呪縛
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私には少しだけ歳の離れた姉がいる。真ん中に兄。そして私。
我が家は母以外見えないものが見える。
父は一族の代々続く術式を受け継いでいた。
一体何がどうなって母と結婚したのかと疑問に思った事を聞いたら母は笑いながら父に猛アタックしたのだと話す。
「そうね、あなた達のお父さんと出会ったのは私がうら若き乙女だった頃……。
闇夜を駆け見えぬ何かを捕まえる横顔にお母さんは惚れちゃったの」
何度も聞かされる母の惚気話。
まったく見る力もない母は月明かりに照らされる血塗れの父を見て惚れたらしい。
父曰く、任務中に怪我したのを一般人だった母に見られ逃げ出したのだが……なぜか母は父を探しだし、愛を叫んだとか。
「いやぁ……驚いた。
見知らぬ女に道端で愛を叫ばれるなんて後にも先にもお母さんだけだろうね」
笑う父もイカれているが、母の方がイカれているのがわかった。
一般人の母を自分の稼業に巻き込みたくないと逃げ回ったものの……母の愛が強すぎて父は折れた。
そんな大恋愛だったらしい。
父の術式を受け継いだ姉。
見えるけど少ない呪力で式神を作る程しか出来ない私や兄。
代々続いた我が家の因縁やら大義やらは何世代か前の当主が終わらせた。
しかし、血を受け継ぐ子供の中に必ず術式を持つ子が生まれる。
その子供達が何も知らなかったからと迫害されぬよう、理解ある指導者が身近に関われるように、と数ある選択肢を選べるよう呪術界との縁を結び呪界に関わった昔の当主。
知らないことは恐ろしい。
我が家の家訓は人様に迷惑をかけないこと。見えて術式持ちならば尚更身の振り方を考えなければいけない。
そして見えるからこそ、見えない者との関わり方にも気を付けなくてはいけない。
が、恋愛は恋愛。
古くさい考えのごとく血を残さなきゃとか術式を受け継がせなきゃいけなんて人間は親族にはいない。
一時期は術式持ちが途絶えた事もあったらしい。
大義も無い我が家は落ちぶれ、細々と祓い屋をしている程度。ちょっと見えちゃう一般家庭レベルだ。
そんなちょっと変わった我が家で、家族内で見えない母に不安が無かったわけじゃない。
母は理解して父と一緒になったものの……
見える私達兄妹を恐ろしく感じることはないのか……いつか、私達が疎ましくなることはないのか、と不安になった時もあった。
「あら?家族を愛するのにそんな些細なこと気にする必要ある?
あなた達の個性を否定する気はないわよ。
母さん、あなた達を産めて幸せなの」
母さん、妄想は得意だからまかせて!!
母さん妄想の中では既に魔王級だから!
と、謎の発言をして父と男が絡み合う漫画を描き殴る母を強いと思った私達は確かに母の愛に救われた。
周りから見たら異質な私達を臆することなく愛してくれる母が私達は大好きだから。
そんな我が家に呪術界の重鎮である御三家の禪院家から声が掛かり大騒ぎ。
まだまだ私が産まれたばかりの頃に姉に婚約者が出来た。
禪院直哉さん。
にこり、としながら姉の手を取り父や母と話す姿は好青年。
私や兄にも優しくていつも何かお土産を持って来てくれる。
落ちぶれていたとはいえ、お金に困っていたわけじゃない。
だが、禪院家と繋がりを持ち、確かに依頼が増えたし直哉さんのご好意でウチに寄付してくれて今までよりはいい生活が出来た。
あまりいい噂を聞かない呪術界……しかも御三家の息子さんに父と母は何度も頭を悩ませたものの……直哉さんがとても優しくいい人だから父も母もいい人に嫁ぐことが出来たんだと喜んでいた。
ただ
いつからか、姉は禪院家から帰ってくるたび怪我が多くなった。
笑っているのにどこか寂しそうで、いつか消えてしまうんじゃないかと思うくらい弱々しくなっていった。
男の人を見るたび身体をビクつかせるようになった。
