短編
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前世の記憶がある。
馬鹿みたいだろうが、俺には俺が生きていた頃の記憶があった。
クソみたいな人生だった。
死んだと思ったのに目が覚めると幼い頃の俺がいた。俺が一番嫌いな頃の俺。
何度後悔しても戻れないのに……神様に嫌われているらしい俺は嫌いな姿のまま目覚めた。
俺が生きていた世界とは違うこの世界は当たり前だが"梵天"なんて反社会勢力も無ければ不良もほとんどいない。
イヌピーも、赤音さんもいない世界。
前世で悪いことしかしなかった俺に与えられた世界は当たり前だが俺が欲しいものを与えなかった。
どの世界だろうと金は似たように動くから金には困らない。集めても心の隙間なぞ埋まらず広がるばかり。
生きているのに死んだように過ごす俺を気味悪いだろうに、今世の両親は見放さず優しかったからより心に傷を負う。
神様なんざ信じていないが、これが俺の前世の罰なのか。だとしたら最高にキマッてるわ。
つまらない日々が色付いたのは……1つの古臭い店。なんて事無い、汚い店だった。
なのに、ショーウィンドに飾られた人形を見て……俺は初めてこの世界に感謝した。
赤音さんがいた。
薄汚れていたけれど……どう見ても、赤音さんだった。気持ち悪いだろうが窓越しに赤音さんに手を伸ばす。
たかが人形。だと、わかっているのに目が離せない。
「赤音さん……」
呟くような声だった。なのに……
パチリ。
人形が瞼を開けた。
驚いて仰け反るものの、人形はコテンと小首を傾げ、クスクスと口元に両手を当てて笑う。
「こりゃ、驚いた」
「!?」
いつの間に居たのか変なじいさんがいた。
なぜか驚いている。
「ずっとこの人形は目覚める事なぞないと思ってた」
「……人形?」
「おや?【観用人形】は初めて?」
1日に三回のミルク
週に一度の砂糖菓子
毎日綺麗な洋服の交換
トイレやお風呂の躾は完璧
エサ意外の物を与えるのはオススメ致しません
人形が成長してしまいますから
一番忘れちゃいけないのは貴女からの愛情
愛情を与えられない人形は枯れてしまいますからね
とても美しい天使のような
無垢で綺麗で何度見ていても飽きない人形
観用人形
人はソレを【プランツドール】と呼ぶ。
店主だというじいさんの話を聞くがそんなものあり得ない。動く?生きてる?人形が?
馬鹿馬鹿しい……と思うのに、赤音さんそっくりな人形は動き回って俺の隣にくると嬉しそうに笑い、抱き着いてくる。
「随分と気に入られてる」
「……あの、この人形は」
「観用人形は見目美しい人形ばかり。なぜ、作られたのか。誰が作り始めたのかわからない」
「………」
「ただ、普通の人形とは違う。生きているだけでも珍しいが……【観用人形】は人形が主人を選ぶ」
「人形が?」
「己の唯一無二の主人が現れるまで眠り、主人が現れた時目覚めるんだ。
主人を癒し、主人の為に生き、主人の愛情が無ければ枯れてしまう。
どういう理屈かわからないが、その子達は一途に主人を想う」
嬉しいのに、虚しい。
生きてるというだけで自分に都合のいい夢を見せる人形だろ?
