とある七日間、夜桜家長男はいなくなった
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夢を見る。またしても誰かの記憶を追体験する夢に降り立ちクロはどこか他人事のように俯瞰していた。恐らくこれは自分の記憶なのだろう、しかし感情などの実感かなかった。ちなみに昨日の夢だが今は思い出せるが目覚めるとすごく曖昧になって思い出せない。この時ばかりはこういうやりとりがあったと鮮明に思い出せるが現実世界に持っていけないのがとても歯がゆい。少しでも覚えてたら記憶探しの材料になるというのに。
ここは…………居間……だろうか?広いテーブルに大人数で座れるソファ、テレビ……部屋全体は大きな作りになっているが、灯りがついていない。すると。
『皆揃ったな』
男と思われる声にぱっと部屋の灯りがつき……ぎゅっと目を瞑って再び開くと自分以外何もいなかった部屋に新たに8人立っていた。
相変わらず一人は黒く塗りつぶされ元の原型がわからない。後は…………と周囲を見渡すと同じように塗りつぶされている人物がいた。おまけに声もくぐもっていて何となく女性なのか分かるものの……声をはっきりと聞き取ることができない。
その他の人物は背が低かったり高かったり……様々だ。全体像は見えてもやはり顔の部分は視認できない。
そんな中、ぺらりと少々厚みのある小冊子が各自一冊ずつ配られた。全身黒く塗りつぶられた人物はその本を持ち上げる。
『さて、配った七日間旅行計画書の詳細な説明を始める』
『七日間旅行計画書……?』クロは何となく背丈が高い人物が記憶を失う前の自分だと何となく察しがついていた。顔も姿も見えず確信は出来ないものの……単なる夢だとは思えない。男は『七日間旅行』と言った。ならば自分はその旅行先で記憶喪失になったのか……?となると今いる場所とは違うところが出身地な可能性が高まる……それは困ったな……と顔をしかめたがそれはクロの勘違いだ。名前の通り旅行しているわけではないのだ。この場に置いて旅行とは別の意味を指す。
『ではまずこの旅行の目的だが、��家の…………の付き添い、そして…………だ、最終的に7日目に送り届けることになっている』
旅行というもののもしかしたら仕事の出張みたいなものかもしれない。そして誰かお偉いさんのサポート……?と色々情報が抜けているが何となく把握できた。
『付き添いは問題なく出来るとして、問題は後半だね、浮かれている本人がそう簡単に意思を曲げるかい?』
『まず……は外が非常に危険だと思いだ、そう諭すよう指示されている、なら実際にそうなるように仕組めばいい』
『そこの手配があたしと……か、んで……はどうすんの』
だぼっとした服を着た女性が男と動向を指摘する。そこについては各日程に予定されたスケジュールが組まれていると男は話す。クロは周りにいる者達が持っている冊子を盗み見ようとしたが全て黒塗りで読み取れない。
旅行は7日目とあるがその道中で記憶喪失となったのか、それとも終わった後になったのか……もう少し手がかりが欲しいと思ったが。
「いや待て、起きると忘れるんだったな……くそ、せっかく手がかりになりそうなのに…………」
ぶつぶつと悔しそうに呟くがクロの言葉は誰にも聞こえていない。わざと目の前で手のひらをひらひらさせたり横切ったり間近にガン見したりしたものの……どの人も何も反応しない。これが反応しないように装っている可能性もあるが触れようとすると自分の体が通り抜けてしまう。現実の世界に見えるのに触れると立体映像のようにホログラムが崩れてしまう。仕方ない、接するのは難しそうだ。大人しく傍観に徹するとしようとクロは部屋の隅っこに移動して全体を俯瞰する。
『では何か疑問があれば言ってくれ、何もなければ解散とする』
『あ、あの…………』
『………………なんだ』
おずおずと控えめに小さく、赤色の髪をした男性が手を上げる。黒塗りの男は表情は見えないが……雰囲気だけでも何となしに嫌悪しているのが読み取れた。
『…………本当に戻る保証ってあるんですか?』
『心配はいらない、俺を誰だと思っている?これでは不十分か?』
『…………いえ、何も』
戻る保証とは何のことか、更に話を聞こうとして…………映像が徐々に薄暗く、霧がかかったように視界が黒くなっていく。それがやがて全体を埋められていく……と再び映像がシャットアウトした。
………………朝だ。外は明るくうっすらと明かりが差し込んでいる。
「おはようございます、クロさん」
「おはようございます、五十嵐さん」
彼女の方が先に目を覚ましていたのか今日も目を開くと彼女の顔が見えた。…………それにしても。世話をしてもらっている立ち場であまり言える事ではないのだが。寝間着の姿で挨拶をされるとあまりにも無防備な姿で朝方から気が気でない。見知ったばかりだが彼女はどの男でもこんな姿を晒すのか?と思うと腸が煮え返りそうになる。少し眉間に皺を寄せて不快に似た感情を抱いているとあきらはクロの姿をまじまじと見てニコニコと笑った。
「……なんですか?」
「えへへ、クロさんのパジャマかわいいなって」
「む………………」
服を褒められたがクロはあまり嬉しくなく思わず若干顔をしかめてしまった。そう今着ているのは昨日買ってもらった猫の足跡つきパジャマ。仕方なく身を通したが昨日も今日もかわいい、と言われるとむず痒い。かわいいよりはかっこいいと言ってほしいものだ。
「…………嫌ですか?」
「かわいい……と言われるのが不快です、かっこいいと言ってほしいのですが」
「パジャマさんは可愛いけど……クロさんはかっこいいですよ」
「…………!ど、どのあたりが……?」
「え?えっと……昨日ひったくりを捕まえたところとか……料理してるところとか……洗濯とか……色んなところがかっこいいです」
それは果たしてかっこいいのか?と思わなくもない要素が入っているが……クロは可愛いと言われた時よりも違うムズムズが全身を走り……つい顔を背けてしまった。でも…………出会ったばかりだと言うのに嬉しくて顔がニヤけてしまう。胸はドキドキと高鳴りを見せて痛いほどに締め付けた。彼女の微笑みを見ているとむず痒い想いに駆られてた。その想いの名前が何であるか、何となく察するもクロは心に蓋をする。自分は厄介になっているだけの素通り人だ、もしかすると他にいい人がいるかもしれないしそれなりに良い立ち場なら婚約者とかもいるだろう……と。
