夜桜凶一郎R夢まとめ
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違和感に気づいたのは数週間経ってからだった。
ふとそういえば最近花を持ち帰ってきていないな、と気づいて。
ここのところ数カ月告白に失敗しうだうだ言う兄を宥めていたのが嘘かのように静まり返っている。
あれほど毎日告白告白と言っていたのに告白のこの字も聞かない。
もしかしてあのデートで告白が成功したのだろうか?それなら花を持ち帰ってきていないのも頷ける。
だが……それだとしたら当日上の空か舞い上がってふわふわしててもおかしくない、それどころか暗い顔をしていたので皆また失敗したんだなと思っていたのだが……
あまりにも重い空気に、なるべく触れぬよう気を使っていたのだが、もしやあの日何かあったのだろうか?
何か見知らぬところで大変な事が起きているような気がして、兄にそれとなしに聞いてみた。
「凶一郎兄ちゃん」
「何だ?六美?どうかしたか?」
「あいやちょっと気になってというか気付いたというか……そういえば最近お花買ってきてないけどチャレンジしてないの?」
「……………………六美」
「失敗ばっかりだったもんね、私ついついまた持って帰ってきちゃったのとか言っちゃってごめんね、大丈夫だよ勇気を出して告白したらきっとOKしてもらえるよ、だから……」
「もういいんだ、もう店には行かないし花を持って帰ることもない、困らせてすまなかったな」
「お兄ちゃん…………」
笑顔のまま拒絶するかのごとく六美の言葉を遮った凶一郎に六美は言葉を失った。
兄の背中は酷く寂しくて冷たくて無理矢理感情をどこかに置いてきたかのような感じだった。
何があったのかは分からないが兄は間違いなく花屋の店主さんと一緒にいたいと思っているはずだ。
でも何がきっかけか自ら遠ざかろうとしている、でも内心離れたくないと思っているから苦しいのだろう。
どう言葉をかけたらいいのか分からなくて、でもこのままじゃ駄目だと思った。
「凶一郎」
何だ?二刃?普段と何変わらぬ顔をして一つ上の兄が振り返る。
いつもと変わらない?あれ以降ずっと剥き出しの刃みたいな雰囲気を醸し出しておいてまぁそんな顔が出来るもんだね。
あんたは隠しているようだけど家族にはバレバレだよ、とため息をつきたくなる。
お返しだよと買ってきた花束を渡せば兄の眉間が更に深まった。
「何のつもりだ?」
「何もこうもこないだのお礼さね、貰ってばかりなのは性分に合わないよ」
強引に手渡せば拒否るつもりはないのかしぶしぶ受け取ったもののあまり好ましくない思っていないのか表情は険しいままだった。
そりゃあそうだろうね、花を見れば思い出すんだから。
でもあたしは知ってるよ、自室に飾ってあった花を捨てれてない事に。
きっとこの花も捨てきれなくて隅っこに飾るんだろうさ、それが分かっててプレゼントしてるんだよと言わずとも悟られたようで仏頂面のまま自室に帰ろうとした凶一郎の背中に声をかけた。
「そうそう、その花……カモミールの花言葉だけど……」
逆境に耐える、仲直りとからしいよ、と告げた。
「すまないな、辛三
任務で疲れてるのに鋼蜘蛛のメンテナンスしてもらって」
「ううん、いいよ、それより大丈夫そう?」
「ああ、問題なさそうだ」
良かった、と辛三は微笑んであっと何かを思い出したのかごそごそと荷物を漁った。
急にどうしたのだろうと不思議に思う反面こないだの二刃からの贈り物を思い出し嫌な予感が過った。
その予感は的中し荷物の中から1輪の花が現れ凶一郎は眉間の皺を深くした。
「いつもありがとう、兄ちゃん
これ感謝の花…………なんだけど……ごめんね、今は見たくない?」
「………………いや、受け取っておこう、ありがとう辛三」
感謝の言葉を述べると良かった、と辛三は困り眉のまま微笑んだ。
きっと俺の知らないところで妹弟と口裏を合わせているのだろうが、辛三は優しい性格だからか俺の心境も気にしているに違いない。
だからこそ受け取らないという選択肢がとれない。
また花が増えてしまった、自室に帰る度に思い出してしまう。
複雑な思いを抱えたまま神妙な表情をしていると辛三が何か言いたそうに花屋から貰ったであろうカードをちらちらと見ている。
中々言い出せないのか凶一郎は助け舟を出すことにした。
「これは何という花なんだ?」
そう聞くと多少言いやすくなったのか辛三は表情を和らげた。
辛三は人を思いやれる優しい弟だ、だからこそ俺がこれ以上気を滅入らないよう言えなかったのだろう。
だから凶一郎も気が進まないがあえて聞く事にした。
花の名前は、ガーベラ・ポコロコ、花言葉は「常に前向き」と「希望」らしい。
これもまた背中を押す花だった。
「………………四怨何見てるんだ」
「げっっ」
しまった、と慌てて映像を切り替えるもばっちり見てしまった。
睨むと四怨はそれでも誤魔化そうとするがずっとゲームをしていましたが?とゲームを続けようとするのでコントローラーを押さえると逆に睨まれた。
「誤魔化しても無駄だ、花屋の店に監視カメラなんていつしかけた?」
「………………こないだ、先週」
「俺以外には言ってあるのか?」
「…………一応、六美には怒られたけど
けど仕方ねーだろ、そもそももうスパイデーに存在知られてんだ、ウチに怨み妬みある輩がいつ突撃してもおかしくない
ならトラブルが起きてないかこっそり見守るのが役目じゃねーの?」
