夜桜凶一郎R夢まとめ
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鼻腔を擽る香ばしい香りに目を覚ます。
もう朝か、と布団から身を起こし身支度を整えて一人用の寝室から居間に向かうと目覚め用の紅茶をちょうど淹れ終えたのが見えた。
「おはよう、凶一郎くん」
「ああ、おはよう」
自分よりも早く起きて朝食の用意をしていたあきらは少し眠たそうにしていた。
無理もない、夜分まで仕事をしている自分の帰りを律儀に待ち、そして凶一郎よりも早くに起きているのだから。
寝室を共にしていないのであきらが自分よりも遅くに寝ているかはわからないが……睡眠時間は恐らく足りていないのだろう。
どうしたものか……と思案して、はっとあきらに気づかれていないかと横見すると眠たいのかこちらの様子には気づいていなかった。
結婚して一ヶ月、新しく赴任した先で2人暮らしを始めたが未だ生活に慣れていないと見える。
やはり今日も先に寝ているように促すか………………
そう伝えるとあきらはでも…………と何かを言いかけ、分かった、と気持ちを押し隠して答えた。
凶一郎が出勤した後あきらはしばし家事に追われる。
少し一息つこうと縁側でぼんやりしていると真向かいから隣の奥方達の立ち話が聞こえてきた。
「ねぇ、最近越してきた新婚さん……
もう一ヶ月も経つのにまだ何もしてないらしいわよ」
「あらやだ、旦那さん奥手なのかしら」
「違うわよ、ここだけの話…………奥さんに魅力がないせいだって噂が……色気がないのかしらね」
あんなにかっこいいのならうちのと取り替えて欲しいわーと嫌味のようにわざわざ聞こえる場所でぺらぺらと喋る井戸端会議にあきらは経っていられなくて自室の布団に籠もった。
…………結婚した後はきっと幸せな日々でいっぱいなのだろうと考えていた。
けれど日が経つ度、何も起こらない夜を過ごすにつれて段々と不安が過る。
頭まですっぽりと勢いよく被ったせいか、いつも編んでいる三つ編みの髪が目に入った。
先程の言葉が浮かび上がりふとそういえば髪を下ろした姿は一度も見せていないなと気づく。
彼がこの部屋に入ってくることもないので当然寝巻き姿も見せたことがない。
……もしかして彼は私とは一線を越えたくないのだろうか。
夫婦となったのにも関わらず寝室は別々でせめて夜遅くとも一緒に居たいと起きていれば、早く寝たほうがいいのではと助言を受け。
ならば朝早く起きて紅茶を淹れば気を使わなくても良いと言われてしまい、私は彼にとって必要な存在なのだろうかと考えてしまう。
結婚前まで想像してなかった思いにあきらは布団の中で啜り泣いた。
夜、帰宅するとあきらの姿はなかった。
助言通り早めに寝れくれたようだと安堵すると同時に彼女の顔が見れなくて少し寂しい思いが過る。
でもあれ以上自分に突き合わすわけにはいかない、さっと風呂に入って寝てしまおうと自室に入ると。
何と自分の布団の上で正座して待っているあきらが見えた。
なっ!?と驚いた凶一郎は更に驚愕することになる。
何故なら凶一郎の姿を確認したと同時にあきらが抱きついてきたからである。
ぎゅう……と何かを決心しているのかその力は強かった。
そしてそのまま…………震えた声で呟いた。
「だ、抱いて……ください……」
「………………!!」
その意味が抱擁ではない事を悟った凶一郎の胸の鼓動が跳ね上がる。
あきらは少し力を緩め懇願するかのように凶一郎を見あげた。
よくよく見ればいつも三つ編みの髪は下ろされ艷やかな髪の隙間から項が見え仄かに香が匂う。
そして初めて見る寝巻き姿、服越しに感じられるふっくらとした胸の感触に思わず硬直してしまう。
自分から抱いてほしいと言う事自体に恥じらいがあるのか頬は赤く、瞳は期待と不安の色が混ざっていた。
ぐらぐらと意思が揺れる中、やはりいけないと凶一郎はあきらの肩を掴み体を引き離した。
とん、と床にへたり込んだあきらは拒否されたと分かるな否や目からぽろぽろと涙を流し泣いてしまった。
自分が泣かせたのにも関わらずどう慰めたらいいのか分からず凶一郎は啜り泣くあきらに狼狽えた。
本心を言っていいものか判断に悩んでいたところひっくひっくと泣いていたあきらが嗚咽混じりに心情を吐露した。
「わ、私じゃ…………だめ……なの……?魅力が……ないの……?」
「そんなことはない、魅力がないなんて事は……」
「でも……それなら何で一度も寝てくれないの?
一ヶ月もないなんておかしいって周りは言ってるよ……
せ、接吻だって……!一度もしてもらってない……!」
あきらの本心に凶一郎は息を飲む。
こんなにメソメソ泣いて彼を困らせてしまうのに対しても嫌気が差してきて尚更泣いてしまう。
ああこれでは愛想を尽かされてしまう……と絶望していると凶一郎がそっと涙をぬぐった。
「すまない……俺は今どうしてもお前を抱くわけにはいかない」
「……………………」
分かりきっていた答えにどう返事をしたらいいか分からなくてただ呆然と体の力が抜けてしまった。
そんなあきらに対し凶一郎は言い訳にしかならないだろうが……と自身の思いを伝えた。
「ただ抱きたい気持ちはある
だが……俺は軍人だ、司令官とはいえ前線に赴くこともあるだろう、万が一俺が死んで子持ちの未亡人に再婚相手が見つかるとは思えん
もしそうなったとしてお前が幸せになれるように……」
「私は……!凶一郎くん以外の人に嫁ぐなんて……なんて……!嫌……!貴方以外の人なんて考えてられないよ……!もし死んだら……何て言わないで…………」
居なくなってほしくないとあきらは再び凶一郎に抱きついた。
泣いて欲しくないと思ったのに更に泣かせてしまって難しいなと凶一郎は自嘲するようにくしゃりと笑った。
守るつもりで遠ざけていたつもりが返って傷つけてしまったらしい。
これでは娶ると決めたあの日の思いが無是になってしまう。
今すぐに……とは言わないが彼女の思いを無駄にもしない為にも凶一郎はあきらの肩を掴んで唇を奪った。
驚きのせいか、あきらの涙がぴたりと止まり頬が赤く染まる。
唇を奪って数秒、離れた凶一郎は今はこれくらいしか出来ないが……とあきらを抱きしめる。
それでもまだ納得出来ていないようで凶一郎は更に深く口づけをした。
角度を変え何度も何度も繰り返していると流石に待った、がかかった。
もう息が上がったかと思えば恥ずかしいらしく、これくらいで音を上げるとは待ち望んでいる先が思いやられる。
「急に死んだ場合と言って悲しませてすまなかった」
「う、うん…………でも……私…………
奥さんとして何にも出来てない……」
「そんなことか、いつも俺の事を考えて傍にいてくれるだろう、それで十分だ気にする必要はない」
不安な気持ちは残っているけれどちゃんと自分の事を大切に思ってくれているのが分かりあきらは胸が和らいだ。
大丈夫、待てると自分の心に言い聞かせる。
彼の温かい目があればきっといつだって桜は咲けるだろう。
