通行人 番外編
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私の心はーーー
ポッキリと、嫌な音を立ててしまった
人が好きだった。
私の周りには沢山の笑顔に溢れていたから。
楽しいことばかりだった。
時に人の悪意に触れることはあっても、必ず誰かが助けてくれた。
誰かから悪意を、絶望を、恐怖を向けられる事がこんなにも辛い事など私は知らなかった。
どれくらい物言わぬ真希ちゃんの前にいたのかわからない。
数分かもしれないし、数時間かもしれない。
私の大切な者がどんどんと消えていく。
これが運命だというのなら私はどう受け止めていいのかわからない。
私のせいで死んでいく。
私のせいで消えていく。
私のせいで……
大好きだったはずの人が、私は……怖い。
「こんなところで何をしている」
聞き覚えのある声がした。
「絶望したか?」
ケヒッ、ケヒッ、と愉快な笑い声。
ぐっ、と顔を上げられれば見えたのは宿儺さん。
「……な、んで」
「小僧なら死んだぞ」
「悠仁くんが……?」
楽しそうにニヤニヤと笑う宿儺さん。
何があったのか、そう考えるより先に楽しそうな宿儺さんは歌うように話す。
「弱いくせに小物にすら勝てず朽ちたぞ。
まぁ、そのお陰でこの身体を自由に出来ているがな」
「………嘘」
「伏黒恵も自分の術式に殺された。
自らの肉体の限界を悟り自害するなど愚か。
あぁ、粋の良い小娘も喧しい呪いに殺されてたな」
「……めぐみん、野薔薇ちゃん……」
「五条悟は2度と日の光に出られぬ」
「………さとる」
目の前が真っ暗になっていく。
私の世界はどんどん崩れ去る。
「何をそんな悲しむ必要がある」
少しづつ……少しづつ増えていた私の世界を作るピース達。
明るくて、賑やかで、可愛くて、かっこ良いみんな。
完成していたはずの私自身を作り上げてくれたピース達がパラパラと壊れていく。
「……だって」
私の世界が欠けていく。
私の世界が壊れていく。
「オマエは一人ではないだろう?」
うっとりとした声。
私の頬を優しく包み、目を細めて愉しそうに笑う宿儺さん。
「"一緒に居て"やる」
1人は嫌だ。
1人は寂しい。
1人は怖い。
1人にはなりたくないっ。
溢れ出る涙。
宿儺さんの濁った瞳が怪しく光る。
「………宿儺さん」
思考が出来ない。
頭が働かない。
「何だ」
優しい声がする。
温かい掌が頬を滑る。
ーーー独りは、嫌だ
この言葉を口にするのは良くないことだとわかっているはずなのに……私はもう、限界だった。
悟を助けるためにとあの場から逃がして貰ったというのに……人々の悪意に、恐怖に、心無い言葉の暴力に心が傷付いていった。
人の目が怖い。
人の顔色が怖い。
人の言葉が怖い。
世界はこんなにも怖かった?
「貴方は私を……独りにしない?」
大好きな人達がいない
私を一人にする
そんな世界なんて……私には必要ない。
「"オマエ"が、望むなら」
差し出された手が優しくて
触れた温もりが暖かくて
お日様のような香りのを邪魔する血の臭い
「………"お願い"」
私の心はもう、限界だった。
「私と、一緒に居てっ」
こんな世界などいらない。
私の世界を壊した世界などいらない。
返してよ。
私の大切な人達を。
返してよっ!
