凶一郎夢ツイッターログまとめ
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初めは些細な衝撃によるものだった。
お互いぼーーっとしていた為か凶一郎はあきらと頭と頭をぶつけてしまった。
とはいえ凶一郎が少し屈んでいたとはいえ、額と額がぶつかったわけではないが、不意の事故はお互いにダメージを与えた。
ぐらぐらと視界が揺れる中凶一郎はこのことを妹弟に悟られなくないと思う。
上の空で彼女にぶつかってしまったなど、あまりにも情けないし何より心配をかけたくなかった。
パチリ、と目を瞬かせる。
少しふらつきはするが…………問題はないだろう。
「大丈夫か……?」
「あ…………うん…………ごめんね、凶一郎…………」
声が二重する、これはいけない。
だが、しばらく休んだら元に戻るだろう。
もし、それでも気分が収まらないのだったら七悪に相談すればいい話だ。
「こちらこそ、すまん
部屋に帰ってお互い休んだほうがいい」
「そう…………だね、そうする」
向こうも思考がぐらついているのか、素直に頷くと自身の部屋へと向かっていった。
俺も自室に帰るとしよう…………
いつもの癒し空間、六美の間に置かれた椅子に腰を下ろし意識がぼやけた。
………………………………
目を覚ます、いつの間にか眠っていたらしい。
体を椅子から起こすとさっきまで不調だったのが嘘かのように調子がいい。
時間を見るともう半日過ぎていた、六美におはようを言わなくては…………
「六美――――――♡♡♡おはよう!」
いつも通りに六美に抱きつこうとして避けられる…………かと思いきや六美は凶一郎のハグを受け入れた。
拒否られなかった事に驚愕せずにはいられなかった。
もしかして今日俺は死ぬのか???これは天国か???
六美は戸惑っているが、優しい笑みを浮かべて俺のハグを受け入れている。
ああ………………なんて…………幸福なんだろう…………と幸せそうに笑みを浮かべる俺に六美は。
「おはよう、どうしたの??ふふ」
「ん??特になんでもないが??いつものことだろう」
「やだ、お兄ちゃんみたいな口調真似して…………あっだからハグも真似してるの??お姉ちゃんは本当にお兄ちゃんのことが大好きだね」
「ん?なんであいつの事が出るんだ??確かにそれはそうだが…………」
と、疑問を浮かべて凶一郎は今更ながら六美ともいつもの距離…………いや身長差に違和感を感じた。
凶一郎は185cm、一方六美は163cmである。
なので……こう抱きついた時には六美の頭が真下にくるはずなのだが……これでは凶一郎と六美がほぼ同じくらいの身長差になってしまう。
ああ…………真横から見る六美の顔は可愛いな…………紛うなき天使だ…………と感嘆しつつ段々とズレに気づきつつあった。
そして、決定的な一言。
「お姉ちゃんがこんな風に抱きついてくるなんて初めてだね、びっくりした」
「……………………お姉、ちゃん?」
「あれ?まだ寝ぼけてる?お兄ちゃん起きてきたら目覚めるかな…………」
「……………………」
すごく嫌な予感がする、と悪寒が走った時、ドタバタと階段をごろんごろん、と落ちながらバタバタ、内股で走ってくる………………
「凶一郎っ!!どうしよう!朝起きたらっ!
あっ、六美〜〜〜〜っ、グスッ」
「お、お兄ちゃん!?!?え?え?!?」
明らかに自分の言動ではない、自分の姿をした不気味な夜桜凶一郎が現れた。
………………改めて凶一郎は自分の姿を鏡で見ると…… どうみても婚約者であるあきらが映っていた――――――
つまりは。
「え、えっと…………お姉ちゃんって思ってたけど……中?に入ってるのはお兄ちゃんで……お兄ちゃんの中には……お姉ちゃんが入ってる…………ということ?」
「そうなるな」
「っ、これからどうしよう………………」
「メソメソするな、いいか、くれぐれもそんな感じで外に出るなよ?スパイデーにでも取られたら大惨事だ」
「う、うん…………」
ナヨナヨと涙目を浮かべきゅっと口を窄めて、内股で拳を小さく握りしめる姿はとても見るに堪え難い。
はぁ…………と耐えかねて足を組もうとするがスカートしかと長めでは中々にやり辛くあきら(中身凶一郎)はため息をついた。
「精神が入れ替わるなんて、僕も初めてだよ
どうしたらいいかな……」
「どうもこうもまずは色々試してみるっきゃねーな、話はそれからだ」
「にしてもなんか入れ替わってると気持ちワリー、別人みてぇ」
医学的観点から七悪、機械的観点から四怨…………と二人を元に戻すべく急遽チームが結成された。
このままにしておくわけにはいかない、体が入れ替わったこの状態で仕事が上手くいくはずがない。
ひとまず戻るまでは屋敷内で過ごすしかないだろう…………しかしあきらが入った状態の自分を見るというのは中々にこたえる。
表情はやけにふんにゃりしていて錯覚か頭の上に花が咲いているような錯覚さえする。
ともかく今すぐ戻れるというわけではないのでとりあえず場を和ます為に六美は紅茶を淹れ始めた。
凶一郎にはいつものダークスイート、あきらにはリラックス効果のある紅茶を淹れ目の前に置いたが。
「待て六美それはこっちだ」
「あっ、そうだった、今あきら姉ちゃんが凶一郎兄ちゃんだったね、はい」
「うーーん、六美が挿れたダークスイートの香りはまた格別……さてひとく…………ち」
と飲もうとしたあきら(中身凶一郎)だったがカップの淵に唇を寄せようとしてぴたりと停止してしまった。
「お兄ちゃん……?もしかして上手く淹れれてなかった?」
「いや、そんなことはない、六美の淹れた紅茶はいつだって完璧だ、そこじゃない…………
今俺はあきらの体だ、この状態で飲んだら…………」
「あっ」
凶一郎の飲んでいるのは原液そのままだ、通常はこれを薄めて使用するのだが…………
耐性が出来てしまっている凶一郎はこの原液でないと眠気を覚ますことができない、あきらの身体となると話はまた別だ。
覚醒どころか身体に悪影響を及ぼす可能性がある…………
それにしても眠気がない状態は久しぶりだ、いつもは強制的に覚醒させているからな……と若干喜びを感じてしまう。
なら俺はあきらが飲んでいるものと同じ物を飲もうと凶一郎(中身あきら)を見ると何とうつらうつら…………と眠りかけていた。
「…………!!!あきら!!!!」
「へ……?」
「今からどうするか話そうとしてるのに寝るな、起きろ!」
「おやすみなさい………………」
「あきらーー!!!」
凶一郎(中身あきら)はむにゃむにゃと寝心地よさそうにソファにぽすんと横たわって寝ようとするのを慌てて身を起こさせる。
致し方ない、凶一郎本人ならば脳を半分ずつ休めて寝ない方法を獲得しているが本人ではないとコツがつかめないだろう。
現状任務に赴く必要はないので寝ていても支障はないだろうがこれからどう戻るか話そうとしてるのに寝られては困る。
あきら(中身凶一郎)は自分が飲もうとしていたダークスイートが入ったカップを手に取ると凶一郎(中身あきら)に無理やり飲まさせた。
ダークスイートを飲まさせた途端目をへにょんとさせて寝息を立てていたのが嘘のようにカッと目を見開き凶一郎(中身あきら)は飛び起きた。
「目は覚めたか?」
「う…………なんか頭をぶん殴れたような感じがした…………凶一郎って毎日これ飲んでるの……?」
「ああ、頭がしゃっきりするぞ」
「しゃっきりどころじゃない気がする…………」
覚醒作用により眠気が吹き飛んだのか体がぐらついてる様子はないが起こられた凶一郎(中身あきら)は複雑な表情をしている。
