呪縛
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「しあわせに……っ!!なり、たいっ!!」
ただ、願う事。
普通の幸せでいい。
普通の生活でいい。
友達と話し
友達と遊び
胸を締め付けられる恋をして
誰かを愛し
そのたった一人。
心から愛した人と共に過ごし子を授かりたい。
それは聞く人によってはとても贅沢な願いなのかもしれない。
けれど……私はっ
父と母のような暖かな家庭で過ごしたい。
「幸せって何なん」
直哉様の氷のように冷たい言葉に身体が跳ねる。
見上げた先、何の感情も無い瞳で見下ろしている直哉様が。
「名前ちゃんに幸せなんて必要無いやろ」
お金で買われた私が望むなど、必要無い事だろう。
買われたのなら返せるほどのものを差し出さなくてはいけない。
我が家が禪院家から受け取った金額は総額いくらなのか……。
そう考えるとやはり夢物語のように願ってはいけない。
私一人の我が儘で迷惑をかけられない。
「……申し訳、ございませっ」
慣れた言葉。
やっぱり私の我が儘など口にしてはいけない。
頭を下げて直哉様に土下座する。
「名前」
悟くんの声が響く。
顔を上げれば……真っ直ぐに此方を見ている。
「俺はオマエの言葉で聞きたい。
そこのクソ野郎に言わされている言葉じゃなく、名前が考えて名前が出した答え」
「……っ」
「名前。いいんだよ。
キミの言葉を伝えても誰も迷惑などかからないから」
悟くんも、傑くんも此方を見ていた。
わからない。
何が正しくて、何が間違えているのか。
直哉様の言葉は間違えていないはずなのに……私が願う幸せは無い。
「言えよ。
誰の迷惑だとか考え無いでたった一言」
「ひと、こと……」
「"助けて"って」
助けて?
私が?
「殴られんのも嫌。
我慢ばかりも嫌。
母胎扱いも嫌。
そんな暮らしで生きていくと決めたなら俺らも手を引く。
けど幸せになりたいって願うならちゃんと叫べ」
「………っ」
「名前の生活は"普通"ではないよ。
そして名前が決められた道でもない。
名前が選びたい道はこれからキミが決められる。
その為の一歩としてまずはそこから抜け出さなきゃいつまでも幸せにはなれないよ」
悟くんの言葉が
傑くんの言葉が
私の胸を締め付ける。
「名前ちゃん」
「……直哉、様」
私の幸せ。
私の道。
「……」
直哉様の為じゃなく。
家族の為じゃなく。
私が欲しい幸せ。
「……イヤ」
我が儘でいい。
悪い子でいい。
地獄に落ちてもいいから……
私の、本音を溢していいなら
「もう、痛い思いしたく、ない……っ」
殴られるのは痛い。
叩かれるのも痛い。
傷は治っても心はずっと痛いまま。
「好きな人との……子供が、いいっ」
悟くんと傑くんと硝子ちゃんと行った漫画喫茶。
恋愛話の漫画で私のように婚約者が出来た物があったけれど、最後は幸せになっていた。
意地悪されることはあっても最後は愛されていた。
学校で出会った人と。
幼馴染と。
道端で出会った人と。
色々な種類の恋物語は必ず素敵な終わり方をしていた。
漫画みたいな恋をしたいとは思っていないが……私も幸せになりたいと思えるようになった。
「悟くん……傑くん……っ」
私は逃げ出したかった。
だから直哉様から離れた。
普通でいい。
呪力や術式など関係無く、呪術界の為でもなく。
私の為に、私の好きに生きていいのなら……
「硝子ちゃんと、悟くんと、傑くんと一緒に居たい……」
「隣に居ろよ」
「居ていいんだよ」
「名前ちゃん……自分、何言ってるかわかっとるん?
アイツらに唆されたんか?」
「私……直哉様が、わからないっ。
どうしたら好かれるのかも、どうしたら怒られないのかもっ!!
直哉様の機嫌ばかり伺っていても私の代わりはいくらでも居て……っ」
私じゃなくていいのなら。
「私……直哉様の婚約者、止めたいっ」
「……あ"?」
「もう、やだよ……っ。
怖いのも、痛いのも、我慢も……っ!!」
「ええ加減にせぇよ」
怒っている直哉様がいる。
使用人達が冷めた目で見てくる。
それでも
私の言葉を待っていてくれる友達がいる。
私の帰りを待っていてくれる友達がいる。
私の為なら、と動いてくれた友達がいる。
「……けて」
私は、もう普通を知ってしまった。
愛される事を知ってしまった。
大切にされる事を知ってしまった。
「助けて……っ」
「ん。よく言った」
ふわり、と暖かな体温に包まれる。
こんな私でも、迷惑ばかり掛けてしまっているのに……。
悟くんは、私に手を伸ばしてくれた。
子供の頃からいつも。
私の心が折れそうになると必ず助けてくれる温もり。
この温もりに何度も助けられ、支えられた。
色を失くす前に色を残してくれた。
色を広げてくれた。
一度は諦め黒く染まりそうだった世界に与えられた光。
そして……色の無い世界から抜け出させて新しい世界を見せてくれた。
「帰ろ」
空に星が散りばめられた水色が私を覗いている。
この色に、この空に何度も救われている。
手を伸ばせばしっかりと手を握り返してくれる。
頭ごと体を包み込まれて悟くんの匂いに安心してしまう。
「酷ない?まるで俺が名前ちゃん虐めとるみたいな言い方」
「実際そうだろ」
「悟君こそわかっとる?
その子は俺の婚約者やぞ」
「だから?」
「禪院家の婚約者寝取るんなんて五条家は何考えとるん?