「……ただの人形遊びだろ」
「確かに。そう思われても仕方がない」
ホッホッホッ、と笑う老人。
その老人の横には見目麗しい人形が一体。
長い黒髪に口元の黒子が特徴的。
「でも、私は救われた」
「………」
「この子は昔、私が愛した子にそっくりでね。この子が私を選んでくれた時……人形遊びでもいいと思った。
周りはいい顔をしなかったけど、この子は私にとって特別だから」
愛おしそうに少女の人形を見つめる老人。
少女は綺麗に笑う。
「前世の私はこの子を呪ってしまった。
今世では出会えないと思っていたのに……この子はまた、僕を選んでくれた」
「人形に感情なんて無い」
「かもしれないね。
人は私を愚かと言い、そして羨んだ」
「羨む?」
「人形に選ばれた人にしかわからない事さ」
私も君も運がいい。
「君がその子を大切にすればわかるよ」
その人形はあげる、と渡された赤音さん。
にこにこと笑う赤音さんはあの頃より少し幼い。
見れば見る程、赤音さんで苦しかった。
赤音さんは俺を弟のように接するくせに、時折恥ずかしそうにしながらくっついてくる。
調子が狂う。
けど、まだあの頃の赤音さんではないから耐えられたのに……ある時から赤音さんは人と同じ物を食べるようになりミルクを拒絶した。
観用人形に人の食べ物は与えてはいけないはずなのに、普段は聞き分けのいい赤音さんは聞いてくれなかった。
そうしているうちにどんどん成長していく姿が怖くなり、再びあの店に足を運んだ。
でも、そこにあの老人はいなかった。
代わりにあの少女の人形がいた。
「何かご用?」
「喋った!?」
「あの人はいないわ」
「いつ戻る?」
「……もう、2度と戻らないわ。遠くに旅立ったの」
よく見れば少女の側には丸い缶。
少女は愛おしそうにその缶を撫でている。
「……死んだのか」
「えぇ。貴方を待ってたの」
「俺を?」
「この店、貴方が継いでくれる?」
「はぁ!?」
何を言い出すのかと思えば。
人形はポイポイと何かの書類を投げてくる。
「経営、土地、住居まで……」
「生かすも殺すも貴方に任せるわ」
「オイッ!俺、まだ学生だぞ!?」
「だから言ったでしょ。貴方次第だと」
興味無さ気な人形は仕事は終わったと言わんばかりに骨壷を抱いて立ち上がる。
「見ず知らずの他人に無償で譲るなんて、何か裏があるんじゃねぇのか」
「別に。彼は譲るなら貴方がいいと言っただけ。
彼に家族はいない。だから、貴方がいらないなら此処はそのうち更地となるだけ」
「いいのか?それで」
「いいんじゃない?」
だって、彼は幸せだと言った。
後悔はないと。笑って。
「彼が最期に望んだ。私は彼の為に貴方を待っていただけだもの」
「………だけど」
たかが一回しか会ったことの無い人間に?
この店を維持するのは可能か不可能かと言われると可能だ。反社の経験から学生であってもどうにか出来てしまう。
だけど、俺は今世で悪事に踏み込む事をする理由も意味もない。
「彼に何を聞きたくて来たの?」
「……赤音さんが、成長して。何度止めてもミルクを飲んでくれない」
「そう」
「そう、って!!」
赤音さんに何かあったら!!
また、俺は失くさなきゃいけないのか?
「私達はなぜ作られたのか、誰にどんな理由があって作られたのか知らない」
「……は?」
「メンテナンスはかかせないけど、作った人と私達を点検してくれる人は別なの」
「じゃあどうやって…」
「私達は人形。どうしたって人間にはなれない」
どんなに人間に似せても
どんなに人間に合わせても
どんなに人間に求めても
「でも、譲れないものがあるの」
「譲れない、もの?」
「喜びも、哀しみも、楽しみも、怒りも
たった一人の為のもの。
真っ暗な暗闇の中、ずっと待ち続けているわ」
何年も。何百年経とうと。
唯一無二のあの人を。
「私達【観用人形】は【主人】の為に生きるの」
だから
「彼が望むなら、彼の望む姿に。
彼の愛が、私を呪うことでも構わないの」
「………」
「貴方の人形が成長を辞めないのは貴方が望んだからよ」
「俺が……?」
「貴方が。
そして、貴方の望む姿からは成長しない」
「俺の、望む姿……」
俺が望んだ?赤音さんの成長を?
俺の望んだ姿……。
ゾッとした。
だって、どんなに願っても……俺は赤音さんが亡くなった時までしか知らない。
赤音さんが大人になる姿なんて想像できない。
俺の記憶にある赤音さんは、学生の頃のあの姿。
成長させてあげたくても俺が知る姿までしか成長させてあげられない。
ふと、目の前の人形を見る。
小学生くらいの人形は初期の人形と変わらない。
「……なぁ」
「なぁに?」
「アンタ、幸せだったのか?」
年老いても幼いままの姿でいる人形。
自分が先に死ぬことになって、愛した人形を置いていくことになるのに。
"後悔は無かった"
だなんて死に往けるなんて。
「幸せよ。
彼に出会えたこと。
彼の最期に立ち合えたこと。
共に生きることは出来なくても……」
きゅっと大切そうに骨壷を抱き締める人形。
「………店、好きにしていいんだな」
「勿論」
「わかった。貰う」
「そう。……ねぇ、1つ頼んでもいい?」
「あぁ」
「陽当たりのいい場所に眠らせて」
パキパキと朽ちていく身体。
陶器のような柔肌がみるみる枯れていく。
「約束するよ。
めちゃくちゃ好物件な土地探してじいさんと一緒に眠らせてやる」
「………あり、が、とう」
幸せそうに笑って、人形は生きることを止めた。
寝ていたらしい。
俺に毛布をかけた赤音さんが隣に座って頭を撫でてくれている。
「赤音さん」
赤音さんは話さない。
成長を終えた姿はやはりあの頃の赤音さんで……今はもう、他の観葉人形と同じようにミルクと砂糖菓子で済んでいる。
「赤音さん、今幸せか?」
俺の問いかけに笑ってくれる。
ぎゅっと抱き締めてくれるのに、その肌に温度はない。
胸の鼓動も聞こえない。
それでも……いい。
「俺、幸せ」
どんな形でもいい。
生きていて欲しかった。
君に未来を与えたかった。
今この瞬間
赤音さんが生きている事にどんな形であれ喜んでいる俺がいる。
「ごめん……ごめんなっ!!」
助けられなかった。
俺に力がなかったから。
後悔して、意地になって、他人を不幸にして、軽々しく命を奪ったのに。
「俺が……っ!!