「さて、どう戻るか試してみるか
話に聞いたところだと頭をぶつけたって話だが……もっかいぶつかってみるか?」
「一応軽く脳波を見たけど問題はなかったから多少は大丈夫だろうけど……あんまり強くはぶつけないでね
でも前測った時の脳波とは違うんだよね…………中身が入れ替わってるせいなのかな?興味深い…………」
「七悪研究熱心なのは良いことだが早いこと二人を戻さんと夜桜家の危機だからな」
「分かってるよ、じゃあ試しにぶつかってみて、お兄ちゃんとお姉ちゃん」
これで元に戻るとは到底思わないが物は試しだ、と二人は頷くと向き合った。
入れ替わった状態で自分と向き合う…………というこの状況に奇妙な感じがするのは置いといて。
息を合わせ…………ごつん!と音を立てて額同士をぶつけあった。
鈍い音が響き凶一郎(中身あきら)はぶつかった痛みで額を押さえた。
じんじんと額が傷みぶつかっただけなのにこんなに痛いなんて……!とじわりと目に涙が浮かぶ。
額を擦って効果が出たか自分の方向を見たが……そこにいるのは自分なので入れ替わりは解消できていない……ということになる。
やっぱり駄目だったかぁと口を曲げたがあきら(中身凶一郎)はなんと。
「もういっかいやるぞ」
「え!?!?も、もういっかい!?」
凶一郎(中身あきら)はもうぶつけたくない、痛みはもう嫌だと拒否しようとしたがあきら(中身凶一郎)は鬼気迫る様子で拒否しようにも出来なかった。
向こうは痛みを感じていないのかゴツゴツと軽く額をぶつけて以前として戻らない現状に首を傾げた。
強さが足りない?あまり強く打ち付けても身体に影響が出る可能性はあるが…………どうする?と凶一郎(中身あきら)に聞こうとして、あ、とぽかんと口を開けた。
「痛いよ〜〜〜〜〜」
「す、すまんっ!!!痛かったよな…………」
「だ、大丈夫………………っていうか今凶一郎の体だもんね、もう少し強めに駄目って言えば良かった…………傷ついてたら私顔向け出来ないよ……!」
まるで嫁入り出来ないみたいな言い分だが嫁にとるのはこっちの方なのだが……とツッコミたくなったが押し黙った。
それにしても日々悩まされているあきらの鈍感性だがそれを実体験する羽目になるとは…………
痛みを感じないからそこまで強くぶつけてないと思っていたが予想以上にこの身体は痛みを感じないらしい。
となるとあきらの体もダメージを負っているわけで………………思わず不甲斐なさで自分の顔を殴りたくなったが今俺はあきらの体なのだと思い出してぎゅっと拳を握った。
「あんまり無理しないでね…………!お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「七悪…………」
「今日のところはゆっくり体を休めて明日また考えようよ」
「そうだな、根を詰めても致し方ねぇし」
「四怨も…………凶一郎それでいいかな……?」
「……………………そうだな」
一旦はこれで解散…………となったタイミングで凶一郎(中身あきら)はぴくりと体を停止させた。
そのままこちらを見たかと思うと何か迷っているのかチラチラと目が右往左往していた。
その意図が読めなかったあきら(中身凶一郎)だったが小さく手招きされた。
すっと身を縮こませて耳元でこっそりと耳打ちされる。
「お、おと…………おトイレにいきたいんだけど………………」
もじもじと非常に恥ずかしがりながら赤面して打ち明ける凶一郎(中身あきら)にこの姿は誰にも見られなくて良かったな………………と人気のないところで打ち明けた彼女に感謝した………………
用は済ませ、トイレから出てきた凶一郎(中身あきら)にため息をつく。
「そんなに恥ずかしがることないだろう、昔は一緒にも風呂に入ってたこともあるし」
「そ、そういう問題じゃないよ……!今は自分の体でも………………」
「分かった、悪かった………………ん?」
「凶一郎?どうしたの??」
「……………………………………」
きゅっと口を結んで黙ってしまったあきら(中身凶一郎)は………………
非常に言いづらそうに小さくか細い声で数分前に言われた言葉を反芻したのだった………………
先ほどの一連の出来事はお互い水に流そうじゃないかと暗黙の了解でそれ以上深く問わないことにした、きっとその方が良い気がする。
ふぅ、と息を吐いて酒のストック棚からお気に入りの酒をいくつかピックアップし部屋で嗜むことにした。
何か別の事で気を紛らわさないと何か越えてはいけないラインを越えてしまうような気がするからだ。
今日はいつもより多めに飲んでしまおう、と酒を片手にあきら(中身凶一郎)はウキウキと体の持ち主の部屋へと向かった――――
そんな風に楽しそうに部屋に向かう彼…………いや彼女を凶一郎の体に入った私はお酒かぁ…………と飲めない性質を嘆きつつのほほんと見守って自室に帰るべく横を通り過ぎて…………慌てて踵を返しドアを勢いよく開けると…………
グラスを片手に飲む姿が見えた。
静止しようとしたがちょうど液体が口に飲み込まれる時で――案の定ほどなくしてカクン、と糸が切れるように脱力した。
力が入らなくなったからか手からするんとグラスが抜け落ちそれを慌ててキャッチする。
とりあえずグラスを机の上に置いて椅子にもたれかかったままの(名前)(中身凶一郎)を見ると頬がぽんやり赤色に染まっていてすやすやと眠っていた。
ベッドに連れていかなければならないが…………
「この余ったお酒どうしよう」
飲みかけのワインが一つ、捨てるのもなんだし…………
そういえば私は今凶一郎の身体に入っている。
なら酒の耐性も凶一郎の物となるのではないか……?凶一郎はどうだったけ……多分強いよね?と先ほど机に置いたグラスを再び手に取る。
勿体ないし…………ああでも凶一郎が先に飲んでいるから間接キスに……!
「でも飲んだ体は私なわけで…………うーーん、ま、まぁでも昔同じグラス使っちゃったこともあるわけだし!きょ、凶一郎もきっと…………き、気にしない、よね」
言い訳するようにうんうん、頷いて残ったままのワインを口に含む。
「んっ!?!?う………………」
思わず顔を顰めてワインを凝視する。
ワインってこんな味だったのか…………味覚までは同一にならないのか眠ることなく味わったワインはあまり美味しいとは思えなかった。
なんだか凶一郎の体で飲んでいるのに舌鼓を打つことなく薬を飲む如く無理やり喉に流し込む行為に申し訳なさを感じる。
グラスを空にして凶一郎、ごめんね…………と心の中で謝る。
さて、すやすやと眠っている彼をベッドに連れて行かなくては……と抱きかかえてあまりにもずっしりと重量感がある事に割とショックを受けた。
「お、も…………!?!?え、わ、私って…………こ、こんなに重かったの……!?!?」
その要因は中身が入れ替わっていること、眠っていることだったりが関係しているのがあきらは中々にショックを受けた。
凶一郎は何度も謝って酒を口にしてしまった私を運んでくれている。
もし元に戻ったら謝らないと…………と心の中でシクシク泣きつつベッドまで近づく。
絶対ダイエットして痩せる……と決意を胸にしているとすやすやと眠っているあきら(中身凶一郎)がぽつりと寝言を呟いた。
「む、むつみ…………」
「夢…………見てるのかな、やっぱり六美ちゃんだらけだね、ふふ」
寝言でずっと六美がどうたらこうたら――――と言っている、夢で六美ちゃんに囲まれる夢でも見ているのだろうか……?
