君の一番になれたら
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世界は酷く残酷で
私達に幸せなんて無いのだと嘲笑う。
悟と夏油に特別な任務が与えられた。
私は北海道の方で任務があったし、家入も違う案件で動いていた。
詳細は知らない。
私が戻ってきた時には全てが終わっていたのだから。
噂程度しか耳にしていないが悟も夏油も酷い怪我をしたと聞いたし、任務は失敗。
だけど全て滞りなく終わった。
掛ける言葉なんて無かった。
悟は失敗した任務で自らの能力を開花させ、後に実力を認められた。認めざるを得なかった。
軽々と虫を払うように特級を瞬殺する。
一目見て分かる実力差は恐怖すら抱く程。
誰もが手に負えない案件を現場に着けば直ぐに解決する。
誰もが認める特級呪術師となった。
夏油も少し差はあれど、特級を従わせる事が出来る実力を認められ特級へ。
あっという間に2人は各地へ引っ張りだこ状態に。
「あー、つっかれた!!」
「お疲れ様」
「何かめっちゃ久しぶり」
グリグリと頭を押し付け一人で話す悟。
こんな事があった、あんな事があった。
悟の口から聞く話しはとても簡単そうな話ばかりなのに、悟のこなす任務はどれも一級以上。
まるで夢物語のような話はどれもこれも自分でもこなせてしまうんじゃないかと思う程。
「名前は?何か面白い事あった?」
「特に変わりないよ」
「へぇ。そーいえばさぁ!」
変わり無いようにしているが、前より開いた差に何も思わないわけじゃない。
変わり行く悟にこのままでいいわけがないと焦る気持ちが出て来る。
どんなに焦っても悟や夏油のようになれるわけがないと分かっていても、置いていかれる寂しさと時間の迫る焦燥感。
一気に離れてしまった距離はどう足掻いても埋められず、格の違いが私を追い詰める。
少し前なら気付いていただろう事も、自身の開花に可能性を見た悟は気付かない。
己の事に囚われた私も気付かない。
出会う機会が少なくなっていった。
それぞれが繁忙期だと忙しくなっていった。
後輩が一人、命を落としても。
私が変わるなんて事……と、思っていた。
4年となり、いよいよ後がなくなってきた私。
階級は万年二級止まり。いまいち結果の出ない日々。
関わりがあったわけじゃない。
時折出会って挨拶を交わすくらい。
人懐っこく、元気で、呪術師に向いていないなと思ったくらい。
灰原は階級に合わない任務に当たり死亡した。
七海も同じ任務で怪我を負ったらしい。
任務に出て階級が違った、階級が上がってしまった例は少なくない。
不慮の事故だった。調査不足だった。運が無かった。
そう、言われてしまえば仕方がない。
何度も経験している仕方ない死だと受け入れるしかない。
呪術師に後悔の無い死に方は無いのだから
灰原の亡骸は見ていない。
その間、私は実家に呼び出されていて今後についての会食や家の者でも祓えるような低レベルな雑務をこなしていたから。
あの人との顔合わせを終えて帰ろうとした時
「己の立場を理解するように」
あの人がニヤリと嘲笑う姿は気味が悪かった。
だから、気付かなかった。気付こうとしなかった。
自身の事で焦っていた私は何も見ようとしていなかったから。
私も自身の開花を、と闇雲に任務に手を出した。
「調子にノるな。控えろ」
目の前の男は私の髪を引き、目をつり上げ唾を吐き捨てながら唸っている。
任務に失敗はしなかったものの、闇雲に入れた任務は身体を酷使した。考えの無い任務で怪我をした私に血走った目を吊り上げ、何故か高専に来ていたあの人は私を見るなり怪我人でもお構い無しに手を振り上げた。
そして、淡々と話す内容を私は理解したくなかった。
"五条家に媚を売る売女めっ!!"
"色んな所に媚を売ってまで上にのしあがりたいのか!?"
"お前達のような下等な家が下劣な血筋共が力を振りかざした所で先など無い"
"女がでしゃばるな!!"