幸せになる権利なんてっ!!ないのにっ」
自己満足でしかない人形遊び。
でも、俺は救われた。
救われてしまった。
あの日、あの瞬間。
色が無かった世界に、死んでいた俺に生きる意味を与えてくれた。
世界中の人々がいるのに、赤音さんは俺を選んで目覚めてくれた。
「好き。好きだっ……赤音さんが、好きだっ」
たったそれだけで、前世を許された気になってしまった。
「今度こそ、赤音さんを守るからっ!!
俺の全てをかけて」
諦められなかった恋でした。
苦しいだけの恋でした。
許されちゃいけない恋でした。
でも
「今も、昔も……愛してる」
頬を赤くして照れた後、俺の額をデコピンする赤音さん。
照れていたのに怒った顔。なのに……笑っている?
紙にサラサラと何かを書く。
"私はずっと一くんを愛してるよ"
"一くんに愛されて幸せだな"
"もう、いいんじゃない?"
"ありがとう、一くん"
ぎゅっと抱き締めてくれる赤音さん。
よしよし、だなんて子供に接するように頭を撫でられる。
「……あり、が、とう……っ」
後悔も、心残りも、罪悪感も消えちゃいない。
でも、あの頃の赤音さんに赦された気がした。
人形集めも、人形屋の店主も向いてない。
一体売れれば巨額の金にはなるものの、俺が扱うのは問題児ばかり。
まさか前世で関わりがあるような姿の奴らが人形になっているなんて思わないじゃないか。
裏サイトや闇取引。
金持ちのクソ共の横暴にクソなコソドロの対応。
問題児達の引き起こす後々の処理などなど……
フザケンナ!!!
反社もビックリな忙しさだわ!!!
赤音さんがいなかったら発狂していた。
「あ"っ!!テメェ、何で起きて!?」
ぴょんっとショーウィンドの棚から逃げ出した人形。
厄介な見目だけはいいソイツは小走りで店の入り口に向かっている。
逃げ出す事はないとは思うが、何をやらかすのかわからない問題児だから後を追う。
先日、買い主をボコボコにして病院送りにしたばかりだ。勝手に盗んでボコられたのでこちらに非は無いものの殺人人形なんてレッテルを貼られた日には商売どころじゃない。
問題児な人形を捕まえようとしたが……カランカランと鳴るドアベル。
入って来たのは一人の女。
「………あいつ、は」
記憶の中にある姿とは正反対だが、確かに知っている。
いつも真っ白な顔色をしながらクソ兄弟に囲われていた女。
あのクソ兄弟が唯一、心を砕いた女。
俺にとっての赤音さんのように、あの兄弟にとって大切だった女が元気な姿でいた。
クソ兄はそれはそれは嬉しそうに微笑み、女へと手を伸ばした。
……コイツらも、ずっと後悔していた。
お互い兄弟以外に興味も関心も無かったはずなのに。
奴らの心の隙間に入り込めた唯一無二は泣きながら謝り奴らを残して逝った。
何も出来なかった無力さに弟は荒れ、兄は心を閉ざした。
クソ兄に記憶があるのかはわからない。
でも……兄は目覚めた。
「客か?」
「あの……」
困惑している女に笑う。
たとえ記憶があろうと無かろうと、同じ人間ではなくても。
世界が違っていても……再び巡り逢えた機会を踏みにじるなんて真似はしない。
俺が救われたように。
あの老人が救われたように。
赤音さんが幸せだと言ってくれたように。
あの少女が幸せだと笑って枯れたように。
この世界で幸せになっちゃいけねぇ、なんて事ないだろ?