女の人を見るたびうつ向くようになった。
花が咲いたようにふわりと笑う姉だった。
優しくてふわふわして頼りないし、騙されそうなくらいチョロい部分があるお人好しな姉だった。
我が家の術式を継いでいる事に誇りを持っている姉だった。
そんな姉を殺し、壊した奴がいる。
「お姉ちゃん……また、怪我してたね」
「うん」
「お姉ちゃん……いなくならない、よね?」
「いなくなるわけないだろ」
兄も気付いていた。
私も兄も我が家の術式を継げなかった。
呪術師になれば、いつ命が終わるかわからない。
その事を考えれば、大好きな姉が戦地に行く回数が減った禪院家の婚約は良かった事なのかもしれない。
直哉さんが姉を守ってくれている。
だけど……
表情が消えていく姉が
人を怖がる姉が
どこか遠くを見つめる姉が
いつ居なくなるかわからない恐怖があった。
父と母も心配して何度も姉と話していたが、姉は「迷惑ばかりかけてしまう」と、「自分が甘えてばかりの世間知らずだから」と、苦笑して最後には必ず「大丈夫」だと終わらせる。
父も母も何も言えず、家に居ると安心したように寛ぐ姿を見る事しか出来なかった。
そんな姉が、突然東京の呪術の学校に行きたいと言い出した。
父も最初は困惑していたが……姉の熱意に許可を出した。
姉が父から直哉さんに話して欲しいと告げた時も驚きはしたものの、気弱な姉じゃいつまでも伝えられる気がしないと言えば納得した。
東京へ行き、度々連絡が入る姉は元気そうだった。
楽しそうにどこへ行ったからお土産を送るね、とか私や兄が欲しがった物を伝えれば探して送ってくれた。
父の携帯に送られてくる写真には美男子と美人な女の人。
三人共に顔面偏差値が高い。
その中で微笑む姉は……昔の姉だった。
姉を蝕んでいた何かから解放され、また昔の姉のように笑ってくれている……そう思うと私も兄も父と母でさえ安心した。
なのに……どうして?
父を殴り、蹴りつける人……
無表情で父を見下し、その背中に足を乗せている。
「どないなっとんねん?お宅の娘」
「なっ、直哉様……っ、娘が、名前が何を……っ」
苦しそうに呻いている父。
母が私と兄を庇っている。
それでも震えながらに、今目の前で起こる惨事を理解しようと必死に言葉を繋ぐ。
「俺の為言うて東京行ったのに遊び歩いとるで?」
「そんなっ!!」
「俺が嘘、言うてると思っとる?」
「……っ、名前は……我が家の術式を極め、反転術式も他人に行えるようになっております!!遊び歩いてるわけではなく、勉強もっ」
「お宅の術式とかどうでもええよ。
反転術式ももう、いらん」
再び父を蹴る男。
その度に父は血を吐き出している。
「俺が居るのに悪い子やね」
にやり、にやり。
この男は……誰だ?
姉を大切に腕にしまい、私達にお菓子をくれた婚約者と同じ男なのか……?
「大丈夫。殺さんよ。
けど……名前ちゃんには反省してもらわな」
蛇のように目を細め、どこかへ連絡する。
震える母にしがみつく事しか出来ない私と兄。
「名前ちゃんな、酷いんやで?
俺という婚約者が居るのに向こうの一般家庭出身の男と五条家の男と仲良くしとるんやで?」
「五条……?」
「ビックリしたわ。
禪院家に嫁入りする子が不仲の五条家の子と仲良ししとるなんて」
「ですが……っ」
「ちょっと金積んで調べて貰ったら……ほら」
何かの写真を見せる男。
それは……姉が笑って白髪の男と手を繋いで歩く姿。
制服ではなく、私服のようだ。
「楽しそうやねぇ」
「何かっ、誤解がっ!!」
「誤解される行動する方がおかしいやろ」
「直哉様……っ、娘は、直哉様を裏切るような真似など、しませんっ」
「俺が浮気や、って決めたら浮気やろ」
ゾッとする程冷たい瞳。
「名前ちゃんとお話せなアカンなぁ」
この人は姉をどうしたいんだろう?
姉を傷付け、壊すだけじゃなく
姉の笑顔を、姉の幸せすら奪おうとしてるのか?
