呪縛
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「一緒に来てくれないか?」
そう言って目尻を下げて笑う傑くんが此方に手を差し出す。
その手を私は迷わず握った。
傑くんが離反した。
そう、聞かされたのは任務が終わり高専に戻って来てからだった。
まだ暑さの残る9月
夜蛾先生から聞かされた言葉に私はただ言葉を失うしかなかった。
なんで?どうして?
「傑から何か聞いていたか?」
「……何、も」
何も聞いていない。
何も聞かされていない。
そう考えると……私は傑くんの"何"を知っているのかと考えるが、何も……出てこない。
優しくて
強くて
真面目で
呪術師であることに、非呪術師の為に、と責任感が強くて
時々悪ふざけをするお茶目なとこもあって
しっかり者で
世話焼きで
後輩思いで
我慢強くて
沸点が少し低くて
甘いものよりしょっぱい系が好きで
優しく見えるのに少し壁があって
平気そうな顔で呪霊を取り込むけど実は好きじゃなくて
甘えたくなると距離が近くて
拒絶すると距離を置いて
笑顔を作るのが上手くて……
それで、それから、それと……。
傑くんの顔……いつから見てなかったっけ?
セミの鳴き声が響いている。
じわり、じわりと
汗が止まらない。
硝子ちゃんも、悟くんも。
何も言わなかった。
四席あった机も椅子もそのままなのに……一人だけいない。
「見付けたら俺に連絡」
悟くんは"最強"になった。
五条家の相伝術式に特別な眼。
それを完璧に使いこなす頭脳と技術。
誰も悟くんに敵わない。
唯一その隣を並べたであろう傑くんはいないから。
「名前」
「……なぁに?悟くん」
「一人で出掛けんなよ。傑と会っても絶対話すな」
「どうしてですか?
傑くん……もしかしたら、何か理由があって!!勘違い、かも…しれないのに」
村に残っていた残穢。
一人残らず失くなった非呪術師達。
戻らない傑くん。
両親が亡くなり残った残穢。
"何"かあったとしても……
傑くんが戻らない事が何よりの答え。
それでも信じたかった。
嘘だと思いたかった。
仲間を、友を裏切り敵対するなど……
「名前は優し過ぎるから流される」
「悟くんっ」
「傑の口車に乗せられたらオマエ……着いていくだろ」
「けど、理由をしらなきゃっ」
「理由なんざいくらでも作り話出きるだろ!!」
悟くんの大声にビクッと身体がはねた。
大声は嫌い。
威圧的なのも嫌い。
悟くんも自分の出した声に自分で驚き舌打ちをする。
「とにかく……一人で行動すんな」
「悟くんは……傑くんがやったって思ってるんですか?」
非呪術師殺しも
親殺しも
「……結果が全てだろ」
「それでもっ!!傑くんがそうしなくちゃいけない理由がっ」
「名前、やめな」
「でも…っ、でも硝子ちゃん!!」
「殺して逃げた。
理由はどうであれ呪術界の決定が覆ることは無いよ」
「そんなっ」
どんな理由があっても、傑くんがしたのなら許される事ではない。
罪を償う事が処刑。
傑くんが戻って来ないという事は傑くんは罪だと思っていない事になる。
ふと………
廊下を歩くときに。
教室に居るときに。
街を歩いて居るときに。
任務のときに。
共有スペースに居るときに。
隣にいる人へ声を掛けようと見上げてしまう。一人分隣を空けてしまう。
そこには居ないのに……。
いつもなら手を引いてくれる存在がいない。
それはとても寂しくて、淋しくて、さびしくて……。
隣に居た場所に頭を預けようとポスリと倒れてしまうと、そのままソファーへ。
「………傑くん」
当たり前だが温もりの無い隣。
………冷たいや。
「傑……くん?」
「久しぶりだね、名前」
真っ黒なラフな格好だった。
髪の毛はいつもは綺麗に纏めていたのに、今はハーフアップのお団子姿。
まるで学校生活を共にしてきた時のように話しかけてきた傑くんは私の隣に自然に腰掛ける。
「元気にしてたかい?」
「………」
「顔色悪いけどちゃんと食べれてる?」
「………っ」
「……悟に話すな、とでも言われているのかな?」
困った奴だね、なんて笑って話す。
胡散臭いような笑顔とも
張り付けたような笑顔とも違う……
とても自然に笑っているように見えた。
「名前」
私の名前を優しい声で呼ぶ。
目尻を下げて、目を細めて。
口元を緩ませながら私の頭に手を伸ばして撫でる。
「何て顔しているんだい?」
それは此方の台詞だよ?
ちゃんと食べてる?
ちゃんと寝れてる?
ちゃんと休めている?
話しかけたいのに、何を話せばいいかわからない。
「……ごめん。泣かせてしまって」
泣く?
私が泣くなど間違いだ。
傑くんが私の目尻を優しく拭う。
「……どう、して?」
どうして離反したの?
どうして話してくれなかったの?
どうして嘘だと言ってくれないの?
どうしてスッキリした顔をしているの?
その一言に込められた意味を汲み取ってくれた傑くんは少しだけ悲しそうな顔をした。
「そこに居ると私は笑えないんだ」
「……っ」
「非呪術師達を根絶やしにして新しい呪術師だけの世界を作るんだ」
その答えだけでわかってしまった。
あぁ、傑くんは……自分の為の離反じゃないんだ、って。
傑くんはいつだって"誰か"のヒーローだから。
可愛がっていた後輩が
顔見知りの呪術師が
送り迎えをしてくれる補助監督達が
明日を生きる保証は無い。
現に、後輩の灰原くんは亡くなった。
星奬体の子もその付き人も亡くなった。
一人、一人と失ってばかりの呪術界。
なのに……私達の存在は明るみには出ず闇と共に生きている。
つまり
「……傑くんは、誰かの為に?」
「誰かの為にじゃないさ」
「……傑くんは優しいです」
「……まさか呪詛師の私にそんな事を言うなんて思ってもいなかったよ」
「優しいよ。傑くんは優し過ぎるんです」
私の手を引いてくれる人。
泣き虫な私を心配して側に居てくれた人。
私に間違いを教えてくれた人。
私を助けに来てくれた人。
私に恋心を教えてくれた人。
「誰よりも……っ」
誰かの為に身を粉にできる人。
誰かの為に命を賭けられる人。
誰かの為に力を振るえる人。
どうして?何て愚問だったね。
優しい貴方を追い込んだのは……私達、呪術界だ。
力がある為に沢山の負を見てきた。
力があるからと沢山の死に触れてきた。
溜め込まれた負を気に掛けてくれるのに
私達は傑くんの負を気にしていなかった。
私で大丈夫なら
悟くんも硝子ちゃんも大丈夫なら
傑くんも大丈夫だ、なんて思って甘えていた。
……後悔しても、今さら遅すぎる。
「……ごめん。ごめんねっ」
謝っても私が許されたいだけ。
こんな言葉、傑くんには意味がない。
「ありがとう。私の為に泣いてくれて」
穏やかに笑う傑くん。
そんな顔をされたら……間違っている、だなんて言えやしない。
世間から、世界から、間違っていると指を指されようと傑くんは一部の誰かを救っている。
その他大勢よりも一握り。
世界が彼を責めようと……一握りの誰かは救われ、そんな人々の盾となった傑くんを私は責められない。
まだ、17歳。
子供なのに、世界へと牙を剥けるのは誰もが無謀だと思う。
ーーーそれでも
傑くんは己の大義の為に牙を剥けた。
「…………」
私は、絶対に出来ない。
誰かの為より自分の事ばかりだし、そもそも世界を驚かせるような力もない。
どんなに苦しくても、しんどくても、笑えなくなりそうになっても……私の周りは私を気に掛けてくれる人がいた。
その一人が傑くんで、些細なことも気に掛けてくれていた。
直哉様の時も
出掛けた時も
任務後の時も
灰原くんの時も
いつだって傑くんは私を助けてくれた。
「私は名前と居られない」
「っ!!」
「名前は少し……いや、かなり心配な所が多いから。
気をつけなきゃいけないよ」
子供に言い聞かせるように。
淡々と話す。
「出掛ける時は必ず悟や硝子と行かなきゃ。
あぁ、私が渡したブザーも忘れずにね?
