凶一郎の婚約者さん
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「太陽、ちょっとあきらお姉ちゃん呼んできてもらっていい? 今ちょっと手が離せなくて……
◯◯の書類持ってきてって言えば伝わると思うから」
「分かった」
「ありがとう、太陽」
六美の部屋でもある当主室は諸々の書類で山積みだった。
当主兼事務もこなしている六美は常に多忙である。
特に書類の提出期限が迫っている今、忙しなく書類をさばく手つきは凄まじいスピードで目にも止まらない早さだ。
「これが嫌五だと面倒なんだけど……」
はぁ、とため息をついた六美だった。
「あきら姉さん、いますか?」
確か今日は休みだったはず、しかしノックしても返事がない。
返事がないので、入りますよと一声かけてからドアノブを握ると鍵がついてなくすんなりと開いた。
ドアを開くと、あきらは机に伏せてすやすやと眠っていた。
窓が開けられていて、そこから入ってくる風が心地よく眠ってしまったのだろうか。
しかし、六美の頼みの件もある。
ここは少し申し訳ないが、起きてもらおうと近づくと机にアクセサリー置きにイルカのネックレスが2つ揺れている事に気づいた。
(何で2つなんだろう)
そんなにお気に入りなのかな、と思っているとぱちりとあきらの瞳が開いた。
「あれ、太陽?」
「あ、おはようございます、姉さん
ノックはしたんですが……勝手に入ってすみません」
「ううん、気づかない私が悪いもの」
何か用なのかな、と聞こうとしたあきらは太陽の視線が机に置かれているアクセサリーに向かっている事に気づいた。
「……気になる?」
「あ、いえ……かわいいイルカのアクセサリーですね」
「うん、凶一郎に貰ったの、昔」
「……2つ、ともですか?」
違う種類のならともかく同じデザインのアクセサリーを2つも贈るだろうか、と不思議に思っていると(名前)がやっぱりそう思うよね、と苦笑した。
「これにはちょっと理由があってね……」
懐かしそうに指でイルカを揺らし、あきらは過去の出来事を話し始めた。
遡ること、凶一郎とあきらが齢14歳、中学二年に当たる年のことである。
スパイ協会から凶一郎とあきらに依頼があった。
何でもとある水族館で闇売買が密かに執り行われる予定らしく、それを阻止せよとの事だった。
その水族館は恋人に人気の水族館で、ほぼほぼ9割カップル客で占められている。
そこに恋人ではない者同士が行っても変に思われるだろうと二人に白羽の矢が当たったのだ。
が、凶一郎とあきらは婚約者というだけで別に恋人関係ではないのだが、上の人達は似たようなものらしい。
そんなこんなで当日、凶一郎は任務に向かうべくなるべくいつものスーツではなく私服に着替え身支度を整えていた。
大人ならともかく中学生でスーツで水族館は浮いていると思ったからである。
櫛で髪を整え、家を出ようとした凶一郎の後ろからぬっと誰かが顔を出した。
「凶一郎」
「わっ、何だ……父さんか」
呆れた様子で後ろを見ると若白髪で眼鏡をかけた男が立っている。
この男こそ凶一郎の父こと夜桜百である。
「今からか?」
ああ、行ってきます、と言おうとした凶一郎に百はニコニコとある言葉を口にした。
「せっかくのデートだからな、ちゃんとエスコートしてやるんだぞ?」
ぴくりと顔を強張らせた凶一郎に気づかず、百は更に続ける。
「父さんのデート術を教えてやろう!
