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「姉さん」
「オマエに姉と言われる筋合いねぇよ」
大好き。
「お姉ちゃん」
「……馬鹿。アンタも真希も馬鹿よ」
大好き。
「二人とも大好き」
生まれ落ちた時から窮屈な世界だった。
女として生まれた時点で私の運命は決められ、私の意思など関係無いと切り捨てられる。
そんな中、私の声を、私の意思を聞いてくれるのは2人の姉だけ。
姉達は我が家の中では粗末な扱いをされた。
特に呪霊さえ見えない姉さんの扱いは酷いもの。
身内から馬鹿にされ、女中よりも格下……虐めなんてものではおさまらない。
差別されながら毎日を送る。
「オマエはあの二人のようになるなよ」
「アナタはあの二人のようになっちゃ駄目よ」
両親でさえ二人の姉を差別する。
この家にとって持たない者に権利は無い。
相伝じゃ無い。
男じゃない。
術式が無い。
呪力が無い。
見えない。
無いもの尽くしの人間は人間として扱われない。
そんな狭い世界の中で存在を殺して生きる。
なのに、姉さんは違った。
こんな世界がおかしいと抗う度父に、母に、従兄弟達に嗤われ、地に転がされ、傷を作っても心は折れず敵を睨み付ける。
もう一人のお姉ちゃんを守るために。
周りから何を言われても折れない姉さんは美しい。
誰よりも強く気高く逞しい姉さん。
誰よりも気弱で優しいお姉ちゃん。
強くて、優しい二人の姉。
私はそんな姉達の背をいつも追いかけていた。
「あ"っ」
転んで擦りきれた膝から血が滲む。
痛みに目から溢れる涙を拭う。
「ほら、名前」
「真希姉さんっ」
「痛そう……大丈夫?名前」
「真依お姉ちゃんっ」
私を立たせてくれる真希姉さん。
砂ぼこりを払ってくれる真依お姉ちゃん。
二人の後を追いかけて同じ事をしたくて、二人の後ろをついて歩く。
「馬鹿。オマエまで一緒に来てんじゃねーよ」
「駄目よ。私達と居たらアナタまで」
「大好き。姉さんもお姉ちゃんも大好きだよ」
1つしか違わないけど、私にとって大切で大好きな二人の姉。
父よりも母よりも大切な私の家族。
三人で皆の目を掻い潜り、呪霊から逃げ、こっそりおやつを食べて笑い合う日々がずっと続けばいいと思っていた。
なのに………
私は姉達と違って呪力も術式もあった。
姉達より少しだけ格上の扱いに、父と母は姉達から引き離した。
姉達も私を避けるようになった。
大好きなのに、家が許してくれない。
私なんかよりも姉さんの方が凄いのに。
私なんかよりもお姉ちゃんの方が器用なのに。
たかが呪力と術式のせいで、私達は区別され、扱いを家が決める。
家族として在りたいのに、家族としていられない。
私はただ、大好きな姉達と一緒に居たいだけなのに。
「顔と身体がええなら抱いてやる」
「胎として大人しく身体を差し出すとは思わんがな」
「所詮は女だ」
「男を知れば大人しくなる」
父の話にゾッとした。
会議中母とお茶を持って行ったら聞いてしまった。
この人達は何を言っているの?
姉達の話ではないと己に言い聞かせる。
大丈夫。きっと他の婚約者の話だ。
この家には他にもっと女の人達がいる。
外からも婚約者候補が入ってくる。
きっと、違う。
この話はいつもある話のはずなのに……どうして嫌な予感がするの?
どうして……
「呪力も術式も無い出来損ないが出来る唯一の仕事だ。
文句など言わせん」
「ひゃー!!おっかない父やね」
「人としての責務を与えてやっているだけだ」
母を見上げても母は何も思っていない。
あぁ……この家に姉達の味方など一人もいないのだと悟った。
どこかで期待していたのが馬鹿馬鹿しい。
この人達にとって私達は道具でしかない。
次期御当主を狙う兄弟や息子達。
女はどんなに優れていても最初から同じ土俵に立てない。
馬鹿にして、蔑んで、自分よりも下だと決め付けて嘲笑う。
敵であり、味方ではない。
守ってくれる人なんていない。
家族なんかじゃない。
ならば、私は……私の"家族"を守るために歩こう。
「お父様」
「名前か」
「人ではないものを皆様に宛がうなんてお父様の足を引くだけです」
ごめんなさい。
ごめんなさい、姉さん。お姉ちゃん。
嫌な妹でいい。
妹と思わなくていい。
「姉達を胎になどお相手様方もお困りになられるでしょう?」
姉達に触れるな。
オマエ達が触れていい存在なんかじゃない。
姉達に触らせるか。
あの二人はオマエ達が汚していい存在じゃない。
「ふむ……」
「再び産み落とされる子の可能性など知れておりましょう」
オマエ達の道具じゃない。
オマエ達の玩具じゃない。
オマエ達が好きにしていい存在じゃない!!
「へぇ……名前ちゃんやったっけ?
キミが遊んでくれるん?」
触らないで。
渡したくない。
汚さないで。
身を落とさないで。
諦めないで。
泣かないで。
姉達が前に進むなら、姉達の背を押そう。
姉達の先行く邪魔をするのなら私が阻止しよう。
例え姉達が望まなくても。
「私でよければ遊んでください。
姉達とは違って呪力も術式もございますので」
この身が汚されようと構わない。
姉達が心身共にこの畜生共に食い荒らされるくらいなら喜んで私が食われよう。
たかがこの肉1つで畜生共が大人しくなるなら安いものだ。
「沢山可愛がってください。
姉達に手を出さずとも私でよければ」
姉達の後を歩くのを止めた。
代わりに綺麗に着飾って男の喜ばせ方、男に好かれる方法を学んだ。
姉達が畜生共の視界に入り込む前に気を逸らし、その腕に絡み付いて耳に口を寄せる。
常に姉達の行動を予測し、対処するまでには時間が掛かった。
最初は何度もしくじって姉達を危険な目に合わせた。
その度に謝りに行けない私はそっと救急箱を姉達の部屋に置く。
姉さんが反抗しご飯を抜かれた時は必ずお姉ちゃんが自分の分を半分渡すから私の分を姉達の部屋に置いた。
姉さんはお姉ちゃんの為に。
お姉ちゃんは姉さんの為に。
2人で支え合う二人を支えるのが妹としての私の役目。
だから全く苦では無かった。
例え、姉達から嫌われても。
「くっ」
「雑魚がデカイ口叩くな」
砂利に姉さんを転がし、その上に足を乗せる直哉。
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ己が強いと周りに見せ付ける。
周りも地べたに転がされる姉さんを見て嗤う。
「直哉様」
腕に絡み付いて、胸を寄せる。
普段よりもずっと甘い声を出して名を呼ぶ。
「弱い者虐めをして楽しいですか?」
「名前っ」
「名前ちゃん居らんかったから暇潰しに稽古つけてやっとったんやで?」
「わぁ!直哉様はお優しゅうございますね!
ごめんなさい。父に呼ばれておりました」
「ふーん。ま、えぇわ」
甘えるように胸元にすり寄る。
頭を撫でられれば腰に腕を回してピッタリと引っ付く。
「売女かよ」
「はー、ほんま可愛くないなぁ、真希ちゃんは。
妹の名前ちゃんはこーんなに可愛いらしいのに」
「男に媚び売るしか能のねぇ尻軽女なんか知らねーよ」
姉さんが一番嫌う方法。
自分の保身の為に身体を使う。
だから私は姉さんに嫌われている。
お姉ちゃんは何か言いたそうに見てくるが何も言わず目を背けている。
だから私はにこりと笑って姉さんに手を伸ばす。
久方ぶりに触れた姉さんの肌は傷だらけ。
私があの人なんかに捕まっている間にどれだけ一方的に遊ばれたのか……。
畜生への怒りに震えないよう心を押し殺し、姉さんへの謝罪の代わりに肌を撫でる。
私に反転術式があればこんな傷どうにでも出来たのに……。
傷口に触れてしまったのか、痛そうにピクッとする姉さんに笑う。
「羨ましいですか?姉さんじゃ出来ない事ですからね」
「ははっ!!実の姉に酷いこと言うなぁ」
ギッ、と睨み付けてくる姉さん。
いい。姉さんはこんなこと絶対にしないで。
私を許さないで。
私は姉さんに笑う。
「悔しかったら口先ばかりではなくお力をつけてくださいな。
何も無い姉さんが弱いまま吠えるから皆様の目につくんですよ?」
「テ、メェッ!!」
「あら怖い。
弱い方がどんなに素晴らしい理想を掲げようと生き方は選べませんよ、姉さん」
こう言えば姉さんは嫌いな私に笑われ無いようより強さを求めるでしょう?
