短編
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世の中。
家に帰ると自分の寝室のベッドで絡み合う男女と遭遇した時、どう反応するのが正解?
何か見たことあるな、って女と彼氏なはずの男。
キャアッて私の毛布で体を包む女と悪びれた様子などなく此方をどんな思いで見てんの?って男。
「まず服着てから出てきてもらえる?」
そう言って扉を閉めた。
その足でキッチンに向かい、自分用の珈琲を入れる。
あの人達は何がいいかな?珈琲セットしちゃったから珈琲を飲ませよとカップを用意した。
気まずそうに入って来た女と堂々と入ってきた男。
二人に私の目の前のテーブルへどうぞと促せば座る。
「あのっ!私、蘭さんと…」
「私、あなたの事どこかで見たけどちょっと覚えて無いのよね」
「わ、私……蘭さんの、会社で働いてて…」
「ちなみに私が彼とお付き合いしているのはご存知なんですよね?」
「………はい」
彼の会社か。さて、どの会社だろう。
記憶を巡らせるものの似たような女の子ばかりでこれといった人物は思い浮かばない。
だが、相手の女は私を知っているのでそれなりに関わりのあるとこなのだろう。
「悪いとは思っています。でもっ!私も、本気で蘭さんの事を想って」
「そう。悪いと思っていても止められなかったのね」
「………はい」
落ち着きのない視線に青ざめた表情。ちゃんと悪い事だという自覚はあるらしい。世の中には悪い事だと思わず此方に歯向かってくる人もいるが、悪い事だと思って気まずそうにしているこの女は
「じゃあ悪いなんて思っていないのと同じね」
「………え」
「悪い事、だってわかっているなら最初からしないもの。良し悪しの分別もつかない赤子ではないのだからその後どうなるかだって想像出来るでしょ?
それともあなたの頭は悪い事をしたらどうなるか、って実際に体験しないとわからない?」
「そっ、そんな言い方しなくたって」
メソメソと瞳を潤ませ始める女。
「まるで私が悪者ね。ねぇ、あなたはどう思ってるの?」
蘭、と名を呼べば男は面倒そうな顔をしている。
「何が」
「私に何か言う事はない?」
「ねぇな。むしろオマエが何か言いてえんじゃねぇの?」
「そうね。でも先にあなたの思いを聞きたい」
「思いも何もこの状態で察せらんね?
嫉妬もしねぇ、泣きもしねぇ。可愛くねぇ女」
鼻で笑う姿に心がチクンと痛む。
先程までグスグスと泣いていた女は蘭の腕に手を添えてチラチラ此方を見ている。
「あなたも悪いと思って無いのね」
「悪いと思うならこんな状態になってねぇな。
反応の無ぇオマエよりコイツのが可愛いわ」
蘭の言葉に女は嬉しそうだ。コロコロと変わる表情は見ていて面白い。
温くなってしまった珈琲を口にしながら考える。
「蘭は私の事、想って無いって捉えてもいいのかな?」
「その質問答えなきゃわかんねーの?」
「私じゃない女の方が可愛いし大切にしたいって事だね」
私の言葉に蘭は今まで鼻で笑っていたが、目を逸らして楽しくなさそうにしている。
「キミ達の言い分はわかった。そして悪い事だとすら思って無い事も」
「…私達が悪い悪いって言いますが、浮気されてる名前さんにも原因があるんじゃないですか?」
「ん?」
「こんな素敵な蘭さんに愛想尽かされるなんてどこかしら原因があるって言ったんです」
急にどうしたのだろう。
蘭に味方してもらえたからか、自分の行為を棚に上げて噛み付いてくる女。
先程まで狼狽えていた姿はどこへやら。
「品の無い女はよく吠えるね」
「っ!!」
「蘭」
「なに」
「約束、覚えてる?」
私の問いかけに蘭は首を傾げる。
「私と蘭の約束。
忘れていそうだから聞くんだけど……蘭は私を守る気ある?」
「約束とか今どうでも良くね?」
「………守る意志は無いって事か」
蘭とはかれこれ10年以上の付き合いがある。
遊ぶ事を咎めた事は無いし、今も勿論そんなつもりは無い。
蘭の性格を含め、一緒に居ることを選んだのは私だから。だからこそ親•友人達と縁を切った。仕事の手伝いをした。蘭が時折女の子と遊んでいても気づかないふりをした。
蘭と交わした"約束"を守ってくれていたから、蘭の好きにさせていた。
「蘭、もう一度聞くよ。
私よりもその女の方が可愛くていいんだね?」
「そーだな。オマエよりコイツのが可愛気あるし。
オマエに拘っているわけじゃないから」
「わかった」
ニッコリ笑いながら言う蘭に私もにこりと笑い返す。
自分が選ばれた!と嬉しそうな顔をした女は蘭に抱き着き此方を勝ち誇った顔で見ている。
薬指に嵌めた蘭とお揃いの指輪。今も蘭と私の指に嵌まっているが、指輪を外してテーブルの上へ。仕事用の携帯は流石に返せないが、蘭名義で契約してもらった私用の携帯もテーブルに。あとは財布から蘭名義のカードを取り出して置く。
「仕事辞める。でも引き継ぎがあるから、仕事用の携帯は今すぐ渡せない。首領やココくんと連絡が取れないと会社の方が困るだろうし。引き継ぎが終わり次第会社に戻しておく。
違う職場で会うことがあったらその時は灰谷さんの事上司として接するわ。
あとは……あぁ、灰谷さんに買ってもらった物というかこの家にある私のものは好きにして。あ、下着はシェア出来無いと思うから此方ですぐに始末していくわね」
大きなゴミ袋を取りにキッチンへ。
そのまま寝室に向かって下着を全てゴミ袋へ詰め込む。生々しい臭いが充満しているが、少しの我慢だ。
「では、さようなら。失礼しました」
「は?」
ゴミ袋片手に鞄だけを持ち玄関へ。
「意味わかんね。何してんだよ」
「?
