呪縛
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禪院家に嫁入りする立場として、幼い頃から色々教わった。
直哉様は時期当主候補として争っている。
彼を支え、彼の子を産み、よりよい術式を受け継がせることのみが私の使命。
本家の子である直哉様から要らないと言われるまでは私の家から断ることなど出来ない。
それに、没落していた我が家に寄付金を与えたのは直哉様だ。
父と母と兄妹らを私の我が儘で路頭に迷わせるわけにはいかない。
「男を立てて三歩後ろを歩き。
キミなら出来るやろ?名前ちゃん」
「はい、直哉様」
「ん。ええ子やね」
直哉様は優しい。
私が粗相した場合きちんと叱ってくれる。
直哉様に相応しくなれるよう指導なさってくれる。
バチンッ
頬が痛い。
けど、私が悪い。
直哉様のご意志に反してしまったのだから。
今日は直哉様のご親族に当たる方々との謁見の間で私に直哉様の事を投げ掛けられた時に、上手く受け答え出来なかった。
直哉様に確認してから答えるのが当たり前になっているのに、直哉様の反応を見ていたのが良くなかったのかもしれない。
「駄目やで、名前ちゃん?
俺の事だーい好きやろ?せやったらちゃーんと俺の事褒めな」
上手くやりたいのに、言葉が出てこない。
声を出そうとするのに、喉が張り付く。
私がグズグズと答えられずにいた時、直哉様は私を照れ屋だからとフォローしてくださったのに……。
「ええんやで?名前ちゃんのお家にあげたの全部返してもらってこの縁談終わりにしたっても」
「も、申し訳ございません!」
「学習しないグズは嫌やで?
まぁ、そこが名前ちゃんの可愛らしさでもあるんやけど」
馬鹿で、間抜けで、のろまな名前ちゃんは可愛らしいね……。
時々苛つくんは堪忍な?
直哉様は優しいから何度も粗相してしまう私を叱ってから抱き締めてくれる。
ぶった頬に触れられるのは痛いけれど、ちゃんと謝ってくれるし治療室に連れていってくれる。
今日は大事な会合があると言っていたが、こんな顔だ。
直哉様に治療が終わったら部屋に誰にも見られないように戻れと言われた。
私は直哉様に愛されているし、大切にされている。
直哉様の期待に答えられない私が悪い。
だから、涙を溢すなんて間違っているのにーーー
治療室帰り、直哉様が管理している邸の庭に佇み一人隠れて涙する。
いつもいつも、ここで耐えてから直哉様の元へ戻る。
けど、今日はもう戻らなくていいから、少し長く居られる。
泣くな。
泣けば目が腫れて不細工になる。
直哉様に私の泣き顔や腫れた顔を見せるわけにはいかない。
前に直哉様の前で耐えきれず泣いた時はもっと酷く叱られた。
「何で泣くん?
名前ちゃんが悪い子やから叱っとるのに名前ちゃんが泣いたら俺が悪いみたいやろ?」
耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ!!
いつもの事。
耐えなければ家族を失う。
溜まった涙を流さないように上を向いて空を見上げる。
私に泣く資格など無い。
見上げた空はよく、晴れていた。
雲一つない青空はとてと綺麗で……美しかった。
それが憎々しくもあり、羨ましくもあった。
世界はこんなにも綺麗なはずなのに、どうして私はこんなにも苦しくなるのか。
どうしてあの美しい世界に触れられないのか。
同じ世界なはずなのに、私はなぜ……
「何してんだよオマエ」
聞きなれない声が響いた。
子供特有の少し高い声。だが、この屋敷に居る子供の声じゃない気がして……。
振り向くとそこには白い髪に……空色の瞳があった。
とても。
とてもキラキラとした……綺麗な世界が間近にあった。
思っていたよりも近い距離。
一歩後退り子供をよく見れば同じくらい……だろうか?直哉様と同じくらい顔立ちの整った綺麗な男の子だった。
「泣いてんの?」
「え、あの……」
ーーー大変だ。
思わず声を出してしまった。
直哉様の許可無く知らない人と話してしまった。
慌ててキュッ、と口を結び下を向けば……耐えていた涙が溢れてしまった。
「っ!!」
一度泣いてしまえば、ボロボロと溢れてしまう。
慌てて着物で目を押さえつけようとするものの、着物も直哉様が会合用に用意したものだ。汚すわけにはいかない。
「頬殴られたのかよ」
「あ……っ」
「うわ、酷。俺反転術式使えねーんだよ」
直哉様意外に触れられた。
その事にこれが知られればこの後何をされるのか怖くて身体が震える。
「ご、めんなさい。ごめんなさいっ」
「は?」
「ごめんなさい……っ!!どうか、どうか誰にも口にしないでください!!」
「オマエ……何言って」
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!
