凶一郎夢ツイッターログまとめ
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[七夕凶一郎視点]
ちりん、と風鈴の音がした。
何となしに歩いていた商店街の中凶一郎は音のした出元を見やると老若男女が集っている。
目がいい凶一郎は近づくまでもなくそれが何たるかを知った。
ああ、そういえば今日は7月7日だったな…………と願い事も特にないのにふらりと七夕コーナーに立ち寄った。
お好きにどうぞ、と書かれた貼り紙の下には色とりどりの短冊がある。
自然にとったのは青色、六美を連想させる色である。
さて…………何を書こうか……とペンをとり思案する。
やはり、六美の事を…………と思っていた凶一郎の目にひらりと1枚の黒色の短冊が横切った。
なんてことのない他人の願った短冊で特に気にするべくもない、だがそこに書かれた願い事はとても他人の事とは思えず……誰とも書かれていないのに筆跡で分かるとは俺も重症らしい。
気がつけば凶一郎は六美ではない別の願い事を書いていた。
ふっと笑い、黒色の短冊の隣に自分の短冊を吊り下げる。
こんなもんか、と凶一郎は短冊コーナーに背を向けた。
願いは…………「右に同じく共に過ごせる事を願う」
[あの世に連れていきたい]
※ホラー注意
時系列が色々と不明
目的地に近づくにつれて心臓の鼓動が激しくなる、ああこれが恋なのだろうか……
ひょんなことから自らの事を凶一郎と名乗る男と出会って以来、一目惚れしてしまったのか毎日のように初めて出会った場所を訪れている。
何故その場所でなくてはいけないのか深く考えていなかった私は足早に歩き、ふと立ち止まった。
おかしいな、妙に疲れが出ているような気がする……気の所為だろうか。
疑念が浮かんだが、今日も彼はそこで待っていると止まった足を無理やり動かした。
今日もあの人はぽつん、と人気のない場所で待っていた。
急いで走りたいけど如何せん体の調子が良くなく、ゆっくりと手を振って彼の元へと行く。
「凶一郎さん」
「来たか、……?お前顔色が悪くないか?」
「え?そうですかね…………ちょっと睡眠足りてなかったのかも?」
「………………」
んー?と不調の原因がよく分からず首を捻る私に対し彼は何かを考え込む仕草で苦悶の表情を浮かべた。
もしかして会いたくて毎日来てたのが迷惑だっただろうか……と俯くと急に胸が苦しくなって咳をしてしまった。
咳はすぐ治まったけれど彼は心配したのか、来たばかりというのにすぐ帰れと言う。
そんなの、嫌!と思ったけれどもし風邪なら彼に移しては駄目だし……とお言葉に甘えて家に帰ることにした。
ぐっすり休んで……そしたらまた会える……と信じて。
しかし体の具合は良くなることはなく、医者にもかかったけれど病は見つからず。
原因が定まらないまま体は悪化の一方を遂げるばかりだった。
今日も顔色を真っ青にして会いに来る私を横目に彼は……
「…………もうここには来るな」
「え……?」
帰れどころか二度と来るな、なんて残酷な言葉を吐いた。
来るな……?もう会いに来るなということ……?何で……と問おうとして言葉が出ず咽るばかりの私の背を彼の手が控えめに撫でた瞬間更に具合が悪くなった。
苦しい、苦しい…………どうして…………と心の中で問いた疑問の答えをなぜか彼が答えた。
「…………それは俺がお前の命を吸い取っているからだ」
「………………?い……?」
「…………黙ってはいたが俺はこの世の者じゃない、……現世の者と長時間いると生気を吸い……吸い取られつくした者は……やがて死ぬ」
死という単語が頭の中に浮かび言葉を失った。
「頼む、お前が死ぬところは見たくない
このまま…………俺の知らないところで生きてくれ」
だから彼はもう来るなと言ったんだ、と腑に落ちた。
けれど………………
「い…………や、です……」
「なっ!?!?お前……!聞こえなかったのか!?死ぬと言ったんだぞ!!!」
「それでも…………最後まで……貴方と一緒に、いられるなら…………」
彼と会えないなんて嫌、それならばいっそのこと――
弱々しく笑う私に彼はバカな奴だな……と呆れながら微笑んだ。
もう限界で、彼の体に寄りかかる、瞼がとても重くて仕方がない。
彼の手が、腕が私の体を抱きしめる、それはとても心地よくて……このまま眠ってしまいそう、と微笑み、目を、閉じた――――
そのまま息をしなくなった彼女に凶一郎は。
悲しくて涙を流したが…………くっ、と口角を上げた。
ああ…………これで…………彼女をずっと縛り付けられる。
本当に生きる姿は見たかったが、もしその後普通に死亡した場合魂は束縛出来ず、その後再び生を受けた時に自分と出会える可能性は薄い。
それならばいっそ、吸いきってしまってどこにも行かせない方が永遠にいれるのでは…………と気持ちの方が勝ってしまった。
彼女の自分を思う気持ちが優先されて良かった……と思ってしまう。
凶一郎は徐々に温度を失っていく骸と化した彼女の頬を愛おしそうに撫でて……背後から感じるじとりと湿気を孕んだ視線に言葉をかけた。
「まさか……とは思ったが、化けて出るなんてな」
「え?そのつもりだったんじゃないんですか?」
「可能性はあったが……お前ここに本体が死んでるというのによく笑っていられるな」
「だってもう具合気にせずに会いに来られるから……嬉しくて――」
あっでも、自分とはいえいちゃつかれるとちょっと凹みます、と眉を下げて無言の訴えをしてくる彼女に凶一郎は調子をつい崩されてしまった。
独りよがりの独占のつもりだったのに、なぜかOKされるとは…………
怨み節もなくのほほんと微笑んでいる姿を見るとこれで良かったのかもしれん、と思ってしまう。