任務後疲れて共有スペースで寝るのも良くないよ。もう部屋に戻してあげられない。
元婚約君は……悟がどうにかするだろうし、あぁ七海も頼りになるね。
けど七海も溜め込みやすいから心配かけさせちゃいけないよ?」
やめて。やだよ。
そんなお別れの言葉のように。
「寝癖……もう、直してあげられないね。
お風呂後に名前に髪を乾かして貰うの好きだったな。
呪霊を飲み込む時に名前がいなきゃ酷い気持ちになるが……今までと違って私の為に飲み込むから苦にはならないかな。
……言いたいこと、話したいこと沢山あったのに
いざとなると……出てこないものだな」
くすり、と笑って私を撫でる。
その撫でていた手も離れてしまった。
「名前」
「……な、に?」
「私がキミを好きだ、って言ったら
キミは答えてくれるかい?」
「……え?」
傑くんの言葉に耳を疑う。
「家族も、友も。
悟も硝子も何もかも捨てて」
家族も?友達も?
傑くんを見上げると……傑くんは笑っていた。
申し訳無さそうに。
悲しそうに。
「……冗談だよ」
くすり、と笑って腰掛けていた場所から立ち上がる。
「最後に会えて良かった。
悟は過保護だから名前とは会えないと思っていたから」
「……ねぇ、傑くん」
「んー?なんだい?」
言われて、気付いた。
「傑くんを守る人は居てくれますか?」
「……これから出来るさ」
「今は?」
17歳。
親もいない。
友達もいない。
世間から弾かれ、悪となっても何かを守ろうと盾となる覚悟をした。
強さ故に可能だろう。
口の上手い、世渡り上手な傑くんであればきっと仲間も増えていく。
その中で誰が傑くんを守ってくれる?
その中で誰が傑くんを裏切らない?
「私が決めた事だ。
楽な道のりではないとわかりきってるさ」
「一人は寂しいです」
「一人じゃない。守るべき家族がいるんだ」
「それは守るべき人であって傑くんを守る人じゃないです」
「じゃあ名前がなってくれるとでも言うのかい?」
少しだけ苛ついたような声で私を見る。
「キミは家族が好きで、悟や硝子も好きで、その他諸々の人間達を捨てられないだろう?」
ハッ、と吐き捨てるように笑う。
……少しだけ、先ほどの表情の意味がわかった。
「私のように簡単に捨てられやしないだろ」
言葉は刺々しいのに………ほら。
傑くんは優し過ぎる。
「傑くんが簡単に捨てた、なんて思って無いですっ!!」
実の両親に手を出すなんて余程の覚悟がないと出来ない。
傑くんは非呪術師を手にかけた後で家族に手をかけたのではないか、と聞いた。
もしもそれが本当だとしたら……
「理由はどうであれ、呪術界は非呪術師を殺した傑くんを許さない」
「そうだ」
「……傑くんの責任を傑くんの家族に問い詰め罪を償えって可能はありますから」
一般家庭の呪術界と関係の無い両親だとしても……呪術界は傑くんの両親へ離反の理由を押し付けると思う。
その方法が死刑か、捕虜か、はたまた次の傑くんと同じポテンシャルを持つ子を産ませる為に……。
「呪術界は平気でそんな事をします。
弱きを助け……なんて建前。
使えるものはどんな事をしても使います」
特級クラスを産めたなら傑くんのお母さんは充分優秀な胎と判断されてどんな扱いをされるか……。
お父さんだって女を宛がわれるだろう。
一生幽閉されながら胎として、種として扱われてしまう。
産まれた子に術式や呪力が無ければ……そう考えると生きている方が地獄となる。
「傑くんが両親に手を下しても……私は傑くんを責められません」
腐ってる。
この世界は腐ってる。
「傑くんの覚悟を傑くん本人が簡単、なんて言っちゃ駄目です」
どんな想いで手を出したんだろう?
例え本当に非呪術師を嫌っても……今までの両親との記憶が、思い出が消えてしまうわけじゃない。
「駄目、です……っ。
傑くんが、傑くんの決意を簡単なんて言っちゃ」
「……参ったね。
そんな優しい言葉を返されるなんて」
くしゃり、と顔を歪ませて泣きそうな顔をして笑う傑くん。
……今の傑くんは子供みたいだ。
決めた道を進んでいるのに不安で、怖くて。
それでも進むと決めているから後戻りなんて出来なくて。
完璧で、頼りになって、心強い傑くんじゃない。
どんなに大人ぶっても、まだ17歳。
私と同じ子供なんだ。
ただ、違うのは……傑くんは一人だということ。
「ねぇ、傑くん。
どうして今日、私一人で居ると思いますか?」
「え?」
「私ね、初めて悟くんとの約束……破っちゃいました」
今日外に出ている事は誰にも言っていない。
任務があったわけでも
用事があったわけでもない。
「悟くんも硝子ちゃんも傑くんを探しているのに、私だけ駄目って言われてました」
「……だろうね」
「私は傑くんの言葉に流されるからって止められてて……」
「……どうしてって聞いても?」
「傑くんの離反した理由を傑くんから教えてほしかった」
………いや、違う。違うの。こんな綺麗事を並べるために来たんじゃない。
確かに聞きたかったけど、根本的なものは違う。
もっと酷く、もっと汚く、もっと自己中心的な……。
「……そんなの建前で、私はただ自己満足に傑くんから許されたかったんです」
「名前?」
どうして?と疑問を投げつける事より
あんなに一緒に居たのに気付けなかった。
「許されたかっただけなの」
「……許すも何も無いさ。名前のせいじゃない」
「傑くんは優しいから謝ったら許してくれるって。
隣に居てくれるんじゃないかって……。
そしたら……また、戻って来てくれるんじゃないかって……」
傲慢だ。
私が謝れば、戻って来てくれるなんて。
思い違いも甚だしい。
「期待していたんです」
傑くんなら、私に甘いから……って。
そう考えているくらい、私は甘やかされていた。
大事にされていた。
「実際会って……謝っても意味が無いって。
傑くん、最初から私にお別れ言うために会おうと思っていたんだって気付きました」
好きだと言ってくれたのに、
全てを捨てろと言ってくれたのに、
「今も逃げ道用意して、逃がそうとしてくれてる」
「……わかっていて、逃げないのかい?」
「ねぇ、傑くん。
私……起きたら真っ暗な共有スペースのソファーに居るんです。
任務に行くと相変わらず変な人に声を掛けられちゃうし、よく躓くし。
寝癖は誰も指摘してくれないし、隣の席はいないから硝子ちゃんはよく見えるけど遠いです」
「……そうか」
「隣に居るはずの人がいないってとっても寂しい」
直哉様とは違う。
けれど、似た喪失感。
「私……傑くんが居ないのは寂しいです」
まだ、わからない。
これが何なのか。
「傑くんと一緒に居ると安心するんです」
隣を歩いてくれるとき。
教室に居るとき。
共有スペースにいるとき。
傑くんが隣に居ると大丈夫だ、って思うの。
これが何なのか。
恋なのか、愛なのか、依存なのか、執着なのかわからない。
「流されやすいのはキミの悪いところだよ」
「ねぇ、傑くん」
「………なんだい」
「きっと私は何を選んでも後悔してしまうと思います」
直哉様の時と同じように。
あの人の隣に居たかった。
あの人の隣に居たくなかった。
実際離れると私は後悔してしまった。
だから、きっと何を選んでも後悔してしまう。
自分の気持ちがわからない。
禪院家の方々の言うとおり私はどこか"欠陥品"だからなのだろう。
「選ぶまでもないさ。キミには悟がいる」
「悟くんは特別です。
直哉様とは違う……私にとって唯一無二の大切な存在です」
「知ってるよ。
その関係に何度も嫉妬して、奪いたかったんだから。
悟にとってキミは特別で
キミにとっても悟は特別。
その関係が崩れるほど簡単なものではないと私はよく知っているよ」
「……うん」
色を無くした世界を色付けてくれた存在。
悟くんがいたから私の世界は色を失くさなかった。
悟くんが居てくれたから私は私を保っていられた。
悟くんという存在が私にとっての光だから。
「私が隣に居なくても、悟がいれば平気さ」
きっとこれからも悟くんという存在は直哉様とは別の……特別な存在。
直哉様は私の初恋だった。
悟くんは?悟くんは……言葉に出来ないし、この感情を当てはめる言葉を私は知らないが……悟くんは私にとっての、光のまま。
このまま私は悟くんの腕の中にいれば幸せだし、傷付くことはない。
「私が守らなくてもキミには悟がいる。
その関係に嫉妬して、キミに意識してもらいたくて隣に居たが……分かりきっていたことだ。
私では悟の代わりになどなれない」
くすり、と少し寂しそうな笑う傑くん。
「……傑くん」
「充分だよ。キミが私の事で心を痛める必要は無い」
「私、何を選んでも後悔します」
「何度も言わなくてもわかっているよ」
直哉様を選んでも
悟くんと硝子ちゃんを選んでも
傑くんを選んでも
「捨てるにはどれも大切で……手放したくないんです」
「……そうだね」
「でも……傑くん。
私に対して一つ、認識が間違ってますよ」
クスクスと笑えば、傑くんは眉間にシワを寄せる。
こんな時に笑っている私は傑くんから見たら……おかしな人だろう。
けど、もう取り繕う事は止めよう。
傑くんになら……ありのままぶつかっても大丈夫なんじゃないか、と思ってしまった。
優しい傑くんなら、受け止めてくれるかな?
