凶一郎の婚約者さん
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『お前は誰だ、この侵入者め』
氷のように冷たい声がふりかかる。
誰?私の事覚えていないの??と言おうとしたけれど言葉が引っかかって何も出なかった。
彼の視線が怖い、声が怖い…………
何より彼からの思いが無くなってしまった事が怖い。
元々好きという感情ではなかったのに親しみという関係ですら0になってしまった。
きっともう彼は私の事を思い出す日はないのだろう。
宙吊りのまま私は頬から涙を流し、顔をつたって床に落ちた――――
のところであきらは目を覚ました。
目を見開くと心安心する自室ではない天井が映る。
最早寝るだけの部屋と化しているこの部屋はうっすらと暗くじっとりと湿っている。
それもそのはず、この部屋は本来物置部屋だからである。
今日も仕事がある、身を起こして朝食を食べに行かなくては……と身を起こそうとして体がすごく重い事に気付いた。
……ここ最近あまり眠れていないせいか本調子でないらしい。
多分彼やその家族に長らく会えていないというのもあるけれど。
動くのも億劫なほど重たい体を動かし着替えてあきらは実家から出た。
この家の人間からは家族扱いをされていないので居間にいったところで食にありつける訳ではない、どこか手短な店に入って、朝ごはんを……と思案ところでぐらりと目眩がして電柱によりかかった。
「……おかしいな、ちゃんと食べてないからかな……」
ご飯しっかり食べてねと忠告されたことも忘れてしまって、妹に内心謝る。
でも仕事をほったらかすわけにはいかない、とあきらは歩き出した。
スパイ協会にて、自動販売機のボタンを押しごとんと缶コーヒーが落ち、とってプルタブを開け中身の珈琲を飲む。
……ここのところ自分はどこかぼんやりとしていると家族達から言われてしまい、気を引き締めなくてはと思うもののこうしていてもあの事が頭にひっかかって離れない。
あの日から日が経つにつれてどんどん歪が大きくなり凶一郎の頭を蝕んでいた。
解決方法は一つ、あの人物に会いに行くだけなのだが……中々足が進まずこうして時間だけが過ぎていく。
いい加減会いに行きなよ、と親友にも諭されたが捻くれ者としては言われれば言われるほど真逆に向いていく。
僅かに残った珈琲を飲み干して行くか行かまいか悩んでいるとどん、と誰かにぶつかられた。
向こうもよそ見をしていたのか曲がり角じゃないのに……と相手を見るとあきらだった。
目は虚ろ、あまりにも元気のない彼女はあ……とぶつかった相手に謝ろうとしてぶつかったのが凶一郎だと気付くと、一転顔が青ざめて一言ごめんなさいと言うと走っていってしまった。
凶一郎もまた反応が遅れて伸ばした手が空回りしてしまい、再び手を下ろした。
……追いかけてどうなる。
まだ自分は記憶を取り戻していないのに、会いに行ったとて今のように気まずくなるだけだ。
それにしても、顔色が随分と悪かったな……と振り返る。
ちゃんと食べているのか?眠れているのか?
六美から話を聞いたが彼女はあまり食に頓着がない性格で積極的にとらないらしい。
いつも栄養素を手軽にとれる携帯食で済ませてしまうらしく自分も含めて注意していた……とこないだの話を思い出した。
しかし今の自分が諌めてもしょうがないだろう、というか何で俺はこんなに気にかかっているんだ、と缶コーヒーをくるくる回しているとそう遠くない場所から一人分の人間が倒れる音がした。
何かにぶつかったのか、物が倒れる音がした後しぃん……と静けさが戻る、起き上がる気配はない。
そっちの方面は先ほど彼女が走り去った方向だ。
………………嫌な予感がした。
凶一郎は珈琲を飲み干してゴミ箱に入れると歩いた。
これはあくまでも様子を見に行くだけ、誰か近くにいるわけでもなさそうだからだ。
かつかつ、と徐々に歩くスピードと心臓の鼓動が早くなる。
あいつじゃない、きっと違うやつだ、と気づけば早足から走っていた。
おそらくこの曲がり角の先――と曲がって倒れた人物の姿をみて凶一郎は驚くほど動揺し駆け寄った。
「おい!!しっかりしろ!!!おい!」
「………………」
やはり倒れていたのはあきらだった。
体を起こすと驚くほど軽く全く抵抗感がなくまるで死人を抱えているようだった。
幸い息はあったもののいくら呼びかけても返事はなく目を覚ます気配はない。
命が、尽きるような感じがした。
蝋燭の火が消えかけているような。
「あきら!!」
これまで頑なに名前を呼ぼうとしなかったのに気づけば名前を呼んで抱きしめていた。
起きてくれと願うも彼女は目を覚まさない。
このままでは…………居なくなってしまう。
この世から居なくなってしまうと思うと途端に怖くなって抱きしめる力を強めた。
世界が途端に崩れてしまうような錯覚に陥って脳裏に七悪の姿が浮かんだ。
そうだ、七悪に見せないと。
何故かそう思って凶一郎はあきらを抱きかかえて自宅に走った。
集中治療をする部屋の前で凶一郎は七悪が出てくるのを待っていた。
ほどなくしてドアが開き七悪が出てくるのを見て凶一郎は勢いよく詰め寄った。
「七悪……!!!あきらは!!あきらは大丈夫なのか……!?」
「凶一郎兄ちゃん!落ち着いて!
