呪縛
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「何してんだよオマエ」
面倒なツマラナイ会合を抜け出し、禪院の屋敷を散策していたらポツンと庭坂に立っていた女。
綺麗なそれなりの値打ちの着物……コイツも参加者だったのかよ、と思いはしたもののならばなぜ会合の場にいない?と不審に思って声を掛けた。
空を見上げて空に手を伸ばしている姿は苦しそうで……
見えない檻に入れられているかのよう。
ゆっくりとした動作で振り向いた女の目には涙が溢れ落ちそうな程溜まっていて、頬には大きめの湿布が。
黒い長い髪はサラサラと動く度揺れている。
同じく黒曜石のような瞳は大きく見開いて此方を見ていた。
可愛い顔なのに勿体ない。
頬の湿布が痛々しくて、どんな間抜けをすればこんなことになるんだか。
「泣いてんの?」
「え、あの……」
くしゃり、と表情を歪めてキョロキョロと辺りを気にする視線。
息が短く吐いているのか?と思うほど何度も短く息を吸い続けている。
恐怖に顔を染めて慌ててキュッ、と口を結び下を向いた女。
思わずギョッとして何事かと思う程。
ポタリ、ポタリと雨なんか降っていないのに水が落ちて地面を濡らす。
何かに耐えるように、慌てて目元を隠そうとしていたが着物を見て隠すのを止める。
……何かしら事情がありそうな女で面倒臭い。
「頬殴られたのかよ」
「あ……っ」
「うわ、酷。俺反転術式使えねーんだよ」
触れればまだ熱を持っているのか熱い。
これは痛いだろうな、なんて思うものの……女、それも子供相手にこれ程腫れる勢いで殴り付けるなんて相当いいご趣味をお持ちだな、なんて考える。
今日呼ばれているのなら身内か、その婚約者か。
どちらにせよ相手は録でもない野郎だな、と決め付ける。
ふと、指先が震え出した。
なんだと見てみれば青ざめて目の焦点が合わない女。
「ご、めんなさい。ごめんなさいっ」
「は?」
「ごめんなさい……っ!!どうか、どうか誰にも口にしないでください!!」
「オマエ……何言って」
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!
直哉様に知られたら……っ」
震えが止まらない身体。
必死に頭を下げて呼吸を荒くしていく子供。
ただ事ではなかった。
子供の声を聞き付けたのか、此方に寄ってくる呪力がある。
「何でもしますっ!だから、だからどうか……っ」
「あーもう、うっせーよ!黙れ!!
俺だって今逃げて来て隠れてんだから黙れって!」
乱暴だとわかってはいたが、バレたら俺もコイツもヤバい。
口を塞いで庭の草花が生い茂る場所に身を隠す。
着物が汚れそうだとも思ったが、女を膝の間に入れて俺の着物で隠すようにしゃがみこむ。
ブルブル震えながら何か怯える女は自ら小さくなって俺にしがみつく。
パタパタと走り回る音。
その音に女の身体がより震えたので、少し強めに俺の身体に引っ付くように引き寄せる。
嫌がるかと思えば、震えていた身体は嘘のように止まって動かない。
「黙ってろよ」
小さな声で囁く。
どうやら俺を探しているらしい女中の姿。
息を殺して数人が通りすぎるのを待つ。
女は大人しく俺にしがみついていた。
緊張から固くしていた身体は徐々に力が抜けていき、俺に寄りかかる。
胸あたりに耳を寄せて静かにくっついている女に、危機感ねぇのかよ……と思ってしまうものの、先程の異常な怯え方を見ればあまり良く扱われていないのかもしれない。
予想でしかない。
どこの家か知らないが、呪術界はクソみたいな世界だ。
よりよい術式を残そうと、今の時代古くさいしきたりとして婚約者を宛がわれたり、精通が済めば女を送られる事もある。
俺だって他人事ではなく名家の女を送られるし、今回だって見合いのようなものだ。
年齢関係無く宛がわれてみろ。
