短編
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社会的な意味としてはあまり喜ばしいことではない事だけど。
「あのね、竜ちゃん」
"妊娠しました"
そう伝えた時に私より泣きながら喜んでくれた人が愛しくて。
どんな地獄でもついていこうと誓った。
私と竜胆の出会いはありきたりだけど高校の時。地元じゃ恐ろしい噂ばかりの竜胆とその兄の蘭さんを知らなかったわけじゃない。
あまり学校に来ないし、来ても派手な女子や怖い男の人達に囲まれていた。
私は優等生でも無いけれど、良くも悪くも目立たないその他の一人。
不良という悪い男にキャーキャーと騒ぎはするものの実際に関わろうとする勇気はなく、アイドルのように遠目で見れたらラッキーくらいだった。
そんな私と竜胆の交流が出来たのは本当に偶然。
先生に頼まれたノートを友達と持って階段を降りていたら足を滑らせ落下。
その下に居た竜胆に足蹴りを食らわせただけじゃなくノートをぶちまけて竜胆の上に乗り上げた。
殺られる。
けど、その時の私は滑り落ちた階段に何度も背中と足と頭をぶつけて意識を失った。
後から友達に聞いたが、それはそれは悲惨な姿だったと。
スカートは捲れてスパッツだから良かった?ものの丸見え。薄目で失神。
キレかけた竜胆すら青ざめて心配され、保健室から救急車で運ばれる始末。
目が覚めると病院で、起き上がろうにも全身が痛くてパニックとなりべそべそ泣いていると何故か居た竜胆によりナースコールを押された。
頭は内出血が見られてた為に数日要観察で入院。背中の打撲に呼吸するだけで辛くて涙が出る。竜胆がクッションになっていなかったら頭が割れていたかもしれず、泣きながら感謝を伝えた。
竜胆は一言文句を言おうと思っていたみたいだが、あまりに痛がるしべしょべしょと鼻水垂れ流しながら泣く私にドン引きしながらも鼻水を拭いてくれたり、飲み物を飲ませてくれたり甲斐甲斐しくお世話してくれた。
両親が仕事を切り上げて来てくれるまでお世話されていたので、私は怒られ竜胆は感謝されていた。
退院して身体の痛みが落ち着くと、恩人である竜胆に手土産を持って挨拶しようと思った。
不良でも人殺しでも怖くても恩人だ。
被害者の竜胆は無傷であったが、お世話して面倒をかけてしまったので少し高級なお菓子の詰め合わせを持ち竜胆を探した。
学校には来なかった。
日持ちはするものの、渡してお礼をしたい。
先生にお願いして住所を聞こうとしたが、個人情報保護の為に教えてもらえなかった。
ならば、不良に聞けば会えるのでは?と怖いが不良に居場所を聞くと何故か怒られた。
お礼参りがしたいと言っただけなのに。
お顔の怖い不良に囲まれ、怒鳴られ、べそべそ泣くしかなかった。
高校生にもなって、街中で大声で不良達に怒鳴られ、べそべそ泣く私を遠巻きに見る大人達は助けてくれない。
居場所を聞いただけなのに。お礼をしたかっただけなのに。
べそべそ泣く私に苛立った不良の一人がキレて腕を振り上げる。
ビビった私は手に持った少し高級なお菓子の箱を振り回してしまった。
本当に。
本当に悪気は無いのだが……がに股な不良の男の象徴に当たってしまい、不良は内股で踞った。
パニックになった私は前のめりに踞る不良の頭に高級なお菓子の箱を振り下ろしてしまった。
大事となっていった騒ぎに島を荒らしに来たと聞いた竜胆と蘭さんが着き、私を見た竜胆が近付いて来てくれたのだが……申し訳ないことにパニックとなった私は殴られるのは嫌だと高級なお菓子の箱を振り回してしまい、竜胆の顎にぶつけてしまった。
流れる沈黙。
謝らなきゃ。感謝を伝えなきゃ。
ぐるぐると頭が混乱した私は顎を押さえて動かない竜胆にべしょべしょと泣きながらぐしゃぐしゃになったお菓子の箱を土下座で差し出した。
竜胆は無言でお菓子を受け取り、私を立ち上がらせると近くのカフェに連行した。
勿論蘭さんも一緒だった。
この騒ぎは何だと聞かれ、学校では会えなかったからお礼参りに来たと一生懸命べそべそしながら伝えたら呆れられた。
不良にお礼参りと伝えたら、喧嘩売りに来たと同義だと言われてそんなつもりじゃなく、学校から病院までお世話になったから感謝とお礼と謝罪を伝えたかったと言ったら蘭さんに吹き出された。
こうして出来た竜胆との縁。
初対面から攻撃しかしてないのに、なぜ恋人となれたのかはざっくり言うと……この後も何度か竜胆に迷惑をかけた。
その都度お礼に行く度、私は竜胆に色々とやらかしてしまった。
呪いかと思ってお祓いを受けたが、効果といえば攻撃からラッキースケベに変わっただけだった。
ラッキースケベが続くうちに、優しい竜胆からなぜか告白された。
怖いから断ったのだが……竜胆はムキになって本気で落としにきた。怖かった。不良だからか何でもありで怖かった。怖さに負けて頷いたのだが……不思議なことに竜胆へのラッキースケベの呪いと攻撃してしまう呪いが消えた。
怖い怖いと思っていた竜胆だが、付き合うととても甲斐甲斐しくお世話をしてくれるし、優しいし、大事にされるし……幸せ。
そんなこんなで竜胆にコロッと絆されて大好きになった私はどんな竜胆でも受け入れて、卒業してすぐに入籍し、反社になろうが、人殺しだろうが気にしないことにした。
そんな大好きな竜胆との間に出来た子供。
竜胆も蘭さんも喜んでくれて私は幸せ。
竜胆は世話焼きがより激しくなり、むしろ過保護となっていった。
仕事の時に一人に出来ないししたくないと、ボスに頼んで事務所に私を置いておく程に過保護だった。
黙っているのも申し訳無くて事務仕事ならと願い出て、九井さんの仕事の一部の簡単なものを手伝わせてもらったのにお給料まで貰ったり。
領収書整理したり、飲み物入れてるだけなのにお手当てが高級でちょっと引いたのは内緒。
愉快な領収書の内容が楽しくて仕分けているのにお給料とはなぜ?