直哉様に知られたら……っ」
震えが止まらない。
家族がどうにかなってしまうなんて考えたくない。
この人がどなたか知らないが……万が一、直哉様のお耳に入れば……。
「何でもしますっ!だから、だからどうか……っ」
「あーもう、うっせーよ!黙れ!!
俺だって今逃げて来て隠れてんだから黙れって!」
空色の瞳がより近くに。
驚いている間に子供は私の口を塞ぎ、一緒にしゃがみこんで草むらの影に隠れれば、パタパタと走り回る音が聞こえた。
その音に身体が震えてしまうが、暖かな腕と穏やかな心臓の音に身体が固まった。
「黙ってろよ」
ぎゅっ、と小さいけれど温かな腕の中。
直哉様にされる事は何度もあったはずなのに……この方にされると暖かい。
力加減などなく、少し痛いくらいなのに。
同じ背丈くらいのはずなのに、腕の中にすっぽりと私を包んでしまっている。
色々な事に驚いて涙が止まった。
直哉様の腕は怖くて、重くて。
ぎゅっとされて痛くは無いのに安心出来なくて常に心臓がギュッと掴まれているみたいで息が苦しくなるのに……
なのに
この人の腕の中は安心した。
掴み方は乱暴だし、着物……汚れていないかな?くしゃくしゃにしたらまた怒られてしまうかもしれないのに、暖かくて、相手の胸元に押し付けられた私の頭は彼の胸あたりのせいか、心臓の音が穏やかに聞こえて……。
ほぅ、と呼吸が出来る。
ずっと聞いていたくなる程に落ち着く。
パタパタした足音は止み、静寂が戻る。
「行ったな」
パッ、と離された腕。
それが名残惜しいと思いながら彼を見上げる。
空よりもキラキラとしている瞳は青空なのに星を閉じ込めているかのようだった。
「……あの」
「オマエ名前は?」
「……名前、です」
「たまに此処来るから次も居ろよ」
「え?」
「泣いてた事や触った事内緒にしてやるから。
だから次も此処で待ってろ」
「あの、私…」
「約束な、名前」
いつ来るのか、なんてわからないのに。
直哉様からの約束を破っているのに。
自由な空色が楽しそうに笑うから、指を絡めて約束を交わした。
少年が誰だったのか。
どこの方だったのかわからないが……初めて見る子だった気がする。
また、会いたいな。
いつもは暗い気持ちでいっぱいになるのに……
この庭は私の気持ちを我慢するための場所だったのに。
少しだけ、庭が前よりも色付いて見えた。
少しだけ、庭が綺麗に見えた。
この後、直哉様が迎えに来るまで私は庭でボーッとしていた。
綺麗を見失いたくなくて、この目に焼き付けておきたくて。
いつか、またこの庭が色を失くす前に。
直哉様には文句を言われたが、屋敷内が慌ただしく女中と間違われ何かの捜索を任されてしまっていたのだと嘘をついた。
何か、は知らなかったのであそこで困っていたのだと説明をすれば直哉様は笑って私は馬鹿だから仕方ないと許して貰った。
誰にも見られないよう言付かったのに見付かってしまった事は今回咎められなかった。
どうやら直哉様の機嫌は良かったらしい。
……良かった。
悪かったら直哉様にまた叱られていただろうから。
どうやら五条家の息子さんと会う予定だったものの、直哉様に恐れをなして逃げ出したらしい。
楽しそうに笑うの直哉様。
噂ではとても珍しい五条家の術式と眼をお持ちらしいが、実際は大したこと無いんじゃないかと鼻で笑う。
「直哉様は御三家の中でも、禪院家の御兄弟の中でも一番なんですね」
「当たり前やろ」
「名前は直哉様の婚約者で嬉しいです。
直哉様のような素晴らしいお方の子を早く授かれればいいのですが……」
「名前ちゃんは早く子供欲しいん?」
「それが私の役目ですから」
それしか出来ない。
私が果たさなくちゃいけない役目。
「ふーん。
けど18になるまでは子は作らんよ。
名前ちゃんの身体壊れたら意味無いからな」
「……はい」
「俺は名前ちゃんだけやから、安心しぃ。
だから名前ちゃんも俺だけ見てなアカンよ」
「勿論です。