嫌気がさすに決まっている。
この女は何も知らずクソな世界に送られた可哀想な被害者の一人なのかもしれない。
夢のような婚約者……が、クソみたいな性癖の持ち主だった。
または、その身内がクソみたいな性癖。
幼女殴って気晴らしにするなんざクソのやることだ。
可哀想だとは思うが、そんな家に売られてしまったのなら仕方がない。
どんな理由があろうと……。
静な庭。
まだ探し回る足音が響く。
でも……今この場所だけは静かだった。
早かった女の鼓動は落ち着きを取り戻し、呼吸も治まっていた。
お互いの鼓動が重なりあう。
トクン、トクン……と音が重なるのは少しだけ俺も落ち着いた。
幼い頃から寝ても覚めても命を狙われ、落ち着く場所なんざ限られている。
昨日信じていた者が今日裏切るかもしれない。
今日信じた者が明日亡くなるかもしれない。
周りは全て敵。
だが、俺を殺せる奴らはいない。
穏やかとは正反対の日常。
静な場所など、落ち着ける場所など無い。
なのに……今、この見知らぬ女と抱き合って他人の家の庭に隠れているこの場所は……安全な気がした。
コイツが何かしても俺ならどうにか出来る。
けど、コイツはきっと何もしない。
震えていた小さな手は俺に助けを求めているようで。
抱き締めれば安心して身を寄せるなんて。
俺よりも可哀想な力の無い子供は愚かに見え……弱々しく頼りなかった。
パタパタした足音は止み、本当の静寂が戻る。
「行ったな」
パッ、と離した腕。
しょんぼりと眉を下げて子犬のように此方を見上げる女。
……なぜだろう。
垂れた耳が見えた気がした。
「……あの」
「オマエ名前は?」
「……名前、です」
「たまに此処来るから次も居ろよ」
自然と、言葉を吐いていた。
また、なんてあるかわからない。
コイツはたまたま今日呼ばれた婚約者候補で、次の時はいないかもしれないのに……
コイツとはまた、会えると思った。
「泣いてた事や触った事内緒にしてやるから。
だから次も此処で待ってろ」
「あの、私…」
「約束な、名前」
いつ来るのか、なんてわからないのに。
約束をする。
初めてする約束。
約束なんて破られるものだし、下手すりゃ縛りにもなる。
呪力を用いた縛りをしたわけじゃないから破ってもお互いペナルティは無いものの……目を離したらいけない女な気がした。
名前は自分を呪い始めている。
最初は見ていなかったから気付かなかったものの、自分で自分を呪い下手すりゃ死後呪いに転じてしまう。
名前は使い勝手の良さそうな術式だった。
使い方によっては攻防どちらも出来る。
面白い術式だ。
なのに、その本人が呪われ始めているなんて何事かと思えば……先程の様子からあまり良くない環境からくるものだろう。
これは賭け。
名前が生きる希望も無くこのまま呪い続けて堕ちるならそれまでの事。
運が悪かったとしか言えない。
しかし……俺との出会いで変えられるのであれば。
自惚れで無ければきっと……。
指切りをして約束をする。
呪術師的にはここで縛りを結ぶのだろうが
俺達はきっとまた出会うから。
いつか、を信じて小さな約束を交わした。
「悟様っ!!何処にいらしたんですか?」
女中の一人に見つかった。
「オマエに関係無いだろ」
「……皆様がお待ちです」
「ヤダね。今日はこのまま帰る」
「悟様っ!!」
次、はいつだろう。
どうせまた身内自慢のくだらない会合と見合いの席は作られるはずだ。
今までならツマラナイし嫌だった会合も、次からは楽しくなりそうだった。
季節が一巡りする頃。
また、あの場所に行ってみた。
「あ、居た」
「………貴方、は」
驚いた顔をする名前。
前回とは違い、今回は頬に何も貼っていない。
塀から飛び降りて近寄れば、以前よりも小さく見えた。
手入れの行き届いた腰までの長い黒髪は緩く下の方で結ばれている。
前髪は作業の邪魔になるからだろうか?