姉さんは強さに貪欲だから。
自分の弱さを認めて、己の弱さを越えられる人だから。
「行きましょう、直哉様」
「えぇよ」
姉さんを置いて直哉様に引っ付いて行く。
周りの女達が妬ましそうに目を向けるのでにこりと笑っておく。
嫉妬しろ。
憎め。
私をみろ。
お前達のような畜生が姉達を自分より格下だと笑うならば、私がお前達を笑ってやる。
可愛がっても貰えず、実力も無く、努力もしないくせに。
彼女達の事を憐れだとは思うが、自らの地位に安心し下を見付けては己が優位だと勘違いして虐めに加担し、何も行動しない畜生が吠えた所で何とも思わない。
「策士やねぇ。それとも天然?」
「?何のお話ですか」
「名前ちゃんは可愛ぇなって話」
「……ふふっ。直哉様にそう思って頂けるなんて光栄です。
他の怖いお顔をした女なんて見ないで……私を可愛いがってください」
周りの目など気にせず唇を重ねる。
姉さんの鋭く嫌悪を含んだ瞳に映る私は笑う。
汚い私を蔑んで嫌ってもいい。
この道を選んだのは私だから。
理解されようとは思っていない。
こうして守る事しか出来ない自分に時々酷く虚しくなる。
姉達は私に感謝などしない。
姉達は私を嫌う。
姉達は私から離れていく。
それでもいいと決めたのは私だ。
「健気やね。大好きな姉の為に自分の身体を差し出すなんて。泣けるわ」
「そんな事ありませんよ」
「お姉ちゃんに嫌われて可哀想な名前ちゃん」
「……可哀想だと思うなら直哉様が沢山可愛がってくださいな」
「ほんま、可愛ぇね。
自分の立場をよぉ理解しとるわ」
私の術式は戦闘には不向きだ。
"幸運"なんてどう扱えばいいんだと最初は御守りに付与する事しか出来なかった。
そんな術式で戦地に行けば瞬殺される。
体術はほどほどに出来るが、体術だけでどうにかなる任務なんてたかが知れている。
なので、私は戦闘に出なくても済むようにしてもらいながら、重宝されなくてはならない。
術式を自覚した時、使えない能力だと思っていたが今となってはありがたい。
父や母には付与に適しているとだけしか伝えていない。
姉達を守ろうと思ってからは自身の術式と向き合い試行錯誤の末……人にも付与出来ると分かったのはたまたまだ。
禪院家に来る任務に駆り出される中、畜生共を実験台にしていた時に判明した。
呪具にも、人にも、無機物であろうと"幸運"を付与出来る術式は思っていた以上の効果があったのだ。
最初は畜生の一人が死にかけたが私が付与した"幸運"により一命を取り留めた。
"幸運"が付与された呪具は性能が上がった。
御守りなどの無機物に付与した場合、持っているだけで何らかの"幸運"な出来事が。
それに目をつけた当主から呼び出され、自身の術式効果について話せばその力は許可無く使うなと制限された。
だから私も今後は当主だけに使うことを約束し、その代わり戦闘任務に行かない事。姉達に酷い事をしないこと。姉達を勝手に婚約させない事を条件に約束してもらった。
無理矢理かな、とも思ったが当主はそんな条件だけでいいならば約束しようとあっさりして拍子抜けしてしまった。
一回の"幸運"は効果が発揮されれば消えてしまう。
一回ならば込めるのは呪力だけで済むのだが……"幸運"を重ねる付与や"幸運"を継続させるには私自身に重い縛りをつけなければならない。
"奇跡"や"幸運"は必ず起こるわけではない事柄を私は意図して起こせるのだから。
私が他人に"幸運"を授ける分、私自身の"幸運"を貯めなければいけない。それが一つの縛り。
だから当主に可愛がられていれば発揮される能力だと嘘と本当を混ぜて話せば、畜生共から迂闊に手を出せないようにしてもらった。
術式だけで当主から寵愛されているだけでは足りないと考え、次期当主候補達に媚を売った。
女を下に見て同じ土俵に立てないと言うのなら
女を武器に権力者に媚を売るなどたいしたことじゃない。
呪術師としてのプライドなど最初から無いのだから、自分の持てるものを磨き、武器にした。
そうして手に入れた今の地位。
私の努力の結果を薄汚いと罵るものもいるが……私から言わせればお前達の努力が足りなかった結果だろ、としか思わない。
女だから出来る事。
男を喜ばせ、可愛がられ、地位を手に出来るのならばわざわざ死地に向かうよりもいいだろう。
そう……頭では思うものの、身体の痛みと怠さに動けなくなると嫌にはなる。
特に直哉様。
嫌味な事にあの人は動けなくして私の身体の後始末をお姉ちゃんに頼む。
汚れて意識の無い私をお姉ちゃんに頼むのだ。
「……お、姉ちゃ、ん」
「………っ」
あぁ、また今回もしくじった。
意識を保つよう心掛けるものの……直哉様は本当に意地が悪い。
身体を暖かいタオルで拭かれていれば少しスッキリとして落ち着いてくる。
「もう、いいよ。
後は自分でどうにか出来るからお姉ちゃんは戻って下さいな」
「……アンタ、どうしてこんなことっ」
私よりも苦しむお姉ちゃんは本当に優しい。私なんかの為に心を痛める必要なんて無いのに。
まだ怠さの残る身体に起き上がる体力は無い。
うつむくお姉ちゃんは歯をくいしばって耐えている。
「……ごめんなさい。そんな顔、させて」
「馬鹿よ……。こんなことしたって誰も救われない」
「………」
「アンタがそこまで堕ちたら私はそこまで堕ちきれないじゃないっ。
真希だって、黙っていればいいのに……っ。
どうしてアンタ達は勝手なの。
アンタ達が頑張らなければ私は頑張らなくて済むのに」
姉さんと私に挟まれてお姉ちゃんは窮屈そうだ。
姉さんが強くなるから追いかけて。
私が汚れていくから踏み止まって。
どちらにも行けず迷子のように迷っているお姉ちゃんは……苦しいとは思う。
けど、姉さんも私も迷わず突き進むからお姉ちゃんも立ち止まってはいられず……姉さんを追いかける。
堕ちる勇気が無いから、進むしかない。
残された道がハッキリしているのに強くなりたくないお姉ちゃんは何度も立ち止まってしまう。
「ごめん……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「アンタが堕ちる必要なんて、無かったのに!!
姉より先に……っ、どう、して…っ」
泣かせてしまっても。
傷付けてしまっても。
軽蔑されてしまっても。
「大好きだから」
「っ!!」
「他に、理由なんて……無いよ」
大好き。
大好き。
私の強くて優しい姉達。
私の大好きな家族。
姉さんもお姉ちゃんが大好きだから頑張るの。
私も二人が大好きだから頑張れるの。
「お姉ちゃん……大好き」
「……馬鹿」
「堕ちて来ないで。お姉ちゃんは綺麗なままでいて」
「馬鹿っ」
「……けど、お姉ちゃんが嫌じゃないなら。
頭、撫でて欲しいなぁ」
「……嫌いよ。アンタなんて」
涙を溜めて私の汚れた頭を撫でてくれるお姉ちゃん。
優しくて、不器用な私のお姉ちゃん。
どうか、堕ちないで。
どうか、諦めないで。
「私は大好きだよ。お姉ちゃん」
二人を守るには私じゃ力不足。
だから、私は私の戦い方を見つけ出しただけ。
術式を強める為に制限をつけた。
術式の付与を重ねる為に縛りをつけた。
何度も何度も重ねても術式の発動は一回だけ。
だからより強く。より複数の付与を条件付きで重ねた。
「姉さん」
「オマエに姉と呼ばれる筋合いねぇよ」
姉さんが出ていく事になった。
家を出て呪術師の学校に通う事にしたらしい。姉さんが当主になると当主に言って家を出ると言っていたから急いで追い掛けてきた。
「コレを」
「いらねぇ」
「妹からのせめてもの餞別ですよ」
「いらねぇ」
「……受け取って下さい。
姉さんが私を嫌いでも……私は姉さんが大好きだから」
何度も何度も複数に重ねた特別な御守り。
たった1度しか発動しない。
持っていなければ意味の無いものとなってしまう。
「変なもんじゃねぇだろうな」
「ただの御守りです」
「ハッ!!早死にしろって呪いでも籠ってんのか」
「内緒、です。
御守りの中身は見てはいけないって言いますよね?」
眉間にシワを寄せている姉さんに笑う。
「お元気で。
無理ばかりはオススメしませんよ」
「うるせぇよ」
「……姉さん。大好き」
最後に一度姉さん自身に"幸運"をそっと付与する。
余程の事が無い限り姉さんはこの家に近寄らない。
姉さんが納得する強さを身に付けるまで。
この"幸運"は直ぐに発動してしまうだろうが……姉さんは私の術式を知らないので気付かないだろう。
「……いいの?アイツ勘違いしたままよ」
「いいんです。姉さんは姉さん自身とお姉ちゃんの事でいっぱいいっぱいですから」
「何よそれ。大きなお世話だわ」
私の隣には忌々しげに表情を歪ませているお姉ちゃん。