「あ、そろそろ帰らなきゃ……」
「何言ってるんだ、ここがお前の家だ
俺に縛られてる以上、ここから動けないからな」
「えっ!?!?!?」
「…………なんだ、もう後悔したか?」
「いいえ、じゃあ……ずっと一緒にいられるって事ですね?不束者ですが……末永く宜しくお願いします」
「あ、ああ」
傍らに本人の骸を抱えたまま、幽体と化した彼女と話しているとは、奇妙な光景だが……
本人が幸せそうなら、いいか、と思考を放棄した。
絵面はそう見えないだろうが…………
きっと、これがハッピーエンドというやつなのだろう。
[怪盗パロ]
凶一郎が怪盗、夢主が警察だったらの話です
「あっ、怪盗!!今度こそ捕まえます!」
「……また新人警察か」
凶一郎はやれやれと奪った宝石を懐にしまい、ため息をつく。
彼は言わば義賊と呼ばれる怪盗一族であった。
決して善人からは奪わない主義なのだが……この新人はそもそも盗みが駄目だと主張し問答無用で捕まえてこようとする。
下手すぎる身のこなしからして新人、おまけにへっぽこまでとみた。
今日も今日とて、ひらりと躱し凶一郎は闇夜の中へと消えた――
一方今日も逃げられた!と怒る新人警察……の彼女は悔しそうに涙を浮かべたのだった。
攻防は圧倒的に凶一郎の勝利で、今回もミッションはクリアだ。
と、帰ろうとした時、いつものように遅れて新人警察の彼女が部屋に入ってきた。
「あー!!もう、一歩遅かった…………」
惜しかったな、と声をかける一方で凶一郎はある意味彼女に感嘆していた。
というのも凶一郎は基本予告を出さない、出せば当然警戒率が上がり成功難易度が増すからである。
なので、どこに凶一郎が現れるのか……予測は難しいはずなのだが、彼女は遅れながらも必ず凶一郎の居所を掴んでいる。
これはある意味厄介だな……と彼女を要注意人物に昇格させてさっさととんずらするか、と彼女がいた場所に目を向けると姿がなかった。
どこにいった?と周囲を見渡せば…………
なんと本来登る用途ではない、明かりにしがみついていた。
どこからあそこに渡ったのか……近くにはちょうど同じ高さの箱が積まれており、そこから移動したのだろうが……
思わぬ無謀さに呆れつつそこから降りろ、と心配するが彼女は聞く耳を持たないようで捕まえる!とこちらに来ようとする。
が…………本来人が登る用に作られていないせいか、ブツン、と嫌な音を明かりが発した。
「え?きゃああああ!!」
「ちっ」
言わんこっちゃない、と凶一郎は仕方なく落下する彼女を抱えて安全な位置に移動した。
明かりが床に落下し、大きな音を立てる、ああこれでは騒ぎが大きくなってしまう。
早めに退散するとするして、とりあえず助けた彼女の安否を確認しようと見やると彼女は真っ赤な表情のまま固まっていた。
「おい、大丈夫か」
「………………」
「聞こえてるのか?」
「あっ、は、はい……!ありがとう、ございました……」
彼女はしどろもどろと目線を凶一郎をみたり横を見たりしている。
凶一郎の怪盗服を掴んだことから、てっきり確保出来ると思っているかと思いきや……これは……?
ぎこちなく服を掴んだ手は離そうか否か彷徨っているようにも見える。
これは…………もしや…………?とある種の窃盗行為に思い当たった凶一郎の耳に警備員が駆けつけてくる足音が入った。
すっく、と立ち上がり彼女を引き剥がして凶一郎はひらり、と窓に手をかける。
彼女は追いかけるつもりはないようでぼんやりと自分を眺めていた。
まぁこの調子ならまたいつか出会うだろう、と凶一郎は闇夜に身を投じた。
予想は当たり、次の襲撃場所にも彼女は待っていた。
しかも今回は遅れてくるのではなく、待ち構える姿勢で。
「こんにちは、怪盗さん」
「………………お前は予想以上に厄介だな、そんなに……俺を求めているのか?」
「あっ……」
すっと凶一郎の長い指が彼女の顎に手をかけて上を向かせる。
予測通り彼女は正しい反応を見せた、確定だ。
どうやら自分は彼女の心を奪ってしまったらしい。
しかし捕まえる気は多少はあるのか、手錠を持ちながらもちょっとでも自分と話したいらしくお茶でもしませんか?とわざわざティーセットまで持参してきていた。
「…………あ!大丈夫です!薬なんて入ってませんよ!」
「ふん、一般薬など俺には効かんが……まぁどっちにしろいい、お前は変わった奴だな、怪盗と茶会だと?」
「だ、駄目……ですか……?」
「…………別に嫌というわけじゃない」
凶一郎は渋々という態度を見せながら広げられた布の上にあぐらをかいた。
良かった、と彼女は嬉しそうに横にちょこんと座る。
彼女の淹れて貰った紅茶を飲むと本当に何も入ってなかった。
世間話程度に何故警察に入ったのかと聞くと結婚させられそうになって職についてしまえばそれから逃れられるからだそうだ。
ちなみに自分を必死に追いかけていたのも成功しなければクビとなって、再び見合いをさせられてしまう……とげんなりしている彼女に凶一郎はちくりと胸に痛みが走った。
その痛みに気づかず、茶請けの菓子を摘み彼女の話を聞く。
そして時折、自分の話しても支障がない話題をこちらから出す……そんなやりとりがしばらく続いた。
犯行現場で茶会をしているとは妹弟に知られたら驚かれそうだ。
話す頻度が増えるうちに凶一郎も好きな銘柄を持っていったり、気づけば恋人との逢瀬のような……そんな気分になっていた。
今日も彼女が待っている……と犯行現場に足を運ぶと……彼女の姿はなかった。
寝坊でもしたのか、と凶一郎は彼女の姿を想像しふっと笑う。
懐かしいな、遅れながらも自分を捕まえようとした彼女を……と振り返りながら紅茶をとりだして……いつの間にかすっかり冷えてしまった。