東京の高専へと電話をしている彼。
父が怪我をして大変だと騒いでいる。
きっと姉はその話を聞けば、慌てて帰ってくるだろう。
怪我をさせた本人がいるとも知らず。
姉は父の心配をして……。
「悪魔……っ」
「ん?俺の事?」
「お姉ちゃんを傷付けてっ!!お姉ちゃんに意地悪ばかりしてっ!!」
「や、やめなさいっ」
「私のお姉ちゃんをっっ」
目の前の男に向かって言葉を吐き捨てる。
頭に血が上り、思っていた事をぶつけていたら……突如、横を何かが掠めた。
「名前ちゃんの両親や兄妹やからあんま手出ししたくないねん」
私の真横は何かで穴が空いている。
あれが顔に当たっていたら……そう考えるとへたり……と、腰が抜けてしまう。
母が必死に私を抱き締めて、兄が震えながらに母にしがみついている。
「俺と名前ちゃんに首突っ込むなや」
狂ってる。
私達が関わっていた世界は優しい世界ばかりだった。
呪いが渦巻く中心に居た姉は……一体何を吹き込まれ、どんな思いで耐え続けていたのか。
家訓さえも呪いとなり耐えるのはどんな思いだったのか。
親と子で兄弟で身内で呪い合い、周りからも呪われ、唯一助けてくれそうな婚約者からも呪われる。
私達家族を巻き込まないために、姉は耐え続けるしかなかったと思うと……私達は言葉を失うしかなかった。
無知とは時に暴力となる。
知ろうとしない事は時に人を傷付ける。
何も知ろうとせず
目の前の悪魔へ姉を差し出し豊かとなった生活に笑っていた私達家族は姉から恨まれても仕方がない。
姉が来るまでの間……私達はただ己の罪と目の前の男に震えて黙り込んだ。
夜蛾先生に呼び出され、告げられた内容に驚いた。
朝一に夜蛾先生から連絡があり、いつもより早めに行くとまさか父が……。
仕事でしくじったのか、どれだけの怪我なのか……。
三人に言う暇も無く、京都への新幹線のチケットを取って制服のまま帰る。
よく考えると、高専に通ってから実家に戻ってきたのは初めてだった。
いつも父の携帯を通して家族とやり取りしていたので顔は見えなくてもお互いの無事を確認していたのに……。
ドキドキとうるさい心臓を押さえ、家につく。
玄関を開けて声を出す。
「お母さん!!お父さんって……」
「おかえり、名前ちゃん」
「………え?」
出迎えてくれたのは直哉様。
どうして家の奥から出てくるの?
どうして顔に血がついているの?
どうして笑っているのに怖いの?
どうしてそんなに……怒っているの?
なぜ?なぜ?なぜ?
ヒュッ、と息が詰まる。
「久しいな、名前ちゃん」
優しい笑顔を浮かべ、抱き締めてくれる。
手を引いて玄関のドアを閉め……私を廊下へ放り投げた。
受け身は取ったものの、すぐに背中に足を乗せられ肺が圧迫される。
「悲しいわぁ。ええ子の名前ちゃんなら俺との約束守ってくれると思っとったのに」
「かはっ」
「向こうでえらく楽しくやってんやねぇ」
バラバラと落とされたのは写真。
傑くんと、硝子ちゃんと、悟くんと出掛けていた写真。
どれも楽しそうに私は笑っていた。
「浮気、良くないなぁ」
「違っ」
「お父さんにも嘘言って俺の事騙すなんて酷いわぁ」
「う、そ?」
「やからお父さん。お仕置きされるんやで?」
直哉様の言葉にゾクリとした。
ぐっ、と髪の毛を捕まれる。
「いっ!!」
「黙り」
髪を引かれ、急いで立ち上がる。
ぐいぐいとリードのように髪の毛を引かれて行った先……父が血塗れで倒れていた。
「おと……お父さんっ、お父さん!!」
「大丈夫。生きとるよ」
慌てて駆け寄れば、直哉様は髪の毛から手を離してくれた。
息はある。見た目の酷さに手が震えるものの、反転術式を使う。
硝子ちゃんみたいに他人に使うのは慣れておらず完璧とまではいかないものの、出血を止める事は出来た。
父の呼吸が穏やかになったのを確認してホッ、と一息つく。
部屋の隅では兄妹と母が泣きながら震えていた。
「直哉様……っ、なぜ、なぜこんな…っ」
「お?ちゃんと反転術式は成長しとるな。
なら反転術式の話は嘘やなかったんか」
「ちっ、違っ!嘘ではありません!!」
「なら名前ちゃんが浮気したんは?」
「それも!!」
バシンッ、と頬に走る痛み。
久しぶりの口の中が切れるほどの頬の痛みに身体が震える。
「口答えすな」
「……申し訳、ございませんっ」
「悟君に傑君?言うたかな……この二人と仲良しなんて頭おかしない?傑君、一般の出やろ?
そないな奴らと楽しくやってるなんてお仕置き……必要やろ?」
思い出すお仕置きに身体が震えるのが止まらない。
逃げ出そうにも、視界に入る兄妹と母の恐怖に染まった顔から目を逸らせない。
「選べや。
自分からお仕置き受けるか、それとも」
ーーー自分の代わりに妹ちゃんが代わりになるか?
囁かれた言葉は恐ろしいものだった。
どうする?と優しく微笑んでいるこの人の機嫌をこれ以上悪くしてはいけない。
私は床に頭をつけながら声を出す。
「私が……っ、私が、悪いです。
家族は関係ありません……っ!!
私が、私が直哉様を裏切る行為を致しました……っ」
「そか……なら、仕方ないなぁ」
ふぅ、と聞こえたため息。
腕を引かれ、立たされる。
「堪忍なぁ、名前ちゃん。痛かったやろ?