あぁ!ごめんなさい。鍵置いていくの忘れていたわ!」
はい、と蘭の手に鍵を渡すが投げられ手首を掴まれる。
「どこ行く気?」
「会社に戻って引き継ぎかな。元々そんなに仕事抱えていなかったからすぐ終わるけど、会社に置いてある私物は自分でどうにかしておかないと。急な自主退社すら迷惑なのにそこまで丸投げしないわ」
「ふざけんな。勝手に辞めれるとでも?」
「首領とココくんからは前々から声が掛かっていたから部署が移るだけよ」
「はぁ?俺知らねぇけど」
「灰谷さんが居ないところで交わされた話でしたもの」
私の手を掴む蘭の手の力が強くなる。
その手に指を添える。
「離してくれる?」
「勝手な事してんじゃねぇよ」
「"約束"、守らなかったのは灰谷さんでしょ」
私の言葉に不服そうにしている。
「家も頼る先もねぇのに強がんなよ」
「そこら辺は何とかするしかないわ」
「勝手にしろ」
「勿論。やることがあるから失礼するわね」
ゴミをゴミ捨て場に出してたから、先程まで居た職場へ戻る。その途中、ココくんと首領へ連絡を入れると急ではあったが会社につく頃には話がとおっていてすんなりと引き継ぎも終わった。
会社に置いていた私物は全て使えそうなものは寄付し、要らないものは捨てた。
終わった頃には深夜に近い時間で、会社用の携帯も連絡先を全て消し初期設定してからSIMを違う物と交換して、使っていたSIMは破棄してから置いてきた。
会社から出ると、1台の黒塗りの車の前に派手なピンク色。
「乗れ」
「お迎え?ありがとう春くん」
「ついでだ」
車に乗り込むと春くんから新しい携帯を手渡された。
「部屋の手配も済んでるし、最低限の家具は揃えといた。携帯にアレ以外の幹部の連絡先は登録済み。
あとは何だ?着るもんか」
「化粧品も下着も服も生活用品全部無いかな」
「あー、拘りねぇなら揃えさせとく」
「春くんセレクトなら間違いないだろうから任せるよ」
「オマエと俺の肌同じにすんな」
「妬いちゃう」
クスクス、ケラケラと笑う私達。
あっという間に見慣れたビルの駐車場へ着き、そのままビルの中へ。
「意外と長かったな」
「ココくん!明日からよろしくね」
「此方こそ」
梵天、という裏社会では知らない人はいない組織。
元彼の蘭はその幹部で、フェイクであるフロント会社をいくつか持っていて、その中の1つに私は勤めていた。幹部と恋仲な子達がフロントに勤めているのは変なことじゃない。
その会社内で目立たぬよう他の人達と変わりない業務内容をこなし、仕事が出来れば昇進する。
気になる動きがあれば恋仲に話すくらいで、後ろにヤバイ組織がいる事以外はホワイトな就職先だ。
何も知らず入ってくる一般人もいるし。
そこで私は経理担当でそれなりに長く働いていた。
それだけじゃ梵天の幹部達との関わりなんて出来ない。
暴走族だった頃から付き合いがあったので、梵天を立ち上げる基盤作りの過程に関わり、幹部連中とはお互い顔馴染みとなってしまった。その頃から恋仲がいた人の女の子達とは同じ境遇を分かち合う仲間であり、今でも交流がある。
部下がいるとはいえ、信用も信頼も無い部下がやらかし交代するなんてよくあるので部下達の入れ代わりが激しい。指導、交代、指導、交代と……そうなると仕事が回らなくなるのでフロント企業である程度の下積み後、使えそうな人材をそれぞれ本社(梵天)へと移動していた。
あまりの交代の多さに彼女同盟で本社に苦情を言いに行くくらいには肝が座っていなきゃ彼らの恋人なんてやってられない。
そんなわけで、フロント企業に移ってもそれなりに幹部達と交流はあった。
今回みたいな揉め事は恋仲にはよくあるので、彼女さん方から聞いていた。色々なパターンはあるものの、迅速に対応してくれるので、身一つでもどうにかなった。
梵天に関わりがある以上、足を洗うのはつまり死のみ。
だから、生きるなら別れても梵天と関わりのある仕事を回される。
「名前さん、ついに別れたって本当ですか!?」
「別れた別れた。皆から聞いていたから気楽に出てきたわ」
「今日は飲みで祝杯ですね!」
「祝杯前にちゃんと作業しろよ。此処はホワイトじゃねぇからな」
ココくんの部下に居たのは、鶴蝶くんの彼女だ。
と、言っても元は違う人の彼女だったらしいが色々あって鶴蝶くんと恋人となったらしい。
年下の彼女はほんわかとしていて小動物のように可愛らしいが、こう見えて一児の母だ。
「それにしても名前が長続きするとは思わなかったわ」
「私もそう思ってる」
「何なら一番最初に別れてこっち手伝いに来ると思ってた」
「そうね」
多分褒めているのだろう。
灰谷蘭と言えば歩く猥褻物みたいな存在だもの。
顔がいいからロミトラもするし、手を汚す仕事もするし、人を育てる仕事もする。オールマイティに仕事をこなす見目の良い男に落ちない女などいない。
ただし、性格は自分勝手でマイペースないいとこ取り目立ちたがり野郎。
俺はいいけどオマエは駄目を素で言い放つ。
そんな男と寄り添うには色んな事を我慢しなきゃいけないし、制限されてしまう。
他の彼女さんらには引かれたし、幹部らには本社で待っていると笑われていた。
のに、立ち上げ当初から付き合い続けているのは私と鶴蝶くんのヨメくらいだ。
他の子とは今も交流はあるものの、別れている。
そして今回、私もお別れしてきたので元•現彼女同盟に一斉ラインを流すとおめでとうスタンプが連打で送られてきた。
「これからどうすんだ?」
「何が?」
「仕返し」
ニヤリと笑うココくんは、蘭の弱みを握りたいのだろう。
「仕返しなんてしないわよ。私、陰湿じゃないもの」
「へー」
「でも相手の子は名前さんが働いていた会社の子だったみたいだし、退社したらその子、イキるんじゃないのかな?」
「あら?同じ会社だったのね」
見覚え無いけどどこの部署だったのか。
「だとしたら可哀想に」
「「??」」
「あの会社、私が回していたからその内潰れると思うわ。灰谷さんは私に丸投げだったし。あそこの社長はとても良い方なので今後の事を軽く話をつけて、使えそうな人達は順次私の会社に移す予定だけど」
「「………うわぁ」」
蘭にとってはフロント企業でも、私にとっては大切な社会の繋がりだった。
理解ある上司に、可愛い後輩。頼りになる先輩達がいたし、他の部署でも仲良くなった人達がいる。
「他の会社との取引だってあったけど、利益目的より人材をそれなりに使えるよう育てていた場所だから。ある程度仕事を振り分けて来たけど……経営を今カノさんが代わりにどうにか出来るとは思って無いわ。
あそこで灰谷さんの彼女だって大きな顔をしたところで表の人達が多い社内じゃ浮くでしょうし。
灰谷さんのフロントが1つ潰れるくらいで梵天に損失は無い。
その後、彼女だからって此方に踏み入れて来たならその時は対応するけど……」
「「うわぁ」」
「なぁに?面白い顔して」
ちゃんと新しく私名義の会社は立ち上げてある。
指導用のフロントとして今後同じように動けるよう建物や内部を準備中というだけで、社長には少しの間頑張って貰い良い環境を提供したいからよろしくしてきたわけだし。
「私達の別れに一般の会社が巻き込まれて倒産、さようならなんて非情な真似しないわ。
今後の下積みを積む環境が必要だけど、灰谷さんの管理下じゃなきゃいけない理由は無い。今回急だったから場所の提供が間に合わないだけで私の部下を見捨てたりしないわ」
「そこじゃない」
「?」
「名前さん、強かです」
キラキラとした眼差しで見てくる鶴蝶くんのヨメ。
ココくんはケラケラ笑っていた。
そんなわけで苦労する事無くココくんの元で鶴蝶くんのヨメと共に働いていた。急だったから簡単な引き継ぎはしたものの、社長から泣きの電話が鳴り響くのでココくんに無理を言って仕事を抜けさせて貰った。
ある程度の対応はしたものの、一斉に泣き付かれるとは思っていなかったので、会社を準備するまで待って欲しいと伝えれば絶対に引き抜いてと再び泣かれた。
私がいなくなってたった一ヶ月もしないうちにガックリ落ちている業績に頭を抱えてしまう。
痛手にならないとはいえ、少し大きめな損失となってきている。予定ではまだまだ持ち堪えれるはずだったのに。
「社長、これはあまりにも酷くないかな?」
「……名前さんの指示通りならまだどうにかなったと思うが、先日あった会社同士の交流の場に灰谷さんもお見えになって、その……例の子も一緒で」
「?」
「色々と先方にもご迷惑がかかってしまって」
「えっ、何したの?」
挨拶回りをしていたところ、口約束ではあるが謁見の約束や大事な約束を交わす事も少なくない。
蘭にとっては重要ではなくても、会社同士の繋がりを強くしたり利益を得る為に予定を把握するのは大切だ。
例え約束当日に蘭がいなくても、社長と一緒に対応して後日蘭に重要な部分だけ伝えていた。が、女は何もしなかったそうだ。
私で慣れてしまっていた社長も頑張ったものの、相手先を覚えていない、ブッキング、此方が不利益となり事を言ってしまうなどなどやらかしを続け、今まで仲良くやれていた相手先が一気にいなくなってしまったらしい。