ぐうの音も出なかった、彼女が犠牲になったりするのだけは避けたい。
それならこっそり見守るしかないか……と納得はしつつもやはりどこか罪悪感が拭えない。
そんな凶一郎に四怨はスナック菓子を摘みつつ振り返らずに兄にアドバイスした。
「こないださ、一人で買い物に行ったんだけど
店長優しかったよ、こっちの言いたい事とか何となく汲み取ってくれてさ………………だから素っ気なくするといらない感情まで読み取っちゃうかもしんないぜ?」
それが本音ならあたしは全然気にしないけど、違うっしょと顔を背けられたまま言い当てられる。
何も言い返せずに立ち去ろうとすると扉の付近に似つかわしくないちんまりとした植木の花が置いてあった。
やはり四怨も凶一郎用に買ってあったらしい。
私じゃまともに世話しないだろうし窓際でも置いといてと頼まれ、また一つ花が増えた。
ちなみに貰った花はフキタンポポというらしいが花言葉を知らず買ったらしく(軽そうだし持って帰りやすそうだから)口煩く調べんなよ、とか花言葉とかかんけーねーから!!!と言われたので凶一郎も深く考えないようにした。
「凶一郎さん」
「……………………」
「こんにちは、実は配達の依頼を貰ってちょうどそこまでお茶をしていたんです、…………お元気……」
「嫌五」
一言弟の名を呼びぴりついた空気を察して嫌五は変装を解いた。
ぱっと元の嫌五の姿に戻るとやれやれ……と堅苦しい空気をのけたいのか手元でぱっぱっと散らす。
それならそれで最初から変装などしないでほしかった。
「んだよ、せっかく俺が愛しい想い人の格好してやったのに」
「外見はともかく中身まで似ないと意味がないだろう
彼女の代わりはどこにもいない、六美の代わりがいないように……誰にでも埋められるわけじゃない」
「…………それならずーーーっとじめじめすんのやめてくんねぇかな、背中押してほしいって言ってる癖に」
「…………ふん、俺の理解度がまるで足りんな
正解は……放っといてくれ、だ」
背を向けようとしたところでぐい、と何かを押し付けられる、また花かと思いきや栞だった。
受け取ったな!じゃ!と嫌五はあっという間にいなくなってしまい、まぁ栞なら本に挟めるかとぺらりと裏を向けて凶一郎はまた眉間に皺を寄せた。
所謂押し花というやつだった、やられた。
「凶一郎兄ちゃん」
弟の声に振り返ると七悪は小さい四角の箱を持っていた、あの形は……
「雪ちゃんスフレ買ってきたんだ、はいお兄ちゃんの分」
「ありがとう、七悪」
ちゃんとお兄ちゃんの好きな紅茶味だよ、と箱を手渡され受け取ると七悪は心配そうに顔を俯かせた。
「兄ちゃん、大丈夫?ここのところずっと顔が浮かない様子だったから……」
「七悪…………すまない、弟に迷惑をかけて俺は情けない兄だな」
「そんなことないよ!兄ちゃんはずっと…………かっこいい兄ちゃんだよ、ただ……」
ただ、とその先に何を言おうとしたか分からないが七悪は口をつぐんでしまった。
あまり話題に出しても空気を悪化させると思っているのか七悪はぱっと顔を上げてにこやかに笑った。
「ううん、なんでもない
最近疲れてそうだったから元気が出るかもと思って……
雪ちゃんスフレ食べよう?兄ちゃん」
「ああ、ありがとう、七悪」
フォークを手にしてケーキを食べる。
花は渡されなかった。
「お兄ちゃん」
「何だ????むーーつみ♡♡♡」
「抱きつこうとしないで」
「うっ、妹が冷たい…………!、と太陽、六美が俺に話しかけている間にこっそり俺の部屋に置き配するつもりだろうがバレバレだ」
六美と太陽はしまった――――と顔を見合わせた。
こうなったら正直に渡した方がいいと六美はそっと花を凶一郎に向ける。
「お兄ちゃん、あのね皆お兄ちゃんの力になりたいって思ってるはずなの」
「俺もそう思います、凶一郎兄さん」
「………………」
「手助けなんていらないって言われるのは分かってる
でも」
六美、ありがとう、と区切るように凶一郎は簡潔に述べた。
いつも通りの笑みを浮かべて凶一郎はなお何でないと言う。
「手助け?何の話だ?俺は何にも困っていない」
「お兄ちゃん…………」
「六美がいて、家族がいて
俺は幸せだ、これ以上何も必要ない…………いらない
不要だ、こんなもの、なくなってしまったほうがいい
…………はぁ、最初から俺に大事なものは家族のみ
それ以外がどうなろうと…………知ったことではない」
兄の顔は感情が読めないままだった――
花を剪定中、革靴の擦れる音がして急いで立ち上がる。
そうして、ああ、今日も違った……と肩を落とす。
でも落ち込んでても待っていた人じゃなくてもちゃんと笑顔で接客しなきゃ。
空は晴れてるのに心は曇り空のままで、私は作り物の笑顔を浮かべる。
お客さんに悟られないようにしなきゃ。
あれ以来本当に彼は店に来なくなってしまった。
嫌な予感は当たってしまった。
私は毎日毎日、もう来ない人を待ち続けている。
王子様は来ないのに何て痛い灰かぶり姫なんだろう。
きっと私に愛想を尽かしたか他の人の事を好きになったんだ、あれもこれもそれも全部、全部、思い違いだったんだ――
それでも私は店の前で彼を待ち続けてしまう、本当にバカみたい。
一目会いたい、話したい………………彼と一緒にいたい、そんな願いばかり抱えている、なんて滑稽なんだろう。
そうして待ち続けることしばらく。
偶然にも兄に花を贈りたいという客が立て続けに続いた。
最初はフリフリの白いゴスロリの服を着た小さいお子さん…………小学生くらいかな?