反社だけど、竜胆の職場の方々は優しかった。
基本的には九井さんと蘭さんしか関わらないが、お金を回す九井さんの所には様々な方々がひっきりなしに出入りする。
幹部の方々よりも、幹部の方つきの秘書の方々とか。
入れ替わりが激しいが、たまに立ち話をしてお土産にどうぞと色々貰う。
嬉しくなって持ち帰るが、私の口には入らず九井さんか竜胆か蘭さんに回収されてしまう。
妊娠すると口に出来るものと駄目なものがあると言われた。なるほど、と貰った物は口にしない事にしている。
せっかく貰ったのに申し訳ない。
お礼にお菓子を配ろうとしたが、私じゃ必ず会うことが出来ないので竜胆に特徴を話すと、すぐにわかるみたい。だから竜胆が代わりにお礼をしてくれている。
「うーん……」
「どうかしたか?変な領収書はシュレッダーにかけとけ。汚ぇサインはやり直しだから別にしろ」
「はい」
「体調悪いか?」
「いえいえ!竜胆にいつも申し訳ないなぁって思いまして」
「竜胆に?」
「最近いつも以上に周りの方々が気に掛けてくれて。赤ちゃんグッズやノンカフェインの食べ物をくださるんですが、お返しを竜胆に任せてしまってるので」
「………やらせとけ」
「病気じゃないからって言っても竜胆、過保護なんですよ」
お腹が目立ってくると、やはり気づく人は気付く。優しい方々が多いので、ちょっとしたことでも気に掛けて貰えるのは嬉しいが、その分竜胆に負担がかかっているのが事実だ。
「家にいるって言っても聞いて貰えないし」
「なら貰い物は断っておけ」
「それはそれで申し訳ないです……」
「あまり気に病むな。腹に悪いぞ」
休憩するか、と九井さんに言われて珈琲とお茶を淹れる。最近蘭さんの秘書さんがくれた紅茶だ。
「わぁ!いい匂い!」
「?
いつもと匂い違うな。竜胆からの茶切れたか?」
「蘭さんの秘書さんから戴きました!
妊婦さんにいいらしくて、蘭さんと購入したみたいです」
「ちょっと待て」
蘭さんからなので安心して飲もうとしたのだが止められた。蘭さんは今日竜胆とお仕事で忙しいからと秘書さんから受け取ったのだが……険しい顔をしながら携帯片手にキッチンにくる九井さん。
「……おい、最近秘書と買い物行ったか?
……茶葉見せてくれ」
「コレですか?」
「……貰ったのに何も書いてねぇな」
「オーガニックだからって言ってました」
難しい顔をしている九井さん。
紅茶は流れるように流しへ流され、九井さんによっていつもの竜胆くんが持たせてくれる水筒から新しいカップにお茶を淹れてくれる。
「九井さん?」
「妊婦の急な味変はよくないぞ」
「えっ?そうなんですか?」
「あぁ。……念のため聞くが飲んでないよな?コレ」
「今朝貰ったのでまだです」
茶葉は九井さんによって回収された。
紅茶の棚を見て、いくつか……いや、全部回収されてしまった。
「……今度からは竜胆の淹れた水筒だけにしておけ」
「わかりました」
「あと念のため病院いくぞ」
「へ?」
意味のわからないまま総合病院に連れていかれ検査され、わけがわからないまま入院となった。
「名前!?」
「あ、竜ちゃん」
「身体は!?赤ちゃんは!?」
「大丈夫大丈夫。なんかお腹が張ってる?みたいで一応入院して様子見せてねって」
お腹にモニターをつけられ、看護師さんに点滴され、ちょっと一週間ほど様子みようねって言われただけだ。
「私点滴って人生で初めて!」
「名前だからなぁ……。いつ頃退院とか言われた?いや、後で俺から先生に聞くわ」
「竜ちゃんごめんね。少しの間一緒に寝れないや」
「こっち寝泊まりすっからいいよ。むしろこっちのが安全だし、俺も安心だし」
「そう?」
そうだ!と、先ほど撮ったエコー写真を見せれば数週間の間に前より人間らしくなっていて、竜胆の顔が綻ぶ。
「竜ちゃん似だね」
「耳と鼻は名前じゃん」
「可愛いなぁ。早くあいたいね」
「だな」
額を合わせてにこにこの竜胆。
可愛いくて頬にキスをすれば、倍となって顔中にキスを落としてくれる。
「兄貴に仕事押し付けて来ちゃったから一回帰るな」
「ごめんね。九井さんにもお仕事の途中に抜けて迷惑かけちゃった」
「気にすんな。俺から謝っておく」
慣れない点滴や病院のせいか、竜胆と会って緊張が解けたのかなんだか眠い。
ふわふわとしてきたのに気付いた竜胆が頭を撫でてくれる。
「寝るまで側にいるから」
「竜ちゃん……大好き」
「俺は愛してる」
唇にキスをして笑う竜胆。
温かい竜胆の手の温もりに私はそのまま寝入ってしまった。
カツン、カツンと鳴り響く足音。
スーツだけでは寒いが、後処理の事を考えたら少しの我慢だ。
「大丈夫だったかー?竜胆」
兄の声が響く。
兄の目の前には拘束された男女が数人。
その中には兄の秘書の姿もあった。
「子宮の収縮が激しいって。今のところ子供に異常は無いけど長期で入院になると思ってくれってさ」
「大丈夫じゃなくね?」
「切迫早産って言われた」
産まれんの?と聞いてくる兄に、今すぐじゃないが点滴で収縮を抑え絶対安静と答えれば笑顔が消えていく。
「うちのバ可愛い義妹ちゃんになーにした?」
パシュッ、とサイレンサーで秘書を撃ち抜く兄。汚い悲鳴に顔を歪める。
だって、だってあの子はズルい!!
あの子だけ特別で綺麗なままなんてオカシイ!!
くだらない理由に女の脚を踏みながら曲がらない方向に折った。汚い悲鳴が再び響いて耳障りだ。
「妊婦だと良くない効果のあるハーブや食べ物は何も知らずに手渡す奴は世の中多いからな」
「ふーん。で?」
「ほとんどのハーブに子宮収縮効果や堕胎効果ありの物ばっかになってた」
ガタガタと震える秘書は違うと、私じゃないと呟いている。
「その他にも食用の鬼灯や、妊婦に悪影響しかねぇサプリも出てきてたな。
そこの野郎共が俺の仕事部屋に入って入れ替えた映像も残ってる」
わざわざカプセルの中身だけ入れ替えるなんて、と九井の口から出てくる度兄がそれぞれの足や肩を撃ち抜く。
「お前最近九井のとこ出入りするために進んで書類持って行ってたよな。名前が部下さんからサプリメント貰ったって喜んでたし」
「危機感無さすぎだろ」
「そこがバ可愛い義妹なの」
「バ可愛い嫁を持つと苦労は多いけど……可愛いから許しちまうの。
だーかーら、俺が直接お礼参りしなきゃ」
なぁ?と男に近付いて指を折る。
一本づつ。
「名前ってさ、普通だから。
反社の人間って優しい方々って頭お花畑なの。
酷いことをする人間だけど根は優しい?みたいな能天気」
「あそこまで能天気なのもレアだろ」
「竜胆に蹴り入れて、顎決めても平然と菓子折り手渡す鋼メンタルだけどな!」
「黙って兄ちゃん。
……まぁ、何が言いたいかってーと」
俺はあの名前が好き。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、馬鹿みたいに平和な脳ミソお花畑なところが。
「俺には無い純粋さっていうの?
そこが可愛いなーって思ってるから名前にはそのままで居てもらって、不安要素は俺が取り除けばいい」
名前が笑えば俺も幸せ。
俺が笑えば名前も幸せ。
そこを壊す奴は俺が消せば問題なし。
「ほっとくとすぐ死んじまうくらい危なっかしいから囲ってるのも大変だけどさ」
よく言うじゃん?