社長なりに頑張ってくれたものの、利益を高めるどころか此方が頭を下げて上乗せしつつ、お願いして何とか引き止めたって感じらしい。
「社長、そんなやり方は…」
「分かっている。でも全て失うよりは良かれと思って」
「出来るだけ急ぎます」
疲れ果てた社長を労り、アドバイスをして回る。
他部署も同じように契約が危うい所があると泣きついて来たので、その場しのぎではあるが対応策を考える。仕事していた時はこんなに忙しくなかったはずなのに予定より早い崩壊に頭を抱えるしかない。
「何で居るんですか?」
そこで会ったのが蘭の今カノだ。
此方をキッと睨み付けているが、その後ろに居る人を見て軽く頭を下げる。
「こんにちは。○○様、ご無沙汰しております」
「どうも。最近見ないからどうしたのかと思っていたが元気そうだね」
「諸事情で今は本社に勤務となりました。今日は可愛い部下達が泣きついて来たので、上司に許可を貰って顔を出しておりました」
「そうだったのか。君と話すのは楽しかったから残念だよ」
「ありがとうございます。近々社交場にまた顔を出させて頂きますのでその時にお世話になります」
「おや!それじゃあ私からも知り合いに声を掛けておくよ!」
軽く頭を下げ、再び指示を飛ばす。
なのに、わざわざ私の手から書類を弾き吠える女。
「蘭さんが選んだのは私なの!勝手な事しないでよっ!!」
散らばる書類を拾おうとしたら踏み付けてくる始末。
下品だな、と思ってため息が溢れた。
そこにココくんから連絡が入る。
『大至急で迎えに行かせたから早く戻って来い』
「あら?どんなトラブル?」
『鶴蝶のヨメの子供が熱出した。だからこっちの手が回らねぇ』
それは確かに一大事だ。彼女の事務作業はとても早い。ココくんよりも早い。
そしてココくんを寝かせる時間を作っていたのに彼女がいないとなると私とココくんで彼女の分も捌いていかないといけない。
「……皆、ごめんなさい。
ちょっと本社でトラブルがあったからここまで。
なるべく早く対応出来るよう此方も頑張るからもう少し耐えててね。
○○様、お見苦しい光景を見せてしまい申し訳ありません」
一礼して今カノの踏みつける足を払う。
簡単に転んだところから書類を抜き取る。
「これはこの会社にとっても、取引先にとっても必要な書類よ。
社員が必死になって仕上げようとしている重要な書類をアナタの癇癪で踏みつけていいものではない。
お客様の前で社のイメージを下げる事しか出来ないから吠えないほうがいいわ。無能さが目立つ」
転けて此方を睨み付ける女を無視し、お客様に一礼する。書類にサッと目を通してからここ数字間違えているわと社員に手渡せば涙を浮かべていた。
「内容は悪くない。あとは貴方の口で丁寧な対応を心掛けて」
「はい!」
「社長によろしくね」
「また社交場で。名前さんの活躍を期待してます」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
ひらっと手を振り会社を後にする。
玄関前には黒塗りの車がいた。
それに乗り込もうとしたが困ってしまう。
「私、間違えたかしら?」
「間違えてねぇからさっさと乗れよ」
後部座席に居たのは竜胆だった。
どうしようか迷ったが、間違えて無いと言われたのなら渋々乗るしかない。
私を載せた車は静かに動き出す。
「オマエあの会社クビになったんじゃねぇの?」
「ココくんに引き抜かれて辞めたのよ。
でも会社の経営が良くないから社長に泣きつかれて顔出しただけ」
「ふーん。ほっときゃいいのに」
「私達のいざこざに巻き込まれて倒産なんて理不尽過ぎるわ。彼らの生活が掛かっているし、素直で優秀な子が多いから、立派に育てている途中なのよ。いずれ私のところに引き抜く予定だけどその前に駄目になっちゃいそうだわ」
可哀想だが、今日見た限りでは予想より早そうだ。
付け焼き刃程度に誤魔化してもすぐに駄目になる。
出来る限りココくんに目を逸らして貰いたい所だが、損失に代わりはない。
「兄貴の話と全然違うんだな」
「私を捨てて可愛い彼女の為に追い出したって聞いていた?
灰谷さんが約束を破ったから、きちんとお別れして全部手放して来ただけ」
「は?別れたの?」
「勿論。最初からそういう約束だったから」
再び、沈黙。
蘭の弟だから気まずいというわけではなく、私は竜胆に嫌われているから気まずい。
「全然ヘコんでねぇんだな」
「?」
「俺の前だからって強がってるわけ?」
「……何の話?」
「まぁ、泣いて縋っても兄貴との仲なんか取り持たねぇけど」
「え?いらないわ。そんな縁」
せっかく切れたのになぜ取り持ってとお願いしなきゃいけないのか。
私の言葉に竜胆は頭を傾げる。
「?……兄貴にしつこく復縁迫ってんだろ?」
「以前使っていた私用の携帯も仕事用の携帯も返したし、今の携帯の連絡先に灰谷さんは入ってないわ」
「今カノに嫌がらせしてるって」
「私のベットで絡み合って灰谷さんとお別れした日から今日久々に会ったわ。それ以前の話なら……付きあっていたのは私だから、浮気という嫌がらせを受けていたのは私の方ね。その後は会う機会なんて無いから無理ね。あぁ、さっき部下が取引先用に作った会社の書類を叩き落として踏みつけたから足を払って転ばせたけど……これ、嫌がらせに入るかしら?」
「……職場まで押しかけて来たとか」
「ココくんの部署に在中と、たまに首領のお世話してるから本部にいるわね。押し掛けては間違いね。この一ヶ月、灰谷さんに会ったことないけれど」
ココくんが調整してくれているからね。
あの日から一回も会っていない。
「………マジ?」
「灰谷さん、交際中何度も浮気を繰り返していたけど、実際に浮気現場を見たのは初めて。
それだけ今回は本気って事だと思った。約束守ってくれなくて別れてからそっとしておいてたけど……あの人の中では妄想の私がやらかしているのね」
「は?」
連絡も取っていない、顔も合わせていないのに不思議なことがあるもんだと呟けば、竜胆は困った顔をしていた。
静かになった車はあっという間に本部へ。
竜胆も用があるのか一緒に並んで歩く。
「……あのさ」
「ん?」
「夜、話せねぇ?」
「時間かかっちゃうかも」
「用事終わったらそっち行く。終わるまで待つから話したい」
「……いいよ。その代わり待つなら手伝ってね」
気まずそうな竜胆に思わず笑ってしまった。
忙しいのに黙って待つなんてさせるわけがない。
ココくんの所に戻ると鬼の形相でパソコンを打っていたから黙って席に付きパソコンを立ち上げる。
「ココくん、どうして竜胆が居たの?」
「ついでだ。まじで会わせる気無かったが他に最短が無かったんだよ」
「困った人。彼、用事が終わったら此処で待つみたい」
「はっ!せいぜいシュレッダー係か茶汲みしか出来ねぇだろ」
「使えるなら使いましょ」
二人でカタカタパソコンと向き合う。
さぁ、どのくらいかかるのやら。
何時間経過したのかわからないが、扉が開く音がした。
「名前、そっちにデータ送った。今してるやつ終わったらすぐこっち戻せ」
「送ったわ。これ、あのフォルダに閉まっておくわよ。
次のに取り掛かっておくからダブらないでね」
「ついでに会社情報まとめといて」
「それは既に終わってる。読みがな順にファイルに入れてあるからチェックして」
「流石」
「もっと褒めていいわよ」
「……出直した方がいいか?」
「竜胆はここに来てこの領収書日付ごとにまとめて欲しいわ。あと珈琲お願い」
打つ手を辞めずに言うとキッチンの方へ向かった紫。
その後、ホカホカと湯気の昇るコップをココくんと私の机に置いてくれた。
「ありがとう」「サンキュ」
「いや」
「それで?竜胆は何が聞きたいの?」
「そのまま話すのかよ!?」
「今のままじゃ今夜どころかあと2日はかかりそうだから。ココくんは私の経緯知っているからどんな質問が来ても問題無しよ」
「何でココ?」
「恋する乙女同盟の一員だったから」
「俺は認めてねぇ」
幹部連中と恋仲となったとはいえ、女子は恋バナが大好きだ。定期的に開催された女子会会場は仕事しながらだったので大体ココくんのいるオフィスだった。
「兄貴と話が違ってんの何で?」
「蘭が嘘ついてるだけだろ」
「はぁ?意味わかんね」
「知るか」
「そもそも!長い間付き合ってたなら情とかあんだろ?何でそんなサッパリしてんだよ」
「今だからぶっちゃけると、私灰谷さんより竜胆の事が好きなのよね」
「「は?」」
ココくんと竜胆がビックリして此方を見ている。
ココくん、手が止まっているよ。
「私ね、竜胆の事が好きよ」
「「は!?」」
「竜胆に嫌われていたから、色々あって灰谷さんと付き合う事になったのよ。でも、特殊過ぎて灰谷さんと付き合う時に約束を守ってくれるなら何しても口出さないって約束を…」
「いや待て。待て待て待て」
「俺!!名前が嫌いなんて言ってねぇっ!!」
「?」
私が頭を傾げると、ココくんも竜胆くんも頭を傾げる。
「竜胆、最初の頃は私と仲良くしてくれていたけどいきなり態度変わったじゃない?