寝顔は自分の顔だが凶一郎が気持ちよさそうに寝ていると思うだけで愛しい感情が芽生える。
そっと起こさないようにベッドに寝かせて布団を羽根のように優しくかけた。
凶一郎が眠ることは少ない、家族総出で疲れさせないと寝かせることが出来ず入れ替わっている状態でも夢を見れて良かった…………と私は思ったが。
今凶一郎が入っているのは私の体なわけで疲労が取れるわけではないと気づいた。
なら、私も寝て凶一郎の体を癒さなきゃ!と思い立ったらが吉、凶一郎の部屋に戻って寝よう――と膝立ち状態から立ち上がろうとしたその時。
「あきら…………かわいいな…………」
「へっ!?!?」
自分の名前が出てくるとは全く思っておらず動転した私はつるっと足をずっこけてしまった。
重心を失った体は下に落ちてごつん!と額同士がぶつかってしまった。
不意打ちだったからか鈍い音が響いた後くらくらと視界が霞む。
何とか体を踏ん張ってベッドから離れようとしたがどんどん視界は狭まるばかりだ。
私はそのままベッドの四隅に頭を預けたまま、意識がプツンと切れた――――
頭が若干ズキズキと痛む。
どこかで強く打ち付けたかのような痛みを感じつつ瞼を開けるとあきらのベッドに上半身だけ預けたような状態で寝ていたらしい。
状況が掴めぬままベッドの持ち主を見るとすやすやと眠っている。
起きろ、と体を揺さぶると持ち主はほどなくしてパチリと目を覚ました。
むくりと起き上がりまだ眠そうな表情で自分に声をかけてきた人物の顔を眺めて…………
二人は改めて真向かいにいる人物の顔をまじまじと見る。
「あきら…………?」
「凶一郎…………ってことは……!?」
ぱっとお互い自分の体を確認し生まれ持った体に戻った事を改めて実感したのだった。
「なんだよ、もう元に戻ったのか?せっかく嫌五と色々考えてた策がパーだな」
「すまんな、手間をかけさせて
ちなみに考えてた策とは何だ?」
「とにかく色んな意見が必要と思ってさ
どうせなら俺達だけじゃなくて全世界に向けて配信でもやろーーかなって」
「………………………お前たち面白半分でやろうとしてないだろうな」
その案が実行させてなくて良かった、入れ替わった状態のを全世界に見られるなど恥以外何物でもない。
家族でさえ羞恥に駆られたというのに赤の他人にアレを見られたかと思うと気が気でない。
ともあれもう元に戻ったのだから目を瞑るとしよう。
「凶一郎、昨日は色々とごめんね…………それといつも私がお酒で眠っちゃった時に運んでくれてありがとう…………」
「気にするな、不慮の事故だろう」
あきらがしきりに酒の事を気にしているが昨日寝てしまったのはこちらの方なのに何故今更感謝を述べているのか全く皆目見当がつかない。
意図が掴めず彼女の顔をじっと見つめていると。
「あのね、凶一郎」
「なんだ?」
「凶一郎にとって可愛い、ものは!?」
「藪から棒になんだ、…………まぁ六美に決まっているだろう、世界共通認識だ」
当たり前のように誇るとあきらはやっぱりそうだよね!!と安心したように微笑む。
何故それが知りたいのかは分からなかったが疑問が解けたようで何よりだ。
………………と思っていてなんだが。
六美とは違う観点で同様な感情が発生するのはまだ言えずにいる。
それを正直に答えられるようになるのはいつの日か――
[newpage]
「緊張してきた……俺ちゃんと踊れるかな……」
「大丈夫よ太陽、しっかり練習してきたじゃない」
今日は裏社会が集うダンスパーティーの日である。
事前に申請したペアと社交ダンスを行う必要があり社交ダンスなど心得がない太陽はみっちりと練習を行ってきたのだが、慣れない礼服に豪勢で煌びやかな会場に心落ち着かなかった。
それに横に控える六美のドレス姿にもドギマギしていた。
「そ、それもそうなんだけど…………ふ、不安が……」
「太陽も太陽だけどあきら姉ちゃんも心配ね……」
「練習はしてるはずだけど……あれを見ちゃあなぁ」
自分の出来具合も心配だがそれに加えてあきらの事が気にかかっていた。
何故気にかかるかと言うと…………数週間前まで遡る。
「ダンスパーティー?」
「そう、裏社会のね、戦闘はご法度で単純に社交ダンスを披露するだけよ」
「しゃ、社交ダンス…………俺心得がないんだけど…………」
「大丈夫よ、今からみっっちり練習するから!
きっと太陽なら上手に踊れるようになるわ」
自信満々に宣言する六美に対し……………ここぞとばかりに
煽る者がいた。
無論凶一郎である。
「ふんどーせ地に足がついた程度にしかならんだろう!お前のような下手くそがパートナーとなった六美が哀れで仕方がないっ!ふん」
「ちょっと!お兄ちゃん!」
「で、でも下手くそな事には変わりないし…………恥をかかへないように俺頑張るけどごめんな」
「いいの、私どんなに太陽が下手っぴでも気にしないよ」
睦まじい夫婦のやりとりを繰り広げる太陽と六美に凶一郎は出鼻を挫くつもりだったのに…………とハンカチをかみしめている。
まぁいい精々頑張ることだなと心の中で吐き捨てて横にいるあきらに声をかけた。
「俺たちも一曲通しておくか」
凶一郎のパートナーは勿論あきらである。
前に参加したのは数年前か…………めっきり参加していないがあきらは幼少期からレッスンを受けており不安要素は欠片もないと思い込んでいたのだが。
「う、う、うん…………!」
「…………………………あきら?」
カチコチとぎこちなく強張った様子のあきらに超絶嫌な予感が走った。
おかしい……昔踊った時はこんな風ではなかったはず……
だがあきらの動きは明らかに変でロボットのようにかくつきまともにステップを踏むことが出来なかった。
そのせいで調和がとれずしょっちゅう体がぐらついたり凶一郎の足を誤って踏んでしまったりとてんでダメダメである。
練習する太陽を嘲笑う予定だったが変更となりそうだ。
急ぎ対策を考えねば………………長男である自分が恥を晒す訳にもいかない。
とはいえ昔は普通に踊れていたのに急にどうしたことだ……?と顎に手を置いて思案しているとその様子を見かけねたのか六美があきらに声をかけた。
「大丈夫?お姉ちゃん、具合でも悪い?」
「え、全然平気だよ、ただなんか緊張しちゃって……」
「そんなに緊張しいだっけ?私とも練習に踊ったことあるけどこんなことなかったよ、試しに組んでみる?」
「うん」
練習の手ほどきとして女性同士で踊ることは珍しくない。
そっと手を重ねて音楽に合わせて……踊り始めると。
さっきまでのが嘘のように涼やかに優雅にちゃんと社交ダンスのお手本のように踊れているではないか。
「あれーー?ちゃんと踊れるじゃない」
「………………何で俺の時は…………何故だ……?」
「あ…………六美の時は緊張しないからかも
ペアとして踊るのだいぶ久しぶりで…………どうしても凶一郎だと…………」
とあきらは言うもののそんなに密着する必要はないのだがあきらは照れ屋が激しい。
社交ダンス程度であっても至近距離で触れ合っただけでこの通り赤面している。
やれやれとため息をついたが原因は追及できた、要は手を繋いだり至近距離であっても緊張しないように特訓をすればいい。
「なら特訓しかないな、緊張しないように」
「と、特訓って言っても…………何をすれば…………?」
「ふ、あれ程度の密着で恥をかかないくらい……もっと密着すればいいということだ」
そういう事で密着しても緊張しないように特訓する為凶一郎がとった方法は。
単純に密着度が増す…………ハグだった。
ベッドに腰掛けた凶一郎の膝の上に座り後ろから抱きつかれるあきらは腕の中から脱したそうに腕を手で押しのけようとした。
「………………あの、凶一郎…………!これ!ほんとにいる!?」
「動くな、あれ程度で赤面するお前が悪い
観念して大人しく特訓を受けろ」
「で、でも……!」
「お前を配慮して顔を見ないようにしているんだぞ?むしろ感謝してほしいとこだが」
むしろ後ろからなのも恥ずかしいとこなんだけど……!と文句を言いたくなったが確かに真正面よりかはマシ…………かもしれない。
向き合ってずっと抱きしめられているなんてとても心臓が持つ気がしない。
一応制限時間は決まっていて徐々に時間を伸ばし…………ある程度まで心境が持ったら社交ダンスも大丈夫だろうと見通しているらしい。
本当に上手くいくのかな…………と不安に思うが凶一郎を困らすわけにはいかない……とあきらは力を抜いた。
凶一郎がタイマーをかけ特訓がスタートする。
抱きしめられるだけ……抱きしめられるだけ…………と心に暗示をかけるがそれで羞恥心が消えるわけでもなく。
なおかつ首筋に凶一郎の息が当たってこそばゆく徐々に脱したい気持ちが増していく。
違うことを考えようとするが返って彼の腕を意識してしまう。
自分の手とは違う男の人の手、腕に今自分は抱きしめられているんだ…………と思うだけで一気に熱が上がった。
きゅうきゅうと心臓が痛いほどに胸がしめつけられる。