クロはなるべく平常心を取り繕いながら今日は何をしましょうか、と話しかけた。
「今日はクロさんの記憶探しをしましょうか」
「俺の……?昨日みたいに商店街を歩くとかですか?」
「それでもいいんですけど……これ昨日ついでに買った雑誌です、各地の観光名所とかショッピング情報が載ってるみたいなんです」
これに載ってる名所に覚えはありませんか?と聞かれクロは雑誌を受け取り、ぱらぱらとめくる。グルメ情報や神社など……ゆかりのある情報が目に入る。何となしにめくって……クロはとある一文にぴたりと読む手つきを止めた。『…………ガオンモール』この名前は知っていると自然と分かった。そして紹介内容にいまいち首を捻る。ガオンモールは普通のショッピングモールとして紹介されていた。専門店が集い色々と物を買いやすい……と。何か……足りないような気がする。いやしかしショッピングモールの紹介なんてこれが当たり前だろう、俺は何故足りない……と思ったんだ……?とふつふつと疑念が湧く。もしかするとここに何かヒントがあるのかもしれない。俺の…………普通じゃない体についてのヒントが――――
それは昨日の夜の事。怪我をしたからといって入浴を回避するわけにもいかない……とクロは患部が湯に浸からないよう意識を払いながら入浴していたのだが。あきらの拙い処置に苦笑しつつそういえばすぐ巻いてもらったから肌に血がこびりついているかもしれない……湯で擦るなどして血を落とそうとせっかく巻いてもらったが包帯を解いて……クロは驚愕した。血がこびりついていたのは勿論だったが……患部が。あれほどざっくりと刃物で切りつけられていたのに傷が……綺麗さっぱりというわけではないがジュクジュクとした傷跡ではなくあともう少しすれば綺麗に完治する一歩前まで傷が回復していた。多少の擦り傷ならともかく。いや擦り傷でもいくらなんでも早すぎる。俺の……体は一体…………
「…………クロさん?」
「あ、ああ……すみません、少し考え事をしていて……このガオンモールという名前に少し……知ったような感覚があったので」
「じゃあ!何か見知ったお店があるかもしれませんね!今日はそこに行きましょう!」
「ええ、お願いします」
それからクロとあきらはしばらく電車に揺られること数十分…………目的地のガオンモールへとたどり着いた。
広大な整地面積を誇ったモールにクロは特に何も思わなかったがあきらはまるで遊園地に来たかのように目を輝かせていた。いやモールだけではない、電車も載ったことがないのか何も持たずに改札を通ろうとしたり……まるで初めて外出したての幼稚園児のような反応にクロは段々と異常さを覚える。
専門店が立ち並び様々なショップが広がっている様子にあきらはどこから回ろうかな〜〜と館内マップを読んでいる。…………目的が俺の記憶探しであることを忘れているのか?と思うもどこにヒントがあるか分からない。今日は彼女の好奇心に従うとするか、とクロは肩をすくめた。
片っ端から色々と店を眺めていると……クロは時折視線を感じることがあった。遠巻きにちらほらと恐怖と困惑が混じったような視線。
「クロさん?」
「あ、いえ、時々誰かが俺を見ているような気がして……」
「確かにすれ違った人が何人か振り向いて話してましたね」
それも一度、二度じゃない。ガオンモールを歩く時間が増える度に……その頻度は増えていって。ひそひそと話し声がうっすらと聞こえるタイミングもあった。
「なぁ……あれって?」
「いや違うだろ、他人の空似じゃね」
男達は小声で明らかにクロを横見し……遠ざかっていた。もしや俺のことを知っているのかとその他の二度見してきた人物に話しかければ。
「こんにちは」
「あ!?!?こ、こ、こんにち…………は…………へへ」
「あの……俺のこと知ってます?」
「え!?え!?も、も、も、勿論!!!!…………きゅ、休養思い出しちゃってっ!!そ、それでは!!!!」
どの人も、どの人も皆びっくりして足早に逃げてしまう…………そして全員クロのことは知っているようだった。知っている人がいるのなら教えてほしいのだが皆不思議なことに話すごとに挙動不審になってしまう。自分は何か偉い立ち場か有名人なのだろうか……?
「クロさんはもしかして芸能人だったり……?」
「その可能性もなくはないですが……それなら五十嵐さんも見たことがあるのでは?」
「あーーえっと諸事情でテレビは禁止されていて……確実に違うとは……」
「………………」
徐々に明らかとなっていくあきらの生い立ち背景に思わず黙ってしまうとあきらは余計な事を言って気分を害してしまったと、慌てて周囲を見渡すと近くに本屋があることに気づいた。
「く、クロさん!本屋さんです!」
「あ、ああ……そう、ですね……ここには何度か足を踏み入れたような気が……」
「それなら顔馴染みの店員さんとかいるのではないでしょうか……?もしかしたら名前を知ってるかも」
「確かに」
本屋の名前は『みーちゃんの本棚』……本屋の名前にも見覚えがある。本屋に足を踏み入れると黒い服の控えめな印象を持つ三つ編みで眼鏡をした女性店員さんがクロに気付いて近寄ってきた。もしかして……!と期待したが。
「お客様何か御本をお探しですか?」
「ほ、本というか……自分と言うか……俺のことを知ってはいませんか……?」
「………………いいえ」
「そう、ですか……」
女性店員はごめんなさい、あまりお力になれなくて……と謝ると店の奥に引っ込んでしまった。流石に書店の店員と親しいわけじゃないか……と目論見が外れため息をつく。そんなクロの服の袖をあきらが引っ張った。
「せ、せっかくなので何か気に入る本がないか探しましょう、自分の好みが分かるだけでも良い進展だと思います」
「……そうですね……」
何気なく本屋をうろつくと……小説部門にさしかかり……ミステリー本や歴史小説がふと目についた。タイトルを目にするだけでその本のストーリーがどういうものだったか……自然と思い浮かんだ。ということは過去の自分はこれを読んでいたということだ。そして自分はよくミステリー、推理小説などを好んでいたということが分かった。何気なく一冊を手に取ると。
「あ、それ、私の家にあります!」
「ほう、五十嵐さんも推理小説が好きなんですね、これは読んだことありますか?」