"お前が受け持つ任務が安全性のあるものなのは誰のお陰だと思う?"
"誰のモノか今一度その脳に刻め"
"コレは、忠告だ"
忠告?
頬を叩き声を荒げる老害。
これの言葉を理解したくなかった。
「………灰原は、忠告の為に必要だったとでも言うのですか」
"運が無かったな"
「運?」
"五条の倅すら煩わしいというのに…
下劣な血が特級に居座るなぞありえん"
そのあとの言葉はもう聞いていなかった。
何かしら話していたが、私はソレの話を聞くことを辞めてしまったから。
ヤツが何時帰ったのか、どうやって戻ってきたのか覚えていない。
ただ、気付いたら寮に戻って来ていた。
ヤツの家の臭いが身体に纏わりついている気がして一気に気持ち悪くなる。
腕を虫が這うような感覚にシャワー室に向かって行き、そのまま入った。
灰原は素直な子だった。
思い出にするには関わりが薄くて……でも、思い出すのはいつでも元気で明るくて笑っている姿。
呪術師らしくない呪術師だった。
「苗字さんおはようございます!早いですね!!」
「自分は朝練です!苗字さんも朝練ですか?」
「えっ?今帰って来たんですか!?
ご飯いっぱい食べてゆっくり寝てくださいね!」
可愛い後輩だった。
任務で命を落とすなんてよくあること。
呪術師は仲間じゃない。私達は利害が一致して集まることはあっても仲良しこよしの正義の味方じゃない。だから、不慮の事故なんて、仕組まれた事故なんてよくあること。
欲に満ち溢れた腐った泥沼のこの世界では相手を蹴落とす事なんてよくあること。
そうして我が家だってのしあがった。
その他の者達を蹴落として、嵌めて、騙して………。
私にもその血が流れている。汚い事なんて何度も何度も見てきたじゃないか。
これからも、目の当たりにして、見て見ぬふりしながら生きていかなきゃいけない。
私は、そういう家に産まれたのだから。
私も、そういう家を継いでいくのだから。
私には、そういう道しか無いのだから。
「クソッタレ……っ」
私と出会ってしまったから。
私と同じ学校に来てしまったから。
悟がいたから。
夏油がいたから。
何の罪も無い、理不尽に、身勝手な理由で。
たった一人の人生を狂わせ、奪ってしまった。
何が駄目だった?
望むことは良くなかった?
幸せだと思ったから?
アレコレ考えても過ぎた事。
後悔の無い死?違う。灰原は殺された。
私も、灰原の死に、少なからず関わっている。
「………、灰原」
謝れない。
謝る資格など、無い。
私が原因である以上、謝ったところでそれは私が許されたいからだ。
そんな資格、あるわけない。
降り注ぐシャワーの湯が煩わしい。
誰にぶつければいいかわからない怒り。
あぁ、無力だ。
逃げてばかりで結局私は何も出来ず、何も残せず生きなければならない。
役立たずの無能。
「苗字先輩?」
「……夏油」
「何、してるんですか」
驚いた顔をしていたが、ハッとして私にタオルを掛ける夏油。
服のままシャワーを浴びて出てきたら驚くのは当たり前だろう。
「夏油、タオル濡れるよ」
「タオルは拭くためにあるから」
「……夏油、いい。汚いものを落としたかっただけだ。お前まで汚れる」
「だからって着衣したまま………頬、どうしたんだい?」
「気にすることはないさ」
「気にしますよ」
夏油は待っていろと言い残し一度どこかへ。
戻ってきた時には夏油のスウェットを渡されまたシャワー室に押し込められた。
一度外に出たせいか身体が冷えており大人しく全て脱いでシャワーを浴びた。
そのまま夏油の服を着たもののデカイが、着れない事はなかったので着た。
外に出ると飲み物を渡されたが、飲む気にならない。ベンチに置いたら頬に当てておけと言われた。
「目立つ?」
「わりと」
「時間が経てば消えるからいいよ」
今までそうしてきた。
そうして、やり過ごして、気にしないようにしていたのに。
「夏油」
「何ですか」
「今まで平気だったものがある日突然我慢出来なくなったら君はどうする?」
「………え」
「感情に従うか、理性で押さえ込むか、感情を殺すか」
心を渦巻くこの気持ちを吐き出したくなる。
吐き出すにはあまりにも単純過ぎて、終わらせたくない。
もっと残酷に。もっと冷酷に。もっともっともっともっと!!!!!