もうしばらく待ったというのに来る気配がない。
風邪でも引いたのだろうか、困った事に彼女の家なんて知らないものだから後ろ髪をひかれる思いで凶一郎はその場を後にした。
しかしなんど日にちが経っても凶一郎の前に彼女が現れることはなかった――
ぼんやりと空を眺める。
成果が上がらずクビになって実家に帰ってきてしまった。
それからの仕事は見合い相手の写真を眺めること。
結婚する相手なんて……あの人以外だったらどうでもいい。
彼は多分、私と結婚したいなんて思っていないだろうし……と闇に沈んだ瞳のまま適当に1枚の写真をさしたのがこないだ。
とんとん描写に見合いの話は進み……それどころか明日は結婚式の予定である。
当然家の鍵は固く閉められていて、見張りも置かれている。
脱出は…………不可能、分かっていたことだけれど。
ああ…………叶わない願いだけど……彼に連れ去ってほしい……と一筋の涙を流したその時。
施錠されているハズの窓が外から、開いた。
きい……と軋む音と月の灯りが差し込んで目を閉じる。
再び目を見開くと……怪盗服に身を包んだ凶一郎が立っていた。
「か、怪盗……さん……?」
「久しぶりだな、新人警察……いやもう警察じゃなくなったんだな」
「あ、はは……はい…………」
「それにしてもやたらと厳重な警備だな」
「明日私の結婚式なので……逃げ出さないように……ですね……」
そう言うと凶一郎は眉間に皺を寄せた。
かつかつ、と革靴を奏でてこちらに近寄ってくる。
それしても今日の彼の服はいつもと違う、いつもは目立たないのに黒なのに、今回は目立つ白だ。
そういえば私の纏っているこの服も白だなぁーなんて。
「あ、怪盗さん、今日は何を盗む予定なんですか?
うちにはそんな価値のある物は……」
「ある…………俺が盗むのは……お前だ」
わ、私!?と自分で自分を指さして目を白黒させる私を凶一郎は抱きしめた。
ぎゅっと、密着してしばし抱きしめられているとすっと顔を見つめられた。
「……探したんだからな、間に合って良かった……
お前が遠くに行ってしまう前に」
「わ、私を……?探してた……?」
「心だけじゃくて、お前ごと攫いたいんだが……良いか……?」
きらりと光る指輪に、予告をされて私は頷いた。
そんな答えとっくに決まっている。
「はい、怪盗さん、私を攫ってください」
「ああ、承った」
指輪をはめられて、しっかり捕まっていろとあの時と同じく両手に抱きかかえられる。
ひらり、と窓から跳躍し月に2人のシルエットが映し出された――
[怪盗パロその後]
彼女を連れ去ってしばらくのこと、凶一郎と彼女は夫婦となり穏やかな海街で一緒に暮らしていた。
ちなみに怪盗業はしばらくお休みである。
彼女を連れ去った時、目立つ白のスーツを来た為当然目撃されたのだがそれが原因というわけでもなく。
物ではなく人を攫った事で悪評が立ってしまった。
人の噂も百日程度、しばらくすれば収まるだろうと予想し凶一郎はひとまず身を隠す場所としてこの街を選んだ。
港かある事で活気かありつつもこの街の人々は人柄がよく、詮索されることもないので身を隠すのにはうってつけだ。
周囲には新婚で引っ越してきた……と伝えてある、まぁ新婚には代わりはないのだが。
そんなこんなで始まった新婚生活だが……凶一郎はとある事に頭を悩まされていた。
それは妻となった彼女が急に自分も怪盗業をやりたいと言い出したのである。
「……やりたいと言われてもな……お前元々警察だろう」
「そ、それはそうなんだけど……元々結婚したくないからやってたわけであって……私も何か役に立ちたいの!」
「しかしだな……」
警察の彼女に追われていた時の事を思い返すと彼女はあまり運動神経がよくない。
捕まるのがオチだろう……それに何かと怪我をしてしまうのかと心配になってしまう。
まぁとりあえず試して見るか……と密かに地下に作った訓練所に連れていき、彼女の素質をみてみることにした。
綱渡りや壁登り……を見てみたがやはり動きがぎこちなく凶一郎は内心ひやひやしていた。
いつ落下するか……などこれでは先に自分の心臓の方がもちそうにない。
案の定足を踏み外し落下する彼女を慌てて抱きとめた。
「いったたた……」
「っ、怪我はないか?」
うん……どうやら自分を庇い下敷きになってしまったと見られる。
ありがとう……と感謝しようとした時ぴったりと密着してしまっている事に気付いた。
何がいうと思いっきり当たってしまっている、柔らかいところが。
急いで離れないと!と立ち上がろうとした彼女の腰を凶一郎が、がっちりと掴んだ。
「これでわかっただろう?もう危ないことはするな」
「うん…………」
「無理に怪盗をしなくてもいい、俺は……お前がそばにいてくれるだけで十分だ」
彼女に乗っかられたまま頭を撫でる。
話し合いは終わった、と再度離れようとして凶一郎が離す気がないと分かるな否や彼女は照れて真っ赤になってしまった。
二人しかいない空間で、密着した夫婦がする事といえば一つ……
心無しか凶一郎の視線も熱いような……と顔をそらそうとさると凶一郎の長い指が顎を捉える。
そのまま唇を指でなぞられてしまえばもう立ち上がる力は消え失せてしまった。
へな……と体に寄りかかった彼女に凶一郎は口角を上げる。
「お前の初めてを貰いたいんだが……いいか?」
そう耳元で囁けば彼女は静かにコクリと頷く。
返事をもらった凶一郎は上機嫌に彼女を抱きかかえ寝室へと向かった――
[納得のいかない絵]
※中学設定
窓から入る風でカーテンが揺れる。
鼻につく絵の具の香り、古めいた木の匂いが充満した教室の中で凶一郎は椅子に腰掛けたまま微動だにしない、というよりも動けない。