「はい!これも……これも……だいたいは、でも好きというよりかは……えっと……本を読むことが好きで」
どこか彼女は説明を省いた、いや、違う風に言い換えて話の筋を立った。これ以上知られないように。
「何冊か買いますか?」
「いえ、今日は好みが知れただけでいいです、本を買うのは次の機会に」
それから全体をぐるっと周り……見覚えのある店を発見したものの……店自体は普通の店だった。クリーニング屋にマッサージ店、ガチャガチャ……それが裏業界では御用達の店である事に気付かないクロは意味深な視線を浴びつつ……昼ごはんを食べて再度まだ見ていないエリアを覗き……それ以上の収穫にはなり得なかった。
まぁ今日は自分の好みが分かっただけでも良しとしようじゃないか……と館内マップを見て……ぱらぱらと再度めくる。これで全てなはず……なのだがまだ巡ってないエリアがあるような気がする…………と首を傾げたクロの目に映ったのは。『パティスリーたくらんげ』という店のガオンモール支店だった。店の外側にデカデカと目印の雪だるまの形をした雪ちゃんスフレケーキの写真にあきらの目がキランと光る。
「クロさん!雪だるまのケーキ!ですって!」
「………………またですか……昨日クレープ食べたでしよう?」
「クレープとケーキは!違うの!形も珍しいし……」
「はぁ……払うのは俺じゃないしな……」
またもや流されてしまった。あきらの手には紅茶味とふつう味の雪ちゃんスフレが1個ずつ入ったケーキ箱がある。
「帰って食べるのが楽しみだなぁ、これ崩れやすいらしいのでしっかりと!持ちます!」
「はいはい、っと……少しトイレに行ってきてもいいですか?」
「はい、行ってらっしゃい、ここで待ってますね」
箱を大事そうに抱えたあきらは両手に持って小さく手を振った――――――
僅か数分。5分にみたない。離れていたのはたったのニ、三分だった。用を足してトイレから出ると……待っていたはずのあきらの姿がない。待っていると言っていたののどこにいったのか――――さては再度お店を周りにいったのか?とクロはポケットから手渡されたスマホを取り出し……電話をかける。しかし応答はない、どこをほつき歩いているんだ?と辺りを見渡して…………視界の隅に。白い箱が目に映った。物陰の邪魔にならないようにひっそりとケーキの箱が床に転がっている。いけないと思うが中身を開けて…………先ほど買ったケーキの組み合わせに自分達が買ったものだと判明する。あきらが落とした?いやちょっとうっかりがあるにしても、こんな……ところに捨てるような事をする人ではない。
『しっかりと!持ちます!』
あんなに意気込んで崩れないように持つと言っていたのに。胸騒ぎが落ち着かない。何か……何か…………背後の裏で……事件が起こっているような気がする。どっくん……どっくん……と心臓の音が大きくなる。でも……何かが起こったのは分かる、けれど自分にはそれを解明する手立てがない……!と拳を握りしめると。不意にスマホが鳴った。相手は非通知、登録してある電話番号ではない。通常なら電話にでるのは得策ではない……ないが……もう一人の自分が叫んでいる。とっとと電話に出ろ……と。とっと通話ボタンを押し……スマホを耳に当てる。
『よう、お連れさんがいなくなったようだな』
機械で加工されているのか男か女か判別できない。クロは冷静に沸騰しそうな頭を押さえつける。
「…………誰だ……お前は、と言いたいところだが時間が惜しい、何が起こったのか分かるのか?五十嵐さんはどこにいる?お前が関わっているのか?」
『……それは違う、あたしらの介入じゃない…………そもそもここは柄の悪い連中がよく出入りしてるんだ、その可能性を考慮すべきだった…………くそっ』
電話をかけてきた声の主は騒動を起こした奴の一味ではなさそうだ。でもわざわざ助け舟を起こしてくれる理由が分からない……が、乗らない手はない……この声がきっと誘導して連れてってくるとそう、思った。
『いいか、簡潔に言うぞ、お連れさんはガオンモールの地下に連れてかれた』
「地下?」
しかし館内マップには地下街は存在しない。エレベーターのボタンもそんな表示は…………声の主が言うにはガオンモールの地下一階に裏の者が集う非常に危険な……『ガオン城』というフロアがあるらしい。そんな危険なところに……五十嵐さんが……
「そもそも彼女は何故狙われたんだ」
『……種類によるが無関係の人間をさらって実験体や……人身売買する輩もいる、最近は鳴りを潜めてたと聞いてたんだがな……会話を聞かないと判別がきかねぇ、とにかく救出が最優先だ』
「……わかった、地下一階だな、どういけばいい」
動き出そうとしたクロを声の主は、待て待て、と止める。
「なんだ」
『あんた丸腰だろう、相手は刃物、手榴弾……なんだって使う裏の業界のもんだ、一般人が突っ込んでいい問題じゃない、あんたはそこで大人しくなってうちのもんが助けるのをまっ』
「俺がいく、俺が助ける」
『…………なんでそこまでする、する理由はあるのか?』
あるとも、とクロは述べた。世話になっているからではない。不意の事件で捉えられているのなら、助けを求めているのなら……助けたい、そう思った。たとえ危険があろうとも、自分が傷つこうとも……誰かの助けを待つのではなく……自分の手で。声の主ははーーっと小さくため息を吐いて。
『…………分かった、指定したコインロッカーに向かってくれ』
声の主に従いコインロッカーを言われた通りに操作すると……開くと何もなかったが、数秒後。何もなかったのにゴトンと明らかに銃が落ちてきた。それを、使え…………と。わりかし小さいサイズなのか、これなら上着の中に入りそうだが……恐る恐る取り出しポケットにしまう。小さくもずっしりとした銃の重みに緊張が走った。
「こ、こんなのもって……大丈夫なのか」
『なーに、実弾は入ってない、見た目が銃のスタンガンと思ってくりゃいい、見た目が銃なので向こうにそう意識させるんだ』
「スタンガン…………」
それなら大丈夫そうだ、と小さく安堵する。これなら多少痺れるくらいで死ぬことはない。
「それにしてもこんな急に用意できたな」
『単純な話だ、あんたの代わりに助けようとした奴がいて、あんたが頑張るって言うからそいつの武器を渡してくれって頼まれただけだよ』
「そう、なのか……なら代わりに言ってくれ、ありがとうと、助かった」
