呪縛
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「……来ないな」
東京都立呪術高等専門学校。
今日はその、入学式のはずだった。
一人
女子生徒が机にうつ伏せて寝ている。
一人
きっちりとまとめられたお団子に前髪を一部垂らして座っている男子生徒。
一人
空席
一人
「すいまっせーん、遅れましたぁ」
白い短髪頭を掻きながら大きな欠伸と共に入ってきた長身の男子生徒。
ズレたサングラスの位置を戻し、教室の中へ。
「遅刻だぞ、悟」
「すんまっせーん。昨日ゲームしてたら熱中しちゃって」
「あと一人は……」
「あ、来ないと思うよ?名前でしょ?」
「は?」
夜蛾は眉間にシワを寄せた。
来ない?
「アイツ今、束縛激しめの婚約者とイチャイチャして頑張ってるから早くても明日か明後日以降だと思いまーす」
「……嘘だろ」
「マジマジ。本当は京都高だったの無理矢理東京にしたから婚約者様のご機嫌とり」
「……嘘じゃ、ないんだな」
「名前の親は知らないと思うから確認すんなら婚約者のお家にしないと繋がらないと思うよ?」
夜蛾は入学式1日目にして頭を抱えた。
クラスの内問題児が半分もいるだなんて聞いてない。しかも初日に来ないと連絡が無い、微妙な遅刻をする、だなんて……。
「まぁ、婚約者の許可が降りればすぐ連絡来ると思うよ。めちゃくちゃ謝って人の話聞かないかもしんねーけど」
ケラケラ笑う男子生徒……五条悟。
ドサッと廊下側の椅子に座り込む。
一つ空いた空席。
「で、先生。この後何すんの?」
「……それぞれの実力を見るため、一先ず三人で呪霊討伐に向かう」
「どうせ雑魚だろ?面倒」
「そう言うな」
「……ちょっといいかな?」
今まで黙っていたお団子……夏油傑が手を上げる。
にこり、と笑って悟の方に身体を向けた。
「キミ、まずは遅刻して来た事を先生に謝るのが先ではないかい?」
「謝ったろ」
「謝る態度ではないよ」
「はいはい、夜蛾先生ごめんなさーい」
「それが目上の人に対する態度かい?」
「口ウルセーな。母ちゃんかよ」
ピリピリとした空気。
真面目さと不真面目さがぶつかり合う面倒臭さにピクピクと米神が動く。
「傑、私は気にしていない。酷ければ私から注意しよう」
「いいえ、先生。こういうのはきちんとすべきです。有名な名家のご出身らしいのにまともな教育をされてこなかったみたいだね」
「……オマエ一般からの入学?」
「そうだね。だから呪術界の常識には疎いんだ。
一般的な常識と違っていても許されるのが呪術界の常識ならごめんね?
私にとっては非常識で不愉快だ」
「あ"?」
「幼稚園からやり直しておいで」
「オマエはその意味わかんねぇ前髪直せよ」
「「………………」」
「悟、傑。やめろ」
いつの間にか女子生徒……家入硝子がいない。
どこに行った、と視線を二人から離したのがいけなかった。
ガチャーンッとガラスが割れる。
そして鳴り響く呪霊出現のアラート。
………。
問題児しかいない。
激しい破壊音でどこかの校舎が弾けた。
アラートが激しく鳴っている。
砂煙が凄い事になっている。
また違う場所で校舎が……。
夜蛾は目を覆って天を仰いだ。
一暴れしたところで担任から拳骨を食らった。
ムッスーと拗ねる俺と傑。
そして無表情で煙草を吸う女……硝子。
呪霊討伐はすぐに終わったのに、三人で交流を深めてから帰って来いと置いていかれた。
くれぐれも街中で暴れないように、と口うるさく言われて。
「「「…………」」」
とりあえず腹が減った。
成長期の男の子の食欲を満たしたい。
「なぁ、どっか食う場所ねぇの?」
「近場ならそこじゃね?ファミレス」
「……ふぁみれす?」
「は?嘘だろ?ファミレスを知らないのかい?」
「馬鹿にしてんのはわかった。何でもいいけど腹減った」
傑も同じだったらしくファミレスへ。
メニューを開いて驚いた……
「この価格……まともな材料使えてる?」
「「ぶはっ!!」」
「肉ってこれ何の肉?は?牛?」
「「あははははははっ!!」」
「こちら、フライドポテトでございます」
「うわっ!!うまっ!!こんなんでこの価格でいいのかよ!!」
「ひーーっ!!」
「クックックックッ!!」
初めてのファミレスでここからここまで、って注文したら流石に二人に止められた。
名前が来たら連れてこようと決めた。
腹抑えながらプルプルしている二人を睨み付けるものの、二人は人の顔みて震えていやがる。
「いい加減にしろよオマエら」
「いやー、笑った笑った。
オマエまじでいいとこの坊っちゃんなんだね」
「坊っちゃん言うな」
「私家入硝子。ファミレスごときで驚くなよ。名家のご飯のがウマイだろ」
「普通。俺はこっちのが好き」
「私は夏油傑だよ。キミ、可愛らしいところもあるんだね」
「ウッセーよ!!………五条悟」
なんだかんだ三人で打ち解けた。
硝子はサッパリしていて物怖じせず言葉で殴り付けてくる。
傑は殴り合ったから実力的にも認めているし、俺が御三家の人間だろうと気にせず言葉でも殴り付けてくる。
特に傑とは男同士な事もあり、帰る頃にはかなり仲良くなったと思う。
「そーいやさ」
「ん?」
「五条、もう一人の入学者と知り合いなの?」
硝子はじっと此方を見て聞いてくる。
傑も興味があるのか、此方を見てきた。
「こっちに誘ったの俺だもん」
「悟、だもん…なんて使うなよ」
「可愛いだろ?」
「キモッ」
硝子の冷めた視線が突き刺さる。
「婚約者はこっちじゃないんだよな?」
「多分京都じゃね?知らねーけど」
「知らねーのかよ」
「名前の事は知ってるけど……俺が名前を語るより実物見て体験した方が早いと思うよ」
時間を掛けて信頼を得た。
多分この二人ならそう時間も掛からず名前を気に入るだろうし。
「硝子は大事だろうけど、傑引かれるかもな」
「は?」
「お嬢様だから見た目ヤンキーに爽やかな笑顔張り付けた野郎なんて名前には刺激強すぎるわ」
「……当たり障り無く過ごすのに婚約者持ちのお嬢様を誘惑なんてしないさ」
「やったらぶん殴る」
「情緒迷子かよ」
仲良く帰宅した俺達を見た夜蛾先生はホッとしていた。
翌日
いざ授業をしようとした先生の携帯に掛かってきた電話に出ると、頭を抱え出す。
「………悟」
「ん?何?」
「さっき電話があってな……最後の一人の入学者なんだが」
「名前?」
「今、東京で迷子になっているらしい」
「「「は?」」」
先生の携帯からは呪詛のようにごめんなさいコールが。
ブツブツ聞こえてきている。
「……迎えに行ってやってくれ」
「………ぶはっ!!迷子!!迷子って!!」
「今から悟を迎えに行かせる」
『ごめんなさい……ご迷惑とお手数をおかけして……。入学式も間に合わず、ご連絡もせず、こんな……迷子だ、なんて……』
「いい。気にするな。後程事情を」
『本当にごめんなさい……。馬鹿でグズでのろまだからもっと早くに行動すべきでした』
「……悟」
助けを求めている先生から携帯を奪う。
「名前」
『……悟、様?』