スパイなのでこれくらいは大した事はないが…………むず痒い思いを抱えたまま、目の前で筆が止まったままの彼女に声をかけた。
「手が止まってるぞ、もうすぐ交代だ」
「あ、う、うん……!」
そう言うと彼女は再び大きい画用紙と向き合い凶一郎を交互に見ながら紙に筆を走らせた。
だが、やはり上手くいかないのか眉を上げたり下げたり四苦八苦している様子が手にとって分かる。
ペタペタと絵の具を塗っては首を捻りため息をついたまま制限時間が過ぎた。
教師の令に従い、凶一郎は椅子から立ち上がる。
「交代だ、どうだ?出来栄えは」
「全然…………駄目…………こんなの凶一郎じゃないよ…………」
「初めてだったらそんなものだろう、気にしなくていいと思うが」
「そうかなぁ??うーーん、だって凶一郎は…………もっときりっとしてて……かっこよくて……かっこいいのに」
「………………駄弁ると先生に怒られる、ほら」
褒められて恥ずかしくなった凶一郎は早くそっちに座れと急かした。
未だ釈然としなさそうに彼女はしぶしぶと目の前の椅子に腰掛ける。
よし、次はこちらの番だ、横向きに座る彼女を眺めながら筆をすべらせて……と凶一郎はため息をついた。
「おい、動くな」
「ご、ごめんなさい」
見られている事が恥ずかしいのか、ちらちらと視線が動き果てには手の組み方を変えている。
仕方がない、ある程度は自分で補完するとしよう…………
チャイムがなり、美術の時間が終わる。
これでようやく解放されたと彼女が喜ぶ反面凶一郎は眉間に皺を寄せていた。
「はぁ〜〜〜疲れた…………」
「…………………………」
「あれ?どうしたの?もしかして上手く書けなかった?」
凶一郎の方に移動しひょい、と後ろから覗けば流石凶一郎、見事な出来栄えの絵が完成していた。
もしかしてちょろちょろ動いてたのが悪かったのかな……なんて呟くと違うと凶一郎が否定してきた。
「そういうわけじゃない、何と言うか……この絵に納得していないだけだ」
「えーー?そうかなぁ?十分すごいと思うけど……
でもなんか自分を描かれてると思うとすごく恥ずかしいな……」
「………………」
何となくこのもやもやする理由は分かっている。
きっとそれは先ほど彼女が言っていた言葉と同じで、こんなものじゃないと、そう感じぽつりと小声で呟いた。
「…………実物の方がいいな」
「え?何か言った?」
「いや、何も、教室に帰るぞ」
[抱き枕]
※新婚設定
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
朝の見送りにきた彼女を凶一郎はドアノブに手をかけたままじっと見つめる。
一方見つめられた彼女は恥ずかしそうに顔を少し俯かせた。
「今日も……?」
「今日も、してほしい」
彼女はうううん…………と頬を染めてしばし悩んだ後……踵を上げて凶一郎の頬にいってらっしゃいのキスをした。
ごく僅かの接触をしてすぐぴょいっと離れてしまい至福の時間が終わってしまった……と凶一郎は嬉しい反面寂しくなった。
だが、恥ずかしがりやの彼女が頼まれてとはいえ気絶もせずに出来るようになったのは良いことなのだが。
それでも長くは持たないがこうなっただけでも嬉しいことだ、と凶一郎は仕事に向かった。
さて、凶一郎が居なくなった後の新居にて。
彼女は凶一郎が出勤した後最近密かに仕入れた物を取り出すべく押し入れに仕掛けた隠しスペースの中からとある物を取り出した。
ずるずる……と柔らかい布地を引っ張り出せば縦に細長い抱き枕クッションが現れる。
それには一人の男性の絵が描かれており、それは当然……凶一郎であった。
クッションとはいえやっぱり面と向かうと恥ずかしい……と一回裏を向けて深呼吸をして、表を向けた。
普段から凶一郎絡みのグッズ?を自作もしない彼女がわざわざ凶一郎の抱き枕と睨み合っているかと言うと……
凶一郎が毎朝出かける時にキスしてほしい、と頼み込んだからである。
当然最初は出来るはずもなく拒否っていたのだが、あまりにも悲しそうな目をする凶一郎に最終的に頷いてしまった。
そして頬ならなんとかクリア出来たのだが……言葉にはしないがどこか凶一郎は口にしてほしそうに見える。
だが、口になんて自発的に出来るわけがない、だから物なら練習代わりにならないか……と入手したのだ。
……ちなみに凶一郎には内緒だ、だって恥ずかしいもの……と彼女はクッションによりかかり、深呼吸をした後クッションを表に向けた。
「さて、今日も練習頑張るぞ!」
凶一郎を見送る、今日も今日とて練習あるのみだ。
いつか恥じらいが消えて喜ばれるように……と押し入れから出そうとして、軽い素材のはずなのにずっしりと重い事に気付いた。
それどころか若干クッションとは違う感触を感じる。
これは…………もしかして……凶一郎にバレて中に何か違うものでも入れられたのだろうか……とある意味予想は当たっていたとは知る由もない。
彼女は気付いていないが、実は中には凶一郎本人が入っていたからである。
そう、出かけた……と見せかけて密かに使った裏口から家に入り先回りしていたのである。
まさか彼女が自分の抱き枕なんて作ってたとは驚いたが、本人がいるのに自分じゃないナニカと戯れようなど許さない、それが例え自分を模した抱き枕であろうと。
凶一郎が入ってるとは思わない彼女はよっこいせ、と質量のある抱き枕をベッドに移動させた。
抱き枕に近づいて横たわると不思議といつも彼からする香水の香りがしたような気がした。
これは口にキス……をする練習なのだけれど……いつも以上にドキドキして、まるで……
「…………」
昨夜を思い出しぴったりと抱き枕にくっつく。
そしてそのまま頬に触れるときゅう、と胸が締め付けられた。