責任取れるんか?クソガキがっ!!」
ぶわりっ、と直哉様の怒りと共に呪力が辺りを覆う。
時期禪院家当主と名を上げている直哉様。
直哉様は御三家だからじゃない。
親の七光りで自信があるわけじゃない。
直哉様個人の実力が禪院家の名を持つ者の中で当主様の次にあるからだ。
悟くんと面と向かって睨み合う直哉様。
「何の騒ぎだ」
人が壁や端に寄り道を開ける。
その中央を歩いてきたのは禪院家の御当主……直毘人様。
「五条のとこの倅がなぜ此処に?」
「よぉ、クソ爺。
お宅のクソな息子と話すより話が早ェわ」
悟くんが直毘人様の前へ。
「いくら?」
「何の話だ」
「いくらで名前の婚約破棄できんのって聞いてんだよ。
耳も頭も悪くなった?」
「名前?」
チラリ、と視線を投げられる。
その圧に身を縮める事しか出来ず息すら止めてしまう。
「この娘が五条家に必要だとでも?」
「は?別にそんなんじゃねーよ」
「ならなぜそこまで庇う?」
「初めてのダチが困ってんなら助けるだろ」
初めての……?
悟くんを見上げるが、悟くんは直毘人様を見ている。
私……悟くんの、初めての友達だった。
その事実に胸に込み上げてくる嬉しさと恥ずかしさ。
「はっはっはっ!!
ダチ一人の為だけに禪院家に喧嘩を売ると?」
「高値で売ってやろうか?
なんなら腐った考え失くす為に皆殺しして滅ぼしてやるよ」
「吼えるな小僧」
「いくらでも喉元噛み千切ってやる」
楽しくないはずの会話を楽しそうに話す二人。
「悟、私の事を忘れられるのは困るよ」
「笑顔で呪霊出すとかマジギレじゃん」
「怒っているからね」
呪霊を出しながら近寄ってきた傑くん。
私の頭に手をのせて撫でると「頑張ったね」と笑いかけてくれた。
「直哉」
「……何」
「その娘の術式と呪力は?」
「ただの結界術と少ない呪力や」
「相伝を産める器か?」
「知らん。他と変わりない」
「ふむ……。ならいらんな」
「は?」
直毘人様の言葉に心臓が止まりそうになる。
いらない?
私は……禪院家に、いらない。
こんなにもあっさり捨てられるなどと思っておらず今までの生活は何だったのかと思ってしまう。
「欲しければくれてやる。
その娘に拘らなくても婚約者候補などいくらでもいる」
「へぇ、随分簡単に言うじゃん」
「ただし」
ニヤリ、と笑う直毘人様。
「その娘に投資した分を五条家が支払え」
「いくらだよ」
「3億」
指を三本立てる。
確かに我が家への寄付金や数年禪院家で花嫁修業として過ごした日々などを考えれば妥当……いや、それにしても高値である。
「そんなんでいいのかよ」
「その娘に拘らねばならぬ程の魅力は無い」
「言ったな?」
携帯を取り出しどこかへ連絡をする。
「もしもし?俺。
禪院家宛に今すぐ俺の口座から三億振り込んで。
いいから黙って振り込めよ」
連絡を済ませ再び直毘人様を見る。
「これでいいだろ?」
「思いきりのいい小僧だな」
「ちゃんと婚約破棄しろよ」
「金額を確認次第進めろ」
「畏まりました」
付き人に言い付けて笑う直毘人様。
もう話すことは無いと悟くんに抱え上げられて慌てて肩に手を置く。
「帰るか」
「硝子が妹さん達と待ってるよ」
壊した塀から堂々と出ていく。
一度直哉様を振り向くが……直哉様は私など見ていなかった。
一歩、一歩遠ざかる。
その度に禪院家から解放されていく解放感と、好きだと思えた相手への終わりに涙が零れる。
初めての恋心だった。
どこが?と聞かれてもわからない。
酷い扱い方だったと思っている。
このまま我慢して一生虐げられるより良かったと思っている。
愛されていなかったかもしれない。
名ばかりの婚約者などそんなもので愛し合えると思っていた方が間違いだったと思う。
けど
優しい笑顔も
優しい手つきも
抱き締められた温もりも
重ねた唇も
全てが嘘だったとは思えない。
幼いながらに初めて貴方に恋をして
貴方に愛されたいと願ったこの気持ちが偽りや作られたものだったとしても……
好き。
好きでした。
どんな事をされても
周りから異常に見えても
確かに私は禪院家の中で直哉様に守られ、大切にされていた。
直哉様の気紛れだったのかもしれない。
可哀想だと憐れられたのかもしれない。
それでも私は貴方に恋をして、貴方に愛されたいと願った。
「ひっく……ふっ、……っ」
傑くんが背中を撫でてくれる。
悟くんが頭を抑えてくれる。
「何も聞こえてねーから」
「………今日は工事の音が酷いからね」
嗚咽を耐えるように悟くんの肩に顔を埋める。
誰が何と言おうと
私にとって直哉様は
初恋でした。
家に戻ると妹と弟が駆け寄り抱き付いてきた。
その二人を抱き締めれば我慢していた涙が一気に溢れて三人で声を出しながら泣いた。
泣き疲れてそのまま二人は寝てしまう。相当心配をかけてしまったし、嫌なものを見せてしまった事に胸が痛む。
「おかえり、名前」
「硝子ちゃんっ……ごめっ、なさ…っ」
「頑張ったな」
硝子ちゃんから抱き締められてまた泣いてしまった。腫れた頬に気付くと硝子ちゃんが治してくれた。
弟と妹を詳しい事情も知らずに見てくれていた叔父に謝罪と御礼をすれば何も出来なかったから気にしなくていいと言われ、父の容態を聞けば数日検査入院は必要だが命に関わるものではないと伝えられた。
付き添っている母へ連絡を入れると父も意識が戻り心配していたと告げられ安心してまた泣いてしまった。私のせいで今回迷惑をかけてしまったので謝るが……
『家族だもの。
私達のせいで貴女に迷惑を掛けてしまった事を貴女のせい、だなんて言わないで』
泣きながら話す母。
ゆっくりと今までの話しをしようと。
父が退院してから家族で今後の事を話そうという事を言われた。
「さてと、私達は帰ろうか」
「だな」
「ダッリィ」
「帰るんですか?」
もう夜も遅い。
今から帰るとしても夜間バスか始発を待つしかない。
「先生から私達に連絡が入っているんだ」
「外泊届け出したのになー?」
「ごめんなさいっ!私のせいで…っ」
「名前のせいじゃないよ。私らが勝手にしたこと」
「ここで動かなきゃ私達は後悔していた。
だから名前のせいではないよ」
「そーそー!