「馬鹿な子ほど愛おしいって」
それぞれの指をへし折っても気分は悪いまま。
兄から渡された銃を握る。
「俺さぁ、自分のもんが自分以外に傷つけられるのすっげー嫌なの。
恨むなら名前を狙ったテメーの愚かさを恨めよ」
パシュッ、と音が数発すると耳障りな呻き声は静かになった。
「お前の嫁、変なの釣る天才だな」
「困っちまうよなぁ」
倉庫を部下に任せて出れば名前からメールが入っていた。夕食が味気無いらしい。
個室だけどテレビはイヤホンなので孤独感が増して寂しいと泣いている絵文字。
相変わらず呑気で普通な名前に笑ってしまう。
「名前ちゃん?」
「寂しいってさ」
「自宅療養には出来ねぇーの?」
「医者の話だと張りさえ酷くなければ飲み薬でも対応出来るけど、今すぐは無理って。
点滴下げていって外して飲み薬でも問題無かったらって言ってたけど」
「ふーん。蘭ちゃんも馬鹿な義妹ちゃんいないと寂しー」
「ちなみに俺暫く病院で寝泊まりするから」
「はぁ!?じゃあ俺の事誰起こすんだよ」
「頑張ってよ」
兄がブーブーと文句を呟くが、元はと言えば兄の秘書が起こした出来事だ。
「つか病院大丈夫か?」
「金積んでるから早々ねぇよ」
「その確率を引き当てるのが名前ちゃんなんだよなぁ」
「……やめろ。怖いこと言うな」
「九井聞く?
名前ちゃんの本当にあった怖い話シリーズ」
「やめろ。既に今回の事が怖ぇんだから」
「学生の頃さー。竜胆の取り巻きの指示でまわされそうになったのに、誕生日パーティーだと疑わずのこのこ行った話する?」
「怖ぇって」
「それとも竜胆との出会いの突撃が実は友達から突き落とされたって話がいい?」
「アイツ前世で何して呪われた?」
九井が青ざめている。
事実名前は前世での悪行のせいなのかと言いたいくらい呪われていると言ってもおかしくない。
名前自身は悪いことをしていない善人だ。
善人故に騙されやすく、狙われやすい。
俺との出会いも背中に衝撃があり、振り向けばノートを叩きつけられ、一緒に階段から落ちてきて苛立った。
殴ってやろうかと起き上がれば腹に乗った名前は薄目を開けたまま青白い顔でピクリとも動かない。
喧嘩で気絶させる事はあるし、人を殺した事もある俺ですらゾッとした。
慌てて抱えて保健室に急いだ。
保険医は名前の様子に救急車を呼んだはいいものの救急隊の質問には答えられずモタモタとしているので俺が答えられる範囲で答え、付き添った。
目が覚めて、痛いと泣き出す名前に少しホッとした。
俺を見て何度も謝って感謝の言葉を口にするが涙と鼻水で酷い顔に。ガキみてーにピィピィ泣いて、俺が触れるとふにゃりと安心したように黙る。
名前の親が来て名前みたいに泣きながら何度も謝罪と感謝の言葉を繰り返すから似た親子だなって思った。
その後、六本木で騒ぎを起している女がいると聞いて兄と見に行けば、名前が男に囲まれてピィピィ泣いていた。
何やってんだよと見ていれば、苛立った男が腕を振り上げるが名前はピィピィ泣いたまま紙袋を振り回し男の象徴へとぶつけた。
金的されて沈んだ男に、アイツ本当に何やってんだよと近寄れば俺も顎にくらって目の前がチカチカした。
俺を見て青ざめて土下座しながらぐしゃぐしゃの紙袋を渡してくる名前に、それさっき野郎の金玉に当てたやつだろと怒りに任せてしまいそうになったが、青白い顔色に数日前まで入院していたのを思い出し止まった俺を誉めていい。
青白い顔色にあの時の光景が思い浮かび……落ち着いて話すべくカフェへ。
お世話になったお礼にお礼参りに来たと言い出した時、頭を抱えた俺は悪くない。
丁寧に説明したらまた青ざめてそんなつもりさじゃなく学校で会えなかったから六本木に居ると聞いて俺の居場所を聞いただけだと謝ってきた。
ちなみに兄は吹き出してずっと笑っていた。
そんな出会いから名前が俺を認識したせいか、遠巻きに目が合えばへらりと笑って控え目に手を振るか頭を下げてくる。
積極的に関わるつもりは無いみたいだが、目が合えば反応してくれた。
俺も気紛れにひらりと手を振り返すと嬉しそうにするのに、名前は絶対近寄っては来なかった。
顔見知り程度の認識。
話すことも無いし……と思っていたのだが、名前は何故か俺の視界内でよくコケる。
真っ直ぐの廊下で転んだり、壁にぶつかったり、階段からズリ落ちる。
見ているだけだとだんだんハラハラして心臓に悪い。
コイツほっといたら死ぬんじゃね?ってくらい危なっかしい。チラホラ俺の知らないところで怪我をしていたみたいで生傷が絶えない。
危なっかしくて思わず声を掛ける事が増えた。見掛けたら近寄ることが増えた。それに驚いてコケそうになる度、支えようと手を出すと反射的に殴られたり蹴られる事が増えた。
わざとかと思うくらいタイミングが合わず殴られたり蹴られる度青ざめてピィピィ泣きながら謝罪と感謝をのべる姿に、仕方ない事だと思うことにした。
わざとじゃない。わざとじゃないんだから。
俺の反応速度と名前の反応速度の相性がすこぶるタイミングが悪いのだと。
ならばズラせばどうだ、と名前の手や足を避ける事は簡単なので避けたら今度は胸を触ったりスカートを捲ったり俺のズボンを下げられたりシャツのボタンを千切られたり……コイツはトラブル無くいられねぇのか?と思うくらいラッキースケベになった。
殴られるよりずっといい。
いいけれど……今までは目を離すと死に向かうような危機感でしか見てなかったのに女特有の身体のラインとか、ふわっと香るとか、頬を赤く染めちゃうとか……色々悶々させられる羽目になった。
コイツこんな可愛かったっけ?と思ったら色々悶々して精神的に宜しくないから頭を抱えることに。
兄に相談すれば半笑いで「自分の物にしちまえよ」と言われたら目を離さなくていいし、悶々しても触れる理由が出来る。
兄はやはり偉大だな、と思ったが調子に乗るので黙っておく。
そんなこんなで告白したら断られた。
何でだよ。
何でだよ!!?