私の自慢の直哉様だけです」
「可愛えね。好きやで、名前ちゃん」
「私もだいすきです」
額に、頬に、瞼に、鼻に、唇に落とされる口付け。
うっとりと甘い顔をして私を見る直哉様は好き。
前のように優しいから。
すり寄れば嬉しそうにして笑って頭を撫でてくれるのが気持ちいいから、いつも直哉様に撫でてもらう。
いい子なら直哉様はとても優しい。
私が甘えれば甘やかしてくれるので、様子を見ながら触れ合う。
機嫌が良くない時にやると髪を引っ張られ床に叩き付けられるので甘えるタイミングを間違えてはいけない。
「あの、直哉様」
「んー?」
「お願いがあるのですが」
「お願い?名前ちゃんから珍しいなぁ」
「先程のお庭……私がお手入れしてみてもいいですか?」
「庭?そんなん庭師が勝手にやるやろ」
機嫌のいい今だからこそ、直哉様の目を見てお願いする。
「プロの方にお任せする方がいいのはわかっているのですが……その、いつも見ていたら私も何かしてみたくて」
「手汚れるやろ」
「直哉様のお庭だから、私が何かしたいんです」
「俺の為に?」
「はい」
「……ええよ。けど庭ばっかじゃなく俺にも構ってな?」
「勿論です。私の一番は直哉様ですから」
それから私はちょくちょく直哉様の許可を貰い、庭の掃除を申し出た。
直哉様は最初は着いてきて掃除する私を楽しそうに見ていたが、それも続けば飽きて私だけで行かせてくれるようになった。
直哉様から離れられる理由が出来て、少しだけ呼吸が楽になった。
庭を手入れしていれば余計な事を忘れられた。
草花に触れ、池の鯉に餌やりをしていれば少しだけ気持ちに余裕が出来た。
まだ。
まだ、この庭は色付いている。
美しいと思える、私の居場所だった。
「あ、居た」
「………貴方、は」
庭を手入れするようになって暫くして。
また、あの空色の人が来た。
一気にいつもより色付いた世界。
「おっ、今日はまともな顔じゃん」
「……」
本当に来てくれた。
嬉しくなって泣きそうになってしまう。
さっきは思わず声を出してしまったものの、本当は口を聞いちゃいけない。
話したいことは沢山あるのに、口を閉じていなくちゃいけないなんて……。
「何だよ」
「……」
「迷惑なら帰るけど」
私の態度が気に入らなかったのだろう。
ムスッとしてまた塀に向かって歩き出す。
帰ってしまうーーーっ!!
慌てて箒を放り出し、空色の方の裾を握る。
「何だよ」
あ、どうしよう。
裾掴んだらいいお着物なのにシワが……
でも、引き止めたい。
着物を離して、そっとはじっこだけ掴ませて貰う。少し腕を引けば、すぐ離れてしまうほどの力。
「何で泣きそうな顔してんだよ」
「……っ」
ごめんなさい。
話せないわけじゃないの。
話したらいけないの。
「前は話せたんだから口が聞けないわけじゃ……」
空色の方を見れば……前より少しだけ背が伸びていた。
私と同じ背丈だったはずなのに、会わなかった少しの間で彼は私の頭半分ほど大きくなっていた。
「……話したら駄目って言われてんのか」
こくり、と頷く。
「話したら何かされんの?」
どうしようかと思ったが……こくり、と頷いた。
こんなことがバレたら、私は酷いお仕置きを受ける。冷めた目で手を振り上げる直哉様を思い出すだけで身体が震える。
いけない、とわかっているのに空色の方の着物の裾を強く握ってしまう。
「……今は誰も近くにいねーよ」
ギュッと抱き締められた。
ポンポン、と頭を撫でる優しい手付き。
「俺くらいになると人の気配くらいわかるから、オマエが怒られる心配しなくていい」
「………」
「だから、話そうぜ?」
ニヤリ、と笑う空色。
キラキラした星のちりばめられた空は太陽を背に輝いている。
「大丈夫。誰もオマエを叱る奴はいねぇよ」
綺麗。
とても、とっても綺麗。
暗闇しかない世界が色付いて見える。
溢れ出る涙に目の奥が、鼻の奥が、喉が、熱くなる。
「おっ、おいっ!?