額を全開にして頭の上の方でピンで止められていた。
そのせいか、幼い顔立ちがより幼く見える。
……ほら、また会えた。
「おっ、今日はまともな顔じゃん」
「……」
嬉しくなって頬が緩む。
なのに、名前は嬉しそうな顔をしたくせにすぐに泣き出しそうな顔に。
口を閉じてうつ向いてしまう。
「何だよ」
「……」
「迷惑なら帰るけど」
……俺は会いたかったのに。
名前は会いたく無かったのかよ。
小さな手で箒を握り締めている。
会いたくなかったのなら、と今来た塀へと戻ろうとすれば慌てて箒を放り出し、俺の着物の裾を握った。
「何だよ」
泣きそうな、困った顔。
着物を掴んで引き止めたのは名前のくせに、何も考えが無かったらしい。
一人オロオロしながら着物を離してはまた手を伸ばして掴む。
だがまた離して……申し訳程度に着物の端を指先で摘まむ事で落ち着いたらしい。
こんなの、少し進めば離れちまうのに。
泣きそうになりながら、何か言いた気にハクハクとして、また閉じる。
「何で泣きそうな顔してんだよ」
「……っ」
ーーーごめんなさい。
小さな、本当に小さな声。
無意識に呟かれた言葉と、今にも零れ落ちそうな涙の膜。
言葉が不自由じゃないのは前回離していたからわかっている。
今だって声は掠れながらも出ていた。
なら、なぜ?
「前は話せたんだから口が聞けないわけじゃ……」
まさか、コイツ……っ。
嫌な予感がした。
顔に痣や傷は見当たらない。
着物なので身体はよくわからないが……少し捲られた腕には、うっすらとした痣のような痕。
前回ですら、俺と不本意ながら話した事に怯えて謝って口止めしようとしながら過呼吸を起こしかけていた。
ならば、考えられる事は一つ。
「……話したら駄目って言われてんのか」
こくり、と頷く名前。
「話したら何かされんの?」
迷いながらも……こくり、と頷いた。
不安そうに視線を彷徨わせながら、指先に力が入っている。
どんどんと青ざめて震え出す身体。
コイツ、どんだけ常日頃から……。
考え無いわけじゃなかった。
名前だけで名前の身元がわかるほど今の俺に権力は無い。
五条の中でも信頼できる者を見極め、探りを入れる日々の中、自分一人で調べられる程余裕は無かった。
あの日ですら他人に怯えていたコイツが、あの日以上に他人を警戒するのは当たり前だと気付けば、自分一人の感情で冷たく当たったのは間違いだったと思う。
……なのに、コイツは、名前は俺を引き止めた。
必死に手を伸ばした。
その姿が愚かしいとは思わなかった。
ただただ、愛おしい。
守らなきゃ壊れやすい小さな生き物。
今もバレやしないかと周りを気にしている癖に……俺の着物を離さない。
「……今は誰も近くにいねーよ」
ギュッと抱き締める。
小さな小さな生き物。
ポンポン、と頭を撫でれば恐る恐る此方を見上げる。
「俺くらいになると人の気配くらいわかるから、オマエが怒られる心配しなくていい」
「………」
「だから、話そうぜ?」
声を聞きたい。
あの時の恐れるような、怯えているような声じゃなく……。
名前本来の声を。
「大丈夫。誰もオマエを叱る奴はいねぇよ」
出来るだけ優しく。
笑いかけてやれば……ドンドン溢れ出る涙。
静かにボロボロと流れ出す涙にギョッとした。
「おっ、おいっ!?
何で泣くんだよ!!」
声を上げる事を忘れてしまったかのように。
ボロボロ、ボロボロ。
何て……静かに泣くんだよ。
「あーー、もうっ!!