心配しないで、ただの栄養失調だよ」
「栄養失調…………」
「そうそう、点滴もしたし……後はぐっすり眠れば元気になるはずだよ」
七悪は睡眠不足もあって倒れちゃったんだろうね、もう大丈夫だよと言うが何故か不安が消えなかった。
何か自分は見落としているのでは??重要な事を……と深刻な顔で考えていたからか七悪から傍について様子を見て上げて欲しいと言われ思考が上手く回らない凶一郎は無言で頷いた。
気を聞かせたのか七悪はあきらと二人きりになれるよう集中治療室から出た。
ベッドで眠るあきらは静かに眠っていた。
寝息も驚くほど小さく耳を集中的に立てないと聞こえないほどだ。
酷く静寂な空間の中凶一郎は衰弱したあきらの前でどうしようもなく心がかき乱された。
暴れたくもあり、嵐のようなざわめきが心の中で波打っている。
不安でたまらないと気づけば目から透明な雫が落ちてあきらの頬に当たった。
するとあきらの瞳がゆっくりと開きだした。
そしてそのまま泣いている凶一郎に気付くと。
「なか、ないで」
枯れ木のように細くなった腕を動かし自分の涙を拭おうとした。
あまりにも弱々しいのに気づいたのかあきらは、困ったな全然動かないやと自嘲地味に笑う。
けれどその微笑みは優しさに満ちていて記憶を失ってから初めてその笑みを見た。
ああ……なんども俺はこの笑顔を見たことがある。
この笑顔を失いたくないと思ったのに俺は…………
凶一郎は思わずその手に縋り付いて更に大粒の涙を流してすまない……すまない……とひたすらに謝った。
最初は急に謝られて困惑したあきらだったが、凶一郎の変化に感づいたのか、涙目になって微笑んだ。
「いいの、謝らないで」
「………………よくない!俺は…………お前を……」
こんなにも心身共に傷つけてしまったのに、と言うとあきらは首を横に振った。
「思い出してくれて……ありがとう
それだけで十分だよ」
翌日、体調が回復したあきらは家族の元に再び笑顔で戻った。
しばらくぶりの再開に皆喜んだがあきらが仕事着な事に六美は笑顔のまま顔を引き攣らせた。
「お姉ちゃん…………その服は何???」
「え…………?」
「もしかして今からお仕事行こうと思ってない……よね?」
「で、でもスケジュールに穴を開けるわけには……」
「じゃない!!!!昨日までぶっ倒れてたのに今日から仕事復帰なんてさせられないでしょ!!!!
しばらく休養!!!!絶対!!!!はい!じゃあお兄ちゃんよろしく!」
六美の掛け声に凶一郎は分かった♡六美♡とあきらをお姫様だっこした。
唐突な事についていけないあきらはヒートアップしてしまい硬直したまま自室へと変更されていった。
そのままベッドにぼすん、と下ろされると凶一郎からも再度しばらくは体を休ませろと忠告される。
「お前の分は俺たちが何とかするから今日は1日寝ていろ」
「で、でも……」
「でもじゃない、七悪から説明されただろう
ろくに飯も食ってない上に睡眠不足で倒れた、と
1日やそっとで回復するものじゃない、表面上治ったように思えるだけだ
…………もしもこれ以上動こうとするのなら……」
凶一郎はあきらの上に上半身だけ覆いかぶさって顔を近づけた。
鼻先がくっつき、お互いの吐息が聞こえるほど距離が近くなってあきらの頬がみるみるうちに赤くなる。
「こうしてずっと食い止めておくぞ」
「わ、分かった……!!今日は大人しくする!」
「今日、は……??ほう……」
「やっ!あの、違うの……!体重かけなくていいから!
