君の一番になれたら
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「なぁ」
「何」
「好き」
いつも通りの暇潰し。
いつも通りの日常。
そういった雰囲気も無ければそんな気配すらなかったというのに……。
「五条、甘味は持っていないけど」
あるのは私の報告書だけた。
「好き」
「何のゲームを始めたんだ?」
「照れたら駄目ってやつ」
「へぇ?」
本気にした?とケラケラ笑う後輩の腹立つこと。
「それ、他の女の子にもしてるだろ」
「遊びじゃん」
「君の顔だけで落ちる単純な女の子達が可哀想だ」
「傑の方がひでーよ?」
質の悪い遊びにハマったらしい。
五条は楽しそうだが、ゲーム内容は楽しいものではない。
「好きとか愛してるなんて臭い台詞言うわけねーじゃん」
「……君達の言葉はスカスカそうで重みがないもんね」
「心を込めて言ったのに」
「心が込もっているならそもそもゲームにしないよ」
つまんないと拗ねだした五条に呆れてしまう。
「センパイは恋愛にすげー夢見てそう」
「女の子だからね」
「恋愛っつってもヤルことしたい口実だろ」
「価値観は人それぞれさ」
随分と極端な話に恋愛って何だっけ?と思ってしまった。
そもそもなぜ恋話らしきものを後輩としなきゃいけないんだ。
「なぁ、センパイは?どんな恋したいの?」
「……恋話、楽しいか?」
「暇だから」
「暇潰しに語らないよ」
「ケチ」
「……そもそも恋愛なんてする意味も無いだろう?
私も、君も」
家柄で決められ、こちらの意思など関係無く進められる。
「恋愛は普通の子が楽しむものであって私達には関係無い」
「つまんな」
「『ウチの彼がさぁ、友達と浮気してるみたいなんだけどどう思う?』なんて話したい?」
「……何それ。詳しく」
「さぁ?この間すれ違った女子高生がカフェで神妙な顔しながら言ってたから」
「友達が浮気相手のパターンか」
「修羅場じゃん。こわっ」
息抜きに寄ったカフェの真後ろの会話だった。
相談相手の友達が浮気相手だったのかどうか聞く前に立ち去ったけど。
「寝取り、浮気、妾の子、年の差婚……ドロドロに煮詰まったクソの歴史の闇に生きるクソな血筋にまともな恋愛って難しくない?」
「まともとは?」
「子が出来るまで襲い続ける」
「クソじゃん」
「だからクソって言ってる」
ケラケラお腹を抱えて笑う五条。
私達の間にまともなど無い。
「夏油ならまともな正解わかるんじゃないか?」
「傑も結構酷いぜ?こないだ大人のお姉さんホテルにお持ち帰りしてたし」
「若いね」
「言い方がババァ」
書き上げた報告書を手に先生の元へ届けなければならない。手書きがとにかく面倒なのでパソコンや携帯で簡単に打ち込める方式にならないだろうか?
立ち上がれば五条によって腕を捕まれる。
「センパーイ」
「何?」
「興味ねぇ?」
「何が?」
「まともな恋愛」
ニヤニヤとしている五条。
「君の興味本位に巻き込まないで」
「硝子は絶対やってくんねーもん」
「漫画喫茶で少女漫画読み漁りな」
「読んだら実戦させて」
それ、どんな罰ゲーム?
「センパイ、卒業したら家に戻るんだろ」
「そうだね」
「じゃあ今しかねぇじゃん」
「何が?」
「恋愛」
今日の五条は恋話がしたいらしい。
五条の言葉に笑ってしまう。
「それ、何か意味ある?」
今の私に必要な事か?
遊びを本気でしろと?