タイマーが鳴るよりも茹でダコになってしまうんじゃと思うくらい体が熱かった。
ほどなくしてタイマーがなり力が籠もっていた腕がするんと解かれあきらはそそくさと凶一郎の膝の上から脱出した。
「よく頑張ったな」
「あ、ありがとう…………」
「今日はこのくらいにしておくか」
「きょ、今日………………?」
さっきも言っただろう、と凶一郎は眉を上げる。
ふうとため息をついて凶一郎は説明した。
「さっきも言ったが徐々に密着する時間を長くすることで耐性をつけようと言っているんだ」
「そ、そうだったね」
「ということでこれからダンスパーティーがある日まで毎日特訓するからな」
「ま、毎日っ!?!?」
拒否権は無く今日と同じ事をこれから毎日しなければならないのか――――とあきらはいつか気絶するんじゃ…………と気が遠くなった――――
が、人間慣れもあるのか時間さえある一定の長さなら多少ましになったのか。
最初ほどはガチガチに緊張することもなくなった。
羞恥が無くなったわけでもないしやはり彼に抱きしめられるというだけでトキメキも発生するが、特訓のかいもあって少しずつ社交ダンスの方も徐々にどうにか見れるレベルに回復してきた。
だがまだ見れるレベルなので更に緊張をほぐす必要がある。
あともうちょっと…………あと数日で期限が来てしまう。
その為にも特訓を頑張らないと……!と意気込むあきらに対し、凶一郎の方に徐々に異変が訪れていた。
それは今日、明らかとなる――――
「今日もよろしくお願いします、あともう少し…………緊張が取れるように頑張るから」
「…………ああ」
「特訓に付き合ってくれてありがとう、毎日毎日…………凶一郎は辛くない……?」
「いや、別に…………」
凶一郎は妙に歯切れが悪い、彼が辛くないというならあきらも罪悪感を感じずに済むしそれならそれで良いのだけれど…………
凶一郎に一言断ってからそろりと凶一郎の膝の上に座る。
する……と彼の腕が腰に回されてぴったりと背中に凶一郎の体温を感じる…………
………………やっぱり!恥ずかしいものは恥ずかしい……!と全身で叫びたくなるのをぐっと堪えてこれもちゃんと人の前で恥をかかせない為……!凶一郎の為!と言い聞かせる。
アラームがなり徐々に伸びた制限時間も何とか耐えきれるようになった。
とりあえず今日はおしまい…………と立ち上がろうとして凶一郎の腕がまだ解かれていない事に気付く。
あれ?まるでびくともしない、もしかして眠っちゃったのかな。
「きょ、凶一郎、アラーム鳴ったよ……?」
「……………分かってる」
「と、特訓終わり…………だよね?」
「すまん…………もう少し…………」
軽く力を込められていたのが少しきゅっと強まってしっかりと体を抱きしめられる。
既にアップアップだった許容量が溢れそうになってあきらはオーバーヒート寸前だった。
しかし凶一郎はあと少しと言ったのに離す気はないらしい。
あと少し、少しって、何秒!?何分!?終わりが見えないゴールに気が遠くなる。
凶一郎の方といえば無言のまま抱きしめ続けている、一体どうしたんだろう、さっきから様子がおかしい。
と思うもあまり思考に余裕がない、もうどうにかなってしまいそうだ…………
「きょ、凶一郎、あのね…………」
ここままでは拉致があかないとあきらは顔だけ振り向いて凶一郎に再度お願いしようとすると…………
視線が絡み合う、凶一郎の表情は今まで見たことがない表情だった。
空気にお酒が充満しているかのような酩酊感の中あきらはもしかして振り向く行為は余計に事態を悪化される一手だったのでは……?と思うももう遅い。
腰に回った腕のうち、片方が動き振り向いた#da=1#]の顔にそっと当てられる。
「あ………………」
「………………あついな」
それはあきらの手か凶一郎の手かお互いの体温か――――
それらすべてがどれか――言い当てる思考ももう残っていない。
今あるのは果てしない羞恥心とそれでもまだこの空気を味わいたい気持ちが僅かに芽生える。
あきらの顔に添えられていた手は気まぐれに髪にふれたり弄ぶ。
行動一つ一つにドキリと胸が弾んで吐く息が熱くてたまらない。
そんな風に呼吸を繰り返す唇に凶一郎の視線が熱く注がれる。
その意図に気づいて、いや、きっと違うんだと否定するとあきらはぐっと大きく目を見開いた。
待って、え、いや、そんな事は…………!と思うあきらを余所に凶一郎は腰に添えた手に力を込めた。
が、神様のイタズラか………………
「ちょっとアラーム鳴りっぱなしだけど寝ているのかい?」
「ふ、二刃っ!?!?!?」
「ああ、特訓の途中だったね……………凶一郎、熱中するのはいいけどもう限界みたいだよ」
「限界……?あ…………」
もうカップが溢れてしまったのかそれとも二刃に経緯を見られてしまったのかそこには限界を越えてくんにゃりともたれかかり気絶したあきらがいた――――――
その特訓が光を成したのかあきらは社交ダンスで緊張せずに自然体で踊れるようになった。
あきら曰くあれに比べたら遥かにましであると――――
ちなみにあの行動に走った理由についてはまだ緊張が解けない自分をなんとかしてくれようと凶一郎が画策してくれた――とあきらは判断したらしい。
さて、今日はダンスパーティー当日である。
特訓の成果がちゃんと発揮されていると良いが…………と若干の不安を抱きつつあきらの着替えを待っていると…………
「おまたせ」
ようやく準備が終わったらしい、緊張してないか?と言おうと振り返ると…………
凶一郎は思わず言葉を失った。
社交ダンスように整えられたあきらはいつもと少し違って見えて凶一郎は何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
「凶一郎?どうしたの?」
「っ、な、なんでもない…………」
「?」
心臓の鼓動が………………止まない。
結論から言うとあきらはリズムを崩すことなく社交ダンスは不都合なく終わることが出来た。
夜桜家かつ凶一郎に恥をかかすことなく終われて良かった……と安堵しているあきらとは反対に凶一郎は――
社交ダンス後の歓談で凶一郎の元に親友の灰が訪れた。
「凶一郎ちょっと緊張してた?」
「………………してない」
「流石だね、誰も凶一郎は完璧だと疑わない
でもちょっとだけ…………ほんの僅かだけ不自然だったよ
そんなに彼女が魅力的だった?」
それが表に出ないよう取り繕っていたはずなのだが灰には相変わらず悟られているようで内心舌打ちをうった。
だが彼が言っていることは的を得ている、確かにあまり見ないドレス姿は自分の心を奪ったようだ。
肯定も否定もしない凶一郎に灰はイエスだと受け取ったらしく確かにそうかもね、と向こう側を見た。
「なにがそうかもね、だ?」
「ああいや、君の婚約者が人気だからそう思っただけだよ」
「なっっ………………」
灰の視線の先を見やると確かに男に話しかけられているあきらがいた。
こういう場で交流はよくある、が、話しぶりが凶一郎にとっては癇に障った。
嫉妬心丸出しの凶一郎は灰はくすりと笑う。
「虫よけ、しなくていいの?」
「当たり前だろう……!くそ、目を離している隙に…………」
どこの誰だ、あきらに声をかけている輩は……!とぷんすこ怒りながら向かう凶一郎だった。
お互いぼーーっとしていた為か凶一郎はあきらと頭と頭をぶつけてしまった。
とはいえ凶一郎が少し屈んでいたとはいえ、額と額がぶつかったわけではないが、不意の事故はお互いにダメージを与えた。
ぐらぐらと視界が揺れる中凶一郎はこのことを妹弟に悟られなくないと思う。
上の空で彼女にぶつかってしまったなど、あまりにも情けないし何より心配をかけたくなかった。
パチリ、と目を瞬かせる。
少しふらつきはするが…………問題はないだろう。
「大丈夫か……?」
「あ…………うん…………ごめんね、凶一郎…………」
声が二重する、これはいけない。
だが、しばらく休んだら元に戻るだろう。
もし、それでも気分が収まらないのだったら七悪に相談すればいい話だ。
「こちらこそ、すまん
部屋に帰ってお互い休んだほうがいい」
「そう…………だね、そうする」
向こうも思考がぐらついているのか、素直に頷くと自身の部屋へと向かっていった。
俺も自室に帰るとしよう…………
いつもの癒し空間、六美の間に置かれた椅子に腰を下ろし意識がぼやけた。
………………………………
目を覚ます、いつの間にか眠っていたらしい。
体を椅子から起こすとさっきまで不調だったのが嘘かのように調子がいい。
時間を見るともう半日過ぎていた、六美におはようを言わなくては…………
「六美――――――♡♡♡おはよう!」
いつも通りに六美に抱きつこうとして避けられる…………かと思いきや六美は凶一郎のハグを受け入れた。
拒否られなかった事に驚愕せずにはいられなかった。
もしかして今日俺は死ぬのか???これは天国か???