もっと……もっと、触れたい、触れてほしい、と気持ちが溢れて止まらなくなる。
これは抱き枕なのに……と頭では理解しているが昂った気持ちは抑えきれず、更にしがみつくと幻聴か彼の吐息まで聞こえる。
ああ……今なら……自然と体が動き、彼の唇にそっとキスをした……とその時。
「んんんんん!!!!!!」
「!?!?!?」
動くはずのない、抱き枕が抱きしめそればかりか力強く吸い付いてきて彼女は驚くがあまり絶叫してしまった。
そして中に凶一郎が入っていた事がバレるな否や流石にちょこっと怒ったのと恥ずかしいからか押し入れから出ようとしない彼女のご機嫌取りに少々苦労した凶一郎であった――
[ポッキーゲーム]
婚約者の彼女が目の前でボッキーの袋を持ってウロウロしている。
開けようか開けまいか袋に視線を落としたりこちらを見たり挙動不審で話しかけられないのか、凶一郎は見かねて声をかけた。
「おい」
「な、何……?」
「何じゃないだろう、何か用があるんだろう?」
「…………そ、そのポッキーゲーム……しない?」
ポッキーゲーム、一つのポッキーを両端からくわえて先に折った方が負け……というゲームがあるということは凶一郎も知っている。
というか何故彼女が提案を持ちかけたのか些か分かりかねた、まぁ罰ゲームでしろと言われたのだろう。
「断る」
先に折るのは彼女だろうし、見え透いた結果はつまらん。
それにキスするならちゃんとムードがうんたらかんたらと言い訳をして凶一郎は視線を反らした。
単に凶一郎も気恥ずかしかったからなのだが。
「そ、そっか……じゃ、じゃあ別の誰かに……
ええと異性じゃないと駄目って言われたから…………そうなると聖……」
「待て、待て、俺が、俺がやる、だから電話をかけようとするな」
ということで(?)彼女とポッキーゲームをする事になったのだが。
「じゃあ、やるぞ」
「う、うん」
先に自分がポッキーをくわえた状態で進めようとしたのだが、彼女が中々最初の一口、いや口に含むことすら進まず。
凶一郎は強制的に彼女の口にポッキー突っ込んだ。
これでよし、とチョコのかかった部分をくわえた途端急に凶一郎は焦りだした。
始まってしまった、ポッキーゲームが。
お互い微動だにしないままこんこんと時間が過ぎていく。
下の体温でもうチョコは溶け切っており、中のクッキー生地すらやわやわと化していく。
なんだ、この無様な姿は。
夜桜家長男ともあろう男がキスするかもしれないというだけでこんな…………こんな姿なんてあってはならない。
意を決し、一口進めるとぴくり、と頬が紅潮した彼女がはっと我に返った。
緊張のあまり放心しかけていた彼女はじわじわと迫る凶一郎に気づく。
このままじゃ、本当にキスしちゃう!と強制的にぽきっ、とへし折るとすすす……と凶一郎から距離をとった。
「わ、私の負け……だね!じゃ、じゃあ……」
残ったポッキーをささっと食べてもうおしまい!と袋を持って自室に帰ろうとした彼女を凶一郎はどん、と腕で遮った。
「きょ、凶一郎……?」
「折ったな、じゃあ……罰ゲームといこう」
「罰ゲーム……?え、さっきやって……私が負けたから?」
きょとんと状況が理解出来ない彼女の手から一本ポッキーを取りだす。
「もう一回だ、今度は……折るなよ?」
そう言って凶一郎はポッキーをくわえ彼女に差し向けたのだった。
[模擬店メイド喫茶]
※中学設定
中学最後の文化祭がやってきた。
学校はやたらめったに活気づいている。
とはいえ凶一郎は全体の統括もあり、今日も慌ただしく動いていた。
お昼を過ぎてんわやんわしていた仕事が一旦落ち着いて凶一郎も流石に嫌気がさしたのかふらりと生徒会室を出た。
と、同時に感じたのはわいわいと盛り上がっている生徒達。
それらを何となく無表情で通り過ぎ、文化祭で賑わっている校内を歩き気がつけばとある教室の目の前に立っていた。
その教室は凶一郎の婚約者である彼女が在籍しているクラスだ。
奇しくも今年からクラスが分かれてしまい、以前より会う機会が減ってしまった。
……そういえばやるのはなんだったか……と記憶を漁るよりも前にデカデカと『メイド喫茶♡』と書かれた文字が見えた。
その文字を見て少し前の記憶が蘇る。
何をやっていたのか聞いたところそう言っていたな……
つい、じゃあメイドの恰好を着るのか、と聞いてしまったが本人は気まずそうに目を反らしていたので多分着ないのだろう。
そもそも頼み込んでも着ないだろうしな、と凶一郎は思い込んでいたのだが。
腹も減ったし裏方で何か作業しているかもしれん、顔でも見るか、と中に入った凶一郎は一歩入って1秒後固まることになる。
「おかえりなさいませ、ごしゅじ……」
「……………………は?」
入店早々、自分を出迎えたメイドの恰好をした生徒を見て凶一郎は凍りつく。
何故なら先程脳裏に思い描いていた彼女がメイドの恰好をしておかえりなさいの挨拶をしてきた為である。
彼女の方も凶一郎と鉢合わせた事が予想外だったのか笑顔を浮かべたままぴくりとも動かなくなってしまった。
そのまま数十秒、硬直していた彼女を同クラスメイトが腕でちょいちょい、と突付きはっと彼女は我に帰った。
そしてぎこちなく、こちらへどうぞ……と席に案内すると奥に引っ込んでしまった。
凶一郎も凶一郎でとりあえず席に座ったものの、テーブルに備わった文字が認識できずにいた。
いや、読めないというわけではない。
何故彼女がメイド服の恰好をして接客しているのか……そればかりが気にかかって何も頭に入ってこなかった。
彼女は着ると言っていたか?いやそんな事は言っていなかったように思える、ならその後に強要されてしまったのだろうか。
意外と自分に関しては押しに弱い彼女の事だ、着ると喜ぶ……とでも吹聴されてしまったのか?
