呪縛
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目が覚めて、一番最初に見たのは硝子ちゃんだった。
心配そうな顔で覗き込まれ、また迷惑かけてしまったのか……と思ってしまう。
「大丈夫か?」
「うん……ごめんね、硝子ちゃん。
硝子ちゃんも本当は先生達と居なきゃいけなかったはずなのに」
「いいんだよ」
硝子ちゃんから問題無し、と判断されたが気分が悪くなったらすぐに言うこと、と念押しされて先生の所へ。
先生の所へ行って……硝子ちゃんと驚いた。
「あれ?名前もう平気なの?」
「無理は駄目だよ?」
キョトン、としながら悠々と此方に来る二人。
ちなみに悟くんと傑くんに怪我は全く無さそうだ。
その2人の後ろは……多分山か森があったのだろうが……
「あの、これは……?」
「団体戦で呪霊祓った数が多い方が勝ちらしいから」
「手っ取り早く終わらせる為に空中からちょっとね」
にこにこと笑う傑くん。
所々抉れた地形。
ポカンとしている先輩方と、頭を抱えている先生。
そして……なぜかボロボロの京都の生徒達。
「団体戦勝ったらもうこっちの勝ちじゃね?」
「わからないよ悟。個人戦があるみたいだから、それも勝敗としてカウントされるのかもしれないよ?」
「なら団体戦意味無くね?」
「確かに」
「えっと……お疲れ様、です?」
「疲れることは何もしてないよ」
ニコニコ笑顔の傑くんに、気だるげにいる悟くん。
苦笑しながら無傷の先輩方を見れば、圧倒的差で終わらせたらしい。
「名前」
「は、はいっ!!」
「無理しない程度でいいが……修復を頼めるか?」
「はい」
頭を抱えてしまった先生。
所々抉れてしまっているものの、何とかなりそうなので式神を取り出し呪力を流す。
「みんな、後片付けよろしくね」
手を上げて山の中へテコテコ歩いていった式神達。
硝子ちゃんは京都の人々を見て回っていた。
「名前」
「硝子ちゃん?どうかした?」
「この人、歌姫先輩」
「アンタが禪院の婚約者って噂の……?
あんなのの婚約者なんて大変よね」
「えーっと…」
硝子ちゃんに紹介された庵 歌姫先輩。
出会ってすぐによしよしと頭を撫でられた。
「歌姫ちゃん酷ない?俺は可愛らしい婚約者を大事にしとんのに」
「うわっ、出た!!」
後ろから腕を回して抱き締めてきた直哉様。
大きな怪我は無いものの、頬や指などに掠り傷が多い。
「直哉様、傷が」
「名前ちゃんは大丈夫なん?」
「私は大丈夫です。すいません、お見苦しい所をお見せして」
「……何時から?」
「え?」
「過呼吸。アレが初めてやないの?」
困った。
初めてではない、と言えば初めてではない。
あそこまで酷いものは片手で数えられる程度しかないが……。
「過去に、何度か……」
「何で俺に言わなかったん?」
「そ、れは……」
「気分悪」
低い声が耳元で聞こえて身体がビクッとする。
また過呼吸なんて迷惑がかかる。
「ごめんなさい。迷惑ばかりかけてしまって」
「禪院!アンタ婚約者ちゃん怯えてんじゃない!!」
ぐいっと、庵先輩に腕を引かれる。
少しだけホッとして直哉様を見れば、庵先輩をジトッとした目で見つめていたが……怒ってはいなさそうだ。
「歌姫ちゃん、空気読んでくれん?」
「はぁ!?」
「どっからどー見ても婚約者との逢瀬の最中に首突っ込むアホどこに居るん?」
「アホ!?アンタ、私をアホって!!」
「ほら名前ちゃん。俺の傷治してくれんの?」
「は、はいっ」
庵先輩が渋々腕を離してくれる。
硝子ちゃんも心配そうだが、私は勉強の為に連れてきてもらったのだ。
落ち着いて怪我を治す事だけに集中する。
「へぇ……出来るようなったん?」
「まだまだ成功率は低いですが」
「ならもぅええやろ」
ぐいっと腕を引かれ、直哉様の腕の中。
「成功率上げるだけなら京都でも出来る」
「で、も…私は……」
「俺と離れて他の男と仲良ぉする為に東京行ったわけじゃないやろ?」
「けど、直哉様っ!私はまだ…っ」
「別に反転術式なんか無くてもええよ。
名前ちゃんがすべき仕事は他にもあるやろ?
大事な仕事」
ぐっ、とお腹に触れる直哉様の手。
言葉にされなくてもその手の位置で言いたいことが何かわかってしまった。
「帰って来ぃ」
直哉様の言葉に……私の数ヶ月の努力なんて無駄だったのだと悟る。
確かに私は直哉様の為になればいいと思って、
東京校には反転術式使いがいるから…と無理を頼んで押し通した。
ほんの少し……直哉様のいない生活というものを経験してみたいのもあった。
私が役立たずなら、私が成長しなければならない。
そして、今の生活が楽しい。
出来なかった事が出来るのも、誰かの役に立てるのも、誰かの期待に答えれる今の環境が私は好きになっていた。
直哉様な為に……などと理由をつけて離れても、私の本来の役目は変わらないのに。
直哉様が反転術式などいらないと。
戻れ、と言うのであれば……
「直哉様……あの、私…っ」
初めて、直哉様の役に立てるんじゃないかと頑張った。
使い道の無い術式でも、悟くんや傑くんに手伝ってもらって前よりも出来ることが増えてきた。
硝子ちゃんに教わりながら医療の勉強を一緒にし、成功率はまだ低くても自分以外の人へ施す事が出来るようになってきた。
直哉様がいなくても、私は手助けされながらも少しずつ成長出来ているのだと伝えたかった。
直哉様に全て任せてしまわないよう、甘えてしまわないよう、私でも直哉様のサポートが出来るのだと……。
ただの胎ではなく
直哉様に必要とされる存在になりたかった。
そうすれば、直哉様だって私の事を認めてくれるんじゃないかと……
「名前ちゃん、勘違いしたらアカンよ」
思って、いたのに。
「名前ちゃんは誰のや?」
頑張ったら、誉めてもらえて
「名前ちゃんは何を優先せなアカンの?」
昔みたいに優しくして貰えるんじゃないかと
「俺やろ?」
私は直哉様にとっての"特別"になれるんじゃないかと……
「その俺の機嫌損ねてええの?」
思って、いた。
「名前ちゃんの仕事は名前ちゃんじゃなくても出来るんやで?
