君の一番になれたら
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楽しい。
そう、感じられるのは破天荒な後輩達のおかげ。
淡々と任務をこなし、眠るだけの毎日から色付いたように騒がしい日々へ。
くだらない事を全力でする五条。
任務に同行する回数の増えた夏油。
部屋が近いから行き来するようになった家入。
毎日誰かしらが側に居て、私の世界は明るくなっていった。
ほんの少しだけ。今の期間だけなら……なんて思ったのがいけなかった。
「随分と楽しそうだな」
目をつり上げ此方を睨み付けるご老人の姿に心が冷えていく。
何でこんなところに、なんて口から出そうになったが青ざめて此方をチラチラ見ながらご老人にヘコヘコと頭を下げながら付き従う父親に呆れてしまう、
「こんにちは。今日はどのようなご用件で?」
「白々しい!!貴様、自分の立場が理解出来ていないのか?」
ご老体を無茶しながらドシドシと歩み寄ってきてはシワシワの手に杖を持ったまま振り上げていた。
「貴方に怒られる事をした覚えが無くて」
「貴様が若い男に現を抜かしていると報告があったぞ!!」
はて?何の話だと頭を傾げるが婚約者殿は頭に血が上って聞く耳など持たないらしい。
振り上げられた杖を振り落とされる。
ガッ、と額に感じる痛みに舌打ちしそうになったが婚約者殿は止まらない。
自分には妾が沢山いるというのにたかだか私一人に醜い執着心を見せる。
ツバと共に吐き出される暴言罵倒忠告をいつものことだと聞き流す。
適度に返事をしておけば苛立ちながらも粗方発散したからか落ち着いてきた。
「いいか?今後同じような報告があれば次は無いからな!」
「はい」
「術師としての才能があったから今、こうして此処に居ることを忘れるな。
お前の本来の仕事は私に尽くすこと。そうだろう?」
「はい」
「お前の姉の方が美人で器量も良かったのに姉がくだらぬ事をしでかしたのだから。
お前が責任を持って姉の尻拭いをしなきゃならない」
「はい」
「……忘れるな。お前は私のだ」
父親と共に去っていった婚約者殿に溜め息しか出ない。
相変わらずクソだな、と額を触れば少し血がついた。杖の金具でも当たったかな……と血を見て思い出すのは姉の姿。
少し年の離れた姉は妹の私から見ても綺麗な人だった。
その代わり、術師としての才能はほとんど無かった。
術師の訓練を免除される姉を少し恨めしく思っていた頃もあった。
私は痛い思いをしなきゃいけないのに、姉はチクチクと裁縫をし、術師の歴史を学ぶ代わりにコトコトと料理をする。
姉妹なのに何でこんなにも違うのかと思っていたが………いざ結婚すると決まり、白無垢を着て綺麗な顔をより際立たせた化粧をした姉はとても綺麗で魅入ってしまった。
にこりともせずどこか遠くを見つめ……私を見て姉は嗤った。
目はドロリと溝に沈んだように濁り、口元は裂けるのではないかと思うほどつり上がる。
夢など持つな。
夢など見るな。
幸せを願うな。
幸せになろうとするな。
夢は夢で現実は変わらない。
どんなに足掻いても無理だ。
ーーーお前に未来などない。
母が止める間も無くどこに隠し持っていたのか喉を突き刺して切り裂いた姉はみるみる真っ赤に染まっていった。
叫び声を上げる母に慌ただしくなる屋敷。
ビクビクとする姉は濁った瞳で最期まで私を見ていた。
姉は最期に私を呪って死んだ。
婚約者殿は姉をたいそう気に入っていたので姉に劣る私は仕方無しに選ばれた代役。
姉のような美しさの無い私に、姉を手に入れられなかった僻みをぶつけるしかないのだ。
己の立場上、反抗した所で縁を切れるわけでもない。
私は子供だから。
駄々をこねても大人によって抑え込まれる。
ならば姉の言葉通り何も望まなければいい。
幸せになろうとしなければ不幸にはならない。
不幸だと思わなければ、当たり前だと受け入れれば………。
「うわ、気分悪っ」
ふと聞こえた声に意識を戻す。
紫煙を風に靡かせ眉間にシワを寄せる家入に嫌なもの見せてしまったな。
「先輩大丈夫?」
「いつものことだから」
「傷見せてください」
「平気。もう血は止まってるよ」
家入の力を使うほどではない。
私よりも重症患者なんていつでも現れる。
此処はいつだって死に近く、死に満ちた場所だから。
「平気かどうかは私が決めます」
手を引かれ医務室に連れられ、座らせられてテキパキと消毒され傷を見られる。