どんな形であれ神様とやらが最期にもう一度くれたチャンスなのだとしたら……強く抱き締めてやってほしい。
赦されたいわけじゃない。
ただ、もう一度と何度も願ってきたのだから。
この先どうなるかわかんねぇけど
過去も消せやしないから何度も後悔し罪悪感に襲われるだろうけど
「幸せそうな顔しやがって」
女と手を繋いで帰る姿は本当に幼い子供のよう。
「……仕方ねぇ。探すか」
ーーー愛した者がいるなら
「感謝しろよ、クソ兄弟」
ーーー後悔しない最期を迎えるために。
あとがき
夢関係ないハジメくん目線でした。
一気に書き上げたのであれ?って部分あるかと思いますが……力尽きました。
シリーズも考えたけどちょっと詳しく書くとニワカなボロが出てしまうので控えました。
プランツパロいいですよね……夢が膨らむ。
梵天所属記憶ありのハジメくん。
ろくな死に方じゃなかったのに目覚めると見た目は子供!頭脳は大人!その名も……転生人ハジメ!!がスタートして絶望した。
周りが優しいほど、過去に囚われ苦しんでいたがとある老人と人形との出会いで運命が変わる。
推し活のごとく稼いだら赤音さんに貢いで、気付けば薄汚れていたはずの彼女は大天使に進化していて泣いた。俺の赤音さんが尊い……。
前世、期待を持たされていたとはいえ控えめにくっついてくれる大天使に情緒不安定。
いきなり成長しようとする推しに困惑。
からの、人形からの答えに推しの成長が自分のせいで大人にはなれない事実に絶望。
でも好き。愛してる。
推しからの赦しに色々救われた。
ヒーローにはなれないが、サポートはしてやろうと人形屋を引き継ぎ本格的に動き出すが……なぜか集まるのは問題児ばかりで頭を抱える。なるほど、切っても切れない悪縁ってこれか……イヌピーどこっっっ!!!?出来るなら乾シリーズ揃えたいんだけど!!
この度、カリスマ兄弟の幸せサポートを行った。
老人
どこかの世界では愛故に呪ってしまった。
記憶があった今世では普通の人間だったが普通とかけはなれた世界で生きた名残により後悔と罪悪感に押し潰されそうなところを一人の人形に救われた。
一途に想い続け前世で出来なかったずっと側にいること。彼自身を全てあげられて後悔は無かった。
老人の人形
記憶はないが、老人を愛した。
作られて目覚めるまでは真っ暗な世界だったのに老人と出会って世界が色付いた。
愛されなければ枯れてしまうのだが、老人の死後老人の願いを叶えるべく待ち続けられる程には愛されて幸せ。
ハジメくんにより、海の見える陽当たりのいい丘の上に老人と共に眠っている。
女
カリスマ兄弟に愛されていたが、元々身体が弱く若くして亡くなった。
後悔はない。幸せだったと笑って逝けた。
今世では普通の生活をしていたものの、お花の名前の人形と出会い生活が一変。
記憶は無いものの、愛されても何か物足りないというか解釈違い?とむしゃくしゃして友人と酒をのみ酔い潰れた。人形が大暴れしてめちゃくちゃ焦った。君、昔は女の子はべらせて私なんか構って貰えなくて君の弟が慰めてくれて……ん?存在しない記憶。なんやかんやあったが、物足りないものが手元に戻って来てくれたので幸せ。
2人の人形に老衰で死が別つまで看取られる予定。
カリスマ兄
記憶がある。
前世愛した女にはわりと手酷い仕打ちをしまくっていたが、手離す気はなくてかなり酷いことしまくってた。倒れてから想いを自覚してアレコレ手を尽くしたが呆気なく手から零れ落ちてしまった。
今世まさかの人形ではあったもののどんな姿であろうと愛したい。
共に年老いることは出来なくても平気。どんな姿であろうと、女が年を重ねてくれる姿を見れることが何よりも幸せだから。
老衰で別れた後は同じ墓に入って枯れる予定。
カリスマ弟
記憶がある。
前世、兄に振り回される女が不憫だったものの自分に弱さを見せてくれるから大事にしていた。女亡き後はかなり荒れた。
今世、目覚めると元気な女の姿と頬が割れた兄に色々メンタル抉られた。喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
早く成長したいのに追い付かない成長にイライラするものの、二人に子供のように甘やかされるのは実は嫌いじゃない。
女と共にゆっくり年を重ねて成長していく楽しみを見出だしつつ、女だけが年老いることが悔しい。出来るならずっと一緒に年老いて生きたかった。兄と女と共に墓に入って枯れる予定。
友人
顔がめちゃくちゃいい。
カリスマ兄に殴られた。痛い。
女が再び就職したと聞いたので遊びに行くと生涯無二の友人が出来る。ちなみに初対面でイヌピーーーーって泣かれて引いた。
この人大丈夫か?