私の大好きな人達を。
「一人に、しないで……っ」
悠仁くんとそっくりなのに違う存在でもいい。
私を知っていて、私の味方をしてくれる存在。
大っ嫌いになっていくこの世界など……もう、どうだっていい。
「ケヒッ」
涙が止まらない。
走り回って靴も無くなり、擦りきれた足の裏が熱い。
見慣れている高専の……悠仁くんの制服にすがり付けば血の臭い。
「その縛り、受けよう」
宿儺さんが呟いた瞬間……心の何かが縛られた。
嬉しそうに笑う宿儺さん。
優しい手付きで頭を撫で、頬を撫で、流れる涙を舌で舐めとる。
軽々と私を抱き上げる宿儺さんの首に腕を回し顔を宿儺さんの首筋に埋めて視界を塞ぐ。
「大胆だな」
私は、私は………
そっと目を閉じて、宿儺さんにすがり付く。
もう、どうだっていい。
壊れた世界なぞ、どうなってもーーー
「眠いなら眠れ」
「………宿儺さん」
「安心しろ。居なくならん」
宿儺さんに撫でられる手が優しくて
また、涙が溢れる。
「次目覚めても共に居る」
その言葉に安心して、私は目を閉じた。
大きな涙を溢しながら心の壊れた娘。
足の裏から滴る血に手を翳せば瞬く間に足の怪我は無くなった。
安心したように眠る娘に宿儺は嬉しそうにニヤリと笑う。
永い間、探していた魂もその器も。
ありがたいことに娘が大事にしていた者共は勝手に朽ちていき、その度に心を壊していった娘を手込めにするのは簡単だった。
自身の器も自分と替われる程の精神力は無くなっている。
この身体の主導権を手にするのも時間の問題。
力もあと僅かで戻る。
欲しかったモノも手に入れた。
嗤わずにはいられない。
「捕まえた」
目が覚めたら、森の中に居た。
正確に言えば、木々に囲まれたログハウスのようなベッドの上。
いつの間に着替えたのか、簡易なワンピースは布団から出ると寒かったのでベッドにあった毛布を身体に巻いた。
人の気配が無い。
ここはどこで、私は何で……ひとり、で……
一人。
独り。
ひとり。
ヒトリ。
冷や汗と共に恐怖心に襲われる。
呼吸がうまく出来なくて苦しい。
「寒い。何をしている」
イラついたような声と共に引き寄せられる身体。
急な事に驚いて出かけた涙も止まる。
何かの足の間に座り込み、真後ろからは欠伸が聞こえた。
刺青の入った腕がしっかりと毛布ごと私を抱いているのが見えた。
「起きたのか」
「……」
「何を泣いてる?また、悪い夢でも見たか」
涙の浮かんだ目尻を親指でなぞる。
鋭い爪で私の肌を傷付けないように手慣れたように触る親指。
じっと見上げれば着流し姿の気だるげそうないつもの宿儺さんがいた。
「……夢、だったのかな」
「どんなのだ」
「大切なものが、どんどん壊れて……私の世界が壊れる夢」
「ほぉ」
「……おかしいよね。
大切なものはカミサマしかいないのに」
「ケヒッケヒッ」
「変な笑い方するね」
言葉にすると、変な夢。
もう思い出せないけど。
「そうだ。オマエには俺が居ればいい」
「はいはい」
「オマエが望んだのだから俺が一緒に居てやらねば寂しがり屋のオマエはすぐ泣くからな」
「そんなことないし」
「ほぉ?そんな事言う口はこれか」
「いひゃい」
ぐにっと頬を伸ばされる。
ちょっと、涎垂れたらどーすんのさ。
「汚い。垂らすな」
「ひっどくない!?」
「喚くな」
「カミサマ、そーゆーとこ良くないよ。
自分でやったのにばっちぃもの見る目やめてくんない?」
「寝ろ。喧しい」
毛布ごと再びベッドに寝かされる。
宿儺さんの抱き枕みたいになっているが……この人?呪い?1000年暇潰してきたプロだから動じねぇ!!
「ちょっとニートさん」
「寝ろ」
「私起きた」
「寝ろ」
「お腹も減った」
「寝ろ」
「聞いて?ねぇ、聞いて?」
ポンポンと完全に寝かしつけモードになってやがる!!
君そんな面倒見のいいような呪いじゃなかったよね!?どんな気紛れ!?
「ねーねー、宿儺さん」
「何だ」
「起きたら一緒にご飯食べてね」
「あぁ」
「あ、あと呪いの指導して」
「あぁ」
「私が目覚めたらちゃんと居て」
子供みたいな甘え。
だけど宿儺さんはその言葉に嬉しそうに笑う。
「何度でも名前が目覚めた時に居てやるから……今は寝るぞ」
「……うん」
宿儺さんの腕に抱かれ、着流しから覗く肌にすり寄ればクツクツと笑い声が。
眠気などなかったのにまた襲ってきた眠気に逆らえず、目を閉じた。
「愚か」
スヤスヤ寝入った名前を愛おしそうに眺め笑う宿儺。
名前にあの日の記憶は無い。
いや、あの日だけじゃなく今まで大切にしていた記憶ほど、無くしていった。
初めのうちは目覚めて何度も何度も発狂し泣いていた。
「無いものを嘆く必要があるか?」
「だって……っ!!だって!!」
「オマエには俺が居るだろ」
「……宿儺、さんが?」
「嘆き悲しむならば捨ててしまえ」
「捨て、る?」
「あぁ。捨てろ。オマエには不要なものだ」
辛い記憶を繰り返すより失うことを選ばせた。
次に目覚めた時には、自分で辛い記憶を破り捨て代わりになぜか1000年も前のあの頃の記憶が所々見え隠れしている。
魂を縛った昔、記憶も共に残っていたものが現世で出てきているのか……
都合の良い状態に笑いが止まらない。
愚かで愛おしい娘。
混沌とした呪いの時代が再びやって来た今、己に歯向かってくる者はいない。
邪魔だった五条悟も、その他も。
あの時この腕からすり抜けて消えてしまった儚い命。
人間だから長い時は生きられず朽ち壊れてしまう。
ならば、人間で無くせば良い。
「もう少しだ」
腕の中で呑気に寝入る娘はもうすぐ人では無くなる。
人間を襲い、人間がら畏れられ畏怖の名がつき語られていく。
現代社会では人から人へ畏怖を告げていく便利な道具がある。
それを使い昔より遥かに畏れられ呪われていく様は実に滑稽。
人が好きだった娘は数多の人から呪われて呪いとなる。
今や人を何とも思わず、一人になることを怖れてしまった哀れな娘は一人にならない為ならば何でもする。
「堕ちろ。そして共に」
今度こそ。共に。
幾千の時を過ごしたか。
世界は闇に堕ち人よりも呪いが渦巻く世界。
闇の陰で細々と生き延びる人間。
そして稀に生まれる光。
しかし、闇を支配する頂点にまでは届かない。
だから人々は一つの可能性に手を伸ばし、やっとの想いで繋げた。
「うわっ、何これ」
五条 悟。
数千年前に幻と言われ呪術界最強と言われた男がいた。
その男を封印した獄門疆があると。
「今の時代の呪術師とか上どうなってんの?