そしたら名前ちゃん、居る意味あるん?」
「……私は…」
「外経験したら名前ちゃんもしっかりすると思っとったが、俺の勘違いやったね」
「私っ」
「口答えは許さん」
捕まれている腕が痛い。
怒って、いる。
私の不出来さに。
私の役立たずさに。
どこへ行っても皆に迷惑ばかりで、成長しない。
皆の貴重な時間を奪ってしまっている。
この数ヶ月、自己満足の結果を直哉様に自慢しようとしていた自分が恥ずかしい。
結局私は誰かに助けて貰えなければ、自分でどうにかすることも出来ない事を忘れていた。
浮かれて、いたんだ。
「本家戻って教育されてた方がまだマシやろ」
「……ごめん、なさい」
「今からでも俺から言おうか?」
「……直哉様の」
ご判断にお任せします、と言おうとしたのだが……言葉は出なかった。
私の腕を引き、いつの間にか私の目の前に立つ硝子ちゃん。
直哉様を見上げ、眉間にシワを寄せて睨み付けている。
「あー?キミ誰?」
「勝手な事すんなよ」
「あっ、名前ちゃんの同期の子?」
「反転術式"なんか"?
それ本気で言ってんなら相当頭逝ってんね」
「気に触ったん?堪忍なぁ。
反転術式を馬鹿にしとるわけじゃ無いんやで?」
「名前のここ数ヶ月の頑張りを知らない奴が名前の頑張りを無下にする言い方するなよ」
「名前ちゃんにしては頑張った方やと思うけど無駄や」
「無駄かどうか決めるのはオマエじゃない」
「……キミ、生意気やな」
硝子ちゃんに伸ばされた手にゾクリッとした。
慌てて硝子ちゃんの前に出て直哉様を見れば、伸ばされた手は止まる。
「なん?その目」
「……硝子ちゃんに手を出さないで下さいっ」
「俺が?自分……何言うてるかわかっとる?」
振り上げられた手。
痛みに身構えたものの、誰かに身体を引かれた。
「禪院っ!!アンタ……今、何しようとしてたのよっ!!」
「歌姫先輩……」
「庵、先輩……」
「信じらんないっ!!アンタもう怪我治ったんならあっち行きなさいよ!」
「冗談やろ」
「冗談で女の子殴ろうとしてんじゃないわよ!!」
本気で怒ってくれる庵先輩。
直哉様は顔に笑顔を張り付けているもののあの顔は怒っている時の顔だ。
「なぁーに大声出してんの?歌姫」
「五条悟っ!!」
「えっ?もしかしてさっきので怪我しちゃった?どんくさっ」
「テメェ……ッ!!開始早々にアンタの術式空中からやられたらっ」
「え?歌姫先輩ともあろう方が避けられなかったんですか?」
「夏油……オマエもっ!!」
「これだから歌姫は弱くて可哀想だね」
「悟、本当の事を言ってはいけないよ」
「私はっ!!先輩だぞゴラァッ!!」
悟くんと傑くんに殴りかかる庵先輩。
ケラケラ笑って避けているから庵先輩の怒鳴り声がまた響く。
「名前ちゃん」
「……直哉様」
「個人戦終わったら残り」
「……私」
「悪いけどこっちも予定入ってるから無理」
「硝子ちゃん…」
「可愛らしい顔してキッツいなぁ。
これは俺と名前ちゃんの問題や。引っ込め」
「嫌。友達泣かされて黙ってられるか」
硝子ちゃんが直哉様を睨み付けている。
友達……たった、数ヶ月。
なのに、硝子ちゃんは私の為に直哉様と対峙してくれている。
友達、なんて呼べる人はいなかった。
仲間、なんて呼べる人はいなかった。
私は直哉様の"胎"としてだけ見られているだけの存在。
ただのクラスメートではなく、友達。
私の自慢の友達の硝子ちゃんから友達と認められていて、私だけじゃないんだと……
そう、言えるのが嬉しかった。
「名前、五条のとこ行ってきな」
「でもっ」
「私もすぐ戻るから」
硝子ちゃんに背中を押される。
私と硝子ちゃんに気付いた傑くんが来てくれて、私の手を引いてくれるものの、硝子ちゃんに何かあったら私は……。
「大丈夫。硝子の事は私が見ているから」
「傑くん…」
「悟、名前を」
「おー」
「……アンタ、禪院の婚約者で本当に大丈夫?
アイツめちゃくちゃ性格最悪よ?
さっきだって……」
「庵先輩、さっきはありがとうございました。
あと、私と直哉様の事なのに……気を使わせて申し訳ございません」
「……禪院家に口出しする気は無いけど、私に出来ることがあるなら言いなさい」
「ありがとうございます」
庵先輩に頭を下げれば微妙な顔をされた。
悟くんにくしゃくしゃに頭を撫でられて、頭に腕を置いて体重を掛けられる。
「名前はさ、アイツの婚約者でいたい?」
「え?」
「このままアイツの言いなりになって過ごす?」
「……けど、私」
「名前自身がどうしたいのか決めなきゃ、誰も動けないからな」
悟くんの言葉は、どこか私に突き刺さった。
私自身がどうしたいか……。
そんな事……私が決められる立場になど、無くて。
「親とか、家とか、婚約者とか全て抜きにしたら名前は何してーの?」
真面目な声の悟くん。
「……優しいね、悟くん」
「別に」
「……ありがとう」
もしも。
もしも、その答えが叶うなら……。
「男を立てられへん女は可愛らしくないで?」
名前を五条の所へ行かせた硝子。
そんな硝子へ苛立ちを隠せない直哉は硝子を睨み付けている。
「女を大事に出来ないクズを立てろって?