壁に追い詰め理由を聞けばべそべそしながらも不良怖いと言う。俺が怖いわけじゃなく不良が怖いと。
なら理由にならないと却下。他には?顔が怖い?お前喧嘩売ってんの?他には?付き合った事が無い?あったら相手の野郎ぶっ潰してる。他。付き合う必要性?んなもんお前を俺だけのもんにしてーからに決まって………たんま。赤くなんな!いや、なってもいーけど他の奴に見せんな!理不尽?ウルセェよ……といった形で名前の不安を潰していった。結果として俺の粘り勝ち。
不思議な事に付き合ってからはラッキースケベは起こらなくなった。だからと言って呪いが無くなったかと言われると違う。むしろ悪意を持ったゴミが名前に寄ってくるので名前にバレないように消していく方が増えた。
分かりやすく名前に近付いて名前を理由に俺や兄に関わろうとする者。
危機感の無い名前を狙おうとする者。
名前に惹かれたからと嫉妬する者。
面白いぐらいの殺意によく今まで無事だったなと名前を可愛がるが、名前はまったく気付いていない。
そんな馬鹿なところが可愛い。
大事に囲ってイチャイチャしたら名前も同じように好きになってくれて受け入れてくれるようになって幸せ。
高校を卒業したらすぐに、ではないものの俺も兄も真っ当な道を歩めない。今の所属しているチームからしても清く正しい道は無理だろう。だからと言って名前を手放してやろうと思う気持ちはない。
俺から離れたら死んでしまう名前を放っておけない。
だから卒業してすぐに籍を入れた。
俺のもんとして囲うだけじゃ足りず、全てが欲しくて縛り付けた。
名前が怖い思いなどしないように。
名前が幸せだと笑っていられるように。
名前が俺から逃げ出さないように。
好き。大好き。愛してる。
名前が子供が出来たって言った時、本当に嬉しくて泣いてしまった。
俺と名前の幸せを壊そうとするゴミは相変わらず多いのに、名前は気付かない。
俺らに騙されてるって引きはなそうとするゴミ。
俺と兄から引きはなそうとするゴミ。
名前を利用して情報を抜き取ろうとするゴミ。
名前を騙そうとするゴミ。
名前に罪をなすりつけようとするゴミ。
なーんで反社の人間が本当はいいやつだと思えるのか。
そこがバ可愛いけれど。
汚い世界の中、一人馬鹿みてーに綺麗なままの名前は嫉妬の対象ではある。
幹部達から可愛がられ、何もしなくても許されている。
だからと言って俺のもんに手を出していい理由にはならねぇよ。
「竜、ちゃん……」
「具合悪そうだな」
「ん……副作用、って…」
子供は嬉しかったけど、そのせいで名前に危険があるなら考えものだな。
今回も何かしらあるだろうからと気を付けていたが常に俺が一緒ではない分危機が増す。
その反面俺達や梵天を裏切るゴミ掃除は簡単に済んだが。
「竜ちゃん」
「どうした?欲しいものあった?」
「あのね、ここ触ってて」
お腹に手を当てるとポコポコと何かが動く。
咄嗟に手を離したらクスクス笑う名前。
「………動いた?」
「看護師さんにね、これ胎動ですよって教えて貰ったの。
胎動ってもっとグネグネビヨーンってすると思ってたけど、最初はこんな感じなんだって」
成長したらもっと強くわかるって、と楽しそうに笑う名前はもう母親の顔だった。
再びお腹に手を当てると、控え目に手のひらに当たるポコポコとした何か。
「すげ…」
「今はちょっとしんどいかもしれないけど、今産まれちゃうと生きていくには大変なんだって」
「………」
「今この子を守れるのは私だけなんだって」
「……そうだな」
「私、人よりもドジだから……頼りないかもしれないけど、この子の為なら頑張るんだ。
竜ちゃんと私の子供だから」
医者から点滴が馴染むまでは副作用が強く出ると聞いていたからこればかりは俺がどうにかできるものじゃないとわかっていても辛くなる。
青白い顔色は初めて見たあの時を思い出すから。
「だから、竜ちゃん。
泣きそうになっちゃ、駄目だよ」
「泣いてるの名前じゃん」
「私が死んじゃいそうなくらい暗い顔してるから」
妊娠なんて、何があるかわかんねぇって記事ばっかなんだぞ。
あれは駄目、これは注意して、それは止めてって。
いつもの生活ですら命の危機あるのに、妊娠してもっと危険になってりゃ最悪を色々考える。
「大丈夫だよ、竜ちゃん」
へらへら笑う名前に慰められる。
甘えるように抱き付けば控え目に抱き締めてくれる。
「竜ちゃんがいつも守ってくれているから、私もこの子の事守るよ」
「俺がいないと名前駄目だもんな」
「うん。竜ちゃんがいないと私駄目になっちゃう」
駄目になるのは俺の方だ。
いざというとき子供を見捨てる事は出来ても名前を見捨てる事は出来ない。
「名前、愛してる」
「私も竜ちゃんを愛してる」
俺が守るから。
名前は何も気付かず、何も知らず
そのままでいて。
あとがき
・名前ちゃん
呪われやすいし、呪われている子。
危機感どこかに置いてきた。
誰にでも優しく人が集まりやすい。
根っからの善人。
前世は愛する人に呪われたかもしれない。
・竜胆くん
同担拒否。
兄が可愛いがるのを唇を噛んで耐えるが、その他大勢が可愛がるのはやだ。嫁が懐くとろくなことがないから。
ただしその馬鹿なとこが可愛くて仕方ない。
とある世界だったなら乙骨さんより愛が重いかもしれない。死んでも側から離さない。
・蘭兄ちゃん
弟の愛が重くてウケる。
そして義妹が呪われ過ぎててウケる。
俺の身内に手ェ出して無事でいられると思うなよ?身内愛重し。
どちらも馬鹿みたいに可愛いから兄ちゃん幸せ。たまに弟を虐めるためにちょっかいかけすぎると弟から物理攻撃される。兄ちゃんの骨大事にしろな?
・幹部
危機感どこに置いてきた?