そもそも機能してる?
ってゆうか僕の扱いどうなってんの?」
「五条悟。
オマエが呪いの王とその妃を滅する事が出来たのなら呪術界の永久追放を解く」
「え?僕永遠追放されてたの?」
「夏油傑と共に渋谷事変共同正犯としての罪を今此処で償え!!」
「は?僕が傑と?
オマエらあれを傑だって決め付けたのかよ?」
「つべこべ言わずやるのか?やらないのか?」
「はぁ〜〜何年経ったか知らないけど相変わらず呪術界は腐った蜜柑のオンパレードかよ」
オッエーと舌を出す五条悟。
彼の封印を解いた者は肩身の狭い思いをしながら居た。
「そんな事より情報くれない?今どうなってんの?」
「元はオマエの罪」
「だからさ、傑と共同犯とか無いから。
傑は僕が殺した。アレは傑の皮を被った別物だよ」
「そんな事、既にどうでも良い」
「あ"?」
「アレの皮や中身の問題では無くなって来ている。
お主とソレが犯した罪。
そして引き起こされたお主が封印されたあの日の事件が問題なんだ」
「さっさと要件言えよ」
圧倒的な実力差。
かつて最強と言われ語られた呪術師の実力は殺気が威圧が違う。
「千年も前に起こったあの日から世界は闇に包まれた」
「むかーしむかしってまじの昔になってんじゃん」
「オマエとオマエに関わる者全てが死に絶え一人の娘が闇に落ちた」
「娘?」
「呪いの王は復活し……一つの呪いが間も無く生まれ落ちた」
「この昔話まだ続くの?」
「名を"蘭ーらんー"」
「らん?」
「美しく慈愛のある呪いだ。
それ故に多くの者が畏れ、多くの者が祀った」
「さっさと言ってくんない?」
「無邪気に、無垢に人の願いを聞き入れ殺す化け物だ。
呪いが渦巻くこの世界で生きる希望を見失った人間達が……彼女に頼み殺され喰われた。
その噂が、その畏怖が、彼女を呪っていった」
「人間が呪いになったって?」
そんな馬鹿な、と鼻で笑う。
呪術師が死後呪いとなる事は稀にあるが、ただの非呪術師が呪いに?
それもただの人から呪われ生まれた負が呪いとなったのではなく、祀られ呪われ呪霊となった?
そんな馬鹿な話聞いたことがない。
「1000の呪いを殺し、1000の呪いの血肉を浴び、1000の呪いを食らった娘はもう人ではない」
「昔話って色々盛られて真実と程遠いよな。
で?前置きは終わった?」
「………まだわからぬか?その娘が誰か」
「硝子の事?
アイツ慈愛ってタイプじゃないじゃん。
サイコパスだったけど呪いを喰うほどイカれてないと思うし」
どこからともなく襲撃音が。
人々の畏怖の声がする。
人々の苦しむ声がする。
「あの日……いや、あの時代。
お主はアレに関わるべきではなかった」
「まだ続いてんのかよ」
「五条悟。
お主の罪……それは、蘭を産み出した事だ」
「産めねーよ。僕男」
「随分遅い目覚めじゃないか、五条悟」
どこからともなく現れたのは五条悟の昔の生徒。
「……悠仁、じゃないね。宿儺?」
「ケヒッ、懐かしい名だな」
「悠仁は?」
「魂ごと死んだ」
「全ての主導権が宿儺に……ってわけか。
教え子の顔と身体を祓うのは心が痛むな」
「戯れ言を。
喜べ、今回はオマエが復活した祝いにいいモノを見せてやろうと思って寄っただけだ」
「復活祝いなんてタイプじゃないでしょ、オマエ」
「蘭」
宿儺に呼ばれ、どこからともなくふわりと現れた着物姿の娘。
宿儺と同じ白の着物を着て、黒く長い髪を靡かせ呪霊に乗っている。
「呼んだ?」
「オマエも懐かしいだろう?」
「……は?」
五条悟は固まった。
目隠しを外し己の眼で見る……が、何度見ても変わらない。
六眼の告げる情報も、あの時と変わらない姿も、魂さえも。
「………名前?」
「んー?宿儺、あの人なぁに?