何で泣くんだよ!!」
慌てる空色の方。
ごめんなさい。……ごめんなさい。
いきなり、泣いて。
いつもみたいに悲しいわけじゃないの。
苦しいけど、いつもみたいな苦しさじゃないの。
「あーー、もうっ!!
泣くなって……腫れるだろ」
ごしごしと空色の方が着ている着物で乱暴に目元を拭かれる。
今日はお化粧とかもしていないからいいが、お化粧をしていたらきっと真っ黒になっていた。
「……だ、と……ったの」
「あ?」
「貴方が……とても、綺麗だと、思って……」
貴方が居ると世界が色付く。
薄暗く、色の無い冷たいこのお屋敷にぽっと火が灯ったように。
今はここに火がついて、明るくなった。
「私は……まだ、この世界が……綺麗だって、思えるの」
何を言っているのかわからない。
困らせてしまう。
空色の方の質問に答えていない答え。
「……変な奴」
「……ごめんなさい」
「謝んなよ」
べぇ、と舌を出してくる。
綺麗な顔をしているのに、わざわざ顔を歪めるなんてしないで欲しい。
が、どこまで変な顔を出来るのか気になる。
いー、と自分の頬を伸ばして見上げればポカンとした後吹き出して大口を開けて笑う空色の方。
「おまっ、何……してっ」
「貴方の顔……どこまで変になるかな、と思って」
「ぶふっ!!綺麗って言った後に変になるって!!」
「お人形さんより整っているから……崩れない?」
「さぁな。じゃあにらめっこしよーぜ。
笑ったらデコピンな」
「え……」
「ほら、いくぞ」
あっぷっぷ!って言われて咄嗟に頬を両手で潰す。
空色の方は……鼻を上に上げて白目だった。
うわ、信じられない。
自分の顔の価値を自ら台無しにしにいった。
チラ……とこちらを見てきたので
私も負けじと寄り目をして唇を突き出す。
「ぶはっ!!ブス!!めっっちゃブス!!」
「笑った」
「ひーっ、腹痛ぇ!」
ケラケラ笑う空色の方。
大きな声に人が来ないか心配になったが、人の気配は無い。
「ほら、デコピン」
「え……」
「負けたからな……くくっ」
少しだけ頭にきたものの、この綺麗な顔に傷つけたらいけない……ので、優しくデコピンをする。
「弱っ」
「だって……」
「まぁいいや。
オマエさ……あ、チッ」
笑っていたと思ったら顔を歪めてどこか遠くを見つめる。
「誰か来るから行くわ」
「え……」
もっと。
もう少しだけ。
そう願うものの、バレたら大変なのはお互い様だ。
「また来る。
次はちゃんと話せよ」
「は、はい!