六美は戸惑っているが、優しい笑みを浮かべて俺のハグを受け入れている。
ああ………………なんて…………幸福なんだろう…………と幸せそうに笑みを浮かべる俺に六美は。
「おはよう、どうしたの??ふふ」
「ん??特になんでもないが??いつものことだろう」
「やだ、お兄ちゃんみたいな口調真似して…………あっだからハグも真似してるの??お姉ちゃんは本当にお兄ちゃんのことが大好きだね」
「ん?なんであいつの事が出るんだ??確かにそれはそうだが…………」
と、疑問を浮かべて凶一郎は今更ながら六美ともいつもの距離…………いや身長差に違和感を感じた。
凶一郎は185cm、一方六美は163cmである。
なので……こう抱きついた時には六美の頭が真下にくるはずなのだが……これでは凶一郎と六美がほぼ同じくらいの身長差になってしまう。
ああ…………真横から見る六美の顔は可愛いな…………紛うなき天使だ…………と感嘆しつつ段々とズレに気づきつつあった。
そして、決定的な一言。
「お姉ちゃんがこんな風に抱きついてくるなんて初めてだね、びっくりした」
「……………………お姉、ちゃん?」
「あれ?まだ寝ぼけてる?お兄ちゃん起きてきたら目覚めるかな…………」
「……………………」
すごく嫌な予感がする、と悪寒が走った時、ドタバタと階段をごろんごろん、と落ちながらバタバタ、内股で走ってくる………………
「凶一郎っ!!どうしよう!朝起きたらっ!
あっ、六美〜〜〜〜っ、グスッ」
「お、お兄ちゃん!?!?え?え?!?」
明らかに自分の言動ではない、自分の姿をした不気味な夜桜凶一郎が現れた。
………………改めて凶一郎は自分の姿を鏡で見ると…… どうみても婚約者であるあきらが映っていた――――――
つまりは。
「え、えっと…………お姉ちゃんって思ってたけど……中?に入ってるのはお兄ちゃんで……お兄ちゃんの中には……お姉ちゃんが入ってる…………ということ?」
「そうなるな」
「っ、これからどうしよう………………」
「メソメソするな、いいか、くれぐれもそんな感じで外に出るなよ?スパイデーにでも取られたら大惨事だ」
「う、うん…………」
ナヨナヨと涙目を浮かべきゅっと口を窄めて、内股で拳を小さく握りしめる姿はとても見るに堪え難い。
はぁ…………と耐えかねて足を組もうとするがスカートしかと長めでは中々にやり辛くあきら(中身凶一郎)はため息をついた。
「精神が入れ替わるなんて、僕も初めてだよ
どうしたらいいかな……」
「どうもこうもまずは色々試してみるっきゃねーな、話はそれからだ」
「にしてもなんか入れ替わってると気持ちワリー、別人みてぇ」
医学的観点から七悪、機械的観点から四怨…………と二人を元に戻すべく急遽チームが結成された。
このままにしておくわけにはいかない、体が入れ替わったこの状態で仕事が上手くいくはずがない。
ひとまず戻るまでは屋敷内で過ごすしかないだろう…………しかしあきらが入った状態の自分を見るというのは中々にこたえる。
表情はやけにふんにゃりしていて錯覚か頭の上に花が咲いているような錯覚さえする。
ともかく今すぐ戻れるというわけではないのでとりあえず場を和ます為に六美は紅茶を淹れ始めた。
凶一郎にはいつものダークスイート、あきらにはリラックス効果のある紅茶を淹れ目の前に置いたが。
「待て六美それはこっちだ」
「あっ、そうだった、今あきら姉ちゃんが凶一郎兄ちゃんだったね、はい」
「うーーん、六美が挿れたダークスイートの香りはまた格別……さてひとく…………ち」
と飲もうとしたあきら(中身凶一郎)だったがカップの淵に唇を寄せようとしてぴたりと停止してしまった。
「お兄ちゃん……?もしかして上手く淹れれてなかった?」
「いや、そんなことはない、六美の淹れた紅茶はいつだって完璧だ、そこじゃない…………
今俺はあきらの体だ、この状態で飲んだら…………」
「あっ」
凶一郎の飲んでいるのは原液そのままだ、通常はこれを薄めて使用するのだが…………
耐性が出来てしまっている凶一郎はこの原液でないと眠気を覚ますことができない、あきらの身体となると話はまた別だ。
覚醒どころか身体に悪影響を及ぼす可能性がある…………
それにしても眠気がない状態は久しぶりだ、いつもは強制的に覚醒させているからな……と若干喜びを感じてしまう。
なら俺はあきらが飲んでいるものと同じ物を飲もうと凶一郎(中身あきら)を見ると何とうつらうつら…………と眠りかけていた。
「…………!!!あきら!!!!」
「へ……?」
「今からどうするか話そうとしてるのに寝るな、起きろ!」
「おやすみなさい………………」
「あきらーー!!!」
凶一郎(中身あきら)はむにゃむにゃと寝心地よさそうにソファにぽすんと横たわって寝ようとするのを慌てて身を起こさせる。
致し方ない、凶一郎本人ならば脳を半分ずつ休めて寝ない方法を獲得しているが本人ではないとコツがつかめないだろう。
現状任務に赴く必要はないので寝ていても支障はないだろうがこれからどう戻るか話そうとしてるのに寝られては困る。
あきら(中身凶一郎)は自分が飲もうとしていたダークスイートが入ったカップを手に取ると凶一郎(中身あきら)に無理やり飲まさせた。
ダークスイートを飲まさせた途端目をへにょんとさせて寝息を立てていたのが嘘のようにカッと目を見開き凶一郎(中身あきら)は飛び起きた。
「目は覚めたか?」
「う…………なんか頭をぶん殴れたような感じがした…………凶一郎って毎日これ飲んでるの……?」
「ああ、頭がしゃっきりするぞ」
「しゃっきりどころじゃない気がする…………」
覚醒作用により眠気が吹き飛んだのか体がぐらついてる様子はないが起こられた凶一郎(中身あきら)は複雑な表情をしている。
「さて、どう戻るか試してみるか
話に聞いたところだと頭をぶつけたって話だが……もっかいぶつかってみるか?」
「一応軽く脳波を見たけど問題はなかったから多少は大丈夫だろうけど……あんまり強くはぶつけないでね
でも前測った時の脳波とは違うんだよね…………中身が入れ替わってるせいなのかな?興味深い…………」
「七悪研究熱心なのは良いことだが早いこと二人を戻さんと夜桜家の危機だからな」
「分かってるよ、じゃあ試しにぶつかってみて、お兄ちゃんとお姉ちゃん」
これで元に戻るとは到底思わないが物は試しだ、と二人は頷くと向き合った。
入れ替わった状態で自分と向き合う…………というこの状況に奇妙な感じがするのは置いといて。
息を合わせ…………ごつん!と音を立てて額同士をぶつけあった。
鈍い音が響き凶一郎(中身あきら)はぶつかった痛みで額を押さえた。