絶対嫌だね。女はクズの玩具じゃない」
「名前ちゃんを玩具なんて思っとるわけないやろ」
「ははっ!じゃあアンタ歪んでんな」
「あ"?」
「好きな女を暴力で解決しようとしても女はいずれ気付くよ」
「名前ちゃんは俺から離れんよ」
「どーかな?
名前がいつまでも弱いまま、なんて思わない方がいいよ」
「硝子」
夏油に呼ばれて片手を上げる。
直哉に背を向け歩き出す。
「名前に惹かれる奴らはオマエだけじゃないよ」
眉間にシワを寄せる直哉に硝子はニヤリと笑った。
「硝子、意地悪言っちゃダメじゃないか」
「手出そうとしたのはあっちだ」
「は?」
「真顔止めろ」
「……個人戦が楽しみだね」
「殺すなよ」
個人戦は……一言で言うなら圧勝だった。
驚くほどあっさりと決着がついた。
先輩達は少し怪我をしたものの、酷くて骨折くらい。
悟くんと傑くんはまぁ、言うまでもなく無傷。
逆に京都の方々の方が……重症だ。
「先生、式神達の様子を見てきてもいいですか?」
「あぁ。ここも頼めるか?」
「はい」
個人戦でボコボコになった部分の修復は簡単に済みそうだ。
「硝子ちゃん私、山の方行って来ます」
「修復終わったの?五条か夏油連れて行きなよ」
「わかりました」
「呼んだ?」
「ひゃっ!?」
真後ろから聞こえた声に身体が跳ねる。
体勢を崩したものの、悟くんがお腹に腕を回してくれたので転ばずに済んだ。
「……悟くん、ありがとうございます。
でも、いきなり耳元で声掛けは…」
「俺と傑が何だって?」
「名前、今からオマエらが荒らした山の修繕見に行くんだって。
絶対迷子になるからどっちか着いて」
「「あー」」
「それなら私の呪霊に乗って上からの方がいいんじゃないか?」
「歩くより捕まえてた方がいなくなんねーもんな」
傑くんが呪霊を出すと、私を抱えてその上に乗る。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってきます」
飛び上がった呪霊はすぐに山の方へ。
上から見ると、折れた木々は仕方ないにしてもだいぶマシに戻せたみたいだった。
「ボコボコだったのが綺麗になってるね」
「ですね」
集まっている式神を回収する。
残るは折れてしまった木々をどうするか、なのだが……。
「これ……どうしましょう?
流石に折れた木々をこのまま……ってわけに…」
「呪霊に食べさせようか?」
「え?できるんですか?」
あっという間に傑くんの呪霊で片付いた。
帰りは傑くんと歩いて戻る。
入学して約半年程。
傑くんは一般家庭で育ち、入学しているのに呪術界の事は勿論、実力も申し分ない。
「傑くんって凄いですね」
「ん?」
「私も誰かの役に立てる人になりたかった」
ポツリ、と溢した本音。
呪術界に身を置きながら、役に立てない私なんかよりずっと役立てる存在。
努力していないわけじゃないのに、認められない。
「何か言われた?」
「……私、直哉様との婚約が嫌だと思った事は一度も無いです」
優しくて、暖かくて、安心する場所。
負が渦巻く家の中、私は直哉様に守られていた。
だから、この人なら信じられると思っていた。
「私が直哉様と見合わないのはわかっているんです。どんなに頑張った所で私は悟くんや傑くんみたいにはなれない事も……。
硝子ちゃんのように、反転術式に才能があるわけでも無くて」
それでも、必死になった。
直哉様から認められれば、変われるんじゃないかと思って。
何も出来ないグズでノロマな私でも、直哉様の隣に居る理由が出来れば引き離されないんじゃないかって。
「私に価値など最初から無かったの……忘れてました」
私は子供を産むための道具。
数ある一人でしかない。
「本妻、なんて名ばかりです。
私に直哉様だけでも、直哉様は数多くの側室を持つだろうし……
傾いている我が家に寄付をしてくれたのは直哉様ですから、私が直哉様にどう扱われようが何か言い出せる立場にいないんです」
より良い術式。
相伝を受け継ぐ子。
御三家を絶やさない為の繋ぎ。
「私がいくら頑張っても
私がどんなに強くても
私自身の価値など無いんです」
皆と頑張って自信をつけられた。
直哉様から離れても大丈夫なんだと認められたかった。
"私"という存在に胎以外の理由が欲しくなってしまっていた。
私は、直哉様から捨てられてしまえば
その瞬間、家と共に消されてしまうくらいちっぽけなのに。
そんなちっぽけな存在が自分の存在を訴えた所で……数ある石ころの一つなど誰も目に止めるわけがなかった。
少しだけ形が違うね、って見て終わり。
「私は数ある石ころの一つですから」
悟くんは"私がどうしたいか"を私で決めろと言ってくれた。
多分、私の一言で悟くんは助けてくれる。
高専に行こうと手を差し出してくれた時のように。
「望みすぎたんです」
一度、助けてくれた。
いや……悟くんはいつも私を助けてくれていた。
自由で、強くても、大きな存在。
なのにもう一度、なんて……そんな都合良く悟くんを頼るなど出来ない。
「"愛されたい"だなんて……馬鹿みたい」
離れて、寂しくて。
離れて、愛しくて。
家とか関係無く……私は直哉様を好きになった。
どんなことをされたとしても、私だけを見てくれるならと耐えられた。
直哉様に捨てられたら、私は……っ
「……ごめんなさい!
