休み下さい。明日早朝に車を手配させていますので、試験会場のルートまでのもろもろの説明は車内でします」
「荷造りまだなんだけど」
「すでに必要なものは揃えています」
「あらあら」
お風呂に入れられている間、私はくすくす笑って、そのたびにルゥインに詰られた。ここ最近無かった穏やかな時間だった。
とどのつまり、この問答は平行線を辿るだけで、お互い悪あがきをしていただけの意味を成さない茶番で時間稼ぎな訳で。
人が悪いのはいったいどっちだろう。
「ところでお嬢様、自分で体を洗うくらいしないとサバイバルなんて無理では?」
「⋯⋯やりまーす」
1999年1月1日。私は16歳になり、明日人生初ひとり外出をする。
プロローグ・了
1/1ページ