じんじんと額が傷みぶつかっただけなのにこんなに痛いなんて……!とじわりと目に涙が浮かぶ。
額を擦って効果が出たか自分の方向を見たが……そこにいるのは自分なので入れ替わりは解消できていない……ということになる。
やっぱり駄目だったかぁと口を曲げたがあきら(中身凶一郎)はなんと。
「もういっかいやるぞ」
「え!?!?も、もういっかい!?」
凶一郎(中身あきら)はもうぶつけたくない、痛みはもう嫌だと拒否しようとしたがあきら(中身凶一郎)は鬼気迫る様子で拒否しようにも出来なかった。
向こうは痛みを感じていないのかゴツゴツと軽く額をぶつけて以前として戻らない現状に首を傾げた。
強さが足りない?あまり強く打ち付けても身体に影響が出る可能性はあるが…………どうする?と凶一郎(中身あきら)に聞こうとして、あ、とぽかんと口を開けた。
「痛いよ〜〜〜〜〜」
「す、すまんっ!!!痛かったよな…………」
「だ、大丈夫………………っていうか今凶一郎の体だもんね、もう少し強めに駄目って言えば良かった…………傷ついてたら私顔向け出来ないよ……!」
まるで嫁入り出来ないみたいな言い分だが嫁にとるのはこっちの方なのだが……とツッコミたくなったが押し黙った。
それにしても日々悩まされているあきらの鈍感性だがそれを実体験する羽目になるとは…………
痛みを感じないからそこまで強くぶつけてないと思っていたが予想以上にこの身体は痛みを感じないらしい。
となるとあきらの体もダメージを負っているわけで………………思わず不甲斐なさで自分の顔を殴りたくなったが今俺はあきらの体なのだと思い出してぎゅっと拳を握った。
「あんまり無理しないでね…………!お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「七悪…………」
「今日のところはゆっくり体を休めて明日また考えようよ」
「そうだな、根を詰めても致し方ねぇし」
「四怨も…………凶一郎それでいいかな……?」
「……………………そうだな」
一旦はこれで解散…………となったタイミングで凶一郎(中身あきら)はぴくりと体を停止させた。
そのままこちらを見たかと思うと何か迷っているのかチラチラと目が右往左往していた。
その意図が読めなかったあきら(中身凶一郎)だったが小さく手招きされた。
すっと身を縮こませて耳元でこっそりと耳打ちされる。
「お、おと…………おトイレにいきたいんだけど………………」
もじもじと非常に恥ずかしがりながら赤面して打ち明ける凶一郎(中身あきら)にこの姿は誰にも見られなくて良かったな………………と人気のないところで打ち明けた彼女に感謝した………………
用は済ませ、トイレから出てきた凶一郎(中身あきら)にため息をつく。
「そんなに恥ずかしがることないだろう、昔は一緒にも風呂に入ってたこともあるし」
「そ、そういう問題じゃないよ……!今は自分の体でも………………」
「分かった、悪かった………………ん?」
「凶一郎?どうしたの??」
「……………………………………」
きゅっと口を結んで黙ってしまったあきら(中身凶一郎)は………………
非常に言いづらそうに小さくか細い声で数分前に言われた言葉を反芻したのだった………………
先ほどの一連の出来事はお互い水に流そうじゃないかと暗黙の了解でそれ以上深く問わないことにした、きっとその方が良い気がする。
ふぅ、と息を吐いて酒のストック棚からお気に入りの酒をいくつかピックアップし部屋で嗜むことにした。
何か別の事で気を紛らわさないと何か越えてはいけないラインを越えてしまうような気がするからだ。
今日はいつもより多めに飲んでしまおう、と酒を片手にあきら(中身凶一郎)はウキウキと体の持ち主の部屋へと向かった――――
そんな風に楽しそうに部屋に向かう彼…………いや彼女を凶一郎の体に入った私はお酒かぁ…………と飲めない性質を嘆きつつのほほんと見守って自室に帰るべく横を通り過ぎて…………慌てて踵を返しドアを勢いよく開けると…………
グラスを片手に飲む姿が見えた。
静止しようとしたがちょうど液体が口に飲み込まれる時で――案の定ほどなくしてカクン、と糸が切れるように脱力した。
力が入らなくなったからか手からするんとグラスが抜け落ちそれを慌ててキャッチする。
とりあえずグラスを机の上に置いて椅子にもたれかかったままの(名前)(中身凶一郎)を見ると頬がぽんやり赤色に染まっていてすやすやと眠っていた。
ベッドに連れていかなければならないが…………
「この余ったお酒どうしよう」
飲みかけのワインが一つ、捨てるのもなんだし…………
そういえば私は今凶一郎の身体に入っている。
なら酒の耐性も凶一郎の物となるのではないか……?凶一郎はどうだったけ……多分強いよね?と先ほど机に置いたグラスを再び手に取る。
勿体ないし…………ああでも凶一郎が先に飲んでいるから間接キスに……!
「でも飲んだ体は私なわけで…………うーーん、ま、まぁでも昔同じグラス使っちゃったこともあるわけだし!きょ、凶一郎もきっと…………き、気にしない、よね」
言い訳するようにうんうん、頷いて残ったままのワインを口に含む。
「んっ!?!?う………………」
思わず顔を顰めてワインを凝視する。
ワインってこんな味だったのか…………味覚までは同一にならないのか眠ることなく味わったワインはあまり美味しいとは思えなかった。
なんだか凶一郎の体で飲んでいるのに舌鼓を打つことなく薬を飲む如く無理やり喉に流し込む行為に申し訳なさを感じる。
グラスを空にして凶一郎、ごめんね…………と心の中で謝る。
さて、すやすやと眠っている彼をベッドに連れて行かなくては……と抱きかかえてあまりにもずっしりと重量感がある事に割とショックを受けた。
「お、も…………!?!?え、わ、私って…………こ、こんなに重かったの……!?!?」
その要因は中身が入れ替わっていること、眠っていることだったりが関係しているのがあきらは中々にショックを受けた。
凶一郎は何度も謝って酒を口にしてしまった私を運んでくれている。
もし元に戻ったら謝らないと…………と心の中でシクシク泣きつつベッドまで近づく。
絶対ダイエットして痩せる……と決意を胸にしているとすやすやと眠っているあきら(中身凶一郎)がぽつりと寝言を呟いた。
「む、むつみ…………」
「夢…………見てるのかな、やっぱり六美ちゃんだらけだね、ふふ」
寝言でずっと六美がどうたらこうたら――――と言っている、夢で六美ちゃんに囲まれる夢でも見ているのだろうか……?