何で宿儺しか知らない私の真名知ってんの?
てかてか怪しくない?真っ黒な目隠ししてたし不審者だよ不審者」
「な、んで…」
「うっわ!!めちゃくちゃ睫毛バッサバサで眼綺麗!!不審者スタイルなのに顔人形みたーい!
ま、好みじゃないけど」
「オマエ……っ」
ケタケタと無邪気に、子供のように笑う名前。
愛を囁き、愛を誓い、手離せずこちら側に引き入れた恋人……名前が呪霊となっていた。
自分と宿儺と名前だけが変わらないのに、世界は変わってしまっていた。
「名前、あまり近寄るな」
「嫉妬?嫉妬? 宿儺たん嫉妬?」
「捌くぞ」
「ごめんちゃい」
「どういう事だ」
「宿儺、アレ強そうだね。宿儺の相手?」
「そこらの呪術師や呪霊よりは手応えはありそうだが……オマエの因縁の相手だ」
「私の?」
「あぁ。オマエと遊びたいそうだ」
「本当!!」
キャッキャと楽しそうに笑う名前。
これは……何の悪い夢だ?
「白髪のおにーさん、何して遊ぶ?
缶蹴り?かくれんぼ?鬼ごっこ?何でもいいよ!」
「………っ」
「私はねードロケイが好き!!
白髪が警察で私は泥棒ね!あ……呪術師狩るなら私が警察で白髪が泥棒?
まぁどっちでもいいや!
最後はどうせ美味しく流し素麺で食べるし」
「…………何で」
「白髪のおにーさん知ってる?
人間って生だと美味しくないからさー裏梅が美味しくしてくれるんだ」
「……何でオマエが呪霊になってんだよ!!」
「さぁね?
宿儺が一緒に居てくれるならどんな形であろうとキミに関係無いじゃん?」
ケラケラと無邪気に笑う。
ドロドロと溝のように腐り濁った瞳に光は無い。
「帰るぞ、名前」
「え?遊ぶんじゃないの?」
「オマエの手持ちで遊んでやれば良かろう」
「なるほど!私自身激弱だからなー」
「特別なモノで其奴と遊ばせてやれ」
「え?え?いいの?
最近の呪術師達って貧弱だからなかなかこの子達出せなかったけど宿儺の許可あるならいっか!!
ほーら、おいで。すーくん」
"なんだい?"
「……は?」
名前が呼び出した影から出て来たのは人の姿をした呪い。
それは……見覚えがありすぎる姿。
「この子ねー
生意気な脳ミソに身体使われていた子でね。
脳ミソが生意気でさ、宿儺に喧嘩売って来て返り討ちにされたら脳ミソだけ逃げちゃって。
用済みになった外側いらなかったけど……どうしてか捨てておけなかったから再利用したんだ」
"アレと遊べばいいのかい?"
猫のように名前の手に頬をすり寄せている親友の姿。
その親友の額にあの縫い目はない。
よしよし、と愛でるような仕草にあの二人だけが楽しそうに笑う。
「ふふふ、遊んでおいで」
"壊したらごめんね?"
