呪縛
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禪院家本家から呼び出された手紙。
父と母は緊張と慌ただしく着物や髪飾りなどの準備を始めた。
指定された当日見たことがない大きなお屋敷を通され、カチカチに固まる私や父と母。
そんな私達の前に悠々と現れた一人の子供。
「よろしゅう」
にこり、と笑う子供。
彼が……禪院直哉様。
柔らかな物腰。猫のようなつり目。
とても、顔立ちの整った人だと思った。
私が見てきた男の人の中で、初めて見る整った顔の人。
数ある名家の方々が彼との結婚を望まれているはずなのに、なぜうちが?
これといった才能の無い私だが、遠いながらも禪院の血が流れている。
血が濃くなれば異形が産まれやすくなるからと、遠い昔に禪院家と契った過去があったらしい。
今、我が家が指名されたのは血が濃くなり過ぎる事を回避する為らしい。血が濃くなればなるほど、相伝の術式を継ぐ者が現れる可能性はある……が、五体満足とは限らない。
奇形が産まれる可能性が高い。
せっかく相伝を受け継いでも使う術者が使い物にならないと話にならない。
術式持ちの女児の中から数人、直哉様に宛がわれ……私が直哉様に選ばれたと。
我が家では呪術師としてはもう……ほとんど術式を受け継いでいる者はいない。
受け継いだのは結界術式。
結界と呼ばれる箱を作り上げ、そこに呪霊を閉じ込め滅する術式。
人を守ることにも攻撃にも使用できるものの、大きさによって綿密な呪力コントロールが必要となってくる。
私も父から指導され、なんとか三級を祓えるレベル。
昔はとても強い力があったらしいが、今となっては……。
今後、伸びる可能性などない落ちぶれた家。
そんな我が家が禪院家からの指名を断れる事など出来るわけがない。
最初は勘違いじゃないかと文を送ったのだが、間違いではないと再度文が返ってくる。
意味のわからない状態で両親も私困り果ててしまったものの……直哉様は丁寧に教えてくれた。
「堪忍なぁ。いきなりこないなこと言われてはいわかりました…なんてアカンよな」
「そんな!
禪院家様からの申し出……身に余る光栄でございます!!」
「名前ちゃん……やったっけ?
名前ちゃんはええの?俺の婚約者で」
「えっと……婚約、とかよくわからなくて」
「昔からの風習でな?別に断ってもええよ。
俺も婚約者とかまだ先の事なんに〜って思うてるし」
直哉様は柔らかな笑みを浮かべ、優しく対応してくださった。
一時の婚姻関係で、昔からのしきたりで年の近しい者の中から選ばれるだけなのだと、堅苦しい事ではないと。
その話にほっとした父と母はよろしくお願いいたしますと頭を下げて婚約が成立。
「ほな名前ちゃん、ちょっとお話しよか」
「は、はい!」
直哉様に手を引かれ、大きなお屋敷を歩く。
あれは、これはと屋敷の中を説明しながら歩いていく。私の知らない世界につい見とれてしまう度わ直哉様は笑って手を引いていく。
「名前ちゃん可愛いらしい」
「……すいません、はしゃぎすぎました」
「ええよええよ。
ここ無駄に広いからまた次案内したる」
「また?」
「今日会ったばかりで仲深まるわけないやろ?