お姉ちゃんも、この家から出てしまう。
「寂しくなりますね」
「どうだか。アイツも私もいないからアンタの気は楽でしょ」
「意地悪言いますね」
「………謝らないわよ」
「謝らないで下さいな。
この道を選んだのは私ですから」
お姉ちゃんにも同じ御守りを渡す。
「……使い方は?」
「一回だけです。条件が揃ってしまえば一回だけ発動します」
「代償は?」
「言えません」
「……ロクでもないものだって事はわかったわ」
「酷いですね。真心いっぱい愛情いっぱいの逸品ですよ」
お姉ちゃんは敏いからきっと分かってしまっている。
私の術式を唯一きちんと知る人だから。
「仕方ないから貰ってあげる」
「お姉ちゃん、大好き」
「……馬鹿。アンタも真希も馬鹿よ」
「姉さんがお姉ちゃんの為に。
お姉ちゃんが私の為に。
私は二人の為に。
大好きな家族の為ならなんて事無いです」
「私がアンタの為になんて何もしてないでしょ」
「私を嫌わないでくれているでしょう?」
「……嫌いよ、馬鹿」
お姉ちゃんにも付与を。
この狭い世界から飛び出した二人に祝福を。
願わくば……二人の行く先の学校でより良い仲間を得て楽しい生活を送って欲しい。
そう、願って。
姉達がいなくなっても生活は変わらない。
私のやるべき事を繰り返す毎日。
より私の地位をハッキリとさせ、周りを黙らせるだけ。
そんな日が続くと思っていたのに……。
12月24日
特級呪術師だった夏油傑の百鬼夜行。
東京と京都に放たれた呪霊。
禪院家も呪霊討伐の為に参加が決まっていた為、私は当主に付与を行おうとしていたのだが……突如身体中を鋭い痛みが走り……口から吐き出した大量の血。
「!?」
「敵襲か!!」
何が起きたかわからないまま、痛みで気を失った。
一週間程寝込んだが……姉のどちらかに何かあった事を察した。
お姉ちゃんに連絡すれば百鬼夜行中は待機だったと告げられ、だとしたら姉さんに何かがあったのだと。
慌てて姉さんに連絡を入れれば……舌打ちと共に元気だと告げられてホッとした。
それからは大きな出来事も無く年を越した。
私は姉さんたちの様に学校へ行く許可が降りなかったので今まで通り。当主の囲い子として当主の指示通り生きている。
最近だと直哉様が次期当主候補として名が上がり、直哉様のお付きのような存在に。
次期当主候補とはいえ当主はまだまだ現役。
当主の側に居て付与を行って思ったのは当主は態度が適当ではあるが……この家の誰よりも話を聞いてくれた。
父はいつも実力では劣らなかった。
当主になれなかったのは子供のせいだ、と言っていたが……直毘人様を見ていてよくわかる。
飲んだくれて適当で横暴な態度ではあるが……実力は勿論、癖の強い禪院をまとめあげる器のある人だ。
腐った考えに賛同しながら、呪力の無い姉さんの事を否定しない。実力を見てキッパリと姉さんを下に見ているんだ。
どんなに姉さんが強くても、術式の無い体術のみで兄弟達全員で戦うとしたら……男女の差を考えても姉さんは圧倒的に経験が足りていない。
呪力込みならば今は敵わない。
だけど……直毘人様は姉さんを否定しない。
最初から姉さんの可能性に目を向けず否定ばかりする父に当主の器など無いから選ばれなかった。
……飲んだくれてイビキをかきながら眠る直毘人様を見ていたら私の考え過ぎかとは思うが、私の要望を聞き入れて、たいした仕事もさせず、力を独占しようとしない直毘人様に絆されて畜生共よりはマシだという贔屓目はある。
私の平穏は直毘人様によって守られているのだから。
お姉ちゃんが度々帰って来てくれて心配してくれているが平気だった。
むしろ、姉妹校交流会の時に特級と対峙したと後から聞いた時には背筋が凍るような思いをした。姉達に命に関わる事は無かったと知りホッとした。
姉さん用に御守りを作り直している最中だったので早めに仕上げようと決めた。
そんな矢先……10月31日。
渋谷で大規模な帳が確認。
直毘人様も呼び出された。
当主直々に呼び出されるなど……去年の百鬼夜行を思い出してしまう。
「直毘人様、此方を姉さんにお届け願います」
「御守りか」
「此方は直毘人様に。
命に関わる一度きりです。……そのような事が無いようここでお待ちしております」
「いつもより念入りだな」
「……嫌な予感がします」
「必ず出会えるとは限らんぞ」
「……直毘人様なら姉さんに届けて下さると思っております」
どうか、ご無事で……と見送る。
今回は直毘人様にもいつもより付与を重ねた。
どんなに重ねても効果は一度きり。
私の幸運がどこまで効果を発揮するかまではわからない。
祈る事しか出来ない私を嘲笑うかのように、その痛みはやってきた。
「!?
名前ちゃん、しっかりしぃ!!」
「な、おや……さまっ」
「チッ!!医者呼べや!!」
突然の吐血に直哉様が対応してくれた。
痛みで意識が遠くなりそうになるが……直哉様の袖を引く。
「何や!」
「なお、び…と、さま……が」
「!! 爺に何かあったんか」
そのまま意識を飛ばした私は倒れてしまった。
次に目を覚ました時、世界は地獄かと思う程平穏とはかけ離れていた。
大量の非呪術師と呪術師の死亡
日本全体に呪霊が溢れ
最強と言われた五条悟が封印
今回の件は夏油傑、五条悟の共謀として五条悟の呪術界永久追放が決定
直毘人様は一命を取り留めたものの危篤状態
姉さんも危篤状態
最悪な事態の中、寝ていられないと思っていても思っていた以上に身体への負担が大きかった。
「起きた?」
「……な、おやさま」
「具合は?」
「……なおびとさま…は?」
「ついさっき逝ったわ」
「!!」
「次の当主は俺。つまり名前ちゃんは俺のもんや……って言いたいとこやけど残念ながら当主は伏黒恵くん言うらしいで」
「……え?」
「遺言」
眉間にシワを寄せた直哉様の言葉に頭を傾げる。
伏黒恵?誰だ、それは。
「安心しぃ。これから伏黒恵くんも虎杖悠仁も殺して来たるから。そしたら俺が当主やから。
名前ちゃんが俺以外の奴らに手渡るなんてあり得ん」
頬を優しく撫でていなくなる直哉様。
どうして見知らぬ人が当主となったのか経緯はわからない。
直毘人様が亡くなったというのなら真希姉さんは……?
身体を無理矢理動かして起き上がるも、何故か母が入ってきて私の身体を布団に戻す。
「お母様、何でっ」
「直哉様のご命令よ」
「姉さんは?お姉ちゃんは?無事なの?今どこにっ」
「貴女はゆっくり休みなさい。まだ調子が戻っていないのでしょう」
「お母様っ!!」
「貴女の気にする事ではありません」
ピシャリと冷たく遮られる。
「直哉様がお戻りになるまでこの部屋から出てはいけませんよ」
私の知らないところでどんどんと悪い方向に進んでいく。
何度も部屋の外に出ても必ず見張りがつけられていて戻される。
「姉さんっ。お姉ちゃんっ」
守りたい二人を守れず何の意味があるのか。
直毘人様がいない今、あの二人を守ってくれる人はいない。
「ただいま、名前ちゃん」
「直哉様、何が起こってるんですか?姉さんとお姉ちゃんは今どうしていますか!」
「なぁーんも心配する事無いわ」
「直哉様!!」
「全部終わるまでは名前ちゃん此処から出たらアカンよ」
「直哉様っ!!」
「逆らったら許さん」
部屋を閉められる。
外からじゃないと開かない部屋に何度もドアを叩くが出してもらえない。
必死に何が起こっているのかを考える。
禪院家にとって何が必要で、何が邪魔か。
伏黒恵がどういった経緯で禪院家当主の座についたのかわからないが、可能性としては相伝の術式を持っていて直毘人様と何らかの契約をしていて当主となった。
父や伯父や直哉様にとって例え相伝持ちでもひょっこり現れた伏黒恵を良くは思わない。
私の術式もどこまで遺言に残されていたのかわからないが、直哉様の執着から考えて私の術式は把握されていそうだ。
当主にのみ私の力の指示が出せる。ならば直哉様にとって私が伏黒恵の手に渡るのは納得いかない、というのはわかる。
それならば伏黒恵を殺しに行くと言って帰って来た時点で私は解放されるはずだ。
なのに監禁されてしまったということは伏黒恵を殺せなかったということ。
後は他に私を出歩かせたくない理由……そんなの姉達の事に決まっている。
姉達が何かをしようとしていて、私が姉達に関わると不味い事がある。だから監禁している。そう考えると少ししっくりくる。
じゃあ姉達は何をしようとしているのか……。
御三家の力量関係が五条悟がいなくなった事で崩れている。
現時点で一番力があるのは多分禪院だ。
ならば呪術界で優位でいられるよういたいと思っているはず。
五条悟がいない今だから……。
けど、今世の中は呪霊に溢れ五条悟がいれば解決しやすいはずなのになぜ永久追放?