「そーそー!今からそっち行くから大人しくしてて。あ、何か目印わかる?」
『えっと……駅には居るんですが、どちらの方に行けば良いのかわからなくて』
「駅ね。そのまま誰に声掛けられても無視して待ってて。すぐ行くから」
『ごめんなさい……』
「大丈夫。心細いだろうけど待ってて」
『……はい』
泣いてしまいそうな程、か細い声に笑ってしまう。
思っていたより早く東京に来れたのかとホッとした。
「ってことで俺行ってくるけど車借りていーの?」
「荷物もあるだろうし……仕方ない」
「先生」
「私らも行っていーい?」
何故か傑と硝子も付いて来ようとする。
嫌な顔を全開にすれば、にっこりと笑う二人。
「随分と優しい声で話すんだな、硝子さん」
「クズが優しくしなきゃいけない婚約者持ちの女って気になるよね、夏油さん」
「「ってことで同級生を迎えに行かせて下さい」」
「………帰りに一件呪霊を祓って来い」
「「はーい」」
「補助監督に連絡しておく」
頭を抱えた先生は教室から出ていった。
「来んなよ」
「どんな頭おかしい奴か気になんじゃん」
「仲良くは出来なくても挨拶くらいはね」
ニヤニヤ。
コイツら絶対俺の反応を楽しみたいだけだろ。
まぁいいや、と立ち上がってふと思い出す。
「オマエら先行ってて。俺忘れ物あったわ」
「トイレは先に済ませておかなきゃいけないよ、悟」
「手洗えよ」
「トイレじゃねーーよ!!!!」
部屋に戻り、部屋の角に置いておいた物を持つ。それが無くなっただけでも部屋が広くなった気がした。
既に停まっていた車の後ろに乗り込めば、ギョッとする硝子と傑。
「悟……なんだい?それ」
「オーダーメイドのハダカデバネズミの特大人形」
「はだ……え?」
「ハダカデバネズミ」
「うわっ、ぶっさ」
可愛いだろ?と傑と硝子に顔を向ければ微妙な顔された。
こちとら一年以上前から作って置いといているから愛着沸いてきてんだよ。
……部屋が寂しいからもう一体頼もうかどうか迷ってるなんて気の迷いは今は置いといて。
「任務って都内?」
「はい。廃ビルの三級案件が一件です」
詳しくは、と手渡された冊子。
傑と硝子と覗き込めば俺と傑が居れば楽そうだった。
「悟、その人形の顔そっちに向けてくれないか?」
「何でだよ」
「普通にキモい」
「グダグダ言うなよ」
ハダカデバネズミをディスられながら着いた駅。俺はハダカデバネズミの人形を抱えて歩き出す。
「「うわぁ……」」
「何だよ」
「悟、出来るだけ近寄らないでくれ」
「関係者だと思われたくない」
「なら着いてくんなよ」
まじで距離を置いた二人。
何か言っているが知らないフリしてさっさと名前を迎えに早足で歩く。
名前の携帯番号も知らないし、そもそも持ってすらいないであろう。
どこだ、とキョロキョロ見渡してみればふと見知った呪力を目で捕らえた。
見知らぬ男達に囲まれてうつ向きながら小さな身体をより小さくさせている。
一つ舌打ちをして早足で近寄った。
直哉様に見送られたテンションで荷物を抱えて出てきたのは良かったものの……駅の複雑さに絶望。
どうしたものかと困惑して立っていたら人の波に流されよりわからなくなり、やっと見付けた公衆電話にふと高専のしおりに書いてある番号へと祈る気持ちで電話したら、担任の方へ繋げられた。
「も、もしもし!!あの、昨日入学予定だった苗字 名前と申しますが!!」
『あぁ、今何処に居るんだ?』
「何処……でしょう?」
『………ん?』
「駅の中だとは思いますが、その……お恥ずかしながら土地勘が無くて人の波に流されてしまい……今何処にいるのかもわからなくて」
『………』
「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいごめ……ごめんなさいっ!」
そもそも遅れて到着しておいて、連絡の一つも入れていない事を思い出す。
直哉様のご機嫌を損ねないように必死でそもそも連絡する頭が無かった。
「ごめんなさいごめんなさいっ!!」
先生のため息に多大なご迷惑を掛けていたのだと心臓がギュッと掴まれた気持ちになる。
やはり私は直哉様がいないと何も出来ない。
『今から悟を迎えに行かせる』
「ごめんなさい……ご迷惑とお手数をおかけして……。入学式も間に合わず、ご連絡もせず、こんな……迷子だ、なんて……」
『いい。気にするな。後程事情を』
「本当にごめんなさい……。馬鹿でグズでのろまだからもっと早くに行動すべきでした」
直哉様がいないと一人で考えても良くない事ばかりしていたんだ。
直哉様と離れられる、初めての世界にはしゃぎすぎていた。何も考え無しだった。
東京に着いたらどうにかなるとなぜ思えたのだろうか?だから私は直哉様がいないと駄目なのに……
『名前』
耳に届いたのは……優しい声音。
いつもとは違って機械越しのせいか違った声に聞こえるが、間違うことなどない。
「……悟、様?」
『そーそー!今からそっち行くから大人しくしてて。あ、何か目印わかる?』
ホッと、した。
東京の高専に行くとは言っていたものの、自分だけが浮かれていたのだとしたらどうしようと思っていたのに。
涙が出てきそうなのをグッと耐えて周りを見渡す。
人の波は左右どちらにも行っている。
「えっと……駅には居るんですが、どちらの方に行けば良いのかわからなくて」
『駅ね。そのまま誰に声掛けられても無視して待ってて。すぐ行くから』
「ごめんなさい……」
『大丈夫。心細いだろうけど待ってて』
「……はい」
クスリ、と笑う声だけで悟様がどんな顔をしているのか何となく想像つく。
少しだけ落ち着いて、悟様の言葉通り待つ。
出来るだけ人の邪魔にならないように端に寄って身長の高い白を探す。
だけど、そんなすぐに来てくれるわけじゃないので見辺りはしない。
うつ向いて自身の靴の先を見つめる。
私が余所行きの服を持っていなかったから直哉様の婚約者として恥ずかしくないよう直哉様が買ってくれた。
いつも和装ばかりだったので洋服を着るのは直哉様の婚約者になる前ぶり。
変な所は無いだろうか?と服を見ても自分にはあまり似合っているように見えないのでどこがおかしいのかわからない。
白のYシャツに黒のロングスカート。
とてもシンプルだけど肌触りの良さからとても良いものだとわかる。
靴は少しだけ高めのヒール。
あまり履き慣れないせいか少しだけ踵が痛い。
「ねぇ、誰か待ってるの?」
顔を上げれば見知らぬ人。
ダボダボとした服装の人が数人。
「家出?」
「どっか行くとこあんの?」
「道わからないなら案内しようか?」
……どうしよう。
今、わかりやすい位置に案内して貰えば悟様に迷惑は掛からない。だけど動いている間にすれ違ってしまったら……。
悟様からは動かないように言われた。
声を掛けられても無視するように、と。
「ねぇ、無視しないでよ」
肩に触れられてビクリとしてしまう。
ーーー怖い。
直哉様。直哉様は……ここには、いない。
じゃあ誰に?許可を……いや、許可なんていらないはず、で。
直哉様に叱られちゃうから駄目。駄目?何が?