荒れ狂う感情を抑え、今までどう鎮めていたのか思い出せない程……自分をコントロールできない。
変わらない、なんて嘘だ。
私は変わってしまった。
「………わかりません。私も今、迷っている最中なんで」
夏油の吐き出された言葉はズシリと私の心を重くさせた。
「……夏油、痩せたね」
「そうですか?」
「うん」
目の下の隈。痩けた頬。伸びた髪。
いつも清潔感のある真面目な夏油には珍しい姿だった。
「……苗字先輩は、知っていましたか?」
「何」
「呪霊は非呪術師から生まれるって」
「………何それ」
「以前、特級呪術師の九十九さんが言ってました」
呪霊の生まれない世界をつくろうという話。
術師からは呪霊は生まれない。
術師本人が死後呪いに転ずる事が無ければ。
「……全人類が術師になれば呪いは生まれない、か」
「大雑把に言うとね」
「流石特級様はぶっ飛んだ考えだ」
全人類が呪術師に、なんて夢物語もいいところ。その可能性を掛けて非呪術師に何かを施したら害を為したとみなされても不思議じゃない。
むしろ……
「その考えはあまりオススメしないよ」
「なぜ?」
「頭の固い老害達が許すわけ無い」
ヤツらは新しいものを嫌う。
己を基準として、自身を脅かすものを嫌う。
そして摘み取ろうとする。
「万が一、上が許しても……非呪術師を実験台として扱う事を良しとするのならそれはきっと」
身の内から出た膿を排除する言い訳に。
成功しても、失敗しても痛手にはならないから。
「確かに上層部はいい顔しないでしょうね。
なら、非術師を皆殺しにした方が早いと思いません?」
「理論的には、ね」
人口は減ったとしても才能の無い者の仕分けは呪術師にとって、手強い呪霊を相手にするよりずっと簡単だ。
「……夏油、非術師が嫌いになった?」
「非術師を守るためにあると考えていた。でも、最近…価値が揺らいでいる」
「揺らいで?」
「術師というマラソンゲームの果てにあるのが、術師の屍の山だとしたら……なんて考えが過るんです」
「……呪術師の、果て」
考えた事も無かった。
当たり前のように用意された道を辿り、その先は……意思の無い人形として生き、死を待つしかないと思っていたから。
死で解放されるならば
姉のように惨めに死にたく無かった。
理由ある死であれば……姉のように後悔の無い死を選べるんじゃないかと。
ヤツに飼い殺されるよりも、家に飼い殺されるよりもずっと幸せに死ねるんじゃないかと思っていた。
死ぬ勇気は無かった。
綺麗な姉が恨み辛みを吐き捨てる姿は惨めで可哀想で………私は同じようになりたくなかった。
「軽蔑しますか?」
「……出来ない」
呪霊のいない世界は私達が目指すべき未来だ。
九十九さんの話が本当ならば、非術師が開花するか、呪力が全く無いか、殺すしかない。
最も簡単な非術師殺しを行えばそれは呪術規定に反する。
だけど、呪術師しかいなくなれば規定など無くなるし、御三家も必要無い。呪霊も生まれない。
腐った歴史は無くなり、自由となる。
「……夏油はさ、呪霊がいない世界なら術師達が幸せになれる未来があると思う?」
「分かりません」
「家族を犠牲にして媚を売ったり、金と地位にしがみついて」
自由になりたい。
繰り返される哀しみと恨み。
逃げられない血筋。
受け継がれ続く連鎖。
「御三家とか、地位とか、血筋とか……
そんなものに囚われて消えていく事が無くなるかな」
「……どうでしょうかね」
分かってる。
そんな"もしも"の話をしたってわからないって事。
でも、もしもがあるのなら
「………幸せに、なりたいっ」
初めて溢した"本音"は
私の進むべき"道"を作るには十分だった。
「夏油、ありがとうね」
「何ですか?いきなり」
「私の我が儘、叶えてくれて」
「……私が居ないと。キミはすぐ死んでしまうからね」