追放ということは封印を解いた場合……その者は罰を受ける。
姉さんは五条悟と関わりがあった。
お姉ちゃんも多分関わっている。
もしも……もしも、二人が。
五条悟封印のために動き、それを禪院が良しとしなかったら?
五条悟を復活させようとした罪を理由に亡き者にするなど簡単にしてしまう。
「出して!!此処から出して下さいっ!!」
お願い。来ないで。
お願い。奪わないで。
お願い。お願い。お願いします。
私は何もいらない。
私はどうなってもいい。
大好きな姉さん。
大好きなお姉ちゃん。
「無駄な事はお止めなさい」
「無駄?何が無駄なの?」
「オマエはあの2人よりも賢く生きていればいいの」
「賢く?実の娘を道具としてしか見ていない生き方の何が賢いの?」
「口を慎みなさい」
「何をしようとしているの!!」
「オマエが知る必要はありません」
「答えて!!!」
扉の外にいる母に聞いても答えない。
そもそも扉の外にまだ居るのかもわからない。
強く扉を叩くが反応は無い。
「……行かなきゃ」
閉じ込められるということは姉さんかお姉ちゃんが此処にいる。
そして畜生共は二人を亡き者にしようとしている。
この部屋に窓は無い。
独房のような部屋の出入口は鍵の閉まった扉のみ。
「……直毘人様と縛りを結ばなくて良かった」
私の術式がどこまで通用するかわからない。
だが……私は大好きな二人の為に生きようと決めた。
扉に向かって術式を使う。
カチッ、と開いた鍵に扉を開けた。
私自身に術式を使い裸足なんて気にせず走り出す。
地下なんて来たことはない。
それでも私自身に使った幸運は何となく目的地へと導いてくれる。
地下深くに厳重に保管されてある武器庫。
その鍵はいつも施錠されているはずなのに開いている。
嫌な予感に扉を開けば……そこには血を流し倒れた姉達。
「姉さん……お姉ちゃん……」
「何故オマエが此処にいる」
「二人を傷付けたの?」
「戻れ。今なら見なかった事にしてやる」
「実の娘ですよ!?」
「親の足を引く子など必要無い」
その人の言葉に頭に血が上っていく。
期待していたわけじゃない。
情が少しでもあればいいと思っていたわけじゃない。
最初から切り捨てているとしてもこの人が少しでも親として自覚があるのなら……と思っていたのに。
「貴方が当主になれなかったのは貴方自身の器の狭さですよ」
「……何が言いたい」
「直毘人様が当主に選ばれて当然。
貴方も、甚壱様も、直哉様も、その兄弟も……当主の器にすらなれない小物よ」
「口を閉じろ」
「伏黒恵……彼、甚壱様のご兄弟の甚爾様の子ですよね?
貴方達が、貴方が一番馬鹿にしていた」
「黙れと言っているのが聞こえないか」
「馬鹿にしていたんじゃない。怖かったんですよね?非呪術師は自分達よりも下だと思っていたのに甚爾様は違った!!貴方達よりも強く、貴方達が甚爾様に喰われる可能性があったから!
だから貴方はその甚爾様と同じ可能性を秘めている姉さんが怖いんですよ!!」
「黙れ!!」
頬をかする刀身。
薄皮一枚で首に当てられる刃。
こちらを見下ろすその人を私は見つめる。
「貴方は自身の力を信じているが故に認めたくないだけ。
剣士として、呪術師として誇りがあることは結構。素晴らしい事ではありますが……他者の力を認められず自身の方が強いなどと妄想に囚われている小物が一族をまとめあげる器に選ばれるなどあり得ない事です」
「オマエに何がわかる。知ったような口振りで口を開くな」
「わかりますよ。ずっと見てきましたから」
ただ、甘えているだけじゃ足りない。
ただ、可愛がられているだけじゃ足りない。
ただ、身体を許すだけじゃ足りない。
「貴方は子供達に自身の不満をぶつけていただけ。子が足を引く?いいえ。
貴方が当主になれなかったのは貴方自身が人を見る目も無く、臆病で卑怯な小物だったから」
「黙れ!!」
風圧により身体全体に刃が走る。
身体を切り裂く痛みを歯を喰い縛りながらもその人から目を離さない。
「オマエはそこにいる二人とは違う。
今後も禪院家に役立つ存在だ。
殺しはしないが親に歯向かうならば仕置きは必要だ。
手足が欠けても術式に支障は無かろう」
「……弱い人。どんなに毛を逆立てて威嚇しても無駄なのに」
お姉ちゃんも姉さんも生きている。
僅かだが身体が動いている。
「私の術式は"幸運"。
付与すれば人であれ、無機質であれ必ず一回その人に幸運が訪れる。
縛りをし強化した付与は私の呪力を込めるだけじゃなく、ほんの少しだけ私の欠片を込める。
人体の一部、血液、記憶、生命力。
失うものが大きいほどより強く"幸運"の効果を発揮する。
だからこそ効果が発揮されればされるほど私に返ってくる影響は大きい。
幸運なんて建前で、これは呪いだ。
呪いを破られれば術者に返ってくる。
使用者の"幸運"が大きいほど私に返ってくる"不幸"の代償が大きいの」
「……何のつもりだ」
「付与の方法に決まりは無い。
私が与えたいと思った相手や物に込めるだけだから」
「何をする気だ!!」
「……名前っ」
術式の開示。
それは即ち自身の術式の解放。
お姉ちゃんが焦った顔をしている。
ごめん。ごめんなさい、お姉ちゃん。
でもきっと……お姉ちゃんも同じ事考えてる。
私もお姉ちゃんも姉さんが大好きだから。
姉さんが妹を守るように……妹は姉を支える。
「姉さん……大好き」
私をあげる。
私の全てをあげる。
私の幸せな記憶。私の幸せな感情。私の幸せな人生。
今までもこれから先も全てあげる。
「ごめんね、お姉ちゃん。
……お姉ちゃん、大好き」
「やめてっ!!やめなさいよ馬鹿!!」
姉さんの不幸。お姉ちゃんの不幸。
ここは不幸に満ち溢れている。
だから……その全てを引き受ける。
私に戦う術は無い。
少しでもあれば姉さんに何か残せただろう。
"幸運"なんてあって無いようなもの。
気付く人などいない。些細なもの。
「何も起こらないではないか」
「そうですね。私の術式ってとても曖昧でとても意味無いものですから」
「くだらん遊びに付き合わせるな」
「……だから、気付かないんですよ」
私の全てを乗せた幸運は全て姉さんへ。
今此処にいる全ての不幸は私へ。
「幸運の反対は不幸だと」
笑う。笑う。笑う。嗤う。
オマエ達が下に見ている嘲笑っていた存在にオマエ達は喰われる。
その様子を見ていたかったが………
「扇。
貴方は輪廻転生しても幸せになどさせてやるものか。何度転生しても、お前が自らの過ちに気付く日まで何度もお前が望む物など与えない」
「戯れ言を」
「……残念な人」
その肉体に、その魂に呪いを刻み込む。
「術式反転……"六道"」
「!?」
身体中が痛い。
目から、耳から、口から。
身体中から血液が抜け落ちるような感覚。
人を呪わば穴二つ。
輪廻まで呪ってしまったのだから妥当な対価だ。
私の人生を姉さんに託してしまったから……
私の肉体と存在全てをこいつの対価に。
「やめなさいよ!!なんで、どうしてアンタまでっ!!」
お姉ちゃんが叫ぶ。
見苦しい姿だが……私は笑う。
「姉さん、お姉ちゃん」
ーーー大好き。
存在も、記憶も全てを遺さず私は消えた。
「真依、名前。始めるよ」
その日、全てを捨て世の理から外れた少女は生まれた。
2人分の人生を背負って。
世界を壊すために。
あとがき
書きなぐったーーーー!!!!