けど……名前ちゃんが悪いんやで?」
「……は、い」
「俺から離れて東京行って、他の男に色目使ってたらアカンやろ」
「……すい、ま、せっ」
「俺はずーっと心配しとったのに……裏切られたわぁ」
「ごめん、なさい……っ、ごめんなさいっ!!
そんなつもりはっ」
「名前ちゃんが裏切るんならウチから寄付したお金どないするん?」
私が悟くんと傑くんと仲良くなったのは悪いことだった?
「返せ、なんて言わんよ?
けど……ウチに恩あるんやからお義父さんが責任とらな」
父が?どうして?
「名前ちゃんの東京行き事止めず、俺に行かせて欲しいってお願いしたんお義父さんやろ」
直哉様の言葉に身体中の血液が凍っていくような感覚に。
「そしたら名前ちゃんのお義父さん、お仕置きされずに済んだのになぁ」
「私が……」
「んー?」
「私が…お父さんから、頼んで…って」
どうしても、青空が羨ましくて。
籠の中から抜け出して、自由になりたいと思ったから……。
不純な動機を隠して、父に頼んだ。
悟くんから教えて貰った硝子ちゃんの情報を混ぜて。
反転術式の勉強をしたかったのは嘘じゃない。
直哉様に甘えてばかりじゃいられないと思っていたのも嘘じゃない。
直哉様の役に立ちたいと思っていたのも嘘じゃない。
直哉様から離れる事が寂しかったのも嘘じゃない。
ただ、それらを建前に……私の本音を隠しただけ。
悟くんと行けば、あの瞳と同じ青空に私も自由に羽ばたけるんじゃないかと思ってしまった。
我慢ばかりじゃなく……普通の生活がしたかった。
そんなちっぽけな願いで……私は私の家族を傷付けた。
「名前ちゃんのお義父さんからの頼みやから……って思ったのに
名前ちゃんがお義父さんに言うてって頼んだんか」
「っ!!」
再び頬に痛みが走る。
「俺からそない離れたかったん?」
「違いますっ」
「ほんま俺の事どんだけ馬鹿にしとんの?」
ぐいっと腕を力任せに引かれる。
母と兄妹の私と父を呼ぶ声がする。
外に出れば……いつの間にか止まっていた車に強引に乗せられた。
無言で隣に座る直哉様を見る事は出来ない。
行き先はわかっている……直哉様のお屋敷だ。
何を、されるのか。
昔受けた最初のお仕置きは水風呂に沈められた。
その次のお仕置きは縛られて熊の出る山に置き去りにされた。
その次は首に縄をつけたまま部屋から出る事を禁じられた。
私がお仕置きがどんなものか考えている内にお屋敷に着いたらしい。
腕を引かれ、直哉様と過ごした部屋に入れられる。
「本当は高専卒業するまで待とう思ってたんやけど……名前ちゃんが俺の目の届かんとこで悪さしとるならもぉええやろ?」
「直哉、様?」
「今でも後でもヤることは変わらん。
名前ちゃん……役目、忘れた訳ないやろ?
」
「っ!!」
部屋を閉め切り、私を抱き締める直哉様。
耳元で囁くように告げられる。
「断るなら断ってもええよ?
その代わり……妹ちゃん、いくつやったっけ?」
直哉様の抱き着く腕が重い。
耳元で話される言葉が怖い。
呼吸が苦しい。
涙が止まらない。
「泣いとんの?」
「……っ」
「許さんよ。裏切ったのは名前ちゃんや」
「あ、あぁっ!!」
噛み付かれた首が痛い。
乱暴に畳に身体を押し付けられて制服を脱がされる。
前を閉じる金色のボタンが弾け飛び、遠くへ落ちる。
お父さんの血塗れた姿が頭から離れない。
家族の恐怖に染まった泣き顔に心が痛い。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
少しでも楽しいと思えた日常を望んでしまって。
少しでも普通に戻りたくなってしまって。
自由になりたいと手を伸ばして。
「言ったろ?離さんって」
天井と直哉様の顔しか見えない。
憧れた青空なんて見当たらない。
伸ばした手は、直哉様に握られた。
あとがき
なんてこった、R18に突入しそうじゃないか。
さて、ここまでが短編呪縛の内容。
ここから先がまだ書いていない呪縛になりますな!
……期待しないでくださいwww
・夢など所詮夢の名前ちゃん
絶望100%
・嫉妬300%の直哉くん
怒りで我を忘れているようだ
・高専待機悟くん
あれれ〜今日名前いなくね?
・高専待機傑くん
いないね?どうしたんだ?