『へっ、いいけど……聞いたら卒倒しそうだな』
「?」
声の主は驚愕する義弟とクロに薄ら笑う。
【多分、明らかに武器な物は抵抗があると思います、俺もそうでしたから】
エレベーターに乗り込み、カチカチとパネルを押すとカチっと表示が切り替わる。ぐるぐると1と2を行き来した後…………ぱっとB1に目的フロアが切り替わる。
エレベーターが動く…………振動が止まりドアが開けばそこは未知の世界だ。声の主が言うにはまだドアからそう遠くには離れていないらしい。恐らく身元の確認と体の状態確認があるからだとか。
果たして俺は出来るのだろうか、チンピラどころじゃない。一般とかけ離れた輩と戦って……と不安を感じてしまう。ポケットからスタンガンの銃を取り出して……引き金に手をかける。手つきは震えていて下手をすると手から銃が滑りそうで怖い。映像は見えていないはずなのにまるで震えが分かっているのか。
『怖いのか?』
「そりゃあ……」
『初めて聞いたよ、そんな言葉』
「ん?」
『何でもない、きっとあんたなら上手く立ち回れるさ、検討を祈る』
「ああ」
エレベーターが止まる。扉がゆっくりと開く。その瞬間が何十秒にも感じられた。開く、開く――――
走れ。
銃を構えたまま闇の階層を走り抜ける。急に走ってきたのか、いやこの場合はクロが駆けてきたからなのだが。やはり何人か応戦しようとする者がいた。クロは構えて銃の引き金を引いた――――
バリバリ!!!と薄暗い階層に電気の光が迸る。打たれた者はがくり……と力が抜けたのか地面にぐしゃりと倒れ込んだ。よくよく見れば髪も服も焦げ付いている。
いや!?!?こんなに電力が強いとは聞いてない!!!と驚愕するクロの首に…………キラリときらめく刃物が…………
「…………!」
すんでのところで身を翻し、驚くほどに鏡のように綺麗なナイフが髪を掠めてちり……と髪の先端が切れて空中を舞った。だが躱せばこちらの方が上だ、ひっと慄く敵の顔面に銃を構える。…………これで二人目…………
驚くほど頭は冷静で、それとは真反対に体が熱くなる。いやもしかしたら頭も沸騰しているのかも。でも思考は固まらず次どうしたら敵をいなせるかとか、こう動いたら避けれるな、と考えるよりも体が勝手に動く。
銃が間に合わないタイミングがあった。でも狼狽えることはなく、ああそれなら。先にナイフを落とせばいい……手を捻り、ぎりり……と手首をしめて体術で男を放り投げる。投げた先は壁で男はごりりり!!!と凄まじい音をたてて壁に埋まった。脆いのか?首を捻りつつ足を進める。ついでにこのナイフももらっていこう、有効活用だ。
手榴弾が投げられた。ふわりと汗ばんだ前髪が浮く。爆発すれば怪我は止むを得ない。ならば。持っていたナイフを口にくわえひゅるりと地面を蹴り……爆発寸前な手榴弾を蹴飛ばした。衝撃により爆発が早まる危険性もあったが……上手くいったようだ……と向こう側でごうごうと燃え盛る炎に安堵する。
しかしこの炎を越えていくのは難しいな……と思ったが消防装置が働いたのかスプリンクラーが作動し床を濡らす。加えてクロの服までも。
はぁ…………買ったばかりだと言うのに。相変わらず買ったばかりの服がおじゃんになるのは嫌気が指す。無我夢中だからか特にそれに疑問も抱かずにクロは淡々と歩みを進めた。あきらを助けるために。
そしてやっと……たどり着いた。声の主が予想していた場所に。床に転がったあきらをじろじろと見回して、いくらで売れるかなんて下らない話をしている。身なりがいい、バラバラに売るんじゃなくいっそ本体ごと売ったほうがいいんじゃないかと怪しく笑う集団にふつふつと……黒い感情が渦巻く。
そして連中はやっとクロの存在に、いや醸し出した黒いオーラにぞくりと背筋を正した。
「なっ…………よざっ!」
顔面に膝で蹴り上がる。ごり…………!と男の鼻が折れ曲がる感触にクロは何も思わない。今はとになく全員のす……それだけが頭をしめていた。鼻をねじ曲げられた男は鼻を押さえて悶絶している。
やっと予想だにしない人物が現れたと集団に緊張が走り応戦する。しかしもうクロの敵ではない。
別の男のナイフが服を掠め、肌を切り裂く。ぴっ……と床に赤い血が落ちているはずなのにクロは大したことがないように振る舞う。電気銃はもう使えない、水が滴っている以上感電の危険性がある、なら接近戦しかない。
脳裏に白い少女が映る。あれは俺には出来ない。出来る事をするしかない。骨を砕き……関節を外す、何度もやったことがあるかのように自然と外し方が分かる。
次にゴツい重そうな武器が頭上にせまった、それをクロは真正面から腕で受け止めた。ぶちぶちと肉の繊維を裂き、顔に赤い鮮血が流れる。敵はまさか真正面から受け取るとは予想していなかったのかわずかに力を緩める、その隙をクロは、見逃さない。
なるほど、そんなに重たくないじゃないか。驚異なのはそれについている鋭利な部分だけで、次の瞬間には敵の腹に武器が刺さっていた。当然重いのには変わりはなく地面にヒビをいれて。
もう敵はいない。後はあきらを起こすだけだ。
「五十嵐さん」
抱き起こして、ゆらゆらと起こすもあきらは起きない。早くここを立ち去らないと。それでも目を覚さないあきらにクロは不安を感じる。起きてくれ、と強く念を入れて気づけば。
「あきらっ!」
彼女の名を叫んでいた。すると……ゆるゆると花が咲くように瞼が開いていく。
「…………くろ…………さん……?」
「…………良かった…………」
まだ事態が掴めていないあきらは反射的に、おはようございます、と言ったのだった。
それから脱出して服を着替えて……元のロッカーに銃を返却し……一件落着で家に帰っていく二人の様子をこっそり伺っていたとある肩が丸見えでだぼっとした服を着た少女は、やっとトラブルが収まったと後ろのソファにもたれかかった。
「あーーー疲れた――――――つーか、なんでガオンモールに来てんだよ……クソ兄貴……予定にないだろうが…………」
渡された予定表にはガオンモールのガの字もなかった。あそこはただでさえ裏の業界と遭遇しやすいところだ。あえて行く必要性もない……そもそも今日は違うところに行くと書いてあったのに…………
『心配はいらない、この後の自分用に色々と説明を添えているからな、それに従ってくれるだろう』