「うん。夏油が居てくれて良かった」
夏油を見上げれば困った顔をして笑う。
「苗字先輩は心配をかける天才だから。
私が目を離せば簡単に居なくなる」
「そんなに?」
「不安定なんですよ。
初めて会った時からずっと」
「ははっ!!確かに」
初めて会った時は血塗れで、息絶え絶えで。
悟や夏油や家入がいないと朽ちていた命だった。
「君達に出会えて良かった」
「………私達はもっと一緒に居たいなぁ」
「ふふっ。まずは目の前の事を叶えなきゃ」
「手厳しい」
穏やかに笑う私達。
少し早いが、京都組の者達と共に移動しなければならない。
「後悔は?」
「無いよ」
「心の準備は?」
「出来ている」
「……じゃあ、行っておいで」
夏油の出した呪霊。
私はその背に飛び乗る。
「夏油」
「何だい?」
「君が共犯者で良かった」
あらがとうってありきたりな言葉しか送れないけれど言わせてほしい。
「私も苗字先輩が共犯者で良かった」
「健闘を祈るよ」
「キミにこそ送りたい言葉だ」
「耳が痛いなぁ」
最期になるであろう会話。
沢山言いたいことはあったはずなのに、上手くまとまらない。
「苗字先輩、いってらっしゃい」
穏やかな顔をして見送ってくれるから
少しだけ目の奥が熱くなる。
「オマエ達も無理する事なく暴れておいで」
夏油の家族達は託された想いに力強く頷いていた。
「別れの言葉はいらないよ」
「夏油…」
「行き着く先は同じだからまた会える」
「そうだね」
「先に行って優雅に待っていておくれ」
「そうする」
「またね、夏油」
「また、苗字先輩」
私達に幸せなんて無いのだと嘲笑う。
悟と夏油に特別な任務が与えられた。
私は北海道の方で任務があったし、家入も違う案件で動いていた。
詳細は知らない。
私が戻ってきた時には全てが終わっていたのだから。
噂程度しか耳にしていないが悟も夏油も酷い怪我をしたと聞いたし、任務は失敗。
だけど全て滞りなく終わった。
掛ける言葉なんて無かった。
悟は失敗した任務で自らの能力を開花させ、後に実力を認められた。認めざるを得なかった。
軽々と虫を払うように特級を瞬殺する。
一目見て分かる実力差は恐怖すら抱く程。
誰もが手に負えない案件を現場に着けば直ぐに解決する。
誰もが認める特級呪術師となった。
夏油も少し差はあれど、特級を従わせる事が出来る実力を認められ特級へ。
あっという間に2人は各地へ引っ張りだこ状態に。
「あー、つっかれた!!」
「お疲れ様」
「何かめっちゃ久しぶり」
グリグリと頭を押し付け一人で話す悟。
こんな事があった、あんな事があった。
悟の口から聞く話しはとても簡単そうな話ばかりなのに、悟のこなす任務はどれも一級以上。
まるで夢物語のような話はどれもこれも自分でもこなせてしまうんじゃないかと思う程。
「名前は?何か面白い事あった?」
「特に変わりないよ」
「へぇ。そーいえばさぁ!」
変わり無いようにしているが、前より開いた差に何も思わないわけじゃない。
変わり行く悟にこのままでいいわけがないと焦る気持ちが出て来る。
どんなに焦っても悟や夏油のようになれるわけがないと分かっていても、置いていかれる寂しさと時間の迫る焦燥感。
一気に離れてしまった距離はどう足掻いても埋められず、格の違いが私を追い詰める。
少し前なら気付いていただろう事も、自身の開花に可能性を見た悟は気付かない。
己の事に囚われた私も気付かない。
出会う機会が少なくなっていった。
それぞれが繁忙期だと忙しくなっていった。
後輩が一人、命を落としても。
私が変わるなんて事……と、思っていた。
4年となり、いよいよ後がなくなってきた私。
階級は万年二級止まり。いまいち結果の出ない日々。
関わりがあったわけじゃない。
時折出会って挨拶を交わすくらい。