真希と真依駄目だって!!真希の女としてもう涙腺崩壊で止まらない止まらない止まらない……。
地獄が続くぜ……なんてこった。
いらない補足
存在は妹ちゃんがこの世に居たという存在全てなので妹ちゃんを知る人々の記憶を奪っています。
だから真依は妹が居た、とは覚えていません。それが真依の為に苦しまないと思ったから。
天与呪縛持ちの真希ちゃんだけ記憶を受け取っているので記憶の無い娘の生きた記憶を知っているだけ。
精神世界では真依が覚えていたらいいな。
"あの子に謝って感謝しなさいよ"って妹と分かっていなくても真希に遺された記憶から大切にしていた子だったと何となく存在を認識していてほしい。
妹ちゃんは直哉も畜生の一員だと思ってます。力があったらボッコボコにしたい。
しかし直哉は可愛いくて仕方がない。
甚爾と会った事は無いが資料では存在を知っていた。
妹ちゃん禪院の人間関係全部把握している。
が、顔を知らないので恵=甚爾の息子とは思っていなかったが、それっぽい理由で扇に啖呵きってます。
はーーーー、地獄。
「オマエに姉と言われる筋合いねぇよ」
大好き。
「お姉ちゃん」
「……馬鹿。アンタも真希も馬鹿よ」
大好き。
「二人とも大好き」
生まれ落ちた時から窮屈な世界だった。
女として生まれた時点で私の運命は決められ、私の意思など関係無いと切り捨てられる。
そんな中、私の声を、私の意思を聞いてくれるのは2人の姉だけ。
姉達は我が家の中では粗末な扱いをされた。
特に呪霊さえ見えない姉さんの扱いは酷いもの。
身内から馬鹿にされ、女中よりも格下……虐めなんてものではおさまらない。
差別されながら毎日を送る。
「オマエはあの二人のようになるなよ」
「アナタはあの二人のようになっちゃ駄目よ」
両親でさえ二人の姉を差別する。
この家にとって持たない者に権利は無い。
相伝じゃ無い。
男じゃない。
術式が無い。
呪力が無い。
見えない。
無いもの尽くしの人間は人間として扱われない。
そんな狭い世界の中で存在を殺して生きる。
なのに、姉さんは違った。
こんな世界がおかしいと抗う度父に、母に、従兄弟達に嗤われ、地に転がされ、傷を作っても心は折れず敵を睨み付ける。
もう一人のお姉ちゃんを守るために。
周りから何を言われても折れない姉さんは美しい。
誰よりも強く気高く逞しい姉さん。
誰よりも気弱で優しいお姉ちゃん。
強くて、優しい二人の姉。
私はそんな姉達の背をいつも追いかけていた。
「あ"っ」
転んで擦りきれた膝から血が滲む。
痛みに目から溢れる涙を拭う。
「ほら、名前」
「真希姉さんっ」
「痛そう……大丈夫?名前」
「真依お姉ちゃんっ」
私を立たせてくれる真希姉さん。
砂ぼこりを払ってくれる真依お姉ちゃん。
二人の後を追いかけて同じ事をしたくて、二人の後ろをついて歩く。
「馬鹿。オマエまで一緒に来てんじゃねーよ」
「駄目よ。私達と居たらアナタまで」
「大好き。姉さんもお姉ちゃんも大好きだよ」
1つしか違わないけど、私にとって大切で大好きな二人の姉。
父よりも母よりも大切な私の家族。
三人で皆の目を掻い潜り、呪霊から逃げ、こっそりおやつを食べて笑い合う日々がずっと続けばいいと思っていた。
なのに………
私は姉達と違って呪力も術式もあった。
姉達より少しだけ格上の扱いに、父と母は姉達から引き離した。
姉達も私を避けるようになった。
大好きなのに、家が許してくれない。
私なんかよりも姉さんの方が凄いのに。
私なんかよりもお姉ちゃんの方が器用なのに。
たかが呪力と術式のせいで、私達は区別され、扱いを家が決める。
家族として在りたいのに、家族としていられない。
私はただ、大好きな姉達と一緒に居たいだけなのに。
「顔と身体がええなら抱いてやる」
「胎として大人しく身体を差し出すとは思わんがな」
「所詮は女だ」
「男を知れば大人しくなる」
父の話にゾッとした。
会議中母とお茶を持って行ったら聞いてしまった。
この人達は何を言っているの?
姉達の話ではないと己に言い聞かせる。
大丈夫。きっと他の婚約者の話だ。
この家には他にもっと女の人達がいる。
外からも婚約者候補が入ってくる。
きっと、違う。
この話はいつもある話のはずなのに……どうして嫌な予感がするの?
どうして……
「呪力も術式も無い出来損ないが出来る唯一の仕事だ。
文句など言わせん」
「ひゃー!!おっかない父やね」
「人としての責務を与えてやっているだけだ」
母を見上げても母は何も思っていない。
あぁ……この家に姉達の味方など一人もいないのだと悟った。
どこかで期待していたのが馬鹿馬鹿しい。
この人達にとって私達は道具でしかない。
次期御当主を狙う兄弟や息子達。
女はどんなに優れていても最初から同じ土俵に立てない。
馬鹿にして、蔑んで、自分よりも下だと決め付けて嘲笑う。
敵であり、味方ではない。
守ってくれる人なんていない。
家族なんかじゃない。
ならば、私は……私の"家族"を守るために歩こう。
「お父様」
「名前か」
「人ではないものを皆様に宛がうなんてお父様の足を引くだけです」
ごめんなさい。
ごめんなさい、姉さん。お姉ちゃん。
嫌な妹でいい。
妹と思わなくていい。
「姉達を胎になどお相手様方もお困りになられるでしょう?」
姉達に触れるな。
オマエ達が触れていい存在なんかじゃない。
姉達に触らせるか。
あの二人はオマエ達が汚していい存在じゃない。
「ふむ……」
「再び産み落とされる子の可能性など知れておりましょう」
オマエ達の道具じゃない。
オマエ達の玩具じゃない。
オマエ達が好きにしていい存在じゃない!!
「へぇ……名前ちゃんやったっけ?
キミが遊んでくれるん?」
触らないで。
渡したくない。
汚さないで。
身を落とさないで。
諦めないで。
泣かないで。
姉達が前に進むなら、姉達の背を押そう。
姉達の先行く邪魔をするのなら私が阻止しよう。
例え姉達が望まなくても。
「私でよければ遊んでください。
姉達とは違って呪力も術式もございますので」
この身が汚されようと構わない。
姉達が心身共にこの畜生共に食い荒らされるくらいなら喜んで私が食われよう。
たかがこの肉1つで畜生共が大人しくなるなら安いものだ。
「沢山可愛がってください。
姉達に手を出さずとも私でよければ」
姉達の後を歩くのを止めた。
代わりに綺麗に着飾って男の喜ばせ方、男に好かれる方法を学んだ。
姉達が畜生共の視界に入り込む前に気を逸らし、その腕に絡み付いて耳に口を寄せる。
常に姉達の行動を予測し、対処するまでには時間が掛かった。
最初は何度もしくじって姉達を危険な目に合わせた。
その度に謝りに行けない私はそっと救急箱を姉達の部屋に置く。
姉さんが反抗しご飯を抜かれた時は必ずお姉ちゃんが自分の分を半分渡すから私の分を姉達の部屋に置いた。
姉さんはお姉ちゃんの為に。
お姉ちゃんは姉さんの為に。
2人で支え合う二人を支えるのが妹としての私の役目。
だから全く苦では無かった。
例え、姉達から嫌われても。
「くっ」
「雑魚がデカイ口叩くな」
砂利に姉さんを転がし、その上に足を乗せる直哉。
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ己が強いと周りに見せ付ける。
周りも地べたに転がされる姉さんを見て嗤う。
「直哉様」
腕に絡み付いて、胸を寄せる。
普段よりもずっと甘い声を出して名を呼ぶ。
「弱い者虐めをして楽しいですか?」
「名前っ」
「名前ちゃん居らんかったから暇潰しに稽古つけてやっとったんやで?」
「わぁ!直哉様はお優しゅうございますね!
ごめんなさい。父に呼ばれておりました」
「ふーん。ま、えぇわ」
甘えるように胸元にすり寄る。
頭を撫でられれば腰に腕を回してピッタリと引っ付く。
「売女かよ」
「はー、ほんま可愛くないなぁ、真希ちゃんは。
妹の名前ちゃんはこーんなに可愛いらしいのに」
「男に媚び売るしか能のねぇ尻軽女なんか知らねーよ」
姉さんが一番嫌う方法。
自分の保身の為に身体を使う。
だから私は姉さんに嫌われている。
お姉ちゃんは何か言いたそうに見てくるが何も言わず目を背けている。
だから私はにこりと笑って姉さんに手を伸ばす。
久方ぶりに触れた姉さんの肌は傷だらけ。
私があの人なんかに捕まっている間にどれだけ一方的に遊ばれたのか……。
畜生への怒りに震えないよう心を押し殺し、姉さんへの謝罪の代わりに肌を撫でる。
私に反転術式があればこんな傷どうにでも出来たのに……。
傷口に触れてしまったのか、痛そうにピクッとする姉さんに笑う。
「羨ましいですか?姉さんじゃ出来ない事ですからね」
「ははっ!!実の姉に酷いこと言うなぁ」
ギッ、と睨み付けてくる姉さん。
いい。姉さんはこんなこと絶対にしないで。
私を許さないで。
私は姉さんに笑う。
「悔しかったら口先ばかりではなくお力をつけてくださいな。
何も無い姉さんが弱いまま吠えるから皆様の目につくんですよ?」
「テ、メェッ!!」
「あら怖い。
弱い方がどんなに素晴らしい理想を掲げようと生き方は選べませんよ、姉さん」
こう言えば姉さんは嫌いな私に笑われ無いようより強さを求めるでしょう?