幸い場所が出血しやすかっただけでたいした傷ではない。
ガーゼを当てられたが大袈裟過ぎると断った。
「……聞いてもいいですか」
「聞かない方がいい」
何か言いたげに口を開こうとして閉じた。
それでいい。
聞いても胸くそ悪い話であり、子供ではどうにもならない。
「先輩は抗わず受け入れるんですね」
「そうだよ」
「なんで」
「抗えば抗うほど苦しくなるのは自分だから」
自分で自分の首を絞め続け、苦しいと、悲しいと、助けてと叫ぶのは独りよがりだ。
小説のように都合良く助けに来てくれる仲間も、王子様も、ヒーローもいない。
「私の物語に正義は無い」
多くを望まず最低限の生活が出来ればいい。
小さな幸せを噛みしめ、大事にすればいい。
望まず、願わず、欲しがらず。
自身に関する欲を捨てればいい。
「……ごめんね。私にはこの道しかないから」
苦虫を噛み潰したかのように表情を険しくする家入は優しいな。
頭を撫でればサラサラとして指通りがいい。
「家入は本当に気にしなくていいことだよ。
呪術界の小さな家ではよくあること。
私一人だけがこんな扱いじゃない」
当たり前なんだ。
家の中での格差。外での格差。
「親に恵まれなかったと嘆くより
己の立場を理解して、己の立ち位置を理解して」
当たり前だからこそ、受け入れなきゃいけない。
逃げたところで私達は普通には生きられない。
普通とはかけ離れた私達の常識を偽ってもボロが出る。
「早く終わることを願うんだよ」
人生の終わりこそ解放だから。
生きていれば地獄しかない。
だからと言って自ら死を選ぶより、格好つけた理由の死が欲しいと今も生きる私は姉よりも臆病だ。
微妙な顔を浮かべたままの家入に理解してもらおうとは思っていない。
「私はこれでも自身は幸せな方だと思っているよ」
意味のある死を作ることが出来るから。
この言葉は飲み込んだ。
知らなくていい。
ニコリと笑う私に家入の方が悲しそう。
「家入」
「……はい」
「この世界は地獄だよ」
「クソなのは承知してます」
「家入にも少なからず降りかかる事だ」
女は呪術界で最も地位が低い。
家柄、術式、男尊女卑。
家入は他人に反転術式が使える貴重な存在だからこそ……学生の内から声をかけられるはずだ。
ただ、幸運とも言えるべきは……同じ同期に五条がいる。
五条家はまだ家督を継いでいないとは言え、ほぼ五条が次期当主として決定されている。
そして夜蛾先生が担任である。
「家入は家入自身を大切にね」
「説得力がありません」
「その方が反面教師になるだろう?」
「……先輩って五条の言うとおり死にたがりですね」
「死にたくは無いよ」
家入の言葉に笑う。
死にたい者などいないだろう。
死にたがりはどんな時であろうと死に急ぐだろ?
「生きたいから今日を生きている」
「言葉遊びじゃないですか」
不満げな家入。
その表情に笑ってしまい、手当ての御礼に頭を撫でた。
「ありがとう」
医務室を出ればタイミング良く私宛に任務が出来たと補助監督が小走りで寄ってきた。
あの人の事だから嫌がらせの任務だろう。
年老いても都合良くいかないと周りに当たり散らす大人にだけはなりたくないな、なんて思いながら補助監督についていった。
「クソだ」
苛立ちながら煙草を咥える家入。
「……当たり前、か」
「……まぁな」
外の壁に寄りかかりながら夏油と五条は空を見上げている。
「古臭い腐った風習が強く根付いているとこは沢山ある」
「だからと言って…」
「胸糞悪くてもこっちじゃ普通。
受け入れたくなくても受け入れなきゃいけねぇ」
「……悟がどうにか出来たりは?」
「……無理」
否、やろうとすれば出来る。
五条は御三家の一つだから。
「俺が無理矢理センパイの為だって動いたところであの人自身が変わらなきゃ」
望むのは死。
「ジジィだった婚約者が俺やその他に変わったところであの人は何も変わんねぇよ」
婚約を白紙にさせること。
その代わり名前の家との関わりを持つこと。
名前をあの家から離縁させる事。
いくらだって面倒だけどやれることはある。
「俺くらい強欲に堂々としてりゃいいのに」
「「それは困る」」
「あ?」
「悟、キミは少し自重というのを覚えた方がいい」
「同感」
「我が儘が過ぎれば暴君だよ?」
「クソガキ」
「お前ら誰の味方!?」
「苗字先輩」
呼ばれた名前にふと意識が浮き、瞼を開ける。