ボスの黒い衝動を受けても「寝不足は身体に悪いよ?」とか言い出す猛者にコイツヤベェ……と引いた。
弟の嫁使うと裏切り者の炙り出しが楽なので裏切り者発見器扱い。
本編後にどうぞ
「なぁ九井」
「んだよ」
「怖い話シリーズなんだけどさ」
「……またか」
「俺がガチめに怖いなーって思う話のナンバーワンがさぁ」
「もういいっつの」
「呪われてるより呪っちまう方が怖くね?」
「………は?」
「人を呪わば穴二つ、だろ?」
どちらも怖ェよ、と思ったが九井は口にしなかった。
「義妹は馬鹿だけど、今までなんやかんや生きてたってことは危機感が多少なりともあったはずだろ?それが竜胆に会った事でカスくらいはあった危機感全部ゴミに捨てられちまったわけ」
「一応あったのか」
「逆に竜胆の危機回避能力上がっててウケんの。今の竜胆なら銃の弾避けられっかもよ」
「人間辞めんな」
「自分の能力低下の代わりに他人にバフ与えられる呪い持ちだったらウケるよな」
「祝福って言ってやれよ」
「まぁ、何が言いてぇかっつーと……
悪意で人を呪って返されて墓に入っても自業自得だろ?」
「まぁな」
「けど、好意で呪って受け入れられると墓は一つなんだよなぁ」
クスクス、クスクス。
蘭はヘラヘラと笑う。
「愛は人を狂わせる。愛程歪んだ呪いはねーよなぁ」
「………厄介なのに呪われて御愁傷様だな
「あのね、竜ちゃん」
"妊娠しました"
そう伝えた時に私より泣きながら喜んでくれた人が愛しくて。
どんな地獄でもついていこうと誓った。
私と竜胆の出会いはありきたりだけど高校の時。地元じゃ恐ろしい噂ばかりの竜胆とその兄の蘭さんを知らなかったわけじゃない。
あまり学校に来ないし、来ても派手な女子や怖い男の人達に囲まれていた。
私は優等生でも無いけれど、良くも悪くも目立たないその他の一人。
不良という悪い男にキャーキャーと騒ぎはするものの実際に関わろうとする勇気はなく、アイドルのように遠目で見れたらラッキーくらいだった。
そんな私と竜胆の交流が出来たのは本当に偶然。
先生に頼まれたノートを友達と持って階段を降りていたら足を滑らせ落下。
その下に居た竜胆に足蹴りを食らわせただけじゃなくノートをぶちまけて竜胆の上に乗り上げた。
殺られる。
けど、その時の私は滑り落ちた階段に何度も背中と足と頭をぶつけて意識を失った。
後から友達に聞いたが、それはそれは悲惨な姿だったと。
スカートは捲れてスパッツだから良かった?ものの丸見え。薄目で失神。
キレかけた竜胆すら青ざめて心配され、保健室から救急車で運ばれる始末。
目が覚めると病院で、起き上がろうにも全身が痛くてパニックとなりべそべそ泣いていると何故か居た竜胆によりナースコールを押された。
頭は内出血が見られてた為に数日要観察で入院。背中の打撲に呼吸するだけで辛くて涙が出る。竜胆がクッションになっていなかったら頭が割れていたかもしれず、泣きながら感謝を伝えた。
竜胆は一言文句を言おうと思っていたみたいだが、あまりに痛がるしべしょべしょと鼻水垂れ流しながら泣く私にドン引きしながらも鼻水を拭いてくれたり、飲み物を飲ませてくれたり甲斐甲斐しくお世話してくれた。
両親が仕事を切り上げて来てくれるまでお世話されていたので、私は怒られ竜胆は感謝されていた。
退院して身体の痛みが落ち着くと、恩人である竜胆に手土産を持って挨拶しようと思った。
不良でも人殺しでも怖くても恩人だ。
被害者の竜胆は無傷であったが、お世話して面倒をかけてしまったので少し高級なお菓子の詰め合わせを持ち竜胆を探した。
学校には来なかった。
日持ちはするものの、渡してお礼をしたい。
先生にお願いして住所を聞こうとしたが、個人情報保護の為に教えてもらえなかった。
ならば、不良に聞けば会えるのでは?と怖いが不良に居場所を聞くと何故か怒られた。
お礼参りがしたいと言っただけなのに。
お顔の怖い不良に囲まれ、怒鳴られ、べそべそ泣くしかなかった。
高校生にもなって、街中で大声で不良達に怒鳴られ、べそべそ泣く私を遠巻きに見る大人達は助けてくれない。
居場所を聞いただけなのに。お礼をしたかっただけなのに。
べそべそ泣く私に苛立った不良の一人がキレて腕を振り上げる。
ビビった私は手に持った少し高級なお菓子の箱を振り回してしまった。
本当に。
本当に悪気は無いのだが……がに股な不良の男の象徴に当たってしまい、不良は内股で踞った。
パニックになった私は前のめりに踞る不良の頭に高級なお菓子の箱を振り下ろしてしまった。
大事となっていった騒ぎに島を荒らしに来たと聞いた竜胆と蘭さんが着き、私を見た竜胆が近付いて来てくれたのだが……申し訳ないことにパニックとなった私は殴られるのは嫌だと高級なお菓子の箱を振り回してしまい、竜胆の顎にぶつけてしまった。
流れる沈黙。
謝らなきゃ。感謝を伝えなきゃ。
ぐるぐると頭が混乱した私は顎を押さえて動かない竜胆にべしょべしょと泣きながらぐしゃぐしゃになったお菓子の箱を土下座で差し出した。
竜胆は無言でお菓子を受け取り、私を立ち上がらせると近くのカフェに連行した。
勿論蘭さんも一緒だった。
この騒ぎは何だと聞かれ、学校では会えなかったからお礼参りに来たと一生懸命べそべそしながら伝えたら呆れられた。
不良にお礼参りと伝えたら、喧嘩売りに来たと同義だと言われてそんなつもりじゃなく、学校から病院までお世話になったから感謝とお礼と謝罪を伝えたかったと言ったら蘭さんに吹き出された。
こうして出来た竜胆との縁。
初対面から攻撃しかしてないのに、なぜ恋人となれたのかはざっくり言うと……この後も何度か竜胆に迷惑をかけた。
その都度お礼に行く度、私は竜胆に色々とやらかしてしまった。
呪いかと思ってお祓いを受けたが、効果といえば攻撃からラッキースケベに変わっただけだった。
ラッキースケベが続くうちに、優しい竜胆からなぜか告白された。
怖いから断ったのだが……竜胆はムキになって本気で落としにきた。怖かった。不良だからか何でもありで怖かった。怖さに負けて頷いたのだが……不思議なことに竜胆へのラッキースケベの呪いと攻撃してしまう呪いが消えた。
怖い怖いと思っていた竜胆だが、付き合うととても甲斐甲斐しくお世話をしてくれるし、優しいし、大事にされるし……幸せ。
そんなこんなで竜胆にコロッと絆されて大好きになった私はどんな竜胆でも受け入れて、卒業してすぐに入籍し、反社になろうが、人殺しだろうが気にしないことにした。
そんな大好きな竜胆との間に出来た子供。
竜胆も蘭さんも喜んでくれて私は幸せ。
竜胆は世話焼きがより激しくなり、むしろ過保護となっていった。
仕事の時に一人に出来ないししたくないと、ボスに頼んで事務所に私を置いておく程に過保護だった。
黙っているのも申し訳無くて事務仕事ならと願い出て、九井さんの仕事の一部の簡単なものを手伝わせてもらったのにお給料まで貰ったり。
領収書整理したり、飲み物入れてるだけなのにお手当てが高級でちょっと引いたのは内緒。
愉快な領収書の内容が楽しくて仕分けているのにお給料とはなぜ?