あの、次は……っ」
「またな、名前」
ぐしゃり、と乱暴に撫でられた頭。
ひょいっと軽々しく塀を越えていなくなってしまう。
少しして直哉様が少し……怒っているのか
いつもより足早に歩いて来るのが見えた。
「直哉様」
「……なん?」
「お疲れですか?あの、お茶をお持ちして」
バシッ、と頬に痛みが。
「庭弄った汚い手で入れた茶なんかいらん」
「………ごめんなさい」
「暫く部屋近寄んな」
「……はい。ごめんなさい」
頭を下げればまた早足に遠ざかる。
今日は相当機嫌が悪いらしい。
後でよく手を洗ってから、直哉様の好きなお菓子を持っていこうと考える。
空色の方がいなくなった庭は少しだけ薄暗くなってしまったが……大丈夫。
まだ、色付いている。
手入れの道具を片付けるために私も動き出した。
あとがき
直哉をクソに書くの本当に楽しい。
直哉様は時期当主候補として争っている。
彼を支え、彼の子を産み、よりよい術式を受け継がせることのみが私の使命。
本家の子である直哉様から要らないと言われるまでは私の家から断ることなど出来ない。
それに、没落していた我が家に寄付金を与えたのは直哉様だ。
父と母と兄妹らを私の我が儘で路頭に迷わせるわけにはいかない。
「男を立てて三歩後ろを歩き。
キミなら出来るやろ?名前ちゃん」
「はい、直哉様」
「ん。ええ子やね」
直哉様は優しい。
私が粗相した場合きちんと叱ってくれる。
直哉様に相応しくなれるよう指導なさってくれる。
バチンッ
頬が痛い。
けど、私が悪い。
直哉様のご意志に反してしまったのだから。
今日は直哉様のご親族に当たる方々との謁見の間で私に直哉様の事を投げ掛けられた時に、上手く受け答え出来なかった。
直哉様に確認してから答えるのが当たり前になっているのに、直哉様の反応を見ていたのが良くなかったのかもしれない。
「駄目やで、名前ちゃん?
俺の事だーい好きやろ?せやったらちゃーんと俺の事褒めな」
上手くやりたいのに、言葉が出てこない。
声を出そうとするのに、喉が張り付く。
私がグズグズと答えられずにいた時、直哉様は私を照れ屋だからとフォローしてくださったのに……。
「ええんやで?名前ちゃんのお家にあげたの全部返してもらってこの縁談終わりにしたっても」
「も、申し訳ございません!」
「学習しないグズは嫌やで?
まぁ、そこが名前ちゃんの可愛らしさでもあるんやけど」
馬鹿で、間抜けで、のろまな名前ちゃんは可愛らしいね……。
時々苛つくんは堪忍な?
直哉様は優しいから何度も粗相してしまう私を叱ってから抱き締めてくれる。
ぶった頬に触れられるのは痛いけれど、ちゃんと謝ってくれるし治療室に連れていってくれる。
今日は大事な会合があると言っていたが、こんな顔だ。
直哉様に治療が終わったら部屋に誰にも見られないように戻れと言われた。
私は直哉様に愛されているし、大切にされている。
直哉様の期待に答えられない私が悪い。
だから、涙を溢すなんて間違っているのにーーー
治療室帰り、直哉様が管理している邸の庭に佇み一人隠れて涙する。
いつもいつも、ここで耐えてから直哉様の元へ戻る。
けど、今日はもう戻らなくていいから、少し長く居られる。
泣くな。
泣けば目が腫れて不細工になる。
直哉様に私の泣き顔や腫れた顔を見せるわけにはいかない。
前に直哉様の前で耐えきれず泣いた時はもっと酷く叱られた。
「何で泣くん?
名前ちゃんが悪い子やから叱っとるのに名前ちゃんが泣いたら俺が悪いみたいやろ?」
耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ!!
いつもの事。
耐えなければ家族を失う。
溜まった涙を流さないように上を向いて空を見上げる。
私に泣く資格など無い。
見上げた空はよく、晴れていた。
雲一つない青空はとてと綺麗で……美しかった。
それが憎々しくもあり、羨ましくもあった。
世界はこんなにも綺麗なはずなのに、どうして私はこんなにも苦しくなるのか。
どうしてあの美しい世界に触れられないのか。
同じ世界なはずなのに、私はなぜ……
「何してんだよオマエ」
聞きなれない声が響いた。
子供特有の少し高い声。だが、この屋敷に居る子供の声じゃない気がして……。
振り向くとそこには白い髪に……空色の瞳があった。
とても。
とてもキラキラとした……綺麗な世界が間近にあった。
思っていたよりも近い距離。
一歩後退り子供をよく見れば同じくらい……だろうか?直哉様と同じくらい顔立ちの整った綺麗な男の子だった。
「泣いてんの?」
「え、あの……」
ーーー大変だ。
思わず声を出してしまった。
直哉様の許可無く知らない人と話してしまった。
慌ててキュッ、と口を結び下を向けば……耐えていた涙が溢れてしまった。
「っ!!」
一度泣いてしまえば、ボロボロと溢れてしまう。
慌てて着物で目を押さえつけようとするものの、着物も直哉様が会合用に用意したものだ。汚すわけにはいかない。
「頬殴られたのかよ」
「あ……っ」
「うわ、酷。俺反転術式使えねーんだよ」
直哉様意外に触れられた。
その事にこれが知られればこの後何をされるのか怖くて身体が震える。
「ご、めんなさい。ごめんなさいっ」
「は?」
「ごめんなさい……っ!!どうか、どうか誰にも口にしないでください!!」
「オマエ……何言って」
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!