カーネーションなど年が小さいお客さんは来ることはあるけれどこんな洋服を着た子は初めてだった。
そっか、お兄ちゃんにお花あげるんだ、とつい彼の事を連想してしまってちょっと笑顔が戻った。
次に背の高くて筋肉質で大柄の男性が背を縮こませて来店した。
それでも背丈が大きくて驚いていると更にその男性の発する声があまりにも小さかったから更に驚いた。
不思議な事にその男性も兄に花をあげたいと話すものだからあれ?こないだもそんなオーダーがあったようなと首を傾げて。
その次の人見知りそうな少女も、以前来店したことのある恋人カップルさんも。
背丈が小さくて動作が可愛らしい少年も。
全て一番上の兄に元気になってほしくて、と話していた。
つい彼が浮かんでしまってその度に胸が締め付けられる。
………………ああ、会いたいな。
けれど彼は一度も姿を見せることはなかった。
冬が過ぎ春が到来しても私の心は寒いままだった、外ではあんなに暖かいのに。
そして、ようやく気づいた。
夢で………………何度話しかけてもこちらに振り向いてくれない夢を、見た。
夢から覚めた時、私は枕元が濡れるくらい涙を流していて。
もう、彼が店を訪れることは無い、きっと他の人を好きになってしまったんだ、と漸く気づいた。
間違いだったんだ、全て。
「………………大丈夫?」
「…………はい、大丈夫です」
その夢をみて以来私は今までどう笑っていたのか分からなくなってしまった。
明らかに様子の違う私をお客さんは心配するけれどどうにも出来ないのか、次第に客足は遠のいてしまった、仕方がない。
………………もう店を閉めようか、そんな事が浮かんでいた時、視界の隅に真っ黒なスーツが目に映った。
「凶一郎さん!?!?」
「え?」
「あ…………ごめんなさい、人違いでした……」
全然違う人だった、すみませんと謝るとその男性はいいですよ気にしないでくださいと笑う。
どうやら花を買いに来たらしい、どんな花をお探しですか?と問うと先ほどのやりとりについて聞かれてしまった。
「あ、いえ、親しい人が貴方とよく似た服装をしてらっしゃったので……すみません」
「…………何か訳ありでも?」
「…………えっと最近中々姿を見かけなくて
何かあったんじゃないか、とか考えちゃうんですよね……」
男性はその人のことが好きなんですね、と私の意中を当てた。
「…………はは、はい………………でももう彼はこの店に来てはくれないんです………………せめて、一言だけでも……」
「会いたいですか?」
「………………はい」
でもそんな事叶わないに決まっている、依頼で住所は分かっているけれど。
会いに来ないということは本当に何か会いたくない理由があるんだろう、そこを無理やり越えてはいけない。
けれど………………気持ちを伝えたかったな、とぽつりと呟く。
「じゃあ会いに行ってみませんか?」
「え?そんなこと……」
出来ませんよ、と言おうとすると男性は懐から出した小さな物を取り出して私に振りかけた。
しゅっ……とミスト状の水滴が顔にあたり、何か甘い匂いを感じつつ強烈な眠気に襲われる。
ぐらりと傾く視界の中で男性がほくそ笑むのがうっすらと見えた。
「……………………おい、なんだそれは」
「開口一番それ?凶一郎」
スパイ協会会長である灰の元を訪れた凶一郎は部屋に飾ってある小さな花を見て苦言を申した。
今までそんな豆に飾ってあることなど見たことがない、俺への当てつけか?とイライラを見越されたのか灰はとある花屋で購入したものだと話す。
どこの花屋とは言ってないが恐らく彼女のところで買ったんだろう。
「あ、別に誰かに上げるってわけじゃないよ
…………自分だと思った?」
「…………うるさい」
「気になるのもわかるけどそこまで意識するならとっとと会いに行きなよ」
会いに行ったところで彼女の性格が変わるわけではない。
いずれ職業がバレ、その時に彼女が傷つくことには違いない…………
と口に出していないのにこの親友は簡単に自分の心を見透かす。
「違うだろ、凶一郎の事を軽蔑するのが怖い、だろ」
「なっ…………」
「凶一郎は彼女が巻き込まれる事が怖いんじゃない、勿論全く無いって事はないんだろうけど……それよりも自分の正体がバレる方が……」
「っ違う!!!!」
大声を荒げた自分に舌打ちをうつ。
これでは正解と言っているに等しい。
そう、恐れていた何よりも、彼女が恐怖した目でこちらを見るのを何よりも怖かった。
それだけは避けたかった。
それを見透かされたのが嫌で顔を背ける、けれど……
「…………俺はもう彼女に会う気はない」
「凶一郎」
「会っても…………不幸にするだけだ」
それなら日向のところで咲いてもらった方がいい。
そう考えたが、スマホに入った連絡を見て凶一郎の心境が変わった。
スマホを眺めたまま静止している凶一郎に何事かと灰はスマホを覗き見ると…
そこに映っていたものは監視カメラの映像だった。
ここは……あの花屋だろうか、女性の店員がとある男性客を接客した後、
男性客に気絶させられ拉致される映像が映っていた。
なぜ彼女の花屋に監視カメラがしかけられているのか、凶一郎がしかけるとは……思いがたい。
なら彼の妹の手によるものだろうか、何か事件が起こらないようにつけたのだろうがまさかもう効果を発揮する事になろうとは。
送られたのはこの映像のみらしい、恐らくこれから夜桜家に対してアクションを取るのだろうが……
ふと凶一郎がもの静かであることに違和感を覚えた、彼ならばすぐ声をあげそうなのに、と視線を上に上げて灰は目を見開く。
凶一郎の顔は黒く塗りつぶされたように怒りで埋め尽くされていた。
ぶわりと髪の毛が逆立っているようなそんな錯覚さえ感じる。
凶一郎はその映像を無言で消しスマホをポケットにしまって会長室のドアに手をかけた。
「凶一郎どこに?」