無意識に服を握り締めて縮こまるようにうつ向く。
「大丈夫?具合悪いならーーー」
「名前」
人混みの中、声がした。
顔を上げて見えたのは……ハダカデバネズミの顔。
なんで、ハダカデバネズミ?
ひょこ、と人形をズラして見えたのは悟様の顔。
「よぉ、1日遅れの大遅刻した問題児」
にやり、と笑った悟様は
私の両手サイズのハダカデバネズミの人形を手渡しながら私の頭を撫で回した。
「悟様!!」
「ほら、行くぞ」
荷物を持ってくれてスタスタ歩き出す悟様。
先程までの息苦しさが嘘のように落ち着いた。
「ナンパされてんじゃねぇよ」
「ナンパ?」
「……ほら、いいからはぐれんなよ」
「は、はい!あの、悟様……この子は」
「入学祝い」
好きだろ?と言われて頷く。
まさかこんなふわふわの手触りの良さと、愛嬌のある顔を再現した人形があったなんて。
大きすぎて持ち歩くのが難点ではあるものの
「ありがとうございます……」
外に出ると、黒い車の前には悟様と似たような黒い改造した学生服を着た男女が。
「知り合いは見付かったのかい?」
「ソイツが婚約者と離れたくなくて駄々っ子した問題児?」
お団子に独特な前髪のセンスをお持ちの男の子。
泣き黒子のある女の子。
じっと此方を見られている。
その視線から逃げるように人形へと視線を落とす。
ジワジワと手から汗が滲む。
「………」
「名前、あの二人同級生。
男が傑で女が硝子」
「………」
「怖い?」
怖い?どうなんだろう……。
ただ、息苦しくなってくる。
ここに直哉様はいない。だから自分で決めて答えなくちゃいけない。
口を開こうにも喉が張り付いてしまったかのように声が出ない。
直哉様の許可が無いと話しちゃいけない。
でも、悟様とは話せる。
なら、なら……
「大丈夫。ゆっくり息吐け」
頭に乗った悟様の手。
ゆっくり?息……を、吐く。
人形を見ながら、ゆっくり。息を、吐く。
いつの間にか震えていた身体は悟様が肩を抱いていてくれた。
「歩けるか?」
「……は、い」
「まずは車乗るぞ」
「………」
「一人で乗るか、俺の隣乗るか。どっちがいい?」
悟様の質問に、悟様の袖を引く。
それだけで意味を理解してくれたらしい悟様は私の頭を撫でて荷物を持ち直した。
「傑、前乗って。
硝子は窓で俺真ん中な」
「わかったよ。荷物、乗せようか?」
「頼んだ。名前、人形は?」
首を横に振れば、しっかり持ってろと言われた。
悟様が先に乗り込み、隣を叩く。
恐る恐るそこに座って扉を閉めたら出来る限り端に座って人形を抱き締める。
そうすれば私の視界は人形でいっぱいになってしまうものの、少しだけ落ち着いた。
バンっ、とドアの閉まる音。
「名前、高専帰る前に呪霊討伐あるんだけど……補助監督さん、名前って参加した方がいいの?」
「えぇっと……出来れば、名前さんがメインにと聞いております」
「だって。名前やれそ?」
動き出した車。
呪霊討伐……最近は何度か直哉様と任務に参加させていただいたことはあった。
こくり、と頷けば悟様に頭を撫でられる。
「危ないと判断したら助けるから」
悟様から受け取った任務内容の報告書に目を通す。
今はこれに集中。
廃ビルに着いて、私は人形を車に置く。
補助監督さんが帳を降ろせば任務開始。
同級生の2人も着いて来るようで、お辞儀だけはさせてもらう。
廃ビルの中に入ればどんよりと薄暗い。
弱そうな4級レベルを結界で囲う。
透明な箱に突然入れられた呪霊は暴れるものの
「"滅"」
その一言で箱ごと消滅した。
そうやって祓って一番気配が濃い場所へ。
何も無いように見えるが……確かに、いる。
チラリ、と後ろに待機している悟様達を見る。
口を開いて……言葉が出ずまた閉じる。
悟様相手にすら言葉が出ない。
申し訳無い気持ちはあるのに身体が拒絶する。
「俺らは気にすんな。自分の身くらい守れるから」
悟様の声にまた、泣きそうになる。
不甲斐ない……自分で言えない事を先に読み取って言葉にしてくれる。
改めて集中して隠れた呪いを探す。
乱雑に置かれた物が沢山ある。
一歩、一歩と踏み出していれば何かが動く気配に結界を作る。
意外と素早いのかなかなか結界に掴まらない。
ならば、と少し範囲を広げて大きく結界を作り出せば身体の一部だけ捕まえた。
見えるようになった呪霊はバタバタ暴れているので二重に結界を張って大きい結界を解除。
呪霊サイズの結界のみが残り滅して終了。
探索しても呪霊の気配は無さそうなので悟様達の方を見ればポカンとしていた。
「早っ」
「早く終わったならいいんじゃね?さっさと帰るか」
歩き出した悟様。
残りの二人は私を見ていて、どうしようかと思ったが二人にお辞儀をして悟様を追いかける。
グズグズして皆様を待たせるわけにはいかない。
先程と同じように車に乗り込んでふと、足が痛む。
チラッと踵を見れば血が滲み出していた。
靴擦れ、かな?
痛みはするもののこれしか靴は無い。
高専に着いたら何か違うものに履き替えようと思ってそのままに。
走り出した車。
「自己紹介がまだだったね。
私は夏油傑。キミは……」
「………」
「………」
徐席に乗った傑様に話しかけられる。
口を開かない私に困った顔をしている。
「家入硝子」
硝子様が、名乗ってくれた。
じっと此方を見ている表情は何を考えているかわからない。
何かを言わなきゃ、と思うが声を出そうとするたび変な汗が出てくる。
「傑、硝子。コイツが名前。
婚約者に胎扱いされてボロクソ洗脳されかかってるから優しく接してあげて」
「「は?」」
何を言い出すのかと思ったら……。
悟様の言葉に驚いて悟様を見る。
ぽふぽふと頭に手を置かれ、優しく撫でられれば染み付いた癖でその手にすり寄ってしまう。
そんな私にクスリ、と笑って髪を撫でる。
「名前、傑は一般家庭の出だけど俺と同じくらい強いから困ったら盾にしろよ。
硝子は名前がお勉強したい反転術式の使い手だからしっかり教えて貰え……理解できんなら」
「……悟、今のはどういう?」
「俺が説明するより早いだろ?