泣くなって……腫れるだろ」
ごしごしと着物で乱暴に目元を拭く。
少しだけ赤くなってしまった目元。
「……だ、と……ったの」
小さな、小さな声だった。
「貴方が……とても、綺麗だと、思って……」
ボロボロ、ボロボロ。
「私は……まだ、この世界が……綺麗だって、思えるの」
生きることを、世界を、全てを諦めてしまっていたのかもしれない。
コイツの目に映る世界は、色など無くしていたのかもしれない。
何を伝えたくて、何をしてほしいのはわからない。
だが……コイツの話す"綺麗な世界"が名前を生かすのならば。
今はそれでいい。
「……変な奴」
「……ごめんなさい」
「謝んなよ」
べぇ、と舌を出す。
謝られる覚えなど無いのだから。
人の顔を涙を溜めた瞳で見ていたと思ったら……
いー、と自分の頬を伸ばして見上げてきた。
……何してんのコイツ。
じっと見ていたらだんだんこの間抜け面が面白くなり吹き出して笑う。
「おまっ、何……してっ」
「貴方の顔……どこまで変になるかな、と思って」
「ぶふっ!!綺麗って言った後に変になるって!!」
「お人形さんより整っているから……崩れない?」
「さぁな。じゃあにらめっこしよーぜ。
笑ったらデコピンな」
「え……」
「ほら、いくぞ」
あっぷっぷ!と急に始めたにらめっこ。
指で鼻を上に上げて白目。
チラ……と名前を見れば頬を両手で潰していただけで目が合った。
その瞬間、寄り目に唇を突き出している。
ちょっと得意気に鼻の穴がピクピクしてる。
「ぶはっ!!ブス!!めっっちゃブス!!」
「笑った」
「ひーっ、腹痛ぇ!」
ケラケラ声を出して笑う。
こんな愉快な子だったとは。
「ほら、デコピン」
「え……」
「負けたからな……くくっ」
顔を近づければまた困った顔。
弱々しく威力の無いデコピンを当てられまた笑う。
「弱っ」
「だって……」
「まぁいいや。
オマエさ……あ、チッ」
目が捉えたのはそれなりの呪力。
面倒な相手そうだ。
早足に此方に向かってくる様子に今日は此処までらしい。
会話らしい会話などしていないのに。
「誰か来るから行くわ」
「え……」
寂しそうに此方を見上げる姿にこのままコイツも一緒に連れて帰りたい。
連れ帰ってもいいのだが、そうしてしまうとコイツの立場が危うくなる。
または、名前の大切にしているものが。
腐っているこの世界は親だろうが子だろうが人質にされる。
そしてそれを理由に働かされる。
弱い奴は選べない。
「また来る。
次はちゃんと話せよ」
「は、はい!
あの、次は……っ」
「またな、名前」
ぐしゃり、と乱暴に撫でた頭。
サラサラとした髪の毛の手触りが心地いい。
もう少し……と思うものの、気配は近い。
急いで塀を越え、息を潜める。
俺側に呪力の気配は無い。
敵の情報くらい、1つや2つ欲しいところだ。
「直哉様」
名前の声。
多分直哉と呼ばれた奴が名前の主人なのだろう。
「……なん?」
「お疲れですか?あの、お茶をお持ちして」
バシッ、と聞こえた音。
一瞬耳を疑ったものの息を殺して冷静を保つ。
「庭弄った汚い手で入れた茶なんかいらん」
「………ごめんなさい」
「暫く部屋近寄んな」
「……はい。ごめんなさい」
再び早足にいなくなる"直哉様"。
へぇ、そいつが名前を。
壁に寄りかかり耳を澄ませば名前が小さく溜め息をついた。
その後、カチャカチャと何かを集める音。
そして小走りで駆けていく。
しんっ、と静まった庭。
「"なおやさま"、ね」
思っていたよりも冷たい声が出た。
背中をつけていた壁から離れて歩き出す。
禪院家の"なおや"様。
それだけ分かれば自分で調べることなど容易い。
名前の主人で
名前を痛めつけて楽しむクソ野郎。
敵の名前は把握した。
今は、まだ……名前の事を何も知らなすぎる。
「覚えてろ」
俺の力の全てで叩き潰す。
あとがき
五条さんってクズだけど女性の扱いはそれなりに良さそう。
遊んだりするけど、浮気するけど、暴言吐くけど、絶対手を上げないタイプ。
自分の力が強いから弱いものはすぐ壊れると知っているから手を上げない。