「少し用ができた」
ただ静かに会長室から立ち去った凶一郎の背中には怒りが渦巻いていた――
とある寂れた廃工場の中で闇が蠢く。
ここはとある闇企業の主が密かに拠点としている場であった。
誘拐した女は薬のせいかぐっすりと眠っている、念の為にかけた手錠をはめ、後は夜桜家にコンタクトをとるだけである。
目的は当然当主、こうも容易く交渉材料が見つかるとは思わなかった。
さて、今からメッセージを送るか……とスマホに手をかける。
今夜は酷く静かだ、風は吹いておらず女の静かな呼吸音と部下の息遣いのみ……なはずだった。
ふと女に目を向けると姿をこつぜんと消していた。
!?おかしい、さっきまでそこに…………
と周囲に視線を向けているはずのない黒い影に目を見開いた。
夜桜凶一郎、何故あいつがここに……
まだ、犯行声明すら出していない、早すぎる…………
見れば捉えた女は奴の手中にあった、くそ、これが一流スパイという奴か……と思った男は自身の命の危機に瀕している事に気付かない。
どれだけ怒りに満ちているのか本人すらも気付いていないほどであった。
異変に気づいたのは数秒後、凶一郎の様子にようやく気づく。
凶一郎は言葉を発さないまま淡々と攻撃の準備に移った。
それは嵐のようで、竜巻のようでもあり、はたまた台風のように。
その場を全て、根こそぎ凪去った、建物も敵も、何もかも。
残ったのは凶一郎と女神の巣で守ったあきらのみだった。
はっ、と浅く息を吐いてゆっくりと彼女の元へと向かう。
女神の巣を取り払い、枷を解いた。
…………もう数カ月見ていない顔に喜びと悲しさとやるせなさが混じり合う。
けれどやはり自分は彼女の横にいるべきではない、自宅に返して何もなかったように過ごそうと抱き起こした時、彼女の目が開いた。
「………………」
「………………」
しまった、起こすつもりはなかったのに。
かといって再度眠らすことは出来なかった、したくなかった。
しばしあきらは凶一郎の顔を確認した後、一粒の涙を流した、そして。
「会いたかった………………」
震える声で自分の思いを吐露した。
その思いを聞いて自分も、と思わず言いそうになり凶一郎は口をつぐんだ。
言ってはいけない、これ以上側にいてはいけない。
それが彼女の為とは思うものの視線を逸らせなかった。
彼女はずっとずっと店で待っていた、と涙ながらに話す。
胸に破片が刺さった、俺はこんなにあきらに辛い重いをさせていたのか。
あきらはどうして来なかったとは聞かなかった、聞きたくないのか言えないのか…………両方かもしれない。
怪我はないか、そう問うとあきらはこくり、と小さく頷く。
女神の巣で守っていたから不安はなかったが念の為に確認してほっと安堵したが、あきらの手に赤く跡がついていることに気づく、恐らく拘束跡だろう。
自分が最初からついていれば起こらなかった跡にちくりと痛みが走った。
でも自分といても起こるかもしれない、とも思ってやはり手を離した方がいいのではと遠ざかろうした瞬間、あきらが必死な顔で行かないでと目で訴えかけてきてやはり止まってしまう。
そして数秒迷うような仕草を見せた後、あきらは本当の思いを告げた。
「…………貴方の事が好きです」
「…………!」
告白の為か頬は真っ赤に染まっていて、凶一郎は先程散々悩んでいた思いなどどこかにいったのか、胸を熱くさせた。
ぐわっ、と炎が沸き上がり気づいた時には。
「俺も、好きだ」
と言ってしまっていた。
ああ、あれほど…………不幸にさせない為に悩んでいたのに。
俺は驚くほど弱いのか、気づけばあきらの手をとり真っ直ぐに瞳を見つめていた。
けれど言い訳は続くようで。
「……だが、俺は…………お前と一緒にはいられない……」
「え……な、なんで……?ですか?私は…………」
「さっきので分かっただろう、俺は普通の人間じゃないんだ、お前と住む世界が…………何もかも違う
今日のような事が日常茶飯事な世界だ、俺と一緒にいる以上似たような事が起こるだろう」
眠っていたけれど何となく事態は分かったようであきらは黙ったまま目を伏せた。
無理もない、平穏な日常の中誘拐されては。
「………………俺は、なるべくお前を守るつもりだ
夜桜家の男に不可能はないからな、けれど……お前の心までも守ることは出来ない、非日常な毎日に次第に心は擦り減るだろう、そうなっては…………花が暗闇で咲けないように……」
「それでも……!!」
あまり大声をあげないあきらの声に驚いた。
あきらは真っ直ぐに凶一郎の瞳を見つめて再び涙を流す。
「それでも……!貴方の隣がいい……!」
「しかし……」
「ずっと……ずっとっ、一人で待ち続けるよりはいいです、だから……私を…………貴方の世界に連れてってください」
「………………本当にいいんだな?」
本心を確かめる凶一郎にあきらは涙を浮かべてようやく久しぶりに笑えた。
「大丈夫です、…………それに、夜の世界だって花は咲けるんですよ?」
「そうか、なら精一杯俺の隣で咲いてもらおうか」
ずっと永遠に咲いてくれ、と凶一郎は桜の指輪を彼女の手に嵌めた。
月の下、2人を祝福するように。
白い月下美人の花が1輪、咲いていた――――
ふとそういえば最近花を持ち帰ってきていないな、と気づいて。
ここのところ数カ月告白に失敗しうだうだ言う兄を宥めていたのが嘘かのように静まり返っている。
あれほど毎日告白告白と言っていたのに告白のこの字も聞かない。
もしかしてあのデートで告白が成功したのだろうか?それなら花を持ち帰ってきていないのも頷ける。
だが……それだとしたら当日上の空か舞い上がってふわふわしててもおかしくない、それどころか暗い顔をしていたので皆また失敗したんだなと思っていたのだが……
あまりにも重い空気に、なるべく触れぬよう気を使っていたのだが、もしやあの日何かあったのだろうか?