せやからこれからもっともっと仲良くなるんやで」
まずは交流を増やし、仲を深めようと直哉様に本家へ呼ばれることが増えた。
見たことがないもの。
食べたことがないもの。
呪力の事、術式の事。
直哉様の婚約者として恥ずかしくないよう、禪院家の事をもっと知るべきだと直哉様の付き人に言われ、私は禪院家の直哉様の部屋の隣をお借りする事になった。
直哉さんは私の知らなすぎる呪術界の事を教えてくれた。
「ごめんなさい……何も知らなくて」
「大丈夫。名前ちゃんはゆっくり覚えていこうな」
優しくて、しっかりしていて、頼りになる直哉様。
婚約者なんて漫画やドラマの世界だと思っていたのに……まるで自分が主人公となったかのような気分になれる。
直哉様の婚約者として御三家の話し合いの場に連れられることも増えた。
直哉様の半歩後ろに付き添い、挨拶を交わす。
同じくらいの年頃の子供は意外に多く、大人達が話している間は子供達で。
直哉様の後を追いかけるものの、見知らぬ子供達の会話に入る勇気はない。
疲れてしまい、直哉様の袖を引く。
「なん?」
「あの……直哉様、私…」
「疲れた?」
「はい」
直哉様は優しかった。
私の体調に気付いてすぐに離れへと移動させてくれた。
「水は?」
「大丈夫です。あの、直哉様……ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「ええよ。気にせんで」
優しくて、この人と婚約して良かったと思えた。
そう……思って、いた。
きっかけは……そうだ。
少し年上の人だったと思う。
庭を見ていたら、見慣れない人を見た。
「……こんにちは」
「誰だオマエ」
「直哉様の婚約者の…」
「あぁ、なるほどな」
見慣れないけど……どこか、直哉様と目元が似ていた。
「へぇ。あのクソ生意気なガキの」
「?」
「オマエ大丈夫か?アイツ絶対好きな女虐めるタイプだろ」
クックックッ、と笑う男の人。
直哉様はそんな人ではない。
この人は一体何なんだろう……。
「直哉様はお優しい方ですよ?」
「ぶはっ!!アイツが?んなわけねーだろ。
お嬢ちゃん、アイツは止めとけ」
「どうして?」
「あぁ……本命には手を出せねぇヘタレか」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。
大きな手はきっとかなりの訓練を積んだのだろう。固くて豆の出来た努力の人の手だった。
「貴方……直哉様を悪くは言うけど、とても努力家なのですね」
「あ?」
「この手、努力していなきゃならない手だもの。
とても頑張り屋さんの手」
「はっ!!努力とか頑張りでどうにかなる家じゃねーぞ」
「どうして?貴方の為になるのに」
「俺の?」
「貴方の努力や頑張りは、貴方だけのものでしょ?家とか関係無いと思う」
私の言葉に目をぱちくりとさせた後、口を開けて大きな声で笑う。
「?」
「随分と毛色の違うのを囲ってんのか。
お嬢ちゃん、せいぜい気をつけろよ。
この家は腐ってるからオマエみてーな純情の塊には毒だ」
「何しとんの」
直哉様の声にそちらを向けば……
見たことがない程、恐ろしい顔をしていた。
「怖ぇー怖ぇー。
じゃあな、お嬢ちゃん」
「去ね」
いつもと違った雰囲気の直哉様。
恐る恐る袖を引いてみれば、鋭い視線を突き付けられる。
「何話したん」
「え…っと」
「俺には話せんの?」
直哉様の事……だが、あまりいい事じゃなかった。
聞くにしても何と言っていいのかわからない。
「お手手繋いで仲良しか?」
「手……?」
「名前ちゃん、誰の婚約者か自覚あるん?」
直哉様が私の手を掴み、爪を立てる。
痛みに手を引こうとしても振り払えない。
「浮気はアカンよ」
「違っ、違います!」
「なら何話とったん?」
「直哉様の……こと、をっ」
「俺?」
「……私が、直哉様に合わないと」
「ふーん」
「あの方の手が、努力家の…手をしていた事を」
「は?努力家?」
「は、はい」
「そんなわけないやろ。甚爾くんは禪院なのに呪力も術式も無いどころか見る事すらできん猿や」
「……え?」
「努力したとこで認められん」
ケラケラ笑う直哉様。
今……この人は、何と?
「なーんも無い奴は人ですら無い。
努力したって無駄や」
「直哉様……?」
「名前ちゃんは甚爾くんを笑ったん?」
「そんな!!
あの方の努力はあの方のものです。
笑う必要がどこにありますか?」
「………あ?」
「直哉様……どうして笑うのですか?