・高専待機硝子ちゃん
部屋いなかったぞ?
我が家は母以外見えないものが見える。
父は一族の代々続く術式を受け継いでいた。
一体何がどうなって母と結婚したのかと疑問に思った事を聞いたら母は笑いながら父に猛アタックしたのだと話す。
「そうね、あなた達のお父さんと出会ったのは私がうら若き乙女だった頃……。
闇夜を駆け見えぬ何かを捕まえる横顔にお母さんは惚れちゃったの」
何度も聞かされる母の惚気話。
まったく見る力もない母は月明かりに照らされる血塗れの父を見て惚れたらしい。
父曰く、任務中に怪我したのを一般人だった母に見られ逃げ出したのだが……なぜか母は父を探しだし、愛を叫んだとか。
「いやぁ……驚いた。
見知らぬ女に道端で愛を叫ばれるなんて後にも先にもお母さんだけだろうね」
笑う父もイカれているが、母の方がイカれているのがわかった。
一般人の母を自分の稼業に巻き込みたくないと逃げ回ったものの……母の愛が強すぎて父は折れた。
そんな大恋愛だったらしい。
父の術式を受け継いだ姉。
見えるけど少ない呪力で式神を作る程しか出来ない私や兄。
代々続いた我が家の因縁やら大義やらは何世代か前の当主が終わらせた。
しかし、血を受け継ぐ子供の中に必ず術式を持つ子が生まれる。
その子供達が何も知らなかったからと迫害されぬよう、理解ある指導者が身近に関われるように、と数ある選択肢を選べるよう呪術界との縁を結び呪界に関わった昔の当主。
知らないことは恐ろしい。
我が家の家訓は人様に迷惑をかけないこと。見えて術式持ちならば尚更身の振り方を考えなければいけない。
そして見えるからこそ、見えない者との関わり方にも気を付けなくてはいけない。
が、恋愛は恋愛。
古くさい考えのごとく血を残さなきゃとか術式を受け継がせなきゃいけなんて人間は親族にはいない。
一時期は術式持ちが途絶えた事もあったらしい。
大義も無い我が家は落ちぶれ、細々と祓い屋をしている程度。ちょっと見えちゃう一般家庭レベルだ。
そんなちょっと変わった我が家で、家族内で見えない母に不安が無かったわけじゃない。
母は理解して父と一緒になったものの……
見える私達兄妹を恐ろしく感じることはないのか……いつか、私達が疎ましくなることはないのか、と不安になった時もあった。
「あら?家族を愛するのにそんな些細なこと気にする必要ある?
あなた達の個性を否定する気はないわよ。
母さん、あなた達を産めて幸せなの」
母さん、妄想は得意だからまかせて!!
母さん妄想の中では既に魔王級だから!
と、謎の発言をして父と男が絡み合う漫画を描き殴る母を強いと思った私達は確かに母の愛に救われた。
周りから見たら異質な私達を臆することなく愛してくれる母が私達は大好きだから。
そんな我が家に呪術界の重鎮である御三家の禪院家から声が掛かり大騒ぎ。
まだまだ私が産まれたばかりの頃に姉に婚約者が出来た。
禪院直哉さん。
にこり、としながら姉の手を取り父や母と話す姿は好青年。
私や兄にも優しくていつも何かお土産を持って来てくれる。
落ちぶれていたとはいえ、お金に困っていたわけじゃない。
だが、禪院家と繋がりを持ち、確かに依頼が増えたし直哉さんのご好意でウチに寄付してくれて今までよりはいい生活が出来た。
あまりいい噂を聞かない呪術界……しかも御三家の息子さんに父と母は何度も頭を悩ませたものの……直哉さんがとても優しくいい人だから父も母もいい人に嫁ぐことが出来たんだと喜んでいた。
ただ
いつからか、姉は禪院家から帰ってくるたび怪我が多くなった。
笑っているのにどこか寂しそうで、いつか消えてしまうんじゃないかと思うくらい弱々しくなっていった。
男の人を見るたび身体をビクつかせるようになった。
女の人を見るたびうつ向くようになった。
花が咲いたようにふわりと笑う姉だった。
優しくてふわふわして頼りないし、騙されそうなくらいチョロい部分があるお人好しな姉だった。
我が家の術式を継いでいる事に誇りを持っている姉だった。
そんな姉を殺し、壊した奴がいる。
「お姉ちゃん……また、怪我してたね」
「うん」
「お姉ちゃん……いなくならない、よね?」
「いなくなるわけないだろ」
兄も気付いていた。
私も兄も我が家の術式を継げなかった。
呪術師になれば、いつ命が終わるかわからない。
その事を考えれば、大好きな姉が戦地に行く回数が減った禪院家の婚約は良かった事なのかもしれない。
直哉さんが姉を守ってくれている。
だけど……
表情が消えていく姉が
人を怖がる姉が
どこか遠くを見つめる姉が
いつ居なくなるかわからない恐怖があった。
父と母も心配して何度も姉と話していたが、姉は「迷惑ばかりかけてしまう」と、「自分が甘えてばかりの世間知らずだから」と、苦笑して最後には必ず「大丈夫」だと終わらせる。
父も母も何も言えず、家に居ると安心したように寛ぐ姿を見る事しか出来なかった。
そんな姉が、突然東京の呪術の学校に行きたいと言い出した。
父も最初は困惑していたが……姉の熱意に許可を出した。
姉が父から直哉さんに話して欲しいと告げた時も驚きはしたものの、気弱な姉じゃいつまでも伝えられる気がしないと言えば納得した。
東京へ行き、度々連絡が入る姉は元気そうだった。
楽しそうにどこへ行ったからお土産を送るね、とか私や兄が欲しがった物を伝えれば探して送ってくれた。
父の携帯に送られてくる写真には美男子と美人な女の人。
三人共に顔面偏差値が高い。
その中で微笑む姉は……昔の姉だった。
姉を蝕んでいた何かから解放され、また昔の姉のように笑ってくれている……そう思うと私も兄も父と母でさえ安心した。
なのに……どうして?