「直哉様に沢山の婚約者や直哉様を望む相手が居たように……私じゃなくても代わりは居ます」
「……名前?」
「どんな相手でも……代わりなんていくらでも居て、上手くかみ合う事が出来るんです」
私じゃなくていい。
私の代わりなどいくらでもいる。
「私が望んでも、私に選ぶ権利は無い」
最低、だと思う。
けれど……私は私が選ばれない事を知っている。
私は欠陥品だから。
「ねぇ、傑くん。
欠陥品の私を欲しがる人なんていないんですよ?」
「名前……」
知ることが怖い。
どんなに大切にされていても、興味を失われるのは一瞬で……それなら期待などしたくはない。
怖いから分からないフリをして目を閉じる。
そうしているうちに……本当に分からなくなってしまった。
「どんなに好意を寄せられても、私は分かりたくないんです。
がっかりしたくない。
嫌われたくない。
期待などしたくない。
それでも、望まれたいなんて……酷いでしょう?」
愛されたいのに、愛されるのが怖くて。
大切にされたいのに、大切にされるのが怖くて。
好きになりたいのに、好きになるのが怖くて。
どうせ捨てられるなら……と頭を過る。
「そんな私を誰が望んでくれますか?」
私は私の価値をよく知っている。
「悟くんは私を選びません」
「そんなわけっ」
「たまたま悟くんの興味を引いただけです。
これから先……悟くんは一人でも立っていく」
弱い私は足枷となる。
守って貰う価値など無いのに。
「私が悟くんを選んでも、周りは私を認めない」
「そんな事悟が許すわけ無い」
「……直哉様の時も同じでした。
私が直哉様を選んでも、周りは私じゃなくたっていいと言う。
直哉様本人も……」
悟くんと直哉様が同じだとは思わない。
「悟くんに守って貰ってばかりの重りなんて必要とされません」
盾にもなれず、囲われ守られるだけ。
何でも出来る悟くんに私はいらない。
悟くんの隣に立つのなら誰よりも悟くんを理解して、強さが無くては。
背中を預けられるくらいの強さを。
悟くんが弱者へ気を使わなくてもいい強さを。
「悟くんの隣には
傑くんみたいな人じゃないと、駄目なんですよ」
私では無理だ。
悟くんの優しさで囲われても……私はきっと悟くんに答えられない。
「傷の舐めあいのような関係なんて、虚しいだけでしょう?
私は直哉様を忘れられない。
悟くんは傑くんを忘れられない。
お互いにその穴埋めをしていても、いつか必ず限界は来てしまう」
私は悟くんにそんな事を求めていない。
「悟くんとどうこうなりたいわけじゃないんです。
私にとっての悟くんは……特別ではありますが、好きとか一緒に居たいなんて感情ではありません」
憧れている。
その光に手を伸ばす程の勇気も無ければ近くに居てもいい資格も無い。
遠くから眺めているだけでいい。
「酷いですよね。
あんなに守ろうとしてくれているのに……
側に置いてくれているのに。
私はそれに答える気にはなれない、なんて」
欠陥品だ。
誰かの代わりなどいくらでもいる。
私の代わりもいくらでもいる。
代替えの利く部品があるなら、私じゃなくてもいい。
「だから悟くんに私は必要ないんです」
「…………」
卑屈だと言う?
考え過ぎだと言う?
自分の価値を下過ぎると言う?
どんな言葉を投げ掛けられても私はこの認識を変えることは出来ない。
「家族にとって私が一人しかいない存在でも……一族から見たら複数の中の一でしかない。
一族の宿命も無ければ次期当主候補も他にいます。
どこに行っても私の代わりはいて、世界は私がいなくても当たり前に時を重ねる」
偉大な何かになりたいわけじゃない。
卑屈になって嘆きたいわけじゃない。
悲劇のヒロインのような真似事をしたいわけじゃない。
「私はただ、誰かの唯一無二になりたい」
ゆっくりと傑くんを見つめる。
傑くんは驚き、そしてうつむき……くしゃりと表情を歪めた。
「私、今からとても酷い事を言います」
周りは私をいい子だと言った。
周りは私を大人しい子だと言った。
周りは私をまともだと言った。
そんな事無いよ。
自分でも気付いていなかった。
いや……気付こうとしていなかった。
「他の人には代わりがいるのに、傑くんは代わりを選べない」
「……そうだよ」
「傑くんの行く道は魔の道だもの。
ついて行ける人は限られてしまいます」
「そうだ」
「傑くんと共に行けば私は傑くんの唯一無二になれますか?」
狂ってる。
狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる。
「傑くんのような大義も無ければ
私の個人的な我が儘で大切だと言う人を簡単に捨ててしまえるような私を……
捨てるくせに殺せない中途半端な私を
何度も後悔するかもしれない私を
貴方は好きだと言ってくれますか?」
ただ欲望のままに。
私は貴方を利用しようとしている。
「私……傑くんが思っているようなおしとやかで可愛らしい子じゃない。
自分だけが可愛くて、自分しか愛せない……その為に貴方を利用しようとするような腐っている、狂ってるおかしな女です」
傑くんに会いに来たのは
傑くんに謝りたいからじゃない。
傑くんが私だけを見て、私だけを頼って、私だけを愛してくれるんじゃないかと期待していた。
連れ去って、ドロドロに愛して、愛されれば……私が満たされると思ったから。
「こんな酷い女だなんて思わなかったでしょう?」
「……参ったなぁ」
「幻滅しましたか?」
「いや、違うよ。無意識?
私は名前から盛大な告白をされた気分だよ」
くしゃくしゃと髪の毛を乱し、表情を歪めながら笑う傑くん。
何を、言っているのだろうと頭を傾げる。
「聞いてもいいかい?」
「?」
「もしも離反したのが悟だったら……悟に誘われたら名前はついていったかい?」
悟くんが……?
考えてみるが……私は首を横に振る。
「悟くんが離反してもきっとついては……行かなかったかと」
「なぜだい?」
「悟くんが一人の人に執着するイメージが出来ないので」
「……ふふっ、そうか」
楽しそうに笑う傑くん。
私は何かおかしなことを言っただろうか?