……と思考を巡らせて自分の元に誰もやってこないことに漸く気づく。
完全に忘れられているというよりも……ちらりと奥に目をやれば彼女らしきメイド服が仕切りからちらちらと見え隠れしていた。
ヒソヒソと、行ってあげなよ、とかかわいいって言われるよきっと、とか小声が聞こえる。
めんどくさい状況に巻き込まれつつある事に眉間を押さえていると、彼女がつんのめって押し出されてしまった。
視線が集中し、裏側にも戻れなくなってしまった彼女は観念したようにとことことこちらにやってくる。
「あ、あの……ご、ごしゅ、じん、様……ごちゅ…じゃない、ご食事は何になされますか?」
「え、あ、そ、そうだな」
食事、食事……と凶一郎は今更ながらにメニューに目を通す。
何を慌てているのだ、凶一郎。
彼女はメイド服に身を包んだだけなのだ、何をそんなに挙動不審になる必要がある!と自分に言い聞かせるが、効果はなく更に混乱は進んでいく。
気がつけば。
「オムライスセット、萌え萌えキュンサービスつきで、愛情たっぷりに頼む」
「えっっ」
と、注文をつけていた。
……………………俺は一体何を!?!?口走っているんだ!!??とテンぱるが今更なかった事には出来ない、時は戻せないのだ。
でもやってほしい、という願望が消えない、どうせならみたいじゃないか!!!と心の中で叫んだ。
彼女はポカン…………と呆気にとられたまま再び放心してしまい、裏方の声にまた我に帰った。
「わ、わかり、ました、ご主人様……しょ、少々!お待ちください」
そういうと彼女は再び奥へと引っ込んでしまった。
姿が見えなくなった瞬間、疲れがどっと押し寄せてくる。
俺はどうかしたのだろうか……あまり普段みられない姿を見たせいなのか……??
とにかくこの姿を誰にも、せめて家族の前に晒したくない……この場に誰も知り合いの者がいないのが幸いか……
……と、ほどなくして奥から彼女が再び姿を現した。
ぴょこん、と出たくなさそうに顔だけ出したが、料理があるからか、お皿を持ってテーブルの上にでかでかとハートが書かれたオムライスが置かれた。
「お、オムライスです、どうぞ……」
じゃ、じゃあ……と引っ込もうとした彼女の腕を凶一郎は気づけば掴んでいた。
「ご、ご主人様?」
「…………萌え萌えキュンをしていないだろう、さっき言ったぞ」
「え、い、言ってました?」
「なら今言う、萌え萌えきゅんをしてほしい」
凶一郎は立ち上がり、メイドの彼女にぐいっと近づく。
じっ…………と瞳を見つめ、本気だと伝えれば紅潮していた頬が更に赤みを増した。
彼女は視線を右往左往させた後……上目遣いで問いかけた。
「…………しなきゃ、だめ……?」
「だめだ、やってほしい、ご主人様命令だ」
すっと彼女の耳元に口をよせ、彼女の名前を呼ぶ。
そこまでいけば彼女もやっと折れたのか、こくこくと小さく頷いた。
「も、萌え萌えきゅーーん、美味しくなぁれ
………………どう?美味しくなった?」
「………………完璧だ」
一口オムライスを口に運び凶一郎は満足そうに口角を上げたのだった。
なお、この後お互い自分のしたことに羞恥し案の定家族にも知られ更に悶えた凶一郎と彼女であった――
[帰りを待つ]
※新婚設定
パタパタと、焦る足音を立てて帰宅を急ぐ。
空はもうすっかり日が暮れていて晩御飯の時間を過ぎようとしていた。
予定よりも仕事が長引き遅くなってしまった、もう凶一郎は家に帰宅しているらしいがまさか彼を待たしてしまう事になるなんて…………
仕事終わりに依頼人から茶を勧められ逃げるに逃げれなかった。
念の為少し帰るのが遅くなると連絡はしているものの……今日は自分が晩御飯当番で凶一郎が腹を空かせている……と思うと更に掛ける足が速くなる。
バタバタ、と住まいのマンションにたどり着き慌てた様子でがさごそと手荷物から鍵を取りだそうとして地面に滑りおちる。
よほど慌てていたのか鍵穴に上手く挿し込めずに何回目かでようやく成功する。
ガチャっ!とドアを開けば既に何か作ってる気配があるのか、台所から匂いが漂っている。
ああ、やっぱり作っていた……!とブーツを脱いで居間に駆け込むとソファに腰掛けた凶一郎が待っていた。
「た、ただいま……」
「遅い、待ちくたびれた」
むすっと時間潰しでもしていたのか、読んでいた小説を机に置いて凶一郎はため息をつく。
ああやっぱり不機嫌だ、約束を破ったから怒っているんだ……と思うも今はただ謝るしかない。
「ごめんね、次はちゃんと帰ってご飯作るから……」
「違う、そうじゃない、俺が言いたいのは…………」
凶一郎は立ち上がると彼女に近づいて抱きしめた。
ぎゅっと密着してしばしの間抱擁をされる。
唐突な事に驚いて涙が引っ込んでも凶一郎は抱擁をやめようとしない。
安心させようとではなくこれは………………
「じゃ、じゃあ何で怒って…………」
「…………だって、一緒に居る時間が減るだろう」