言ったろ頼れって」
優しく微笑む三人。
私は……とても素晴らしい人と出会えた。
その優しさに涙が出てくる。
「泣き虫」
悟くんが涙を拭ってくれる。
その手が優しくてすり寄る。
「まず名前はおじさんが帰って来るまで下の子達を見ていた方が良さそうだ。
先生からは休みを貰っているんだろう?」
「はい」
「名前自身もゆっくり休んで」
傑くんに頭を撫でられる。
腰を上げて部屋から出ようとする三人。
確かに私と違って三人には明日も普通に授業がある。それに任務だって。硝子ちゃんは緊急で重症患者が来るかもしれない。
またね、って見送らなくてはいけない。
なのに……
「名前?」
悟くんの学ランの裾を掴む。
何事かと此方を見る三人。
言わなきゃ。
"来てくれてありがとう"って
"助けてくれてありがとう"って
"またクラスメートとしてよろしくお願いします"って
「何?寂しくなった?」
ニヤニヤと笑って私を覗き込む悟くん。
そんな悟くんにふざけるなと傑くんと硝子ちゃんが襟を掴んで引きはなそうとしている。
「……一緒に、居て…」
言うはずだった言葉とは違う言葉が。
慌てて口を押さえて悟くんの裾を離す。
「ご、めんなさい!!」
「「「………」」」
「あの、今日はありがとうございました!!
えっと……あの……お気をつけて…その……」
「名前」
「は、はい!」
「帰って欲しくない?」
悟くんに覗き込まれる。
どうしようかと思ったものの……チラリと傑くん、硝子ちゃん、悟くんを見る。
三人共私の言葉を待っていてくれる。
本当は良くないとわかってる。
私のせいで迷惑かけて、その上我が儘まで言っても……三人は優しいから笑っていいよって言ってくれること。
三人は先生からも帰って来いと言われている。
だから、だから……
私はまたねって見送るのが正解だとわかってる。
それでも……
皆を困らせてしまっても
先生に迷惑をかけてしまっても
「帰らないで……っ」
再び目の前の悟くんの袖に手を伸ばす。
その瞬間、三人が揃って顔に手を当てて大きな溜め息をついた。
「ヤバい」
「駄目だね。これは駄目だ」
「喰われるな」
三者三様に呟く。
やはり駄目だったかと悟くんの裾から手を離そうとしたら大きな手に私の手は包まれた。
「名前は俺に帰って欲しくないんだもんなぁ?」
「えっと……」
俺に、が強調された気がする。
「俺も名前と居たい」
ギュウッと抱き締められて悟くんの匂いに包まれる。
その匂いに安心して身を預けるようによりかかるが硝子ちゃんと傑くんからベリッと勢いよく引き離された。
「待て待て。悟、待つんだステイ」
「オマエだけじゃねーだろクズ。名前に触んな」
「傑と硝子帰ればどーにかなるって。
オマエら帰れ。俺残る」
「悟、ぶん殴るよ?」
「五条、刻むよ」
「硝子ガチじゃん」
ケラケラ笑う悟くん。
傑くんも硝子ちゃんも呆れた顔からくすり、と笑みを浮かべた。
いつもの教室みたいで……三人が笑っているから。
私も思わず笑ってしまう。
「先生に連絡しようか」
「"名前が離してくれません"って?」
「そうだね。あんな可愛い事を言われちゃ男として帰るわけにいかないさ」
「えっと……駄目、でした?」
「名前、男はだいたいクソだから絶対にあんな事言うな」
硝子ちゃんが真剣に言ってくるので頷く。
世の人達はどうやって引き止めるのかわからないが、とりあえずあれだと駄目らしい。
「ふふふ。お泊まりでいいのかな?
客間に布団を敷くけど……」
「私がやります!」
「式神にやらせるから大丈夫。
ご飯は皆まだかな?」
「すいません。ご迷惑では?」
「大丈夫だよ。好き嫌いは?無ければ適当に買ってくるから」
叔父さんはクスクス笑ってコンビニへ。
残った私達はお互いに顔を見合わせる。
「悟くん、傑くん、硝子ちゃん」
「「「?」」」
「助けてくれて、来てくれて、ありがとうございました」
きちんと言えてなかった御礼。
頭を下げると頭に乗せられる手が3つ。
「どーいたしまして」
「頼って貰えて嬉しかったよ」
「お疲れ」
「……そういえば、どうして三人は」
「妹が名前の携帯から連絡くれたんだよ」
私が落とした携帯から着信履歴を見て名前の多い悟くんに掛けたらしい。
妹に明日御礼を言わなくちゃ。
「けど良かったのかい?悟」
「何が?」
「今回の件、悟が禪院家から名前を買い取ったもんだろ?
五条家として大丈夫なのかい?」
傑くんの言葉に一瞬にして青ざめる。
そうだ。
事実上、婚約破棄が成立すれば私は悟くんに買い取られた形となる。
「さ、悟くんっ!!私……悟くんどころか五条家に、迷惑を……っ」
「平気平気。そこまで気負うなって」
「でも…っ」
「五条家っつっても俺個人で支払ってるから家に迷惑なんかかからねーよ」
「悟くん個人……あの、私何年も掛けてでも、借金してでも、身売りしてでも必ず返しますから!!」
「オイ夏油」
「……すまない。こういう子だとわかっていながら話題に出した私達さが悪かった」
先生に頼んで任務を増やすべきか……。
危険と隣り合わせだから普通よりはお給料も高い。普通に働くよりは早めに返せるだろうが三億なんて大金だ。
気が遠くなりそうだが、やるしかない。
「気にしなくていいっつってんのに」
「ですが、三億なんて大金……」
「あれくらいどうってこと無いっつの。
って言ってもオマエは気にするからなぁ」
ポンッと高額な金額を出されてありがとうございます。で、終われるほどの度胸はない。
婚約破棄も、その為の三億も私では用意出来なかった。
「そんなに気にするなら本当に俺に買われる?」
「……え?」
「婚約新たに結んで将来五条になる?」
思いがけない提案に一瞬聞き間違いかと思うが悟くんのニヤリとした顔は変わらない。
婚約者?五条家の?