馬鹿みたいだろうが、俺には俺が生きていた頃の記憶があった。
クソみたいな人生だった。
死んだと思ったのに目が覚めると幼い頃の俺がいた。俺が一番嫌いな頃の俺。
何度後悔しても戻れないのに……神様に嫌われているらしい俺は嫌いな姿のまま目覚めた。
俺が生きていた世界とは違うこの世界は当たり前だが"梵天"なんて反社会勢力も無ければ不良もほとんどいない。
イヌピーも、赤音さんもいない世界。
前世で悪いことしかしなかった俺に与えられた世界は当たり前だが俺が欲しいものを与えなかった。
どの世界だろうと金は似たように動くから金には困らない。集めても心の隙間なぞ埋まらず広がるばかり。
生きているのに死んだように過ごす俺を気味悪いだろうに、今世の両親は見放さず優しかったからより心に傷を負う。
神様なんざ信じていないが、これが俺の前世の罰なのか。だとしたら最高にキマッてるわ。
つまらない日々が色付いたのは……1つの古臭い店。なんて事無い、汚い店だった。
なのに、ショーウィンドに飾られた人形を見て……俺は初めてこの世界に感謝した。
赤音さんがいた。
薄汚れていたけれど……どう見ても、赤音さんだった。気持ち悪いだろうが窓越しに赤音さんに手を伸ばす。
たかが人形。だと、わかっているのに目が離せない。
「赤音さん……」
呟くような声だった。なのに……
パチリ。
人形が瞼を開けた。
驚いて仰け反るものの、人形はコテンと小首を傾げ、クスクスと口元に両手を当てて笑う。
「こりゃ、驚いた」
「!?」
いつの間に居たのか変なじいさんがいた。
なぜか驚いている。
「ずっとこの人形は目覚める事なぞないと思ってた」
「……人形?」
「おや?【観用人形】は初めて?」
1日に三回のミルク
週に一度の砂糖菓子
毎日綺麗な洋服の交換
トイレやお風呂の躾は完璧
エサ意外の物を与えるのはオススメ致しません
人形が成長してしまいますから
一番忘れちゃいけないのは貴女からの愛情
愛情を与えられない人形は枯れてしまいますからね
とても美しい天使のような
無垢で綺麗で何度見ていても飽きない人形
観用人形
人はソレを【プランツドール】と呼ぶ。
店主だというじいさんの話を聞くがそんなものあり得ない。動く?生きてる?人形が?
馬鹿馬鹿しい……と思うのに、赤音さんそっくりな人形は動き回って俺の隣にくると嬉しそうに笑い、抱き着いてくる。
「随分と気に入られてる」
「……あの、この人形は」
「観用人形は見目美しい人形ばかり。なぜ、作られたのか。誰が作り始めたのかわからない」
「………」
「ただ、普通の人形とは違う。生きているだけでも珍しいが……【観用人形】は人形が主人を選ぶ」
「人形が?」
「己の唯一無二の主人が現れるまで眠り、主人が現れた時目覚めるんだ。
主人を癒し、主人の為に生き、主人の愛情が無ければ枯れてしまう。
どういう理屈かわからないが、その子達は一途に主人を想う」
嬉しいのに、虚しい。
生きてるというだけで自分に都合のいい夢を見せる人形だろ?