コイツ、婚約者の許可無いと発言許されて無かったんだよ」
「だからってそんな」
「俺が初めて会った時には既にこんな感じだったから」
猫みたいに撫で回され、頬に手を置かれたらぐりぐりと頭を押し付ける。
少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「名前、話せそう?」
少しだけズラしたサングラスの隙間から空色の瞳が見えた。
それに安心して頷く。
「ほら、自分で自己紹介」
「苗字 名前……です。
ふ、不束者ですが……よろしくお願いいたします。傑様、硝子様」
「「えっ」」
「わかってると思うけど俺は五条悟!
五条家とか禪院家とか無しにこれからも仲良くしような?あ、様付け禁止な」
「………五条?」
「おう」
「……五条…悟、様?」
「様付け禁止」
なんという事でしょう……。
私は五条家のご子息とは知らず、今までお話を……。
狭い車内だとわかってはいるのだが、今までの粗相を考えると身体が震える。
流れるように足元に座り頭を擦り付けようとしたが、悟様に止められた。
「傑、硝子。名前ってめちゃくちゃいい子だから悪さ吹き込むなよ?」
「悟……キミが言うことでは無いと思うよ」
「まずその宇宙人状態止めてやれよ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
「手離したら土下座して動かないぞコイツ」
「「うわぁ」」
脇を抱えられ、再び座席に座らせられるが私なんかが悟様……五条家の跡取り息子様の隣になど座る資格などない。
どうしようかとドアに手をやり、もういっそのこと飛び出そうかと考えた所で再び悟様に抱き上げられ……悟様の膝の上に。
「マジでやめろよ。ドア開けんな」
「………」
「今ロックかけますね!!」
「すげー震えてる」
「悟……可哀想だから止めなさい。ね?」
「こうしてないと窓開けて飛び出しそう」
なんで?
なんで五条家のご子息様の膝の上?
どうしたらいいんだろうかと視線を彷徨わせる。
「あれ?アンタ靴擦れしてんじゃん」
「うわっ!!めっちゃ血塗れ」
あぁ、バレた。
硝子様の方に足を向けていたせいか、白い靴下の血の汚れに気付いたらしい。
悟様に靴と靴下を脱がされる。
「いつもの草履は?」
「荷物に……」
「動くなよ。今治す」
ポワァ、と暖かな光。
ピリピリと痛かった踵は今じゃ綺麗に治っていた。
「痛い時くらいちゃんと言え」
「ですが……」
「此処は名前が何言っても怒られないから安心しろ。
間違っている時はその時言ってやるから」
「……」
「まず様付け禁止な。
そのあとはゆっくりでいいから硝子や傑にも慣れて、任務行かなきゃなんねーんだから補助監督にも慣れなきゃやってけねぇよ?」
「……はい」
「ってことで、はい俺の名前は?」
ニヤニヤとする悟様。
様付け禁止……でも、今までそう呼んできたのに、今さら……。
「さ、悟様……あの」
「違う」
「あの、悟様」
「駄目」
「………っ」
「楽しむなよクズ」
「めちゃくちゃ震えてるけど大丈夫かい?」
「ほーら、名前は?」
この後、高専に着くまで様付けする度言い直しさせられた。
言うのを止めて口を閉じれば容赦なく足ツボを押されて名前を呼ばされた。
「鬼畜だ」
「最低だ」
「これ具合じゃなきゃコイツ絶対誰とも話さなくなるからな」
高専に着く頃にはグッタリとしていた。
車から降りようとすれば、悟……くんによって抱き抱えられながら降りる羽目に。
「さ、悟さ……くんっ」
「また靴擦れして硝子に治してもらうの?」
「……自分で」
「いいから。傑、キャリー持って」
「はいはい」
「先生の所行けばいい?」
「はい」
結局悟さ……くんによって運ばれた。
先生が待っているという教室に入ると担任だと言う夜蛾先生が。
「担任の夜蛾だ」
「苗字 名前です」
「遅刻した理由などは後で詳しくーー」
「ごめんなさい」
「………悟」
教室に入って椅子に降ろされた私だったが、ご迷惑おかけした担任の夜蛾先生を目の前に謝らずにはいられなかった。
土下座をすれば困った顔をされる。
「先生、名前虐めたらすぐ土下座しちゃうよ?」
「虐めてない」
「先生の顔が既にアウトでしょ」
「悟、喧嘩なら買うぞ」
こうして私の外の生活が始まった。
あとがき
160cmの名前ちゃん
術式は某結界師を思い浮かべてくれればOK。
設定考えるのが面倒で某結界師となった。
ハダカデバネズミは大事にお部屋に飾る。
けど肌触りがいいので抱き枕にもしたい……めちゃくちゃ悩んで大事に飾ることにした。
ノリとテンションと解放感で出てきたものの、直哉様いなくてパニック。
悟くんによって何とか抑えられているものの、常にマナーモード。
何かと土下座しようとして脇に手を入れられ宙ブラリンになる子。
推定175cmくらいの直哉くん
あえての理想の恋人15cm差。けど直哉はきっと180は無いでしょ(偏見)
婚約者がペットみたいでとにかく可愛い。
けど、気分が乗らなければ構いたくない。
離れるのは嫌だったが、相手の親からなら仕方ない……自分の為にもなるし……嫌だけど。嫌だけどっ!!(2回目)。
自分以外と交流経って来たから多分寂しくなって自分から戻ってくると考えてる。現にまさか入学式すっぽかすと思っていなかったので驚いた。めっちゃ俺の事好きやん。嫌だけど(3回目)そろそろベッタリすぎる婚約者がうざくなって見送った。流れてキュンッときたが少しスッキリ。
190オーバー悟くん
迷子保護したのでもう離しちゃ駄目だよね〜しまっちゃおうね〜な人。
チラチラこちらを見る見上げる夢主が可愛くてギュンギュンしてる。
今はまだ恋ではない。
とにかくこの小動物を人間にしなきゃと謎の使命感。悟……人はそれを恋と呼ぶんやで?
甘やかしたい。
180オーバーの傑くん
入学式ぶっちしたお嬢様にイラッとしていた真面目くん。しかも理由が意味わからずまたイラッ。
関わる気は無いが、挨拶したらプルプルされた。……えっ?