「壊したら白髪のおにーさんも私の子にしてあげる」
ニタリ、ニタリ。
二人はそんな笑い方をしない。
二人はそんな光の無い瞳じゃない。
奥歯をギリリッ、と噛み締める。
ーーー五条悟。
オマエの罪、それは
「さあ、遊ぼう!」
無邪気に笑う恋人と親友に
僕は呪力を込める。
僕は呪術師、だから。
あとがき
すっっごい短い。
バッドなエンドって苦手なので思い付きません。
通行人さん、闇堕ちする。
一人で百鬼夜行とかしちゃう、まじもんの妖怪の主(闇の姿)になっちまいます。
脳ミソ?何か気に入らないって理由で始末されるがしぶとく生き残りそう。
傑くんの身体は保護からの呪霊化させる。
トンボの落ちた首的な反射のあれが凄まじい怨念だったので利用して呪いとかしちまったパターン。
宿儺さんしか救われないまじのアカン地獄。
こんな世界やだー。
ポッキリと、嫌な音を立ててしまった
人が好きだった。
私の周りには沢山の笑顔に溢れていたから。
楽しいことばかりだった。
時に人の悪意に触れることはあっても、必ず誰かが助けてくれた。
誰かから悪意を、絶望を、恐怖を向けられる事がこんなにも辛い事など私は知らなかった。
どれくらい物言わぬ真希ちゃんの前にいたのかわからない。
数分かもしれないし、数時間かもしれない。
私の大切な者がどんどんと消えていく。
これが運命だというのなら私はどう受け止めていいのかわからない。
私のせいで死んでいく。
私のせいで消えていく。
私のせいで……
大好きだったはずの人が、私は……怖い。
「こんなところで何をしている」
聞き覚えのある声がした。
「絶望したか?」
ケヒッ、ケヒッ、と愉快な笑い声。
ぐっ、と顔を上げられれば見えたのは宿儺さん。
「……な、んで」
「小僧なら死んだぞ」
「悠仁くんが……?」
楽しそうにニヤニヤと笑う宿儺さん。
何があったのか、そう考えるより先に楽しそうな宿儺さんは歌うように話す。
「弱いくせに小物にすら勝てず朽ちたぞ。
まぁ、そのお陰でこの身体を自由に出来ているがな」
「………嘘」
「伏黒恵も自分の術式に殺された。
自らの肉体の限界を悟り自害するなど愚か。
あぁ、粋の良い小娘も喧しい呪いに殺されてたな」
「……めぐみん、野薔薇ちゃん……」
「五条悟は2度と日の光に出られぬ」
「………さとる」
目の前が真っ暗になっていく。
私の世界はどんどん崩れ去る。
「何をそんな悲しむ必要がある」
少しづつ……少しづつ増えていた私の世界を作るピース達。
明るくて、賑やかで、可愛くて、かっこ良いみんな。
完成していたはずの私自身を作り上げてくれたピース達がパラパラと壊れていく。
「……だって」
私の世界が欠けていく。
私の世界が壊れていく。
「オマエは一人ではないだろう?」
うっとりとした声。
私の頬を優しく包み、目を細めて愉しそうに笑う宿儺さん。
「"一緒に居て"やる」
1人は嫌だ。
1人は寂しい。
1人は怖い。
1人にはなりたくないっ。
溢れ出る涙。
宿儺さんの濁った瞳が怪しく光る。
「………宿儺さん」
思考が出来ない。
頭が働かない。
「何だ」
優しい声がする。
温かい掌が頬を滑る。
ーーー独りは、嫌だ
この言葉を口にするのは良くないことだとわかっているはずなのに……私はもう、限界だった。
悟を助けるためにとあの場から逃がして貰ったというのに……人々の悪意に、恐怖に、心無い言葉の暴力に心が傷付いていった。
人の目が怖い。
人の顔色が怖い。
人の言葉が怖い。
世界はこんなにも怖かった?
「貴方は私を……独りにしない?」
大好きな人達がいない
私を一人にする
そんな世界なんて……私には必要ない。
「"オマエ"が、望むなら」
差し出された手が優しくて
触れた温もりが暖かくて
お日様のような香りのを邪魔する血の臭い
「………"お願い"」
私の心はもう、限界だった。
「私と、一緒に居てっ」
こんな世界などいらない。
私の世界を壊した世界などいらない。
返してよ。
私の大切な人達を。
返してよっ!
