「今日の練習はここまでにしようか」
「うん、練習付き合ってくれてありがとう、乾」
あきらはお礼を言うと軽くくしゃみをした。
「体が冷えてるようだな
何か温かい飲み物でも持ってこよう
五十嵐は休憩所で待っていてくれ」
「あ、飲み物なら私が……」
とあきらが言う前に乾は行ってしまった。
「乾だと乾汁持ってくる可能性あるから私が行くって言おうと思ったのに……」




夏休み中のせいかプール内はカップルで賑わっている。
その中を歩きながら乾はいつもと違う心境について考えていた。
(脈拍……は少し落ち着いたか)
どうも先ほどから緊張してるのかいつもより脈拍が速い。
それはあきらと一緒にいる間だけで乾はその理由が分からなかった。
(五十嵐の服装が水着だからなのか？
いや他にも水着を着ている女性はいる)
何ならあきらよりも少し過激な水着を着ている人もいる。
けどそれを目にしてもあきらほど心臓が速くなることはなかった。
売店で飲み物を買いあきらの元へ戻ると何とあきらはナンパされていた。
まぁ典型的なパターンである。
(そういえば五十嵐がナンパされているところを見るのは初めてだな)
データをとるのにいい機会だ、と思った矢先ナンパ男が軽くあきらの肩に触れた。
「すまない、俺の友人に何か用かな？」
「乾……！」
考えるより先に体が動いたことよりもナンパ集団で見えなかったあきらの不安そうな表情に乾は眉を寄せた。
男連れと分かるな否やナンパ達はお決まりの台詞を吐いて去っていった。

「大丈夫か？五十嵐」
「うん、ちょっと話しかけられただけだから」
乾から飲み物を受け取ったあきらの表情は少し強ばっている。
「あの……乾もしかして怒ってる？」
おずおずとあきらが聞いてきて乾は驚いた。
「……いや別に怒ってはいないよ
どうして？」
「あ、や、その……何となく
今日はあんまり泳ぐまでは行かなかったから怒ってるかなって」
「それに関してなら気にすることはない
急に出来るものではないしゆっくり慣れていけばいいさ」
と言いつつ乾はさっき感じた感情について考えていた。
あの時……男の手が触れた時。
自分の中に何か、もやっとした物が生まれたのを感じた。
怒りとも違う感情。
(あれは……)



乾がその正体に気づくのはもう少し先の話である。