「理由はどうであれ、御三家から婚約破棄されたって広まったら嫁候補から外されるだろうな」
「そんな古臭い考えがまだあるのかい?」
「あるから俺だって婚約だ、お見合いだって来てんだろ。
腐った蜜柑は考えも腐りきってんだよ」
「最悪」
「それなら俺と婚約関係結べば俺にお見合いは無くなるし、名前も嫁の貰い手ゲット。
変なジジィと縁談来るよりいいだろ?
お金の事だって俺の嫁になるなら問題無し」
「なるほど……ってなるわけないだろ」
「頭沸いてんな」
傑くんと硝子ちゃんが冷めた目を向ける中、私は難度も悟くんの言葉を反復する。
婚約者、お見合い、婚約破棄、縁談……。
「悟くんの、お嫁さん……?」
「そう。俺のお嫁さん」
「辞めておきなよ」
「悟だよ?」
「どういう意味だよ」
やっと理解すると頬どころか全身が焼けるように熱い。
「あ……わ、たし……っちょっと飲み物用意、しますっ!!」
その場から逃げ出してしまった。
お嫁さん?
悟くんのお嫁さん?
そんな……都合のいい事っ。
顔が熱い。
恥ずかしい。
人数分のコップを用意しながら考える。
確かに名家からの縁談を婚約までしていたのに破棄されたとあれば噂の内容は酷く盛られてしまうだろう。
うちの一族は特別呪術界と必ず縁談を組んでいるわけではないにしろ……弟や妹が万が一、呪術関係者と婚姻関係を結ぼうとした時私の婚約破棄は足枷となってしまう。
そう考えると……今回、直哉様と婚約破棄は良くなかった。
だからと言って悟くんと婚約しようとは思えない。
同級生がいきなり婚約者だなんて考えて一気に恥ずかしくなってしまったが……よく考えると悟くんの負担が大きすぎる。
金額は高額。それを嫁になるから……なんて理由で受け入れられない。
悟くんの女避けとして扱われると考えても私なんかでは太刀打ち出来ない良家の娘さんだっている。
何より五条家は悟くんの持つ術式と眼により、次期五条家当主が確定しているが……当主様は現時点では悟くんではない。
つまり、悟くんの一存では決められない。
その言葉に甘えてはいけない。
私は無知だ。
直哉様によって直哉様だけに尽くすよう言いつけられ育ったから……色々な経験も知識も足りていない。
そんな欠陥品だらけの婚約破棄された娘を誰が欲しがるというのだ。
私自身……恋愛結婚をしたいと願いながら、恋愛について何も知らない。
ならば、知らなければ。
誰かに甘えてばかりではなく……自身で選んで。
優しさに包まれるのはとても楽だ。
「名前」
「……悟くん?」
「さっきの話……わりと真面目」
「……婚約、のこと?」
「ん」
注いだお茶を一つ手に取り飲み干す悟くん。
そのまま近付いてきて顔が近い。
「同級生だから婚約しようって言ってるわけじゃねぇ」
「え、っと……」
「別に今すぐ決めろって話じゃねーよ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
「俺っていう選択肢もあるぞって覚えとけ」
「……はい」
「オラ、飲み物持って行こうぜ」
悟くんがグラスの乗ったおぼんを盛っていってくれる。
私はどうしたいんだろう。
グダグダと考えてもなかなか答えが出てこない。
婚約破棄された後の自分はどうしたいのか。
悟くんから買われたと思われたくないのか?
婚約者になるのは嫌なのに、恥ずかしいのはなぜなのか。
今後どうしたいのか。
恋を知ってどうしたいのか。
直哉様は今どうしているのか。
ぐるぐると色々な事が頭を巡る。
「長いトイレだったね、悟」
「うんこだうんこ」
「手洗ったのかよ」
「洗ったに決まってんだろ」
戻ってきた日常。
私の安心する空間。
考えなくちゃいけない事。
やらなくちゃいけない事。
色々な事があるけれど……今は……。
ほんの少しだけ、甘えていいですか?
あとがき
捏造オンパレード……夢だから!!(開き直り)
直哉くんが膝つかされてボロクソやられた……ってのが書きたかったけど、ここで決着がつくのは王道かな?と思って。
直哉くんはほら……粘着質っぽいので(笑)
ここからでしょ!!!!!
・この後硝子ちゃんと手を繋いで寝た名前 ちゃん
お腹いっぱいになって客間で雑魚寝。
朝起きたら皆いなくて寂しかったけど、書き置きが三人分あってほっこり。
・手を繋いだ硝子ちゃん
よしよし、クズ共から守らなきゃ喰われるな…。
どこであんな誘い文句覚えてくるんだ?
お姉ちゃんは今後が心配。
朝連写音が耳障りで起きたらクズ二人が携帯向けていたから高額取引した。
データ寄越せよ。一枚一万な。
臨時収入ゲットしたから後で山分け予定。
"高専でお泊まり会しよ。待ってる"
・ちゃっかり隣をキープ傑くん
背中を向けてちゃっかり隣で寝たよ!
誘い文句にグッッときた。うちの子可愛い。
朝起きたら悟が自撮りしていて何してんのコイツ……と引いた。
隣見たら可愛い二人に癒された。
さあ、可哀想だが硝子起こして帰ろうか。(カシャシャシャシャシャ)
"よく寝ていたから起こさず帰ってしまって悪かったね。起きたら連絡して。
高専で待ってるよ"
・実は隣キープしていたのに前髪に退かされた悟くん
朝起きたら硬い胸板だった。
何これ……巨乳だけど違う……違うんだよ!!!