私見ても睨んでくるし、舌打ちするし。
目の前で女の子とイチャイチャしてお持ち帰りしていたし」
「それいつの話だよ!?俺は名前が兄ちゃんと付きあってるって聞いてて!!
俺のが仲良くて先に好きだったのに、いつの間にか付きあってたのお前らだろ!?」
「私、天竺時代の頃からずっと竜胆の事好きよ」
「フッザケンナよ!?俺だって好きだし!!」
「……待て。お前ら一回落ち着こうぜ」
ココくんの提案により、仕事そっちのけで話し合いに入る。
新たに珈琲を入れ直し、3人でソファーに座る。
「そもそも、名前は何で蘭と付きあってたんだ?」
「ある日突然竜胆から避けられるようになって。何かした記憶が無いけど関わろうとしたら舌打ちされて、竜胆に彼女が出来て。それでも諦められなくて……。
ウジウジしていたらあの人に薬盛られて襲われたのよ。目が覚めてハメ撮り見せられながら彼女になるだろって言われて……春くんやココくん、首領との関わりもあったし、コネがあった方が今後都合良かったというか」
「はぁ!?」
「竜胆、何で名前を嫌ってたんだ?」
「俺と仲良かったのに他の男らと遊んでるって聞いてて。色んな奴の家に転がってるって聞いて……腹立って。そんな時に名前と付き合い出したって兄貴言って来て。尻軽な女だったと思ったらショックだったし、家でヤッてるとこ見ちまったし」
「……オマエ家族とかと縁切ったのいつだ?」
「灰谷さんと付き合ってからよ。その前までは普通に家に帰っていたし、そもそも襲われるまで処女だったわ」
「え?三途とか、ボスとかの家に頻繁に行ってたって」
「春くんとは従兄妹なの。首領とは幼馴染。
私達一人暮らしみたいなものだったから時間が合えば一緒にご飯食べに行ってたやつかしら」
家族はいるものの不仲だったり、亡くなっていたり、仕事で両親が居ないことが多い私達はお互い時間が合えば集まって一緒にご飯を食べるようにしていた。
色々な事があったから、一番は首領が心配だった。
春くんは自分に興味が無い。
昔からの馴染みで可愛い年下の彼らの世話にしに行っていた。
「付き合ったのは?」
「うーんと、三天抗争の後ね。襲われたのは抗争前だけど」
「兄貴に付き合ったって聞いたの、六破羅に入るか入らないかの時なんだけど」
竜胆の記憶と、私の記憶をすり合わせると明らかに色々ズレていて話が噛み合わない。
「おかしくね?」
「おかしいわね?」
「待て表にするから」
見事に食い違っている部分には必ず蘭の助言やアクションがあり、どんどんとすれ違っていった私達。
付き合った時には既に溝が出来てしまっていた。
思わず3人で顔を見合わせる。
「ちなみに、付き合った当時の約束って?」
「"いかなる理由があろうと、私を信じて守る事"
それさえ守ってくれたら好きにしてって言ったの」
「これから反社になってロミトラする奴に約束するには無理難題すぎね?」
「それが出来ないなら私は灰谷さんと一緒になる意味が無いもの。竜胆を想いながら普通の生活へ戻る事も出来たけど……心の何処かでせめて昔みたいに話せたらなって希望もあって。灰谷さんと居れば少しくらい竜胆と関われるかなって下心あった」
「……」
「灰谷さんの事好みでも好きでも無い。
でも、こんなに長続きしたら好きになってはいたのよ?使いやすいペンくらいには」
「使いやすいペン扱い面白すぎるからヤメロ」
吹き出す2人。
ひとしきり笑った後、竜胆は申し訳なさそうにへにゃりと眉を下げている。
「ごめん。知らなかったとは言え、傷付けた」
「私こそ確認する勇気が無くてごめんなさい」
「……まだ、俺の事好き?酷い事したから嫌いだよな」
「ズルいわ。さっきも言ったけど、私竜胆が好きよ」
恐る恐る触れようとする手を握り擦り寄る。
「大好き」
「っっっ!!俺も、好き、です」
「……嬉しい」
「かわっ」
「お前ら俺がいる事忘れんなよ。あと、まだ仕事あるからな」
「九井!!そこは融通利かせるとこだろ!!やっと両想いなんだけど!?」
「オマエ彼女いなかったか?」
「んなのとっくに別れてセフレくらいしか……
切る!!今すぐセフレ全員と終わらせるから!!」
ハッ、とした表情をして抱き着いてくる竜胆。
赤くなったり青くなったり忙しい顔色に笑ってしまう。
「竜胆。私の事、守ってくれる?」
「当たり前じゃん!!あー、でも、仕事上ロミトラはあるし、店に顔出して女と絡むことはあると思う。
けどっ!絶対にもう身体の関係は持たないし、名前のこと哀しませないようにすっから!!」
「仕事なら仕方ないのよ。今更私の我儘で他に振り分けるわけにもいかないし、幹部連中と付き合うって事の覚悟を持っているもの。
ただ、どんな理由があっても最後は私の事信じて守って欲しい」
「当たり前」
「……難しいわよ?
仕事で大事な取引先のご令嬢が私に絡んで来ても守れる?己の立場が不利になっても、首領に言われても私を庇える?」
「立場が不利になったくらいで俺ら、大人しく他の組織の下に着くようなタイプじゃねぇし。そんな面倒な事になるくらいなら、ボスがぶち壊しそう。
そもそも惚れた相手をこっちの世界に巻き込んでるんだから、守れませんってカッコ悪いだろ」
「………ははっ!そうだね」
「名前を守れない方が梵天の不利益になってボスに殺されそう」
竜胆の答えが嬉しくて思わず頬にキスをする。
一気に赤くなる顔が可愛くて抱き着くと慌てながらも抱きしめ返してくれた。
「あー、なるほどな。
確かに名前を敵に回すと終わるな」
「何が」
「こんなんだけど、梵天と関わりのあるほとんどの金蔓と繋がってんだよ。
その分我儘な令嬢に目の敵にされてっけど上手く交わしてる。娘が我儘ぶっこいても梵天と関わった以上、裏切り行為は死あるのみだからな」
「よくあるのが『ウチが手を引けばどうなるかわかってんの?』って威嚇されるけど……お互い、いい関係を築いてるから壊そうとしてるの娘さんなのよね。
理解ある親御さんは娘を止めるけど、たまに暴走する馬鹿親も居て。手を引くって事は裏切りに値するから春くんが喜んで刀持って出動しているって感じ」
「上手くやってくれて助かる」
「ちょっとお話して仲良くなっただけよ」
「………待って。そうなると兄ちゃんスクラップ一択じゃん」
「それは平気。
私と灰谷さんの付き合いが続こうが別れようが何にも関係無いもの」
「蘭のフロントが1つ消えて上納金減るくらいだからな」
「そうね。今回はココくんに目を瞑って貰うけど、余程のことが無い限り規定より下がることは無いわ」
私とココくんの会話に竜胆は難しい顔をしている。
「言ったでしょ?
お気に入りがつくくらいには好きだって。
浮気三昧のクズで嘘つきなイカれ野郎でも、私の事大切にしてくれていたから長続きしたわけだし。
器のちっちゃい女じゃこの世界じゃ生きていけないのよ」
「惚れ直した。スキ。俺の嫁になって」
「私でよければ喜んで」
唇にキスをする竜胆が愛おしくて、私からも触れるだけのキスを送る。
「ラブラブなとこ悪いがそろそろ仕事戻るぞ。
鶴蝶のヨメの分どうにかしねぇとお前らずっとイチャつけねぇと思えよ」
「はぁい。今とっても幸せだから頑張るわ!」
「俺も!出来ること手伝う!」
私としては長年の片想いに終止符がつき、無事に実って幸せな日々。
ココくんが優先的に私のフロント開業を手伝ってくれたので、社長が目利きした優秀な人材達の引き抜きと共に此方に移ってくれた。
仕事も恋も順調で幸せ。
家に帰ると自分の寝室のベッドで絡み合う男女と遭遇した時、どう反応するのが正解?