私の大好きな人達を。
「一人に、しないで……っ」
悠仁くんとそっくりなのに違う存在でもいい。
私を知っていて、私の味方をしてくれる存在。
大っ嫌いになっていくこの世界など……もう、どうだっていい。
「ケヒッ」
涙が止まらない。
走り回って靴も無くなり、擦りきれた足の裏が熱い。
見慣れている高専の……悠仁くんの制服にすがり付けば血の臭い。
「その縛り、受けよう」
宿儺さんが呟いた瞬間……心の何かが縛られた。
嬉しそうに笑う宿儺さん。
優しい手付きで頭を撫で、頬を撫で、流れる涙を舌で舐めとる。
軽々と私を抱き上げる宿儺さんの首に腕を回し顔を宿儺さんの首筋に埋めて視界を塞ぐ。
「大胆だな」
私は、私は………
そっと目を閉じて、宿儺さんにすがり付く。
もう、どうだっていい。
壊れた世界なぞ、どうなってもーーー
「眠いなら眠れ」
「………宿儺さん」
「安心しろ。居なくならん」
宿儺さんに撫でられる手が優しくて
また、涙が溢れる。
「次目覚めても共に居る」
その言葉に安心して、私は目を閉じた。
大きな涙を溢しながら心の壊れた娘。
足の裏から滴る血に手を翳せば瞬く間に足の怪我は無くなった。
安心したように眠る娘に宿儺は嬉しそうにニヤリと笑う。
永い間、探していた魂もその器も。
ありがたいことに娘が大事にしていた者共は勝手に朽ちていき、その度に心を壊していった娘を手込めにするのは簡単だった。
自身の器も自分と替われる程の精神力は無くなっている。
この身体の主導権を手にするのも時間の問題。
力もあと僅かで戻る。
欲しかったモノも手に入れた。
嗤わずにはいられない。
「捕まえた」
目が覚めたら、森の中に居た。
正確に言えば、木々に囲まれたログハウスのようなベッドの上。
いつの間に着替えたのか、簡易なワンピースは布団から出ると寒かったのでベッドにあった毛布を身体に巻いた。
人の気配が無い。
ここはどこで、私は何で……ひとり、で……
一人。
独り。
ひとり。
ヒトリ。
冷や汗と共に恐怖心に襲われる。
呼吸がうまく出来なくて苦しい。
「寒い。何をしている」
イラついたような声と共に引き寄せられる身体。
急な事に驚いて出かけた涙も止まる。
何かの足の間に座り込み、真後ろからは欠伸が聞こえた。
刺青の入った腕がしっかりと毛布ごと私を抱いているのが見えた。
「起きたのか」
「……」
「何を泣いてる?また、悪い夢でも見たか」
涙の浮かんだ目尻を親指でなぞる。
鋭い爪で私の肌を傷付けないように手慣れたように触る親指。
じっと見上げれば着流し姿の気だるげそうないつもの宿儺さんがいた。
「……夢、だったのかな」
「どんなのだ」
「大切なものが、どんどん壊れて……私の世界が壊れる夢」
「ほぉ」
「……おかしいよね。
大切なものはカミサマしかいないのに」
「ケヒッケヒッ」
「変な笑い方するね」
言葉にすると、変な夢。
もう思い出せないけど。
「そうだ。オマエには俺が居ればいい」
「はいはい」
「オマエが望んだのだから俺が一緒に居てやらねば寂しがり屋のオマエはすぐ泣くからな」
「そんなことないし」
「ほぉ?そんな事言う口はこれか」
「いひゃい」
ぐにっと頬を伸ばされる。
ちょっと、涎垂れたらどーすんのさ。
「汚い。垂らすな」
「ひっどくない!?」
「喚くな」
「カミサマ、そーゆーとこ良くないよ。
自分でやったのにばっちぃもの見る目やめてくんない?」
「寝ろ。喧しい」
毛布ごと再びベッドに寝かされる。
宿儺さんの抱き枕みたいになっているが……この人?呪い?1000年暇潰してきたプロだから動じねぇ!!
「ちょっとニートさん」
「寝ろ」
「私起きた」
「寝ろ」
「お腹も減った」
「寝ろ」
「聞いて?ねぇ、聞いて?」
ポンポンと完全に寝かしつけモードになってやがる!!
君そんな面倒見のいいような呪いじゃなかったよね!?どんな気紛れ!?
「ねーねー、宿儺さん」
「何だ」
「起きたら一緒にご飯食べてね」
「あぁ」
「あ、あと呪いの指導して」
「あぁ」
「私が目覚めたらちゃんと居て」
子供みたいな甘え。
だけど宿儺さんはその言葉に嬉しそうに笑う。
「何度でも名前が目覚めた時に居てやるから……今は寝るぞ」
「……うん」
宿儺さんの腕に抱かれ、着流しから覗く肌にすり寄ればクツクツと笑い声が。
眠気などなかったのにまた襲ってきた眠気に逆らえず、目を閉じた。
「愚か」
スヤスヤ寝入った名前を愛おしそうに眺め笑う宿儺。
名前にあの日の記憶は無い。
いや、あの日だけじゃなく今まで大切にしていた記憶ほど、無くしていった。
初めのうちは目覚めて何度も何度も発狂し泣いていた。
「無いものを嘆く必要があるか?」
「だって……っ!!だって!!」
「オマエには俺が居るだろ」
「……宿儺、さんが?」
「嘆き悲しむならば捨ててしまえ」
「捨て、る?」
「あぁ。捨てろ。オマエには不要なものだ」
辛い記憶を繰り返すより失うことを選ばせた。
次に目覚めた時には、自分で辛い記憶を破り捨て代わりになぜか1000年も前のあの頃の記憶が所々見え隠れしている。
魂を縛った昔、記憶も共に残っていたものが現世で出てきているのか……
都合の良い状態に笑いが止まらない。
愚かで愛おしい娘。
混沌とした呪いの時代が再びやって来た今、己に歯向かってくる者はいない。
邪魔だった五条悟も、その他も。
あの時この腕からすり抜けて消えてしまった儚い命。
人間だから長い時は生きられず朽ち壊れてしまう。
ならば、人間で無くせば良い。
「もう少しだ」
腕の中で呑気に寝入る娘はもうすぐ人では無くなる。
人間を襲い、人間がら畏れられ畏怖の名がつき語られていく。
現代社会では人から人へ畏怖を告げていく便利な道具がある。
それを使い昔より遥かに畏れられ呪われていく様は実に滑稽。
人が好きだった娘は数多の人から呪われて呪いとなる。
今や人を何とも思わず、一人になることを怖れてしまった哀れな娘は一人にならない為ならば何でもする。
「堕ちろ。そして共に」
今度こそ。共に。
幾千の時を過ごしたか。
世界は闇に堕ち人よりも呪いが渦巻く世界。
闇の陰で細々と生き延びる人間。
そして稀に生まれる光。
しかし、闇を支配する頂点にまでは届かない。
だから人々は一つの可能性に手を伸ばし、やっとの想いで繋げた。
「うわっ、何これ」
五条 悟。
数千年前に幻と言われ呪術界最強と言われた男がいた。
その男を封印した獄門疆があると。
「今の時代の呪術師とか上どうなってんの?