「私と来たらもう2度と戻れないよ」
「はい。わかっています」
「直哉君よりも重たいよ?」
「痛いことをしないで、私だけを見て特別扱いする程気持ちが重たいのは大歓迎です」
「悟と対峙した時……私はきっと先に置いて逝くよ」
「その時は一緒に怒られに逝きませんか?」
私もクスクスと笑って返す。
その度に傑くん嬉しそうにしている。
「好き。好きだよ。
本当に好きだからこそ……名前は私と一緒に来て欲しいと思った。
だけど私と居ると幸せには出来ない。
だから挨拶だけで……連れ去る気なんて無かったよ」
今にも泣き出してしまいそうな顔で笑う。
いまだに迷っているのだろう。
何度も口を開いては閉じ……眉間にシワを寄せている。
じっと傑くんからの言葉を待つ。
「本当に、いいのかい?」
「はい」
「一緒に来てくれないか?」
そう言って目尻を下げて笑う傑くんが此方に手を差し出す。
少し開いた私達の距離。
その距離を埋める為に、差し出されたその手を私は迷わず握った。
その瞬間、逞しい傑くんの両腕で力強く抱き締められる。
「……名前っ」
数日。たった数日。
寂しくて、悲しくて……。
欲しかった温もりが与えられたことにほっとした。
冷えきって苦しかった呼吸がやっと出来た気がした。
「傑くんの匂いだ…」
「くすぐったいよ」
「傑くんが足りなかったから」
「あまり可愛らしいことをしないでくれ。
嬉し過ぎて抑えが利かなくなる」
「抑えないで欲しいです」
私を愛してくれるのなら、その全てをぶつけて欲しい。
「私だけをいっぱい愛して」
「どこで覚えて来るんだい?そんな殺し文句」
抱き上げられて、驚いて傑くんの首に腕を回す。
顔の位置が近くなると、傑くんが顔中に口付ける。
「名前携帯出して」
「携帯?」
ポケットから取り出すと、傑くんは地面に落として踏み潰した。
「私が買ってあげる」
「一緒に居るのに必要?」
「やらなきゃいけないことが沢山あるからね。
名前にもしてもらいたい事があるから連絡手段は必要だよ」
ゆっくりと地面に下ろされ、手を繋ぐ。
「行こうか」
「はい!」
しっかりと傑くんの手を握って歩きだした。
息をするたび肺が痛い。
血を流しすぎて目の前が霞む。
「素晴らしい。
本当に素晴らしいよ。
正に世界を変える力だ」
ズルズルと壁に沿って歩く傑くんを支える。
いつも私を抱く両腕は片方しかない。
「ごめん。ごめんね、傑くん……っ
私がもっとしっかり結界を張っていたら……」
「気にするな。
里香さえあれば、せこせこ呪いを集める必要もない。
名前、次だ。次こそ手に入れる!!」
「……うんっ」
特級同士の戦いの間に入り、まともに攻撃を受けて生きていただけ儲けもの。
傑くんの腕が無くなっても
私の目が見えなくなっても
生きていれば次がある。
一歩一歩、高専の外へ出ようと2人で歩く。
だが、傑くんの歩みが止まった。
「遅かったじゃないか、悟」
「……悟くん?」
ズルズルと、壁に力無く座り込む傑くん。
支えきれずに私も一緒に傑くんの隣に座り込む。
正直身体は全部痛いし、目は見えない暗闇だし、耳の奥も痛いし、肺が息をするたび焼けつくように熱くて痛い。
痛いところばかり。
一休憩して、逃げなくちゃ。
傑くんの肩に頭を乗せて目を閉じる。
見えてないのに開けちゃうし、閉じると少し安心するんだよ。
ドッドッドッドッ、と心臓が速い。
「君で詰むとはな。
家族達は無事かい?」
「揃いも揃って逃げ果せたよ。
京都の方もオマエの指示だろ」
「まぁね。
君と違って私は優しいんだ。
あの二人を私にやられる前提で乙骨の起爆剤として送り込んだな」
「そこは信用した。
オマエの様な主義の人間は若い術師を理由もなく殺さないと」
傑くんが笑っている。
悟くんと会えて楽しいのかな?
なんだか急に身体の痛みが消えてきた。
あれだけ早かった心臓も落ち着いてきた。
「名前?」
大丈夫。大丈夫だよ、傑くん。
ちょっと呪力無くなるまで頑張りすぎちゃって眠くなってきただけ。
悟くんと久しぶりだもん、話さなきゃ。
喧嘩したままだったもんね?
「……ありがとう。おやすみ。
私もすぐに追い付くから」
うん、ごめんね。
先に寝ちゃう。
本当は私も懐かしいから悟くんや硝子ちゃんと沢山お話したいなぁ。
悟くんに傑くんに硝子ちゃん。
また4人でお話出来るかもしれないのに……すごくすごく眠たいんだ。
傑くんの腕が回ってギュッと抱き締められる。
片腕だけだから何だか変な感じ。
少し物足りないけど傑くんの腕の中は安心出来て……ふふっ、幸せだなぁ。
傑くんの匂いがする。
傑くんの心臓の音がする。
あぁ、眠たい。
おやすみ、って言いたいのに。
ありがとう、って言いたいのに。
身体が重い。
唇が動かない。
起きたらまたいつもみたいに傑くんに伝えるから。
だから、今日は先に寝ちゃうね。
ーーーおやすみ、傑くん。
今日も明日もずっとずっと、大好き。
あとがき
ハッピー……エンド?
傑離反√での世界線でしたがいかがでしたか?
なかなか思うように書けず遅くなってしまいましたが、各√でこれを一番最初に書きました。
思っていたよりヒロインちゃん病んじゃった(笑)
・闇落ち名前ちゃん(幸せの姿)
駄目駄目扱いされ、代わりはいると刷り込みされすぎた結果、自分はいつでも代用品で他に代えはあると直哉くんの刷り込みのせいで病んじゃった。
唯一無二の悟くんはもう神様扱いで、そんな人の隣とか恐れ多いし無理!!ってそもそもが恋愛感情じゃない。
救ってくれた神様の隣にはもっと優秀な人じゃないと……自分?解釈違いです(スンッ)
傑くんボッチ?マ?マ?
私の事好き?マ?マ?
そしたら私だけ見て私だけ愛してくれるんじゃね?ってなった。
小動物も時に可愛さの皮を脱ぎ捨てて本能で生きるんです。
実際は私の事好きなら好きって言って離さないでよ!
貴方が望むなら全て捨てれるんだから私を欲しがってよ!!
私の唯一無二になってよ!!って盛大に告白しているが、本能的なものであって気持ちを理解しているわけじゃない。
実は母似でねっちょり系だった。
追々傑くんがねっちょりとその本能こそが恋だよー愛だよーって教えられていく。
幸せだから後悔はしてない。
乙骨くんの純愛破壊光線を真正面から受けて結界で耐えたとはいえ呪力の使いすぎの反動で内側パーンと破裂しちゃった。
悟くんと仲直りしてね?………おやすみ、大好き。
・闇落ち傑くん(幸せの姿)
闇落ちはしてしまったが、まさか親友とくっつくと思っていた夢主ちゃんが愛してよ!!って告白ぶちかましてきたので両手ガッツポーズ。
神は私を見捨てなかった!
隣キープしながら世話していて良かった!!
本当に単純で純粋で良かった!!
え?確信犯?まっさかーwww
ボッチで可哀想アピールしたら落ちてくれるなんて思ってなかったけど、同情してくれたらワンチャン無いかな?とか思ってナイヨ。
ちゃんと親友に返そうとはした。
したけど、親友選ばれなかったなーwww
特定の人を作ると思われていないとかザマァwww
いやー、誠実さアピールしてて良かった(にっこり)
あー、好き。めっちゃ好き。
私の嫁可愛すぎない?
もうこれは逃がさずねっとりねっちょりべったり手取り足取り腰絡ませて愛を告げるしかないよね。自覚させてこ。そーしよ。
失礼だな、純愛だよ(ドヤァッ)
夢主が衝撃派緩和してくれる為に飛び込んできたのを片腕で庇って腕パーン。
親友が来て諦めた。
夢主ちゃんが限界そうだったので座り込む。
おいこら親友、私の嫁をじろじろ見るな。
可愛いだろ?綺麗に成長したろ?ざぁんねぇん!!私のだからな!!
隠してやる……おや?おねむかい?
ついてきてくれてありがとう。
私は幸せだよ。……おやすみ、愛してる。
・ボッチ悟くん(不幸せの姿)
いや、何でいないんだよぉぉおおおおおっ!!!
ちょっと任務行って帰ってきたら夢主いなくてSAN値チェック。
数年後、笑顔の親友と一緒に百鬼夜行すっぜヒャッフーー!!って乗り込んできて再びSAN値チェック。
百鬼夜行にはいないし、もしや!?と学校戻ってきたら話す暇も無く親友の腕の中で静かに息を引き取った姿にSAN値チェック……どころじゃぬぇ!!!!!!