反社だけど、竜胆の職場の方々は優しかった。
基本的には九井さんと蘭さんしか関わらないが、お金を回す九井さんの所には様々な方々がひっきりなしに出入りする。
幹部の方々よりも、幹部の方つきの秘書の方々とか。
入れ替わりが激しいが、たまに立ち話をしてお土産にどうぞと色々貰う。
嬉しくなって持ち帰るが、私の口には入らず九井さんか竜胆か蘭さんに回収されてしまう。
妊娠すると口に出来るものと駄目なものがあると言われた。なるほど、と貰った物は口にしない事にしている。
せっかく貰ったのに申し訳ない。
お礼にお菓子を配ろうとしたが、私じゃ必ず会うことが出来ないので竜胆に特徴を話すと、すぐにわかるみたい。だから竜胆が代わりにお礼をしてくれている。
「うーん……」
「どうかしたか?変な領収書はシュレッダーにかけとけ。汚ぇサインはやり直しだから別にしろ」
「はい」
「体調悪いか?」
「いえいえ!竜胆にいつも申し訳ないなぁって思いまして」
「竜胆に?」
「最近いつも以上に周りの方々が気に掛けてくれて。赤ちゃんグッズやノンカフェインの食べ物をくださるんですが、お返しを竜胆に任せてしまってるので」
「………やらせとけ」
「病気じゃないからって言っても竜胆、過保護なんですよ」
お腹が目立ってくると、やはり気づく人は気付く。優しい方々が多いので、ちょっとしたことでも気に掛けて貰えるのは嬉しいが、その分竜胆に負担がかかっているのが事実だ。
「家にいるって言っても聞いて貰えないし」
「なら貰い物は断っておけ」
「それはそれで申し訳ないです……」
「あまり気に病むな。腹に悪いぞ」
休憩するか、と九井さんに言われて珈琲とお茶を淹れる。最近蘭さんの秘書さんがくれた紅茶だ。
「わぁ!いい匂い!」
「?
いつもと匂い違うな。竜胆からの茶切れたか?」
「蘭さんの秘書さんから戴きました!
妊婦さんにいいらしくて、蘭さんと購入したみたいです」
「ちょっと待て」
蘭さんからなので安心して飲もうとしたのだが止められた。蘭さんは今日竜胆とお仕事で忙しいからと秘書さんから受け取ったのだが……険しい顔をしながら携帯片手にキッチンにくる九井さん。
「……おい、最近秘書と買い物行ったか?
……茶葉見せてくれ」
「コレですか?」
「……貰ったのに何も書いてねぇな」
「オーガニックだからって言ってました」
難しい顔をしている九井さん。
紅茶は流れるように流しへ流され、九井さんによっていつもの竜胆くんが持たせてくれる水筒から新しいカップにお茶を淹れてくれる。
「九井さん?」
「妊婦の急な味変はよくないぞ」
「えっ?そうなんですか?」
「あぁ。……念のため聞くが飲んでないよな?コレ」
「今朝貰ったのでまだです」
茶葉は九井さんによって回収された。
紅茶の棚を見て、いくつか……いや、全部回収されてしまった。
「……今度からは竜胆の淹れた水筒だけにしておけ」
「わかりました」
「あと念のため病院いくぞ」
「へ?」
意味のわからないまま総合病院に連れていかれ検査され、わけがわからないまま入院となった。
「名前!?」
「あ、竜ちゃん」
「身体は!?赤ちゃんは!?」
「大丈夫大丈夫。なんかお腹が張ってる?みたいで一応入院して様子見せてねって」
お腹にモニターをつけられ、看護師さんに点滴され、ちょっと一週間ほど様子みようねって言われただけだ。
「私点滴って人生で初めて!」
「名前だからなぁ……。いつ頃退院とか言われた?いや、後で俺から先生に聞くわ」
「竜ちゃんごめんね。少しの間一緒に寝れないや」
「こっち寝泊まりすっからいいよ。むしろこっちのが安全だし、俺も安心だし」
「そう?」
そうだ!と、先ほど撮ったエコー写真を見せれば数週間の間に前より人間らしくなっていて、竜胆の顔が綻ぶ。
「竜ちゃん似だね」
「耳と鼻は名前じゃん」
「可愛いなぁ。早くあいたいね」
「だな」
額を合わせてにこにこの竜胆。
可愛いくて頬にキスをすれば、倍となって顔中にキスを落としてくれる。
「兄貴に仕事押し付けて来ちゃったから一回帰るな」
「ごめんね。九井さんにもお仕事の途中に抜けて迷惑かけちゃった」
「気にすんな。俺から謝っておく」
慣れない点滴や病院のせいか、竜胆と会って緊張が解けたのかなんだか眠い。
ふわふわとしてきたのに気付いた竜胆が頭を撫でてくれる。
「寝るまで側にいるから」
「竜ちゃん……大好き」
「俺は愛してる」
唇にキスをして笑う竜胆。
温かい竜胆の手の温もりに私はそのまま寝入ってしまった。
カツン、カツンと鳴り響く足音。
スーツだけでは寒いが、後処理の事を考えたら少しの我慢だ。
「大丈夫だったかー?竜胆」
兄の声が響く。
兄の目の前には拘束された男女が数人。
その中には兄の秘書の姿もあった。
「子宮の収縮が激しいって。今のところ子供に異常は無いけど長期で入院になると思ってくれってさ」
「大丈夫じゃなくね?」
「切迫早産って言われた」
産まれんの?と聞いてくる兄に、今すぐじゃないが点滴で収縮を抑え絶対安静と答えれば笑顔が消えていく。
「うちのバ可愛い義妹ちゃんになーにした?」
パシュッ、とサイレンサーで秘書を撃ち抜く兄。汚い悲鳴に顔を歪める。
だって、だってあの子はズルい!!
あの子だけ特別で綺麗なままなんてオカシイ!!
くだらない理由に女の脚を踏みながら曲がらない方向に折った。汚い悲鳴が再び響いて耳障りだ。
「妊婦だと良くない効果のあるハーブや食べ物は何も知らずに手渡す奴は世の中多いからな」
「ふーん。で?」
「ほとんどのハーブに子宮収縮効果や堕胎効果ありの物ばっかになってた」
ガタガタと震える秘書は違うと、私じゃないと呟いている。
「その他にも食用の鬼灯や、妊婦に悪影響しかねぇサプリも出てきてたな。
そこの野郎共が俺の仕事部屋に入って入れ替えた映像も残ってる」
わざわざカプセルの中身だけ入れ替えるなんて、と九井の口から出てくる度兄がそれぞれの足や肩を撃ち抜く。
「お前最近九井のとこ出入りするために進んで書類持って行ってたよな。名前が部下さんからサプリメント貰ったって喜んでたし」
「危機感無さすぎだろ」
「そこがバ可愛い義妹なの」
「バ可愛い嫁を持つと苦労は多いけど……可愛いから許しちまうの。
だーかーら、俺が直接お礼参りしなきゃ」
なぁ?と男に近付いて指を折る。
一本づつ。
「名前ってさ、普通だから。
反社の人間って優しい方々って頭お花畑なの。
酷いことをする人間だけど根は優しい?みたいな能天気」
「あそこまで能天気なのもレアだろ」
「竜胆に蹴り入れて、顎決めても平然と菓子折り手渡す鋼メンタルだけどな!」
「黙って兄ちゃん。
……まぁ、何が言いたいかってーと」
俺はあの名前が好き。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、馬鹿みたいに平和な脳ミソお花畑なところが。
「俺には無い純粋さっていうの?
そこが可愛いなーって思ってるから名前にはそのままで居てもらって、不安要素は俺が取り除けばいい」
名前が笑えば俺も幸せ。
俺が笑えば名前も幸せ。
そこを壊す奴は俺が消せば問題なし。
「ほっとくとすぐ死んじまうくらい危なっかしいから囲ってるのも大変だけどさ」
よく言うじゃん?