起きてガチギレしそうになったが、寝顔可愛いし硝子と手を繋いでるし何これ可愛い……って連写した。
ついでに寝てる三人背景に自撮りした。
"連絡する"
・パパに勝手に婚約破棄されちゃった直哉くん
こんなんで諦めるわけないやろ。
嫉妬(500%)
ただ、願う事。
普通の幸せでいい。
普通の生活でいい。
友達と話し
友達と遊び
胸を締め付けられる恋をして
誰かを愛し
そのたった一人。
心から愛した人と共に過ごし子を授かりたい。
それは聞く人によってはとても贅沢な願いなのかもしれない。
けれど……私はっ
父と母のような暖かな家庭で過ごしたい。
「幸せって何なん」
直哉様の氷のように冷たい言葉に身体が跳ねる。
見上げた先、何の感情も無い瞳で見下ろしている直哉様が。
「名前ちゃんに幸せなんて必要無いやろ」
お金で買われた私が望むなど、必要無い事だろう。
買われたのなら返せるほどのものを差し出さなくてはいけない。
我が家が禪院家から受け取った金額は総額いくらなのか……。
そう考えるとやはり夢物語のように願ってはいけない。
私一人の我が儘で迷惑をかけられない。
「……申し訳、ございませっ」
慣れた言葉。
やっぱり私の我が儘など口にしてはいけない。
頭を下げて直哉様に土下座する。
「名前」
悟くんの声が響く。
顔を上げれば……真っ直ぐに此方を見ている。
「俺はオマエの言葉で聞きたい。
そこのクソ野郎に言わされている言葉じゃなく、名前が考えて名前が出した答え」
「……っ」
「名前。いいんだよ。
キミの言葉を伝えても誰も迷惑などかからないから」
悟くんも、傑くんも此方を見ていた。
わからない。
何が正しくて、何が間違えているのか。
直哉様の言葉は間違えていないはずなのに……私が願う幸せは無い。
「言えよ。
誰の迷惑だとか考え無いでたった一言」
「ひと、こと……」
「"助けて"って」
助けて?
私が?
「殴られんのも嫌。
我慢ばかりも嫌。
母胎扱いも嫌。
そんな暮らしで生きていくと決めたなら俺らも手を引く。
けど幸せになりたいって願うならちゃんと叫べ」
「………っ」
「名前の生活は"普通"ではないよ。
そして名前が決められた道でもない。
名前が選びたい道はこれからキミが決められる。
その為の一歩としてまずはそこから抜け出さなきゃいつまでも幸せにはなれないよ」
悟くんの言葉が
傑くんの言葉が
私の胸を締め付ける。
「名前ちゃん」
「……直哉、様」
私の幸せ。
私の道。
「……」
直哉様の為じゃなく。
家族の為じゃなく。
私が欲しい幸せ。
「……イヤ」
我が儘でいい。
悪い子でいい。
地獄に落ちてもいいから……
私の、本音を溢していいなら
「もう、痛い思いしたく、ない……っ」
殴られるのは痛い。
叩かれるのも痛い。
傷は治っても心はずっと痛いまま。
「好きな人との……子供が、いいっ」
悟くんと傑くんと硝子ちゃんと行った漫画喫茶。
恋愛話の漫画で私のように婚約者が出来た物があったけれど、最後は幸せになっていた。
意地悪されることはあっても最後は愛されていた。
学校で出会った人と。
幼馴染と。
道端で出会った人と。
色々な種類の恋物語は必ず素敵な終わり方をしていた。
漫画みたいな恋をしたいとは思っていないが……私も幸せになりたいと思えるようになった。
「悟くん……傑くん……っ」
私は逃げ出したかった。
だから直哉様から離れた。
普通でいい。
呪力や術式など関係無く、呪術界の為でもなく。
私の為に、私の好きに生きていいのなら……
「硝子ちゃんと、悟くんと、傑くんと一緒に居たい……」
「隣に居ろよ」
「居ていいんだよ」
「名前ちゃん……自分、何言ってるかわかっとるん?
アイツらに唆されたんか?」
「私……直哉様が、わからないっ。
どうしたら好かれるのかも、どうしたら怒られないのかもっ!!
直哉様の機嫌ばかり伺っていても私の代わりはいくらでも居て……っ」
私じゃなくていいのなら。
「私……直哉様の婚約者、止めたいっ」
「……あ"?」
「もう、やだよ……っ。
怖いのも、痛いのも、我慢も……っ!!」
「ええ加減にせぇよ」
怒っている直哉様がいる。
使用人達が冷めた目で見てくる。
それでも
私の言葉を待っていてくれる友達がいる。
私の帰りを待っていてくれる友達がいる。
私の為なら、と動いてくれた友達がいる。
「……けて」
私は、もう普通を知ってしまった。
愛される事を知ってしまった。
大切にされる事を知ってしまった。
「助けて……っ」
「ん。よく言った」
ふわり、と暖かな体温に包まれる。
こんな私でも、迷惑ばかり掛けてしまっているのに……。
悟くんは、私に手を伸ばしてくれた。
子供の頃からいつも。
私の心が折れそうになると必ず助けてくれる温もり。
この温もりに何度も助けられ、支えられた。
色を失くす前に色を残してくれた。
色を広げてくれた。
一度は諦め黒く染まりそうだった世界に与えられた光。
そして……色の無い世界から抜け出させて新しい世界を見せてくれた。
「帰ろ」
空に星が散りばめられた水色が私を覗いている。
この色に、この空に何度も救われている。
手を伸ばせばしっかりと手を握り返してくれる。
頭ごと体を包み込まれて悟くんの匂いに安心してしまう。
「酷ない?まるで俺が名前ちゃん虐めとるみたいな言い方」
「実際そうだろ」
「悟君こそわかっとる?
その子は俺の婚約者やぞ」
「だから?」
「禪院家の婚約者寝取るんなんて五条家は何考えとるん?