心に深い傷しか残らず今日も元気に最強をしてる。
???:おはよう(にっこり)
そう言って目尻を下げて笑う傑くんが此方に手を差し出す。
その手を私は迷わず握った。
傑くんが離反した。
そう、聞かされたのは任務が終わり高専に戻って来てからだった。
まだ暑さの残る9月
夜蛾先生から聞かされた言葉に私はただ言葉を失うしかなかった。
なんで?どうして?
「傑から何か聞いていたか?」
「……何、も」
何も聞いていない。
何も聞かされていない。
そう考えると……私は傑くんの"何"を知っているのかと考えるが、何も……出てこない。
優しくて
強くて
真面目で
呪術師であることに、非呪術師の為に、と責任感が強くて
時々悪ふざけをするお茶目なとこもあって
しっかり者で
世話焼きで
後輩思いで
我慢強くて
沸点が少し低くて
甘いものよりしょっぱい系が好きで
優しく見えるのに少し壁があって
平気そうな顔で呪霊を取り込むけど実は好きじゃなくて
甘えたくなると距離が近くて
拒絶すると距離を置いて
笑顔を作るのが上手くて……
それで、それから、それと……。
傑くんの顔……いつから見てなかったっけ?
セミの鳴き声が響いている。
じわり、じわりと
汗が止まらない。
硝子ちゃんも、悟くんも。
何も言わなかった。
四席あった机も椅子もそのままなのに……一人だけいない。
「見付けたら俺に連絡」
悟くんは"最強"になった。
五条家の相伝術式に特別な眼。
それを完璧に使いこなす頭脳と技術。
誰も悟くんに敵わない。
唯一その隣を並べたであろう傑くんはいないから。
「名前」
「……なぁに?悟くん」
「一人で出掛けんなよ。傑と会っても絶対話すな」
「どうしてですか?
傑くん……もしかしたら、何か理由があって!!勘違い、かも…しれないのに」
村に残っていた残穢。
一人残らず失くなった非呪術師達。
戻らない傑くん。
両親が亡くなり残った残穢。
"何"かあったとしても……
傑くんが戻らない事が何よりの答え。
それでも信じたかった。
嘘だと思いたかった。
仲間を、友を裏切り敵対するなど……
「名前は優し過ぎるから流される」
「悟くんっ」
「傑の口車に乗せられたらオマエ……着いていくだろ」
「けど、理由をしらなきゃっ」
「理由なんざいくらでも作り話出きるだろ!!」
悟くんの大声にビクッと身体がはねた。
大声は嫌い。
威圧的なのも嫌い。
悟くんも自分の出した声に自分で驚き舌打ちをする。
「とにかく……一人で行動すんな」
「悟くんは……傑くんがやったって思ってるんですか?」
非呪術師殺しも
親殺しも
「……結果が全てだろ」
「それでもっ!!傑くんがそうしなくちゃいけない理由がっ」
「名前、やめな」
「でも…っ、でも硝子ちゃん!!」
「殺して逃げた。
理由はどうであれ呪術界の決定が覆ることは無いよ」
「そんなっ」
どんな理由があっても、傑くんがしたのなら許される事ではない。
罪を償う事が処刑。
傑くんが戻って来ないという事は傑くんは罪だと思っていない事になる。
ふと………
廊下を歩くときに。
教室に居るときに。
街を歩いて居るときに。
任務のときに。
共有スペースに居るときに。
隣にいる人へ声を掛けようと見上げてしまう。一人分隣を空けてしまう。
そこには居ないのに……。
いつもなら手を引いてくれる存在がいない。
それはとても寂しくて、淋しくて、さびしくて……。
隣に居た場所に頭を預けようとポスリと倒れてしまうと、そのままソファーへ。
「………傑くん」
当たり前だが温もりの無い隣。
………冷たいや。
「傑……くん?」
「久しぶりだね、名前」
真っ黒なラフな格好だった。
髪の毛はいつもは綺麗に纏めていたのに、今はハーフアップのお団子姿。
まるで学校生活を共にしてきた時のように話しかけてきた傑くんは私の隣に自然に腰掛ける。
「元気にしてたかい?」
「………」
「顔色悪いけどちゃんと食べれてる?」
「………っ」
「……悟に話すな、とでも言われているのかな?」
困った奴だね、なんて笑って話す。
胡散臭いような笑顔とも
張り付けたような笑顔とも違う……
とても自然に笑っているように見えた。
「名前」
私の名前を優しい声で呼ぶ。
目尻を下げて、目を細めて。
口元を緩ませながら私の頭に手を伸ばして撫でる。
「何て顔しているんだい?」
それは此方の台詞だよ?
ちゃんと食べてる?
ちゃんと寝れてる?
ちゃんと休めている?
話しかけたいのに、何を話せばいいかわからない。
「……ごめん。泣かせてしまって」
泣く?
私が泣くなど間違いだ。
傑くんが私の目尻を優しく拭う。
「……どう、して?」
どうして離反したの?
どうして話してくれなかったの?
どうして嘘だと言ってくれないの?
どうしてスッキリした顔をしているの?
その一言に込められた意味を汲み取ってくれた傑くんは少しだけ悲しそうな顔をした。
「そこに居ると私は笑えないんだ」
「……っ」
「非呪術師達を根絶やしにして新しい呪術師だけの世界を作るんだ」
その答えだけでわかってしまった。
あぁ、傑くんは……自分の為の離反じゃないんだ、って。
傑くんはいつだって"誰か"のヒーローだから。
可愛がっていた後輩が
顔見知りの呪術師が
送り迎えをしてくれる補助監督達が
明日を生きる保証は無い。
現に、後輩の灰原くんは亡くなった。
星奬体の子もその付き人も亡くなった。
一人、一人と失ってばかりの呪術界。
なのに……私達の存在は明るみには出ず闇と共に生きている。
つまり
「……傑くんは、誰かの為に?」
「誰かの為にじゃないさ」
「……傑くんは優しいです」
「……まさか呪詛師の私にそんな事を言うなんて思ってもいなかったよ」
「優しいよ。傑くんは優し過ぎるんです」
私の手を引いてくれる人。
泣き虫な私を心配して側に居てくれた人。
私に間違いを教えてくれた人。
私を助けに来てくれた人。
私に恋心を教えてくれた人。
「誰よりも……っ」
誰かの為に身を粉にできる人。
誰かの為に命を賭けられる人。
誰かの為に力を振るえる人。
どうして?何て愚問だったね。
優しい貴方を追い込んだのは……私達、呪術界だ。
力がある為に沢山の負を見てきた。
力があるからと沢山の死に触れてきた。
溜め込まれた負を気に掛けてくれるのに
私達は傑くんの負を気にしていなかった。
私で大丈夫なら
悟くんも硝子ちゃんも大丈夫なら
傑くんも大丈夫だ、なんて思って甘えていた。
……後悔しても、今さら遅すぎる。
「……ごめん。ごめんねっ」
謝っても私が許されたいだけ。
こんな言葉、傑くんには意味がない。
「ありがとう。私の為に泣いてくれて」
穏やかに笑う傑くん。
そんな顔をされたら……間違っている、だなんて言えやしない。
世間から、世界から、間違っていると指を指されようと傑くんは一部の誰かを救っている。
その他大勢よりも一握り。
世界が彼を責めようと……一握りの誰かは救われ、そんな人々の盾となった傑くんを私は責められない。
まだ、17歳。
子供なのに、世界へと牙を剥けるのは誰もが無謀だと思う。
ーーーそれでも
傑くんは己の大義の為に牙を剥けた。
「…………」
私は、絶対に出来ない。
誰かの為より自分の事ばかりだし、そもそも世界を驚かせるような力もない。
どんなに苦しくても、しんどくても、笑えなくなりそうになっても……私の周りは私を気に掛けてくれる人がいた。
その一人が傑くんで、些細なことも気に掛けてくれていた。
直哉様の時も
出掛けた時も
任務後の時も
灰原くんの時も
いつだって傑くんは私を助けてくれた。
「私は名前と居られない」
「っ!!」
「名前は少し……いや、かなり心配な所が多いから。
気をつけなきゃいけないよ」
子供に言い聞かせるように。
淡々と話す。
「出掛ける時は必ず悟や硝子と行かなきゃ。
あぁ、私が渡したブザーも忘れずにね?