姉さんは強さに貪欲だから。
自分の弱さを認めて、己の弱さを越えられる人だから。
「行きましょう、直哉様」
「えぇよ」
姉さんを置いて直哉様に引っ付いて行く。
周りの女達が妬ましそうに目を向けるのでにこりと笑っておく。
嫉妬しろ。
憎め。
私をみろ。
お前達のような畜生が姉達を自分より格下だと笑うならば、私がお前達を笑ってやる。
可愛がっても貰えず、実力も無く、努力もしないくせに。
彼女達の事を憐れだとは思うが、自らの地位に安心し下を見付けては己が優位だと勘違いして虐めに加担し、何も行動しない畜生が吠えた所で何とも思わない。
「策士やねぇ。それとも天然?」
「?何のお話ですか」
「名前ちゃんは可愛ぇなって話」
「……ふふっ。直哉様にそう思って頂けるなんて光栄です。
他の怖いお顔をした女なんて見ないで……私を可愛いがってください」
周りの目など気にせず唇を重ねる。
姉さんの鋭く嫌悪を含んだ瞳に映る私は笑う。
汚い私を蔑んで嫌ってもいい。
この道を選んだのは私だから。
理解されようとは思っていない。
こうして守る事しか出来ない自分に時々酷く虚しくなる。
姉達は私に感謝などしない。
姉達は私を嫌う。
姉達は私から離れていく。
それでもいいと決めたのは私だ。
「健気やね。大好きな姉の為に自分の身体を差し出すなんて。泣けるわ」
「そんな事ありませんよ」
「お姉ちゃんに嫌われて可哀想な名前ちゃん」
「……可哀想だと思うなら直哉様が沢山可愛がってくださいな」
「ほんま、可愛ぇね。
自分の立場をよぉ理解しとるわ」
私の術式は戦闘には不向きだ。
"幸運"なんてどう扱えばいいんだと最初は御守りに付与する事しか出来なかった。
そんな術式で戦地に行けば瞬殺される。
体術はほどほどに出来るが、体術だけでどうにかなる任務なんてたかが知れている。
なので、私は戦闘に出なくても済むようにしてもらいながら、重宝されなくてはならない。
術式を自覚した時、使えない能力だと思っていたが今となってはありがたい。
父や母には付与に適しているとだけしか伝えていない。
姉達を守ろうと思ってからは自身の術式と向き合い試行錯誤の末……人にも付与出来ると分かったのはたまたまだ。
禪院家に来る任務に駆り出される中、畜生共を実験台にしていた時に判明した。
呪具にも、人にも、無機物であろうと"幸運"を付与出来る術式は思っていた以上の効果があったのだ。
最初は畜生の一人が死にかけたが私が付与した"幸運"により一命を取り留めた。
"幸運"が付与された呪具は性能が上がった。
御守りなどの無機物に付与した場合、持っているだけで何らかの"幸運"な出来事が。
それに目をつけた当主から呼び出され、自身の術式効果について話せばその力は許可無く使うなと制限された。
だから私も今後は当主だけに使うことを約束し、その代わり戦闘任務に行かない事。姉達に酷い事をしないこと。姉達を勝手に婚約させない事を条件に約束してもらった。
無理矢理かな、とも思ったが当主はそんな条件だけでいいならば約束しようとあっさりして拍子抜けしてしまった。
一回の"幸運"は効果が発揮されれば消えてしまう。
一回ならば込めるのは呪力だけで済むのだが……"幸運"を重ねる付与や"幸運"を継続させるには私自身に重い縛りをつけなければならない。
"奇跡"や"幸運"は必ず起こるわけではない事柄を私は意図して起こせるのだから。
私が他人に"幸運"を授ける分、私自身の"幸運"を貯めなければいけない。それが一つの縛り。
だから当主に可愛がられていれば発揮される能力だと嘘と本当を混ぜて話せば、畜生共から迂闊に手を出せないようにしてもらった。
術式だけで当主から寵愛されているだけでは足りないと考え、次期当主候補達に媚を売った。
女を下に見て同じ土俵に立てないと言うのなら
女を武器に権力者に媚を売るなどたいしたことじゃない。
呪術師としてのプライドなど最初から無いのだから、自分の持てるものを磨き、武器にした。
そうして手に入れた今の地位。
私の努力の結果を薄汚いと罵るものもいるが……私から言わせればお前達の努力が足りなかった結果だろ、としか思わない。
女だから出来る事。
男を喜ばせ、可愛がられ、地位を手に出来るのならばわざわざ死地に向かうよりもいいだろう。
そう……頭では思うものの、身体の痛みと怠さに動けなくなると嫌にはなる。
特に直哉様。
嫌味な事にあの人は動けなくして私の身体の後始末をお姉ちゃんに頼む。
汚れて意識の無い私をお姉ちゃんに頼むのだ。
「……お、姉ちゃ、ん」
「………っ」
あぁ、また今回もしくじった。
意識を保つよう心掛けるものの……直哉様は本当に意地が悪い。
身体を暖かいタオルで拭かれていれば少しスッキリとして落ち着いてくる。
「もう、いいよ。
後は自分でどうにか出来るからお姉ちゃんは戻って下さいな」
「……アンタ、どうしてこんなことっ」
私よりも苦しむお姉ちゃんは本当に優しい。私なんかの為に心を痛める必要なんて無いのに。
まだ怠さの残る身体に起き上がる体力は無い。
うつむくお姉ちゃんは歯をくいしばって耐えている。
「……ごめんなさい。そんな顔、させて」
「馬鹿よ……。こんなことしたって誰も救われない」
「………」
「アンタがそこまで堕ちたら私はそこまで堕ちきれないじゃないっ。
真希だって、黙っていればいいのに……っ。
どうしてアンタ達は勝手なの。
アンタ達が頑張らなければ私は頑張らなくて済むのに」
姉さんと私に挟まれてお姉ちゃんは窮屈そうだ。
姉さんが強くなるから追いかけて。
私が汚れていくから踏み止まって。
どちらにも行けず迷子のように迷っているお姉ちゃんは……苦しいとは思う。
けど、姉さんも私も迷わず突き進むからお姉ちゃんも立ち止まってはいられず……姉さんを追いかける。
堕ちる勇気が無いから、進むしかない。
残された道がハッキリしているのに強くなりたくないお姉ちゃんは何度も立ち止まってしまう。
「ごめん……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「アンタが堕ちる必要なんて、無かったのに!!
姉より先に……っ、どう、して…っ」
泣かせてしまっても。
傷付けてしまっても。
軽蔑されてしまっても。
「大好きだから」
「っ!!」
「他に、理由なんて……無いよ」
大好き。
大好き。
私の強くて優しい姉達。
私の大好きな家族。
姉さんもお姉ちゃんが大好きだから頑張るの。
私も二人が大好きだから頑張れるの。
「お姉ちゃん……大好き」
「……馬鹿」
「堕ちて来ないで。お姉ちゃんは綺麗なままでいて」
「馬鹿っ」
「……けど、お姉ちゃんが嫌じゃないなら。
頭、撫でて欲しいなぁ」
「……嫌いよ。アンタなんて」
涙を溜めて私の汚れた頭を撫でてくれるお姉ちゃん。
優しくて、不器用な私のお姉ちゃん。
どうか、堕ちないで。
どうか、諦めないで。
「私は大好きだよ。お姉ちゃん」
二人を守るには私じゃ力不足。
だから、私は私の戦い方を見つけ出しただけ。
術式を強める為に制限をつけた。
術式の付与を重ねる為に縛りをつけた。
何度も何度も重ねても術式の発動は一回だけ。
だからより強く。より複数の付与を条件付きで重ねた。
「姉さん」
「オマエに姉と呼ばれる筋合いねぇよ」
姉さんが出ていく事になった。
家を出て呪術師の学校に通う事にしたらしい。姉さんが当主になると当主に言って家を出ると言っていたから急いで追い掛けてきた。
「コレを」
「いらねぇ」
「妹からのせめてもの餞別ですよ」
「いらねぇ」
「……受け取って下さい。
姉さんが私を嫌いでも……私は姉さんが大好きだから」
何度も何度も複数に重ねた特別な御守り。
たった1度しか発動しない。
持っていなければ意味の無いものとなってしまう。
「変なもんじゃねぇだろうな」
「ただの御守りです」
「ハッ!!早死にしろって呪いでも籠ってんのか」
「内緒、です。
御守りの中身は見てはいけないって言いますよね?」
眉間にシワを寄せている姉さんに笑う。
「お元気で。
無理ばかりはオススメしませんよ」
「うるせぇよ」
「……姉さん。大好き」
最後に一度姉さん自身に"幸運"をそっと付与する。
余程の事が無い限り姉さんはこの家に近寄らない。
姉さんが納得する強さを身に付けるまで。
この"幸運"は直ぐに発動してしまうだろうが……姉さんは私の術式を知らないので気付かないだろう。
「……いいの?アイツ勘違いしたままよ」
「いいんです。姉さんは姉さん自身とお姉ちゃんの事でいっぱいいっぱいですから」
「何よそれ。大きなお世話だわ」
私の隣には忌々しげに表情を歪ませているお姉ちゃん。