父を殴り、蹴りつける人……
無表情で父を見下し、その背中に足を乗せている。
「どないなっとんねん?お宅の娘」
「なっ、直哉様……っ、娘が、名前が何を……っ」
苦しそうに呻いている父。
母が私と兄を庇っている。
それでも震えながらに、今目の前で起こる惨事を理解しようと必死に言葉を繋ぐ。
「俺の為言うて東京行ったのに遊び歩いとるで?」
「そんなっ!!」
「俺が嘘、言うてると思っとる?」
「……っ、名前は……我が家の術式を極め、反転術式も他人に行えるようになっております!!遊び歩いてるわけではなく、勉強もっ」
「お宅の術式とかどうでもええよ。
反転術式ももう、いらん」
再び父を蹴る男。
その度に父は血を吐き出している。
「俺が居るのに悪い子やね」
にやり、にやり。
この男は……誰だ?
姉を大切に腕にしまい、私達にお菓子をくれた婚約者と同じ男なのか……?
「大丈夫。殺さんよ。
けど……名前ちゃんには反省してもらわな」
蛇のように目を細め、どこかへ連絡する。
震える母にしがみつく事しか出来ない私と兄。
「名前ちゃんな、酷いんやで?
俺という婚約者が居るのに向こうの一般家庭出身の男と五条家の男と仲良くしとるんやで?」
「五条……?」
「ビックリしたわ。
禪院家に嫁入りする子が不仲の五条家の子と仲良ししとるなんて」
「ですが……っ」
「ちょっと金積んで調べて貰ったら……ほら」
何かの写真を見せる男。
それは……姉が笑って白髪の男と手を繋いで歩く姿。
制服ではなく、私服のようだ。
「楽しそうやねぇ」
「何かっ、誤解がっ!!」
「誤解される行動する方がおかしいやろ」
「直哉様……っ、娘は、直哉様を裏切るような真似など、しませんっ」
「俺が浮気や、って決めたら浮気やろ」
ゾッとする程冷たい瞳。
「名前ちゃんとお話せなアカンなぁ」
この人は姉をどうしたいんだろう?
姉を傷付け、壊すだけじゃなく
姉の笑顔を、姉の幸せすら奪おうとしてるのか?