一度懐に入れちゃうと大事大事。めちゃくちゃ可愛がって愛が重い。
壊れたら次……っていきそうだけど、多分遊んで遊んで力加減間違えて壊したもの事あって後悔しちゃってたり。
それに比べて直哉くん。女は胎やろを地でいくから炎上しまーす。
自分より強い女とか嫌い。自分より弱い子が好み。
多分夢主が初恋。けど家の腐った考えが当たり前なので自分なりに可愛がってるし、加減が上手だから壊れる直前を見極めて優しくしてる飴と鞭の使い手。けどそれは愛じゃないぞ、直哉。そーゆークズいとこやぞ、直哉。
直哉くんへの偏見ヤバい(笑)
面倒なツマラナイ会合を抜け出し、禪院の屋敷を散策していたらポツンと庭坂に立っていた女。
綺麗なそれなりの値打ちの着物……コイツも参加者だったのかよ、と思いはしたもののならばなぜ会合の場にいない?と不審に思って声を掛けた。
空を見上げて空に手を伸ばしている姿は苦しそうで……
見えない檻に入れられているかのよう。
ゆっくりとした動作で振り向いた女の目には涙が溢れ落ちそうな程溜まっていて、頬には大きめの湿布が。
黒い長い髪はサラサラと動く度揺れている。
同じく黒曜石のような瞳は大きく見開いて此方を見ていた。
可愛い顔なのに勿体ない。
頬の湿布が痛々しくて、どんな間抜けをすればこんなことになるんだか。
「泣いてんの?」
「え、あの……」
くしゃり、と表情を歪めてキョロキョロと辺りを気にする視線。
息が短く吐いているのか?と思うほど何度も短く息を吸い続けている。
恐怖に顔を染めて慌ててキュッ、と口を結び下を向いた女。
思わずギョッとして何事かと思う程。
ポタリ、ポタリと雨なんか降っていないのに水が落ちて地面を濡らす。
何かに耐えるように、慌てて目元を隠そうとしていたが着物を見て隠すのを止める。
……何かしら事情がありそうな女で面倒臭い。
「頬殴られたのかよ」
「あ……っ」
「うわ、酷。俺反転術式使えねーんだよ」
触れればまだ熱を持っているのか熱い。
これは痛いだろうな、なんて思うものの……女、それも子供相手にこれ程腫れる勢いで殴り付けるなんて相当いいご趣味をお持ちだな、なんて考える。
今日呼ばれているのなら身内か、その婚約者か。
どちらにせよ相手は録でもない野郎だな、と決め付ける。
ふと、指先が震え出した。
なんだと見てみれば青ざめて目の焦点が合わない女。
「ご、めんなさい。ごめんなさいっ」
「は?」
「ごめんなさい……っ!!どうか、どうか誰にも口にしないでください!!」
「オマエ……何言って」
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!
直哉様に知られたら……っ」
震えが止まらない身体。
必死に頭を下げて呼吸を荒くしていく子供。
ただ事ではなかった。
子供の声を聞き付けたのか、此方に寄ってくる呪力がある。
「何でもしますっ!だから、だからどうか……っ」
「あーもう、うっせーよ!黙れ!!
俺だって今逃げて来て隠れてんだから黙れって!」
乱暴だとわかってはいたが、バレたら俺もコイツもヤバい。
口を塞いで庭の草花が生い茂る場所に身を隠す。
着物が汚れそうだとも思ったが、女を膝の間に入れて俺の着物で隠すようにしゃがみこむ。
ブルブル震えながら何か怯える女は自ら小さくなって俺にしがみつく。
パタパタと走り回る音。
その音に女の身体がより震えたので、少し強めに俺の身体に引っ付くように引き寄せる。
嫌がるかと思えば、震えていた身体は嘘のように止まって動かない。
「黙ってろよ」
小さな声で囁く。
どうやら俺を探しているらしい女中の姿。
息を殺して数人が通りすぎるのを待つ。
女は大人しく俺にしがみついていた。
緊張から固くしていた身体は徐々に力が抜けていき、俺に寄りかかる。
胸あたりに耳を寄せて静かにくっついている女に、危機感ねぇのかよ……と思ってしまうものの、先程の異常な怯え方を見ればあまり良く扱われていないのかもしれない。
予想でしかない。
どこの家か知らないが、呪術界はクソみたいな世界だ。