多分160くらいの硝子ちゃん
頭おかしい理由で入学式ぶっちした色狂いだと思っていたらプルプルした小動物が。
精神的にヤベーな、と未来の医者として危機感察知。
ハダカデバネズミって医療に役立つんだよな……いい趣味してんなとか思ってそう。
東京都立呪術高等専門学校。
今日はその、入学式のはずだった。
一人
女子生徒が机にうつ伏せて寝ている。
一人
きっちりとまとめられたお団子に前髪を一部垂らして座っている男子生徒。
一人
空席
一人
「すいまっせーん、遅れましたぁ」
白い短髪頭を掻きながら大きな欠伸と共に入ってきた長身の男子生徒。
ズレたサングラスの位置を戻し、教室の中へ。
「遅刻だぞ、悟」
「すんまっせーん。昨日ゲームしてたら熱中しちゃって」
「あと一人は……」
「あ、来ないと思うよ?名前でしょ?」
「は?」
夜蛾は眉間にシワを寄せた。
来ない?
「アイツ今、束縛激しめの婚約者とイチャイチャして頑張ってるから早くても明日か明後日以降だと思いまーす」
「……嘘だろ」
「マジマジ。本当は京都高だったの無理矢理東京にしたから婚約者様のご機嫌とり」
「……嘘じゃ、ないんだな」
「名前の親は知らないと思うから確認すんなら婚約者のお家にしないと繋がらないと思うよ?」
夜蛾は入学式1日目にして頭を抱えた。
クラスの内問題児が半分もいるだなんて聞いてない。しかも初日に来ないと連絡が無い、微妙な遅刻をする、だなんて……。
「まぁ、婚約者の許可が降りればすぐ連絡来ると思うよ。めちゃくちゃ謝って人の話聞かないかもしんねーけど」
ケラケラ笑う男子生徒……五条悟。
ドサッと廊下側の椅子に座り込む。
一つ空いた空席。
「で、先生。この後何すんの?」
「……それぞれの実力を見るため、一先ず三人で呪霊討伐に向かう」
「どうせ雑魚だろ?面倒」
「そう言うな」
「……ちょっといいかな?」
今まで黙っていたお団子……夏油傑が手を上げる。
にこり、と笑って悟の方に身体を向けた。
「キミ、まずは遅刻して来た事を先生に謝るのが先ではないかい?」
「謝ったろ」
「謝る態度ではないよ」
「はいはい、夜蛾先生ごめんなさーい」
「それが目上の人に対する態度かい?」
「口ウルセーな。母ちゃんかよ」
ピリピリとした空気。
真面目さと不真面目さがぶつかり合う面倒臭さにピクピクと米神が動く。
「傑、私は気にしていない。酷ければ私から注意しよう」
「いいえ、先生。こういうのはきちんとすべきです。有名な名家のご出身らしいのにまともな教育をされてこなかったみたいだね」
「……オマエ一般からの入学?」
「そうだね。だから呪術界の常識には疎いんだ。
一般的な常識と違っていても許されるのが呪術界の常識ならごめんね?
私にとっては非常識で不愉快だ」
「あ"?」
「幼稚園からやり直しておいで」
「オマエはその意味わかんねぇ前髪直せよ」
「「………………」」
「悟、傑。やめろ」
いつの間にか女子生徒……家入硝子がいない。
どこに行った、と視線を二人から離したのがいけなかった。
ガチャーンッとガラスが割れる。
そして鳴り響く呪霊出現のアラート。
………。
問題児しかいない。
激しい破壊音でどこかの校舎が弾けた。
アラートが激しく鳴っている。
砂煙が凄い事になっている。
また違う場所で校舎が……。
夜蛾は目を覆って天を仰いだ。
一暴れしたところで担任から拳骨を食らった。
ムッスーと拗ねる俺と傑。
そして無表情で煙草を吸う女……硝子。
呪霊討伐はすぐに終わったのに、三人で交流を深めてから帰って来いと置いていかれた。
くれぐれも街中で暴れないように、と口うるさく言われて。
「「「…………」」」
とりあえず腹が減った。
成長期の男の子の食欲を満たしたい。
「なぁ、どっか食う場所ねぇの?」
「近場ならそこじゃね?ファミレス」
「……ふぁみれす?」
「は?嘘だろ?ファミレスを知らないのかい?」
「馬鹿にしてんのはわかった。何でもいいけど腹減った」
傑も同じだったらしくファミレスへ。
メニューを開いて驚いた……
「この価格……まともな材料使えてる?」
「「ぶはっ!!」」
「肉ってこれ何の肉?は?牛?」
「「あははははははっ!!」」
「こちら、フライドポテトでございます」
「うわっ!!うまっ!!こんなんでこの価格でいいのかよ!!」
「ひーーっ!!」
「クックックックッ!!」
初めてのファミレスでここからここまで、って注文したら流石に二人に止められた。
名前が来たら連れてこようと決めた。
腹抑えながらプルプルしている二人を睨み付けるものの、二人は人の顔みて震えていやがる。
「いい加減にしろよオマエら」
「いやー、笑った笑った。
オマエまじでいいとこの坊っちゃんなんだね」
「坊っちゃん言うな」
「私家入硝子。ファミレスごときで驚くなよ。名家のご飯のがウマイだろ」
「普通。俺はこっちのが好き」
「私は夏油傑だよ。キミ、可愛らしいところもあるんだね」
「ウッセーよ!!………五条悟」
なんだかんだ三人で打ち解けた。
硝子はサッパリしていて物怖じせず言葉で殴り付けてくる。
傑は殴り合ったから実力的にも認めているし、俺が御三家の人間だろうと気にせず言葉でも殴り付けてくる。
特に傑とは男同士な事もあり、帰る頃にはかなり仲良くなったと思う。
「そーいやさ」
「ん?」
「五条、もう一人の入学者と知り合いなの?」
硝子はじっと此方を見て聞いてくる。
傑も興味があるのか、此方を見てきた。
「こっちに誘ったの俺だもん」
「悟、だもん…なんて使うなよ」
「可愛いだろ?」
「キモッ」
硝子の冷めた視線が突き刺さる。
「婚約者はこっちじゃないんだよな?」
「多分京都じゃね?知らねーけど」
「知らねーのかよ」
「名前の事は知ってるけど……俺が名前を語るより実物見て体験した方が早いと思うよ」
時間を掛けて信頼を得た。
多分この二人ならそう時間も掛からず名前を気に入るだろうし。
「硝子は大事だろうけど、傑引かれるかもな」
「は?」
「お嬢様だから見た目ヤンキーに爽やかな笑顔張り付けた野郎なんて名前には刺激強すぎるわ」
「……当たり障り無く過ごすのに婚約者持ちのお嬢様を誘惑なんてしないさ」
「やったらぶん殴る」
「情緒迷子かよ」
仲良く帰宅した俺達を見た夜蛾先生はホッとしていた。
翌日
いざ授業をしようとした先生の携帯に掛かってきた電話に出ると、頭を抱え出す。
「………悟」
「ん?何?」
「さっき電話があってな……最後の一人の入学者なんだが」
「名前?」
「今、東京で迷子になっているらしい」
「「「は?」」」
先生の携帯からは呪詛のようにごめんなさいコールが。
ブツブツ聞こえてきている。
「……迎えに行ってやってくれ」
「………ぶはっ!!迷子!!迷子って!!」
「今から悟を迎えに行かせる」
『ごめんなさい……ご迷惑とお手数をおかけして……。入学式も間に合わず、ご連絡もせず、こんな……迷子だ、なんて……』
「いい。気にするな。後程事情を」
『本当にごめんなさい……。馬鹿でグズでのろまだからもっと早くに行動すべきでした』
「……悟」
助けを求めている先生から携帯を奪う。