寝顔は自分の顔だが凶一郎が気持ちよさそうに寝ていると思うだけで愛しい感情が芽生える。
そっと起こさないようにベッドに寝かせて布団を羽根のように優しくかけた。
凶一郎が眠ることは少ない、家族総出で疲れさせないと寝かせることが出来ず入れ替わっている状態でも夢を見れて良かった…………と私は思ったが。
今凶一郎が入っているのは私の体なわけで疲労が取れるわけではないと気づいた。
なら、私も寝て凶一郎の体を癒さなきゃ!と思い立ったらが吉、凶一郎の部屋に戻って寝よう――と膝立ち状態から立ち上がろうとしたその時。
「あきら…………かわいいな…………」
「へっ!?!?」
自分の名前が出てくるとは全く思っておらず動転した私はつるっと足をずっこけてしまった。
重心を失った体は下に落ちてごつん!と額同士がぶつかってしまった。
不意打ちだったからか鈍い音が響いた後くらくらと視界が霞む。
何とか体を踏ん張ってベッドから離れようとしたがどんどん視界は狭まるばかりだ。
私はそのままベッドの四隅に頭を預けたまま、意識がプツンと切れた――――
頭が若干ズキズキと痛む。
どこかで強く打ち付けたかのような痛みを感じつつ瞼を開けるとあきらのベッドに上半身だけ預けたような状態で寝ていたらしい。
状況が掴めぬままベッドの持ち主を見るとすやすやと眠っている。
起きろ、と体を揺さぶると持ち主はほどなくしてパチリと目を覚ました。
むくりと起き上がりまだ眠そうな表情で自分に声をかけてきた人物の顔を眺めて…………
二人は改めて真向かいにいる人物の顔をまじまじと見る。
「あきら…………?」
「凶一郎…………ってことは……!?」
ぱっとお互い自分の体を確認し生まれ持った体に戻った事を改めて実感したのだった。
「なんだよ、もう元に戻ったのか?せっかく嫌五と色々考えてた策がパーだな」
「すまんな、手間をかけさせて
ちなみに考えてた策とは何だ?」
「とにかく色んな意見が必要と思ってさ
どうせなら俺達だけじゃなくて全世界に向けて配信でもやろーーかなって」
「………………………お前たち面白半分でやろうとしてないだろうな」
その案が実行させてなくて良かった、入れ替わった状態のを全世界に見られるなど恥以外何物でもない。
家族でさえ羞恥に駆られたというのに赤の他人にアレを見られたかと思うと気が気でない。
ともあれもう元に戻ったのだから目を瞑るとしよう。
「凶一郎、昨日は色々とごめんね…………それといつも私がお酒で眠っちゃった時に運んでくれてありがとう…………」
「気にするな、不慮の事故だろう」
あきらがしきりに酒の事を気にしているが昨日寝てしまったのはこちらの方なのに何故今更感謝を述べているのか全く皆目見当がつかない。
意図が掴めず彼女の顔をじっと見つめていると。
「あのね、凶一郎」
「なんだ?」
「凶一郎にとって可愛い、ものは!?」
「藪から棒になんだ、…………まぁ六美に決まっているだろう、世界共通認識だ」
当たり前のように誇るとあきらはやっぱりそうだよね!!と安心したように微笑む。
何故それが知りたいのかは分からなかったが疑問が解けたようで何よりだ。
………………と思っていてなんだが。
六美とは違う観点で同様な感情が発生するのはまだ言えずにいる。
それを正直に答えられるようになるのはいつの日か――
[newpage]
「緊張してきた……俺ちゃんと踊れるかな……」
「大丈夫よ太陽、しっかり練習してきたじゃない」
今日は裏社会が集うダンスパーティーの日である。
事前に申請したペアと社交ダンスを行う必要があり社交ダンスなど心得がない太陽はみっちりと練習を行ってきたのだが、慣れない礼服に豪勢で煌びやかな会場に心落ち着かなかった。
それに横に控える六美のドレス姿にもドギマギしていた。
「そ、それもそうなんだけど…………ふ、不安が……」
「太陽も太陽だけどあきら姉ちゃんも心配ね……」
「練習はしてるはずだけど……あれを見ちゃあなぁ」
自分の出来具合も心配だがそれに加えてあきらの事が気にかかっていた。
何故気にかかるかと言うと…………数週間前まで遡る。
「ダンスパーティー?」
「そう、裏社会のね、戦闘はご法度で単純に社交ダンスを披露するだけよ」
「しゃ、社交ダンス…………俺心得がないんだけど…………」
「大丈夫よ、今からみっっちり練習するから!
きっと太陽なら上手に踊れるようになるわ」
自信満々に宣言する六美に対し……………ここぞとばかりに
煽る者がいた。
無論凶一郎である。
「ふんどーせ地に足がついた程度にしかならんだろう!お前のような下手くそがパートナーとなった六美が哀れで仕方がないっ!ふん」
「ちょっと!お兄ちゃん!」
「で、でも下手くそな事には変わりないし…………恥をかかへないように俺頑張るけどごめんな」
「いいの、私どんなに太陽が下手っぴでも気にしないよ」
睦まじい夫婦のやりとりを繰り広げる太陽と六美に凶一郎は出鼻を挫くつもりだったのに…………とハンカチをかみしめている。
まぁいい精々頑張ることだなと心の中で吐き捨てて横にいるあきらに声をかけた。
「俺たちも一曲通しておくか」
凶一郎のパートナーは勿論あきらである。
前に参加したのは数年前か…………めっきり参加していないがあきらは幼少期からレッスンを受けており不安要素は欠片もないと思い込んでいたのだが。
「う、う、うん…………!」
「…………………………あきら?」
カチコチとぎこちなく強張った様子のあきらに超絶嫌な予感が走った。
おかしい……昔踊った時はこんな風ではなかったはず……
だがあきらの動きは明らかに変でロボットのようにかくつきまともにステップを踏むことが出来なかった。
そのせいで調和がとれずしょっちゅう体がぐらついたり凶一郎の足を誤って踏んでしまったりとてんでダメダメである。
練習する太陽を嘲笑う予定だったが変更となりそうだ。
急ぎ対策を考えねば………………長男である自分が恥を晒す訳にもいかない。
とはいえ昔は普通に踊れていたのに急にどうしたことだ……?と顎に手を置いて思案しているとその様子を見かけねたのか六美があきらに声をかけた。
「大丈夫?お姉ちゃん、具合でも悪い?」
「え、全然平気だよ、ただなんか緊張しちゃって……」
「そんなに緊張しいだっけ?私とも練習に踊ったことあるけどこんなことなかったよ、試しに組んでみる?」
「うん」
練習の手ほどきとして女性同士で踊ることは珍しくない。
そっと手を重ねて音楽に合わせて……踊り始めると。
さっきまでのが嘘のように涼やかに優雅にちゃんと社交ダンスのお手本のように踊れているではないか。
「あれーー?ちゃんと踊れるじゃない」
「………………何で俺の時は…………何故だ……?」
「あ…………六美の時は緊張しないからかも
ペアとして踊るのだいぶ久しぶりで…………どうしても凶一郎だと…………」
とあきらは言うもののそんなに密着する必要はないのだがあきらは照れ屋が激しい。
社交ダンス程度であっても至近距離で触れ合っただけでこの通り赤面している。
やれやれとため息をついたが原因は追及できた、要は手を繋いだり至近距離であっても緊張しないように特訓をすればいい。
「なら特訓しかないな、緊張しないように」
「と、特訓って言っても…………何をすれば…………?」
「ふ、あれ程度の密着で恥をかかないくらい……もっと密着すればいいということだ」
そういう事で密着しても緊張しないように特訓する為凶一郎がとった方法は。
単純に密着度が増す…………ハグだった。
ベッドに腰掛けた凶一郎の膝の上に座り後ろから抱きつかれるあきらは腕の中から脱したそうに腕を手で押しのけようとした。
「………………あの、凶一郎…………!これ!ほんとにいる!?」
「動くな、あれ程度で赤面するお前が悪い
観念して大人しく特訓を受けろ」
「で、でも……!」
「お前を配慮して顔を見ないようにしているんだぞ?むしろ感謝してほしいとこだが」
むしろ後ろからなのも恥ずかしいとこなんだけど……!と文句を言いたくなったが確かに真正面よりかはマシ…………かもしれない。
向き合ってずっと抱きしめられているなんてとても心臓が持つ気がしない。