そもそも機能してる?
ってゆうか僕の扱いどうなってんの?」
「五条悟。
オマエが呪いの王とその妃を滅する事が出来たのなら呪術界の永久追放を解く」
「え?僕永遠追放されてたの?」
「夏油傑と共に渋谷事変共同正犯としての罪を今此処で償え!!」
「は?僕が傑と?
オマエらあれを傑だって決め付けたのかよ?」
「つべこべ言わずやるのか?やらないのか?」
「はぁ〜〜何年経ったか知らないけど相変わらず呪術界は腐った蜜柑のオンパレードかよ」
オッエーと舌を出す五条悟。
彼の封印を解いた者は肩身の狭い思いをしながら居た。
「そんな事より情報くれない?今どうなってんの?」
「元はオマエの罪」
「だからさ、傑と共同犯とか無いから。
傑は僕が殺した。アレは傑の皮を被った別物だよ」
「そんな事、既にどうでも良い」
「あ"?」
「アレの皮や中身の問題では無くなって来ている。
お主とソレが犯した罪。
そして引き起こされたお主が封印されたあの日の事件が問題なんだ」
「さっさと要件言えよ」
圧倒的な実力差。
かつて最強と言われ語られた呪術師の実力は殺気が威圧が違う。
「千年も前に起こったあの日から世界は闇に包まれた」
「むかーしむかしってまじの昔になってんじゃん」
「オマエとオマエに関わる者全てが死に絶え一人の娘が闇に落ちた」
「娘?」
「呪いの王は復活し……一つの呪いが間も無く生まれ落ちた」
「この昔話まだ続くの?」
「名を"蘭ーらんー"」
「らん?」
「美しく慈愛のある呪いだ。
それ故に多くの者が畏れ、多くの者が祀った」
「さっさと言ってくんない?」
「無邪気に、無垢に人の願いを聞き入れ殺す化け物だ。
呪いが渦巻くこの世界で生きる希望を見失った人間達が……彼女に頼み殺され喰われた。
その噂が、その畏怖が、彼女を呪っていった」
「人間が呪いになったって?」
そんな馬鹿な、と鼻で笑う。
呪術師が死後呪いとなる事は稀にあるが、ただの非呪術師が呪いに?
それもただの人から呪われ生まれた負が呪いとなったのではなく、祀られ呪われ呪霊となった?
そんな馬鹿な話聞いたことがない。
「1000の呪いを殺し、1000の呪いの血肉を浴び、1000の呪いを食らった娘はもう人ではない」
「昔話って色々盛られて真実と程遠いよな。
で?前置きは終わった?」
「………まだわからぬか?その娘が誰か」
「硝子の事?
アイツ慈愛ってタイプじゃないじゃん。
サイコパスだったけど呪いを喰うほどイカれてないと思うし」
どこからともなく襲撃音が。
人々の畏怖の声がする。
人々の苦しむ声がする。
「あの日……いや、あの時代。
お主はアレに関わるべきではなかった」
「まだ続いてんのかよ」
「五条悟。
お主の罪……それは、蘭を産み出した事だ」
「産めねーよ。僕男」
「随分遅い目覚めじゃないか、五条悟」
どこからともなく現れたのは五条悟の昔の生徒。
「……悠仁、じゃないね。宿儺?」
「ケヒッ、懐かしい名だな」
「悠仁は?」
「魂ごと死んだ」
「全ての主導権が宿儺に……ってわけか。
教え子の顔と身体を祓うのは心が痛むな」
「戯れ言を。
喜べ、今回はオマエが復活した祝いにいいモノを見せてやろうと思って寄っただけだ」
「復活祝いなんてタイプじゃないでしょ、オマエ」
「蘭」
宿儺に呼ばれ、どこからともなくふわりと現れた着物姿の娘。
宿儺と同じ白の着物を着て、黒く長い髪を靡かせ呪霊に乗っている。
「呼んだ?」
「オマエも懐かしいだろう?」
「……は?」
五条悟は固まった。
目隠しを外し己の眼で見る……が、何度見ても変わらない。
六眼の告げる情報も、あの時と変わらない姿も、魂さえも。
「………名前?」
「んー?宿儺、あの人なぁに?