何か見知らぬところで大変な事が起きているような気がして、兄にそれとなしに聞いてみた。
「凶一郎兄ちゃん」
「何だ?六美?どうかしたか?」
「あいやちょっと気になってというか気付いたというか……そういえば最近お花買ってきてないけどチャレンジしてないの?」
「……………………六美」
「失敗ばっかりだったもんね、私ついついまた持って帰ってきちゃったのとか言っちゃってごめんね、大丈夫だよ勇気を出して告白したらきっとOKしてもらえるよ、だから……」
「もういいんだ、もう店には行かないし花を持って帰ることもない、困らせてすまなかったな」
「お兄ちゃん…………」
笑顔のまま拒絶するかのごとく六美の言葉を遮った凶一郎に六美は言葉を失った。
兄の背中は酷く寂しくて冷たくて無理矢理感情をどこかに置いてきたかのような感じだった。
何があったのかは分からないが兄は間違いなく花屋の店主さんと一緒にいたいと思っているはずだ。
でも何がきっかけか自ら遠ざかろうとしている、でも内心離れたくないと思っているから苦しいのだろう。
どう言葉をかけたらいいのか分からなくて、でもこのままじゃ駄目だと思った。
「凶一郎」
何だ?二刃?普段と何変わらぬ顔をして一つ上の兄が振り返る。
いつもと変わらない?あれ以降ずっと剥き出しの刃みたいな雰囲気を醸し出しておいてまぁそんな顔が出来るもんだね。
あんたは隠しているようだけど家族にはバレバレだよ、とため息をつきたくなる。
お返しだよと買ってきた花束を渡せば兄の眉間が更に深まった。
「何のつもりだ?」
「何もこうもこないだのお礼さね、貰ってばかりなのは性分に合わないよ」
強引に手渡せば拒否るつもりはないのかしぶしぶ受け取ったもののあまり好ましくない思っていないのか表情は険しいままだった。
そりゃあそうだろうね、花を見れば思い出すんだから。
でもあたしは知ってるよ、自室に飾ってあった花を捨てれてない事に。
きっとこの花も捨てきれなくて隅っこに飾るんだろうさ、それが分かっててプレゼントしてるんだよと言わずとも悟られたようで仏頂面のまま自室に帰ろうとした凶一郎の背中に声をかけた。
「そうそう、その花……カモミールの花言葉だけど……」
逆境に耐える、仲直りとからしいよ、と告げた。
「すまないな、辛三
任務で疲れてるのに鋼蜘蛛のメンテナンスしてもらって」
「ううん、いいよ、それより大丈夫そう?」
「ああ、問題なさそうだ」
良かった、と辛三は微笑んであっと何かを思い出したのかごそごそと荷物を漁った。
急にどうしたのだろうと不思議に思う反面こないだの二刃からの贈り物を思い出し嫌な予感が過った。
その予感は的中し荷物の中から1輪の花が現れ凶一郎は眉間の皺を深くした。
「いつもありがとう、兄ちゃん
これ感謝の花…………なんだけど……ごめんね、今は見たくない?」
「………………いや、受け取っておこう、ありがとう辛三」
感謝の言葉を述べると良かった、と辛三は困り眉のまま微笑んだ。
きっと俺の知らないところで妹弟と口裏を合わせているのだろうが、辛三は優しい性格だからか俺の心境も気にしているに違いない。
だからこそ受け取らないという選択肢がとれない。
また花が増えてしまった、自室に帰る度に思い出してしまう。
複雑な思いを抱えたまま神妙な表情をしていると辛三が何か言いたそうに花屋から貰ったであろうカードをちらちらと見ている。
中々言い出せないのか凶一郎は助け舟を出すことにした。
「これは何という花なんだ?」
そう聞くと多少言いやすくなったのか辛三は表情を和らげた。
辛三は人を思いやれる優しい弟だ、だからこそ俺がこれ以上気を滅入らないよう言えなかったのだろう。
だから凶一郎も気が進まないがあえて聞く事にした。
花の名前は、ガーベラ・ポコロコ、花言葉は「常に前向き」と「希望」らしい。
これもまた背中を押す花だった。
「………………四怨何見てるんだ」
「げっっ」
しまった、と慌てて映像を切り替えるもばっちり見てしまった。
睨むと四怨はそれでも誤魔化そうとするがずっとゲームをしていましたが?とゲームを続けようとするのでコントローラーを押さえると逆に睨まれた。
「誤魔化しても無駄だ、花屋の店に監視カメラなんていつしかけた?」
「………………こないだ、先週」
「俺以外には言ってあるのか?」
「…………一応、六美には怒られたけど
けど仕方ねーだろ、そもそももうスパイデーに存在知られてんだ、ウチに怨み妬みある輩がいつ突撃してもおかしくない
ならトラブルが起きてないかこっそり見守るのが役目じゃねーの?」
ぐうの音も出なかった、彼女が犠牲になったりするのだけは避けたい。
それならこっそり見守るしかないか……と納得はしつつもやはりどこか罪悪感が拭えない。
そんな凶一郎に四怨はスナック菓子を摘みつつ振り返らずに兄にアドバイスした。
「こないださ、一人で買い物に行ったんだけど
店長優しかったよ、こっちの言いたい事とか何となく汲み取ってくれてさ………………だから素っ気なくするといらない感情まで読み取っちゃうかもしんないぜ?」