人の努力を笑えるなんて……どうして、そんな」
直哉様が楽しそうに笑う意味がわからなかった。
私はただ、いつもの優しい直哉様ならあの方の努力を凄いと誉めるのだと思っていた。
ーーーバシッ
頬にじんわりとした痛みが走る。
何が起こったのかわからなかった。
「名前ちゃん、それ面白ないで」
「直哉、さま……?」
叩かれた頬が痛い。
私は、なぜ今叩かれた?
「あーぁ、赤なったなぁ。可哀想に。
けど名前ちゃんが悪いんやで?」
「……私、が?」
叩いた頬に優しく触れる手付きは優しいのに
私を見る目は冷めていた。
「俺が居んのに甚爾くん褒めるなんてアカンやろ?」
「でもっ」
「アカンよ」
ギュッ、と頬に爪を立てられる。
痛みに顔をしかめてしまう。
「名前ちゃんは俺のお嫁さんやろ?
ならしっかり俺の事だけ見なアカン」
「直哉様……」
「可愛え名前ちゃん。
名前ちゃんは録な術式でも無いし、ウチにはいらん術式やから期待しとらんよ。
名前ちゃんが俺のお嫁さんになるのは胎としてしか脳がないからや。
まぁ、術式ある分マシやと思うで?
俺の子を産むからにはちゃぁんと継いでくれんとな」
優しく、優しく。
ゆっくりと真綿で首を絞めるように。
私の知らない私の立場を私に分からせる。
「今さら逃がさんよ。
何人か候補は居ったけど同い年の子らの中でも一番マシな面やったから選んだだけ。
代わりなんかまだ居るよ」
私は直哉様の子を産む為だけの胎。
直哉様の術式、又は禪院家の相伝の術式を持つ子を産めなかった場合私に価値など無いのだと。
選んだ基準は顔が少しだけ直哉様に気に入られたから。
「大丈夫。
ちゃぁんと愛したる。大事にしたるよ。
名前ちゃんが俺の言うこと聞いてくれるなら」
今までの直哉様にヒビを入れたのは私。
優しくて、頼りになる存在だったはずの彼は……たった一瞬で恐怖の存在に。
それから、直哉様は変わってしまった。
私が直哉様にとって相応しくない行動を、言葉を伝える度頬を打たれた。
直哉様の許可を取ってからじゃないと、発言は許されなくなった。
打った後は決まってその場所を優しく撫でながら抱き締められる。
「名前ちゃんはええ子やからね。
ちゃんとせな怒られるって分かるやろ?」
「……はい」
「怒られたら?」
「ごめんなさい、直哉様。私が至らないばかりにご迷惑を…」
「なぁんもええよ。
俺は名前ちゃんが大好きやから」
「……ありがとうございます」
ちゃんとしていれば直哉様は怒らない。
気紛れに叩かれる事はあるものの、私が過剰に直哉様に反応してしまうからだ。
ちゃんとしていれば直哉様は好きだと言ってくれる。
ちゃんとしていれば直哉様は抱き締めてくれる。
ちゃんとしていれば唇を当てて笑ってくれる。
ほら、直哉様は優しい。
出来損ないの私が悪い。
「好きや、名前ちゃん。
俺の可愛え名前ちゃん」
「私も直哉様が好きです」
「ええ子」
私は直哉様の胎でしかない。
愛されているだなんて自惚れちゃいけない。
必要なのは産まれてくる子。
産まれた子に相伝が無ければ人ではない。
人を産めなければ私も人ではない。
「離さんよ、ずっと一緒や」
抱き締められる腕が鎖のようだ。
投げ掛けられる言葉は私を否定していく。
私が直哉様を壊してしまったのか……
それとも
いつか会ったあの人の言葉通りの姿に気付いていなかっただけなのか……
優しくて
ーーーー怖くて
頼りになって
ーーーー重たくて
笑顔の素敵な
ーーーー冷たい瞳の
直哉様を私はーーー。
あとがき
まさかの短編投下したら何人かから続きを!!って頂けたので調子のりました。
どうせなら書きたいこと最初から、と思って書き出したので、短編の呪縛とは言い回しなどが違っております。
色々な√いけそうだけどどーかなー?
どーなるかなー?