むすっと顔を強張らせたまま凶一郎は答える。
凶一郎も私も多忙の身だ。
スパイというだけでただでさえ一緒に過ごせる時間は少ない。
だからこそ僅かな時間でも共に居たい…………と凶一郎は吐露した。
凶一郎は抱き寄せる手を離そうとしない。
お腹は減っているだろうに、それでも構わないと体が訴えかけていた。
顔を見あげると唇がきゅっと結ばれる。
「ん…………」
それは彼のキスがしたいというサインで目を閉じると軽く唇が押し当てられた。
それから目を開いて、数回重なった後…………しばしの間見つめ合う。
甘ったるく、言葉も交わさないけれど…………
この瞬間が…………とても好きだと言うように再びキスを交わす。
気づけば抱きしめられていた腕は外されて体のラインをすう…………と上から下までゆっくりと撫でられる。
ぞわぞわと快感が体を巡った。
言わずもがな気持ちがそっちに寄っていると分かってしまう。
こちらもサインとして凶一郎の胸に顔を埋めて更にぴたりと体をくっつけさせた。
重ねるだけだったキスにも熱が入って。
違う空腹を満たしたくなったと体が反応する。
「夕食……遅くなってもいいか」
「凶一郎がいいなら……次の日でもいいよ」
うっとりと頬を染めて告げれば凶一郎の頬が緩む。
案の定長引いて朝食も兼ねてしまうのは言うまでもない。
[人魚姫]
※夢主が人魚の設定で、ラストはあまりハッピーエンドではない話です
静かな静かな深くて暗い海。
光の届かない海にも国はあって。
私は生まれてからずっとそこで暮らしている人魚。
決して水面に上がってはいけないという掟を破り私は明るい日差しを初めて見た。
なんて、眩しいのだろう……と強い日差しに驚き水面から少し離れたところでただずんでいると二本の足を持つ男が見えた。
男は藻掻く様子が見られなく静かに沈んでいる。
二本の足…………この人がもしかして人間という種族なのだろうか、泳ぐ気配のない人間にもしかすると溺れているかもしれないと思った私はその男に近づき体を掴んで地表に寝かした。
息をしていないのかもしれない、微動だにしない男に近づこうとすると……
「待て、人工呼吸の必要はない」
「え?」
さっきまで死人だったのが嘘のように男はむくりと身を起こした。
パチクリと目を瞬かせて私は…………
「良かった………………」
へなへなと尾びれを下ろして力抜けてしまった。
そんな私を男は慌てて身をていし支える。
っと、危ない…………と密着したのがきっかけか、綱渡りのようなハプニングに助けてもらったのかどちらか分からないけれど……私はこの男に恋をしてしまった。
水滴がぽたりと地面に落ちて、ぐっしょりと濡れた感触が頬に当たる。
「あ、あの………………ぬ、濡れてしまいます…………着ている…………物が……」
「さっきまで海に浸かっていたんだ、くっついたところでさして変わらんだろう、大丈夫か?」
「は、はい………………」
それが初めて出会った凶一郎という男との最初の記憶だった。
男はなんと溺れていたわけではなかった、訓練?で息を潜めていたところ私が勝手に勘違いしてしまったらしい。
慌てて謝ると男は大して気にしていないようだった、じゃあ何で私が引き上げようとした時に抵抗しなかったのか、と聞くと目を逸らされた。
「それにしても人魚か、架空の生き物とばかり……」
「私もです、凶一郎さん」
「ふっ、お互い様か……なぁ、情報交換として定期的にここで会わないか?」
「えっ、あ、会って…………いいんですか??」
「ああ、俺ももっと…………海の底の世界を…………いや
お前の事を……知りたい」
それから彼とは週に一回最初に出会ったこの海辺の一角で待ち合わせることになった。
彼の話はどれも新鮮で代わりに海の中の事を話すと彼も興味がそそられるのか目元で判断は出来ないけれどどこか楽しげな表情をしているとうっすらと分かった。
彼と話したくて会いたくて。
待ち合わせの時間になるといつも早めに着いて、でも彼の方が先に着いていたり。
そんな日常を繰り返していたけれど。
ぱったりと彼の足音は途絶えてしまった。
「足を生やしてくれ?」
「はい、貴方ならそれが出来ると噂で聞いて……」
魔女と呼ばれる同じヒレを生やした人魚はため息をついた。
彼が来なくなってしばらく。
いくら待っても来ないので、では自分の足でいけばいいではないかと思ったのだ。
しかし魚でもある自分はいくら頑張っても海岸でビチビチと哀れに這うくらいしか出来ない。
困った私はあちこちで何とか方法がないか、と探した。
すると人間の足を生やすことが出来る者がいると情報を偶然得たのだ。
「全く最近見かけないと思ったのにねぇ、愚か者は」
「お、愚か者って……」
「規則を破っているんだ、愚か者だよ
あんたも向こうの人間に恋をしたのかい?やれやれ」
言い当てられ、赤面した私は魔女の言い草にふと気づいた。
………………あんた、も……?