傑くんに八つ当たりみたいな事して。
少し浮かれすぎていたみたいです。直哉様はそんな私を注意してくれただけなので」
「……名前」
「っ!!」
傑くんに腕を引かれ、抱き締められる。
「名前のその考え方、私は好きじゃないな」
「……ごめん、なさい」
「名前に怒ってるわけじゃないんだ。
名前が婚約者の事を好きな気持ちを疑っているわけじゃないんだ。
ただ、私からすれば家に寄付され逆らえない状況の中、名前が嫌だと言える立場に居ない。
それを利用して名前に酷い仕打ちをしても許されると思っている婚約者に腹が立つよ」
「それはっ!!」
「いくら名前が違うと言っても、事実お金で買収されているなら逆らえない。
普段がどんなに優しくても名前を傷付けていい理由などない」
「だって、私が……私が、駄目な子だから」
「そもそも名前は子供を産むための存在なんかじゃないよ」
傑くんの言葉に、胸が締め付けられる。
ぎゅっと唇を噛み締めれば、傑くんが親指で唇を押さえた。
「噛んだら荒れてしまうよ」
「……わから、ない。
だって!!傑くんの、言葉が本当なら……っ」
私は今まで何のために耐えていたのか。
私の存在理由は何か。
私は直哉様の何になるのか。
「私……っ、私はっ!!」
「……ごめんね。名前を悩ませて泣かせるつもりは無かった」
ボロボロと零れる涙。
その涙を優しく親指で拭ってくれる傑くんの声は優しい。
ふわりと優しく包み込むように抱き上げられ、傑くんを見れば目元を細めて優しく笑っていた。
「私は御三家の事情をよく知らない。
だから、一般的な私こそ呪術界からすれば間違えているのかもしれない」
「………」
「けど、私は自分が間違えているとは思わないから友達として、仲間として、異性として名前が好きだから伝えるよ」
「……うん」
「女を子供を産むための道具なんて言っている男は最低だ。女に手を上げるなんてあり得ない。
たとえ普段はいい奴だろうが恐怖で相手を縛り付けていい理由にはならない。
名前のその感情は自分を守るために相手を好きだと思い込まなきゃ名前が壊れてしまうからだよ」
「……じゃあ、傑くんが思う好きってどんなもの?」
この気持ちが偽りだと言うのなら
この気持ちが私を守るための防衛だと言うのなら
「そうだね……私の考える普通の好き、なら
まず、涙を流すなら悲しさではなく、嬉しさがいいな」
目尻の涙をそっと拭って
「いつでも相手に笑っていて貰いたいし、
私自身も一緒に笑っていたい」
ゆっくりと地面に下ろされ、涙の溜まる目元に優しく唇を落とされる。
「好きだから触れたいし、触れて欲しい。
我が儘を言われたいし、私からの我が儘を聞いて欲しい」
「……それなら、私も」
「一方的なお願いや顔色を伺うばかりじゃなく、自然とそういったやり取りがしたいんだ」
「………」
「大事な子が攻撃されるなら相手を黙らせてめちゃくちゃ後悔させてやりたくなるかな」
不穏な言葉にニコリ、と笑って言うものだから困ってしまう。
「愛した人に子供を産んで貰えるのなら、人生で最高に嬉しく思うよ。
私が選んだ私だけの最愛の人との血を分け合った子供だからね。
術式や才能なんて重要ではないかな」
「……そう、なの?」
「勿論。子供は家の存続の為や道具じゃないだろ?」
心のどこかで、ヒビが入った気がした。
「さて、ここまでで名前はどう思う?」
「……わから、ない」
「どうわからない?」
「だって……だって、傑くんの言葉が普通なら……私っ」
考えたくなかった。
傑くんの話す"普通"が私の普通と違うから。
その話しを聞いて、私……
「……羨ましいって、思っちゃった…っ」
出きることなら、私も直哉様とそうなりたいと。
直哉様からも、そう思われたいと。
「……今すぐに決めろ、とは言わないよ。
名前が幸せになるために考えてごらん?」
「……でも」
「金銭が絡んでいるからね……。
名前一人の問題ではないだろうし、家族の事を考えると一人では解決出来ないと思う」
「……うん」
「だから私達を頼ってくれないか?」
「……傑くん、達を?」
思わぬ言葉にうつ向いていた顔を上げる。
にこり、と笑う傑くんは私の頭を撫でながら話す。
「悟からも言われたんだろ?