「何に影響されたのかわからないけど、そういう遊びは楽しくないよ」
「怒ってんの?」
「怒ってない。呆れてる」
色々な遊びをしてきたが、これは違う。
「他の遊びなら付き合うよ」
じゃあね、と置いていけば五条はついてこなかった。
どうせありきたりなドラマか漫画に影響されたのだろう。
「………ハッピーエンドなんてこの世界には無いよ」
私達は呪術師だ。
普通の非呪術師ならば素敵な恋物語があったかもしれないが……私達に普通は無い。
夢見ることに罪はないけど
夢を持ってハッピーエンドを願っても叶わないなら最初から持たない方がいい。
「苗字先輩、悟に何か言いました?」
夏油との任務中、ふと思い出したように聞いてきた。
何かては?と頭を傾げるが……思い当たる事はない。
「なんで?」
「悟が最近元気無いんで」
「そう言えば最近会ってないな」
ゲームのお誘いも無い。不意打ちの悪戯も無い。そもそも数日顔を会わせていない。
「五条の元気の無さに私関係無いと思う」
「ありますよ」
「まさか」
「最近の悟のブームは苗字先輩弄りなので」
にこり、と笑顔で告げてくる夏油。
ジトリと睨み付けてもニコニコとしている。
「で?何がありました?」
「君達、変な遊びしてないかい?」
「?」
「恋愛ゲームしようって言われたのを断っただけ」
「恋愛ゲーム?」
「恋愛したいらしい」
夏油のお陰で終わった任務。
夏油も何のことだ?とでも言いたげに頭を傾げている。
「あの悟が?」
「好きだよゲームからの恋話からの恋愛しようよって言われて、はい喜んでってなる?」
「……………」
「こっち見なよ」
「………ちょっと待ってクダサイ」
「君が変な知恵いれたんじゃないかい? 」
プルプルと身体を震わせ顔を背けている。
「一般人に刺されない遊び方しなよ」
「何のことでしょう?」
持ち直したのか、ニコニコ笑っている。
しらばっくれる気らしいが、まぁいい。
「付き合えばいいじゃないですか」
「やだよ」
「若い恋愛なんて簡単に付き合うし、くだらないことで別れますよ」
「普通ならね」
「付き合った相手と一生を添い遂げるわけじゃないんですから、そこまで深く考え無くてもいいかと」
「普通ならね」
「苗字先輩恋愛に夢見てる系ですか?」
クスクスとからかうような言葉にチクリと胸が痛む。
「おや?」
「………」
夢。夢か。
「夢を見れたらいいけど……夢から覚めたくなくなる」
笑って。
楽しんで。
傷付いて涙して。
「心から誰かを愛せたら……それだけで、幸せなんだろうね」
たった一人を愛せる事。
「私にはわからないや」
人に恋する楽しさも。
人を愛せる幸せも。
「夢を見てるから楽しくなるし、幸せになれるだけ。
恋してる自分に酔っているだけ。
脳内麻薬に侵されて浮かれてるのはさぞや幸せで楽しそうだ」
「……そんな酷い解釈初めて聞きました」
「夢を見るってそういうこと、でしょ?」
「恋は脳内麻薬……、適切な表現ですね」
「恋に馬鹿になるくらい溺れてしまえば幸せなのかなぁ」
「破滅しますよ」
「夏油に恋した子は破滅しそう」
「酷い」
愛して、愛されて。
自分以外の誰かを大切に想い、大切に想われ。
誰かの為に傷付き涙することすら愛しくなれるなんて………想像すら、出来ない。
「……苗字先輩は一途そうですね」
「そうかい?」
「一途過ぎて、浮気性の悪い人に騙されそうです」
「………」
「落ちると駄目なタイプですね」
「夏油は浮気性の駄目な悪い男タイプか」
「堕ちてみます?」
「……君、絶対その内刺されるよ」
うまくやります、なんて笑って言うから本当かどうかわからない。
「悟も似たタイプかと」
「嘘だ。五条も浮気性の悪い男」
「あぁ見えて悟、ピュアですよ」
「えぇ……」
「初恋すらまだしたことない、本当の恋愛を知らないんですよ」
可愛いですよね、なんてニコニコ笑っている。
同じ年だろう、と言いたいが夏油の方が恋愛上手な気もする。
「恋愛初心者同士で楽しむのもありかと」
「夏油。君、さては楽しんでいるな?」
「はい」
肩を叩くと声を出して笑う夏油。
人をからかうな、と再び叩けば楽しそうに笑っている。
「私からもオススメしますよ」
「そんなゲームは楽しくないからしない」
「苗字先輩は恋愛した方がいいと思います」
「まだ言うか」
「だって苗字先輩、この世に何も未練が無さそうだから……一つぐらい、後悔しそうなもの作った方がいいかと」
夏油の言葉に歩いていた足を止めた。
「……後悔したら、苦しいでしょ?」
「今もこれからも苦しいなら、大切な思い出くらいあってもいいじゃないですか」
自分の事じゃないはずなのに、夏油が苦しそうな顔をする。
「君達はおかしいね。
他人事として気にしなければいいのに」
「野次馬で聞いたら胸糞悪すぎたので」
「………同情はごめんだよ」
「ならその寂しそうな顔をやめた方がいい。
苗字先輩は寂しいと表情を失くすって悟が言ってた」
可哀想なんて言わないで。
私が必死に気づかないふりしているんだから。
知らないふり、していればいいのに。
「……帰ろ」
「悟に声掛けてやってくださいね」
優しい子。
私には無い、人を思いやれる気持ちがある。
夏油と帰って何度も夏油の言葉を頭の中で繰り返す。
モヤモヤと胸の奥を抉られているような気分だ。
気分転換にと窓を開けて煙草に火をつけた。
「……おかえり」
「うっわ!?」
危うく煙草を落とすところだった。
窓の下に壁に寄りかかってしゃがむ白い髪。
「……いつから?」
「俺の存在に気付かないくらい何考えてたの?」
「……何時から居たの」
答える気は無いみたいだ。
ふいっと顔を背けてしまった五条は拗ねた子供だ。
肺に煙を吸い込み、吐き出せば少しだけ驚きざわついた心中が落ち着いていく。
「センパイはさ」
「ん?」
「一生そうやって生きていくの?」
五条の唐突な言葉に頭を傾げる。
そうやってとは?と脈絡の無い問いに本気で意味がわからない。
「子供産むための道具でいいのかよ」
「あぁ、それか」
「……他に何あんだよ」
ジロリと睨まれるが、私の答えは決まっている。
「そうやってしか生きられないからね」
私が望んでも、望まなくても。
私のシナリオは決まってしまっている。
「五条には関係無いことさ」
恋バナがしたかったとしたら申し訳ない。
私に語れることは無い。
昼ドラ並みにドロドロな話は出来るかもしれないが。
「関係、ある」
「関わるな」
「だって俺、センパイのこと気になるから」
「……は?」
可愛くない返事をした自覚はある。
一体何があってそんな気になったと?