「あのもしかして……私以外にも人間になった人魚がいるのですか?」
「………………そうじゃなかったら、噂なんて流れないよ」
「やっぱり!じゃあ早速……」
「ただしタダとは言わない、それなりの代償を払って貰うよ」
魔女は若い女の人魚に一言、条件を伝えた――
この海岸に来るのも久しぶりだ。
仕事の関係で長らく来れず会えないままだった。
今日は週に一回会う日である、彼女はまだ待っていてくれるのだろうか。
家から遠いというのもあって頻度が少なかったが、漸く別荘が完成した。
これでしばらく毎日会いにいける。
夏というのもあり、家族も皆避暑地としてこの地を訪れているから家族と離されなくて寂しさを覚えることもない。
……と海岸に誰か女性の後ろ姿が見えた。
あの後ろ髪は……と待っていてくれたと嬉しくなり急ぎ足で駆けると何故か彼女が全身真っ裸なのに気づいた。
「!?!?!?」
胸元の鱗のような隠しはどこにいったのか、と慌てて服を脱ぎ彼女に着せて…………それどころか魚の尻尾が消え代わりに人間の足が生えていることに気づいた。
唐突な変化に驚くものの、とりあえず服を着せねば別荘に連れて行こうと話しかけて。
それまでぼんやりしていた彼女が口を開いた。
「ありがとうございます……どなたかは知りませんが……」
「………………は?…………知らない?」
「はい、初めて…………会います」
何故、彼女が凶一郎の事を覚えていないのか。
それは奇しくも足を得たことによる呪いだった。
魔女は首を縦に頷いた彼女にもう一度問う。
『本当にいいんだね?足を得る代わりに……恋心が無くなるって言っても』
『はい、構いません』
それに纏わる記憶が無くなることを魔女は語らなかった。
いや、魔女さえも知らなかったのだ、何せ実際に足を得たのは張本人である魔女だけなのだから。
人間の血を浴びた魔女は二度と二の舞を同じ人魚に歩ませないよう、対策をしろと国王から命じられた。
人魚としても人間としても半端な魔女は永遠に、薬を作り続けていた。
恋心が無くなると言うとどの人魚も諦めていった、人間に恋をして陸に上がりたいのにその根本である心が消えてしまっては本末転倒だ。
だから成功例なんてでなかったのに、ついに頷く人魚が現れてしまった――――
「私気づいたらここにいて……あ、人魚だった事は分かるんですけど……どうして足があるんだろう、とか、足を得て何をするんだっけ……とか…………何も、分からなくて……」
「…………………………」
ぼんやりとうたた寝をするかのように彼女は海を見つめる。
やっと足を手に入れたのに、彼女は永遠に行き場所を見失ったまま、どこにといけず。
ずっと暗闇の中を彷徨うことになるなんて知らない彼女はこちらを見つめたまま複雑な思いを抱えた凶一郎に抱きしめられても何も反応を返すことはなかった。
[目線を反らす]
※結婚後数年経った設定
最近、妻がよそよそしい。
結婚して数年、第一子もだいぶ大きくなり活発的になってきた。
そんなこの頃、帰宅するとおかえりと返事があるものの目があった途端すぐ逸らされてしまう。
まぁ子から目線が外せない…………という可能性もあるが。
凶一郎はものすごく不安だった。
要は愛想を尽かされていないか、とか良からぬ疑念が過ぎりそれが限界に達した時、凶一郎はとある夜、妻に問いただしてみることにした。
子はすっかり寝ていて起きる気配がない。
「な、何…………?」
心当たりがないとでも言うかのように妻は装っているが動揺が手に現れている、髪を触っているのがバレバレだ。
「お前最近俺を見ないだろう」
「えっ、そ、そんなこと…………ない、よ?」
「じゃあ、今真っ直ぐに見てみろ」
「う、うん…………」
妻はこくりと頷いたが、やはり僅か数秒だけで目を背けてしまった。
…………昔から恥ずかしがりやの彼女だがここまで露骨に逸らされることはない。
決して予想したくはないが、心が離れてしまったのだろうか……と腕組みをしながら悲しく思う。
最愛は六美だ、それでも結婚した以上自分から他所の男に気持ちが向くなどとても耐え慣れない。
「…………言いたいことがあるなら何でも言ってみろ、俺は受け止める」
「分かった…………」
覚悟して妻の言葉を待つ。
ああ…………短い結婚生活になるなど予想もしていなかったな………………
だが、もし他と幸せになりたいと言うのなら…………と心にガラスが突き刺さった。
「わ、私ね…………最近…………凶一郎を見ると…………変になっちゃうの」
「変…………?」
「な、何ていうか…………か、かっこよすぎて?きょ、凶一郎は昔からかっこいいんだけど!!そ、それがなんだか…………強まってる気がして…………」
「…………つまりときめいている……と?」
ほっと、若干安堵する。
つまりは愛想はまだ尽かされていないらしい。
ときめいてしまって目を逸らすなど恥ずかしがりやが更に加速してないか?と途端にふっと愛らしくて微笑んでしまう。
しかし常時目を合わせられないのは少し寂しいな…………
「そうでもあるんだけど…………ちょっと違って…………」
「言い方がまどろっこしい、本当はなんなんだ」
「あ、う、え…………と、つ、つまり…………」
妻は凶一郎を体を見るとぽやぽや頬を染めて右往左往させる。
漸くどこに視線が吸い寄せられているのか理解した凶一郎はなるほど、と手を顎に置いた。
「確かに体格は増しているな」
「そ、そう!スーツ脱ぐと更に…………で、よ、夜は………よ、る、は………………」
「そうか」
どもってしまった妻の隣に移動してさりげなく腰に手を回す。
耳元に口をよせて。
「つまりは…………そういう気分になって困ってしまう…………そういうことだろう……?」
そう呟くと妻の紅潮は最高潮に達した。
困ったもなにもこちらとしては嬉しい以外の何もでもないのだがな…………と凶一郎はそっと部屋の明かりを消した――――
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