それが本音ならあたしは全然気にしないけど、違うっしょと顔を背けられたまま言い当てられる。
何も言い返せずに立ち去ろうとすると扉の付近に似つかわしくないちんまりとした植木の花が置いてあった。
やはり四怨も凶一郎用に買ってあったらしい。
私じゃまともに世話しないだろうし窓際でも置いといてと頼まれ、また一つ花が増えた。
ちなみに貰った花はフキタンポポというらしいが花言葉を知らず買ったらしく(軽そうだし持って帰りやすそうだから)口煩く調べんなよ、とか花言葉とかかんけーねーから!!!と言われたので凶一郎も深く考えないようにした。
「凶一郎さん」
「……………………」
「こんにちは、実は配達の依頼を貰ってちょうどそこまでお茶をしていたんです、…………お元気……」
「嫌五」
一言弟の名を呼びぴりついた空気を察して嫌五は変装を解いた。
ぱっと元の嫌五の姿に戻るとやれやれ……と堅苦しい空気をのけたいのか手元でぱっぱっと散らす。
それならそれで最初から変装などしないでほしかった。
「んだよ、せっかく俺が愛しい想い人の格好してやったのに」
「外見はともかく中身まで似ないと意味がないだろう
彼女の代わりはどこにもいない、六美の代わりがいないように……誰にでも埋められるわけじゃない」
「…………それならずーーーっとじめじめすんのやめてくんねぇかな、背中押してほしいって言ってる癖に」
「…………ふん、俺の理解度がまるで足りんな
正解は……放っといてくれ、だ」
背を向けようとしたところでぐい、と何かを押し付けられる、また花かと思いきや栞だった。
受け取ったな!じゃ!と嫌五はあっという間にいなくなってしまい、まぁ栞なら本に挟めるかとぺらりと裏を向けて凶一郎はまた眉間に皺を寄せた。
所謂押し花というやつだった、やられた。
「凶一郎兄ちゃん」
弟の声に振り返ると七悪は小さい四角の箱を持っていた、あの形は……
「雪ちゃんスフレ買ってきたんだ、はいお兄ちゃんの分」
「ありがとう、七悪」
ちゃんとお兄ちゃんの好きな紅茶味だよ、と箱を手渡され受け取ると七悪は心配そうに顔を俯かせた。
「兄ちゃん、大丈夫?ここのところずっと顔が浮かない様子だったから……」
「七悪…………すまない、弟に迷惑をかけて俺は情けない兄だな」
「そんなことないよ!兄ちゃんはずっと…………かっこいい兄ちゃんだよ、ただ……」
ただ、とその先に何を言おうとしたか分からないが七悪は口をつぐんでしまった。
あまり話題に出しても空気を悪化させると思っているのか七悪はぱっと顔を上げてにこやかに笑った。
「ううん、なんでもない
最近疲れてそうだったから元気が出るかもと思って……
雪ちゃんスフレ食べよう?兄ちゃん」
「ああ、ありがとう、七悪」
フォークを手にしてケーキを食べる。
花は渡されなかった。
「お兄ちゃん」
「何だ????むーーつみ♡♡♡」
「抱きつこうとしないで」
「うっ、妹が冷たい…………!、と太陽、六美が俺に話しかけている間にこっそり俺の部屋に置き配するつもりだろうがバレバレだ」
六美と太陽はしまった――――と顔を見合わせた。
こうなったら正直に渡した方がいいと六美はそっと花を凶一郎に向ける。
「お兄ちゃん、あのね皆お兄ちゃんの力になりたいって思ってるはずなの」
「俺もそう思います、凶一郎兄さん」
「………………」
「手助けなんていらないって言われるのは分かってる
でも」
六美、ありがとう、と区切るように凶一郎は簡潔に述べた。
いつも通りの笑みを浮かべて凶一郎はなお何でないと言う。
「手助け?何の話だ?俺は何にも困っていない」
「お兄ちゃん…………」
「六美がいて、家族がいて
俺は幸せだ、これ以上何も必要ない…………いらない
不要だ、こんなもの、なくなってしまったほうがいい
…………はぁ、最初から俺に大事なものは家族のみ
それ以外がどうなろうと…………知ったことではない」
兄の顔は感情が読めないままだった――
花を剪定中、革靴の擦れる音がして急いで立ち上がる。
そうして、ああ、今日も違った……と肩を落とす。
でも落ち込んでても待っていた人じゃなくてもちゃんと笑顔で接客しなきゃ。
空は晴れてるのに心は曇り空のままで、私は作り物の笑顔を浮かべる。
お客さんに悟られないようにしなきゃ。
あれ以来本当に彼は店に来なくなってしまった。
嫌な予感は当たってしまった。
私は毎日毎日、もう来ない人を待ち続けている。
王子様は来ないのに何て痛い灰かぶり姫なんだろう。
きっと私に愛想を尽かしたか他の人の事を好きになったんだ、あれもこれもそれも全部、全部、思い違いだったんだ――
それでも私は店の前で彼を待ち続けてしまう、本当にバカみたい。
一目会いたい、話したい………………彼と一緒にいたい、そんな願いばかり抱えている、なんて滑稽なんだろう。
そうして待ち続けることしばらく。
偶然にも兄に花を贈りたいという客が立て続けに続いた。
最初はフリフリの白いゴスロリの服を着た小さいお子さん…………小学生くらいかな?