東京の高専へと電話をしている彼。
父が怪我をして大変だと騒いでいる。
きっと姉はその話を聞けば、慌てて帰ってくるだろう。
怪我をさせた本人がいるとも知らず。
姉は父の心配をして……。
「悪魔……っ」
「ん?俺の事?」
「お姉ちゃんを傷付けてっ!!お姉ちゃんに意地悪ばかりしてっ!!」
「や、やめなさいっ」
「私のお姉ちゃんをっっ」
目の前の男に向かって言葉を吐き捨てる。
頭に血が上り、思っていた事をぶつけていたら……突如、横を何かが掠めた。
「名前ちゃんの両親や兄妹やからあんま手出ししたくないねん」
私の真横は何かで穴が空いている。
あれが顔に当たっていたら……そう考えるとへたり……と、腰が抜けてしまう。
母が必死に私を抱き締めて、兄が震えながらに母にしがみついている。
「俺と名前ちゃんに首突っ込むなや」
狂ってる。
私達が関わっていた世界は優しい世界ばかりだった。
呪いが渦巻く中心に居た姉は……一体何を吹き込まれ、どんな思いで耐え続けていたのか。
家訓さえも呪いとなり耐えるのはどんな思いだったのか。
親と子で兄弟で身内で呪い合い、周りからも呪われ、唯一助けてくれそうな婚約者からも呪われる。
私達家族を巻き込まないために、姉は耐え続けるしかなかったと思うと……私達は言葉を失うしかなかった。
無知とは時に暴力となる。
知ろうとしない事は時に人を傷付ける。
何も知ろうとせず
目の前の悪魔へ姉を差し出し豊かとなった生活に笑っていた私達家族は姉から恨まれても仕方がない。
姉が来るまでの間……私達はただ己の罪と目の前の男に震えて黙り込んだ。
夜蛾先生に呼び出され、告げられた内容に驚いた。
朝一に夜蛾先生から連絡があり、いつもより早めに行くとまさか父が……。
仕事でしくじったのか、どれだけの怪我なのか……。
三人に言う暇も無く、京都への新幹線のチケットを取って制服のまま帰る。
よく考えると、高専に通ってから実家に戻ってきたのは初めてだった。
いつも父の携帯を通して家族とやり取りしていたので顔は見えなくてもお互いの無事を確認していたのに……。
ドキドキとうるさい心臓を押さえ、家につく。
玄関を開けて声を出す。
「お母さん!!お父さんって……」
「おかえり、名前ちゃん」
「………え?」
出迎えてくれたのは直哉様。
どうして家の奥から出てくるの?
どうして顔に血がついているの?
どうして笑っているのに怖いの?
どうしてそんなに……怒っているの?
なぜ?なぜ?なぜ?
ヒュッ、と息が詰まる。
「久しいな、名前ちゃん」
優しい笑顔を浮かべ、抱き締めてくれる。
手を引いて玄関のドアを閉め……私を廊下へ放り投げた。
受け身は取ったものの、すぐに背中に足を乗せられ肺が圧迫される。
「悲しいわぁ。ええ子の名前ちゃんなら俺との約束守ってくれると思っとったのに」
「かはっ」
「向こうでえらく楽しくやってんやねぇ」
バラバラと落とされたのは写真。
傑くんと、硝子ちゃんと、悟くんと出掛けていた写真。
どれも楽しそうに私は笑っていた。
「浮気、良くないなぁ」
「違っ」
「お父さんにも嘘言って俺の事騙すなんて酷いわぁ」
「う、そ?」
「やからお父さん。お仕置きされるんやで?」
直哉様の言葉にゾクリとした。
ぐっ、と髪の毛を捕まれる。
「いっ!!」
「黙り」
髪を引かれ、急いで立ち上がる。
ぐいぐいとリードのように髪の毛を引かれて行った先……父が血塗れで倒れていた。
「おと……お父さんっ、お父さん!!」
「大丈夫。生きとるよ」
慌てて駆け寄れば、直哉様は髪の毛から手を離してくれた。
息はある。見た目の酷さに手が震えるものの、反転術式を使う。
硝子ちゃんみたいに他人に使うのは慣れておらず完璧とまではいかないものの、出血を止める事は出来た。
父の呼吸が穏やかになったのを確認してホッ、と一息つく。
部屋の隅では兄妹と母が泣きながら震えていた。
「直哉様……っ、なぜ、なぜこんな…っ」
「お?ちゃんと反転術式は成長しとるな。
なら反転術式の話は嘘やなかったんか」
「ちっ、違っ!嘘ではありません!!」
「なら名前ちゃんが浮気したんは?」
「それも!!」
バシンッ、と頬に走る痛み。
久しぶりの口の中が切れるほどの頬の痛みに身体が震える。
「口答えすな」
「……申し訳、ございませんっ」
「悟君に傑君?言うたかな……この二人と仲良しなんて頭おかしない?傑君、一般の出やろ?
そないな奴らと楽しくやってるなんてお仕置き……必要やろ?」
思い出すお仕置きに身体が震えるのが止まらない。
逃げ出そうにも、視界に入る兄妹と母の恐怖に染まった顔から目を逸らせない。
「選べや。
自分からお仕置き受けるか、それとも」
ーーー自分の代わりに妹ちゃんが代わりになるか?
囁かれた言葉は恐ろしいものだった。
どうする?と優しく微笑んでいるこの人の機嫌をこれ以上悪くしてはいけない。
私は床に頭をつけながら声を出す。
「私が……っ、私が、悪いです。
家族は関係ありません……っ!!
私が、私が直哉様を裏切る行為を致しました……っ」
「そか……なら、仕方ないなぁ」
ふぅ、と聞こえたため息。
腕を引かれ、立たされる。
「堪忍なぁ、名前ちゃん。痛かったやろ?