責任取れるんか?クソガキがっ!!」
ぶわりっ、と直哉様の怒りと共に呪力が辺りを覆う。
時期禪院家当主と名を上げている直哉様。
直哉様は御三家だからじゃない。
親の七光りで自信があるわけじゃない。
直哉様個人の実力が禪院家の名を持つ者の中で当主様の次にあるからだ。
悟くんと面と向かって睨み合う直哉様。
「何の騒ぎだ」
人が壁や端に寄り道を開ける。
その中央を歩いてきたのは禪院家の御当主……直毘人様。
「五条のとこの倅がなぜ此処に?」
「よぉ、クソ爺。
お宅のクソな息子と話すより話が早ェわ」
悟くんが直毘人様の前へ。
「いくら?」
「何の話だ」
「いくらで名前の婚約破棄できんのって聞いてんだよ。
耳も頭も悪くなった?」
「名前?」
チラリ、と視線を投げられる。
その圧に身を縮める事しか出来ず息すら止めてしまう。
「この娘が五条家に必要だとでも?」
「は?別にそんなんじゃねーよ」
「ならなぜそこまで庇う?」
「初めてのダチが困ってんなら助けるだろ」
初めての……?
悟くんを見上げるが、悟くんは直毘人様を見ている。
私……悟くんの、初めての友達だった。
その事実に胸に込み上げてくる嬉しさと恥ずかしさ。
「はっはっはっ!!
ダチ一人の為だけに禪院家に喧嘩を売ると?」
「高値で売ってやろうか?
なんなら腐った考え失くす為に皆殺しして滅ぼしてやるよ」
「吼えるな小僧」
「いくらでも喉元噛み千切ってやる」
楽しくないはずの会話を楽しそうに話す二人。
「悟、私の事を忘れられるのは困るよ」
「笑顔で呪霊出すとかマジギレじゃん」
「怒っているからね」
呪霊を出しながら近寄ってきた傑くん。
私の頭に手をのせて撫でると「頑張ったね」と笑いかけてくれた。
「直哉」
「……何」
「その娘の術式と呪力は?」
「ただの結界術と少ない呪力や」
「相伝を産める器か?」
「知らん。他と変わりない」
「ふむ……。ならいらんな」
「は?」
直毘人様の言葉に心臓が止まりそうになる。
いらない?
私は……禪院家に、いらない。
こんなにもあっさり捨てられるなどと思っておらず今までの生活は何だったのかと思ってしまう。
「欲しければくれてやる。
その娘に拘らなくても婚約者候補などいくらでもいる」
「へぇ、随分簡単に言うじゃん」
「ただし」
ニヤリ、と笑う直毘人様。
「その娘に投資した分を五条家が支払え」
「いくらだよ」
「3億」
指を三本立てる。
確かに我が家への寄付金や数年禪院家で花嫁修業として過ごした日々などを考えれば妥当……いや、それにしても高値である。
「そんなんでいいのかよ」
「その娘に拘らねばならぬ程の魅力は無い」
「言ったな?」
携帯を取り出しどこかへ連絡をする。
「もしもし?俺。
禪院家宛に今すぐ俺の口座から三億振り込んで。
いいから黙って振り込めよ」
連絡を済ませ再び直毘人様を見る。
「これでいいだろ?」
「思いきりのいい小僧だな」
「ちゃんと婚約破棄しろよ」
「金額を確認次第進めろ」
「畏まりました」
付き人に言い付けて笑う直毘人様。
もう話すことは無いと悟くんに抱え上げられて慌てて肩に手を置く。
「帰るか」
「硝子が妹さん達と待ってるよ」
壊した塀から堂々と出ていく。
一度直哉様を振り向くが……直哉様は私など見ていなかった。
一歩、一歩遠ざかる。
その度に禪院家から解放されていく解放感と、好きだと思えた相手への終わりに涙が零れる。
初めての恋心だった。
どこが?と聞かれてもわからない。
酷い扱い方だったと思っている。
このまま我慢して一生虐げられるより良かったと思っている。
愛されていなかったかもしれない。
名ばかりの婚約者などそんなもので愛し合えると思っていた方が間違いだったと思う。
けど
優しい笑顔も
優しい手つきも
抱き締められた温もりも
重ねた唇も
全てが嘘だったとは思えない。
幼いながらに初めて貴方に恋をして
貴方に愛されたいと願ったこの気持ちが偽りや作られたものだったとしても……
好き。
好きでした。
どんな事をされても
周りから異常に見えても
確かに私は禪院家の中で直哉様に守られ、大切にされていた。
直哉様の気紛れだったのかもしれない。
可哀想だと憐れられたのかもしれない。
それでも私は貴方に恋をして、貴方に愛されたいと願った。
「ひっく……ふっ、……っ」
傑くんが背中を撫でてくれる。
悟くんが頭を抑えてくれる。
「何も聞こえてねーから」
「………今日は工事の音が酷いからね」
嗚咽を耐えるように悟くんの肩に顔を埋める。
誰が何と言おうと
私にとって直哉様は
初恋でした。
家に戻ると妹と弟が駆け寄り抱き付いてきた。
その二人を抱き締めれば我慢していた涙が一気に溢れて三人で声を出しながら泣いた。
泣き疲れてそのまま二人は寝てしまう。相当心配をかけてしまったし、嫌なものを見せてしまった事に胸が痛む。
「おかえり、名前」
「硝子ちゃんっ……ごめっ、なさ…っ」
「頑張ったな」
硝子ちゃんから抱き締められてまた泣いてしまった。腫れた頬に気付くと硝子ちゃんが治してくれた。
弟と妹を詳しい事情も知らずに見てくれていた叔父に謝罪と御礼をすれば何も出来なかったから気にしなくていいと言われ、父の容態を聞けば数日検査入院は必要だが命に関わるものではないと伝えられた。
付き添っている母へ連絡を入れると父も意識が戻り心配していたと告げられ安心してまた泣いてしまった。私のせいで今回迷惑をかけてしまったので謝るが……
『家族だもの。
私達のせいで貴女に迷惑を掛けてしまった事を貴女のせい、だなんて言わないで』
泣きながら話す母。
ゆっくりと今までの話しをしようと。
父が退院してから家族で今後の事を話そうという事を言われた。
「さてと、私達は帰ろうか」
「だな」
「ダッリィ」
「帰るんですか?」
もう夜も遅い。
今から帰るとしても夜間バスか始発を待つしかない。
「先生から私達に連絡が入っているんだ」
「外泊届け出したのになー?」
「ごめんなさいっ!私のせいで…っ」
「名前のせいじゃないよ。私らが勝手にしたこと」
「ここで動かなきゃ私達は後悔していた。
だから名前のせいではないよ」
「そーそー!