何か見たことあるな、って女と彼氏なはずの男。
キャアッて私の毛布で体を包む女と悪びれた様子などなく此方をどんな思いで見てんの?って男。
「まず服着てから出てきてもらえる?」
そう言って扉を閉めた。
その足でキッチンに向かい、自分用の珈琲を入れる。
あの人達は何がいいかな?珈琲セットしちゃったから珈琲を飲ませよとカップを用意した。
気まずそうに入って来た女と堂々と入ってきた男。
二人に私の目の前のテーブルへどうぞと促せば座る。
「あのっ!私、蘭さんと…」
「私、あなたの事どこかで見たけどちょっと覚えて無いのよね」
「わ、私……蘭さんの、会社で働いてて…」
「ちなみに私が彼とお付き合いしているのはご存知なんですよね?」
「………はい」
彼の会社か。さて、どの会社だろう。
記憶を巡らせるものの似たような女の子ばかりでこれといった人物は思い浮かばない。
だが、相手の女は私を知っているのでそれなりに関わりのあるとこなのだろう。
「悪いとは思っています。でもっ!私も、本気で蘭さんの事を想って」
「そう。悪いと思っていても止められなかったのね」
「………はい」
落ち着きのない視線に青ざめた表情。ちゃんと悪い事だという自覚はあるらしい。世の中には悪い事だと思わず此方に歯向かってくる人もいるが、悪い事だと思って気まずそうにしているこの女は
「じゃあ悪いなんて思っていないのと同じね」
「………え」
「悪い事、だってわかっているなら最初からしないもの。良し悪しの分別もつかない赤子ではないのだからその後どうなるかだって想像出来るでしょ?
それともあなたの頭は悪い事をしたらどうなるか、って実際に体験しないとわからない?」
「そっ、そんな言い方しなくたって」
メソメソと瞳を潤ませ始める女。
「まるで私が悪者ね。ねぇ、あなたはどう思ってるの?」
蘭、と名を呼べば男は面倒そうな顔をしている。
「何が」
「私に何か言う事はない?」
「ねぇな。むしろオマエが何か言いてえんじゃねぇの?」
「そうね。でも先にあなたの思いを聞きたい」
「思いも何もこの状態で察せらんね?
嫉妬もしねぇ、泣きもしねぇ。可愛くねぇ女」
鼻で笑う姿に心がチクンと痛む。
先程までグスグスと泣いていた女は蘭の腕に手を添えてチラチラ此方を見ている。
「あなたも悪いと思って無いのね」
「悪いと思うならこんな状態になってねぇな。
反応の無ぇオマエよりコイツのが可愛いわ」
蘭の言葉に女は嬉しそうだ。コロコロと変わる表情は見ていて面白い。
温くなってしまった珈琲を口にしながら考える。
「蘭は私の事、想って無いって捉えてもいいのかな?」
「その質問答えなきゃわかんねーの?」
「私じゃない女の方が可愛いし大切にしたいって事だね」
私の言葉に蘭は今まで鼻で笑っていたが、目を逸らして楽しくなさそうにしている。
「キミ達の言い分はわかった。そして悪い事だとすら思って無い事も」
「…私達が悪い悪いって言いますが、浮気されてる名前さんにも原因があるんじゃないですか?」
「ん?」
「こんな素敵な蘭さんに愛想尽かされるなんてどこかしら原因があるって言ったんです」
急にどうしたのだろう。
蘭に味方してもらえたからか、自分の行為を棚に上げて噛み付いてくる女。
先程まで狼狽えていた姿はどこへやら。
「品の無い女はよく吠えるね」
「っ!!」
「蘭」
「なに」
「約束、覚えてる?」
私の問いかけに蘭は首を傾げる。
「私と蘭の約束。
忘れていそうだから聞くんだけど……蘭は私を守る気ある?」
「約束とか今どうでも良くね?」
「………守る意志は無いって事か」
蘭とはかれこれ10年以上の付き合いがある。
遊ぶ事を咎めた事は無いし、今も勿論そんなつもりは無い。
蘭の性格を含め、一緒に居ることを選んだのは私だから。だからこそ親•友人達と縁を切った。仕事の手伝いをした。蘭が時折女の子と遊んでいても気づかないふりをした。
蘭と交わした"約束"を守ってくれていたから、蘭の好きにさせていた。
「蘭、もう一度聞くよ。
私よりもその女の方が可愛くていいんだね?」
「そーだな。オマエよりコイツのが可愛気あるし。
オマエに拘っているわけじゃないから」
「わかった」
ニッコリ笑いながら言う蘭に私もにこりと笑い返す。
自分が選ばれた!と嬉しそうな顔をした女は蘭に抱き着き此方を勝ち誇った顔で見ている。
薬指に嵌めた蘭とお揃いの指輪。今も蘭と私の指に嵌まっているが、指輪を外してテーブルの上へ。仕事用の携帯は流石に返せないが、蘭名義で契約してもらった私用の携帯もテーブルに。あとは財布から蘭名義のカードを取り出して置く。
「仕事辞める。でも引き継ぎがあるから、仕事用の携帯は今すぐ渡せない。首領やココくんと連絡が取れないと会社の方が困るだろうし。引き継ぎが終わり次第会社に戻しておく。
違う職場で会うことがあったらその時は灰谷さんの事上司として接するわ。
あとは……あぁ、灰谷さんに買ってもらった物というかこの家にある私のものは好きにして。あ、下着はシェア出来無いと思うから此方ですぐに始末していくわね」
大きなゴミ袋を取りにキッチンへ。
そのまま寝室に向かって下着を全てゴミ袋へ詰め込む。生々しい臭いが充満しているが、少しの我慢だ。
「では、さようなら。失礼しました」
「は?」
ゴミ袋片手に鞄だけを持ち玄関へ。
「意味わかんね。何してんだよ」
「?