車道側には立たせないように、それから服はちゃんと褒めて、ええとそれから……」
「…じゃ無い」
「ん?」
「デート!!!じゃない!!!任務!!!」
キレ気味に家を出ていった凶一郎に百は反抗期かなぁと呟いた。
この頃凶一郎は反抗期真っ只中だった。(父に対し)
何から何まで感に障り、あきらに対しても触れられると対応がキツくなる。
イライラしたまま待ち合わせの場所に着くと既にあきらが待っていた。
「凶一郎くん、おはよう」
「……ああ、おはよう…その服」
優しい印象を見せるワンピースは凶一郎が誕生日祝いにと贈ったものだ。
「うん、こないだ凶一郎くんに貰ったお洋服せっかくだから着てきたの……変?」
「いや、よく似合ってる」
良かった、とふんわりと笑うあきらに凶一郎は胸の奥がドキリと高鳴り、いつの間にか、イライラは消えていた。
「そろそろ行くか」
「うん」
そわそわ、とどこか楽しみが抑えられていないあきらに分かってるよな?と念入りに問うと。
「もちろん、人混んでるからはぐれないようにしないと」
「……いや、確かにそうだろうが、そうじゃなく」
「あ、皆にお土産買わないと」
違う、まぁ最初から任務でピリピリしてると返って気付かれるかもしれない。
今日は潜入任務でもある、なるべく任務感は消すべきか。
水族館に入ると、確かに周りはカップル客だらけだった。
となると例のターゲットもカップルを装って来ているに違いない。
周りの警戒を怠らず、順路に沿って展示物を見ていく。
「わぁ、魚がたくさん……キレイだね」
「ああ」
水族館の照明は少し薄暗い。
ゆったりとした空間の中、少しときめいてしまいそうな心を抑え込んだ。
……今日はあくまでも任務の一環として来ている、決してデートとして来ているわけではない。
「へぇードクターフィッシュだって
……んっ、こ、これ結構くすぐったいね……?」
「……………………」
何かぞわぞわするーと指を引っ込めたあきらを見て、自分も水槽に指を入れたわけでも無いのに何故か体がムズムズした凶一郎だった。
ターゲットは未だ動いていない。
時間を見るとちょうど水族館の一番の目玉ともいえるイルカショーが始まるところだった。
一番周りが見渡せるところに陣取り、様子を見たが今のところ怪しい奴らはいない。
だが、凶一郎の読み通りなら……と予測しているとイルカショーが始まった。
あきらは目を輝かせて楽しんでいる。
楽しげなあきらを見て凶一郎はフッと笑い、その時にまで素直にイルカショーを楽しむことにした。
ショーは順調に進み、ここ一番の盛り上がり所のターンがきた。
イルカが大ジャンプする中、ようやく奴らが動きを見せた。
売買を行おうとした男女二人組は物を取りだそうとした所、いつの間にか体にぐるぐると黒い物が巻き付き人気が無いところに放り出された。
イルカの大ジャンプは成功し、観客が歓声を上げる中凶一郎はあと少しだったのにな、と二人組に声をかける。
ともあれ、これで任務は終わりだ。
終わればもうデートもどきも終わる、少しだけもうちょっとあきらと見て回りたかった、と思った心を封じ込めた。
後は協会に引き渡して、あきらの元に戻り帰るだけだと安堵した凶一郎に二人組は笑った。
「何がおかしい」
「いやぁ、こんなに簡単に引っかかるとは
流石の夜桜長男も気持ちが浮いていたのか?
俺らは……囮だよ」
「…………!フェイクか!」
ころん、と男の胸ポケットから転がり落ちた箱の音の軽さからすると中身は空だ。
しまった、その可能性を考えていなかったわけではない。
けれどその男の言う通り、どこか浮かれていたのだろう。
自分の未熟さに舌をうつ。
今から戻っても間に合うだろうか、踵を返そうとした凶一郎の元に、大人二人をうんしょ、うんしょと重そうに引っ張ってくるあきらが見えた。
「あきら?」
「あ、凶一郎くん、例のターゲット捕まえたよ!
ほら、これ協会が言ってたやつ」
気を失った二人組からごそごそとあさり、証拠たる物を取り出す。
問題はこれ以外にも隠れているか……だが先に捕まえた二人の顔が真っ青になっているところを見るともう他に隠れてはいないだろう。
予定通り、売買人を協会に引き渡し近くのベンチに座るように促す。
「どこで気づいた?」
「あーあの二人組のこと?」
「えっと最初から気づいてたわけじゃないんだけど……
凶一郎くんが先に囮を確保した後、様子が変わった二人組がいてね
私がイルカショーにのめり込んでたからマーク外れてたのかな?気づけて良かったよ」
あきらはえへへ、と笑う。
「やる事も終わったし……帰らないとね」
少し寂しそうに語るあきらに凶一郎はベンチから立ち上がる。
「……まだ残ってるだろ、六美達に土産を買ってやらないとな
土産コーナーは水族館の出口付近だから……ついでにだ、他のも見て回るとするか」
「え、それは嬉しいけど……
凶一郎くん最近忙しいのに大丈夫?」
心配そうに呟くあきらに凶一郎はすっと手を差し伸べる。
「かまわん、これくらい時間を割いても問題はない
ほら行くぞ」
「……うん!」
「うーーん……六美はどれを贈ったら喜ぶか……
イルカ?シャチ?いやいっそのこと全部……!」
土産コーナーで凶一郎はぬいぐるみをじっと見て吟味している。
「そんなに買ったら六美ちゃんに怒られるよ?」