言ったろ頼れって」
優しく微笑む三人。
私は……とても素晴らしい人と出会えた。
その優しさに涙が出てくる。
「泣き虫」
悟くんが涙を拭ってくれる。
その手が優しくてすり寄る。
「まず名前はおじさんが帰って来るまで下の子達を見ていた方が良さそうだ。
先生からは休みを貰っているんだろう?」
「はい」
「名前自身もゆっくり休んで」
傑くんに頭を撫でられる。
腰を上げて部屋から出ようとする三人。
確かに私と違って三人には明日も普通に授業がある。それに任務だって。硝子ちゃんは緊急で重症患者が来るかもしれない。
またね、って見送らなくてはいけない。
なのに……
「名前?」
悟くんの学ランの裾を掴む。
何事かと此方を見る三人。
言わなきゃ。
"来てくれてありがとう"って
"助けてくれてありがとう"って
"またクラスメートとしてよろしくお願いします"って
「何?寂しくなった?」
ニヤニヤと笑って私を覗き込む悟くん。
そんな悟くんにふざけるなと傑くんと硝子ちゃんが襟を掴んで引きはなそうとしている。
「……一緒に、居て…」
言うはずだった言葉とは違う言葉が。
慌てて口を押さえて悟くんの裾を離す。
「ご、めんなさい!!」
「「「………」」」
「あの、今日はありがとうございました!!
えっと……あの……お気をつけて…その……」
「名前」
「は、はい!」
「帰って欲しくない?」
悟くんに覗き込まれる。
どうしようかと思ったものの……チラリと傑くん、硝子ちゃん、悟くんを見る。
三人共私の言葉を待っていてくれる。
本当は良くないとわかってる。
私のせいで迷惑かけて、その上我が儘まで言っても……三人は優しいから笑っていいよって言ってくれること。
三人は先生からも帰って来いと言われている。
だから、だから……
私はまたねって見送るのが正解だとわかってる。
それでも……
皆を困らせてしまっても
先生に迷惑をかけてしまっても
「帰らないで……っ」
再び目の前の悟くんの袖に手を伸ばす。
その瞬間、三人が揃って顔に手を当てて大きな溜め息をついた。
「ヤバい」
「駄目だね。これは駄目だ」
「喰われるな」
三者三様に呟く。
やはり駄目だったかと悟くんの裾から手を離そうとしたら大きな手に私の手は包まれた。
「名前は俺に帰って欲しくないんだもんなぁ?」
「えっと……」
俺に、が強調された気がする。
「俺も名前と居たい」
ギュウッと抱き締められて悟くんの匂いに包まれる。
その匂いに安心して身を預けるようによりかかるが硝子ちゃんと傑くんからベリッと勢いよく引き離された。
「待て待て。悟、待つんだステイ」
「オマエだけじゃねーだろクズ。名前に触んな」
「傑と硝子帰ればどーにかなるって。
オマエら帰れ。俺残る」
「悟、ぶん殴るよ?」
「五条、刻むよ」
「硝子ガチじゃん」
ケラケラ笑う悟くん。
傑くんも硝子ちゃんも呆れた顔からくすり、と笑みを浮かべた。
いつもの教室みたいで……三人が笑っているから。
私も思わず笑ってしまう。
「先生に連絡しようか」
「"名前が離してくれません"って?」
「そうだね。あんな可愛い事を言われちゃ男として帰るわけにいかないさ」
「えっと……駄目、でした?」
「名前、男はだいたいクソだから絶対にあんな事言うな」
硝子ちゃんが真剣に言ってくるので頷く。
世の人達はどうやって引き止めるのかわからないが、とりあえずあれだと駄目らしい。
「ふふふ。お泊まりでいいのかな?
客間に布団を敷くけど……」
「私がやります!」
「式神にやらせるから大丈夫。
ご飯は皆まだかな?」
「すいません。ご迷惑では?」
「大丈夫だよ。好き嫌いは?無ければ適当に買ってくるから」
叔父さんはクスクス笑ってコンビニへ。
残った私達はお互いに顔を見合わせる。
「悟くん、傑くん、硝子ちゃん」
「「「?」」」
「助けてくれて、来てくれて、ありがとうございました」
きちんと言えてなかった御礼。
頭を下げると頭に乗せられる手が3つ。
「どーいたしまして」
「頼って貰えて嬉しかったよ」
「お疲れ」
「……そういえば、どうして三人は」
「妹が名前の携帯から連絡くれたんだよ」
私が落とした携帯から着信履歴を見て名前の多い悟くんに掛けたらしい。
妹に明日御礼を言わなくちゃ。
「けど良かったのかい?悟」
「何が?」
「今回の件、悟が禪院家から名前を買い取ったもんだろ?
五条家として大丈夫なのかい?」
傑くんの言葉に一瞬にして青ざめる。
そうだ。
事実上、婚約破棄が成立すれば私は悟くんに買い取られた形となる。
「さ、悟くんっ!!私……悟くんどころか五条家に、迷惑を……っ」
「平気平気。そこまで気負うなって」
「でも…っ」
「五条家っつっても俺個人で支払ってるから家に迷惑なんかかからねーよ」
「悟くん個人……あの、私何年も掛けてでも、借金してでも、身売りしてでも必ず返しますから!!」
「オイ夏油」
「……すまない。こういう子だとわかっていながら話題に出した私達さが悪かった」
先生に頼んで任務を増やすべきか……。
危険と隣り合わせだから普通よりはお給料も高い。普通に働くよりは早めに返せるだろうが三億なんて大金だ。
気が遠くなりそうだが、やるしかない。
「気にしなくていいっつってんのに」
「ですが、三億なんて大金……」
「あれくらいどうってこと無いっつの。
って言ってもオマエは気にするからなぁ」
ポンッと高額な金額を出されてありがとうございます。で、終われるほどの度胸はない。
婚約破棄も、その為の三億も私では用意出来なかった。
「そんなに気にするなら本当に俺に買われる?」
「……え?」
「婚約新たに結んで将来五条になる?」
思いがけない提案に一瞬聞き間違いかと思うが悟くんのニヤリとした顔は変わらない。
婚約者?五条家の?