「馬鹿な子ほど愛おしいって」
それぞれの指をへし折っても気分は悪いまま。
兄から渡された銃を握る。
「俺さぁ、自分のもんが自分以外に傷つけられるのすっげー嫌なの。
恨むなら名前を狙ったテメーの愚かさを恨めよ」
パシュッ、と音が数発すると耳障りな呻き声は静かになった。
「お前の嫁、変なの釣る天才だな」
「困っちまうよなぁ」
倉庫を部下に任せて出れば名前からメールが入っていた。夕食が味気無いらしい。
個室だけどテレビはイヤホンなので孤独感が増して寂しいと泣いている絵文字。
相変わらず呑気で普通な名前に笑ってしまう。
「名前ちゃん?」
「寂しいってさ」
「自宅療養には出来ねぇーの?」
「医者の話だと張りさえ酷くなければ飲み薬でも対応出来るけど、今すぐは無理って。
点滴下げていって外して飲み薬でも問題無かったらって言ってたけど」
「ふーん。蘭ちゃんも馬鹿な義妹ちゃんいないと寂しー」
「ちなみに俺暫く病院で寝泊まりするから」
「はぁ!?じゃあ俺の事誰起こすんだよ」
「頑張ってよ」
兄がブーブーと文句を呟くが、元はと言えば兄の秘書が起こした出来事だ。
「つか病院大丈夫か?」
「金積んでるから早々ねぇよ」
「その確率を引き当てるのが名前ちゃんなんだよなぁ」
「……やめろ。怖いこと言うな」
「九井聞く?
名前ちゃんの本当にあった怖い話シリーズ」
「やめろ。既に今回の事が怖ぇんだから」
「学生の頃さー。竜胆の取り巻きの指示でまわされそうになったのに、誕生日パーティーだと疑わずのこのこ行った話する?」
「怖ぇって」
「それとも竜胆との出会いの突撃が実は友達から突き落とされたって話がいい?」
「アイツ前世で何して呪われた?」
九井が青ざめている。
事実名前は前世での悪行のせいなのかと言いたいくらい呪われていると言ってもおかしくない。
名前自身は悪いことをしていない善人だ。
善人故に騙されやすく、狙われやすい。
俺との出会いも背中に衝撃があり、振り向けばノートを叩きつけられ、一緒に階段から落ちてきて苛立った。
殴ってやろうかと起き上がれば腹に乗った名前は薄目を開けたまま青白い顔でピクリとも動かない。
喧嘩で気絶させる事はあるし、人を殺した事もある俺ですらゾッとした。
慌てて抱えて保健室に急いだ。
保険医は名前の様子に救急車を呼んだはいいものの救急隊の質問には答えられずモタモタとしているので俺が答えられる範囲で答え、付き添った。
目が覚めて、痛いと泣き出す名前に少しホッとした。
俺を見て何度も謝って感謝の言葉を口にするが涙と鼻水で酷い顔に。ガキみてーにピィピィ泣いて、俺が触れるとふにゃりと安心したように黙る。
名前の親が来て名前みたいに泣きながら何度も謝罪と感謝の言葉を繰り返すから似た親子だなって思った。
その後、六本木で騒ぎを起している女がいると聞いて兄と見に行けば、名前が男に囲まれてピィピィ泣いていた。
何やってんだよと見ていれば、苛立った男が腕を振り上げるが名前はピィピィ泣いたまま紙袋を振り回し男の象徴へとぶつけた。
金的されて沈んだ男に、アイツ本当に何やってんだよと近寄れば俺も顎にくらって目の前がチカチカした。
俺を見て青ざめて土下座しながらぐしゃぐしゃの紙袋を渡してくる名前に、それさっき野郎の金玉に当てたやつだろと怒りに任せてしまいそうになったが、青白い顔色に数日前まで入院していたのを思い出し止まった俺を誉めていい。
青白い顔色にあの時の光景が思い浮かび……落ち着いて話すべくカフェへ。
お世話になったお礼にお礼参りに来たと言い出した時、頭を抱えた俺は悪くない。
丁寧に説明したらまた青ざめてそんなつもりさじゃなく学校で会えなかったから六本木に居ると聞いて俺の居場所を聞いただけだと謝ってきた。
ちなみに兄は吹き出してずっと笑っていた。
そんな出会いから名前が俺を認識したせいか、遠巻きに目が合えばへらりと笑って控え目に手を振るか頭を下げてくる。
積極的に関わるつもりは無いみたいだが、目が合えば反応してくれた。
俺も気紛れにひらりと手を振り返すと嬉しそうにするのに、名前は絶対近寄っては来なかった。
顔見知り程度の認識。
話すことも無いし……と思っていたのだが、名前は何故か俺の視界内でよくコケる。
真っ直ぐの廊下で転んだり、壁にぶつかったり、階段からズリ落ちる。
見ているだけだとだんだんハラハラして心臓に悪い。
コイツほっといたら死ぬんじゃね?ってくらい危なっかしい。チラホラ俺の知らないところで怪我をしていたみたいで生傷が絶えない。
危なっかしくて思わず声を掛ける事が増えた。見掛けたら近寄ることが増えた。それに驚いてコケそうになる度、支えようと手を出すと反射的に殴られたり蹴られる事が増えた。
わざとかと思うくらいタイミングが合わず殴られたり蹴られる度青ざめてピィピィ泣きながら謝罪と感謝をのべる姿に、仕方ない事だと思うことにした。
わざとじゃない。わざとじゃないんだから。
俺の反応速度と名前の反応速度の相性がすこぶるタイミングが悪いのだと。
ならばズラせばどうだ、と名前の手や足を避ける事は簡単なので避けたら今度は胸を触ったりスカートを捲ったり俺のズボンを下げられたりシャツのボタンを千切られたり……コイツはトラブル無くいられねぇのか?と思うくらいラッキースケベになった。
殴られるよりずっといい。
いいけれど……今までは目を離すと死に向かうような危機感でしか見てなかったのに女特有の身体のラインとか、ふわっと香るとか、頬を赤く染めちゃうとか……色々悶々させられる羽目になった。
コイツこんな可愛かったっけ?と思ったら色々悶々して精神的に宜しくないから頭を抱えることに。
兄に相談すれば半笑いで「自分の物にしちまえよ」と言われたら目を離さなくていいし、悶々しても触れる理由が出来る。
兄はやはり偉大だな、と思ったが調子に乗るので黙っておく。
そんなこんなで告白したら断られた。
何でだよ。
何でだよ!!?