何で宿儺しか知らない私の真名知ってんの?
てかてか怪しくない?真っ黒な目隠ししてたし不審者だよ不審者」
「な、んで…」
「うっわ!!めちゃくちゃ睫毛バッサバサで眼綺麗!!不審者スタイルなのに顔人形みたーい!
ま、好みじゃないけど」
「オマエ……っ」
ケタケタと無邪気に、子供のように笑う名前。
愛を囁き、愛を誓い、手離せずこちら側に引き入れた恋人……名前が呪霊となっていた。
自分と宿儺と名前だけが変わらないのに、世界は変わってしまっていた。
「名前、あまり近寄るな」
「嫉妬?嫉妬? 宿儺たん嫉妬?」
「捌くぞ」
「ごめんちゃい」
「どういう事だ」
「宿儺、アレ強そうだね。宿儺の相手?」
「そこらの呪術師や呪霊よりは手応えはありそうだが……オマエの因縁の相手だ」
「私の?」
「あぁ。オマエと遊びたいそうだ」
「本当!!」
キャッキャと楽しそうに笑う名前。
これは……何の悪い夢だ?
「白髪のおにーさん、何して遊ぶ?
缶蹴り?かくれんぼ?鬼ごっこ?何でもいいよ!」
「………っ」
「私はねードロケイが好き!!
白髪が警察で私は泥棒ね!あ……呪術師狩るなら私が警察で白髪が泥棒?
まぁどっちでもいいや!
最後はどうせ美味しく流し素麺で食べるし」
「…………何で」
「白髪のおにーさん知ってる?
人間って生だと美味しくないからさー裏梅が美味しくしてくれるんだ」
「……何でオマエが呪霊になってんだよ!!」
「さぁね?
宿儺が一緒に居てくれるならどんな形であろうとキミに関係無いじゃん?」
ケラケラと無邪気に笑う。
ドロドロと溝のように腐り濁った瞳に光は無い。
「帰るぞ、名前」
「え?遊ぶんじゃないの?」
「オマエの手持ちで遊んでやれば良かろう」
「なるほど!私自身激弱だからなー」
「特別なモノで其奴と遊ばせてやれ」
「え?え?いいの?
最近の呪術師達って貧弱だからなかなかこの子達出せなかったけど宿儺の許可あるならいっか!!
ほーら、おいで。すーくん」
"なんだい?"
「……は?」
名前が呼び出した影から出て来たのは人の姿をした呪い。
それは……見覚えがありすぎる姿。
「この子ねー
生意気な脳ミソに身体使われていた子でね。
脳ミソが生意気でさ、宿儺に喧嘩売って来て返り討ちにされたら脳ミソだけ逃げちゃって。
用済みになった外側いらなかったけど……どうしてか捨てておけなかったから再利用したんだ」
"アレと遊べばいいのかい?"
猫のように名前の手に頬をすり寄せている親友の姿。
その親友の額にあの縫い目はない。
よしよし、と愛でるような仕草にあの二人だけが楽しそうに笑う。
「ふふふ、遊んでおいで」
"壊したらごめんね?"
「壊したら白髪のおにーさんも私の子にしてあげる」
ニタリ、ニタリ。
二人はそんな笑い方をしない。
二人はそんな光の無い瞳じゃない。
奥歯をギリリッ、と噛み締める。
ーーー五条悟。
オマエの罪、それは
「さあ、遊ぼう!」
無邪気に笑う恋人と親友に
僕は呪力を込める。
僕は呪術師、だから。
あとがき
すっっごい短い。
バッドなエンドって苦手なので思い付きません。
通行人さん、闇堕ちする。
一人で百鬼夜行とかしちゃう、まじもんの妖怪の主(闇の姿)になっちまいます。
脳ミソ?何か気に入らないって理由で始末されるがしぶとく生き残りそう。
傑くんの身体は保護からの呪霊化させる。
トンボの落ちた首的な反射のあれが凄まじい怨念だったので利用して呪いとかしちまったパターン。
宿儺さんしか救われないまじのアカン地獄。
こんな世界やだー。