直哉様に知られたら……っ」
震えが止まらない。
家族がどうにかなってしまうなんて考えたくない。
この人がどなたか知らないが……万が一、直哉様のお耳に入れば……。
「何でもしますっ!だから、だからどうか……っ」
「あーもう、うっせーよ!黙れ!!
俺だって今逃げて来て隠れてんだから黙れって!」
空色の瞳がより近くに。
驚いている間に子供は私の口を塞ぎ、一緒にしゃがみこんで草むらの影に隠れれば、パタパタと走り回る音が聞こえた。
その音に身体が震えてしまうが、暖かな腕と穏やかな心臓の音に身体が固まった。
「黙ってろよ」
ぎゅっ、と小さいけれど温かな腕の中。
直哉様にされる事は何度もあったはずなのに……この方にされると暖かい。
力加減などなく、少し痛いくらいなのに。
同じ背丈くらいのはずなのに、腕の中にすっぽりと私を包んでしまっている。
色々な事に驚いて涙が止まった。
直哉様の腕は怖くて、重くて。
ぎゅっとされて痛くは無いのに安心出来なくて常に心臓がギュッと掴まれているみたいで息が苦しくなるのに……
なのに
この人の腕の中は安心した。
掴み方は乱暴だし、着物……汚れていないかな?くしゃくしゃにしたらまた怒られてしまうかもしれないのに、暖かくて、相手の胸元に押し付けられた私の頭は彼の胸あたりのせいか、心臓の音が穏やかに聞こえて……。
ほぅ、と呼吸が出来る。
ずっと聞いていたくなる程に落ち着く。
パタパタした足音は止み、静寂が戻る。
「行ったな」
パッ、と離された腕。
それが名残惜しいと思いながら彼を見上げる。
空よりもキラキラとしている瞳は青空なのに星を閉じ込めているかのようだった。
「……あの」
「オマエ名前は?」
「……名前、です」
「たまに此処来るから次も居ろよ」
「え?」
「泣いてた事や触った事内緒にしてやるから。
だから次も此処で待ってろ」
「あの、私…」
「約束な、名前」
いつ来るのか、なんてわからないのに。
直哉様からの約束を破っているのに。
自由な空色が楽しそうに笑うから、指を絡めて約束を交わした。
少年が誰だったのか。
どこの方だったのかわからないが……初めて見る子だった気がする。
また、会いたいな。
いつもは暗い気持ちでいっぱいになるのに……
この庭は私の気持ちを我慢するための場所だったのに。
少しだけ、庭が前よりも色付いて見えた。
少しだけ、庭が綺麗に見えた。
この後、直哉様が迎えに来るまで私は庭でボーッとしていた。
綺麗を見失いたくなくて、この目に焼き付けておきたくて。
いつか、またこの庭が色を失くす前に。
直哉様には文句を言われたが、屋敷内が慌ただしく女中と間違われ何かの捜索を任されてしまっていたのだと嘘をついた。
何か、は知らなかったのであそこで困っていたのだと説明をすれば直哉様は笑って私は馬鹿だから仕方ないと許して貰った。
誰にも見られないよう言付かったのに見付かってしまった事は今回咎められなかった。
どうやら直哉様の機嫌は良かったらしい。
……良かった。
悪かったら直哉様にまた叱られていただろうから。
どうやら五条家の息子さんと会う予定だったものの、直哉様に恐れをなして逃げ出したらしい。
楽しそうに笑うの直哉様。
噂ではとても珍しい五条家の術式と眼をお持ちらしいが、実際は大したこと無いんじゃないかと鼻で笑う。
「直哉様は御三家の中でも、禪院家の御兄弟の中でも一番なんですね」
「当たり前やろ」
「名前は直哉様の婚約者で嬉しいです。
直哉様のような素晴らしいお方の子を早く授かれればいいのですが……」
「名前ちゃんは早く子供欲しいん?」
「それが私の役目ですから」
それしか出来ない。
私が果たさなくちゃいけない役目。
「ふーん。
けど18になるまでは子は作らんよ。
名前ちゃんの身体壊れたら意味無いからな」
「……はい」
「俺は名前ちゃんだけやから、安心しぃ。
だから名前ちゃんも俺だけ見てなアカンよ」
「勿論です。