よりよい術式を残そうと、今の時代古くさいしきたりとして婚約者を宛がわれたり、精通が済めば女を送られる事もある。
俺だって他人事ではなく名家の女を送られるし、今回だって見合いのようなものだ。
年齢関係無く宛がわれてみろ。
嫌気がさすに決まっている。
この女は何も知らずクソな世界に送られた可哀想な被害者の一人なのかもしれない。
夢のような婚約者……が、クソみたいな性癖の持ち主だった。
または、その身内がクソみたいな性癖。
幼女殴って気晴らしにするなんざクソのやることだ。
可哀想だとは思うが、そんな家に売られてしまったのなら仕方がない。
どんな理由があろうと……。
静な庭。
まだ探し回る足音が響く。
でも……今この場所だけは静かだった。
早かった女の鼓動は落ち着きを取り戻し、呼吸も治まっていた。
お互いの鼓動が重なりあう。
トクン、トクン……と音が重なるのは少しだけ俺も落ち着いた。
幼い頃から寝ても覚めても命を狙われ、落ち着く場所なんざ限られている。
昨日信じていた者が今日裏切るかもしれない。
今日信じた者が明日亡くなるかもしれない。
周りは全て敵。
だが、俺を殺せる奴らはいない。
穏やかとは正反対の日常。
静な場所など、落ち着ける場所など無い。
なのに……今、この見知らぬ女と抱き合って他人の家の庭に隠れているこの場所は……安全な気がした。
コイツが何かしても俺ならどうにか出来る。
けど、コイツはきっと何もしない。
震えていた小さな手は俺に助けを求めているようで。
抱き締めれば安心して身を寄せるなんて。
俺よりも可哀想な力の無い子供は愚かに見え……弱々しく頼りなかった。
パタパタした足音は止み、本当の静寂が戻る。
「行ったな」
パッ、と離した腕。
しょんぼりと眉を下げて子犬のように此方を見上げる女。
……なぜだろう。
垂れた耳が見えた気がした。
「……あの」
「オマエ名前は?」
「……名前、です」
「たまに此処来るから次も居ろよ」
自然と、言葉を吐いていた。
また、なんてあるかわからない。
コイツはたまたま今日呼ばれた婚約者候補で、次の時はいないかもしれないのに……
コイツとはまた、会えると思った。
「泣いてた事や触った事内緒にしてやるから。
だから次も此処で待ってろ」
「あの、私…」
「約束な、名前」
いつ来るのか、なんてわからないのに。
約束をする。
初めてする約束。
約束なんて破られるものだし、下手すりゃ縛りにもなる。
呪力を用いた縛りをしたわけじゃないから破ってもお互いペナルティは無いものの……目を離したらいけない女な気がした。
名前は自分を呪い始めている。
最初は見ていなかったから気付かなかったものの、自分で自分を呪い下手すりゃ死後呪いに転じてしまう。
名前は使い勝手の良さそうな術式だった。
使い方によっては攻防どちらも出来る。
面白い術式だ。
なのに、その本人が呪われ始めているなんて何事かと思えば……先程の様子からあまり良くない環境からくるものだろう。
これは賭け。
名前が生きる希望も無くこのまま呪い続けて堕ちるならそれまでの事。
運が悪かったとしか言えない。
しかし……俺との出会いで変えられるのであれば。
自惚れで無ければきっと……。
指切りをして約束をする。
呪術師的にはここで縛りを結ぶのだろうが
俺達はきっとまた出会うから。
いつか、を信じて小さな約束を交わした。
「悟様っ!!何処にいらしたんですか?」
女中の一人に見つかった。
「オマエに関係無いだろ」
「……皆様がお待ちです」
「ヤダね。今日はこのまま帰る」
「悟様っ!!」
次、はいつだろう。
どうせまた身内自慢のくだらない会合と見合いの席は作られるはずだ。
今までならツマラナイし嫌だった会合も、次からは楽しくなりそうだった。
季節が一巡りする頃。
また、あの場所に行ってみた。
「あ、居た」
「………貴方、は」
驚いた顔をする名前。
前回とは違い、今回は頬に何も貼っていない。
塀から飛び降りて近寄れば、以前よりも小さく見えた。
手入れの行き届いた腰までの長い黒髪は緩く下の方で結ばれている。
前髪は作業の邪魔になるからだろうか?