けど……名前ちゃんが悪いんやで?」
「……は、い」
「俺から離れて東京行って、他の男に色目使ってたらアカンやろ」
「……すい、ま、せっ」
「俺はずーっと心配しとったのに……裏切られたわぁ」
「ごめん、なさい……っ、ごめんなさいっ!!
そんなつもりはっ」
「名前ちゃんが裏切るんならウチから寄付したお金どないするん?」
私が悟くんと傑くんと仲良くなったのは悪いことだった?
「返せ、なんて言わんよ?
けど……ウチに恩あるんやからお義父さんが責任とらな」
父が?どうして?
「名前ちゃんの東京行き事止めず、俺に行かせて欲しいってお願いしたんお義父さんやろ」
直哉様の言葉に身体中の血液が凍っていくような感覚に。
「そしたら名前ちゃんのお義父さん、お仕置きされずに済んだのになぁ」
「私が……」
「んー?」
「私が…お父さんから、頼んで…って」
どうしても、青空が羨ましくて。
籠の中から抜け出して、自由になりたいと思ったから……。
不純な動機を隠して、父に頼んだ。
悟くんから教えて貰った硝子ちゃんの情報を混ぜて。
反転術式の勉強をしたかったのは嘘じゃない。
直哉様に甘えてばかりじゃいられないと思っていたのも嘘じゃない。
直哉様の役に立ちたいと思っていたのも嘘じゃない。
直哉様から離れる事が寂しかったのも嘘じゃない。
ただ、それらを建前に……私の本音を隠しただけ。
悟くんと行けば、あの瞳と同じ青空に私も自由に羽ばたけるんじゃないかと思ってしまった。
我慢ばかりじゃなく……普通の生活がしたかった。
そんなちっぽけな願いで……私は私の家族を傷付けた。
「名前ちゃんのお義父さんからの頼みやから……って思ったのに
名前ちゃんがお義父さんに言うてって頼んだんか」
「っ!!」
再び頬に痛みが走る。
「俺からそない離れたかったん?」
「違いますっ」
「ほんま俺の事どんだけ馬鹿にしとんの?」
ぐいっと腕を力任せに引かれる。
母と兄妹の私と父を呼ぶ声がする。
外に出れば……いつの間にか止まっていた車に強引に乗せられた。
無言で隣に座る直哉様を見る事は出来ない。
行き先はわかっている……直哉様のお屋敷だ。
何を、されるのか。
昔受けた最初のお仕置きは水風呂に沈められた。
その次のお仕置きは縛られて熊の出る山に置き去りにされた。
その次は首に縄をつけたまま部屋から出る事を禁じられた。
私がお仕置きがどんなものか考えている内にお屋敷に着いたらしい。
腕を引かれ、直哉様と過ごした部屋に入れられる。
「本当は高専卒業するまで待とう思ってたんやけど……名前ちゃんが俺の目の届かんとこで悪さしとるならもぉええやろ?」
「直哉、様?」
「今でも後でもヤることは変わらん。
名前ちゃん……役目、忘れた訳ないやろ?
」
「っ!!」
部屋を閉め切り、私を抱き締める直哉様。
耳元で囁くように告げられる。
「断るなら断ってもええよ?
その代わり……妹ちゃん、いくつやったっけ?」
直哉様の抱き着く腕が重い。
耳元で話される言葉が怖い。
呼吸が苦しい。
涙が止まらない。
「泣いとんの?」
「……っ」
「許さんよ。裏切ったのは名前ちゃんや」
「あ、あぁっ!!」
噛み付かれた首が痛い。
乱暴に畳に身体を押し付けられて制服を脱がされる。
前を閉じる金色のボタンが弾け飛び、遠くへ落ちる。
お父さんの血塗れた姿が頭から離れない。
家族の恐怖に染まった泣き顔に心が痛い。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
少しでも楽しいと思えた日常を望んでしまって。
少しでも普通に戻りたくなってしまって。
自由になりたいと手を伸ばして。
「言ったろ?離さんって」
天井と直哉様の顔しか見えない。
憧れた青空なんて見当たらない。
伸ばした手は、直哉様に握られた。
あとがき
なんてこった、R18に突入しそうじゃないか。
さて、ここまでが短編呪縛の内容。
ここから先がまだ書いていない呪縛になりますな!
……期待しないでくださいwww
・夢など所詮夢の名前ちゃん
絶望100%
・嫉妬300%の直哉くん
怒りで我を忘れているようだ
・高専待機悟くん
あれれ〜今日名前いなくね?
・高専待機傑くん
いないね?どうしたんだ?
・高専待機硝子ちゃん
部屋いなかったぞ?