あぁ!ごめんなさい。鍵置いていくの忘れていたわ!」
はい、と蘭の手に鍵を渡すが投げられ手首を掴まれる。
「どこ行く気?」
「会社に戻って引き継ぎかな。元々そんなに仕事抱えていなかったからすぐ終わるけど、会社に置いてある私物は自分でどうにかしておかないと。急な自主退社すら迷惑なのにそこまで丸投げしないわ」
「ふざけんな。勝手に辞めれるとでも?」
「首領とココくんからは前々から声が掛かっていたから部署が移るだけよ」
「はぁ?俺知らねぇけど」
「灰谷さんが居ないところで交わされた話でしたもの」
私の手を掴む蘭の手の力が強くなる。
その手に指を添える。
「離してくれる?」
「勝手な事してんじゃねぇよ」
「"約束"、守らなかったのは灰谷さんでしょ」
私の言葉に不服そうにしている。
「家も頼る先もねぇのに強がんなよ」
「そこら辺は何とかするしかないわ」
「勝手にしろ」
「勿論。やることがあるから失礼するわね」
ゴミをゴミ捨て場に出してたから、先程まで居た職場へ戻る。その途中、ココくんと首領へ連絡を入れると急ではあったが会社につく頃には話がとおっていてすんなりと引き継ぎも終わった。
会社に置いていた私物は全て使えそうなものは寄付し、要らないものは捨てた。
終わった頃には深夜に近い時間で、会社用の携帯も連絡先を全て消し初期設定してからSIMを違う物と交換して、使っていたSIMは破棄してから置いてきた。
会社から出ると、1台の黒塗りの車の前に派手なピンク色。
「乗れ」
「お迎え?ありがとう春くん」
「ついでだ」
車に乗り込むと春くんから新しい携帯を手渡された。
「部屋の手配も済んでるし、最低限の家具は揃えといた。携帯にアレ以外の幹部の連絡先は登録済み。
あとは何だ?着るもんか」
「化粧品も下着も服も生活用品全部無いかな」
「あー、拘りねぇなら揃えさせとく」
「春くんセレクトなら間違いないだろうから任せるよ」
「オマエと俺の肌同じにすんな」
「妬いちゃう」
クスクス、ケラケラと笑う私達。
あっという間に見慣れたビルの駐車場へ着き、そのままビルの中へ。
「意外と長かったな」
「ココくん!明日からよろしくね」
「此方こそ」
梵天、という裏社会では知らない人はいない組織。
元彼の蘭はその幹部で、フェイクであるフロント会社をいくつか持っていて、その中の1つに私は勤めていた。幹部と恋仲な子達がフロントに勤めているのは変なことじゃない。
その会社内で目立たぬよう他の人達と変わりない業務内容をこなし、仕事が出来れば昇進する。
気になる動きがあれば恋仲に話すくらいで、後ろにヤバイ組織がいる事以外はホワイトな就職先だ。
何も知らず入ってくる一般人もいるし。
そこで私は経理担当でそれなりに長く働いていた。
それだけじゃ梵天の幹部達との関わりなんて出来ない。
暴走族だった頃から付き合いがあったので、梵天を立ち上げる基盤作りの過程に関わり、幹部連中とはお互い顔馴染みとなってしまった。その頃から恋仲がいた人の女の子達とは同じ境遇を分かち合う仲間であり、今でも交流がある。
部下がいるとはいえ、信用も信頼も無い部下がやらかし交代するなんてよくあるので部下達の入れ代わりが激しい。指導、交代、指導、交代と……そうなると仕事が回らなくなるのでフロント企業である程度の下積み後、使えそうな人材をそれぞれ本社(梵天)へと移動していた。
あまりの交代の多さに彼女同盟で本社に苦情を言いに行くくらいには肝が座っていなきゃ彼らの恋人なんてやってられない。
そんなわけで、フロント企業に移ってもそれなりに幹部達と交流はあった。
今回みたいな揉め事は恋仲にはよくあるので、彼女さん方から聞いていた。色々なパターンはあるものの、迅速に対応してくれるので、身一つでもどうにかなった。
梵天に関わりがある以上、足を洗うのはつまり死のみ。
だから、生きるなら別れても梵天と関わりのある仕事を回される。
「名前さん、ついに別れたって本当ですか!?」
「別れた別れた。皆から聞いていたから気楽に出てきたわ」
「今日は飲みで祝杯ですね!」
「祝杯前にちゃんと作業しろよ。此処はホワイトじゃねぇからな」
ココくんの部下に居たのは、鶴蝶くんの彼女だ。
と、言っても元は違う人の彼女だったらしいが色々あって鶴蝶くんと恋人となったらしい。
年下の彼女はほんわかとしていて小動物のように可愛らしいが、こう見えて一児の母だ。
「それにしても名前が長続きするとは思わなかったわ」
「私もそう思ってる」
「何なら一番最初に別れてこっち手伝いに来ると思ってた」
「そうね」
多分褒めているのだろう。
灰谷蘭と言えば歩く猥褻物みたいな存在だもの。
顔がいいからロミトラもするし、手を汚す仕事もするし、人を育てる仕事もする。オールマイティに仕事をこなす見目の良い男に落ちない女などいない。
ただし、性格は自分勝手でマイペースないいとこ取り目立ちたがり野郎。
俺はいいけどオマエは駄目を素で言い放つ。
そんな男と寄り添うには色んな事を我慢しなきゃいけないし、制限されてしまう。
他の彼女さんらには引かれたし、幹部らには本社で待っていると笑われていた。
のに、立ち上げ当初から付き合い続けているのは私と鶴蝶くんのヨメくらいだ。
他の子とは今も交流はあるものの、別れている。
そして今回、私もお別れしてきたので元•現彼女同盟に一斉ラインを流すとおめでとうスタンプが連打で送られてきた。
「これからどうすんだ?」
「何が?」
「仕返し」
ニヤリと笑うココくんは、蘭の弱みを握りたいのだろう。
「仕返しなんてしないわよ。私、陰湿じゃないもの」
「へー」
「でも相手の子は名前さんが働いていた会社の子だったみたいだし、退社したらその子、イキるんじゃないのかな?」
「あら?同じ会社だったのね」
見覚え無いけどどこの部署だったのか。
「だとしたら可哀想に」
「「??」」
「あの会社、私が回していたからその内潰れると思うわ。灰谷さんは私に丸投げだったし。あそこの社長はとても良い方なので今後の事を軽く話をつけて、使えそうな人達は順次私の会社に移す予定だけど」
「「………うわぁ」」
蘭にとってはフロント企業でも、私にとっては大切な社会の繋がりだった。
理解ある上司に、可愛い後輩。頼りになる先輩達がいたし、他の部署でも仲良くなった人達がいる。
「他の会社との取引だってあったけど、利益目的より人材をそれなりに使えるよう育てていた場所だから。ある程度仕事を振り分けて来たけど……経営を今カノさんが代わりにどうにか出来るとは思って無いわ。
あそこで灰谷さんの彼女だって大きな顔をしたところで表の人達が多い社内じゃ浮くでしょうし。
灰谷さんのフロントが1つ潰れるくらいで梵天に損失は無い。
その後、彼女だからって此方に踏み入れて来たならその時は対応するけど……」
「「うわぁ」」
「なぁに?面白い顔して」
ちゃんと新しく私名義の会社は立ち上げてある。
指導用のフロントとして今後同じように動けるよう建物や内部を準備中というだけで、社長には少しの間頑張って貰い良い環境を提供したいからよろしくしてきたわけだし。
「私達の別れに一般の会社が巻き込まれて倒産、さようならなんて非情な真似しないわ。
今後の下積みを積む環境が必要だけど、灰谷さんの管理下じゃなきゃいけない理由は無い。今回急だったから場所の提供が間に合わないだけで私の部下を見捨てたりしないわ」
「そこじゃない」
「?」
「名前さん、強かです」
キラキラとした眼差しで見てくる鶴蝶くんのヨメ。
ココくんはケラケラ笑っていた。
そんなわけで苦労する事無くココくんの元で鶴蝶くんのヨメと共に働いていた。急だったから簡単な引き継ぎはしたものの、社長から泣きの電話が鳴り響くのでココくんに無理を言って仕事を抜けさせて貰った。
ある程度の対応はしたものの、一斉に泣き付かれるとは思っていなかったので、会社を準備するまで待って欲しいと伝えれば絶対に引き抜いてと再び泣かれた。
私がいなくなってたった一ヶ月もしないうちにガックリ落ちている業績に頭を抱えてしまう。
痛手にならないとはいえ、少し大きめな損失となってきている。予定ではまだまだ持ち堪えれるはずだったのに。
「社長、これはあまりにも酷くないかな?」
「……名前さんの指示通りならまだどうにかなったと思うが、先日あった会社同士の交流の場に灰谷さんもお見えになって、その……例の子も一緒で」
「?」
「色々と先方にもご迷惑がかかってしまって」
「えっ、何したの?」
挨拶回りをしていたところ、口約束ではあるが謁見の約束や大事な約束を交わす事も少なくない。
蘭にとっては重要ではなくても、会社同士の繋がりを強くしたり利益を得る為に予定を把握するのは大切だ。
例え約束当日に蘭がいなくても、社長と一緒に対応して後日蘭に重要な部分だけ伝えていた。が、女は何もしなかったそうだ。
私で慣れてしまっていた社長も頑張ったものの、相手先を覚えていない、ブッキング、此方が不利益となり事を言ってしまうなどなどやらかしを続け、今まで仲良くやれていた相手先が一気にいなくなってしまったらしい。