「……ただの人形遊びだろ」
「確かに。そう思われても仕方がない」
ホッホッホッ、と笑う老人。
その老人の横には見目麗しい人形が一体。
長い黒髪に口元の黒子が特徴的。
「でも、私は救われた」
「………」
「この子は昔、私が愛した子にそっくりでね。この子が私を選んでくれた時……人形遊びでもいいと思った。
周りはいい顔をしなかったけど、この子は私にとって特別だから」
愛おしそうに少女の人形を見つめる老人。
少女は綺麗に笑う。
「前世の私はこの子を呪ってしまった。
今世では出会えないと思っていたのに……この子はまた、僕を選んでくれた」
「人形に感情なんて無い」
「かもしれないね。
人は私を愚かと言い、そして羨んだ」
「羨む?」
「人形に選ばれた人にしかわからない事さ」
私も君も運がいい。
「君がその子を大切にすればわかるよ」
その人形はあげる、と渡された赤音さん。
にこにこと笑う赤音さんはあの頃より少し幼い。
見れば見る程、赤音さんで苦しかった。
赤音さんは俺を弟のように接するくせに、時折恥ずかしそうにしながらくっついてくる。
調子が狂う。
けど、まだあの頃の赤音さんではないから耐えられたのに……ある時から赤音さんは人と同じ物を食べるようになりミルクを拒絶した。
観用人形に人の食べ物は与えてはいけないはずなのに、普段は聞き分けのいい赤音さんは聞いてくれなかった。
そうしているうちにどんどん成長していく姿が怖くなり、再びあの店に足を運んだ。
でも、そこにあの老人はいなかった。
代わりにあの少女の人形がいた。
「何かご用?」
「喋った!?」
「あの人はいないわ」
「いつ戻る?」
「……もう、2度と戻らないわ。遠くに旅立ったの」
よく見れば少女の側には丸い缶。
少女は愛おしそうにその缶を撫でている。
「……死んだのか」
「えぇ。貴方を待ってたの」
「俺を?」
「この店、貴方が継いでくれる?」
「はぁ!?」
何を言い出すのかと思えば。
人形はポイポイと何かの書類を投げてくる。
「経営、土地、住居まで……」
「生かすも殺すも貴方に任せるわ」
「オイッ!俺、まだ学生だぞ!?」
「だから言ったでしょ。貴方次第だと」
興味無さ気な人形は仕事は終わったと言わんばかりに骨壷を抱いて立ち上がる。
「見ず知らずの他人に無償で譲るなんて、何か裏があるんじゃねぇのか」
「別に。彼は譲るなら貴方がいいと言っただけ。
彼に家族はいない。だから、貴方がいらないなら此処はそのうち更地となるだけ」
「いいのか?それで」
「いいんじゃない?」
だって、彼は幸せだと言った。
後悔はないと。笑って。
「彼が最期に望んだ。私は彼の為に貴方を待っていただけだもの」
「………だけど」
たかが一回しか会ったことの無い人間に?
この店を維持するのは可能か不可能かと言われると可能だ。反社の経験から学生であってもどうにか出来てしまう。
だけど、俺は今世で悪事に踏み込む事をする理由も意味もない。
「彼に何を聞きたくて来たの?」
「……赤音さんが、成長して。何度止めてもミルクを飲んでくれない」
「そう」
「そう、って!!」
赤音さんに何かあったら!!
また、俺は失くさなきゃいけないのか?
「私達はなぜ作られたのか、誰にどんな理由があって作られたのか知らない」
「……は?」
「メンテナンスはかかせないけど、作った人と私達を点検してくれる人は別なの」
「じゃあどうやって…」
「私達は人形。どうしたって人間にはなれない」
どんなに人間に似せても
どんなに人間に合わせても
どんなに人間に求めても
「でも、譲れないものがあるの」
「譲れない、もの?」
「喜びも、哀しみも、楽しみも、怒りも
たった一人の為のもの。
真っ暗な暗闇の中、ずっと待ち続けているわ」
何年も。何百年経とうと。
唯一無二のあの人を。
「私達【観用人形】は【主人】の為に生きるの」
だから
「彼が望むなら、彼の望む姿に。
彼の愛が、私を呪うことでも構わないの」
「………」
「貴方の人形が成長を辞めないのは貴方が望んだからよ」
「俺が……?」
「貴方が。
そして、貴方の望む姿からは成長しない」
「俺の、望む姿……」
俺が望んだ?赤音さんの成長を?
俺の望んだ姿……。
ゾッとした。
だって、どんなに願っても……俺は赤音さんが亡くなった時までしか知らない。
赤音さんが大人になる姿なんて想像できない。
俺の記憶にある赤音さんは、学生の頃のあの姿。
成長させてあげたくても俺が知る姿までしか成長させてあげられない。
ふと、目の前の人形を見る。
小学生くらいの人形は初期の人形と変わらない。
「……なぁ」
「なぁに?」
「アンタ、幸せだったのか?」
年老いても幼いままの姿でいる人形。
自分が先に死ぬことになって、愛した人形を置いていくことになるのに。
"後悔は無かった"
だなんて死に往けるなんて。
「幸せよ。
彼に出会えたこと。
彼の最期に立ち合えたこと。
共に生きることは出来なくても……」
きゅっと大切そうに骨壷を抱き締める人形。
「………店、好きにしていいんだな」
「勿論」
「わかった。貰う」
「そう。……ねぇ、1つ頼んでもいい?」
「あぁ」
「陽当たりのいい場所に眠らせて」
パキパキと朽ちていく身体。
陶器のような柔肌がみるみる枯れていく。
「約束するよ。
めちゃくちゃ好物件な土地探してじいさんと一緒に眠らせてやる」
「………あり、が、とう」
幸せそうに笑って、人形は生きることを止めた。
寝ていたらしい。
俺に毛布をかけた赤音さんが隣に座って頭を撫でてくれている。
「赤音さん」
赤音さんは話さない。
成長を終えた姿はやはりあの頃の赤音さんで……今はもう、他の観葉人形と同じようにミルクと砂糖菓子で済んでいる。
「赤音さん、今幸せか?」
俺の問いかけに笑ってくれる。
ぎゅっと抱き締めてくれるのに、その肌に温度はない。
胸の鼓動も聞こえない。
それでも……いい。
「俺、幸せ」
どんな形でもいい。
生きていて欲しかった。
君に未来を与えたかった。
今この瞬間
赤音さんが生きている事にどんな形であれ喜んでいる俺がいる。
「ごめん……ごめんなっ!!」
助けられなかった。
俺に力がなかったから。
後悔して、意地になって、他人を不幸にして、軽々しく命を奪ったのに。
「俺が……っ!!
