凶一郎の婚約者さん
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あきらがバレンタインチョコ制作に勤しんでいる間、凶一郎はあきらの父と会っていた。
とある歴史ある趣のある旅館の一室にて、凶一郎は正座をしてぐっと拳に力を入れた。
唐突な面会、周囲には誰もおらず盗み聞きが出来ないよう厳重な空気に凶一郎は正面から見据えた。
あきらの父は厳格な雰囲気を纏いスーツ姿で、突然凶一郎もそれに応じた正装姿だが一体何の話だ……とシュミレーションをする。
当然あきら関連であることには間違いない、問題は何か不手際があったかどうかだ。
いや、婚約者としてけしてないがしろにはしていないつもりである。(凶一郎の客観的視点)
勿論当主となる六美優先にはなってしまうが彼女を遠ざけるような事はしていない。
ならばこの呼び出しはなんなのだろう……と意を決して臨む凶一郎に思わず言葉が投げかけられた。
「……君は……もう精通しているかね?」
「………………は??」
かこん、とコケ落としの音が静寂な空間に響き渡る。
こんな厳格なしきたりのある旅館で聞くとは到底思えない単語に思わず嫌五が入っているんじゃないかと凶一郎は素っ頓狂な声を上げた。
…………空耳だろうか…………と困惑していると続けてそもそもの概念は知っているかなんて続けざまに質問が来たので信じがたいが本当に凶一郎が精通しているかを聞きたいらしい。
何で婚約者の義理の父に打ち明けらければならないのだろう……たとえ実父だろうと嫌だ。
凶一郎は心境を悪くしているのを悟らぬよう一応、しておりますが……と口を窄めて答えた。
あきらの父はつい最近13歳を迎えたばかりだもなぁと言うので上辺だけでも感謝を述べる。
それにしても何故この情報が必要なのか本当に内心わかりかねる、早くこの用件が終わらないものか……と思案しているのが悟られたのかあきらの父は聞き方か悪かったと言葉を訂正した。
「君はうちの娘とセックスしたいと思っているか?」「ごふっ……」
更に気まずい質問に凶一郎はむせかけた。
まるで意図が読めず思考がしどろもどろになり、思わず咄嗟に思ってません、と答えてしまった。。
「今は、そうかもしれんが……これから大人になるにつれてそうは言ってられんだろう、若気の至りは危ういものだ」
「はぁ…………」
無論軽はずみな行動はする気もないが……時に理性は崩壊する危険性もある事を凶一郎はまだ理解してしなかった。
いくら上辺だけで言葉を取り繕っても欲の前では理性など機能しないものだ。
「いいかな、君の行動一つ次第で娘の運命を左右するんだ
…………身籠り学校を辞める羽目になった娘を見たいか?」
「………………いえ」
「それなら良かった
…………結婚純潔を破ることのないよう君を信頼している
18になり結婚するまで決してラインを越えないように」
酷く冷たく重い視線に凶一郎は膝の上で拳を握り、はい、と答えた。
凶一郎の返答を確認したあきらの父は――次の瞬間ぱっと笑顔を咲かせた。
「じゃあ、堅苦しい会話はここまで!!」
「はい?」
「ごめんね?一応筋は通しておかなきゃいけないからさ……そうだ、何か食べたいものはあるかい?
好物と聞いている紅茶はないけど……何でもご馳走しちゃうよ!」
「あの、いえ、お気になさらず…………」
厳格な印象から一変、朗らかな中年男性に様変わりした。
あまりの変わりように凶一郎は人前にも関わらずポカン、と口を開けたままだった。
とてもさっきまで重い話をしていたなんて感じさせない笑顔であきらの父が明るく振る舞う。
いや〜〜笑わないのって表情筋疲れるよね〜とかどう?怖そうに見えた?特訓のかいがあったなぁ〜〜とのほほんと喋っていて正気を疑ったが……
なんというか…………すごく普段のあきらの様子と被って見える、これも親子か…………
凶一郎の父の百とは違った方向で明るい印象を受けた。
ニコニコと人に好かれる笑顔に凶一郎は拍子を抜かれつつあきらから聞いたイメージと真逆な事に疑問を抱いた。
それから学校の話やあまり表沙汰に話せないが家業の話、それと紅茶の話も含みつつ会話はスムーズに行われた。
あきらの父はそうだ……とひそひそと小声で喋る。
「多分なんだけど……今あきら手作りチョコを作ってるみたいなんだ、昨日こっそり材料買ってたみたいだけどバレバレだったなぁ」
「てっ、手作り!?!?」
「そう、相手は…………まぁ当然凶一郎くんだよね」
今まで零の作ったチョコを渡すだけだった彼女がまさか自分の為に手作りチョコに挑戦してくれているなんて……と凶一郎は内心そわそわしていた。
むずむずとこそばゆいような感覚がして早く明日にならないものかと思った。