………頑張ろう。
父と母は緊張と慌ただしく着物や髪飾りなどの準備を始めた。
指定された当日見たことがない大きなお屋敷を通され、カチカチに固まる私や父と母。
そんな私達の前に悠々と現れた一人の子供。
「よろしゅう」
にこり、と笑う子供。
彼が……禪院直哉様。
柔らかな物腰。猫のようなつり目。
とても、顔立ちの整った人だと思った。
私が見てきた男の人の中で、初めて見る整った顔の人。
数ある名家の方々が彼との結婚を望まれているはずなのに、なぜうちが?
これといった才能の無い私だが、遠いながらも禪院の血が流れている。
血が濃くなれば異形が産まれやすくなるからと、遠い昔に禪院家と契った過去があったらしい。
今、我が家が指名されたのは血が濃くなり過ぎる事を回避する為らしい。血が濃くなればなるほど、相伝の術式を継ぐ者が現れる可能性はある……が、五体満足とは限らない。
奇形が産まれる可能性が高い。
せっかく相伝を受け継いでも使う術者が使い物にならないと話にならない。
術式持ちの女児の中から数人、直哉様に宛がわれ……私が直哉様に選ばれたと。
我が家では呪術師としてはもう……ほとんど術式を受け継いでいる者はいない。
受け継いだのは結界術式。
結界と呼ばれる箱を作り上げ、そこに呪霊を閉じ込め滅する術式。
人を守ることにも攻撃にも使用できるものの、大きさによって綿密な呪力コントロールが必要となってくる。
私も父から指導され、なんとか三級を祓えるレベル。
昔はとても強い力があったらしいが、今となっては……。
今後、伸びる可能性などない落ちぶれた家。
そんな我が家が禪院家からの指名を断れる事など出来るわけがない。
最初は勘違いじゃないかと文を送ったのだが、間違いではないと再度文が返ってくる。
意味のわからない状態で両親も私困り果ててしまったものの……直哉様は丁寧に教えてくれた。
「堪忍なぁ。いきなりこないなこと言われてはいわかりました…なんてアカンよな」
「そんな!
禪院家様からの申し出……身に余る光栄でございます!!」
「名前ちゃん……やったっけ?
名前ちゃんはええの?俺の婚約者で」
「えっと……婚約、とかよくわからなくて」
「昔からの風習でな?別に断ってもええよ。
俺も婚約者とかまだ先の事なんに〜って思うてるし」
直哉様は柔らかな笑みを浮かべ、優しく対応してくださった。
一時の婚姻関係で、昔からのしきたりで年の近しい者の中から選ばれるだけなのだと、堅苦しい事ではないと。
その話にほっとした父と母はよろしくお願いいたしますと頭を下げて婚約が成立。
「ほな名前ちゃん、ちょっとお話しよか」
「は、はい!」
直哉様に手を引かれ、大きなお屋敷を歩く。
あれは、これはと屋敷の中を説明しながら歩いていく。私の知らない世界につい見とれてしまう度わ直哉様は笑って手を引いていく。
「名前ちゃん可愛いらしい」
「……すいません、はしゃぎすぎました」
「ええよええよ。
ここ無駄に広いからまた次案内したる」
「また?」
「今日会ったばかりで仲深まるわけないやろ?