社長なりに頑張ってくれたものの、利益を高めるどころか此方が頭を下げて上乗せしつつ、お願いして何とか引き止めたって感じらしい。
「社長、そんなやり方は…」
「分かっている。でも全て失うよりは良かれと思って」
「出来るだけ急ぎます」
疲れ果てた社長を労り、アドバイスをして回る。
他部署も同じように契約が危うい所があると泣きついて来たので、その場しのぎではあるが対応策を考える。仕事していた時はこんなに忙しくなかったはずなのに予定より早い崩壊に頭を抱えるしかない。
「何で居るんですか?」
そこで会ったのが蘭の今カノだ。
此方をキッと睨み付けているが、その後ろに居る人を見て軽く頭を下げる。
「こんにちは。○○様、ご無沙汰しております」
「どうも。最近見ないからどうしたのかと思っていたが元気そうだね」
「諸事情で今は本社に勤務となりました。今日は可愛い部下達が泣きついて来たので、上司に許可を貰って顔を出しておりました」
「そうだったのか。君と話すのは楽しかったから残念だよ」
「ありがとうございます。近々社交場にまた顔を出させて頂きますのでその時にお世話になります」
「おや!それじゃあ私からも知り合いに声を掛けておくよ!」
軽く頭を下げ、再び指示を飛ばす。
なのに、わざわざ私の手から書類を弾き吠える女。
「蘭さんが選んだのは私なの!勝手な事しないでよっ!!」
散らばる書類を拾おうとしたら踏み付けてくる始末。
下品だな、と思ってため息が溢れた。
そこにココくんから連絡が入る。
『大至急で迎えに行かせたから早く戻って来い』
「あら?どんなトラブル?」
『鶴蝶のヨメの子供が熱出した。だからこっちの手が回らねぇ』
それは確かに一大事だ。彼女の事務作業はとても早い。ココくんよりも早い。
そしてココくんを寝かせる時間を作っていたのに彼女がいないとなると私とココくんで彼女の分も捌いていかないといけない。
「……皆、ごめんなさい。
ちょっと本社でトラブルがあったからここまで。
なるべく早く対応出来るよう此方も頑張るからもう少し耐えててね。
○○様、お見苦しい光景を見せてしまい申し訳ありません」
一礼して今カノの踏みつける足を払う。
簡単に転んだところから書類を抜き取る。
「これはこの会社にとっても、取引先にとっても必要な書類よ。
社員が必死になって仕上げようとしている重要な書類をアナタの癇癪で踏みつけていいものではない。
お客様の前で社のイメージを下げる事しか出来ないから吠えないほうがいいわ。無能さが目立つ」
転けて此方を睨み付ける女を無視し、お客様に一礼する。書類にサッと目を通してからここ数字間違えているわと社員に手渡せば涙を浮かべていた。
「内容は悪くない。あとは貴方の口で丁寧な対応を心掛けて」
「はい!」
「社長によろしくね」
「また社交場で。名前さんの活躍を期待してます」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
ひらっと手を振り会社を後にする。
玄関前には黒塗りの車がいた。
それに乗り込もうとしたが困ってしまう。
「私、間違えたかしら?」
「間違えてねぇからさっさと乗れよ」
後部座席に居たのは竜胆だった。
どうしようか迷ったが、間違えて無いと言われたのなら渋々乗るしかない。
私を載せた車は静かに動き出す。
「オマエあの会社クビになったんじゃねぇの?」
「ココくんに引き抜かれて辞めたのよ。
でも会社の経営が良くないから社長に泣きつかれて顔出しただけ」
「ふーん。ほっときゃいいのに」
「私達のいざこざに巻き込まれて倒産なんて理不尽過ぎるわ。彼らの生活が掛かっているし、素直で優秀な子が多いから、立派に育てている途中なのよ。いずれ私のところに引き抜く予定だけどその前に駄目になっちゃいそうだわ」
可哀想だが、今日見た限りでは予想より早そうだ。
付け焼き刃程度に誤魔化してもすぐに駄目になる。
出来る限りココくんに目を逸らして貰いたい所だが、損失に代わりはない。
「兄貴の話と全然違うんだな」
「私を捨てて可愛い彼女の為に追い出したって聞いていた?
灰谷さんが約束を破ったから、きちんとお別れして全部手放して来ただけ」
「は?別れたの?」
「勿論。最初からそういう約束だったから」
再び、沈黙。
蘭の弟だから気まずいというわけではなく、私は竜胆に嫌われているから気まずい。
「全然ヘコんでねぇんだな」
「?」
「俺の前だからって強がってるわけ?」
「……何の話?」
「まぁ、泣いて縋っても兄貴との仲なんか取り持たねぇけど」
「え?いらないわ。そんな縁」
せっかく切れたのになぜ取り持ってとお願いしなきゃいけないのか。
私の言葉に竜胆は頭を傾げる。
「?……兄貴にしつこく復縁迫ってんだろ?」
「以前使っていた私用の携帯も仕事用の携帯も返したし、今の携帯の連絡先に灰谷さんは入ってないわ」
「今カノに嫌がらせしてるって」
「私のベットで絡み合って灰谷さんとお別れした日から今日久々に会ったわ。それ以前の話なら……付きあっていたのは私だから、浮気という嫌がらせを受けていたのは私の方ね。その後は会う機会なんて無いから無理ね。あぁ、さっき部下が取引先用に作った会社の書類を叩き落として踏みつけたから足を払って転ばせたけど……これ、嫌がらせに入るかしら?」
「……職場まで押しかけて来たとか」
「ココくんの部署に在中と、たまに首領のお世話してるから本部にいるわね。押し掛けては間違いね。この一ヶ月、灰谷さんに会ったことないけれど」
ココくんが調整してくれているからね。
あの日から一回も会っていない。
「………マジ?」
「灰谷さん、交際中何度も浮気を繰り返していたけど、実際に浮気現場を見たのは初めて。
それだけ今回は本気って事だと思った。約束守ってくれなくて別れてからそっとしておいてたけど……あの人の中では妄想の私がやらかしているのね」
「は?」
連絡も取っていない、顔も合わせていないのに不思議なことがあるもんだと呟けば、竜胆は困った顔をしていた。
静かになった車はあっという間に本部へ。
竜胆も用があるのか一緒に並んで歩く。
「……あのさ」
「ん?」
「夜、話せねぇ?」
「時間かかっちゃうかも」
「用事終わったらそっち行く。終わるまで待つから話したい」
「……いいよ。その代わり待つなら手伝ってね」
気まずそうな竜胆に思わず笑ってしまった。
忙しいのに黙って待つなんてさせるわけがない。
ココくんの所に戻ると鬼の形相でパソコンを打っていたから黙って席に付きパソコンを立ち上げる。
「ココくん、どうして竜胆が居たの?」
「ついでだ。まじで会わせる気無かったが他に最短が無かったんだよ」
「困った人。彼、用事が終わったら此処で待つみたい」
「はっ!せいぜいシュレッダー係か茶汲みしか出来ねぇだろ」
「使えるなら使いましょ」
二人でカタカタパソコンと向き合う。
さぁ、どのくらいかかるのやら。
何時間経過したのかわからないが、扉が開く音がした。
「名前、そっちにデータ送った。今してるやつ終わったらすぐこっち戻せ」
「送ったわ。これ、あのフォルダに閉まっておくわよ。
次のに取り掛かっておくからダブらないでね」
「ついでに会社情報まとめといて」
「それは既に終わってる。読みがな順にファイルに入れてあるからチェックして」
「流石」
「もっと褒めていいわよ」
「……出直した方がいいか?」
「竜胆はここに来てこの領収書日付ごとにまとめて欲しいわ。あと珈琲お願い」
打つ手を辞めずに言うとキッチンの方へ向かった紫。
その後、ホカホカと湯気の昇るコップをココくんと私の机に置いてくれた。
「ありがとう」「サンキュ」
「いや」
「それで?竜胆は何が聞きたいの?」
「そのまま話すのかよ!?」
「今のままじゃ今夜どころかあと2日はかかりそうだから。ココくんは私の経緯知っているからどんな質問が来ても問題無しよ」
「何でココ?」
「恋する乙女同盟の一員だったから」
「俺は認めてねぇ」
幹部連中と恋仲となったとはいえ、女子は恋バナが大好きだ。定期的に開催された女子会会場は仕事しながらだったので大体ココくんのいるオフィスだった。
「兄貴と話が違ってんの何で?」
「蘭が嘘ついてるだけだろ」
「はぁ?意味わかんね」
「知るか」
「そもそも!長い間付き合ってたなら情とかあんだろ?何でそんなサッパリしてんだよ」
「今だからぶっちゃけると、私灰谷さんより竜胆の事が好きなのよね」
「「は?」」
ココくんと竜胆がビックリして此方を見ている。
ココくん、手が止まっているよ。
「私ね、竜胆の事が好きよ」
「「は!?」」
「竜胆に嫌われていたから、色々あって灰谷さんと付き合う事になったのよ。でも、特殊過ぎて灰谷さんと付き合う時に約束を守ってくれるなら何しても口出さないって約束を…」
「いや待て。待て待て待て」
「俺!!名前が嫌いなんて言ってねぇっ!!」
「?」
私が頭を傾げると、ココくんも竜胆くんも頭を傾げる。
「竜胆、最初の頃は私と仲良くしてくれていたけどいきなり態度変わったじゃない?