しばらく休むから……!」
「ふん…………分かったのならいい」
凶一郎はあきらの頭に手をぽん、と置いてベッドから離れて床に正座した。
急にどうしたんだろうと思うと何と土下座しようとしたので慌てて止めた。
「や、やめて!そんな事する必要ないよ……!」
「こうしないと俺の気がすまん、してしまった事は取り返しがつかない、なら……」
「ほんとにいいから……!そもそも私怒ってないのに……」
「そういう問題じゃない、俺は……お前を……大切な家族を傷つけてしまったんだ……改めて謝らせてくれ」
あきらとしてはもう休めば体調戻るのに気にしなくていいよと言うと凶一郎は何故か腑に落ちない様子ですまなかったと言う。
そんなに鋼蜘蛛で怪我させちゃった事が気にかかるのかな?とあきらは思っていたが……
凶一郎はそういえば七悪が体調回復の為に薬を作っていた、と急に思い出した素振りでそそくさと部屋を出ていった。
七悪の部屋に入ると七悪はちょうど薬の調合途中だった。
おそらく苦いであろう何かの液体を合わせとてつもない色合いをしている。
……まぁ彼女なら味なんて気にせずに飲むだろうが。
「あ、お兄ちゃん、あきら姉ちゃんに飲ませる薬出来たから持っていってくれる?いつもは薬の実験させて……なんて言ってついでに飲んでもらったけど今日はそうもいかないからね」
「ああ、ありがとう
……それと苦労をかけてすまなかった
皆に言わないでくれたんだな」
「…………うん、言おうかと思ったりもしたんだけど……
あんまり動揺が広がるといけないからね」
これは凶一郎と七悪しか知らない事。
本人のあきらに決して伝わってはいけない秘密。
七悪は昨日の診断結果の内容の紙を差し出し凶一郎の眉間が深くなる。
説明すると長くなるのだが、あきらは現在ソメイニンを自ら生み出す量が減りつつあった。
原因は一つ、純粋な夜桜家の人間でない事。
まぐれで同等に値する体質を生まれ持った彼女だが決して人体構造が凶一郎達と同じわけではない。
その影響が数年前から現れ始めソメイニンによるホルモンバランスが崩れると途端に体調に支障をきたすようになってしまった。
だが夜桜家に植えられている御神木や凶一郎達と接し促すことで何とか均衡を守っていた。
七悪の薬を何かと理由をつけて飲ませて改善しないかと期待したが……
「……状況的にはあまり良くない
長い事夜桜家から離れてたから更に分泌量が減ってる……このまま進むと……他にも症状が出てくるかもしれない」
「分かってる、あまり時間がない事は……だが」
「うん、僕も諦めたくない、昔みたいに怪我だらけのお姉ちゃんを見るのは僕も嫌だ」
改善する方法がないわけではない。
一つは誰かの遺伝子を宿すこと……そしてもう一つは……生まれた時と同じく開花による覚醒だ。
1つ目は兄があまり承諾しないだろうし2つ目は……
この事を七悪と凶一郎以外に言っていないのはあきらに悟られてはいけないこと。
事実が広がるに連れて何かを感じつくのはそう遠くない。
あきらが知った時、彼女はそのスイッチを躊躇いもなく押すだろう、元より彼女は自らに関心がない。
そしてそれを何より恐れているのは凶一郎だった。
出来るだけ遠ざけたくてこんな回りくどい方法をとってまで避ける方法を探している。
凶一郎は言った。
『笑顔を失ってほしくない、と』
「すまない、七悪、俺のエゴで……」
「謝らないで、お兄ちゃん、まだ時間はあるよ」
大丈夫、と七悪は俯く兄に笑いかけ凶一郎はそうだな、と不安を押し出すかのように微笑む。
けれど静かにその時は……近づいていた。
氷のように冷たい声がふりかかる。
誰?私の事覚えていないの??と言おうとしたけれど言葉が引っかかって何も出なかった。
彼の視線が怖い、声が怖い…………
何より彼からの思いが無くなってしまった事が怖い。
元々好きという感情ではなかったのに親しみという関係ですら0になってしまった。
きっともう彼は私の事を思い出す日はないのだろう。
宙吊りのまま私は頬から涙を流し、顔をつたって床に落ちた――――
のところであきらは目を覚ました。
目を見開くと心安心する自室ではない天井が映る。
最早寝るだけの部屋と化しているこの部屋はうっすらと暗くじっとりと湿っている。
それもそのはず、この部屋は本来物置部屋だからである。