任務後疲れて共有スペースで寝るのも良くないよ。もう部屋に戻してあげられない。
元婚約君は……悟がどうにかするだろうし、あぁ七海も頼りになるね。
けど七海も溜め込みやすいから心配かけさせちゃいけないよ?」
やめて。やだよ。
そんなお別れの言葉のように。
「寝癖……もう、直してあげられないね。
お風呂後に名前に髪を乾かして貰うの好きだったな。
呪霊を飲み込む時に名前がいなきゃ酷い気持ちになるが……今までと違って私の為に飲み込むから苦にはならないかな。
……言いたいこと、話したいこと沢山あったのに
いざとなると……出てこないものだな」
くすり、と笑って私を撫でる。
その撫でていた手も離れてしまった。
「名前」
「……な、に?」
「私がキミを好きだ、って言ったら
キミは答えてくれるかい?」
「……え?」
傑くんの言葉に耳を疑う。
「家族も、友も。
悟も硝子も何もかも捨てて」
家族も?友達も?
傑くんを見上げると……傑くんは笑っていた。
申し訳無さそうに。
悲しそうに。
「……冗談だよ」
くすり、と笑って腰掛けていた場所から立ち上がる。
「最後に会えて良かった。
悟は過保護だから名前とは会えないと思っていたから」
「……ねぇ、傑くん」
「んー?なんだい?」
言われて、気付いた。
「傑くんを守る人は居てくれますか?」
「……これから出来るさ」
「今は?」
17歳。
親もいない。
友達もいない。
世間から弾かれ、悪となっても何かを守ろうと盾となる覚悟をした。
強さ故に可能だろう。
口の上手い、世渡り上手な傑くんであればきっと仲間も増えていく。
その中で誰が傑くんを守ってくれる?
その中で誰が傑くんを裏切らない?
「私が決めた事だ。
楽な道のりではないとわかりきってるさ」
「一人は寂しいです」
「一人じゃない。守るべき家族がいるんだ」
「それは守るべき人であって傑くんを守る人じゃないです」
「じゃあ名前がなってくれるとでも言うのかい?」
少しだけ苛ついたような声で私を見る。
「キミは家族が好きで、悟や硝子も好きで、その他諸々の人間達を捨てられないだろう?」
ハッ、と吐き捨てるように笑う。
……少しだけ、先ほどの表情の意味がわかった。
「私のように簡単に捨てられやしないだろ」
言葉は刺々しいのに………ほら。
傑くんは優し過ぎる。
「傑くんが簡単に捨てた、なんて思って無いですっ!!」
実の両親に手を出すなんて余程の覚悟がないと出来ない。
傑くんは非呪術師を手にかけた後で家族に手をかけたのではないか、と聞いた。
もしもそれが本当だとしたら……
「理由はどうであれ、呪術界は非呪術師を殺した傑くんを許さない」
「そうだ」
「……傑くんの責任を傑くんの家族に問い詰め罪を償えって可能はありますから」
一般家庭の呪術界と関係の無い両親だとしても……呪術界は傑くんの両親へ離反の理由を押し付けると思う。
その方法が死刑か、捕虜か、はたまた次の傑くんと同じポテンシャルを持つ子を産ませる為に……。
「呪術界は平気でそんな事をします。
弱きを助け……なんて建前。
使えるものはどんな事をしても使います」
特級クラスを産めたなら傑くんのお母さんは充分優秀な胎と判断されてどんな扱いをされるか……。
お父さんだって女を宛がわれるだろう。
一生幽閉されながら胎として、種として扱われてしまう。
産まれた子に術式や呪力が無ければ……そう考えると生きている方が地獄となる。
「傑くんが両親に手を下しても……私は傑くんを責められません」
腐ってる。
この世界は腐ってる。
「傑くんの覚悟を傑くん本人が簡単、なんて言っちゃ駄目です」
どんな想いで手を出したんだろう?
例え本当に非呪術師を嫌っても……今までの両親との記憶が、思い出が消えてしまうわけじゃない。
「駄目、です……っ。
傑くんが、傑くんの決意を簡単なんて言っちゃ」
「……参ったね。
そんな優しい言葉を返されるなんて」
くしゃり、と顔を歪ませて泣きそうな顔をして笑う傑くん。
……今の傑くんは子供みたいだ。
決めた道を進んでいるのに不安で、怖くて。
それでも進むと決めているから後戻りなんて出来なくて。
完璧で、頼りになって、心強い傑くんじゃない。
どんなに大人ぶっても、まだ17歳。
私と同じ子供なんだ。
ただ、違うのは……傑くんは一人だということ。
「ねぇ、傑くん。
どうして今日、私一人で居ると思いますか?」
「え?」
「私ね、初めて悟くんとの約束……破っちゃいました」
今日外に出ている事は誰にも言っていない。
任務があったわけでも
用事があったわけでもない。
「悟くんも硝子ちゃんも傑くんを探しているのに、私だけ駄目って言われてました」
「……だろうね」
「私は傑くんの言葉に流されるからって止められてて……」
「……どうしてって聞いても?」
「傑くんの離反した理由を傑くんから教えてほしかった」
………いや、違う。違うの。こんな綺麗事を並べるために来たんじゃない。
確かに聞きたかったけど、根本的なものは違う。
もっと酷く、もっと汚く、もっと自己中心的な……。
「……そんなの建前で、私はただ自己満足に傑くんから許されたかったんです」
「名前?」
どうして?と疑問を投げつける事より
あんなに一緒に居たのに気付けなかった。
「許されたかっただけなの」
「……許すも何も無いさ。名前のせいじゃない」
「傑くんは優しいから謝ったら許してくれるって。
隣に居てくれるんじゃないかって……。
そしたら……また、戻って来てくれるんじゃないかって……」
傲慢だ。
私が謝れば、戻って来てくれるなんて。
思い違いも甚だしい。
「期待していたんです」
傑くんなら、私に甘いから……って。
そう考えているくらい、私は甘やかされていた。
大事にされていた。
「実際会って……謝っても意味が無いって。
傑くん、最初から私にお別れ言うために会おうと思っていたんだって気付きました」
好きだと言ってくれたのに、
全てを捨てろと言ってくれたのに、
「今も逃げ道用意して、逃がそうとしてくれてる」
「……わかっていて、逃げないのかい?」
「ねぇ、傑くん。
私……起きたら真っ暗な共有スペースのソファーに居るんです。
任務に行くと相変わらず変な人に声を掛けられちゃうし、よく躓くし。
寝癖は誰も指摘してくれないし、隣の席はいないから硝子ちゃんはよく見えるけど遠いです」
「……そうか」
「隣に居るはずの人がいないってとっても寂しい」
直哉様とは違う。
けれど、似た喪失感。
「私……傑くんが居ないのは寂しいです」
まだ、わからない。
これが何なのか。
「傑くんと一緒に居ると安心するんです」
隣を歩いてくれるとき。
教室に居るとき。
共有スペースにいるとき。
傑くんが隣に居ると大丈夫だ、って思うの。
これが何なのか。
恋なのか、愛なのか、依存なのか、執着なのかわからない。
「流されやすいのはキミの悪いところだよ」
「ねぇ、傑くん」
「………なんだい」
「きっと私は何を選んでも後悔してしまうと思います」
直哉様の時と同じように。
あの人の隣に居たかった。
あの人の隣に居たくなかった。
実際離れると私は後悔してしまった。
だから、きっと何を選んでも後悔してしまう。
自分の気持ちがわからない。
禪院家の方々の言うとおり私はどこか"欠陥品"だからなのだろう。
「選ぶまでもないさ。キミには悟がいる」
「悟くんは特別です。
直哉様とは違う……私にとって唯一無二の大切な存在です」
「知ってるよ。
その関係に何度も嫉妬して、奪いたかったんだから。
悟にとってキミは特別で
キミにとっても悟は特別。
その関係が崩れるほど簡単なものではないと私はよく知っているよ」
「……うん」
色を無くした世界を色付けてくれた存在。
悟くんがいたから私の世界は色を失くさなかった。
悟くんが居てくれたから私は私を保っていられた。
悟くんという存在が私にとっての光だから。
「私が隣に居なくても、悟がいれば平気さ」
きっとこれからも悟くんという存在は直哉様とは別の……特別な存在。
直哉様は私の初恋だった。
悟くんは?悟くんは……言葉に出来ないし、この感情を当てはめる言葉を私は知らないが……悟くんは私にとっての、光のまま。
このまま私は悟くんの腕の中にいれば幸せだし、傷付くことはない。
「私が守らなくてもキミには悟がいる。
その関係に嫉妬して、キミに意識してもらいたくて隣に居たが……分かりきっていたことだ。
私では悟の代わりになどなれない」
くすり、と少し寂しそうな笑う傑くん。
「……傑くん」
「充分だよ。キミが私の事で心を痛める必要は無い」
「私、何を選んでも後悔します」
「何度も言わなくてもわかっているよ」
直哉様を選んでも
悟くんと硝子ちゃんを選んでも
傑くんを選んでも
「捨てるにはどれも大切で……手放したくないんです」
「……そうだね」
「でも……傑くん。
私に対して一つ、認識が間違ってますよ」
クスクスと笑えば、傑くんは眉間にシワを寄せる。
こんな時に笑っている私は傑くんから見たら……おかしな人だろう。
けど、もう取り繕う事は止めよう。
傑くんになら……ありのままぶつかっても大丈夫なんじゃないか、と思ってしまった。
優しい傑くんなら、受け止めてくれるかな?