幸せになる権利なんてっ!!ないのにっ」
自己満足でしかない人形遊び。
でも、俺は救われた。
救われてしまった。
あの日、あの瞬間。
色が無かった世界に、死んでいた俺に生きる意味を与えてくれた。
世界中の人々がいるのに、赤音さんは俺を選んで目覚めてくれた。
「好き。好きだっ……赤音さんが、好きだっ」
たったそれだけで、前世を許された気になってしまった。
「今度こそ、赤音さんを守るからっ!!
俺の全てをかけて」
諦められなかった恋でした。
苦しいだけの恋でした。
許されちゃいけない恋でした。
でも
「今も、昔も……愛してる」
頬を赤くして照れた後、俺の額をデコピンする赤音さん。
照れていたのに怒った顔。なのに……笑っている?
紙にサラサラと何かを書く。
"私はずっと一くんを愛してるよ"
"一くんに愛されて幸せだな"
"もう、いいんじゃない?"
"ありがとう、一くん"
ぎゅっと抱き締めてくれる赤音さん。
よしよし、だなんて子供に接するように頭を撫でられる。
「……あり、が、とう……っ」
後悔も、心残りも、罪悪感も消えちゃいない。
でも、あの頃の赤音さんに赦された気がした。
人形集めも、人形屋の店主も向いてない。
一体売れれば巨額の金にはなるものの、俺が扱うのは問題児ばかり。
まさか前世で関わりがあるような姿の奴らが人形になっているなんて思わないじゃないか。
裏サイトや闇取引。
金持ちのクソ共の横暴にクソなコソドロの対応。
問題児達の引き起こす後々の処理などなど……
フザケンナ!!!
反社もビックリな忙しさだわ!!!
赤音さんがいなかったら発狂していた。
「あ"っ!!テメェ、何で起きて!?」
ぴょんっとショーウィンドの棚から逃げ出した人形。
厄介な見目だけはいいソイツは小走りで店の入り口に向かっている。
逃げ出す事はないとは思うが、何をやらかすのかわからない問題児だから後を追う。
先日、買い主をボコボコにして病院送りにしたばかりだ。勝手に盗んでボコられたのでこちらに非は無いものの殺人人形なんてレッテルを貼られた日には商売どころじゃない。
問題児な人形を捕まえようとしたが……カランカランと鳴るドアベル。
入って来たのは一人の女。
「………あいつ、は」
記憶の中にある姿とは正反対だが、確かに知っている。
いつも真っ白な顔色をしながらクソ兄弟に囲われていた女。
あのクソ兄弟が唯一、心を砕いた女。
俺にとっての赤音さんのように、あの兄弟にとって大切だった女が元気な姿でいた。
クソ兄はそれはそれは嬉しそうに微笑み、女へと手を伸ばした。
……コイツらも、ずっと後悔していた。
お互い兄弟以外に興味も関心も無かったはずなのに。
奴らの心の隙間に入り込めた唯一無二は泣きながら謝り奴らを残して逝った。
何も出来なかった無力さに弟は荒れ、兄は心を閉ざした。
クソ兄に記憶があるのかはわからない。
でも……兄は目覚めた。
「客か?」
「あの……」
困惑している女に笑う。
たとえ記憶があろうと無かろうと、同じ人間ではなくても。
世界が違っていても……再び巡り逢えた機会を踏みにじるなんて真似はしない。
俺が救われたように。
あの老人が救われたように。
赤音さんが幸せだと言ってくれたように。
あの少女が幸せだと笑って枯れたように。
この世界で幸せになっちゃいけねぇ、なんて事ないだろ?