名前が頼ってくれるなら私も悟も硝子だって迷わず手を差し出すよ」
「だって……私の、家や私の問題なのに」
「だからだよ。
どうでもいい相手なら私達だって選ぶさ」
「ただの、クラスメート……だよ?」
「友達で、仲間でもあるよ」
その言葉に、救われる。
一人じゃないんだって。
「名前が大切だから名前が手を伸ばしてくれなくても、私は名前を助けたいんだ」
「………」
「泣いてばかりの顔より名前は笑顔が似合うからね」
「……傑くん、それは…恥ずかしい」
ボッ、と顔に火がついたように熱くなる。
そんな私を見て楽しそうに笑いながら私の手を握る。
「まずは名前が自分の事を考えてごらん」
「……でも、でもね、傑くん。
私の事なのに…私が何を考えなきゃいけないのか……」
言葉に出すと恥ずかしい。
自分の事なのに何を考えなきゃいけないのかすらわからないなんて子供より酷い。
なのに……傑くんは優しく笑いかけてくれる。
「名前が考える、名前の幸せって何か……かな」
手を引かれ、硝子ちゃんや悟くんの所へ戻る。
その間、傑くんは何も言わなかった。
だけど繋いだ手が優しくて心強くて……
私はまた少し、泣いてしまった。
あとがき
ファンブックの五条さんと夏油さんの情報に泣いた。
・恋愛超初心者名前ちゃん
恋とは何か。愛とは何か。
・恋愛初心者直哉くん
嫉妬!!!!!(150%)
・恋愛は論外悟くん
これからするかもしれない
・恋愛上級者傑くん
しかし、本命はいたことがない
・恋愛上級者硝子ちゃん
あえて本命は作らなさそう
心配そうな顔で覗き込まれ、また迷惑かけてしまったのか……と思ってしまう。
「大丈夫か?」
「うん……ごめんね、硝子ちゃん。
硝子ちゃんも本当は先生達と居なきゃいけなかったはずなのに」
「いいんだよ」
硝子ちゃんから問題無し、と判断されたが気分が悪くなったらすぐに言うこと、と念押しされて先生の所へ。
先生の所へ行って……硝子ちゃんと驚いた。
「あれ?名前もう平気なの?」
「無理は駄目だよ?」
キョトン、としながら悠々と此方に来る二人。
ちなみに悟くんと傑くんに怪我は全く無さそうだ。
その2人の後ろは……多分山か森があったのだろうが……
「あの、これは……?」
「団体戦で呪霊祓った数が多い方が勝ちらしいから」
「手っ取り早く終わらせる為に空中からちょっとね」
にこにこと笑う傑くん。
所々抉れた地形。
ポカンとしている先輩方と、頭を抱えている先生。
そして……なぜかボロボロの京都の生徒達。
「団体戦勝ったらもうこっちの勝ちじゃね?」
「わからないよ悟。個人戦があるみたいだから、それも勝敗としてカウントされるのかもしれないよ?」
「なら団体戦意味無くね?」
「確かに」
「えっと……お疲れ様、です?」
「疲れることは何もしてないよ」
ニコニコ笑顔の傑くんに、気だるげにいる悟くん。
苦笑しながら無傷の先輩方を見れば、圧倒的差で終わらせたらしい。
「名前」
「は、はいっ!!」
「無理しない程度でいいが……修復を頼めるか?」
「はい」
頭を抱えてしまった先生。
所々抉れてしまっているものの、何とかなりそうなので式神を取り出し呪力を流す。
「みんな、後片付けよろしくね」
手を上げて山の中へテコテコ歩いていった式神達。
硝子ちゃんは京都の人々を見て回っていた。
「名前」
「硝子ちゃん?どうかした?」
「この人、歌姫先輩」
「アンタが禪院の婚約者って噂の……?
あんなのの婚約者なんて大変よね」
「えーっと…」
硝子ちゃんに紹介された庵 歌姫先輩。
出会ってすぐによしよしと頭を撫でられた。
「歌姫ちゃん酷ない?俺は可愛らしい婚約者を大事にしとんのに」
「うわっ、出た!!」
後ろから腕を回して抱き締めてきた直哉様。
大きな怪我は無いものの、頬や指などに掠り傷が多い。
「直哉様、傷が」
「名前ちゃんは大丈夫なん?」
「私は大丈夫です。すいません、お見苦しい所をお見せして」
「……何時から?」
「え?」
「過呼吸。アレが初めてやないの?」
困った。
初めてではない、と言えば初めてではない。
あそこまで酷いものは片手で数えられる程度しかないが……。
「過去に、何度か……」
「何で俺に言わなかったん?」
「そ、れは……」
「気分悪」
低い声が耳元で聞こえて身体がビクッとする。
また過呼吸なんて迷惑がかかる。
「ごめんなさい。迷惑ばかりかけてしまって」
「禪院!アンタ婚約者ちゃん怯えてんじゃない!!」
ぐいっと、庵先輩に腕を引かれる。
少しだけホッとして直哉様を見れば、庵先輩をジトッとした目で見つめていたが……怒ってはいなさそうだ。
「歌姫ちゃん、空気読んでくれん?」
「はぁ!?」
「どっからどー見ても婚約者との逢瀬の最中に首突っ込むアホどこに居るん?」
「アホ!?アンタ、私をアホって!!」
「ほら名前ちゃん。俺の傷治してくれんの?」
「は、はいっ」
庵先輩が渋々腕を離してくれる。
硝子ちゃんも心配そうだが、私は勉強の為に連れてきてもらったのだ。
落ち着いて怪我を治す事だけに集中する。
「へぇ……出来るようなったん?」
「まだまだ成功率は低いですが」
「ならもぅええやろ」
ぐいっと腕を引かれ、直哉様の腕の中。
「成功率上げるだけなら京都でも出来る」
「で、も…私は……」
「俺と離れて他の男と仲良ぉする為に東京行ったわけじゃないやろ?」
「けど、直哉様っ!私はまだ…っ」
「別に反転術式なんか無くてもええよ。
名前ちゃんがすべき仕事は他にもあるやろ?
大事な仕事」
ぐっ、とお腹に触れる直哉様の手。
言葉にされなくてもその手の位置で言いたいことが何かわかってしまった。
「帰って来ぃ」
直哉様の言葉に……私の数ヶ月の努力なんて無駄だったのだと悟る。
確かに私は直哉様の為になればいいと思って、
東京校には反転術式使いがいるから…と無理を頼んで押し通した。
ほんの少し……直哉様のいない生活というものを経験してみたいのもあった。
私が役立たずなら、私が成長しなければならない。
そして、今の生活が楽しい。
出来なかった事が出来るのも、誰かの役に立てるのも、誰かの期待に答えれる今の環境が私は好きになっていた。
直哉様な為に……などと理由をつけて離れても、私の本来の役目は変わらないのに。
直哉様が反転術式などいらないと。
戻れ、と言うのであれば……
「直哉様……あの、私…っ」
初めて、直哉様の役に立てるんじゃないかと頑張った。
使い道の無い術式でも、悟くんや傑くんに手伝ってもらって前よりも出来ることが増えてきた。
硝子ちゃんに教わりながら医療の勉強を一緒にし、成功率はまだ低くても自分以外の人へ施す事が出来るようになってきた。
直哉様がいなくても、私は手助けされながらも少しずつ成長出来ているのだと伝えたかった。
直哉様に全て任せてしまわないよう、甘えてしまわないよう、私でも直哉様のサポートが出来るのだと……。
ただの胎ではなく
直哉様に必要とされる存在になりたかった。
そうすれば、直哉様だって私の事を認めてくれるんじゃないかと……
「名前ちゃん、勘違いしたらアカンよ」
思って、いたのに。
「名前ちゃんは誰のや?」
頑張ったら、誉めてもらえて
「名前ちゃんは何を優先せなアカンの?」
昔みたいに優しくして貰えるんじゃないかと
「俺やろ?」
私は直哉様にとっての"特別"になれるんじゃないかと……
「その俺の機嫌損ねてええの?」
思って、いた。
「名前ちゃんの仕事は名前ちゃんじゃなくても出来るんやで?