そうあいつは言っていた。ならそれをあえて無視しているかだが……それは多分ない。あるとすれば……あの言葉が嘘だという可能性。そうなれば……この計画自体の目的がひっくり返る。全て日程表には目的の為にスケジュールが組まれているからだ。それを壊そうとしているということは……
「さてはあのクソ兄貴、依頼人を裏切るつもりだな?」
ここは…………居間……だろうか?広いテーブルに大人数で座れるソファ、テレビ……部屋全体は大きな作りになっているが、灯りがついていない。すると。
『皆揃ったな』
男と思われる声にぱっと部屋の灯りがつき……ぎゅっと目を瞑って再び開くと自分以外何もいなかった部屋に新たに8人立っていた。
相変わらず一人は黒く塗りつぶされ元の原型がわからない。後は…………と周囲を見渡すと同じように塗りつぶされている人物がいた。おまけに声もくぐもっていて何となく女性なのか分かるものの……声をはっきりと聞き取ることができない。
その他の人物は背が低かったり高かったり……様々だ。全体像は見えてもやはり顔の部分は視認できない。
そんな中、ぺらりと少々厚みのある小冊子が各自一冊ずつ配られた。全身黒く塗りつぶられた人物はその本を持ち上げる。
『さて、配った七日間旅行計画書の詳細な説明を始める』
『七日間旅行計画書……?』クロは何となく背丈が高い人物が記憶を失う前の自分だと何となく察しがついていた。顔も姿も見えず確信は出来ないものの……単なる夢だとは思えない。男は『七日間旅行』と言った。ならば自分はその旅行先で記憶喪失になったのか……?となると今いる場所とは違うところが出身地な可能性が高まる……それは困ったな……と顔をしかめたがそれはクロの勘違いだ。名前の通り旅行しているわけではないのだ。この場に置いて旅行とは別の意味を指す。
『ではまずこの旅行の目的だが、��家の…………の付き添い、そして…………だ、最終的に7日目に送り届けることになっている』
旅行というもののもしかしたら仕事の出張みたいなものかもしれない。そして誰かお偉いさんのサポート……?と色々情報が抜けているが何となく把握できた。
『付き添いは問題なく出来るとして、問題は後半だね、浮かれている本人がそう簡単に意思を曲げるかい?』
『まず……は外が非常に危険だと思いだ、そう諭すよう指示されている、なら実際にそうなるように仕組めばいい』
『そこの手配があたしと……か、んで……はどうすんの』
だぼっとした服を着た女性が男と動向を指摘する。そこについては各日程に予定されたスケジュールが組まれていると男は話す。クロは周りにいる者達が持っている冊子を盗み見ようとしたが全て黒塗りで読み取れない。
旅行は7日目とあるがその道中で記憶喪失となったのか、それとも終わった後になったのか……もう少し手がかりが欲しいと思ったが。
「いや待て、起きると忘れるんだったな……くそ、せっかく手がかりになりそうなのに…………」
ぶつぶつと悔しそうに呟くがクロの言葉は誰にも聞こえていない。わざと目の前で手のひらをひらひらさせたり横切ったり間近にガン見したりしたものの……どの人も何も反応しない。これが反応しないように装っている可能性もあるが触れようとすると自分の体が通り抜けてしまう。現実の世界に見えるのに触れると立体映像のようにホログラムが崩れてしまう。仕方ない、接するのは難しそうだ。大人しく傍観に徹するとしようとクロは部屋の隅っこに移動して全体を俯瞰する。
『では何か疑問があれば言ってくれ、何もなければ解散とする』
『あ、あの…………』
『………………なんだ』
おずおずと控えめに小さく、赤色の髪をした男性が手を上げる。黒塗りの男は表情は見えないが……雰囲気だけでも何となしに嫌悪しているのが読み取れた。
『…………本当に戻る保証ってあるんですか?』
『心配はいらない、俺を誰だと思っている?これでは不十分か?』
『…………いえ、何も』
戻る保証とは何のことか、更に話を聞こうとして…………映像が徐々に薄暗く、霧がかかったように視界が黒くなっていく。それがやがて全体を埋められていく……と再び映像がシャットアウトした。
………………朝だ。外は明るくうっすらと明かりが差し込んでいる。
「おはようございます、クロさん」
「おはようございます、五十嵐さん」
彼女の方が先に目を覚ましていたのか今日も目を開くと彼女の顔が見えた。…………それにしても。世話をしてもらっている立ち場であまり言える事ではないのだが。寝間着の姿で挨拶をされるとあまりにも無防備な姿で朝方から気が気でない。見知ったばかりだが彼女はどの男でもこんな姿を晒すのか?と思うと腸が煮え返りそうになる。少し眉間に皺を寄せて不快に似た感情を抱いているとあきらはクロの姿をまじまじと見てニコニコと笑った。
「……なんですか?」
「えへへ、クロさんのパジャマかわいいなって」
「む………………」
服を褒められたがクロはあまり嬉しくなく思わず若干顔をしかめてしまった。そう今着ているのは昨日買ってもらった猫の足跡つきパジャマ。仕方なく身を通したが昨日も今日もかわいい、と言われるとむず痒い。かわいいよりはかっこいいと言ってほしいものだ。
「…………嫌ですか?」
「かわいい……と言われるのが不快です、かっこいいと言ってほしいのですが」
「パジャマさんは可愛いけど……クロさんはかっこいいですよ」
「…………!ど、どのあたりが……?」
「え?えっと……昨日ひったくりを捕まえたところとか……料理してるところとか……洗濯とか……色んなところがかっこいいです」
それは果たしてかっこいいのか?と思わなくもない要素が入っているが……クロは可愛いと言われた時よりも違うムズムズが全身を走り……つい顔を背けてしまった。でも…………出会ったばかりだと言うのに嬉しくて顔がニヤけてしまう。胸はドキドキと高鳴りを見せて痛いほどに締め付けた。彼女の微笑みを見ているとむず痒い想いに駆られてた。その想いの名前が何であるか、何となく察するもクロは心に蓋をする。自分は厄介になっているだけの素通り人だ、もしかすると他にいい人がいるかもしれないしそれなりに良い立ち場なら婚約者とかもいるだろう……と。
クロはなるべく平常心を取り繕いながら今日は何をしましょうか、と話しかけた。
「今日はクロさんの記憶探しをしましょうか」
「俺の……?昨日みたいに商店街を歩くとかですか?」
「それでもいいんですけど……これ昨日ついでに買った雑誌です、各地の観光名所とかショッピング情報が載ってるみたいなんです」