お姉ちゃんも、この家から出てしまう。
「寂しくなりますね」
「どうだか。アイツも私もいないからアンタの気は楽でしょ」
「意地悪言いますね」
「………謝らないわよ」
「謝らないで下さいな。
この道を選んだのは私ですから」
お姉ちゃんにも同じ御守りを渡す。
「……使い方は?」
「一回だけです。条件が揃ってしまえば一回だけ発動します」
「代償は?」
「言えません」
「……ロクでもないものだって事はわかったわ」
「酷いですね。真心いっぱい愛情いっぱいの逸品ですよ」
お姉ちゃんは敏いからきっと分かってしまっている。
私の術式を唯一きちんと知る人だから。
「仕方ないから貰ってあげる」
「お姉ちゃん、大好き」
「……馬鹿。アンタも真希も馬鹿よ」
「姉さんがお姉ちゃんの為に。
お姉ちゃんが私の為に。
私は二人の為に。
大好きな家族の為ならなんて事無いです」
「私がアンタの為になんて何もしてないでしょ」
「私を嫌わないでくれているでしょう?」
「……嫌いよ、馬鹿」
お姉ちゃんにも付与を。
この狭い世界から飛び出した二人に祝福を。
願わくば……二人の行く先の学校でより良い仲間を得て楽しい生活を送って欲しい。
そう、願って。
姉達がいなくなっても生活は変わらない。
私のやるべき事を繰り返す毎日。
より私の地位をハッキリとさせ、周りを黙らせるだけ。
そんな日が続くと思っていたのに……。
12月24日
特級呪術師だった夏油傑の百鬼夜行。
東京と京都に放たれた呪霊。
禪院家も呪霊討伐の為に参加が決まっていた為、私は当主に付与を行おうとしていたのだが……突如身体中を鋭い痛みが走り……口から吐き出した大量の血。
「!?」
「敵襲か!!」
何が起きたかわからないまま、痛みで気を失った。
一週間程寝込んだが……姉のどちらかに何かあった事を察した。
お姉ちゃんに連絡すれば百鬼夜行中は待機だったと告げられ、だとしたら姉さんに何かがあったのだと。
慌てて姉さんに連絡を入れれば……舌打ちと共に元気だと告げられてホッとした。
それからは大きな出来事も無く年を越した。
私は姉さんたちの様に学校へ行く許可が降りなかったので今まで通り。当主の囲い子として当主の指示通り生きている。
最近だと直哉様が次期当主候補として名が上がり、直哉様のお付きのような存在に。
次期当主候補とはいえ当主はまだまだ現役。
当主の側に居て付与を行って思ったのは当主は態度が適当ではあるが……この家の誰よりも話を聞いてくれた。
父はいつも実力では劣らなかった。
当主になれなかったのは子供のせいだ、と言っていたが……直毘人様を見ていてよくわかる。
飲んだくれて適当で横暴な態度ではあるが……実力は勿論、癖の強い禪院をまとめあげる器のある人だ。
腐った考えに賛同しながら、呪力の無い姉さんの事を否定しない。実力を見てキッパリと姉さんを下に見ているんだ。
どんなに姉さんが強くても、術式の無い体術のみで兄弟達全員で戦うとしたら……男女の差を考えても姉さんは圧倒的に経験が足りていない。
呪力込みならば今は敵わない。
だけど……直毘人様は姉さんを否定しない。
最初から姉さんの可能性に目を向けず否定ばかりする父に当主の器など無いから選ばれなかった。
……飲んだくれてイビキをかきながら眠る直毘人様を見ていたら私の考え過ぎかとは思うが、私の要望を聞き入れて、たいした仕事もさせず、力を独占しようとしない直毘人様に絆されて畜生共よりはマシだという贔屓目はある。
私の平穏は直毘人様によって守られているのだから。
お姉ちゃんが度々帰って来てくれて心配してくれているが平気だった。
むしろ、姉妹校交流会の時に特級と対峙したと後から聞いた時には背筋が凍るような思いをした。姉達に命に関わる事は無かったと知りホッとした。
姉さん用に御守りを作り直している最中だったので早めに仕上げようと決めた。
そんな矢先……10月31日。
渋谷で大規模な帳が確認。
直毘人様も呼び出された。
当主直々に呼び出されるなど……去年の百鬼夜行を思い出してしまう。
「直毘人様、此方を姉さんにお届け願います」
「御守りか」
「此方は直毘人様に。
命に関わる一度きりです。……そのような事が無いようここでお待ちしております」
「いつもより念入りだな」
「……嫌な予感がします」
「必ず出会えるとは限らんぞ」
「……直毘人様なら姉さんに届けて下さると思っております」
どうか、ご無事で……と見送る。
今回は直毘人様にもいつもより付与を重ねた。
どんなに重ねても効果は一度きり。
私の幸運がどこまで効果を発揮するかまではわからない。
祈る事しか出来ない私を嘲笑うかのように、その痛みはやってきた。
「!?
名前ちゃん、しっかりしぃ!!」
「な、おや……さまっ」
「チッ!!医者呼べや!!」
突然の吐血に直哉様が対応してくれた。
痛みで意識が遠くなりそうになるが……直哉様の袖を引く。
「何や!」
「なお、び…と、さま……が」
「!! 爺に何かあったんか」
そのまま意識を飛ばした私は倒れてしまった。
次に目を覚ました時、世界は地獄かと思う程平穏とはかけ離れていた。
大量の非呪術師と呪術師の死亡
日本全体に呪霊が溢れ
最強と言われた五条悟が封印
今回の件は夏油傑、五条悟の共謀として五条悟の呪術界永久追放が決定
直毘人様は一命を取り留めたものの危篤状態
姉さんも危篤状態
最悪な事態の中、寝ていられないと思っていても思っていた以上に身体への負担が大きかった。
「起きた?」
「……な、おやさま」
「具合は?」
「……なおびとさま…は?」
「ついさっき逝ったわ」
「!!」
「次の当主は俺。つまり名前ちゃんは俺のもんや……って言いたいとこやけど残念ながら当主は伏黒恵くん言うらしいで」
「……え?」
「遺言」
眉間にシワを寄せた直哉様の言葉に頭を傾げる。
伏黒恵?誰だ、それは。
「安心しぃ。これから伏黒恵くんも虎杖悠仁も殺して来たるから。そしたら俺が当主やから。
名前ちゃんが俺以外の奴らに手渡るなんてあり得ん」
頬を優しく撫でていなくなる直哉様。
どうして見知らぬ人が当主となったのか経緯はわからない。
直毘人様が亡くなったというのなら真希姉さんは……?
身体を無理矢理動かして起き上がるも、何故か母が入ってきて私の身体を布団に戻す。
「お母様、何でっ」
「直哉様のご命令よ」
「姉さんは?お姉ちゃんは?無事なの?今どこにっ」
「貴女はゆっくり休みなさい。まだ調子が戻っていないのでしょう」
「お母様っ!!」
「貴女の気にする事ではありません」
ピシャリと冷たく遮られる。
「直哉様がお戻りになるまでこの部屋から出てはいけませんよ」
私の知らないところでどんどんと悪い方向に進んでいく。
何度も部屋の外に出ても必ず見張りがつけられていて戻される。
「姉さんっ。お姉ちゃんっ」
守りたい二人を守れず何の意味があるのか。
直毘人様がいない今、あの二人を守ってくれる人はいない。
「ただいま、名前ちゃん」
「直哉様、何が起こってるんですか?姉さんとお姉ちゃんは今どうしていますか!」
「なぁーんも心配する事無いわ」
「直哉様!!」
「全部終わるまでは名前ちゃん此処から出たらアカンよ」
「直哉様っ!!」
「逆らったら許さん」
部屋を閉められる。
外からじゃないと開かない部屋に何度もドアを叩くが出してもらえない。
必死に何が起こっているのかを考える。
禪院家にとって何が必要で、何が邪魔か。
伏黒恵がどういった経緯で禪院家当主の座についたのかわからないが、可能性としては相伝の術式を持っていて直毘人様と何らかの契約をしていて当主となった。
父や伯父や直哉様にとって例え相伝持ちでもひょっこり現れた伏黒恵を良くは思わない。
私の術式もどこまで遺言に残されていたのかわからないが、直哉様の執着から考えて私の術式は把握されていそうだ。
当主にのみ私の力の指示が出せる。ならば直哉様にとって私が伏黒恵の手に渡るのは納得いかない、というのはわかる。
それならば伏黒恵を殺しに行くと言って帰って来た時点で私は解放されるはずだ。
なのに監禁されてしまったということは伏黒恵を殺せなかったということ。
後は他に私を出歩かせたくない理由……そんなの姉達の事に決まっている。
姉達が何かをしようとしていて、私が姉達に関わると不味い事がある。だから監禁している。そう考えると少ししっくりくる。
じゃあ姉達は何をしようとしているのか……。
御三家の力量関係が五条悟がいなくなった事で崩れている。
現時点で一番力があるのは多分禪院だ。
ならば呪術界で優位でいられるよういたいと思っているはず。
五条悟がいない今だから……。
けど、今世の中は呪霊に溢れ五条悟がいれば解決しやすいはずなのになぜ永久追放?