そしたら名前ちゃん、居る意味あるん?」
「……私は…」
「外経験したら名前ちゃんもしっかりすると思っとったが、俺の勘違いやったね」
「私っ」
「口答えは許さん」
捕まれている腕が痛い。
怒って、いる。
私の不出来さに。
私の役立たずさに。
どこへ行っても皆に迷惑ばかりで、成長しない。
皆の貴重な時間を奪ってしまっている。
この数ヶ月、自己満足の結果を直哉様に自慢しようとしていた自分が恥ずかしい。
結局私は誰かに助けて貰えなければ、自分でどうにかすることも出来ない事を忘れていた。
浮かれて、いたんだ。
「本家戻って教育されてた方がまだマシやろ」
「……ごめん、なさい」
「今からでも俺から言おうか?」
「……直哉様の」
ご判断にお任せします、と言おうとしたのだが……言葉は出なかった。
私の腕を引き、いつの間にか私の目の前に立つ硝子ちゃん。
直哉様を見上げ、眉間にシワを寄せて睨み付けている。
「あー?キミ誰?」
「勝手な事すんなよ」
「あっ、名前ちゃんの同期の子?」
「反転術式"なんか"?
それ本気で言ってんなら相当頭逝ってんね」
「気に触ったん?堪忍なぁ。
反転術式を馬鹿にしとるわけじゃ無いんやで?」
「名前のここ数ヶ月の頑張りを知らない奴が名前の頑張りを無下にする言い方するなよ」
「名前ちゃんにしては頑張った方やと思うけど無駄や」
「無駄かどうか決めるのはオマエじゃない」
「……キミ、生意気やな」
硝子ちゃんに伸ばされた手にゾクリッとした。
慌てて硝子ちゃんの前に出て直哉様を見れば、伸ばされた手は止まる。
「なん?その目」
「……硝子ちゃんに手を出さないで下さいっ」
「俺が?自分……何言うてるかわかっとる?」
振り上げられた手。
痛みに身構えたものの、誰かに身体を引かれた。
「禪院っ!!アンタ……今、何しようとしてたのよっ!!」
「歌姫先輩……」
「庵、先輩……」
「信じらんないっ!!アンタもう怪我治ったんならあっち行きなさいよ!」
「冗談やろ」
「冗談で女の子殴ろうとしてんじゃないわよ!!」
本気で怒ってくれる庵先輩。
直哉様は顔に笑顔を張り付けているもののあの顔は怒っている時の顔だ。
「なぁーに大声出してんの?歌姫」
「五条悟っ!!」
「えっ?もしかしてさっきので怪我しちゃった?どんくさっ」
「テメェ……ッ!!開始早々にアンタの術式空中からやられたらっ」
「え?歌姫先輩ともあろう方が避けられなかったんですか?」
「夏油……オマエもっ!!」
「これだから歌姫は弱くて可哀想だね」
「悟、本当の事を言ってはいけないよ」
「私はっ!!先輩だぞゴラァッ!!」
悟くんと傑くんに殴りかかる庵先輩。
ケラケラ笑って避けているから庵先輩の怒鳴り声がまた響く。
「名前ちゃん」
「……直哉様」
「個人戦終わったら残り」
「……私」
「悪いけどこっちも予定入ってるから無理」
「硝子ちゃん…」
「可愛らしい顔してキッツいなぁ。
これは俺と名前ちゃんの問題や。引っ込め」
「嫌。友達泣かされて黙ってられるか」
硝子ちゃんが直哉様を睨み付けている。
友達……たった、数ヶ月。
なのに、硝子ちゃんは私の為に直哉様と対峙してくれている。
友達、なんて呼べる人はいなかった。
仲間、なんて呼べる人はいなかった。
私は直哉様の"胎"としてだけ見られているだけの存在。
ただのクラスメートではなく、友達。
私の自慢の友達の硝子ちゃんから友達と認められていて、私だけじゃないんだと……
そう、言えるのが嬉しかった。
「名前、五条のとこ行ってきな」
「でもっ」
「私もすぐ戻るから」
硝子ちゃんに背中を押される。
私と硝子ちゃんに気付いた傑くんが来てくれて、私の手を引いてくれるものの、硝子ちゃんに何かあったら私は……。
「大丈夫。硝子の事は私が見ているから」
「傑くん…」
「悟、名前を」
「おー」
「……アンタ、禪院の婚約者で本当に大丈夫?
アイツめちゃくちゃ性格最悪よ?
さっきだって……」
「庵先輩、さっきはありがとうございました。
あと、私と直哉様の事なのに……気を使わせて申し訳ございません」
「……禪院家に口出しする気は無いけど、私に出来ることがあるなら言いなさい」
「ありがとうございます」
庵先輩に頭を下げれば微妙な顔をされた。
悟くんにくしゃくしゃに頭を撫でられて、頭に腕を置いて体重を掛けられる。
「名前はさ、アイツの婚約者でいたい?」
「え?」
「このままアイツの言いなりになって過ごす?」
「……けど、私」
「名前自身がどうしたいのか決めなきゃ、誰も動けないからな」
悟くんの言葉は、どこか私に突き刺さった。
私自身がどうしたいか……。
そんな事……私が決められる立場になど、無くて。
「親とか、家とか、婚約者とか全て抜きにしたら名前は何してーの?」
真面目な声の悟くん。
「……優しいね、悟くん」
「別に」
「……ありがとう」
もしも。
もしも、その答えが叶うなら……。
「男を立てられへん女は可愛らしくないで?」
名前を五条の所へ行かせた硝子。
そんな硝子へ苛立ちを隠せない直哉は硝子を睨み付けている。
「女を大事に出来ないクズを立てろって?