人懐っこく、元気で、呪術師に向いていないなと思ったくらい。
灰原は階級に合わない任務に当たり死亡した。
七海も同じ任務で怪我を負ったらしい。
任務に出て階級が違った、階級が上がってしまった例は少なくない。
不慮の事故だった。調査不足だった。運が無かった。
そう、言われてしまえば仕方がない。
何度も経験している仕方ない死だと受け入れるしかない。
呪術師に後悔の無い死に方は無いのだから
灰原の亡骸は見ていない。
その間、私は実家に呼び出されていて今後についての会食や家の者でも祓えるような低レベルな雑務をこなしていたから。
あの人との顔合わせを終えて帰ろうとした時
「己の立場を理解するように」
あの人がニヤリと嘲笑う姿は気味が悪かった。
だから、気付かなかった。気付こうとしなかった。
自身の事で焦っていた私は何も見ようとしていなかったから。
私も自身の開花を、と闇雲に任務に手を出した。
「調子にノるな。控えろ」
目の前の男は私の髪を引き、目をつり上げ唾を吐き捨てながら唸っている。
任務に失敗はしなかったものの、闇雲に入れた任務は身体を酷使した。考えの無い任務で怪我をした私に血走った目を吊り上げ、何故か高専に来ていたあの人は私を見るなり怪我人でもお構い無しに手を振り上げた。
そして、淡々と話す内容を私は理解したくなかった。
"五条家に媚を売る売女めっ!!"
"色んな所に媚を売ってまで上にのしあがりたいのか!?"
"お前達のような下等な家が下劣な血筋共が力を振りかざした所で先など無い"
"女がでしゃばるな!!"
"お前が受け持つ任務が安全性のあるものなのは誰のお陰だと思う?"
"誰のモノか今一度その脳に刻め"
"コレは、忠告だ"
忠告?
頬を叩き声を荒げる老害。
これの言葉を理解したくなかった。
「………灰原は、忠告の為に必要だったとでも言うのですか」
"運が無かったな"
「運?」
"五条の倅すら煩わしいというのに…
下劣な血が特級に居座るなぞありえん"
そのあとの言葉はもう聞いていなかった。
何かしら話していたが、私はソレの話を聞くことを辞めてしまったから。
ヤツが何時帰ったのか、どうやって戻ってきたのか覚えていない。
ただ、気付いたら寮に戻って来ていた。
ヤツの家の臭いが身体に纏わりついている気がして一気に気持ち悪くなる。
腕を虫が這うような感覚にシャワー室に向かって行き、そのまま入った。
灰原は素直な子だった。
思い出にするには関わりが薄くて……でも、思い出すのはいつでも元気で明るくて笑っている姿。
呪術師らしくない呪術師だった。
「苗字さんおはようございます!早いですね!!」
「自分は朝練です!苗字さんも朝練ですか?」
「えっ?今帰って来たんですか!?
ご飯いっぱい食べてゆっくり寝てくださいね!」
可愛い後輩だった。
任務で命を落とすなんてよくあること。
呪術師は仲間じゃない。私達は利害が一致して集まることはあっても仲良しこよしの正義の味方じゃない。だから、不慮の事故なんて、仕組まれた事故なんてよくあること。
欲に満ち溢れた腐った泥沼のこの世界では相手を蹴落とす事なんてよくあること。
そうして我が家だってのしあがった。
その他の者達を蹴落として、嵌めて、騙して………。
私にもその血が流れている。汚い事なんて何度も何度も見てきたじゃないか。
これからも、目の当たりにして、見て見ぬふりしながら生きていかなきゃいけない。
私は、そういう家に産まれたのだから。
私も、そういう家を継いでいくのだから。
私には、そういう道しか無いのだから。
「クソッタレ……っ」
私と出会ってしまったから。
私と同じ学校に来てしまったから。
悟がいたから。
夏油がいたから。
何の罪も無い、理不尽に、身勝手な理由で。
たった一人の人生を狂わせ、奪ってしまった。
何が駄目だった?