額を全開にして頭の上の方でピンで止められていた。
そのせいか、幼い顔立ちがより幼く見える。
……ほら、また会えた。
「おっ、今日はまともな顔じゃん」
「……」
嬉しくなって頬が緩む。
なのに、名前は嬉しそうな顔をしたくせにすぐに泣き出しそうな顔に。
口を閉じてうつ向いてしまう。
「何だよ」
「……」
「迷惑なら帰るけど」
……俺は会いたかったのに。
名前は会いたく無かったのかよ。
小さな手で箒を握り締めている。
会いたくなかったのなら、と今来た塀へと戻ろうとすれば慌てて箒を放り出し、俺の着物の裾を握った。
「何だよ」
泣きそうな、困った顔。
着物を掴んで引き止めたのは名前のくせに、何も考えが無かったらしい。
一人オロオロしながら着物を離してはまた手を伸ばして掴む。
だがまた離して……申し訳程度に着物の端を指先で摘まむ事で落ち着いたらしい。
こんなの、少し進めば離れちまうのに。
泣きそうになりながら、何か言いた気にハクハクとして、また閉じる。
「何で泣きそうな顔してんだよ」
「……っ」
ーーーごめんなさい。
小さな、本当に小さな声。
無意識に呟かれた言葉と、今にも零れ落ちそうな涙の膜。
言葉が不自由じゃないのは前回離していたからわかっている。
今だって声は掠れながらも出ていた。
なら、なぜ?
「前は話せたんだから口が聞けないわけじゃ……」
まさか、コイツ……っ。
嫌な予感がした。
顔に痣や傷は見当たらない。
着物なので身体はよくわからないが……少し捲られた腕には、うっすらとした痣のような痕。
前回ですら、俺と不本意ながら話した事に怯えて謝って口止めしようとしながら過呼吸を起こしかけていた。
ならば、考えられる事は一つ。
「……話したら駄目って言われてんのか」
こくり、と頷く名前。
「話したら何かされんの?」
迷いながらも……こくり、と頷いた。
不安そうに視線を彷徨わせながら、指先に力が入っている。
どんどんと青ざめて震え出す身体。
コイツ、どんだけ常日頃から……。
考え無いわけじゃなかった。
名前だけで名前の身元がわかるほど今の俺に権力は無い。
五条の中でも信頼できる者を見極め、探りを入れる日々の中、自分一人で調べられる程余裕は無かった。
あの日ですら他人に怯えていたコイツが、あの日以上に他人を警戒するのは当たり前だと気付けば、自分一人の感情で冷たく当たったのは間違いだったと思う。
……なのに、コイツは、名前は俺を引き止めた。
必死に手を伸ばした。
その姿が愚かしいとは思わなかった。
ただただ、愛おしい。
守らなきゃ壊れやすい小さな生き物。
今もバレやしないかと周りを気にしている癖に……俺の着物を離さない。
「……今は誰も近くにいねーよ」
ギュッと抱き締める。
小さな小さな生き物。
ポンポン、と頭を撫でれば恐る恐る此方を見上げる。
「俺くらいになると人の気配くらいわかるから、オマエが怒られる心配しなくていい」
「………」
「だから、話そうぜ?」
声を聞きたい。
あの時の恐れるような、怯えているような声じゃなく……。
名前本来の声を。
「大丈夫。誰もオマエを叱る奴はいねぇよ」
出来るだけ優しく。
笑いかけてやれば……ドンドン溢れ出る涙。
静かにボロボロと流れ出す涙にギョッとした。
「おっ、おいっ!?
何で泣くんだよ!!」
声を上げる事を忘れてしまったかのように。
ボロボロ、ボロボロ。
何て……静かに泣くんだよ。
「あーー、もうっ!!