「名前」
『……悟、様?』
「そーそー!今からそっち行くから大人しくしてて。あ、何か目印わかる?」
『えっと……駅には居るんですが、どちらの方に行けば良いのかわからなくて』
「駅ね。そのまま誰に声掛けられても無視して待ってて。すぐ行くから」
『ごめんなさい……』
「大丈夫。心細いだろうけど待ってて」
『……はい』
泣いてしまいそうな程、か細い声に笑ってしまう。
思っていたより早く東京に来れたのかとホッとした。
「ってことで俺行ってくるけど車借りていーの?」
「荷物もあるだろうし……仕方ない」
「先生」
「私らも行っていーい?」
何故か傑と硝子も付いて来ようとする。
嫌な顔を全開にすれば、にっこりと笑う二人。
「随分と優しい声で話すんだな、硝子さん」
「クズが優しくしなきゃいけない婚約者持ちの女って気になるよね、夏油さん」
「「ってことで同級生を迎えに行かせて下さい」」
「………帰りに一件呪霊を祓って来い」
「「はーい」」
「補助監督に連絡しておく」
頭を抱えた先生は教室から出ていった。
「来んなよ」
「どんな頭おかしい奴か気になんじゃん」
「仲良くは出来なくても挨拶くらいはね」
ニヤニヤ。
コイツら絶対俺の反応を楽しみたいだけだろ。
まぁいいや、と立ち上がってふと思い出す。
「オマエら先行ってて。俺忘れ物あったわ」
「トイレは先に済ませておかなきゃいけないよ、悟」
「手洗えよ」
「トイレじゃねーーよ!!!!」
部屋に戻り、部屋の角に置いておいた物を持つ。それが無くなっただけでも部屋が広くなった気がした。
既に停まっていた車の後ろに乗り込めば、ギョッとする硝子と傑。
「悟……なんだい?それ」
「オーダーメイドのハダカデバネズミの特大人形」
「はだ……え?」
「ハダカデバネズミ」
「うわっ、ぶっさ」
可愛いだろ?と傑と硝子に顔を向ければ微妙な顔された。
こちとら一年以上前から作って置いといているから愛着沸いてきてんだよ。
……部屋が寂しいからもう一体頼もうかどうか迷ってるなんて気の迷いは今は置いといて。
「任務って都内?」
「はい。廃ビルの三級案件が一件です」
詳しくは、と手渡された冊子。
傑と硝子と覗き込めば俺と傑が居れば楽そうだった。
「悟、その人形の顔そっちに向けてくれないか?」
「何でだよ」
「普通にキモい」
「グダグダ言うなよ」
ハダカデバネズミをディスられながら着いた駅。俺はハダカデバネズミの人形を抱えて歩き出す。
「「うわぁ……」」
「何だよ」
「悟、出来るだけ近寄らないでくれ」
「関係者だと思われたくない」
「なら着いてくんなよ」
まじで距離を置いた二人。
何か言っているが知らないフリしてさっさと名前を迎えに早足で歩く。
名前の携帯番号も知らないし、そもそも持ってすらいないであろう。
どこだ、とキョロキョロ見渡してみればふと見知った呪力を目で捕らえた。
見知らぬ男達に囲まれてうつ向きながら小さな身体をより小さくさせている。
一つ舌打ちをして早足で近寄った。
直哉様に見送られたテンションで荷物を抱えて出てきたのは良かったものの……駅の複雑さに絶望。
どうしたものかと困惑して立っていたら人の波に流されよりわからなくなり、やっと見付けた公衆電話にふと高専のしおりに書いてある番号へと祈る気持ちで電話したら、担任の方へ繋げられた。
「も、もしもし!!あの、昨日入学予定だった苗字 名前と申しますが!!」
『あぁ、今何処に居るんだ?』
「何処……でしょう?」
『………ん?』
「駅の中だとは思いますが、その……お恥ずかしながら土地勘が無くて人の波に流されてしまい……今何処にいるのかもわからなくて」
『………』
「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいごめ……ごめんなさいっ!」
そもそも遅れて到着しておいて、連絡の一つも入れていない事を思い出す。
直哉様のご機嫌を損ねないように必死でそもそも連絡する頭が無かった。
「ごめんなさいごめんなさいっ!!」
先生のため息に多大なご迷惑を掛けていたのだと心臓がギュッと掴まれた気持ちになる。
やはり私は直哉様がいないと何も出来ない。
『今から悟を迎えに行かせる』
「ごめんなさい……ご迷惑とお手数をおかけして……。入学式も間に合わず、ご連絡もせず、こんな……迷子だ、なんて……」
『いい。気にするな。後程事情を』
「本当にごめんなさい……。馬鹿でグズでのろまだからもっと早くに行動すべきでした」
直哉様がいないと一人で考えても良くない事ばかりしていたんだ。
直哉様と離れられる、初めての世界にはしゃぎすぎていた。何も考え無しだった。
東京に着いたらどうにかなるとなぜ思えたのだろうか?だから私は直哉様がいないと駄目なのに……
『名前』
耳に届いたのは……優しい声音。
いつもとは違って機械越しのせいか違った声に聞こえるが、間違うことなどない。
「……悟、様?」
『そーそー!今からそっち行くから大人しくしてて。あ、何か目印わかる?』
ホッと、した。
東京の高専に行くとは言っていたものの、自分だけが浮かれていたのだとしたらどうしようと思っていたのに。
涙が出てきそうなのをグッと耐えて周りを見渡す。
人の波は左右どちらにも行っている。
「えっと……駅には居るんですが、どちらの方に行けば良いのかわからなくて」
『駅ね。そのまま誰に声掛けられても無視して待ってて。すぐ行くから』
「ごめんなさい……」
『大丈夫。心細いだろうけど待ってて』
「……はい」
クスリ、と笑う声だけで悟様がどんな顔をしているのか何となく想像つく。
少しだけ落ち着いて、悟様の言葉通り待つ。
出来るだけ人の邪魔にならないように端に寄って身長の高い白を探す。
だけど、そんなすぐに来てくれるわけじゃないので見辺りはしない。
うつ向いて自身の靴の先を見つめる。
私が余所行きの服を持っていなかったから直哉様の婚約者として恥ずかしくないよう直哉様が買ってくれた。
いつも和装ばかりだったので洋服を着るのは直哉様の婚約者になる前ぶり。
変な所は無いだろうか?と服を見ても自分にはあまり似合っているように見えないのでどこがおかしいのかわからない。
白のYシャツに黒のロングスカート。
とてもシンプルだけど肌触りの良さからとても良いものだとわかる。
靴は少しだけ高めのヒール。
あまり履き慣れないせいか少しだけ踵が痛い。
「ねぇ、誰か待ってるの?」
顔を上げれば見知らぬ人。
ダボダボとした服装の人が数人。
「家出?」
「どっか行くとこあんの?」
「道わからないなら案内しようか?」
……どうしよう。
今、わかりやすい位置に案内して貰えば悟様に迷惑は掛からない。だけど動いている間にすれ違ってしまったら……。
悟様からは動かないように言われた。
声を掛けられても無視するように、と。
「ねぇ、無視しないでよ」
肩に触れられてビクリとしてしまう。
ーーー怖い。
直哉様。直哉様は……ここには、いない。
じゃあ誰に?許可を……いや、許可なんていらないはず、で。
直哉様に叱られちゃうから駄目。駄目?何が?