今日も仕事がある、身を起こして朝食を食べに行かなくては……と身を起こそうとして体がすごく重い事に気付いた。
……ここ最近あまり眠れていないせいか本調子でないらしい。
多分彼やその家族に長らく会えていないというのもあるけれど。
動くのも億劫なほど重たい体を動かし着替えてあきらは実家から出た。
この家の人間からは家族扱いをされていないので居間にいったところで食にありつける訳ではない、どこか手短な店に入って、朝ごはんを……と思案ところでぐらりと目眩がして電柱によりかかった。
「……おかしいな、ちゃんと食べてないからかな……」
ご飯しっかり食べてねと忠告されたことも忘れてしまって、妹に内心謝る。
でも仕事をほったらかすわけにはいかない、とあきらは歩き出した。
スパイ協会にて、自動販売機のボタンを押しごとんと缶コーヒーが落ち、とってプルタブを開け中身の珈琲を飲む。
……ここのところ自分はどこかぼんやりとしていると家族達から言われてしまい、気を引き締めなくてはと思うもののこうしていてもあの事が頭にひっかかって離れない。
あの日から日が経つにつれてどんどん歪が大きくなり凶一郎の頭を蝕んでいた。
解決方法は一つ、あの人物に会いに行くだけなのだが……中々足が進まずこうして時間だけが過ぎていく。
いい加減会いに行きなよ、と親友にも諭されたが捻くれ者としては言われれば言われるほど真逆に向いていく。
僅かに残った珈琲を飲み干して行くか行かまいか悩んでいるとどん、と誰かにぶつかられた。
向こうもよそ見をしていたのか曲がり角じゃないのに……と相手を見るとあきらだった。
目は虚ろ、あまりにも元気のない彼女はあ……とぶつかった相手に謝ろうとしてぶつかったのが凶一郎だと気付くと、一転顔が青ざめて一言ごめんなさいと言うと走っていってしまった。
凶一郎もまた反応が遅れて伸ばした手が空回りしてしまい、再び手を下ろした。
……追いかけてどうなる。
まだ自分は記憶を取り戻していないのに、会いに行ったとて今のように気まずくなるだけだ。
それにしても、顔色が随分と悪かったな……と振り返る。
ちゃんと食べているのか?眠れているのか?
六美から話を聞いたが彼女はあまり食に頓着がない性格で積極的にとらないらしい。
いつも栄養素を手軽にとれる携帯食で済ませてしまうらしく自分も含めて注意していた……とこないだの話を思い出した。
しかし今の自分が諌めてもしょうがないだろう、というか何で俺はこんなに気にかかっているんだ、と缶コーヒーをくるくる回しているとそう遠くない場所から一人分の人間が倒れる音がした。
何かにぶつかったのか、物が倒れる音がした後しぃん……と静けさが戻る、起き上がる気配はない。
そっちの方面は先ほど彼女が走り去った方向だ。
………………嫌な予感がした。
凶一郎は珈琲を飲み干してゴミ箱に入れると歩いた。
これはあくまでも様子を見に行くだけ、誰か近くにいるわけでもなさそうだからだ。
かつかつ、と徐々に歩くスピードと心臓の鼓動が早くなる。
あいつじゃない、きっと違うやつだ、と気づけば早足から走っていた。
おそらくこの曲がり角の先――と曲がって倒れた人物の姿をみて凶一郎は驚くほど動揺し駆け寄った。
「おい!!しっかりしろ!!!おい!」
「………………」
やはり倒れていたのはあきらだった。
体を起こすと驚くほど軽く全く抵抗感がなくまるで死人を抱えているようだった。
幸い息はあったもののいくら呼びかけても返事はなく目を覚ます気配はない。
命が、尽きるような感じがした。
蝋燭の火が消えかけているような。
「あきら!!」
これまで頑なに名前を呼ぼうとしなかったのに気づけば名前を呼んで抱きしめていた。
起きてくれと願うも彼女は目を覚まさない。
このままでは…………居なくなってしまう。
この世から居なくなってしまうと思うと途端に怖くなって抱きしめる力を強めた。
世界が途端に崩れてしまうような錯覚に陥って脳裏に七悪の姿が浮かんだ。
そうだ、七悪に見せないと。
何故かそう思って凶一郎はあきらを抱きかかえて自宅に走った。
集中治療をする部屋の前で凶一郎は七悪が出てくるのを待っていた。
ほどなくしてドアが開き七悪が出てくるのを見て凶一郎は勢いよく詰め寄った。
「七悪……!!!あきらは!!あきらは大丈夫なのか……!?」
「凶一郎兄ちゃん!落ち着いて!