望むことは良くなかった?
幸せだと思ったから?
アレコレ考えても過ぎた事。
後悔の無い死?違う。灰原は殺された。
私も、灰原の死に、少なからず関わっている。
「………、灰原」
謝れない。
謝る資格など、無い。
私が原因である以上、謝ったところでそれは私が許されたいからだ。
そんな資格、あるわけない。
降り注ぐシャワーの湯が煩わしい。
誰にぶつければいいかわからない怒り。
あぁ、無力だ。
逃げてばかりで結局私は何も出来ず、何も残せず生きなければならない。
役立たずの無能。
「苗字先輩?」
「……夏油」
「何、してるんですか」
驚いた顔をしていたが、ハッとして私にタオルを掛ける夏油。
服のままシャワーを浴びて出てきたら驚くのは当たり前だろう。
「夏油、タオル濡れるよ」
「タオルは拭くためにあるから」
「……夏油、いい。汚いものを落としたかっただけだ。お前まで汚れる」
「だからって着衣したまま………頬、どうしたんだい?」
「気にすることはないさ」
「気にしますよ」
夏油は待っていろと言い残し一度どこかへ。
戻ってきた時には夏油のスウェットを渡されまたシャワー室に押し込められた。
一度外に出たせいか身体が冷えており大人しく全て脱いでシャワーを浴びた。
そのまま夏油の服を着たもののデカイが、着れない事はなかったので着た。
外に出ると飲み物を渡されたが、飲む気にならない。ベンチに置いたら頬に当てておけと言われた。
「目立つ?」
「わりと」
「時間が経てば消えるからいいよ」
今までそうしてきた。
そうして、やり過ごして、気にしないようにしていたのに。
「夏油」
「何ですか」
「今まで平気だったものがある日突然我慢出来なくなったら君はどうする?」
「………え」
「感情に従うか、理性で押さえ込むか、感情を殺すか」
心を渦巻くこの気持ちを吐き出したくなる。
吐き出すにはあまりにも単純過ぎて、終わらせたくない。
もっと残酷に。もっと冷酷に。もっともっともっともっと!!!!!
荒れ狂う感情を抑え、今までどう鎮めていたのか思い出せない程……自分をコントロールできない。
変わらない、なんて嘘だ。
私は変わってしまった。
「………わかりません。私も今、迷っている最中なんで」
夏油の吐き出された言葉はズシリと私の心を重くさせた。
「……夏油、痩せたね」
「そうですか?」
「うん」
目の下の隈。痩けた頬。伸びた髪。
いつも清潔感のある真面目な夏油には珍しい姿だった。
「……苗字先輩は、知っていましたか?」
「何」
「呪霊は非呪術師から生まれるって」
「………何それ」
「以前、特級呪術師の九十九さんが言ってました」
呪霊の生まれない世界をつくろうという話。
術師からは呪霊は生まれない。
術師本人が死後呪いに転ずる事が無ければ。
「……全人類が術師になれば呪いは生まれない、か」
「大雑把に言うとね」
「流石特級様はぶっ飛んだ考えだ」
全人類が呪術師に、なんて夢物語もいいところ。その可能性を掛けて非呪術師に何かを施したら害を為したとみなされても不思議じゃない。
むしろ……
「その考えはあまりオススメしないよ」
「なぜ?」
「頭の固い老害達が許すわけ無い」
ヤツらは新しいものを嫌う。
己を基準として、自身を脅かすものを嫌う。
そして摘み取ろうとする。
「万が一、上が許しても……非呪術師を実験台として扱う事を良しとするのならそれはきっと」
身の内から出た膿を排除する言い訳に。
成功しても、失敗しても痛手にはならないから。
「確かに上層部はいい顔しないでしょうね。
なら、非術師を皆殺しにした方が早いと思いません?」
「理論的には、ね」
人口は減ったとしても才能の無い者の仕分けは呪術師にとって、手強い呪霊を相手にするよりずっと簡単だ。