「理由はどうであれ、御三家から婚約破棄されたって広まったら嫁候補から外されるだろうな」
「そんな古臭い考えがまだあるのかい?」
「あるから俺だって婚約だ、お見合いだって来てんだろ。
腐った蜜柑は考えも腐りきってんだよ」
「最悪」
「それなら俺と婚約関係結べば俺にお見合いは無くなるし、名前も嫁の貰い手ゲット。
変なジジィと縁談来るよりいいだろ?
お金の事だって俺の嫁になるなら問題無し」
「なるほど……ってなるわけないだろ」
「頭沸いてんな」
傑くんと硝子ちゃんが冷めた目を向ける中、私は難度も悟くんの言葉を反復する。
婚約者、お見合い、婚約破棄、縁談……。
「悟くんの、お嫁さん……?」
「そう。俺のお嫁さん」
「辞めておきなよ」
「悟だよ?」
「どういう意味だよ」
やっと理解すると頬どころか全身が焼けるように熱い。
「あ……わ、たし……っちょっと飲み物用意、しますっ!!」
その場から逃げ出してしまった。
お嫁さん?
悟くんのお嫁さん?
そんな……都合のいい事っ。
顔が熱い。
恥ずかしい。
人数分のコップを用意しながら考える。
確かに名家からの縁談を婚約までしていたのに破棄されたとあれば噂の内容は酷く盛られてしまうだろう。
うちの一族は特別呪術界と必ず縁談を組んでいるわけではないにしろ……弟や妹が万が一、呪術関係者と婚姻関係を結ぼうとした時私の婚約破棄は足枷となってしまう。
そう考えると……今回、直哉様と婚約破棄は良くなかった。
だからと言って悟くんと婚約しようとは思えない。
同級生がいきなり婚約者だなんて考えて一気に恥ずかしくなってしまったが……よく考えると悟くんの負担が大きすぎる。
金額は高額。それを嫁になるから……なんて理由で受け入れられない。
悟くんの女避けとして扱われると考えても私なんかでは太刀打ち出来ない良家の娘さんだっている。
何より五条家は悟くんの持つ術式と眼により、次期五条家当主が確定しているが……当主様は現時点では悟くんではない。
つまり、悟くんの一存では決められない。
その言葉に甘えてはいけない。
私は無知だ。
直哉様によって直哉様だけに尽くすよう言いつけられ育ったから……色々な経験も知識も足りていない。
そんな欠陥品だらけの婚約破棄された娘を誰が欲しがるというのだ。
私自身……恋愛結婚をしたいと願いながら、恋愛について何も知らない。
ならば、知らなければ。
誰かに甘えてばかりではなく……自身で選んで。
優しさに包まれるのはとても楽だ。
「名前」
「……悟くん?」
「さっきの話……わりと真面目」
「……婚約、のこと?」
「ん」
注いだお茶を一つ手に取り飲み干す悟くん。
そのまま近付いてきて顔が近い。
「同級生だから婚約しようって言ってるわけじゃねぇ」
「え、っと……」
「別に今すぐ決めろって話じゃねーよ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
「俺っていう選択肢もあるぞって覚えとけ」
「……はい」
「オラ、飲み物持って行こうぜ」
悟くんがグラスの乗ったおぼんを盛っていってくれる。
私はどうしたいんだろう。
グダグダと考えてもなかなか答えが出てこない。
婚約破棄された後の自分はどうしたいのか。
悟くんから買われたと思われたくないのか?
婚約者になるのは嫌なのに、恥ずかしいのはなぜなのか。
今後どうしたいのか。
恋を知ってどうしたいのか。
直哉様は今どうしているのか。
ぐるぐると色々な事が頭を巡る。
「長いトイレだったね、悟」
「うんこだうんこ」
「手洗ったのかよ」
「洗ったに決まってんだろ」
戻ってきた日常。
私の安心する空間。
考えなくちゃいけない事。
やらなくちゃいけない事。
色々な事があるけれど……今は……。
ほんの少しだけ、甘えていいですか?
あとがき
捏造オンパレード……夢だから!!(開き直り)
直哉くんが膝つかされてボロクソやられた……ってのが書きたかったけど、ここで決着がつくのは王道かな?と思って。
直哉くんはほら……粘着質っぽいので(笑)
ここからでしょ!!!!!
・この後硝子ちゃんと手を繋いで寝た名前 ちゃん
お腹いっぱいになって客間で雑魚寝。
朝起きたら皆いなくて寂しかったけど、書き置きが三人分あってほっこり。
・手を繋いだ硝子ちゃん
よしよし、クズ共から守らなきゃ喰われるな…。
どこであんな誘い文句覚えてくるんだ?
お姉ちゃんは今後が心配。
朝連写音が耳障りで起きたらクズ二人が携帯向けていたから高額取引した。
データ寄越せよ。一枚一万な。
臨時収入ゲットしたから後で山分け予定。
"高専でお泊まり会しよ。待ってる"
・ちゃっかり隣をキープ傑くん
背中を向けてちゃっかり隣で寝たよ!
誘い文句にグッッときた。うちの子可愛い。
朝起きたら悟が自撮りしていて何してんのコイツ……と引いた。
隣見たら可愛い二人に癒された。
さあ、可哀想だが硝子起こして帰ろうか。(カシャシャシャシャシャ)
"よく寝ていたから起こさず帰ってしまって悪かったね。起きたら連絡して。
高専で待ってるよ"
・実は隣キープしていたのに前髪に退かされた悟くん
朝起きたら硬い胸板だった。
何これ……巨乳だけど違う……違うんだよ!!!
起きてガチギレしそうになったが、寝顔可愛いし硝子と手を繋いでるし何これ可愛い……って連写した。
ついでに寝てる三人背景に自撮りした。
"連絡する"
・パパに勝手に婚約破棄されちゃった直哉くん
こんなんで諦めるわけないやろ。
嫉妬(500%)