私の自慢の直哉様だけです」
「可愛えね。好きやで、名前ちゃん」
「私もだいすきです」
額に、頬に、瞼に、鼻に、唇に落とされる口付け。
うっとりと甘い顔をして私を見る直哉様は好き。
前のように優しいから。
すり寄れば嬉しそうにして笑って頭を撫でてくれるのが気持ちいいから、いつも直哉様に撫でてもらう。
いい子なら直哉様はとても優しい。
私が甘えれば甘やかしてくれるので、様子を見ながら触れ合う。
機嫌が良くない時にやると髪を引っ張られ床に叩き付けられるので甘えるタイミングを間違えてはいけない。
「あの、直哉様」
「んー?」
「お願いがあるのですが」
「お願い?名前ちゃんから珍しいなぁ」
「先程のお庭……私がお手入れしてみてもいいですか?」
「庭?そんなん庭師が勝手にやるやろ」
機嫌のいい今だからこそ、直哉様の目を見てお願いする。
「プロの方にお任せする方がいいのはわかっているのですが……その、いつも見ていたら私も何かしてみたくて」
「手汚れるやろ」
「直哉様のお庭だから、私が何かしたいんです」
「俺の為に?」
「はい」
「……ええよ。けど庭ばっかじゃなく俺にも構ってな?」
「勿論です。私の一番は直哉様ですから」
それから私はちょくちょく直哉様の許可を貰い、庭の掃除を申し出た。
直哉様は最初は着いてきて掃除する私を楽しそうに見ていたが、それも続けば飽きて私だけで行かせてくれるようになった。
直哉様から離れられる理由が出来て、少しだけ呼吸が楽になった。
庭を手入れしていれば余計な事を忘れられた。
草花に触れ、池の鯉に餌やりをしていれば少しだけ気持ちに余裕が出来た。
まだ。
まだ、この庭は色付いている。
美しいと思える、私の居場所だった。
「あ、居た」
「………貴方、は」
庭を手入れするようになって暫くして。
また、あの空色の人が来た。
一気にいつもより色付いた世界。
「おっ、今日はまともな顔じゃん」
「……」
本当に来てくれた。
嬉しくなって泣きそうになってしまう。
さっきは思わず声を出してしまったものの、本当は口を聞いちゃいけない。
話したいことは沢山あるのに、口を閉じていなくちゃいけないなんて……。
「何だよ」
「……」
「迷惑なら帰るけど」
私の態度が気に入らなかったのだろう。
ムスッとしてまた塀に向かって歩き出す。
帰ってしまうーーーっ!!
慌てて箒を放り出し、空色の方の裾を握る。
「何だよ」
あ、どうしよう。
裾掴んだらいいお着物なのにシワが……
でも、引き止めたい。
着物を離して、そっとはじっこだけ掴ませて貰う。少し腕を引けば、すぐ離れてしまうほどの力。
「何で泣きそうな顔してんだよ」
「……っ」
ごめんなさい。
話せないわけじゃないの。
話したらいけないの。
「前は話せたんだから口が聞けないわけじゃ……」
空色の方を見れば……前より少しだけ背が伸びていた。
私と同じ背丈だったはずなのに、会わなかった少しの間で彼は私の頭半分ほど大きくなっていた。
「……話したら駄目って言われてんのか」
こくり、と頷く。
「話したら何かされんの?」
どうしようかと思ったが……こくり、と頷いた。
こんなことがバレたら、私は酷いお仕置きを受ける。冷めた目で手を振り上げる直哉様を思い出すだけで身体が震える。
いけない、とわかっているのに空色の方の着物の裾を強く握ってしまう。
「……今は誰も近くにいねーよ」
ギュッと抱き締められた。
ポンポン、と頭を撫でる優しい手付き。
「俺くらいになると人の気配くらいわかるから、オマエが怒られる心配しなくていい」
「………」
「だから、話そうぜ?」
ニヤリ、と笑う空色。
キラキラした星のちりばめられた空は太陽を背に輝いている。
「大丈夫。誰もオマエを叱る奴はいねぇよ」
綺麗。
とても、とっても綺麗。
暗闇しかない世界が色付いて見える。
溢れ出る涙に目の奥が、鼻の奥が、喉が、熱くなる。
「おっ、おいっ!?