「……夏油、非術師が嫌いになった?」
「非術師を守るためにあると考えていた。でも、最近…価値が揺らいでいる」
「揺らいで?」
「術師というマラソンゲームの果てにあるのが、術師の屍の山だとしたら……なんて考えが過るんです」
「……呪術師の、果て」
考えた事も無かった。
当たり前のように用意された道を辿り、その先は……意思の無い人形として生き、死を待つしかないと思っていたから。
死で解放されるならば
姉のように惨めに死にたく無かった。
理由ある死であれば……姉のように後悔の無い死を選べるんじゃないかと。
ヤツに飼い殺されるよりも、家に飼い殺されるよりもずっと幸せに死ねるんじゃないかと思っていた。
死ぬ勇気は無かった。
綺麗な姉が恨み辛みを吐き捨てる姿は惨めで可哀想で………私は同じようになりたくなかった。
「軽蔑しますか?」
「……出来ない」
呪霊のいない世界は私達が目指すべき未来だ。
九十九さんの話が本当ならば、非術師が開花するか、呪力が全く無いか、殺すしかない。
最も簡単な非術師殺しを行えばそれは呪術規定に反する。
だけど、呪術師しかいなくなれば規定など無くなるし、御三家も必要無い。呪霊も生まれない。
腐った歴史は無くなり、自由となる。
「……夏油はさ、呪霊がいない世界なら術師達が幸せになれる未来があると思う?」
「分かりません」
「家族を犠牲にして媚を売ったり、金と地位にしがみついて」
自由になりたい。
繰り返される哀しみと恨み。
逃げられない血筋。
受け継がれ続く連鎖。
「御三家とか、地位とか、血筋とか……
そんなものに囚われて消えていく事が無くなるかな」
「……どうでしょうかね」
分かってる。
そんな"もしも"の話をしたってわからないって事。
でも、もしもがあるのなら
「………幸せに、なりたいっ」
初めて溢した"本音"は
私の進むべき"道"を作るには十分だった。
「夏油、ありがとうね」
「何ですか?いきなり」
「私の我が儘、叶えてくれて」
「……私が居ないと。キミはすぐ死んでしまうからね」
「うん。夏油が居てくれて良かった」
夏油を見上げれば困った顔をして笑う。
「苗字先輩は心配をかける天才だから。
私が目を離せば簡単に居なくなる」
「そんなに?」
「不安定なんですよ。
初めて会った時からずっと」
「ははっ!!確かに」
初めて会った時は血塗れで、息絶え絶えで。
悟や夏油や家入がいないと朽ちていた命だった。
「君達に出会えて良かった」
「………私達はもっと一緒に居たいなぁ」
「ふふっ。まずは目の前の事を叶えなきゃ」
「手厳しい」
穏やかに笑う私達。
少し早いが、京都組の者達と共に移動しなければならない。
「後悔は?」
「無いよ」
「心の準備は?」
「出来ている」
「……じゃあ、行っておいで」
夏油の出した呪霊。
私はその背に飛び乗る。
「夏油」
「何だい?」
「君が共犯者で良かった」
あらがとうってありきたりな言葉しか送れないけれど言わせてほしい。
「私も苗字先輩が共犯者で良かった」
「健闘を祈るよ」
「キミにこそ送りたい言葉だ」
「耳が痛いなぁ」
最期になるであろう会話。
沢山言いたいことはあったはずなのに、上手くまとまらない。
「苗字先輩、いってらっしゃい」
穏やかな顔をして見送ってくれるから
少しだけ目の奥が熱くなる。
「オマエ達も無理する事なく暴れておいで」
夏油の家族達は託された想いに力強く頷いていた。
「別れの言葉はいらないよ」
「夏油…」
「行き着く先は同じだからまた会える」
「そうだね」
「先に行って優雅に待っていておくれ」
「そうする」
「またね、夏油」
「また、苗字先輩」