そんな彼を微笑みつつお土産は何にしようと見ているとイルカのネックレスが目についた。
『恋人に人気!ずっと両思いでいられると好評のネックレスです!』
「……両思い……」
ポツリと呟いたあきらは凶一郎がちらりと横目でみていたことには気づかなかった。
色々見た結果、全員分には水族館のクッキーそして六美用のホホジロザメのぬいぐるみが選ばれた。
買い物も済ませたし、帰ろうと出口付近でふいに凶一郎が足を止めた。
「凶一郎?」
「すまん、トイレに行ってくる
ちょっと待っててくれ」
そう言うと居なくなってしまった。
凶一郎を待つ中、あきらは先ほどのネックレスを思い出す。
凶一郎がトイレに行っている今なら、気づかれず買えるに違いない、そう思いあきらは再度土産コーナーに戻った。
イルカのネックレスを2つ買い、先ほどの場所に戻ると凶一郎が待っていた。
「急に居なくなるな」
「ごめんなさい、私も……と、トイレ行ってて……」
なら、仕方ないか、と凶一郎は肩をすくめた。
帰宅し、六美他皆にお土産を渡しあきらを意を決しイルカのネックレスを持って凶一郎の部屋を訪れた。
「凶一郎くん、ちょっといい?」
「あきらちょうどいい、俺もお前に用が……」
ドアが開くと、凶一郎が出てくるとあきらが買ったのと同じイルカのネックレスが2つ手に握られていた。
「あれ……そのネックレス……」
「そういうあきらも同じのを持っているじゃないか」
「あ、もしかして六美ちゃんとお揃い用買ったの?」
「……あ、ああ」
そっか、とあきらはイルカのネックレスを後ろに隠した。
「え、えっと、私も凶一郎と六美ちゃんにお揃いでどうかなって思って買ったんだけど……
もう2つ買ってあるなら……いらないね」
じゃあ、と立ち去ろうとしたあきらを凶一郎が引き止めた。
「待て、せっかくだ
お互い買った物を交換しないか?」
「いいけど……でも交換しても同じやつだよ?いいの?」
躊躇いがちにそう言うと、凶一郎は構わんと答えるので後ろに隠したネックレスを差し出し、代わりに凶一郎が買ったネックレスを受け取る。
自分が買った物と同じ物だけれど、不思議と心が満たされた気がした。
お互い買った物を交換しただけどお礼は言ってかないと思い、ありがとうと言うと凶一郎はこちらこそありがとうと嬉しそうに答えたのだった。
「っていうことがあってね
ホントは凶一郎とお揃いにしたかったんだけど……」
そんな勇気は出なかったな、とあきらは苦笑する。
そうだったんですか……と太陽が呟くとバン!と扉が開けられた。
「やっぱりここにいた、太陽
もーお姉ちゃん呼んできてって頼んだのに」
「あ!!ご、ごめん!六美!」
「ううん、何かあったんでしょ?
?あ!ポセイドン水族館のネックレスだ!いいなー
有名だよねー、他にも恋愛成就のアクセサリーあるし
これお兄ちゃんから貰ったの?」
「え?いや、貰ったといえば貰った……ことになるのかな?
いいなーって六美凶一郎からプレゼントされたんじゃ……?」
そう言うと六美はええ?と若干引いている。
「だってこれ恋愛成就のやつでしょ?
これをお兄ちゃんからって……だいぶキツイ」
「そっか、まぁ、断るよね」
断る?とはてなマークを浮かべた六美に段々と凶一郎の事を理解してきた太陽は、はっと何かに気づいた。
「六美、ちょっと……」
「何?太陽、ふんふん……」
耳打ちでゴニョゴニョ話していた二人だったが、六美は事態を理解し、ふーーん?とニヤリと笑った。
「ねぇ、お姉ちゃんそのネックレス一つ私にちょーだい?」
「それはいいけど……まぁ元々凶一郎があげる予定だったからいいか……はい、どうぞ」
「ありがと!お姉ちゃん!」
さて……次は。
コンコンと凶一郎の部屋のドアがノックされる。
「お兄ちゃん、今大丈夫?」
「何だ?六美?」
妹からの来訪とは珍しい、るんるんで扉を開けると凶一郎は六美の胸元にイルカのネックレスがかかっている事に気づいた。
「それは……」
「さっき、あきらお姉ちゃんに貰ったの
ねぇ、お兄ちゃん、私太陽にもこれと同じのを上げたいんだけど……お兄ちゃんも同じの2つ持ってるんでしょ?太陽にくれない?」
「何で俺があんなやつにネックレスなんぞ贈らねばならんのだ」
むすっと顔を顰めた凶一郎に六美はあれーー?と頭を傾げる。
「え?でも元々あきら姉ちゃんが買った物なんだよね?
それならあきら姉ちゃんが太陽に上げたって事にはならない?」
「それは、そうなんだが……」
「ね、お願い、おにーちゃん(はーと)」
「ぐぅ」
そんなに可愛くおねだりされては凶一郎はぐうの音も出ない。
保管していた引き出しを開け、数年ぶりに見るネックレスの一つをとる。
「ほら、持っていけ」
「ありがとう!お兄ちゃん!」
ふう、と引き出しを閉めると出ていこうとした六美が振り返った。
「そうそう、ちゃんと言わないとプレゼントだって伝わらないよ?」
「……!!」
妹に諭された凶一郎はそこまで言われたのなら仕方ないと苦笑した。
後日。
お揃いのネックレスをつけた太陽と六美が楽しく喋っていた。
その様子を他兄弟が優しく見守っている。
その中に凶一郎とあきらも混じっていて、前と違うのは。
凶一郎は胸ポケット、あきらはスマホに。
それぞれ身につけるようになったのだった。