が…………凶一郎としてはちゃんと成功するのだろうか?と呟くとさも当然かのようにあきらの父はまぁ多分失敗するだろうけどーと苦笑した。
「結果は恐らく市販品になっちゃうだろうけど……
ちゃんと受け取ってほしいな」
「それは当然、来月には必ずお返しもしますので」
「いいなー市販品でさえ貰ったことないんだよー
今まで1回もだよ??」
「………………それはご自身の態度が原因しているからでは??」
「……………………」
先程から気になっていた違和感に凶一郎が突っ込むとあきらの父は黙ってしまった。
あきらに以前実の父親はどういう人かと聞いたことがある。
彼女は笑顔から一転触れたくない所に触れてしまったのか暗い表情になった。
そして一言知らない……と。
いつも無表情で私に無関心で笑うところなんて見たことがない、それどころか人柄さえも知らない、と口を閉ざしてしまった。
が、凶一郎が見ているこの男性と聞いている話の印象が違いすぎる、本当に同一人物なのかと疑うくらいだ。
しばし沈黙していたあきらの父だったが、俯いて口を開いた。
「…………娘から何か私の事を事前に聞いていたんだね?」
「…………はい、あまり踏み込むのも無礼かと存じますがどうして血が繋がった御息女にそんな態度をとるんです?」
凶一郎の問にあきらの父はすぅ……と深く呼吸をして自身の思いを話した。
「…………最初はあの子がどうしても不気味に見えてしまって……近寄りたがった、本当に申しわけない事だと思っている
ちゃんと愛情を持って接したいとは常々思っているんだ」
「じゃあ尚更なんで普通に接して上げられないのですか」
「…………………………思い出すんだ」
あきらの父は体を震わせながら涙を流した。
わなわなと震え罪を告白するかのように顔を両手で覆った。
「あの子の顔を見る度に…………あの日の事を思い出す
あの子が生まれ、妻が亡くなった日の事を……
これまで何度もちゃんと話そうと試した……!
最近はますます亡くなった妻に似てきていて……妻もよく笑う人だったよ
けれどどうしても……話そうとすればするほど胸が苦しくなって……呼吸が出来なくなるくらい息が苦しくなる
このままじゃ駄目だと分かっているのに……」
あきらの父の話を静に聞いていた凶一郎は、PTSDか…………と内心連想した。
恐らくトラウマになっていて上手く話せないのだろう……とこの人なりに苦悶しているのだと理解して凶一郎は立ち上がり、すっとハンカチを差し出した。
「……今は難しいかもしれませんが……
その時が来るまで俺が手伝います」
「凶一郎くん…………」
「これは貴方の為じゃありません、あきらがこれ以上悲しむ姿を見たくない……それだけですから」
実家の話題を出す度に表情が暗くなるあきらを思い出して
勘違いしないように、とそっぽをむく凶一郎だったが。
あきらの父はハンカチを受け取り涙を拭いた後にっこりと凶一郎くんはそんなに娘を好いてくれているんだね、君が将来の旦那さんで本当に良かったよと微笑まれ凶一郎は思わず言い返してしまった。
「す、好いているって……
か、家族みたいなものですし……好意的なのは当然かと」
「うんうん」
そんな風にわかってるよみたいな顔で見られても…………
この人は多分恋愛的な意味で言っているのだろう、けれど自分の持つ感情がそれに当てはまるのかはまだ凶一郎はいまいちピンとこなかった。
とりあえず今日のところはお開きとなりそれぞれ帰宅したのだが。
さて、使用人からは既に話を聞いているが台所がえらいことになっているらしい。
予想はしていたがまさか家電の故障までいくとは思わなかった……と思いつつ自室に向かおうとするとあきらと鉢合わせた。
「あの…………えっと…………電子、レンジ壊してしまって…………ご、ごめんなさい」
きゅっと固く唇を結び謝罪するあきらに父は怪我がなくて良かった、顔を上げなさいと今度こそはちゃんと向き合おうと口を開いた。
けれど…………やはりどうしてもその言葉が出なくて。
「余計な事をするな」
「…………………………はい」
いつも通り無表情で冷たい言葉を投げかけていた。
急ぐように横を通り過ぎて自室に入るとずるずると扉にもたれかかってうずくまった。
頭が割れるように痛い、きりきりとこめかみを蝕む痛みに呻く。
いつもこうだ、話そうとするとこの痛みが走る、終いには動悸も呼吸も激しくなる。
その痛みのアラートがあの日の事を思い出すなという自身の警告であることに男は知らない。
余計なことを喋らないように、思い出させないように。
途切れていく視界の中、男は幻覚という名のフラッシュバックを見たような気がした。
白い髪で空虚な目をした不気味な男の姿を。