絶対嫌だね。女はクズの玩具じゃない」
「名前ちゃんを玩具なんて思っとるわけないやろ」
「ははっ!じゃあアンタ歪んでんな」
「あ"?」
「好きな女を暴力で解決しようとしても女はいずれ気付くよ」
「名前ちゃんは俺から離れんよ」
「どーかな?
名前がいつまでも弱いまま、なんて思わない方がいいよ」
「硝子」
夏油に呼ばれて片手を上げる。
直哉に背を向け歩き出す。
「名前に惹かれる奴らはオマエだけじゃないよ」
眉間にシワを寄せる直哉に硝子はニヤリと笑った。
「硝子、意地悪言っちゃダメじゃないか」
「手出そうとしたのはあっちだ」
「は?」
「真顔止めろ」
「……個人戦が楽しみだね」
「殺すなよ」
個人戦は……一言で言うなら圧勝だった。
驚くほどあっさりと決着がついた。
先輩達は少し怪我をしたものの、酷くて骨折くらい。
悟くんと傑くんはまぁ、言うまでもなく無傷。
逆に京都の方々の方が……重症だ。
「先生、式神達の様子を見てきてもいいですか?」
「あぁ。ここも頼めるか?」
「はい」
個人戦でボコボコになった部分の修復は簡単に済みそうだ。
「硝子ちゃん私、山の方行って来ます」
「修復終わったの?五条か夏油連れて行きなよ」
「わかりました」
「呼んだ?」
「ひゃっ!?」
真後ろから聞こえた声に身体が跳ねる。
体勢を崩したものの、悟くんがお腹に腕を回してくれたので転ばずに済んだ。
「……悟くん、ありがとうございます。
でも、いきなり耳元で声掛けは…」
「俺と傑が何だって?」
「名前、今からオマエらが荒らした山の修繕見に行くんだって。
絶対迷子になるからどっちか着いて」
「「あー」」
「それなら私の呪霊に乗って上からの方がいいんじゃないか?」
「歩くより捕まえてた方がいなくなんねーもんな」
傑くんが呪霊を出すと、私を抱えてその上に乗る。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってきます」
飛び上がった呪霊はすぐに山の方へ。
上から見ると、折れた木々は仕方ないにしてもだいぶマシに戻せたみたいだった。
「ボコボコだったのが綺麗になってるね」
「ですね」
集まっている式神を回収する。
残るは折れてしまった木々をどうするか、なのだが……。
「これ……どうしましょう?
流石に折れた木々をこのまま……ってわけに…」
「呪霊に食べさせようか?」
「え?できるんですか?」
あっという間に傑くんの呪霊で片付いた。
帰りは傑くんと歩いて戻る。
入学して約半年程。
傑くんは一般家庭で育ち、入学しているのに呪術界の事は勿論、実力も申し分ない。
「傑くんって凄いですね」
「ん?」
「私も誰かの役に立てる人になりたかった」
ポツリ、と溢した本音。
呪術界に身を置きながら、役に立てない私なんかよりずっと役立てる存在。
努力していないわけじゃないのに、認められない。
「何か言われた?」
「……私、直哉様との婚約が嫌だと思った事は一度も無いです」
優しくて、暖かくて、安心する場所。
負が渦巻く家の中、私は直哉様に守られていた。
だから、この人なら信じられると思っていた。
「私が直哉様と見合わないのはわかっているんです。どんなに頑張った所で私は悟くんや傑くんみたいにはなれない事も……。
硝子ちゃんのように、反転術式に才能があるわけでも無くて」
それでも、必死になった。
直哉様から認められれば、変われるんじゃないかと思って。
何も出来ないグズでノロマな私でも、直哉様の隣に居る理由が出来れば引き離されないんじゃないかって。
「私に価値など最初から無かったの……忘れてました」
私は子供を産むための道具。
数ある一人でしかない。
「本妻、なんて名ばかりです。
私に直哉様だけでも、直哉様は数多くの側室を持つだろうし……
傾いている我が家に寄付をしてくれたのは直哉様ですから、私が直哉様にどう扱われようが何か言い出せる立場にいないんです」
より良い術式。
相伝を受け継ぐ子。
御三家を絶やさない為の繋ぎ。
「私がいくら頑張っても
私がどんなに強くても
私自身の価値など無いんです」
皆と頑張って自信をつけられた。
直哉様から離れても大丈夫なんだと認められたかった。
"私"という存在に胎以外の理由が欲しくなってしまっていた。
私は、直哉様から捨てられてしまえば
その瞬間、家と共に消されてしまうくらいちっぽけなのに。
そんなちっぽけな存在が自分の存在を訴えた所で……数ある石ころの一つなど誰も目に止めるわけがなかった。
少しだけ形が違うね、って見て終わり。
「私は数ある石ころの一つですから」
悟くんは"私がどうしたいか"を私で決めろと言ってくれた。
多分、私の一言で悟くんは助けてくれる。
高専に行こうと手を差し出してくれた時のように。
「望みすぎたんです」
一度、助けてくれた。
いや……悟くんはいつも私を助けてくれていた。
自由で、強くても、大きな存在。
なのにもう一度、なんて……そんな都合良く悟くんを頼るなど出来ない。
「"愛されたい"だなんて……馬鹿みたい」
離れて、寂しくて。
離れて、愛しくて。
家とか関係無く……私は直哉様を好きになった。
どんなことをされたとしても、私だけを見てくれるならと耐えられた。
直哉様に捨てられたら、私は……っ
「……ごめんなさい!