追放ということは封印を解いた場合……その者は罰を受ける。
姉さんは五条悟と関わりがあった。
お姉ちゃんも多分関わっている。
もしも……もしも、二人が。
五条悟封印のために動き、それを禪院が良しとしなかったら?
五条悟を復活させようとした罪を理由に亡き者にするなど簡単にしてしまう。
「出して!!此処から出して下さいっ!!」
お願い。来ないで。
お願い。奪わないで。
お願い。お願い。お願いします。
私は何もいらない。
私はどうなってもいい。
大好きな姉さん。
大好きなお姉ちゃん。
「無駄な事はお止めなさい」
「無駄?何が無駄なの?」
「オマエはあの2人よりも賢く生きていればいいの」
「賢く?実の娘を道具としてしか見ていない生き方の何が賢いの?」
「口を慎みなさい」
「何をしようとしているの!!」
「オマエが知る必要はありません」
「答えて!!!」
扉の外にいる母に聞いても答えない。
そもそも扉の外にまだ居るのかもわからない。
強く扉を叩くが反応は無い。
「……行かなきゃ」
閉じ込められるということは姉さんかお姉ちゃんが此処にいる。
そして畜生共は二人を亡き者にしようとしている。
この部屋に窓は無い。
独房のような部屋の出入口は鍵の閉まった扉のみ。
「……直毘人様と縛りを結ばなくて良かった」
私の術式がどこまで通用するかわからない。
だが……私は大好きな二人の為に生きようと決めた。
扉に向かって術式を使う。
カチッ、と開いた鍵に扉を開けた。
私自身に術式を使い裸足なんて気にせず走り出す。
地下なんて来たことはない。
それでも私自身に使った幸運は何となく目的地へと導いてくれる。
地下深くに厳重に保管されてある武器庫。
その鍵はいつも施錠されているはずなのに開いている。
嫌な予感に扉を開けば……そこには血を流し倒れた姉達。
「姉さん……お姉ちゃん……」
「何故オマエが此処にいる」
「二人を傷付けたの?」
「戻れ。今なら見なかった事にしてやる」
「実の娘ですよ!?」
「親の足を引く子など必要無い」
その人の言葉に頭に血が上っていく。
期待していたわけじゃない。
情が少しでもあればいいと思っていたわけじゃない。
最初から切り捨てているとしてもこの人が少しでも親として自覚があるのなら……と思っていたのに。
「貴方が当主になれなかったのは貴方自身の器の狭さですよ」
「……何が言いたい」
「直毘人様が当主に選ばれて当然。
貴方も、甚壱様も、直哉様も、その兄弟も……当主の器にすらなれない小物よ」
「口を閉じろ」
「伏黒恵……彼、甚壱様のご兄弟の甚爾様の子ですよね?
貴方達が、貴方が一番馬鹿にしていた」
「黙れと言っているのが聞こえないか」
「馬鹿にしていたんじゃない。怖かったんですよね?非呪術師は自分達よりも下だと思っていたのに甚爾様は違った!!貴方達よりも強く、貴方達が甚爾様に喰われる可能性があったから!
だから貴方はその甚爾様と同じ可能性を秘めている姉さんが怖いんですよ!!」
「黙れ!!」
頬をかする刀身。
薄皮一枚で首に当てられる刃。
こちらを見下ろすその人を私は見つめる。
「貴方は自身の力を信じているが故に認めたくないだけ。
剣士として、呪術師として誇りがあることは結構。素晴らしい事ではありますが……他者の力を認められず自身の方が強いなどと妄想に囚われている小物が一族をまとめあげる器に選ばれるなどあり得ない事です」
「オマエに何がわかる。知ったような口振りで口を開くな」
「わかりますよ。ずっと見てきましたから」
ただ、甘えているだけじゃ足りない。
ただ、可愛がられているだけじゃ足りない。
ただ、身体を許すだけじゃ足りない。
「貴方は子供達に自身の不満をぶつけていただけ。子が足を引く?いいえ。
貴方が当主になれなかったのは貴方自身が人を見る目も無く、臆病で卑怯な小物だったから」
「黙れ!!」
風圧により身体全体に刃が走る。
身体を切り裂く痛みを歯を喰い縛りながらもその人から目を離さない。
「オマエはそこにいる二人とは違う。
今後も禪院家に役立つ存在だ。
殺しはしないが親に歯向かうならば仕置きは必要だ。
手足が欠けても術式に支障は無かろう」
「……弱い人。どんなに毛を逆立てて威嚇しても無駄なのに」
お姉ちゃんも姉さんも生きている。
僅かだが身体が動いている。
「私の術式は"幸運"。
付与すれば人であれ、無機質であれ必ず一回その人に幸運が訪れる。
縛りをし強化した付与は私の呪力を込めるだけじゃなく、ほんの少しだけ私の欠片を込める。
人体の一部、血液、記憶、生命力。
失うものが大きいほどより強く"幸運"の効果を発揮する。
だからこそ効果が発揮されればされるほど私に返ってくる影響は大きい。
幸運なんて建前で、これは呪いだ。
呪いを破られれば術者に返ってくる。
使用者の"幸運"が大きいほど私に返ってくる"不幸"の代償が大きいの」
「……何のつもりだ」
「付与の方法に決まりは無い。
私が与えたいと思った相手や物に込めるだけだから」
「何をする気だ!!」
「……名前っ」
術式の開示。
それは即ち自身の術式の解放。
お姉ちゃんが焦った顔をしている。
ごめん。ごめんなさい、お姉ちゃん。
でもきっと……お姉ちゃんも同じ事考えてる。
私もお姉ちゃんも姉さんが大好きだから。
姉さんが妹を守るように……妹は姉を支える。
「姉さん……大好き」
私をあげる。
私の全てをあげる。
私の幸せな記憶。私の幸せな感情。私の幸せな人生。
今までもこれから先も全てあげる。
「ごめんね、お姉ちゃん。
……お姉ちゃん、大好き」
「やめてっ!!やめなさいよ馬鹿!!」
姉さんの不幸。お姉ちゃんの不幸。
ここは不幸に満ち溢れている。
だから……その全てを引き受ける。
私に戦う術は無い。
少しでもあれば姉さんに何か残せただろう。
"幸運"なんてあって無いようなもの。
気付く人などいない。些細なもの。
「何も起こらないではないか」
「そうですね。私の術式ってとても曖昧でとても意味無いものですから」
「くだらん遊びに付き合わせるな」
「……だから、気付かないんですよ」
私の全てを乗せた幸運は全て姉さんへ。
今此処にいる全ての不幸は私へ。
「幸運の反対は不幸だと」
笑う。笑う。笑う。嗤う。
オマエ達が下に見ている嘲笑っていた存在にオマエ達は喰われる。
その様子を見ていたかったが………
「扇。
貴方は輪廻転生しても幸せになどさせてやるものか。何度転生しても、お前が自らの過ちに気付く日まで何度もお前が望む物など与えない」
「戯れ言を」
「……残念な人」
その肉体に、その魂に呪いを刻み込む。
「術式反転……"六道"」
「!?」
身体中が痛い。
目から、耳から、口から。
身体中から血液が抜け落ちるような感覚。
人を呪わば穴二つ。
輪廻まで呪ってしまったのだから妥当な対価だ。
私の人生を姉さんに託してしまったから……
私の肉体と存在全てをこいつの対価に。
「やめなさいよ!!なんで、どうしてアンタまでっ!!」
お姉ちゃんが叫ぶ。
見苦しい姿だが……私は笑う。
「姉さん、お姉ちゃん」
ーーー大好き。
存在も、記憶も全てを遺さず私は消えた。
「真依、名前。始めるよ」
その日、全てを捨て世の理から外れた少女は生まれた。
2人分の人生を背負って。
世界を壊すために。
あとがき
書きなぐったーーーー!!!!
真希と真依駄目だって!!真希の女としてもう涙腺崩壊で止まらない止まらない止まらない……。
地獄が続くぜ……なんてこった。
いらない補足
存在は妹ちゃんがこの世に居たという存在全てなので妹ちゃんを知る人々の記憶を奪っています。
だから真依は妹が居た、とは覚えていません。それが真依の為に苦しまないと思ったから。
天与呪縛持ちの真希ちゃんだけ記憶を受け取っているので記憶の無い娘の生きた記憶を知っているだけ。
精神世界では真依が覚えていたらいいな。
"あの子に謝って感謝しなさいよ"って妹と分かっていなくても真希に遺された記憶から大切にしていた子だったと何となく存在を認識していてほしい。
妹ちゃんは直哉も畜生の一員だと思ってます。力があったらボッコボコにしたい。
しかし直哉は可愛いくて仕方がない。
甚爾と会った事は無いが資料では存在を知っていた。
妹ちゃん禪院の人間関係全部把握している。
が、顔を知らないので恵=甚爾の息子とは思っていなかったが、それっぽい理由で扇に啖呵きってます。
はーーーー、地獄。