泣くなって……腫れるだろ」
ごしごしと着物で乱暴に目元を拭く。
少しだけ赤くなってしまった目元。
「……だ、と……ったの」
小さな、小さな声だった。
「貴方が……とても、綺麗だと、思って……」
ボロボロ、ボロボロ。
「私は……まだ、この世界が……綺麗だって、思えるの」
生きることを、世界を、全てを諦めてしまっていたのかもしれない。
コイツの目に映る世界は、色など無くしていたのかもしれない。
何を伝えたくて、何をしてほしいのはわからない。
だが……コイツの話す"綺麗な世界"が名前を生かすのならば。
今はそれでいい。
「……変な奴」
「……ごめんなさい」
「謝んなよ」
べぇ、と舌を出す。
謝られる覚えなど無いのだから。
人の顔を涙を溜めた瞳で見ていたと思ったら……
いー、と自分の頬を伸ばして見上げてきた。
……何してんのコイツ。
じっと見ていたらだんだんこの間抜け面が面白くなり吹き出して笑う。
「おまっ、何……してっ」
「貴方の顔……どこまで変になるかな、と思って」
「ぶふっ!!綺麗って言った後に変になるって!!」
「お人形さんより整っているから……崩れない?」
「さぁな。じゃあにらめっこしよーぜ。
笑ったらデコピンな」
「え……」
「ほら、いくぞ」
あっぷっぷ!と急に始めたにらめっこ。
指で鼻を上に上げて白目。
チラ……と名前を見れば頬を両手で潰していただけで目が合った。
その瞬間、寄り目に唇を突き出している。
ちょっと得意気に鼻の穴がピクピクしてる。
「ぶはっ!!ブス!!めっっちゃブス!!」
「笑った」
「ひーっ、腹痛ぇ!」
ケラケラ声を出して笑う。
こんな愉快な子だったとは。
「ほら、デコピン」
「え……」
「負けたからな……くくっ」
顔を近づければまた困った顔。
弱々しく威力の無いデコピンを当てられまた笑う。
「弱っ」
「だって……」
「まぁいいや。
オマエさ……あ、チッ」
目が捉えたのはそれなりの呪力。
面倒な相手そうだ。
早足に此方に向かってくる様子に今日は此処までらしい。
会話らしい会話などしていないのに。
「誰か来るから行くわ」
「え……」
寂しそうに此方を見上げる姿にこのままコイツも一緒に連れて帰りたい。
連れ帰ってもいいのだが、そうしてしまうとコイツの立場が危うくなる。
または、名前の大切にしているものが。
腐っているこの世界は親だろうが子だろうが人質にされる。
そしてそれを理由に働かされる。
弱い奴は選べない。
「また来る。
次はちゃんと話せよ」
「は、はい!
あの、次は……っ」
「またな、名前」
ぐしゃり、と乱暴に撫でた頭。
サラサラとした髪の毛の手触りが心地いい。
もう少し……と思うものの、気配は近い。
急いで塀を越え、息を潜める。
俺側に呪力の気配は無い。
敵の情報くらい、1つや2つ欲しいところだ。
「直哉様」
名前の声。
多分直哉と呼ばれた奴が名前の主人なのだろう。
「……なん?」
「お疲れですか?あの、お茶をお持ちして」
バシッ、と聞こえた音。
一瞬耳を疑ったものの息を殺して冷静を保つ。
「庭弄った汚い手で入れた茶なんかいらん」
「………ごめんなさい」
「暫く部屋近寄んな」
「……はい。ごめんなさい」
再び早足にいなくなる"直哉様"。
へぇ、そいつが名前を。
壁に寄りかかり耳を澄ませば名前が小さく溜め息をついた。
その後、カチャカチャと何かを集める音。
そして小走りで駆けていく。
しんっ、と静まった庭。
「"なおやさま"、ね」
思っていたよりも冷たい声が出た。
背中をつけていた壁から離れて歩き出す。
禪院家の"なおや"様。
それだけ分かれば自分で調べることなど容易い。
名前の主人で
名前を痛めつけて楽しむクソ野郎。
敵の名前は把握した。
今は、まだ……名前の事を何も知らなすぎる。
「覚えてろ」
俺の力の全てで叩き潰す。
あとがき
五条さんってクズだけど女性の扱いはそれなりに良さそう。
遊んだりするけど、浮気するけど、暴言吐くけど、絶対手を上げないタイプ。
自分の力が強いから弱いものはすぐ壊れると知っているから手を上げない。
一度懐に入れちゃうと大事大事。めちゃくちゃ可愛がって愛が重い。
壊れたら次……っていきそうだけど、多分遊んで遊んで力加減間違えて壊したもの事あって後悔しちゃってたり。
それに比べて直哉くん。女は胎やろを地でいくから炎上しまーす。
自分より強い女とか嫌い。自分より弱い子が好み。
多分夢主が初恋。けど家の腐った考えが当たり前なので自分なりに可愛がってるし、加減が上手だから壊れる直前を見極めて優しくしてる飴と鞭の使い手。けどそれは愛じゃないぞ、直哉。そーゆークズいとこやぞ、直哉。
直哉くんへの偏見ヤバい(笑)