「直哉様に沢山の婚約者や直哉様を望む相手が居たように……私じゃなくても代わりは居ます」
「……名前?」
「どんな相手でも……代わりなんていくらでも居て、上手くかみ合う事が出来るんです」
私じゃなくていい。
私の代わりなどいくらでもいる。
「私が望んでも、私に選ぶ権利は無い」
最低、だと思う。
けれど……私は私が選ばれない事を知っている。
私は欠陥品だから。
「ねぇ、傑くん。
欠陥品の私を欲しがる人なんていないんですよ?」
「名前……」
知ることが怖い。
どんなに大切にされていても、興味を失われるのは一瞬で……それなら期待などしたくはない。
怖いから分からないフリをして目を閉じる。
そうしているうちに……本当に分からなくなってしまった。
「どんなに好意を寄せられても、私は分かりたくないんです。
がっかりしたくない。
嫌われたくない。
期待などしたくない。
それでも、望まれたいなんて……酷いでしょう?」
愛されたいのに、愛されるのが怖くて。
大切にされたいのに、大切にされるのが怖くて。
好きになりたいのに、好きになるのが怖くて。
どうせ捨てられるなら……と頭を過る。
「そんな私を誰が望んでくれますか?」
私は私の価値をよく知っている。
「悟くんは私を選びません」
「そんなわけっ」
「たまたま悟くんの興味を引いただけです。
これから先……悟くんは一人でも立っていく」
弱い私は足枷となる。
守って貰う価値など無いのに。
「私が悟くんを選んでも、周りは私を認めない」
「そんな事悟が許すわけ無い」
「……直哉様の時も同じでした。
私が直哉様を選んでも、周りは私じゃなくたっていいと言う。
直哉様本人も……」
悟くんと直哉様が同じだとは思わない。
「悟くんに守って貰ってばかりの重りなんて必要とされません」
盾にもなれず、囲われ守られるだけ。
何でも出来る悟くんに私はいらない。
悟くんの隣に立つのなら誰よりも悟くんを理解して、強さが無くては。
背中を預けられるくらいの強さを。
悟くんが弱者へ気を使わなくてもいい強さを。
「悟くんの隣には
傑くんみたいな人じゃないと、駄目なんですよ」
私では無理だ。
悟くんの優しさで囲われても……私はきっと悟くんに答えられない。
「傷の舐めあいのような関係なんて、虚しいだけでしょう?
私は直哉様を忘れられない。
悟くんは傑くんを忘れられない。
お互いにその穴埋めをしていても、いつか必ず限界は来てしまう」
私は悟くんにそんな事を求めていない。
「悟くんとどうこうなりたいわけじゃないんです。
私にとっての悟くんは……特別ではありますが、好きとか一緒に居たいなんて感情ではありません」
憧れている。
その光に手を伸ばす程の勇気も無ければ近くに居てもいい資格も無い。
遠くから眺めているだけでいい。
「酷いですよね。
あんなに守ろうとしてくれているのに……
側に置いてくれているのに。
私はそれに答える気にはなれない、なんて」
欠陥品だ。
誰かの代わりなどいくらでもいる。
私の代わりもいくらでもいる。
代替えの利く部品があるなら、私じゃなくてもいい。
「だから悟くんに私は必要ないんです」
「…………」
卑屈だと言う?
考え過ぎだと言う?
自分の価値を下過ぎると言う?
どんな言葉を投げ掛けられても私はこの認識を変えることは出来ない。
「家族にとって私が一人しかいない存在でも……一族から見たら複数の中の一でしかない。
一族の宿命も無ければ次期当主候補も他にいます。
どこに行っても私の代わりはいて、世界は私がいなくても当たり前に時を重ねる」
偉大な何かになりたいわけじゃない。
卑屈になって嘆きたいわけじゃない。
悲劇のヒロインのような真似事をしたいわけじゃない。
「私はただ、誰かの唯一無二になりたい」
ゆっくりと傑くんを見つめる。
傑くんは驚き、そしてうつむき……くしゃりと表情を歪めた。
「私、今からとても酷い事を言います」
周りは私をいい子だと言った。
周りは私を大人しい子だと言った。
周りは私をまともだと言った。
そんな事無いよ。
自分でも気付いていなかった。
いや……気付こうとしていなかった。
「他の人には代わりがいるのに、傑くんは代わりを選べない」
「……そうだよ」
「傑くんの行く道は魔の道だもの。
ついて行ける人は限られてしまいます」
「そうだ」
「傑くんと共に行けば私は傑くんの唯一無二になれますか?」
狂ってる。
狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる。
「傑くんのような大義も無ければ
私の個人的な我が儘で大切だと言う人を簡単に捨ててしまえるような私を……
捨てるくせに殺せない中途半端な私を
何度も後悔するかもしれない私を
貴方は好きだと言ってくれますか?」
ただ欲望のままに。
私は貴方を利用しようとしている。
「私……傑くんが思っているようなおしとやかで可愛らしい子じゃない。
自分だけが可愛くて、自分しか愛せない……その為に貴方を利用しようとするような腐っている、狂ってるおかしな女です」
傑くんに会いに来たのは
傑くんに謝りたいからじゃない。
傑くんが私だけを見て、私だけを頼って、私だけを愛してくれるんじゃないかと期待していた。
連れ去って、ドロドロに愛して、愛されれば……私が満たされると思ったから。
「こんな酷い女だなんて思わなかったでしょう?」
「……参ったなぁ」
「幻滅しましたか?」
「いや、違うよ。無意識?
私は名前から盛大な告白をされた気分だよ」
くしゃくしゃと髪の毛を乱し、表情を歪めながら笑う傑くん。
何を、言っているのだろうと頭を傾げる。
「聞いてもいいかい?」
「?」
「もしも離反したのが悟だったら……悟に誘われたら名前はついていったかい?」
悟くんが……?
考えてみるが……私は首を横に振る。
「悟くんが離反してもきっとついては……行かなかったかと」
「なぜだい?」
「悟くんが一人の人に執着するイメージが出来ないので」
「……ふふっ、そうか」
楽しそうに笑う傑くん。
私は何かおかしなことを言っただろうか?