これに載ってる名所に覚えはありませんか?と聞かれクロは雑誌を受け取り、ぱらぱらとめくる。グルメ情報や神社など……ゆかりのある情報が目に入る。何となしにめくって……クロはとある一文にぴたりと読む手つきを止めた。『…………ガオンモール』この名前は知っていると自然と分かった。そして紹介内容にいまいち首を捻る。ガオンモールは普通のショッピングモールとして紹介されていた。専門店が集い色々と物を買いやすい……と。何か……足りないような気がする。いやしかしショッピングモールの紹介なんてこれが当たり前だろう、俺は何故足りない……と思ったんだ……?とふつふつと疑念が湧く。もしかするとここに何かヒントがあるのかもしれない。俺の…………普通じゃない体についてのヒントが――――
それは昨日の夜の事。怪我をしたからといって入浴を回避するわけにもいかない……とクロは患部が湯に浸からないよう意識を払いながら入浴していたのだが。あきらの拙い処置に苦笑しつつそういえばすぐ巻いてもらったから肌に血がこびりついているかもしれない……湯で擦るなどして血を落とそうとせっかく巻いてもらったが包帯を解いて……クロは驚愕した。血がこびりついていたのは勿論だったが……患部が。あれほどざっくりと刃物で切りつけられていたのに傷が……綺麗さっぱりというわけではないがジュクジュクとした傷跡ではなくあともう少しすれば綺麗に完治する一歩前まで傷が回復していた。多少の擦り傷ならともかく。いや擦り傷でもいくらなんでも早すぎる。俺の……体は一体…………
「…………クロさん?」
「あ、ああ……すみません、少し考え事をしていて……このガオンモールという名前に少し……知ったような感覚があったので」
「じゃあ!何か見知ったお店があるかもしれませんね!今日はそこに行きましょう!」
「ええ、お願いします」
それからクロとあきらはしばらく電車に揺られること数十分…………目的地のガオンモールへとたどり着いた。
広大な整地面積を誇ったモールにクロは特に何も思わなかったがあきらはまるで遊園地に来たかのように目を輝かせていた。いやモールだけではない、電車も載ったことがないのか何も持たずに改札を通ろうとしたり……まるで初めて外出したての幼稚園児のような反応にクロは段々と異常さを覚える。
専門店が立ち並び様々なショップが広がっている様子にあきらはどこから回ろうかな〜〜と館内マップを読んでいる。…………目的が俺の記憶探しであることを忘れているのか?と思うもどこにヒントがあるか分からない。今日は彼女の好奇心に従うとするか、とクロは肩をすくめた。
片っ端から色々と店を眺めていると……クロは時折視線を感じることがあった。遠巻きにちらほらと恐怖と困惑が混じったような視線。
「クロさん?」
「あ、いえ、時々誰かが俺を見ているような気がして……」
「確かにすれ違った人が何人か振り向いて話してましたね」
それも一度、二度じゃない。ガオンモールを歩く時間が増える度に……その頻度は増えていって。ひそひそと話し声がうっすらと聞こえるタイミングもあった。
「なぁ……あれって?」
「いや違うだろ、他人の空似じゃね」
男達は小声で明らかにクロを横見し……遠ざかっていた。もしや俺のことを知っているのかとその他の二度見してきた人物に話しかければ。
「こんにちは」
「あ!?!?こ、こ、こんにち…………は…………へへ」
「あの……俺のこと知ってます?」
「え!?え!?も、も、も、勿論!!!!…………きゅ、休養思い出しちゃってっ!!そ、それでは!!!!」
どの人も、どの人も皆びっくりして足早に逃げてしまう…………そして全員クロのことは知っているようだった。知っている人がいるのなら教えてほしいのだが皆不思議なことに話すごとに挙動不審になってしまう。自分は何か偉い立ち場か有名人なのだろうか……?
「クロさんはもしかして芸能人だったり……?」
「その可能性もなくはないですが……それなら五十嵐さんも見たことがあるのでは?」
「あーーえっと諸事情でテレビは禁止されていて……確実に違うとは……」
「………………」
徐々に明らかとなっていくあきらの生い立ち背景に思わず黙ってしまうとあきらは余計な事を言って気分を害してしまったと、慌てて周囲を見渡すと近くに本屋があることに気づいた。
「く、クロさん!本屋さんです!」
「あ、ああ……そう、ですね……ここには何度か足を踏み入れたような気が……」
「それなら顔馴染みの店員さんとかいるのではないでしょうか……?もしかしたら名前を知ってるかも」
「確かに」
本屋の名前は『みーちゃんの本棚』……本屋の名前にも見覚えがある。本屋に足を踏み入れると黒い服の控えめな印象を持つ三つ編みで眼鏡をした女性店員さんがクロに気付いて近寄ってきた。もしかして……!と期待したが。
「お客様何か御本をお探しですか?」
「ほ、本というか……自分と言うか……俺のことを知ってはいませんか……?」
「………………いいえ」
「そう、ですか……」
女性店員はごめんなさい、あまりお力になれなくて……と謝ると店の奥に引っ込んでしまった。流石に書店の店員と親しいわけじゃないか……と目論見が外れため息をつく。そんなクロの服の袖をあきらが引っ張った。
「せ、せっかくなので何か気に入る本がないか探しましょう、自分の好みが分かるだけでも良い進展だと思います」
「……そうですね……」
何気なく本屋をうろつくと……小説部門にさしかかり……ミステリー本や歴史小説がふと目についた。タイトルを目にするだけでその本のストーリーがどういうものだったか……自然と思い浮かんだ。ということは過去の自分はこれを読んでいたということだ。そして自分はよくミステリー、推理小説などを好んでいたということが分かった。何気なく一冊を手に取ると。
「あ、それ、私の家にあります!」
「ほう、五十嵐さんも推理小説が好きなんですね、これは読んだことありますか?」
「はい!これも……これも……だいたいは、でも好きというよりかは……えっと……本を読むことが好きで」
どこか彼女は説明を省いた、いや、違う風に言い換えて話の筋を立った。これ以上知られないように。
「何冊か買いますか?」
「いえ、今日は好みが知れただけでいいです、本を買うのは次の機会に」