どんな形であれ神様とやらが最期にもう一度くれたチャンスなのだとしたら……強く抱き締めてやってほしい。
赦されたいわけじゃない。
ただ、もう一度と何度も願ってきたのだから。
この先どうなるかわかんねぇけど
過去も消せやしないから何度も後悔し罪悪感に襲われるだろうけど
「幸せそうな顔しやがって」
女と手を繋いで帰る姿は本当に幼い子供のよう。
「……仕方ねぇ。探すか」
ーーー愛した者がいるなら
「感謝しろよ、クソ兄弟」
ーーー後悔しない最期を迎えるために。
あとがき
夢関係ないハジメくん目線でした。
一気に書き上げたのであれ?って部分あるかと思いますが……力尽きました。
シリーズも考えたけどちょっと詳しく書くとニワカなボロが出てしまうので控えました。
プランツパロいいですよね……夢が膨らむ。
梵天所属記憶ありのハジメくん。
ろくな死に方じゃなかったのに目覚めると見た目は子供!頭脳は大人!その名も……転生人ハジメ!!がスタートして絶望した。
周りが優しいほど、過去に囚われ苦しんでいたがとある老人と人形との出会いで運命が変わる。
推し活のごとく稼いだら赤音さんに貢いで、気付けば薄汚れていたはずの彼女は大天使に進化していて泣いた。俺の赤音さんが尊い……。
前世、期待を持たされていたとはいえ控えめにくっついてくれる大天使に情緒不安定。
いきなり成長しようとする推しに困惑。
からの、人形からの答えに推しの成長が自分のせいで大人にはなれない事実に絶望。
でも好き。愛してる。
推しからの赦しに色々救われた。
ヒーローにはなれないが、サポートはしてやろうと人形屋を引き継ぎ本格的に動き出すが……なぜか集まるのは問題児ばかりで頭を抱える。なるほど、切っても切れない悪縁ってこれか……イヌピーどこっっっ!!!?出来るなら乾シリーズ揃えたいんだけど!!
この度、カリスマ兄弟の幸せサポートを行った。
老人
どこかの世界では愛故に呪ってしまった。
記憶があった今世では普通の人間だったが普通とかけはなれた世界で生きた名残により後悔と罪悪感に押し潰されそうなところを一人の人形に救われた。
一途に想い続け前世で出来なかったずっと側にいること。彼自身を全てあげられて後悔は無かった。
老人の人形
記憶はないが、老人を愛した。
作られて目覚めるまでは真っ暗な世界だったのに老人と出会って世界が色付いた。
愛されなければ枯れてしまうのだが、老人の死後老人の願いを叶えるべく待ち続けられる程には愛されて幸せ。
ハジメくんにより、海の見える陽当たりのいい丘の上に老人と共に眠っている。
女
カリスマ兄弟に愛されていたが、元々身体が弱く若くして亡くなった。
後悔はない。幸せだったと笑って逝けた。
今世では普通の生活をしていたものの、お花の名前の人形と出会い生活が一変。
記憶は無いものの、愛されても何か物足りないというか解釈違い?とむしゃくしゃして友人と酒をのみ酔い潰れた。人形が大暴れしてめちゃくちゃ焦った。君、昔は女の子はべらせて私なんか構って貰えなくて君の弟が慰めてくれて……ん?存在しない記憶。なんやかんやあったが、物足りないものが手元に戻って来てくれたので幸せ。
2人の人形に老衰で死が別つまで看取られる予定。
カリスマ兄
記憶がある。
前世愛した女にはわりと手酷い仕打ちをしまくっていたが、手離す気はなくてかなり酷いことしまくってた。倒れてから想いを自覚してアレコレ手を尽くしたが呆気なく手から零れ落ちてしまった。
今世まさかの人形ではあったもののどんな姿であろうと愛したい。
共に年老いることは出来なくても平気。どんな姿であろうと、女が年を重ねてくれる姿を見れることが何よりも幸せだから。
老衰で別れた後は同じ墓に入って枯れる予定。
カリスマ弟
記憶がある。
前世、兄に振り回される女が不憫だったものの自分に弱さを見せてくれるから大事にしていた。女亡き後はかなり荒れた。
今世、目覚めると元気な女の姿と頬が割れた兄に色々メンタル抉られた。喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
早く成長したいのに追い付かない成長にイライラするものの、二人に子供のように甘やかされるのは実は嫌いじゃない。
女と共にゆっくり年を重ねて成長していく楽しみを見出だしつつ、女だけが年老いることが悔しい。出来るならずっと一緒に年老いて生きたかった。兄と女と共に墓に入って枯れる予定。
友人
顔がめちゃくちゃいい。
カリスマ兄に殴られた。痛い。
女が再び就職したと聞いたので遊びに行くと生涯無二の友人が出来る。ちなみに初対面でイヌピーーーーって泣かれて引いた。
この人大丈夫か?