カーネーションなど年が小さいお客さんは来ることはあるけれどこんな洋服を着た子は初めてだった。
そっか、お兄ちゃんにお花あげるんだ、とつい彼の事を連想してしまってちょっと笑顔が戻った。
次に背の高くて筋肉質で大柄の男性が背を縮こませて来店した。
それでも背丈が大きくて驚いていると更にその男性の発する声があまりにも小さかったから更に驚いた。
不思議な事にその男性も兄に花をあげたいと話すものだからあれ?こないだもそんなオーダーがあったようなと首を傾げて。
その次の人見知りそうな少女も、以前来店したことのある恋人カップルさんも。
背丈が小さくて動作が可愛らしい少年も。
全て一番上の兄に元気になってほしくて、と話していた。
つい彼が浮かんでしまってその度に胸が締め付けられる。
………………ああ、会いたいな。
けれど彼は一度も姿を見せることはなかった。
冬が過ぎ春が到来しても私の心は寒いままだった、外ではあんなに暖かいのに。
そして、ようやく気づいた。
夢で………………何度話しかけてもこちらに振り向いてくれない夢を、見た。
夢から覚めた時、私は枕元が濡れるくらい涙を流していて。
もう、彼が店を訪れることは無い、きっと他の人を好きになってしまったんだ、と漸く気づいた。
間違いだったんだ、全て。
「………………大丈夫?」
「…………はい、大丈夫です」
その夢をみて以来私は今までどう笑っていたのか分からなくなってしまった。
明らかに様子の違う私をお客さんは心配するけれどどうにも出来ないのか、次第に客足は遠のいてしまった、仕方がない。
………………もう店を閉めようか、そんな事が浮かんでいた時、視界の隅に真っ黒なスーツが目に映った。
「凶一郎さん!?!?」
「え?」
「あ…………ごめんなさい、人違いでした……」
全然違う人だった、すみませんと謝るとその男性はいいですよ気にしないでくださいと笑う。
どうやら花を買いに来たらしい、どんな花をお探しですか?と問うと先ほどのやりとりについて聞かれてしまった。
「あ、いえ、親しい人が貴方とよく似た服装をしてらっしゃったので……すみません」
「…………何か訳ありでも?」
「…………えっと最近中々姿を見かけなくて
何かあったんじゃないか、とか考えちゃうんですよね……」
男性はその人のことが好きなんですね、と私の意中を当てた。
「…………はは、はい………………でももう彼はこの店に来てはくれないんです………………せめて、一言だけでも……」
「会いたいですか?」
「………………はい」
でもそんな事叶わないに決まっている、依頼で住所は分かっているけれど。
会いに来ないということは本当に何か会いたくない理由があるんだろう、そこを無理やり越えてはいけない。
けれど………………気持ちを伝えたかったな、とぽつりと呟く。
「じゃあ会いに行ってみませんか?」
「え?そんなこと……」
出来ませんよ、と言おうとすると男性は懐から出した小さな物を取り出して私に振りかけた。
しゅっ……とミスト状の水滴が顔にあたり、何か甘い匂いを感じつつ強烈な眠気に襲われる。
ぐらりと傾く視界の中で男性がほくそ笑むのがうっすらと見えた。
「……………………おい、なんだそれは」
「開口一番それ?凶一郎」
スパイ協会会長である灰の元を訪れた凶一郎は部屋に飾ってある小さな花を見て苦言を申した。
今までそんな豆に飾ってあることなど見たことがない、俺への当てつけか?とイライラを見越されたのか灰はとある花屋で購入したものだと話す。
どこの花屋とは言ってないが恐らく彼女のところで買ったんだろう。
「あ、別に誰かに上げるってわけじゃないよ
…………自分だと思った?」
「…………うるさい」
「気になるのもわかるけどそこまで意識するならとっとと会いに行きなよ」
会いに行ったところで彼女の性格が変わるわけではない。
いずれ職業がバレ、その時に彼女が傷つくことには違いない…………
と口に出していないのにこの親友は簡単に自分の心を見透かす。
「違うだろ、凶一郎の事を軽蔑するのが怖い、だろ」
「なっ…………」
「凶一郎は彼女が巻き込まれる事が怖いんじゃない、勿論全く無いって事はないんだろうけど……それよりも自分の正体がバレる方が……」
「っ違う!!!!」
大声を荒げた自分に舌打ちをうつ。
これでは正解と言っているに等しい。
そう、恐れていた何よりも、彼女が恐怖した目でこちらを見るのを何よりも怖かった。
それだけは避けたかった。
それを見透かされたのが嫌で顔を背ける、けれど……
「…………俺はもう彼女に会う気はない」
「凶一郎」
「会っても…………不幸にするだけだ」
それなら日向のところで咲いてもらった方がいい。
そう考えたが、スマホに入った連絡を見て凶一郎の心境が変わった。
スマホを眺めたまま静止している凶一郎に何事かと灰はスマホを覗き見ると…
そこに映っていたものは監視カメラの映像だった。
ここは……あの花屋だろうか、女性の店員がとある男性客を接客した後、
男性客に気絶させられ拉致される映像が映っていた。
なぜ彼女の花屋に監視カメラがしかけられているのか、凶一郎がしかけるとは……思いがたい。
なら彼の妹の手によるものだろうか、何か事件が起こらないようにつけたのだろうがまさかもう効果を発揮する事になろうとは。
送られたのはこの映像のみらしい、恐らくこれから夜桜家に対してアクションを取るのだろうが……
ふと凶一郎がもの静かであることに違和感を覚えた、彼ならばすぐ声をあげそうなのに、と視線を上に上げて灰は目を見開く。