一応制限時間は決まっていて徐々に時間を伸ばし…………ある程度まで心境が持ったら社交ダンスも大丈夫だろうと見通しているらしい。
本当に上手くいくのかな…………と不安に思うが凶一郎を困らすわけにはいかない……とあきらは力を抜いた。
凶一郎がタイマーをかけ特訓がスタートする。
抱きしめられるだけ……抱きしめられるだけ…………と心に暗示をかけるがそれで羞恥心が消えるわけでもなく。
なおかつ首筋に凶一郎の息が当たってこそばゆく徐々に脱したい気持ちが増していく。
違うことを考えようとするが返って彼の腕を意識してしまう。
自分の手とは違う男の人の手、腕に今自分は抱きしめられているんだ…………と思うだけで一気に熱が上がった。
きゅうきゅうと心臓が痛いほどに胸がしめつけられる。
タイマーが鳴るよりも茹でダコになってしまうんじゃと思うくらい体が熱かった。
ほどなくしてタイマーがなり力が籠もっていた腕がするんと解かれあきらはそそくさと凶一郎の膝の上から脱出した。
「よく頑張ったな」
「あ、ありがとう…………」
「今日はこのくらいにしておくか」
「きょ、今日………………?」
さっきも言っただろう、と凶一郎は眉を上げる。
ふうとため息をついて凶一郎は説明した。
「さっきも言ったが徐々に密着する時間を長くすることで耐性をつけようと言っているんだ」
「そ、そうだったね」
「ということでこれからダンスパーティーがある日まで毎日特訓するからな」
「ま、毎日っ!?!?」
拒否権は無く今日と同じ事をこれから毎日しなければならないのか――――とあきらはいつか気絶するんじゃ…………と気が遠くなった――――
が、人間慣れもあるのか時間さえある一定の長さなら多少ましになったのか。
最初ほどはガチガチに緊張することもなくなった。
羞恥が無くなったわけでもないしやはり彼に抱きしめられるというだけでトキメキも発生するが、特訓のかいもあって少しずつ社交ダンスの方も徐々にどうにか見れるレベルに回復してきた。
だがまだ見れるレベルなので更に緊張をほぐす必要がある。
あともうちょっと…………あと数日で期限が来てしまう。
その為にも特訓を頑張らないと……!と意気込むあきらに対し、凶一郎の方に徐々に異変が訪れていた。
それは今日、明らかとなる――――
「今日もよろしくお願いします、あともう少し…………緊張が取れるように頑張るから」
「…………ああ」
「特訓に付き合ってくれてありがとう、毎日毎日…………凶一郎は辛くない……?」
「いや、別に…………」
凶一郎は妙に歯切れが悪い、彼が辛くないというならあきらも罪悪感を感じずに済むしそれならそれで良いのだけれど…………
凶一郎に一言断ってからそろりと凶一郎の膝の上に座る。
する……と彼の腕が腰に回されてぴったりと背中に凶一郎の体温を感じる…………
………………やっぱり!恥ずかしいものは恥ずかしい……!と全身で叫びたくなるのをぐっと堪えてこれもちゃんと人の前で恥をかかせない為……!凶一郎の為!と言い聞かせる。
アラームがなり徐々に伸びた制限時間も何とか耐えきれるようになった。
とりあえず今日はおしまい…………と立ち上がろうとして凶一郎の腕がまだ解かれていない事に気付く。
あれ?まるでびくともしない、もしかして眠っちゃったのかな。
「きょ、凶一郎、アラーム鳴ったよ……?」
「……………分かってる」
「と、特訓終わり…………だよね?」
「すまん…………もう少し…………」
軽く力を込められていたのが少しきゅっと強まってしっかりと体を抱きしめられる。
既にアップアップだった許容量が溢れそうになってあきらはオーバーヒート寸前だった。
しかし凶一郎はあと少しと言ったのに離す気はないらしい。
あと少し、少しって、何秒!?何分!?終わりが見えないゴールに気が遠くなる。
凶一郎の方といえば無言のまま抱きしめ続けている、一体どうしたんだろう、さっきから様子がおかしい。
と思うもあまり思考に余裕がない、もうどうにかなってしまいそうだ…………
「きょ、凶一郎、あのね…………」
ここままでは拉致があかないとあきらは顔だけ振り向いて凶一郎に再度お願いしようとすると…………
視線が絡み合う、凶一郎の表情は今まで見たことがない表情だった。
空気にお酒が充満しているかのような酩酊感の中あきらはもしかして振り向く行為は余計に事態を悪化される一手だったのでは……?と思うももう遅い。
腰に回った腕のうち、片方が動き振り向いた#da=1#]の顔にそっと当てられる。
「あ………………」
「………………あついな」
それはあきらの手か凶一郎の手かお互いの体温か――――
それらすべてがどれか――言い当てる思考ももう残っていない。
今あるのは果てしない羞恥心とそれでもまだこの空気を味わいたい気持ちが僅かに芽生える。
あきらの顔に添えられていた手は気まぐれに髪にふれたり弄ぶ。
行動一つ一つにドキリと胸が弾んで吐く息が熱くてたまらない。
そんな風に呼吸を繰り返す唇に凶一郎の視線が熱く注がれる。
その意図に気づいて、いや、きっと違うんだと否定するとあきらはぐっと大きく目を見開いた。
待って、え、いや、そんな事は…………!と思うあきらを余所に凶一郎は腰に添えた手に力を込めた。
が、神様のイタズラか………………
「ちょっとアラーム鳴りっぱなしだけど寝ているのかい?」
「ふ、二刃っ!?!?!?」
「ああ、特訓の途中だったね……………凶一郎、熱中するのはいいけどもう限界みたいだよ」
「限界……?あ…………」
もうカップが溢れてしまったのかそれとも二刃に経緯を見られてしまったのかそこには限界を越えてくんにゃりともたれかかり気絶したあきらがいた――――――
その特訓が光を成したのかあきらは社交ダンスで緊張せずに自然体で踊れるようになった。
あきら曰くあれに比べたら遥かにましであると――――
ちなみにあの行動に走った理由についてはまだ緊張が解けない自分をなんとかしてくれようと凶一郎が画策してくれた――とあきらは判断したらしい。
さて、今日はダンスパーティー当日である。
特訓の成果がちゃんと発揮されていると良いが…………と若干の不安を抱きつつあきらの着替えを待っていると…………
「おまたせ」
ようやく準備が終わったらしい、緊張してないか?と言おうと振り返ると…………
凶一郎は思わず言葉を失った。
社交ダンスように整えられたあきらはいつもと少し違って見えて凶一郎は何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
「凶一郎?どうしたの?」
「っ、な、なんでもない…………」
「?」
心臓の鼓動が………………止まない。
結論から言うとあきらはリズムを崩すことなく社交ダンスは不都合なく終わることが出来た。
夜桜家かつ凶一郎に恥をかかすことなく終われて良かった……と安堵しているあきらとは反対に凶一郎は――
社交ダンス後の歓談で凶一郎の元に親友の灰が訪れた。
「凶一郎ちょっと緊張してた?」
「………………してない」
「流石だね、誰も凶一郎は完璧だと疑わない
でもちょっとだけ…………ほんの僅かだけ不自然だったよ
そんなに彼女が魅力的だった?」
それが表に出ないよう取り繕っていたはずなのだが灰には相変わらず悟られているようで内心舌打ちをうった。
だが彼が言っていることは的を得ている、確かにあまり見ないドレス姿は自分の心を奪ったようだ。
肯定も否定もしない凶一郎に灰はイエスだと受け取ったらしく確かにそうかもね、と向こう側を見た。
「なにがそうかもね、だ?」
「ああいや、君の婚約者が人気だからそう思っただけだよ」
「なっっ………………」
灰の視線の先を見やると確かに男に話しかけられているあきらがいた。
こういう場で交流はよくある、が、話しぶりが凶一郎にとっては癇に障った。
嫉妬心丸出しの凶一郎は灰はくすりと笑う。
「虫よけ、しなくていいの?」
「当たり前だろう……!くそ、目を離している隙に…………」
どこの誰だ、あきらに声をかけている輩は……!とぷんすこ怒りながら向かう凶一郎だった。
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