眉を下げて笑う後輩に、夢の中よりずっと老けたなと笑ってしまった。
「泣いてますよ」
「おや?」
言われて気付いた。
起き上がってポタポタと流れ落ちる滴に本当だとどこか他人事のように思う。
「怖い夢でも見ました?」
「……どうだろう」
怖くはない。
あの頃の自分に怖いものなど無かった。
「ねぇ、夏油」
「何ですか」
「キミは今、満たされているかい?」
「唐突ですね」
「……あの頃より私達はイキイキとしているけど、ぽっかりと穴が空いているよ」
笑えている。
やりたいことをしている。
夢がある。
人はソレヲ満ちていると言うだろうに。
「私達は間違っていない」
「勿論」
「選んだことに後悔もない」
「えぇ」
「………だけど」
寂しいな、だなんて。
口が裂けても言えない。
「弱音溢してもいいですよ」
「本当かい?」
ドカッと、胡座をかいて座った夏油は私に背を向ける。
そのまま持っていた古書に目を落としていた。
「私は読書に夢中なんだ」
「……いい男だね」
「硝子にはよくクズと言われたよ」
夏油の背中に背中を合わせる。
体重をかけてもビクともしない。
寂しい。
悲しい。
苦しい。
好き。
大好き。
……逢いたい。
ポロポロと出てくる言葉に意味は無い。
聞いて欲しい、伝えたい相手には届かない。
「……あの人も、私を想ってくれたらいいのに」
私なんて想わないで。
けど
忘れず心に留めておいて。
どんなに望んでも、こればかりは満たされない。
一度知ってしまった欲はどんどん大きくなり自分の意思とは正反対に膨れてしまう。
これが、恋なのか。
これが、愛なのか。
だとしたら苦しみも哀しみも全てが愛おしくなるのだから……重症だ。
「……夏油」
「はい」
「お前だけは私を止めるなよ」
「……勿論」
「ありがとう」
望んだ最期くらい好きにさせて
そう、感じられるのは破天荒な後輩達のおかげ。
淡々と任務をこなし、眠るだけの毎日から色付いたように騒がしい日々へ。
くだらない事を全力でする五条。
任務に同行する回数の増えた夏油。
部屋が近いから行き来するようになった家入。
毎日誰かしらが側に居て、私の世界は明るくなっていった。
ほんの少しだけ。今の期間だけなら……なんて思ったのがいけなかった。
「随分と楽しそうだな」
目をつり上げ此方を睨み付けるご老人の姿に心が冷えていく。
何でこんなところに、なんて口から出そうになったが青ざめて此方をチラチラ見ながらご老人にヘコヘコと頭を下げながら付き従う父親に呆れてしまう、
「こんにちは。今日はどのようなご用件で?」
「白々しい!!貴様、自分の立場が理解出来ていないのか?」
ご老体を無茶しながらドシドシと歩み寄ってきてはシワシワの手に杖を持ったまま振り上げていた。
「貴方に怒られる事をした覚えが無くて」
「貴様が若い男に現を抜かしていると報告があったぞ!!」
はて?何の話だと頭を傾げるが婚約者殿は頭に血が上って聞く耳など持たないらしい。
振り上げられた杖を振り落とされる。
ガッ、と額に感じる痛みに舌打ちしそうになったが婚約者殿は止まらない。
自分には妾が沢山いるというのにたかだか私一人に醜い執着心を見せる。
ツバと共に吐き出される暴言罵倒忠告をいつものことだと聞き流す。
適度に返事をしておけば苛立ちながらも粗方発散したからか落ち着いてきた。
「いいか?今後同じような報告があれば次は無いからな!」
「はい」
「術師としての才能があったから今、こうして此処に居ることを忘れるな。
お前の本来の仕事は私に尽くすこと。そうだろう?」
「はい」
「お前の姉の方が美人で器量も良かったのに姉がくだらぬ事をしでかしたのだから。
お前が責任を持って姉の尻拭いをしなきゃならない」
「はい」
「……忘れるな。お前は私のだ」
父親と共に去っていった婚約者殿に溜め息しか出ない。
相変わらずクソだな、と額を触れば少し血がついた。杖の金具でも当たったかな……と血を見て思い出すのは姉の姿。
少し年の離れた姉は妹の私から見ても綺麗な人だった。
その代わり、術師としての才能はほとんど無かった。
術師の訓練を免除される姉を少し恨めしく思っていた頃もあった。
私は痛い思いをしなきゃいけないのに、姉はチクチクと裁縫をし、術師の歴史を学ぶ代わりにコトコトと料理をする。
姉妹なのに何でこんなにも違うのかと思っていたが………いざ結婚すると決まり、白無垢を着て綺麗な顔をより際立たせた化粧をした姉はとても綺麗で魅入ってしまった。