それから全体をぐるっと周り……見覚えのある店を発見したものの……店自体は普通の店だった。クリーニング屋にマッサージ店、ガチャガチャ……それが裏業界では御用達の店である事に気付かないクロは意味深な視線を浴びつつ……昼ごはんを食べて再度まだ見ていないエリアを覗き……それ以上の収穫にはなり得なかった。
まぁ今日は自分の好みが分かっただけでも良しとしようじゃないか……と館内マップを見て……ぱらぱらと再度めくる。これで全てなはず……なのだがまだ巡ってないエリアがあるような気がする…………と首を傾げたクロの目に映ったのは。『パティスリーたくらんげ』という店のガオンモール支店だった。店の外側にデカデカと目印の雪だるまの形をした雪ちゃんスフレケーキの写真にあきらの目がキランと光る。
「クロさん!雪だるまのケーキ!ですって!」
「………………またですか……昨日クレープ食べたでしよう?」
「クレープとケーキは!違うの!形も珍しいし……」
「はぁ……払うのは俺じゃないしな……」
またもや流されてしまった。あきらの手には紅茶味とふつう味の雪ちゃんスフレが1個ずつ入ったケーキ箱がある。
「帰って食べるのが楽しみだなぁ、これ崩れやすいらしいのでしっかりと!持ちます!」
「はいはい、っと……少しトイレに行ってきてもいいですか?」
「はい、行ってらっしゃい、ここで待ってますね」
箱を大事そうに抱えたあきらは両手に持って小さく手を振った――――――
僅か数分。5分にみたない。離れていたのはたったのニ、三分だった。用を足してトイレから出ると……待っていたはずのあきらの姿がない。待っていると言っていたののどこにいったのか――――さては再度お店を周りにいったのか?とクロはポケットから手渡されたスマホを取り出し……電話をかける。しかし応答はない、どこをほつき歩いているんだ?と辺りを見渡して…………視界の隅に。白い箱が目に映った。物陰の邪魔にならないようにひっそりとケーキの箱が床に転がっている。いけないと思うが中身を開けて…………先ほど買ったケーキの組み合わせに自分達が買ったものだと判明する。あきらが落とした?いやちょっとうっかりがあるにしても、こんな……ところに捨てるような事をする人ではない。
『しっかりと!持ちます!』
あんなに意気込んで崩れないように持つと言っていたのに。胸騒ぎが落ち着かない。何か……何か…………背後の裏で……事件が起こっているような気がする。どっくん……どっくん……と心臓の音が大きくなる。でも……何かが起こったのは分かる、けれど自分にはそれを解明する手立てがない……!と拳を握りしめると。不意にスマホが鳴った。相手は非通知、登録してある電話番号ではない。通常なら電話にでるのは得策ではない……ないが……もう一人の自分が叫んでいる。とっとと電話に出ろ……と。とっと通話ボタンを押し……スマホを耳に当てる。
『よう、お連れさんがいなくなったようだな』
機械で加工されているのか男か女か判別できない。クロは冷静に沸騰しそうな頭を押さえつける。
「…………誰だ……お前は、と言いたいところだが時間が惜しい、何が起こったのか分かるのか?五十嵐さんはどこにいる?お前が関わっているのか?」
『……それは違う、あたしらの介入じゃない…………そもそもここは柄の悪い連中がよく出入りしてるんだ、その可能性を考慮すべきだった…………くそっ』
電話をかけてきた声の主は騒動を起こした奴の一味ではなさそうだ。でもわざわざ助け舟を起こしてくれる理由が分からない……が、乗らない手はない……この声がきっと誘導して連れてってくるとそう、思った。
『いいか、簡潔に言うぞ、お連れさんはガオンモールの地下に連れてかれた』
「地下?」
しかし館内マップには地下街は存在しない。エレベーターのボタンもそんな表示は…………声の主が言うにはガオンモールの地下一階に裏の者が集う非常に危険な……『ガオン城』というフロアがあるらしい。そんな危険なところに……五十嵐さんが……
「そもそも彼女は何故狙われたんだ」
『……種類によるが無関係の人間をさらって実験体や……人身売買する輩もいる、最近は鳴りを潜めてたと聞いてたんだがな……会話を聞かないと判別がきかねぇ、とにかく救出が最優先だ』
「……わかった、地下一階だな、どういけばいい」
動き出そうとしたクロを声の主は、待て待て、と止める。
「なんだ」
『あんた丸腰だろう、相手は刃物、手榴弾……なんだって使う裏の業界のもんだ、一般人が突っ込んでいい問題じゃない、あんたはそこで大人しくなってうちのもんが助けるのをまっ』
「俺がいく、俺が助ける」
『…………なんでそこまでする、する理由はあるのか?』
あるとも、とクロは述べた。世話になっているからではない。不意の事件で捉えられているのなら、助けを求めているのなら……助けたい、そう思った。たとえ危険があろうとも、自分が傷つこうとも……誰かの助けを待つのではなく……自分の手で。声の主ははーーっと小さくため息を吐いて。
『…………分かった、指定したコインロッカーに向かってくれ』
声の主に従いコインロッカーを言われた通りに操作すると……開くと何もなかったが、数秒後。何もなかったのにゴトンと明らかに銃が落ちてきた。それを、使え…………と。わりかし小さいサイズなのか、これなら上着の中に入りそうだが……恐る恐る取り出しポケットにしまう。小さくもずっしりとした銃の重みに緊張が走った。
「こ、こんなのもって……大丈夫なのか」
『なーに、実弾は入ってない、見た目が銃のスタンガンと思ってくりゃいい、見た目が銃なので向こうにそう意識させるんだ』
「スタンガン…………」
それなら大丈夫そうだ、と小さく安堵する。これなら多少痺れるくらいで死ぬことはない。
「それにしてもこんな急に用意できたな」
『単純な話だ、あんたの代わりに助けようとした奴がいて、あんたが頑張るって言うからそいつの武器を渡してくれって頼まれただけだよ』
「そう、なのか……なら代わりに言ってくれ、ありがとうと、助かった」
『へっ、いいけど……聞いたら卒倒しそうだな』
「?」
声の主は驚愕する義弟とクロに薄ら笑う。
【多分、明らかに武器な物は抵抗があると思います、俺もそうでしたから】
エレベーターに乗り込み、カチカチとパネルを押すとカチっと表示が切り替わる。ぐるぐると1と2を行き来した後…………ぱっとB1に目的フロアが切り替わる。