せやからこれからもっともっと仲良くなるんやで」
まずは交流を増やし、仲を深めようと直哉様に本家へ呼ばれることが増えた。
見たことがないもの。
食べたことがないもの。
呪力の事、術式の事。
直哉様の婚約者として恥ずかしくないよう、禪院家の事をもっと知るべきだと直哉様の付き人に言われ、私は禪院家の直哉様の部屋の隣をお借りする事になった。
直哉さんは私の知らなすぎる呪術界の事を教えてくれた。
「ごめんなさい……何も知らなくて」
「大丈夫。名前ちゃんはゆっくり覚えていこうな」
優しくて、しっかりしていて、頼りになる直哉様。
婚約者なんて漫画やドラマの世界だと思っていたのに……まるで自分が主人公となったかのような気分になれる。
直哉様の婚約者として御三家の話し合いの場に連れられることも増えた。
直哉様の半歩後ろに付き添い、挨拶を交わす。
同じくらいの年頃の子供は意外に多く、大人達が話している間は子供達で。
直哉様の後を追いかけるものの、見知らぬ子供達の会話に入る勇気はない。
疲れてしまい、直哉様の袖を引く。
「なん?」
「あの……直哉様、私…」
「疲れた?」
「はい」
直哉様は優しかった。
私の体調に気付いてすぐに離れへと移動させてくれた。
「水は?」
「大丈夫です。あの、直哉様……ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「ええよ。気にせんで」
優しくて、この人と婚約して良かったと思えた。
そう……思って、いた。
きっかけは……そうだ。
少し年上の人だったと思う。
庭を見ていたら、見慣れない人を見た。
「……こんにちは」
「誰だオマエ」
「直哉様の婚約者の…」
「あぁ、なるほどな」
見慣れないけど……どこか、直哉様と目元が似ていた。
「へぇ。あのクソ生意気なガキの」
「?」
「オマエ大丈夫か?アイツ絶対好きな女虐めるタイプだろ」
クックックッ、と笑う男の人。
直哉様はそんな人ではない。
この人は一体何なんだろう……。
「直哉様はお優しい方ですよ?」
「ぶはっ!!アイツが?んなわけねーだろ。
お嬢ちゃん、アイツは止めとけ」
「どうして?」
「あぁ……本命には手を出せねぇヘタレか」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。
大きな手はきっとかなりの訓練を積んだのだろう。固くて豆の出来た努力の人の手だった。
「貴方……直哉様を悪くは言うけど、とても努力家なのですね」
「あ?」
「この手、努力していなきゃならない手だもの。
とても頑張り屋さんの手」
「はっ!!努力とか頑張りでどうにかなる家じゃねーぞ」
「どうして?貴方の為になるのに」
「俺の?」
「貴方の努力や頑張りは、貴方だけのものでしょ?家とか関係無いと思う」
私の言葉に目をぱちくりとさせた後、口を開けて大きな声で笑う。
「?」
「随分と毛色の違うのを囲ってんのか。
お嬢ちゃん、せいぜい気をつけろよ。
この家は腐ってるからオマエみてーな純情の塊には毒だ」
「何しとんの」
直哉様の声にそちらを向けば……
見たことがない程、恐ろしい顔をしていた。
「怖ぇー怖ぇー。
じゃあな、お嬢ちゃん」
「去ね」
いつもと違った雰囲気の直哉様。
恐る恐る袖を引いてみれば、鋭い視線を突き付けられる。
「何話したん」
「え…っと」
「俺には話せんの?」
直哉様の事……だが、あまりいい事じゃなかった。
聞くにしても何と言っていいのかわからない。
「お手手繋いで仲良しか?」
「手……?」
「名前ちゃん、誰の婚約者か自覚あるん?」
直哉様が私の手を掴み、爪を立てる。
痛みに手を引こうとしても振り払えない。
「浮気はアカンよ」
「違っ、違います!」
「なら何話とったん?」
「直哉様の……こと、をっ」
「俺?」
「……私が、直哉様に合わないと」
「ふーん」
「あの方の手が、努力家の…手をしていた事を」
「は?努力家?」
「は、はい」
「そんなわけないやろ。甚爾くんは禪院なのに呪力も術式も無いどころか見る事すらできん猿や」
「……え?」
「努力したとこで認められん」
ケラケラ笑う直哉様。
今……この人は、何と?
「なーんも無い奴は人ですら無い。
努力したって無駄や」
「直哉様……?」
「名前ちゃんは甚爾くんを笑ったん?」
「そんな!!
あの方の努力はあの方のものです。
笑う必要がどこにありますか?」
「………あ?」
「直哉様……どうして笑うのですか?