にこりともせずどこか遠くを見つめ……私を見て姉は嗤った。
目はドロリと溝に沈んだように濁り、口元は裂けるのではないかと思うほどつり上がる。
夢など持つな。
夢など見るな。
幸せを願うな。
幸せになろうとするな。
夢は夢で現実は変わらない。
どんなに足掻いても無理だ。
ーーーお前に未来などない。
母が止める間も無くどこに隠し持っていたのか喉を突き刺して切り裂いた姉はみるみる真っ赤に染まっていった。
叫び声を上げる母に慌ただしくなる屋敷。
ビクビクとする姉は濁った瞳で最期まで私を見ていた。
姉は最期に私を呪って死んだ。
婚約者殿は姉をたいそう気に入っていたので姉に劣る私は仕方無しに選ばれた代役。
姉のような美しさの無い私に、姉を手に入れられなかった僻みをぶつけるしかないのだ。
己の立場上、反抗した所で縁を切れるわけでもない。
私は子供だから。
駄々をこねても大人によって抑え込まれる。
ならば姉の言葉通り何も望まなければいい。
幸せになろうとしなければ不幸にはならない。
不幸だと思わなければ、当たり前だと受け入れれば………。
「うわ、気分悪っ」
ふと聞こえた声に意識を戻す。
紫煙を風に靡かせ眉間にシワを寄せる家入に嫌なもの見せてしまったな。
「先輩大丈夫?」
「いつものことだから」
「傷見せてください」
「平気。もう血は止まってるよ」
家入の力を使うほどではない。
私よりも重症患者なんていつでも現れる。
此処はいつだって死に近く、死に満ちた場所だから。
「平気かどうかは私が決めます」
手を引かれ医務室に連れられ、座らせられてテキパキと消毒され傷を見られる。
幸い場所が出血しやすかっただけでたいした傷ではない。
ガーゼを当てられたが大袈裟過ぎると断った。
「……聞いてもいいですか」
「聞かない方がいい」
何か言いたげに口を開こうとして閉じた。
それでいい。
聞いても胸くそ悪い話であり、子供ではどうにもならない。
「先輩は抗わず受け入れるんですね」
「そうだよ」
「なんで」
「抗えば抗うほど苦しくなるのは自分だから」
自分で自分の首を絞め続け、苦しいと、悲しいと、助けてと叫ぶのは独りよがりだ。
小説のように都合良く助けに来てくれる仲間も、王子様も、ヒーローもいない。
「私の物語に正義は無い」
多くを望まず最低限の生活が出来ればいい。
小さな幸せを噛みしめ、大事にすればいい。
望まず、願わず、欲しがらず。
自身に関する欲を捨てればいい。
「……ごめんね。私にはこの道しかないから」
苦虫を噛み潰したかのように表情を険しくする家入は優しいな。
頭を撫でればサラサラとして指通りがいい。
「家入は本当に気にしなくていいことだよ。
呪術界の小さな家ではよくあること。
私一人だけがこんな扱いじゃない」
当たり前なんだ。
家の中での格差。外での格差。
「親に恵まれなかったと嘆くより
己の立場を理解して、己の立ち位置を理解して」
当たり前だからこそ、受け入れなきゃいけない。
逃げたところで私達は普通には生きられない。
普通とはかけ離れた私達の常識を偽ってもボロが出る。
「早く終わることを願うんだよ」
人生の終わりこそ解放だから。
生きていれば地獄しかない。
だからと言って自ら死を選ぶより、格好つけた理由の死が欲しいと今も生きる私は姉よりも臆病だ。
微妙な顔を浮かべたままの家入に理解してもらおうとは思っていない。
「私はこれでも自身は幸せな方だと思っているよ」
意味のある死を作ることが出来るから。
この言葉は飲み込んだ。
知らなくていい。
ニコリと笑う私に家入の方が悲しそう。
「家入」
「……はい」
「この世界は地獄だよ」
「クソなのは承知してます」
「家入にも少なからず降りかかる事だ」
女は呪術界で最も地位が低い。
家柄、術式、男尊女卑。
家入は他人に反転術式が使える貴重な存在だからこそ……学生の内から声をかけられるはずだ。
ただ、幸運とも言えるべきは……同じ同期に五条がいる。
五条家はまだ家督を継いでいないとは言え、ほぼ五条が次期当主として決定されている。
そして夜蛾先生が担任である。
「家入は家入自身を大切にね」
「説得力がありません」
「その方が反面教師になるだろう?」
「……先輩って五条の言うとおり死にたがりですね」
「死にたくは無いよ」
家入の言葉に笑う。
死にたい者などいないだろう。
死にたがりはどんな時であろうと死に急ぐだろ?