壁に追い詰め理由を聞けばべそべそしながらも不良怖いと言う。俺が怖いわけじゃなく不良が怖いと。
なら理由にならないと却下。他には?顔が怖い?お前喧嘩売ってんの?他には?付き合った事が無い?あったら相手の野郎ぶっ潰してる。他。付き合う必要性?んなもんお前を俺だけのもんにしてーからに決まって………たんま。赤くなんな!いや、なってもいーけど他の奴に見せんな!理不尽?ウルセェよ……といった形で名前の不安を潰していった。結果として俺の粘り勝ち。
不思議な事に付き合ってからはラッキースケベは起こらなくなった。だからと言って呪いが無くなったかと言われると違う。むしろ悪意を持ったゴミが名前に寄ってくるので名前にバレないように消していく方が増えた。
分かりやすく名前に近付いて名前を理由に俺や兄に関わろうとする者。
危機感の無い名前を狙おうとする者。
名前に惹かれたからと嫉妬する者。
面白いぐらいの殺意によく今まで無事だったなと名前を可愛がるが、名前はまったく気付いていない。
そんな馬鹿なところが可愛い。
大事に囲ってイチャイチャしたら名前も同じように好きになってくれて受け入れてくれるようになって幸せ。
高校を卒業したらすぐに、ではないものの俺も兄も真っ当な道を歩めない。今の所属しているチームからしても清く正しい道は無理だろう。だからと言って名前を手放してやろうと思う気持ちはない。
俺から離れたら死んでしまう名前を放っておけない。
だから卒業してすぐに籍を入れた。
俺のもんとして囲うだけじゃ足りず、全てが欲しくて縛り付けた。
名前が怖い思いなどしないように。
名前が幸せだと笑っていられるように。
名前が俺から逃げ出さないように。
好き。大好き。愛してる。
名前が子供が出来たって言った時、本当に嬉しくて泣いてしまった。
俺と名前の幸せを壊そうとするゴミは相変わらず多いのに、名前は気付かない。
俺らに騙されてるって引きはなそうとするゴミ。
俺と兄から引きはなそうとするゴミ。
名前を利用して情報を抜き取ろうとするゴミ。
名前を騙そうとするゴミ。
名前に罪をなすりつけようとするゴミ。
なーんで反社の人間が本当はいいやつだと思えるのか。
そこがバ可愛いけれど。
汚い世界の中、一人馬鹿みてーに綺麗なままの名前は嫉妬の対象ではある。
幹部達から可愛がられ、何もしなくても許されている。
だからと言って俺のもんに手を出していい理由にはならねぇよ。
「竜、ちゃん……」
「具合悪そうだな」
「ん……副作用、って…」
子供は嬉しかったけど、そのせいで名前に危険があるなら考えものだな。
今回も何かしらあるだろうからと気を付けていたが常に俺が一緒ではない分危機が増す。
その反面俺達や梵天を裏切るゴミ掃除は簡単に済んだが。
「竜ちゃん」
「どうした?欲しいものあった?」
「あのね、ここ触ってて」
お腹に手を当てるとポコポコと何かが動く。
咄嗟に手を離したらクスクス笑う名前。
「………動いた?」
「看護師さんにね、これ胎動ですよって教えて貰ったの。
胎動ってもっとグネグネビヨーンってすると思ってたけど、最初はこんな感じなんだって」
成長したらもっと強くわかるって、と楽しそうに笑う名前はもう母親の顔だった。
再びお腹に手を当てると、控え目に手のひらに当たるポコポコとした何か。
「すげ…」
「今はちょっとしんどいかもしれないけど、今産まれちゃうと生きていくには大変なんだって」
「………」
「今この子を守れるのは私だけなんだって」
「……そうだな」
「私、人よりもドジだから……頼りないかもしれないけど、この子の為なら頑張るんだ。
竜ちゃんと私の子供だから」
医者から点滴が馴染むまでは副作用が強く出ると聞いていたからこればかりは俺がどうにかできるものじゃないとわかっていても辛くなる。
青白い顔色は初めて見たあの時を思い出すから。
「だから、竜ちゃん。
泣きそうになっちゃ、駄目だよ」
「泣いてるの名前じゃん」
「私が死んじゃいそうなくらい暗い顔してるから」
妊娠なんて、何があるかわかんねぇって記事ばっかなんだぞ。
あれは駄目、これは注意して、それは止めてって。
いつもの生活ですら命の危機あるのに、妊娠してもっと危険になってりゃ最悪を色々考える。
「大丈夫だよ、竜ちゃん」
へらへら笑う名前に慰められる。
甘えるように抱き付けば控え目に抱き締めてくれる。
「竜ちゃんがいつも守ってくれているから、私もこの子の事守るよ」
「俺がいないと名前駄目だもんな」
「うん。竜ちゃんがいないと私駄目になっちゃう」
駄目になるのは俺の方だ。
いざというとき子供を見捨てる事は出来ても名前を見捨てる事は出来ない。
「名前、愛してる」
「私も竜ちゃんを愛してる」
俺が守るから。
名前は何も気付かず、何も知らず
そのままでいて。
あとがき
・名前ちゃん
呪われやすいし、呪われている子。
危機感どこかに置いてきた。
誰にでも優しく人が集まりやすい。
根っからの善人。
前世は愛する人に呪われたかもしれない。
・竜胆くん
同担拒否。
兄が可愛いがるのを唇を噛んで耐えるが、その他大勢が可愛がるのはやだ。嫁が懐くとろくなことがないから。
ただしその馬鹿なとこが可愛くて仕方ない。
とある世界だったなら乙骨さんより愛が重いかもしれない。死んでも側から離さない。
・蘭兄ちゃん
弟の愛が重くてウケる。
そして義妹が呪われ過ぎててウケる。
俺の身内に手ェ出して無事でいられると思うなよ?身内愛重し。
どちらも馬鹿みたいに可愛いから兄ちゃん幸せ。たまに弟を虐めるためにちょっかいかけすぎると弟から物理攻撃される。兄ちゃんの骨大事にしろな?
・幹部
危機感どこに置いてきた?
ボスの黒い衝動を受けても「寝不足は身体に悪いよ?」とか言い出す猛者にコイツヤベェ……と引いた。
弟の嫁使うと裏切り者の炙り出しが楽なので裏切り者発見器扱い。
本編後にどうぞ
「なぁ九井」
「んだよ」
「怖い話シリーズなんだけどさ」
「……またか」
「俺がガチめに怖いなーって思う話のナンバーワンがさぁ」
「もういいっつの」
「呪われてるより呪っちまう方が怖くね?」
「………は?」
「人を呪わば穴二つ、だろ?」
どちらも怖ェよ、と思ったが九井は口にしなかった。
「義妹は馬鹿だけど、今までなんやかんや生きてたってことは危機感が多少なりともあったはずだろ?それが竜胆に会った事でカスくらいはあった危機感全部ゴミに捨てられちまったわけ」
「一応あったのか」
「逆に竜胆の危機回避能力上がっててウケんの。今の竜胆なら銃の弾避けられっかもよ」
「人間辞めんな」
「自分の能力低下の代わりに他人にバフ与えられる呪い持ちだったらウケるよな」
「祝福って言ってやれよ」
「まぁ、何が言いてぇかっつーと……
悪意で人を呪って返されて墓に入っても自業自得だろ?」
「まぁな」
「けど、好意で呪って受け入れられると墓は一つなんだよなぁ」
クスクス、クスクス。
蘭はヘラヘラと笑う。
「愛は人を狂わせる。愛程歪んだ呪いはねーよなぁ」
「………厄介なのに呪われて御愁傷様だな