「私と来たらもう2度と戻れないよ」
「はい。わかっています」
「直哉君よりも重たいよ?」
「痛いことをしないで、私だけを見て特別扱いする程気持ちが重たいのは大歓迎です」
「悟と対峙した時……私はきっと先に置いて逝くよ」
「その時は一緒に怒られに逝きませんか?」
私もクスクスと笑って返す。
その度に傑くん嬉しそうにしている。
「好き。好きだよ。
本当に好きだからこそ……名前は私と一緒に来て欲しいと思った。
だけど私と居ると幸せには出来ない。
だから挨拶だけで……連れ去る気なんて無かったよ」
今にも泣き出してしまいそうな顔で笑う。
いまだに迷っているのだろう。
何度も口を開いては閉じ……眉間にシワを寄せている。
じっと傑くんからの言葉を待つ。
「本当に、いいのかい?」
「はい」
「一緒に来てくれないか?」
そう言って目尻を下げて笑う傑くんが此方に手を差し出す。
少し開いた私達の距離。
その距離を埋める為に、差し出されたその手を私は迷わず握った。
その瞬間、逞しい傑くんの両腕で力強く抱き締められる。
「……名前っ」
数日。たった数日。
寂しくて、悲しくて……。
欲しかった温もりが与えられたことにほっとした。
冷えきって苦しかった呼吸がやっと出来た気がした。
「傑くんの匂いだ…」
「くすぐったいよ」
「傑くんが足りなかったから」
「あまり可愛らしいことをしないでくれ。
嬉し過ぎて抑えが利かなくなる」
「抑えないで欲しいです」
私を愛してくれるのなら、その全てをぶつけて欲しい。
「私だけをいっぱい愛して」
「どこで覚えて来るんだい?そんな殺し文句」
抱き上げられて、驚いて傑くんの首に腕を回す。
顔の位置が近くなると、傑くんが顔中に口付ける。
「名前携帯出して」
「携帯?」
ポケットから取り出すと、傑くんは地面に落として踏み潰した。
「私が買ってあげる」
「一緒に居るのに必要?」
「やらなきゃいけないことが沢山あるからね。
名前にもしてもらいたい事があるから連絡手段は必要だよ」
ゆっくりと地面に下ろされ、手を繋ぐ。
「行こうか」
「はい!」
しっかりと傑くんの手を握って歩きだした。
息をするたび肺が痛い。
血を流しすぎて目の前が霞む。
「素晴らしい。
本当に素晴らしいよ。
正に世界を変える力だ」
ズルズルと壁に沿って歩く傑くんを支える。
いつも私を抱く両腕は片方しかない。
「ごめん。ごめんね、傑くん……っ
私がもっとしっかり結界を張っていたら……」
「気にするな。
里香さえあれば、せこせこ呪いを集める必要もない。
名前、次だ。次こそ手に入れる!!」
「……うんっ」
特級同士の戦いの間に入り、まともに攻撃を受けて生きていただけ儲けもの。
傑くんの腕が無くなっても
私の目が見えなくなっても
生きていれば次がある。
一歩一歩、高専の外へ出ようと2人で歩く。
だが、傑くんの歩みが止まった。
「遅かったじゃないか、悟」
「……悟くん?」
ズルズルと、壁に力無く座り込む傑くん。
支えきれずに私も一緒に傑くんの隣に座り込む。
正直身体は全部痛いし、目は見えない暗闇だし、耳の奥も痛いし、肺が息をするたび焼けつくように熱くて痛い。
痛いところばかり。
一休憩して、逃げなくちゃ。
傑くんの肩に頭を乗せて目を閉じる。
見えてないのに開けちゃうし、閉じると少し安心するんだよ。
ドッドッドッドッ、と心臓が速い。
「君で詰むとはな。
家族達は無事かい?」
「揃いも揃って逃げ果せたよ。
京都の方もオマエの指示だろ」
「まぁね。
君と違って私は優しいんだ。
あの二人を私にやられる前提で乙骨の起爆剤として送り込んだな」
「そこは信用した。
オマエの様な主義の人間は若い術師を理由もなく殺さないと」
傑くんが笑っている。
悟くんと会えて楽しいのかな?
なんだか急に身体の痛みが消えてきた。
あれだけ早かった心臓も落ち着いてきた。
「名前?」
大丈夫。大丈夫だよ、傑くん。
ちょっと呪力無くなるまで頑張りすぎちゃって眠くなってきただけ。
悟くんと久しぶりだもん、話さなきゃ。
喧嘩したままだったもんね?
「……ありがとう。おやすみ。
私もすぐに追い付くから」
うん、ごめんね。
先に寝ちゃう。
本当は私も懐かしいから悟くんや硝子ちゃんと沢山お話したいなぁ。
悟くんに傑くんに硝子ちゃん。
また4人でお話出来るかもしれないのに……すごくすごく眠たいんだ。
傑くんの腕が回ってギュッと抱き締められる。
片腕だけだから何だか変な感じ。
少し物足りないけど傑くんの腕の中は安心出来て……ふふっ、幸せだなぁ。
傑くんの匂いがする。
傑くんの心臓の音がする。
あぁ、眠たい。
おやすみ、って言いたいのに。
ありがとう、って言いたいのに。
身体が重い。
唇が動かない。
起きたらまたいつもみたいに傑くんに伝えるから。
だから、今日は先に寝ちゃうね。
ーーーおやすみ、傑くん。
今日も明日もずっとずっと、大好き。
あとがき
ハッピー……エンド?
傑離反√での世界線でしたがいかがでしたか?
なかなか思うように書けず遅くなってしまいましたが、各√でこれを一番最初に書きました。
思っていたよりヒロインちゃん病んじゃった(笑)
・闇落ち名前ちゃん(幸せの姿)
駄目駄目扱いされ、代わりはいると刷り込みされすぎた結果、自分はいつでも代用品で他に代えはあると直哉くんの刷り込みのせいで病んじゃった。
唯一無二の悟くんはもう神様扱いで、そんな人の隣とか恐れ多いし無理!!ってそもそもが恋愛感情じゃない。
救ってくれた神様の隣にはもっと優秀な人じゃないと……自分?解釈違いです(スンッ)
傑くんボッチ?マ?マ?
私の事好き?マ?マ?
そしたら私だけ見て私だけ愛してくれるんじゃね?ってなった。
小動物も時に可愛さの皮を脱ぎ捨てて本能で生きるんです。
実際は私の事好きなら好きって言って離さないでよ!
貴方が望むなら全て捨てれるんだから私を欲しがってよ!!
私の唯一無二になってよ!!って盛大に告白しているが、本能的なものであって気持ちを理解しているわけじゃない。
実は母似でねっちょり系だった。
追々傑くんがねっちょりとその本能こそが恋だよー愛だよーって教えられていく。
幸せだから後悔はしてない。
乙骨くんの純愛破壊光線を真正面から受けて結界で耐えたとはいえ呪力の使いすぎの反動で内側パーンと破裂しちゃった。
悟くんと仲直りしてね?………おやすみ、大好き。
・闇落ち傑くん(幸せの姿)
闇落ちはしてしまったが、まさか親友とくっつくと思っていた夢主ちゃんが愛してよ!!って告白ぶちかましてきたので両手ガッツポーズ。
神は私を見捨てなかった!
隣キープしながら世話していて良かった!!
本当に単純で純粋で良かった!!
え?確信犯?まっさかーwww
ボッチで可哀想アピールしたら落ちてくれるなんて思ってなかったけど、同情してくれたらワンチャン無いかな?とか思ってナイヨ。
ちゃんと親友に返そうとはした。
したけど、親友選ばれなかったなーwww
特定の人を作ると思われていないとかザマァwww
いやー、誠実さアピールしてて良かった(にっこり)
あー、好き。めっちゃ好き。
私の嫁可愛すぎない?
もうこれは逃がさずねっとりねっちょりべったり手取り足取り腰絡ませて愛を告げるしかないよね。自覚させてこ。そーしよ。
失礼だな、純愛だよ(ドヤァッ)
夢主が衝撃派緩和してくれる為に飛び込んできたのを片腕で庇って腕パーン。
親友が来て諦めた。
夢主ちゃんが限界そうだったので座り込む。
おいこら親友、私の嫁をじろじろ見るな。
可愛いだろ?綺麗に成長したろ?ざぁんねぇん!!私のだからな!!
隠してやる……おや?おねむかい?
ついてきてくれてありがとう。
私は幸せだよ。……おやすみ、愛してる。
・ボッチ悟くん(不幸せの姿)
いや、何でいないんだよぉぉおおおおおっ!!!
ちょっと任務行って帰ってきたら夢主いなくてSAN値チェック。
数年後、笑顔の親友と一緒に百鬼夜行すっぜヒャッフーー!!って乗り込んできて再びSAN値チェック。
百鬼夜行にはいないし、もしや!?と学校戻ってきたら話す暇も無く親友の腕の中で静かに息を引き取った姿にSAN値チェック……どころじゃぬぇ!!!!!!
心に深い傷しか残らず今日も元気に最強をしてる。
???:おはよう(にっこり)