無意識に服を握り締めて縮こまるようにうつ向く。
「大丈夫?具合悪いならーーー」
「名前」
人混みの中、声がした。
顔を上げて見えたのは……ハダカデバネズミの顔。
なんで、ハダカデバネズミ?
ひょこ、と人形をズラして見えたのは悟様の顔。
「よぉ、1日遅れの大遅刻した問題児」
にやり、と笑った悟様は
私の両手サイズのハダカデバネズミの人形を手渡しながら私の頭を撫で回した。
「悟様!!」
「ほら、行くぞ」
荷物を持ってくれてスタスタ歩き出す悟様。
先程までの息苦しさが嘘のように落ち着いた。
「ナンパされてんじゃねぇよ」
「ナンパ?」
「……ほら、いいからはぐれんなよ」
「は、はい!あの、悟様……この子は」
「入学祝い」
好きだろ?と言われて頷く。
まさかこんなふわふわの手触りの良さと、愛嬌のある顔を再現した人形があったなんて。
大きすぎて持ち歩くのが難点ではあるものの
「ありがとうございます……」
外に出ると、黒い車の前には悟様と似たような黒い改造した学生服を着た男女が。
「知り合いは見付かったのかい?」
「ソイツが婚約者と離れたくなくて駄々っ子した問題児?」
お団子に独特な前髪のセンスをお持ちの男の子。
泣き黒子のある女の子。
じっと此方を見られている。
その視線から逃げるように人形へと視線を落とす。
ジワジワと手から汗が滲む。
「………」
「名前、あの二人同級生。
男が傑で女が硝子」
「………」
「怖い?」
怖い?どうなんだろう……。
ただ、息苦しくなってくる。
ここに直哉様はいない。だから自分で決めて答えなくちゃいけない。
口を開こうにも喉が張り付いてしまったかのように声が出ない。
直哉様の許可が無いと話しちゃいけない。
でも、悟様とは話せる。
なら、なら……
「大丈夫。ゆっくり息吐け」
頭に乗った悟様の手。
ゆっくり?息……を、吐く。
人形を見ながら、ゆっくり。息を、吐く。
いつの間にか震えていた身体は悟様が肩を抱いていてくれた。
「歩けるか?」
「……は、い」
「まずは車乗るぞ」
「………」
「一人で乗るか、俺の隣乗るか。どっちがいい?」
悟様の質問に、悟様の袖を引く。
それだけで意味を理解してくれたらしい悟様は私の頭を撫でて荷物を持ち直した。
「傑、前乗って。
硝子は窓で俺真ん中な」
「わかったよ。荷物、乗せようか?」
「頼んだ。名前、人形は?」
首を横に振れば、しっかり持ってろと言われた。
悟様が先に乗り込み、隣を叩く。
恐る恐るそこに座って扉を閉めたら出来る限り端に座って人形を抱き締める。
そうすれば私の視界は人形でいっぱいになってしまうものの、少しだけ落ち着いた。
バンっ、とドアの閉まる音。
「名前、高専帰る前に呪霊討伐あるんだけど……補助監督さん、名前って参加した方がいいの?」
「えぇっと……出来れば、名前さんがメインにと聞いております」
「だって。名前やれそ?」
動き出した車。
呪霊討伐……最近は何度か直哉様と任務に参加させていただいたことはあった。
こくり、と頷けば悟様に頭を撫でられる。
「危ないと判断したら助けるから」
悟様から受け取った任務内容の報告書に目を通す。
今はこれに集中。
廃ビルに着いて、私は人形を車に置く。
補助監督さんが帳を降ろせば任務開始。
同級生の2人も着いて来るようで、お辞儀だけはさせてもらう。
廃ビルの中に入ればどんよりと薄暗い。
弱そうな4級レベルを結界で囲う。
透明な箱に突然入れられた呪霊は暴れるものの
「"滅"」
その一言で箱ごと消滅した。
そうやって祓って一番気配が濃い場所へ。
何も無いように見えるが……確かに、いる。
チラリ、と後ろに待機している悟様達を見る。
口を開いて……言葉が出ずまた閉じる。
悟様相手にすら言葉が出ない。
申し訳無い気持ちはあるのに身体が拒絶する。
「俺らは気にすんな。自分の身くらい守れるから」
悟様の声にまた、泣きそうになる。
不甲斐ない……自分で言えない事を先に読み取って言葉にしてくれる。
改めて集中して隠れた呪いを探す。
乱雑に置かれた物が沢山ある。
一歩、一歩と踏み出していれば何かが動く気配に結界を作る。
意外と素早いのかなかなか結界に掴まらない。
ならば、と少し範囲を広げて大きく結界を作り出せば身体の一部だけ捕まえた。
見えるようになった呪霊はバタバタ暴れているので二重に結界を張って大きい結界を解除。
呪霊サイズの結界のみが残り滅して終了。
探索しても呪霊の気配は無さそうなので悟様達の方を見ればポカンとしていた。
「早っ」
「早く終わったならいいんじゃね?さっさと帰るか」
歩き出した悟様。
残りの二人は私を見ていて、どうしようかと思ったが二人にお辞儀をして悟様を追いかける。
グズグズして皆様を待たせるわけにはいかない。
先程と同じように車に乗り込んでふと、足が痛む。
チラッと踵を見れば血が滲み出していた。
靴擦れ、かな?
痛みはするもののこれしか靴は無い。
高専に着いたら何か違うものに履き替えようと思ってそのままに。
走り出した車。
「自己紹介がまだだったね。
私は夏油傑。キミは……」
「………」
「………」
徐席に乗った傑様に話しかけられる。
口を開かない私に困った顔をしている。
「家入硝子」
硝子様が、名乗ってくれた。
じっと此方を見ている表情は何を考えているかわからない。
何かを言わなきゃ、と思うが声を出そうとするたび変な汗が出てくる。
「傑、硝子。コイツが名前。
婚約者に胎扱いされてボロクソ洗脳されかかってるから優しく接してあげて」
「「は?」」
何を言い出すのかと思ったら……。
悟様の言葉に驚いて悟様を見る。
ぽふぽふと頭に手を置かれ、優しく撫でられれば染み付いた癖でその手にすり寄ってしまう。
そんな私にクスリ、と笑って髪を撫でる。
「名前、傑は一般家庭の出だけど俺と同じくらい強いから困ったら盾にしろよ。
硝子は名前がお勉強したい反転術式の使い手だからしっかり教えて貰え……理解できんなら」
「……悟、今のはどういう?」
「俺が説明するより早いだろ?