心配しないで、ただの栄養失調だよ」
「栄養失調…………」
「そうそう、点滴もしたし……後はぐっすり眠れば元気になるはずだよ」
七悪は睡眠不足もあって倒れちゃったんだろうね、もう大丈夫だよと言うが何故か不安が消えなかった。
何か自分は見落としているのでは??重要な事を……と深刻な顔で考えていたからか七悪から傍について様子を見て上げて欲しいと言われ思考が上手く回らない凶一郎は無言で頷いた。
気を聞かせたのか七悪はあきらと二人きりになれるよう集中治療室から出た。
ベッドで眠るあきらは静かに眠っていた。
寝息も驚くほど小さく耳を集中的に立てないと聞こえないほどだ。
酷く静寂な空間の中凶一郎は衰弱したあきらの前でどうしようもなく心がかき乱された。
暴れたくもあり、嵐のようなざわめきが心の中で波打っている。
不安でたまらないと気づけば目から透明な雫が落ちてあきらの頬に当たった。
するとあきらの瞳がゆっくりと開きだした。
そしてそのまま泣いている凶一郎に気付くと。
「なか、ないで」
枯れ木のように細くなった腕を動かし自分の涙を拭おうとした。
あまりにも弱々しいのに気づいたのかあきらは、困ったな全然動かないやと自嘲地味に笑う。
けれどその微笑みは優しさに満ちていて記憶を失ってから初めてその笑みを見た。
ああ……なんども俺はこの笑顔を見たことがある。
この笑顔を失いたくないと思ったのに俺は…………
凶一郎は思わずその手に縋り付いて更に大粒の涙を流してすまない……すまない……とひたすらに謝った。
最初は急に謝られて困惑したあきらだったが、凶一郎の変化に感づいたのか、涙目になって微笑んだ。
「いいの、謝らないで」
「………………よくない!俺は…………お前を……」
こんなにも心身共に傷つけてしまったのに、と言うとあきらは首を横に振った。
「思い出してくれて……ありがとう
それだけで十分だよ」
翌日、体調が回復したあきらは家族の元に再び笑顔で戻った。
しばらくぶりの再開に皆喜んだがあきらが仕事着な事に六美は笑顔のまま顔を引き攣らせた。
「お姉ちゃん…………その服は何???」
「え…………?」
「もしかして今からお仕事行こうと思ってない……よね?」
「で、でもスケジュールに穴を開けるわけには……」
「じゃない!!!!昨日までぶっ倒れてたのに今日から仕事復帰なんてさせられないでしょ!!!!
しばらく休養!!!!絶対!!!!はい!じゃあお兄ちゃんよろしく!」
六美の掛け声に凶一郎は分かった♡六美♡とあきらをお姫様だっこした。
唐突な事についていけないあきらはヒートアップしてしまい硬直したまま自室へと変更されていった。
そのままベッドにぼすん、と下ろされると凶一郎からも再度しばらくは体を休ませろと忠告される。
「お前の分は俺たちが何とかするから今日は1日寝ていろ」
「で、でも……」
「でもじゃない、七悪から説明されただろう
ろくに飯も食ってない上に睡眠不足で倒れた、と
1日やそっとで回復するものじゃない、表面上治ったように思えるだけだ
…………もしもこれ以上動こうとするのなら……」
凶一郎はあきらの上に上半身だけ覆いかぶさって顔を近づけた。
鼻先がくっつき、お互いの吐息が聞こえるほど距離が近くなってあきらの頬がみるみるうちに赤くなる。
「こうしてずっと食い止めておくぞ」
「わ、分かった……!!今日は大人しくする!」
「今日、は……??ほう……」
「やっ!あの、違うの……!体重かけなくていいから!