エレベーターが動く…………振動が止まりドアが開けばそこは未知の世界だ。声の主が言うにはまだドアからそう遠くには離れていないらしい。恐らく身元の確認と体の状態確認があるからだとか。
果たして俺は出来るのだろうか、チンピラどころじゃない。一般とかけ離れた輩と戦って……と不安を感じてしまう。ポケットからスタンガンの銃を取り出して……引き金に手をかける。手つきは震えていて下手をすると手から銃が滑りそうで怖い。映像は見えていないはずなのにまるで震えが分かっているのか。
『怖いのか?』
「そりゃあ……」
『初めて聞いたよ、そんな言葉』
「ん?」
『何でもない、きっとあんたなら上手く立ち回れるさ、検討を祈る』
「ああ」
エレベーターが止まる。扉がゆっくりと開く。その瞬間が何十秒にも感じられた。開く、開く――――
走れ。
銃を構えたまま闇の階層を走り抜ける。急に走ってきたのか、いやこの場合はクロが駆けてきたからなのだが。やはり何人か応戦しようとする者がいた。クロは構えて銃の引き金を引いた――――
バリバリ!!!と薄暗い階層に電気の光が迸る。打たれた者はがくり……と力が抜けたのか地面にぐしゃりと倒れ込んだ。よくよく見れば髪も服も焦げ付いている。
いや!?!?こんなに電力が強いとは聞いてない!!!と驚愕するクロの首に…………キラリときらめく刃物が…………
「…………!」
すんでのところで身を翻し、驚くほどに鏡のように綺麗なナイフが髪を掠めてちり……と髪の先端が切れて空中を舞った。だが躱せばこちらの方が上だ、ひっと慄く敵の顔面に銃を構える。…………これで二人目…………
驚くほど頭は冷静で、それとは真反対に体が熱くなる。いやもしかしたら頭も沸騰しているのかも。でも思考は固まらず次どうしたら敵をいなせるかとか、こう動いたら避けれるな、と考えるよりも体が勝手に動く。
銃が間に合わないタイミングがあった。でも狼狽えることはなく、ああそれなら。先にナイフを落とせばいい……手を捻り、ぎりり……と手首をしめて体術で男を放り投げる。投げた先は壁で男はごりりり!!!と凄まじい音をたてて壁に埋まった。脆いのか?首を捻りつつ足を進める。ついでにこのナイフももらっていこう、有効活用だ。
手榴弾が投げられた。ふわりと汗ばんだ前髪が浮く。爆発すれば怪我は止むを得ない。ならば。持っていたナイフを口にくわえひゅるりと地面を蹴り……爆発寸前な手榴弾を蹴飛ばした。衝撃により爆発が早まる危険性もあったが……上手くいったようだ……と向こう側でごうごうと燃え盛る炎に安堵する。
しかしこの炎を越えていくのは難しいな……と思ったが消防装置が働いたのかスプリンクラーが作動し床を濡らす。加えてクロの服までも。
はぁ…………買ったばかりだと言うのに。相変わらず買ったばかりの服がおじゃんになるのは嫌気が指す。無我夢中だからか特にそれに疑問も抱かずにクロは淡々と歩みを進めた。あきらを助けるために。
そしてやっと……たどり着いた。声の主が予想していた場所に。床に転がったあきらをじろじろと見回して、いくらで売れるかなんて下らない話をしている。身なりがいい、バラバラに売るんじゃなくいっそ本体ごと売ったほうがいいんじゃないかと怪しく笑う集団にふつふつと……黒い感情が渦巻く。
そして連中はやっとクロの存在に、いや醸し出した黒いオーラにぞくりと背筋を正した。
「なっ…………よざっ!」
顔面に膝で蹴り上がる。ごり…………!と男の鼻が折れ曲がる感触にクロは何も思わない。今はとになく全員のす……それだけが頭をしめていた。鼻をねじ曲げられた男は鼻を押さえて悶絶している。
やっと予想だにしない人物が現れたと集団に緊張が走り応戦する。しかしもうクロの敵ではない。
別の男のナイフが服を掠め、肌を切り裂く。ぴっ……と床に赤い血が落ちているはずなのにクロは大したことがないように振る舞う。電気銃はもう使えない、水が滴っている以上感電の危険性がある、なら接近戦しかない。
脳裏に白い少女が映る。あれは俺には出来ない。出来る事をするしかない。骨を砕き……関節を外す、何度もやったことがあるかのように自然と外し方が分かる。
次にゴツい重そうな武器が頭上にせまった、それをクロは真正面から腕で受け止めた。ぶちぶちと肉の繊維を裂き、顔に赤い鮮血が流れる。敵はまさか真正面から受け取るとは予想していなかったのかわずかに力を緩める、その隙をクロは、見逃さない。
なるほど、そんなに重たくないじゃないか。驚異なのはそれについている鋭利な部分だけで、次の瞬間には敵の腹に武器が刺さっていた。当然重いのには変わりはなく地面にヒビをいれて。
もう敵はいない。後はあきらを起こすだけだ。
「五十嵐さん」
抱き起こして、ゆらゆらと起こすもあきらは起きない。早くここを立ち去らないと。それでも目を覚さないあきらにクロは不安を感じる。起きてくれ、と強く念を入れて気づけば。
「あきらっ!」
彼女の名を叫んでいた。すると……ゆるゆると花が咲くように瞼が開いていく。
「…………くろ…………さん……?」
「…………良かった…………」
まだ事態が掴めていないあきらは反射的に、おはようございます、と言ったのだった。
それから脱出して服を着替えて……元のロッカーに銃を返却し……一件落着で家に帰っていく二人の様子をこっそり伺っていたとある肩が丸見えでだぼっとした服を着た少女は、やっとトラブルが収まったと後ろのソファにもたれかかった。
「あーーー疲れた――――――つーか、なんでガオンモールに来てんだよ……クソ兄貴……予定にないだろうが…………」
渡された予定表にはガオンモールのガの字もなかった。あそこはただでさえ裏の業界と遭遇しやすいところだ。あえて行く必要性もない……そもそも今日は違うところに行くと書いてあったのに…………
『心配はいらない、この後の自分用に色々と説明を添えているからな、それに従ってくれるだろう』
そうあいつは言っていた。ならそれをあえて無視しているかだが……それは多分ない。あるとすれば……あの言葉が嘘だという可能性。そうなれば……この計画自体の目的がひっくり返る。全て日程表には目的の為にスケジュールが組まれているからだ。それを壊そうとしているということは……
「さてはあのクソ兄貴、依頼人を裏切るつもりだな?」
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