コイツ、婚約者の許可無いと発言許されて無かったんだよ」
「だからってそんな」
「俺が初めて会った時には既にこんな感じだったから」
猫みたいに撫で回され、頬に手を置かれたらぐりぐりと頭を押し付ける。
少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「名前、話せそう?」
少しだけズラしたサングラスの隙間から空色の瞳が見えた。
それに安心して頷く。
「ほら、自分で自己紹介」
「苗字 名前……です。
ふ、不束者ですが……よろしくお願いいたします。傑様、硝子様」
「「えっ」」
「わかってると思うけど俺は五条悟!
五条家とか禪院家とか無しにこれからも仲良くしような?あ、様付け禁止な」
「………五条?」
「おう」
「……五条…悟、様?」
「様付け禁止」
なんという事でしょう……。
私は五条家のご子息とは知らず、今までお話を……。
狭い車内だとわかってはいるのだが、今までの粗相を考えると身体が震える。
流れるように足元に座り頭を擦り付けようとしたが、悟様に止められた。
「傑、硝子。名前ってめちゃくちゃいい子だから悪さ吹き込むなよ?」
「悟……キミが言うことでは無いと思うよ」
「まずその宇宙人状態止めてやれよ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
「手離したら土下座して動かないぞコイツ」
「「うわぁ」」
脇を抱えられ、再び座席に座らせられるが私なんかが悟様……五条家の跡取り息子様の隣になど座る資格などない。
どうしようかとドアに手をやり、もういっそのこと飛び出そうかと考えた所で再び悟様に抱き上げられ……悟様の膝の上に。
「マジでやめろよ。ドア開けんな」
「………」
「今ロックかけますね!!」
「すげー震えてる」
「悟……可哀想だから止めなさい。ね?」
「こうしてないと窓開けて飛び出しそう」
なんで?
なんで五条家のご子息様の膝の上?
どうしたらいいんだろうかと視線を彷徨わせる。
「あれ?アンタ靴擦れしてんじゃん」
「うわっ!!めっちゃ血塗れ」
あぁ、バレた。
硝子様の方に足を向けていたせいか、白い靴下の血の汚れに気付いたらしい。
悟様に靴と靴下を脱がされる。
「いつもの草履は?」
「荷物に……」
「動くなよ。今治す」
ポワァ、と暖かな光。
ピリピリと痛かった踵は今じゃ綺麗に治っていた。
「痛い時くらいちゃんと言え」
「ですが……」
「此処は名前が何言っても怒られないから安心しろ。
間違っている時はその時言ってやるから」
「……」
「まず様付け禁止な。
そのあとはゆっくりでいいから硝子や傑にも慣れて、任務行かなきゃなんねーんだから補助監督にも慣れなきゃやってけねぇよ?」
「……はい」
「ってことで、はい俺の名前は?」
ニヤニヤとする悟様。
様付け禁止……でも、今までそう呼んできたのに、今さら……。
「さ、悟様……あの」
「違う」
「あの、悟様」
「駄目」
「………っ」
「楽しむなよクズ」
「めちゃくちゃ震えてるけど大丈夫かい?」
「ほーら、名前は?」
この後、高専に着くまで様付けする度言い直しさせられた。
言うのを止めて口を閉じれば容赦なく足ツボを押されて名前を呼ばされた。
「鬼畜だ」
「最低だ」
「これ具合じゃなきゃコイツ絶対誰とも話さなくなるからな」
高専に着く頃にはグッタリとしていた。
車から降りようとすれば、悟……くんによって抱き抱えられながら降りる羽目に。
「さ、悟さ……くんっ」
「また靴擦れして硝子に治してもらうの?」
「……自分で」
「いいから。傑、キャリー持って」
「はいはい」
「先生の所行けばいい?」
「はい」
結局悟さ……くんによって運ばれた。
先生が待っているという教室に入ると担任だと言う夜蛾先生が。
「担任の夜蛾だ」
「苗字 名前です」
「遅刻した理由などは後で詳しくーー」
「ごめんなさい」
「………悟」
教室に入って椅子に降ろされた私だったが、ご迷惑おかけした担任の夜蛾先生を目の前に謝らずにはいられなかった。
土下座をすれば困った顔をされる。
「先生、名前虐めたらすぐ土下座しちゃうよ?」
「虐めてない」
「先生の顔が既にアウトでしょ」
「悟、喧嘩なら買うぞ」
こうして私の外の生活が始まった。
あとがき
160cmの名前ちゃん
術式は某結界師を思い浮かべてくれればOK。
設定考えるのが面倒で某結界師となった。
ハダカデバネズミは大事にお部屋に飾る。
けど肌触りがいいので抱き枕にもしたい……めちゃくちゃ悩んで大事に飾ることにした。
ノリとテンションと解放感で出てきたものの、直哉様いなくてパニック。
悟くんによって何とか抑えられているものの、常にマナーモード。
何かと土下座しようとして脇に手を入れられ宙ブラリンになる子。
推定175cmくらいの直哉くん
あえての理想の恋人15cm差。けど直哉はきっと180は無いでしょ(偏見)
婚約者がペットみたいでとにかく可愛い。
けど、気分が乗らなければ構いたくない。
離れるのは嫌だったが、相手の親からなら仕方ない……自分の為にもなるし……嫌だけど。嫌だけどっ!!(2回目)。
自分以外と交流経って来たから多分寂しくなって自分から戻ってくると考えてる。現にまさか入学式すっぽかすと思っていなかったので驚いた。めっちゃ俺の事好きやん。嫌だけど(3回目)そろそろベッタリすぎる婚約者がうざくなって見送った。流れてキュンッときたが少しスッキリ。
190オーバー悟くん
迷子保護したのでもう離しちゃ駄目だよね〜しまっちゃおうね〜な人。
チラチラこちらを見る見上げる夢主が可愛くてギュンギュンしてる。
今はまだ恋ではない。
とにかくこの小動物を人間にしなきゃと謎の使命感。悟……人はそれを恋と呼ぶんやで?
甘やかしたい。
180オーバーの傑くん
入学式ぶっちしたお嬢様にイラッとしていた真面目くん。しかも理由が意味わからずまたイラッ。
関わる気は無いが、挨拶したらプルプルされた。……えっ?
多分160くらいの硝子ちゃん
頭おかしい理由で入学式ぶっちした色狂いだと思っていたらプルプルした小動物が。
精神的にヤベーな、と未来の医者として危機感察知。
ハダカデバネズミって医療に役立つんだよな……いい趣味してんなとか思ってそう。