人の努力を笑えるなんて……どうして、そんな」
直哉様が楽しそうに笑う意味がわからなかった。
私はただ、いつもの優しい直哉様ならあの方の努力を凄いと誉めるのだと思っていた。
ーーーバシッ
頬にじんわりとした痛みが走る。
何が起こったのかわからなかった。
「名前ちゃん、それ面白ないで」
「直哉、さま……?」
叩かれた頬が痛い。
私は、なぜ今叩かれた?
「あーぁ、赤なったなぁ。可哀想に。
けど名前ちゃんが悪いんやで?」
「……私、が?」
叩いた頬に優しく触れる手付きは優しいのに
私を見る目は冷めていた。
「俺が居んのに甚爾くん褒めるなんてアカンやろ?」
「でもっ」
「アカンよ」
ギュッ、と頬に爪を立てられる。
痛みに顔をしかめてしまう。
「名前ちゃんは俺のお嫁さんやろ?
ならしっかり俺の事だけ見なアカン」
「直哉様……」
「可愛え名前ちゃん。
名前ちゃんは録な術式でも無いし、ウチにはいらん術式やから期待しとらんよ。
名前ちゃんが俺のお嫁さんになるのは胎としてしか脳がないからや。
まぁ、術式ある分マシやと思うで?
俺の子を産むからにはちゃぁんと継いでくれんとな」
優しく、優しく。
ゆっくりと真綿で首を絞めるように。
私の知らない私の立場を私に分からせる。
「今さら逃がさんよ。
何人か候補は居ったけど同い年の子らの中でも一番マシな面やったから選んだだけ。
代わりなんかまだ居るよ」
私は直哉様の子を産む為だけの胎。
直哉様の術式、又は禪院家の相伝の術式を持つ子を産めなかった場合私に価値など無いのだと。
選んだ基準は顔が少しだけ直哉様に気に入られたから。
「大丈夫。
ちゃぁんと愛したる。大事にしたるよ。
名前ちゃんが俺の言うこと聞いてくれるなら」
今までの直哉様にヒビを入れたのは私。
優しくて、頼りになる存在だったはずの彼は……たった一瞬で恐怖の存在に。
それから、直哉様は変わってしまった。
私が直哉様にとって相応しくない行動を、言葉を伝える度頬を打たれた。
直哉様の許可を取ってからじゃないと、発言は許されなくなった。
打った後は決まってその場所を優しく撫でながら抱き締められる。
「名前ちゃんはええ子やからね。
ちゃんとせな怒られるって分かるやろ?」
「……はい」
「怒られたら?」
「ごめんなさい、直哉様。私が至らないばかりにご迷惑を…」
「なぁんもええよ。
俺は名前ちゃんが大好きやから」
「……ありがとうございます」
ちゃんとしていれば直哉様は怒らない。
気紛れに叩かれる事はあるものの、私が過剰に直哉様に反応してしまうからだ。
ちゃんとしていれば直哉様は好きだと言ってくれる。
ちゃんとしていれば直哉様は抱き締めてくれる。
ちゃんとしていれば唇を当てて笑ってくれる。
ほら、直哉様は優しい。
出来損ないの私が悪い。
「好きや、名前ちゃん。
俺の可愛え名前ちゃん」
「私も直哉様が好きです」
「ええ子」
私は直哉様の胎でしかない。
愛されているだなんて自惚れちゃいけない。
必要なのは産まれてくる子。
産まれた子に相伝が無ければ人ではない。
人を産めなければ私も人ではない。
「離さんよ、ずっと一緒や」
抱き締められる腕が鎖のようだ。
投げ掛けられる言葉は私を否定していく。
私が直哉様を壊してしまったのか……
それとも
いつか会ったあの人の言葉通りの姿に気付いていなかっただけなのか……
優しくて
ーーーー怖くて
頼りになって
ーーーー重たくて
笑顔の素敵な
ーーーー冷たい瞳の
直哉様を私はーーー。
あとがき
まさかの短編投下したら何人かから続きを!!って頂けたので調子のりました。
どうせなら書きたいこと最初から、と思って書き出したので、短編の呪縛とは言い回しなどが違っております。
色々な√いけそうだけどどーかなー?
どーなるかなー?
………頑張ろう。