しばらく休むから……!」
「ふん…………分かったのならいい」
凶一郎はあきらの頭に手をぽん、と置いてベッドから離れて床に正座した。
急にどうしたんだろうと思うと何と土下座しようとしたので慌てて止めた。
「や、やめて!そんな事する必要ないよ……!」
「こうしないと俺の気がすまん、してしまった事は取り返しがつかない、なら……」
「ほんとにいいから……!そもそも私怒ってないのに……」
「そういう問題じゃない、俺は……お前を……大切な家族を傷つけてしまったんだ……改めて謝らせてくれ」
あきらとしてはもう休めば体調戻るのに気にしなくていいよと言うと凶一郎は何故か腑に落ちない様子ですまなかったと言う。
そんなに鋼蜘蛛で怪我させちゃった事が気にかかるのかな?とあきらは思っていたが……
凶一郎はそういえば七悪が体調回復の為に薬を作っていた、と急に思い出した素振りでそそくさと部屋を出ていった。
七悪の部屋に入ると七悪はちょうど薬の調合途中だった。
おそらく苦いであろう何かの液体を合わせとてつもない色合いをしている。
……まぁ彼女なら味なんて気にせずに飲むだろうが。
「あ、お兄ちゃん、あきら姉ちゃんに飲ませる薬出来たから持っていってくれる?いつもは薬の実験させて……なんて言ってついでに飲んでもらったけど今日はそうもいかないからね」
「ああ、ありがとう
……それと苦労をかけてすまなかった
皆に言わないでくれたんだな」
「…………うん、言おうかと思ったりもしたんだけど……
あんまり動揺が広がるといけないからね」
これは凶一郎と七悪しか知らない事。
本人のあきらに決して伝わってはいけない秘密。
七悪は昨日の診断結果の内容の紙を差し出し凶一郎の眉間が深くなる。
説明すると長くなるのだが、あきらは現在ソメイニンを自ら生み出す量が減りつつあった。
原因は一つ、純粋な夜桜家の人間でない事。
まぐれで同等に値する体質を生まれ持った彼女だが決して人体構造が凶一郎達と同じわけではない。
その影響が数年前から現れ始めソメイニンによるホルモンバランスが崩れると途端に体調に支障をきたすようになってしまった。
だが夜桜家に植えられている御神木や凶一郎達と接し促すことで何とか均衡を守っていた。
七悪の薬を何かと理由をつけて飲ませて改善しないかと期待したが……
「……状況的にはあまり良くない
長い事夜桜家から離れてたから更に分泌量が減ってる……このまま進むと……他にも症状が出てくるかもしれない」
「分かってる、あまり時間がない事は……だが」
「うん、僕も諦めたくない、昔みたいに怪我だらけのお姉ちゃんを見るのは僕も嫌だ」
改善する方法がないわけではない。
一つは誰かの遺伝子を宿すこと……そしてもう一つは……生まれた時と同じく開花による覚醒だ。
1つ目は兄があまり承諾しないだろうし2つ目は……
この事を七悪と凶一郎以外に言っていないのはあきらに悟られてはいけないこと。
事実が広がるに連れて何かを感じつくのはそう遠くない。
あきらが知った時、彼女はそのスイッチを躊躇いもなく押すだろう、元より彼女は自らに関心がない。
そしてそれを何より恐れているのは凶一郎だった。
出来るだけ遠ざけたくてこんな回りくどい方法をとってまで避ける方法を探している。
凶一郎は言った。
『笑顔を失ってほしくない、と』
「すまない、七悪、俺のエゴで……」
「謝らないで、お兄ちゃん、まだ時間はあるよ」
大丈夫、と七悪は俯く兄に笑いかけ凶一郎はそうだな、と不安を押し出すかのように微笑む。
けれど静かにその時は……近づいていた。