「生きたいから今日を生きている」
「言葉遊びじゃないですか」
不満げな家入。
その表情に笑ってしまい、手当ての御礼に頭を撫でた。
「ありがとう」
医務室を出ればタイミング良く私宛に任務が出来たと補助監督が小走りで寄ってきた。
あの人の事だから嫌がらせの任務だろう。
年老いても都合良くいかないと周りに当たり散らす大人にだけはなりたくないな、なんて思いながら補助監督についていった。
「クソだ」
苛立ちながら煙草を咥える家入。
「……当たり前、か」
「……まぁな」
外の壁に寄りかかりながら夏油と五条は空を見上げている。
「古臭い腐った風習が強く根付いているとこは沢山ある」
「だからと言って…」
「胸糞悪くてもこっちじゃ普通。
受け入れたくなくても受け入れなきゃいけねぇ」
「……悟がどうにか出来たりは?」
「……無理」
否、やろうとすれば出来る。
五条は御三家の一つだから。
「俺が無理矢理センパイの為だって動いたところであの人自身が変わらなきゃ」
望むのは死。
「ジジィだった婚約者が俺やその他に変わったところであの人は何も変わんねぇよ」
婚約を白紙にさせること。
その代わり名前の家との関わりを持つこと。
名前をあの家から離縁させる事。
いくらだって面倒だけどやれることはある。
「俺くらい強欲に堂々としてりゃいいのに」
「「それは困る」」
「あ?」
「悟、キミは少し自重というのを覚えた方がいい」
「同感」
「我が儘が過ぎれば暴君だよ?」
「クソガキ」
「お前ら誰の味方!?」
「苗字先輩」
呼ばれた名前にふと意識が浮き、瞼を開ける。
眉を下げて笑う後輩に、夢の中よりずっと老けたなと笑ってしまった。
「泣いてますよ」
「おや?」
言われて気付いた。
起き上がってポタポタと流れ落ちる滴に本当だとどこか他人事のように思う。
「怖い夢でも見ました?」
「……どうだろう」
怖くはない。
あの頃の自分に怖いものなど無かった。
「ねぇ、夏油」
「何ですか」
「キミは今、満たされているかい?」
「唐突ですね」
「……あの頃より私達はイキイキとしているけど、ぽっかりと穴が空いているよ」
笑えている。
やりたいことをしている。
夢がある。
人はソレヲ満ちていると言うだろうに。
「私達は間違っていない」
「勿論」
「選んだことに後悔もない」
「えぇ」
「………だけど」
寂しいな、だなんて。
口が裂けても言えない。
「弱音溢してもいいですよ」
「本当かい?」
ドカッと、胡座をかいて座った夏油は私に背を向ける。
そのまま持っていた古書に目を落としていた。
「私は読書に夢中なんだ」
「……いい男だね」
「硝子にはよくクズと言われたよ」
夏油の背中に背中を合わせる。
体重をかけてもビクともしない。
寂しい。
悲しい。
苦しい。
好き。
大好き。
……逢いたい。
ポロポロと出てくる言葉に意味は無い。
聞いて欲しい、伝えたい相手には届かない。
「……あの人も、私を想ってくれたらいいのに」
私なんて想わないで。
けど
忘れず心に留めておいて。
どんなに望んでも、こればかりは満たされない。
一度知ってしまった欲はどんどん大きくなり自分の意思とは正反対に膨れてしまう。
これが、恋なのか。
これが、愛なのか。
だとしたら苦しみも哀しみも全てが愛おしくなるのだから……重症だ。
「……夏油」
「はい」
「お前だけは私を止めるなよ」
「……勿論」
「ありがとう」
望んだ最期くらい好きにさせて