戸を開き部屋に入った千空は驚きのあまり手に持っていた鞄を床に落とした。

「…………っ、おかえり、」

いつも出迎えてくれるはずの恋人が泣いていた。

一瞬頭が真っ白になった千空は駆け寄り理由を聞こうとしたところ手元に置かれている物に気付いた。

「あ“～～そういう事かよ…………」

それから理由を推察することなど千空には容易い事だった。

「…………、玉ねぎ、だな？」

うんうん、と頷きティッシュで鼻をかんでいる。

玉ねぎを切ると玉ねぎの成分のアミノ酸細胞が壊れたことで発生する酵素が反応しと硫化アリルという物質が出て体の防御反応から涙が出る。

この硫化アリルという物質。

気体となって出る為眼鏡をしてようが防ぎようがないのだ。


「はあ、ほんと玉ねぎ苦手……」

「……まさか、それ常温か？？」

そうだけど、と答えると千空は知らねえのかと続けた。

「硫化アリルは揮発性を持っててな
温度が高けりゃ揮発しやすいし反対に低けりゃ揮発しにくい
用は玉ねぎを冷蔵庫で冷やしとけばいいってことだ」

まぁ、玉ねぎは冷蔵保管には向いてないからせいぜい切る前の30分くらいがいいがなと千空は解説する。

「流石千空先生、次から実践してみるよ
それにしても……」

と何かをいいかけた彼女は口をつぐみまな板に再び向かい合った。

「それにしても、って何だ」

「何でもない」

は？と千空は片眉をあげ怪訝な顔をする。
一体何で機嫌を損ねているのか。

トントンと仏頂面で包丁を握り材料を切っていた彼女だが気を散っていたからか指先を少し切ってしまった。

「痛っ」

あーやっちゃったと指を口に加えると千空が慌てて手を掴み流水に晒した。

「いいって、このくらい
すぐ治るって」

絆創膏貼れば大丈夫という彼女に対し千空は頑として聞こうとしない。

「浅くても炎症起すかもしんねぇだろうが
……切り傷は大した事ねぇな」

傷が浅い事に千空は安堵する。
水で洗った後千空はガーゼを取り出し傷口に押さえつけた。

「そんなに深くねぇから血もすぐに収まって良かったな」

「包丁で少し切ったくらいなのに……」

ほんと大げさだなあ、と呟いたがその表情は先ほどとは違い嬉しそうだ。

「千空って以外にも心配性なんだね」

「以外ってなんだ、以外って
心配しちゃ悪いのか」

ふいっと千空が横を向いて文句をいう。

「ううん、心配してくれて嬉しいよ、とても
ありがとう、千空」

「……着替えてくる」
礼を言われた千空は思わず立ち上がってスタスタと自室に行ってしまった。