凶一郎の顔は黒く塗りつぶされたように怒りで埋め尽くされていた。
ぶわりと髪の毛が逆立っているようなそんな錯覚さえ感じる。
凶一郎はその映像を無言で消しスマホをポケットにしまって会長室のドアに手をかけた。
「凶一郎どこに?」
「少し用ができた」
ただ静かに会長室から立ち去った凶一郎の背中には怒りが渦巻いていた――
とある寂れた廃工場の中で闇が蠢く。
ここはとある闇企業の主が密かに拠点としている場であった。
誘拐した女は薬のせいかぐっすりと眠っている、念の為にかけた手錠をはめ、後は夜桜家にコンタクトをとるだけである。
目的は当然当主、こうも容易く交渉材料が見つかるとは思わなかった。
さて、今からメッセージを送るか……とスマホに手をかける。
今夜は酷く静かだ、風は吹いておらず女の静かな呼吸音と部下の息遣いのみ……なはずだった。
ふと女に目を向けると姿をこつぜんと消していた。
!?おかしい、さっきまでそこに…………
と周囲に視線を向けているはずのない黒い影に目を見開いた。
夜桜凶一郎、何故あいつがここに……
まだ、犯行声明すら出していない、早すぎる…………
見れば捉えた女は奴の手中にあった、くそ、これが一流スパイという奴か……と思った男は自身の命の危機に瀕している事に気付かない。
どれだけ怒りに満ちているのか本人すらも気付いていないほどであった。
異変に気づいたのは数秒後、凶一郎の様子にようやく気づく。
凶一郎は言葉を発さないまま淡々と攻撃の準備に移った。
それは嵐のようで、竜巻のようでもあり、はたまた台風のように。
その場を全て、根こそぎ凪去った、建物も敵も、何もかも。
残ったのは凶一郎と女神の巣で守ったあきらのみだった。
はっ、と浅く息を吐いてゆっくりと彼女の元へと向かう。
女神の巣を取り払い、枷を解いた。
…………もう数カ月見ていない顔に喜びと悲しさとやるせなさが混じり合う。
けれどやはり自分は彼女の横にいるべきではない、自宅に返して何もなかったように過ごそうと抱き起こした時、彼女の目が開いた。
「………………」
「………………」
しまった、起こすつもりはなかったのに。
かといって再度眠らすことは出来なかった、したくなかった。
しばしあきらは凶一郎の顔を確認した後、一粒の涙を流した、そして。
「会いたかった………………」
震える声で自分の思いを吐露した。
その思いを聞いて自分も、と思わず言いそうになり凶一郎は口をつぐんだ。
言ってはいけない、これ以上側にいてはいけない。
それが彼女の為とは思うものの視線を逸らせなかった。
彼女はずっとずっと店で待っていた、と涙ながらに話す。
胸に破片が刺さった、俺はこんなにあきらに辛い重いをさせていたのか。
あきらはどうして来なかったとは聞かなかった、聞きたくないのか言えないのか…………両方かもしれない。
怪我はないか、そう問うとあきらはこくり、と小さく頷く。
女神の巣で守っていたから不安はなかったが念の為に確認してほっと安堵したが、あきらの手に赤く跡がついていることに気づく、恐らく拘束跡だろう。
自分が最初からついていれば起こらなかった跡にちくりと痛みが走った。
でも自分といても起こるかもしれない、とも思ってやはり手を離した方がいいのではと遠ざかろうした瞬間、あきらが必死な顔で行かないでと目で訴えかけてきてやはり止まってしまう。
そして数秒迷うような仕草を見せた後、あきらは本当の思いを告げた。
「…………貴方の事が好きです」
「…………!」
告白の為か頬は真っ赤に染まっていて、凶一郎は先程散々悩んでいた思いなどどこかにいったのか、胸を熱くさせた。
ぐわっ、と炎が沸き上がり気づいた時には。
「俺も、好きだ」
と言ってしまっていた。
ああ、あれほど…………不幸にさせない為に悩んでいたのに。
俺は驚くほど弱いのか、気づけばあきらの手をとり真っ直ぐに瞳を見つめていた。
けれど言い訳は続くようで。
「……だが、俺は…………お前と一緒にはいられない……」
「え……な、なんで……?ですか?私は…………」
「さっきので分かっただろう、俺は普通の人間じゃないんだ、お前と住む世界が…………何もかも違う
今日のような事が日常茶飯事な世界だ、俺と一緒にいる以上似たような事が起こるだろう」
眠っていたけれど何となく事態は分かったようであきらは黙ったまま目を伏せた。
無理もない、平穏な日常の中誘拐されては。
「………………俺は、なるべくお前を守るつもりだ
夜桜家の男に不可能はないからな、けれど……お前の心までも守ることは出来ない、非日常な毎日に次第に心は擦り減るだろう、そうなっては…………花が暗闇で咲けないように……」
「それでも……!!」
あまり大声をあげないあきらの声に驚いた。
あきらは真っ直ぐに凶一郎の瞳を見つめて再び涙を流す。
「それでも……!貴方の隣がいい……!」
「しかし……」
「ずっと……ずっとっ、一人で待ち続けるよりはいいです、だから……私を…………貴方の世界に連れてってください」
「………………本当にいいんだな?」
本心を確かめる凶一郎にあきらは涙を浮かべてようやく久しぶりに笑えた。
「大丈夫です、…………それに、夜の世界だって花は咲けるんですよ?」
「そうか、なら精一杯俺の隣で咲いてもらおうか」
ずっと永遠に咲いてくれ、と凶一郎は桜の指輪を彼女の手に嵌めた。
月の下、2人を祝福するように。
白い月下美人の花が1輪、咲いていた――――