私見ても睨んでくるし、舌打ちするし。
目の前で女の子とイチャイチャしてお持ち帰りしていたし」
「それいつの話だよ!?俺は名前が兄ちゃんと付きあってるって聞いてて!!
俺のが仲良くて先に好きだったのに、いつの間にか付きあってたのお前らだろ!?」
「私、天竺時代の頃からずっと竜胆の事好きよ」
「フッザケンナよ!?俺だって好きだし!!」
「……待て。お前ら一回落ち着こうぜ」
ココくんの提案により、仕事そっちのけで話し合いに入る。
新たに珈琲を入れ直し、3人でソファーに座る。
「そもそも、名前は何で蘭と付きあってたんだ?」
「ある日突然竜胆から避けられるようになって。何かした記憶が無いけど関わろうとしたら舌打ちされて、竜胆に彼女が出来て。それでも諦められなくて……。
ウジウジしていたらあの人に薬盛られて襲われたのよ。目が覚めてハメ撮り見せられながら彼女になるだろって言われて……春くんやココくん、首領との関わりもあったし、コネがあった方が今後都合良かったというか」
「はぁ!?」
「竜胆、何で名前を嫌ってたんだ?」
「俺と仲良かったのに他の男らと遊んでるって聞いてて。色んな奴の家に転がってるって聞いて……腹立って。そんな時に名前と付き合い出したって兄貴言って来て。尻軽な女だったと思ったらショックだったし、家でヤッてるとこ見ちまったし」
「……オマエ家族とかと縁切ったのいつだ?」
「灰谷さんと付き合ってからよ。その前までは普通に家に帰っていたし、そもそも襲われるまで処女だったわ」
「え?三途とか、ボスとかの家に頻繁に行ってたって」
「春くんとは従兄妹なの。首領とは幼馴染。
私達一人暮らしみたいなものだったから時間が合えば一緒にご飯食べに行ってたやつかしら」
家族はいるものの不仲だったり、亡くなっていたり、仕事で両親が居ないことが多い私達はお互い時間が合えば集まって一緒にご飯を食べるようにしていた。
色々な事があったから、一番は首領が心配だった。
春くんは自分に興味が無い。
昔からの馴染みで可愛い年下の彼らの世話にしに行っていた。
「付き合ったのは?」
「うーんと、三天抗争の後ね。襲われたのは抗争前だけど」
「兄貴に付き合ったって聞いたの、六破羅に入るか入らないかの時なんだけど」
竜胆の記憶と、私の記憶をすり合わせると明らかに色々ズレていて話が噛み合わない。
「おかしくね?」
「おかしいわね?」
「待て表にするから」
見事に食い違っている部分には必ず蘭の助言やアクションがあり、どんどんとすれ違っていった私達。
付き合った時には既に溝が出来てしまっていた。
思わず3人で顔を見合わせる。
「ちなみに、付き合った当時の約束って?」
「"いかなる理由があろうと、私を信じて守る事"
それさえ守ってくれたら好きにしてって言ったの」
「これから反社になってロミトラする奴に約束するには無理難題すぎね?」
「それが出来ないなら私は灰谷さんと一緒になる意味が無いもの。竜胆を想いながら普通の生活へ戻る事も出来たけど……心の何処かでせめて昔みたいに話せたらなって希望もあって。灰谷さんと居れば少しくらい竜胆と関われるかなって下心あった」
「……」
「灰谷さんの事好みでも好きでも無い。
でも、こんなに長続きしたら好きになってはいたのよ?使いやすいペンくらいには」
「使いやすいペン扱い面白すぎるからヤメロ」
吹き出す2人。
ひとしきり笑った後、竜胆は申し訳なさそうにへにゃりと眉を下げている。
「ごめん。知らなかったとは言え、傷付けた」
「私こそ確認する勇気が無くてごめんなさい」
「……まだ、俺の事好き?酷い事したから嫌いだよな」
「ズルいわ。さっきも言ったけど、私竜胆が好きよ」
恐る恐る触れようとする手を握り擦り寄る。
「大好き」
「っっっ!!俺も、好き、です」
「……嬉しい」
「かわっ」
「お前ら俺がいる事忘れんなよ。あと、まだ仕事あるからな」
「九井!!そこは融通利かせるとこだろ!!やっと両想いなんだけど!?」
「オマエ彼女いなかったか?」
「んなのとっくに別れてセフレくらいしか……
切る!!今すぐセフレ全員と終わらせるから!!」
ハッ、とした表情をして抱き着いてくる竜胆。
赤くなったり青くなったり忙しい顔色に笑ってしまう。
「竜胆。私の事、守ってくれる?」
「当たり前じゃん!!あー、でも、仕事上ロミトラはあるし、店に顔出して女と絡むことはあると思う。
けどっ!絶対にもう身体の関係は持たないし、名前のこと哀しませないようにすっから!!」
「仕事なら仕方ないのよ。今更私の我儘で他に振り分けるわけにもいかないし、幹部連中と付き合うって事の覚悟を持っているもの。
ただ、どんな理由があっても最後は私の事信じて守って欲しい」
「当たり前」
「……難しいわよ?
仕事で大事な取引先のご令嬢が私に絡んで来ても守れる?己の立場が不利になっても、首領に言われても私を庇える?」
「立場が不利になったくらいで俺ら、大人しく他の組織の下に着くようなタイプじゃねぇし。そんな面倒な事になるくらいなら、ボスがぶち壊しそう。
そもそも惚れた相手をこっちの世界に巻き込んでるんだから、守れませんってカッコ悪いだろ」
「………ははっ!そうだね」
「名前を守れない方が梵天の不利益になってボスに殺されそう」
竜胆の答えが嬉しくて思わず頬にキスをする。
一気に赤くなる顔が可愛くて抱き着くと慌てながらも抱きしめ返してくれた。
「あー、なるほどな。
確かに名前を敵に回すと終わるな」
「何が」
「こんなんだけど、梵天と関わりのあるほとんどの金蔓と繋がってんだよ。
その分我儘な令嬢に目の敵にされてっけど上手く交わしてる。娘が我儘ぶっこいても梵天と関わった以上、裏切り行為は死あるのみだからな」
「よくあるのが『ウチが手を引けばどうなるかわかってんの?』って威嚇されるけど……お互い、いい関係を築いてるから壊そうとしてるの娘さんなのよね。
理解ある親御さんは娘を止めるけど、たまに暴走する馬鹿親も居て。手を引くって事は裏切りに値するから春くんが喜んで刀持って出動しているって感じ」
「上手くやってくれて助かる」
「ちょっとお話して仲良くなっただけよ」
「………待って。そうなると兄ちゃんスクラップ一択じゃん」
「それは平気。
私と灰谷さんの付き合いが続こうが別れようが何にも関係無いもの」
「蘭のフロントが1つ消えて上納金減るくらいだからな」
「そうね。今回はココくんに目を瞑って貰うけど、余程のことが無い限り規定より下がることは無いわ」
私とココくんの会話に竜胆は難しい顔をしている。
「言ったでしょ?
お気に入りがつくくらいには好きだって。
浮気三昧のクズで嘘つきなイカれ野郎でも、私の事大切にしてくれていたから長続きしたわけだし。
器のちっちゃい女じゃこの世界じゃ生きていけないのよ」
「惚れ直した。スキ。俺の嫁になって」
「私でよければ喜んで」
唇にキスをする竜胆が愛おしくて、私からも触れるだけのキスを送る。
「ラブラブなとこ悪いがそろそろ仕事戻るぞ。
鶴蝶のヨメの分どうにかしねぇとお前らずっとイチャつけねぇと思えよ」
「はぁい。今とっても幸せだから頑張るわ!」
「俺も!出来ること手伝う!」
私としては長年の片想いに終止符がつき、無事に実って幸せな日々。
ココくんが優先的に私のフロント開業を手伝ってくれたので、社長が目利きした優秀な人材達の引き抜きと共に此方に移ってくれた。
仕事も恋も順調で幸せ。