「俺じゃダメ?」
「火遊びは仲間内でやるもんじゃないよ」
「………」
「五条も刺されない……だろうけど、女の子遊びはほどほどに」
質の悪い遊びだな。
五条の顔でなら女の子だって選び放題だろうに。
手を伸ばしてふわふわな髪をポンポンと撫でる。
「五条の遊びに私は答えられないよ」
愛してあげられない。
好きになってあげられない。
ごめん、と謝ることではないはずだけど口から謝罪の言葉が出る。
「私じゃなくても代わりは沢山いるだろ?」
ごめん。ごめんな。
意味の無い言葉を伝えれば、突然頭を撫でていた手を引かれて窓から落ちそうになる。
煙草の火が危ないと五条から遠ざけるように離せば、ふにりと柔らかな何かが唇に触れた。
「代わりじゃないっ」
「ご、じょう…?」
「代わりじゃない」
ギラギラと飢えた獣のような煌めきと熱。
「……五条は変わってるね」
「センパイのが変」
「私は君を愛せないよ」
「それでもいい」
あぁ、熱いな。
五条が何を思っているかわからない。
なぜ?どうして?って頭がぐるぐるするのに目が離せない。
「センパイが俺を愛せないなら、俺がその倍愛すから。
センパイの弱さも、悲しみも、欲も、喜びも全部俺に頂戴」
「………嫌だよ」
「俺も嫌。欲しい」
目頭が熱くなる。
恋愛なんて、無理だよ。
望むなんて、無理だよ。
私にはいらないもの。
「今のセンパイを俺に頂戴」
私よりもぷるぷるな唇だな、なんて思ってしまう。
私は何も無いからあげられないのに。
「………結局、愛しきれなかったなぁ」
「何の話ですか?」
菜々子が髪をすきながら覗き込んでくる。
大きくなったなぁ、と思いながら頭を撫でれは嬉しそうに笑っている。
「菜々子と美々子が夏油の事大好きって言うから」
「「名前様も大好き!」」
「ありがとう二人とも」
「………名前様も、大好きな人いる?」
「うん。いたよ」
大好き。
大好き。
大好きになって、大好きで。
「ずっと愛していたかった」
一生に一度の恋でした。
一生に一度の愛でした。
「あの人の代わりなんていらない。
あの人だけが特別だから」
私は全て捨てて、今此処にいる。
「……いいなぁ」
「そう?重いよ」
「名前様に想われていてズルい」
「ずるーい!!夏油様よりも特別なんてズルい」
「二人は夏油が大好きだもんね」
二人の頭を撫でる。
いつの間にか私と同じ背丈まで成長した双子に離れた月日の長さを感じると共に、子供はあっという間に成長してしまう寂しさがある。
「名前様」
「なぁに?」
「……名前様、うちら夏油様の事も大好きだけど」
「名前様の事はその次の次くらいに大好き」
「嬉しいな」
「だからっ!あのっ」
「ありがとう。私も二人の事大好き」
うるうると涙をためる二人を抱き締める。
つられて泣けてしまう。
昔は涙一つすら流せず、この悲しみや苦しみや痛みも知らなかった。
喉がひきつる。
鼻の奥が痛い。
目が熱い。
泣くということがこんなにも大変だったなんて知りたくなかった。
「大好きだから」
ーーーその先の言葉を言わないで。