傑くんに八つ当たりみたいな事して。
少し浮かれすぎていたみたいです。直哉様はそんな私を注意してくれただけなので」
「……名前」
「っ!!」
傑くんに腕を引かれ、抱き締められる。
「名前のその考え方、私は好きじゃないな」
「……ごめん、なさい」
「名前に怒ってるわけじゃないんだ。
名前が婚約者の事を好きな気持ちを疑っているわけじゃないんだ。
ただ、私からすれば家に寄付され逆らえない状況の中、名前が嫌だと言える立場に居ない。
それを利用して名前に酷い仕打ちをしても許されると思っている婚約者に腹が立つよ」
「それはっ!!」
「いくら名前が違うと言っても、事実お金で買収されているなら逆らえない。
普段がどんなに優しくても名前を傷付けていい理由などない」
「だって、私が……私が、駄目な子だから」
「そもそも名前は子供を産むための存在なんかじゃないよ」
傑くんの言葉に、胸が締め付けられる。
ぎゅっと唇を噛み締めれば、傑くんが親指で唇を押さえた。
「噛んだら荒れてしまうよ」
「……わから、ない。
だって!!傑くんの、言葉が本当なら……っ」
私は今まで何のために耐えていたのか。
私の存在理由は何か。
私は直哉様の何になるのか。
「私……っ、私はっ!!」
「……ごめんね。名前を悩ませて泣かせるつもりは無かった」
ボロボロと零れる涙。
その涙を優しく親指で拭ってくれる傑くんの声は優しい。
ふわりと優しく包み込むように抱き上げられ、傑くんを見れば目元を細めて優しく笑っていた。
「私は御三家の事情をよく知らない。
だから、一般的な私こそ呪術界からすれば間違えているのかもしれない」
「………」
「けど、私は自分が間違えているとは思わないから友達として、仲間として、異性として名前が好きだから伝えるよ」
「……うん」
「女を子供を産むための道具なんて言っている男は最低だ。女に手を上げるなんてあり得ない。
たとえ普段はいい奴だろうが恐怖で相手を縛り付けていい理由にはならない。
名前のその感情は自分を守るために相手を好きだと思い込まなきゃ名前が壊れてしまうからだよ」
「……じゃあ、傑くんが思う好きってどんなもの?」
この気持ちが偽りだと言うのなら
この気持ちが私を守るための防衛だと言うのなら
「そうだね……私の考える普通の好き、なら
まず、涙を流すなら悲しさではなく、嬉しさがいいな」
目尻の涙をそっと拭って
「いつでも相手に笑っていて貰いたいし、
私自身も一緒に笑っていたい」
ゆっくりと地面に下ろされ、涙の溜まる目元に優しく唇を落とされる。
「好きだから触れたいし、触れて欲しい。
我が儘を言われたいし、私からの我が儘を聞いて欲しい」
「……それなら、私も」
「一方的なお願いや顔色を伺うばかりじゃなく、自然とそういったやり取りがしたいんだ」
「………」
「大事な子が攻撃されるなら相手を黙らせてめちゃくちゃ後悔させてやりたくなるかな」
不穏な言葉にニコリ、と笑って言うものだから困ってしまう。
「愛した人に子供を産んで貰えるのなら、人生で最高に嬉しく思うよ。
私が選んだ私だけの最愛の人との血を分け合った子供だからね。
術式や才能なんて重要ではないかな」
「……そう、なの?」
「勿論。子供は家の存続の為や道具じゃないだろ?」
心のどこかで、ヒビが入った気がした。
「さて、ここまでで名前はどう思う?」
「……わから、ない」
「どうわからない?」
「だって……だって、傑くんの言葉が普通なら……私っ」
考えたくなかった。
傑くんの話す"普通"が私の普通と違うから。
その話しを聞いて、私……
「……羨ましいって、思っちゃった…っ」
出きることなら、私も直哉様とそうなりたいと。
直哉様からも、そう思われたいと。
「……今すぐに決めろ、とは言わないよ。
名前が幸せになるために考えてごらん?」
「……でも」
「金銭が絡んでいるからね……。
名前一人の問題ではないだろうし、家族の事を考えると一人では解決出来ないと思う」
「……うん」
「だから私達を頼ってくれないか?」
「……傑くん、達を?」
思わぬ言葉にうつ向いていた顔を上げる。
にこり、と笑う傑くんは私の頭を撫でながら話す。
「悟からも言われたんだろ?
名前が頼ってくれるなら私も悟も硝子だって迷わず手を差し出すよ」
「だって……私の、家や私の問題なのに」
「だからだよ。
どうでもいい相手なら私達だって選ぶさ」
「ただの、クラスメート……だよ?」
「友達で、仲間でもあるよ」
その言葉に、救われる。
一人じゃないんだって。
「名前が大切だから名前が手を伸ばしてくれなくても、私は名前を助けたいんだ」
「………」
「泣いてばかりの顔より名前は笑顔が似合うからね」
「……傑くん、それは…恥ずかしい」
ボッ、と顔に火がついたように熱くなる。
そんな私を見て楽しそうに笑いながら私の手を握る。
「まずは名前が自分の事を考えてごらん」
「……でも、でもね、傑くん。
私の事なのに…私が何を考えなきゃいけないのか……」
言葉に出すと恥ずかしい。
自分の事なのに何を考えなきゃいけないのかすらわからないなんて子供より酷い。
なのに……傑くんは優しく笑いかけてくれる。
「名前が考える、名前の幸せって何か……かな」
手を引かれ、硝子ちゃんや悟くんの所へ戻る。
その間、傑くんは何も言わなかった。
だけど繋いだ手が優しくて心強くて……
私はまた少し、泣いてしまった。
あとがき
ファンブックの五条さんと夏油さんの情報に泣いた。
・恋愛超初心者名前ちゃん
恋とは何か。愛とは何か。
・恋愛初心者直哉くん
嫉妬!!!!!(150%)
・恋愛は論外悟くん
これからするかもしれない
・恋愛上級者傑くん
しかし、本命はいたことがない
・恋愛上級者硝子ちゃん
あえて本命は作らなさそう