何で泣くんだよ!!」
慌てる空色の方。
ごめんなさい。……ごめんなさい。
いきなり、泣いて。
いつもみたいに悲しいわけじゃないの。
苦しいけど、いつもみたいな苦しさじゃないの。
「あーー、もうっ!!
泣くなって……腫れるだろ」
ごしごしと空色の方が着ている着物で乱暴に目元を拭かれる。
今日はお化粧とかもしていないからいいが、お化粧をしていたらきっと真っ黒になっていた。
「……だ、と……ったの」
「あ?」
「貴方が……とても、綺麗だと、思って……」
貴方が居ると世界が色付く。
薄暗く、色の無い冷たいこのお屋敷にぽっと火が灯ったように。
今はここに火がついて、明るくなった。
「私は……まだ、この世界が……綺麗だって、思えるの」
何を言っているのかわからない。
困らせてしまう。
空色の方の質問に答えていない答え。
「……変な奴」
「……ごめんなさい」
「謝んなよ」
べぇ、と舌を出してくる。
綺麗な顔をしているのに、わざわざ顔を歪めるなんてしないで欲しい。
が、どこまで変な顔を出来るのか気になる。
いー、と自分の頬を伸ばして見上げればポカンとした後吹き出して大口を開けて笑う空色の方。
「おまっ、何……してっ」
「貴方の顔……どこまで変になるかな、と思って」
「ぶふっ!!綺麗って言った後に変になるって!!」
「お人形さんより整っているから……崩れない?」
「さぁな。じゃあにらめっこしよーぜ。
笑ったらデコピンな」
「え……」
「ほら、いくぞ」
あっぷっぷ!って言われて咄嗟に頬を両手で潰す。
空色の方は……鼻を上に上げて白目だった。
うわ、信じられない。
自分の顔の価値を自ら台無しにしにいった。
チラ……とこちらを見てきたので
私も負けじと寄り目をして唇を突き出す。
「ぶはっ!!ブス!!めっっちゃブス!!」
「笑った」
「ひーっ、腹痛ぇ!」
ケラケラ笑う空色の方。
大きな声に人が来ないか心配になったが、人の気配は無い。
「ほら、デコピン」
「え……」
「負けたからな……くくっ」
少しだけ頭にきたものの、この綺麗な顔に傷つけたらいけない……ので、優しくデコピンをする。
「弱っ」
「だって……」
「まぁいいや。
オマエさ……あ、チッ」
笑っていたと思ったら顔を歪めてどこか遠くを見つめる。
「誰か来るから行くわ」
「え……」
もっと。
もう少しだけ。
そう願うものの、バレたら大変なのはお互い様だ。
「また来る。
次はちゃんと話せよ」
「は、はい!
あの、次は……っ」
「またな、名前」
ぐしゃり、と乱暴に撫でられた頭。
ひょいっと軽々しく塀を越えていなくなってしまう。
少しして直哉様が少し……怒っているのか
いつもより足早に歩いて来るのが見えた。
「直哉様」
「……なん?」
「お疲れですか?あの、お茶をお持ちして」
バシッ、と頬に痛みが。
「庭弄った汚い手で入れた茶なんかいらん」
「………ごめんなさい」
「暫く部屋近寄んな」
「……はい。ごめんなさい」
頭を下げればまた早足に遠ざかる。
今日は相当機嫌が悪いらしい。
後でよく手を洗ってから、直哉様の好きなお菓子を持っていこうと考える。
空色の方がいなくなった庭は少しだけ薄暗くなってしまったが……大丈夫。
まだ、色付いている。
手入れの道具を片付けるために私も動き出した。
あとがき
直哉をクソに書くの本当に楽しい。